2016年度 第62号

「STAP細胞報道に対する申立て」に関する委員会決定

2017年2月10日 放送局:日本放送協会(NHK)

勧告:人権侵害(補足意見、少数意見付記)
NHKは2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送について小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は2017年2月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として名誉毀損の人権侵害が認められると判断した。
なお、本決定には補足意見と、2つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

NHK(日本放送協会)は2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送に対し小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は、申立てを受けて審理し決定に至った。委員会決定の概要は以下の通りである。
STAP研究に関する事実関係をめぐっては見解の対立があるが、これについて委員会が立ち入った判断を行うことはできない。委員会の判断対象は本件放送による人権侵害及びこれらに係る放送倫理上の問題の有無であり、検討対象となる事実関係もこれらの判断に必要な範囲のものに限定される。
本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。これについては真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる。
こうした判断に至った主な原因は、本件放送には場面転換のわかりやすさや場面ごとの趣旨の明確化などへの配慮を欠いたという編集上の問題があったことである。そのような編集の結果、一般視聴者に対して、単なるES細胞混入疑惑の指摘を超えて、元留学生作製の細胞を申立人が何らかの不正行為により入手し、これを混入してSTAP細胞を作製した疑惑があると指摘したと受け取られる内容となってしまっている。
申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送によるプライバシー侵害の主張については、科学報道番組としての品位を欠く表現方法であったとは言えるが、メールの内容があいさつや論文作成上の一般的な助言に関するものにすぎず、秘匿性は高くないことなどから、プライバシーの侵害に当たるとか、放送倫理上問題があったとまでは言えない。
本件放送が放送される直前に行われたホテルのロビーでの取材については、取材を拒否する申立人を追跡し、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み撃ちにするようにしたなどの行為には放送倫理上の問題があった。
その他、若山氏と申立人との間での取扱いの違いが公平性を欠くのではないか、ナレーションや演出が申立人に不正があることを殊更に強調するものとなっているのではないか、未公表の実験ノートの公表は許されないのではないか等の点については、いずれも、人権侵害または放送倫理上の問題があったとまでは言えない。
本件放送の問題点の背景には、STAP研究の公表以来、若き女性研究者として注目されたのが申立人であり、不正疑惑の浮上後も、申立人が世間の注目を集めていたという点に引きずられ、科学的な真実の追求にとどまらず、申立人を不正の犯人として追及するというような姿勢があったのではないか。委員会は、NHKに対し、本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。

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2017年2月10日 第62号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第62号

申立人
小保方 晴子 氏
被申立人
日本放送協会(NHK)
苦情の対象となった番組
『NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層』
放送日時
2014年7月27日(日)午後9時~9時49分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.委員会の判断の視点について
  • 2.ES細胞混入疑惑に関する名誉毀損の成否について
  • 3.申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送について
  • 4.取材方法について
  • 5.その他の放送倫理上の問題について

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年2月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、被申立人に対しては2月10日午後1時からBPO会議室で行われ申立人へはBPO専務理事ら2人が東京都内の申立人指定の場所に出向いて、申立人本人と代理人弁護士に対して、被申立人への通知と同時刻に通知した。午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、委員会決定を公表した。28社51人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
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2017年5月9日 NHK 「STAP細胞報道に関する勧告を受けて」

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2017年7月3日 報告に対する放送人権委員会の「意見」

放送人権委員会は、上記のNHKの報告に対して「意見」を述べた。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

第243回放送と人権等権利に関する委員会

第243回 – 2017年1月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理…など

STAP細胞報道事案の「委員会決定」を最終承認した。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」修正案を議論し、都知事関連報道事案、浜名湖切断遺体事件報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2017年1月17日(火)午後4時~8時50分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、前回委員会での議論を踏まえた「委員会決定」最終案が提出され、一部の字句を修正のうえ了承された。その結果、2月に「委員会決定」の通知・公表を行う運びとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めているもの。
今回の委員会では、まず、第3回起草委員会において修正された決定文案について起草委員より説明があり、その後、各委員から意見を聞いた。今回も警察広報担当者の情報の扱いを巡る議論を中心に意見が交わされ、決定文の表現について調整が図られた。そのうえで、放送倫理上の問題について、本件放送が、初期報道という制約がある中で、適切な取材と表現によってなされたかどうかとの観点から各委員の意見が示された。委員会は、こうした議論を受け第4回起草委員会を開くことを決め、決定文案の修正を行い、次回委員会でさらに議論を深める方針を確認した。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、本件事案の論点とヒアリングの質問項目を確認し、先行している事案の審理の状況をふまえヒアリングを実施することを決めた。

5.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が2016年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
12月の委員会後、被申立人から「再答弁書」が提出され、所定の書面が出揃った。今回の委員会では、事務局がこれまでの双方の主張を取りまとめた資料を基に説明、論点を整理するため起草委員が集まって協議することとなった。

6.その他

  • 委員会が1月31日に広島で開催する予定の中国・四国地区意見交換会の議題、進行案等を説明し、了承された。
  • 2月23日に開かれる第13回BPO事例研究会の概要を事務局が説明した。
  • 次回委員会は2月21日に開かれる。

以上

2016年11月29日

フジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会

放送人権委員会は2016年11月29日、仙台市内でフジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会を開催した。放送局からは報道・制作担当者を中心に29人が参加、委員会からは坂井眞委員長、市川正司委員長代行、紙谷雅子委員の3人が出席した。放送人権委員会の系列別意見交換会は2015年2月に高松市内で日本テレビ系列の四国4局を対象に開催したのが初めてで、2回目は2015年11月に金沢市内でTBSテレビ系列の北信越4局を対象に行い、今回が3回目となる。今回は、前半は「最近の委員会決定について」、後半は「各局の関心事について」を各々テーマに、3時間20分にわたって意見を交換した。概要は以下のとおりである。

◆ 「最近の委員会決定について」

初めに、「出家詐欺報道に対する申立て」に関する委員会決定を坂井委員長が説明した。坂井委員長は「NHKは必要な裏付け取材を欠いたまま、本件映像で申立人を『出家詐欺のブローカー』として断定的に放送した。そこは非常に取材として甘い。また、ナレーションの問題がとても大きい。本件映像のナレーションは、『活動拠点』にたどりついたと言っているが、これは明確な虚偽。あそこはB氏が用意したところで、A氏の活動拠点でも何でもない。全体として実際の申立人と異なる虚構を視聴者に伝えた。『放送倫理基本綱領』には『報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない』と記してある。放送倫理上重大な問題があったと言わざるを得ない。匿名にすれば、いい加減にしてもいいということではない。先ほど、三宅委員長のときに出した委員長談話、『顔なしインタビュー等についての要望』の話をしたが、テレビにおける安易な匿名化がもたらす問題性として、本件映像では、匿名化を行ったことによって、ナレーションについての真実性の吟味がおろそかになった可能性がうかがえる」と解説した。
参加者からは、「B氏との関係性で、今まで嘘をつかれたことがないという話があった。その業界に精通していて、長年の付き合いの中で信頼関係が生まれていれば信用してしまい、紹介された方と面識がなくても信用してしまうという話が分かってしまう自分がいる。もちろん、あってはならないことだが。改めて、その辺は気をつけなければならないと思った」などとの発言があった。これに対し坂井委員長は、「これまでは大丈夫だったかもしれないが、B氏がA氏にはコンタクトするなと言ったときに、職業的に危ないのではないかと思わなければ駄目だと思う。裏取りをさせてくれないというのは怖くはないか、というシンプルな話だ。アンテナを張っていないと、こういうことが起きるのではないか。記者のほうも、虚偽を含んだ、世間でヤラセと言われてしまうような事実と違うことをやってしまったのは、自分に対するチェック機能が衰えていたからではないか。気づくチャンスはあったはずだ」との意見を述べた。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行が、「匿名化していることと、現実の事件を題材としていることは別の問題であり、当事者の映像と再現映像が交互に放送されるなどしていることから、視聴者は、『イメージ』と表示された部分も含め、本件放送全体が、登場人物の関係、行為等の基本的な事実関係において現実の事件を再現したものであると受け止めると考えた。次に、委員会は、申立人の職場の関係者などにとって登場人物が申立人と同定可能であると考えた。フジテレビは、現実の事件とは異なる放送だという認識のもとで現実の事件と異なる内容を盛り込んでいたので、名誉毀損が成立してしまうという形になった」と解説した。
続いて、「ストーカー事件映像に対する申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行は、「申立人がつきまとい行為をしたという基本的な事実関係においては間違いがないということで名誉毀損にはならないという認定をした。ただし、放送倫理上問題ありとした。放送後に申立人とA氏がフジテレビに抗議の電話をしたが、フジテレビは、『被害者』の保護を理由に、誰を対象にした番組であるともいえないと突っぱねてしまった。事件が関係者の中で、誰が当事者かということが分かってしまった後でも、フジテレビはこういう対応を続けてしまったところに非常に問題がある。最後に、真実性にも影響することとして、取材の甘さについて、多くの委員から指摘があった。これはストーカー事件と言っているが、実際は職場の同僚同士の処遇を巡る軋轢、紛争だ。そうであれば、やはり反対取材をすべきだった。加害者に接触しにくい場合もあり得ると思うが、今回は刑事事件で立件され、捜査も入っていた。そういう状態で相手方に取材をしない理由は見当たらない。以上が本件での教訓ということになると思う」と解説した。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について紙谷委員が補足意見を説明した。紙谷委員は、「ジェンダーの問題があるのではないか。若くてかわいい女の子を、年配の意地悪なオバサンがいじめている。現実には、社内のどろどろした人間関係にまつわる争いを背景に、パートさんを正社員が、テレビ局、テレビ番組を使って貶めようとしたように、わたしたちには見えた。乗せられてしまった。番組制作現場は男性が多く、男性から見た論理に疑問を持つのは難しいかもしれない。でも現実の人間は、そう簡単にステレオタイプに当てはまるようにはなっていない。皆さんの仕事は『人間を描く』ことだと思う。報道であっても、バラエティーであっても、ドラマであっても、最終的には『人間を描く』ことだと思う。先入観に囚われないで、事実をしっかり見てほしいというのが補足意見のメッセージだ」と解説した。
参加者から、「抗議に対して、フジテレビがプライバシー保護を理由に具体的な回答をしないことから、苦情に真摯に向き合わなかったという判断をされた。これはこれで非常に分かるが、もう一つ、取材源の秘匿という問題があると思うが」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「取材源の秘匿を否定するつもりは全くない。この事案は、申立人に対して、あなたがモデルかどうかもお答えできないし、そうである以上、あなたからのお話は何も聞く立場にないという答え方をした。取材源を、説明の過程の中で言わないという選択はあり得る。ただ、それは実際に申立人と向き合って話をしていく中で初めて生じる選択だ。本件は、そこにすら行かなかった」という意見が出された。
また、参加者から、「今回の番組、仮にリアルなインタビューや尾行の映像が全くなくて、登場人物のシチュエーションも完全にフィクション化して、骨格だけ残す形で、すべて再現ドラマで構成した場合、これはありということになるのか。それとも、やはり名誉毀損、プライバシー侵害になる可能性もあるのか。その辺の線引き、どう考えればいいのか」という発言があった。これに対し市川委員長代行から、「実写映像が出てくれば必ず駄目だということにはならない。きちんと場面を切り替えるとか、設定を切り替えるとか、工夫をすることによって、生かせる実在の映像というのはあり得ると思う」という意見が出され、坂井委員長からは、「シンプルにアドバイスしたい。事実を下敷きにするから再現ドラマというが、再現するときに事実から離れてほしい。あくまでドラマであって実在の人とは関係ない、というのだから、それはできると思う。番組では『食品メーカーの工場』となっているが、現実も、扱っている品目は違うが、食品メーカーだ。それを、例えば自動車工場にするとか、いろいろやりようはあると思う。現実との関係を断ち切っていけば、再現ドラマという手法は取れるのではないか」との発言があった。

◆ 「各局の関心事について」

参加者に事前にアンケートしたところ、「SNSとの向き合い方」、「匿名化と人権・プライバシーの問題」に関心が集中したため、この2点について意見を交換した。
参加者から、「ある番組で、子どもの貧困特集に登場した女子高生が、ネット上で『貧困女子高生ではない』と炎上したケースがあったが、記者がどこまで責任を負うべきなのか」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「未成年であり、少年の健全な育成という観点から一定の配慮をしなければならない。匿名化とかボカシとかという意味での配慮が必要な場面はある。それは一つの問題意識として持つべきだ。ただ、拡散する可能性があるから控えろという話にはしないほうが良いと思う。抑制する方向に動くのは、できるだけ避けていただきたい」との意見が出された。
また、参加者から、「雑踏の画面にボカシが入るケースが非常に多くなっている。不必要なことをやっていると思う。なぜかバラエティーでその傾向が強い。委員の皆さんはどう感じているか」との発言があった。これに対し紙谷委員は、「私の感覚から言えば、町中、雑踏というのはある程度撮られても仕方がない状況であり、ボカシを入れるのは、むしろどうしてなのかと思う。もう少し言えば、町中には防犯のためという監視カメラがたくさんあり、人の顔を写しているが、映像がどう管理されているのか、よく分からない。それにもかかわらず、写されるのは困ると考えている人々のプライバシーの感覚は、実態の伴わない期待の肥大ではないのか」と発言した。市川委員長代行は、「テレビの画像で、ある意味では一過性の画像としてそこに映り込んでしまうことまでも保護しなければいけないのかと言われると、私は正直言って違和感がある。隠すということであれば、隠す理由は何なのか。誰の利益のために隠すのかを吟味することが必要だと思う。取材対象者に隠してくれと言われたときには、必要ないと思えば、真実性を担保するためにも顔を出してインタビューさせてくださいと、取材する側が説得していくことが基本的なあり方だと思う」と発言した。

今回の意見交換会終了後、参加者からは以下のような感想が寄せられた。

  • 実際の案件について議論を進めることができたので分かりやすかった。報道だけに限らず、情報番組・バラエティーにも関わる部分で、どのセクションの人にとっても有意義なテーマだったと思う。「恋愛感情なし」ストーカーも罰せられることは重大なメッセージであり、より多角的な観点で制作しなければならないと感じた。日頃の取材活動や番組制作で疑問に感じたことに答えていただき、今後の取材活動の指針になった。

  • 事例に加えて、今、現場での疑問や悩ましいことについて意見交換し共有できたことが良かった。現場部門の若手もいたので、取材・編集等でのより具体的な事例について話せる機会があれば、なお良かったと思う。(SNSの扱い等は議題になっていたが)

  • テーマ数が多かったかもしれない。一つひとつの解説・質疑応答の時間を考えると、テーマ一つと自由討議でも良かったと思う。6社集っての意見交換なので、各社十分に意見を述べ合う余裕があったほうが良かったのではないか。

  • これまではBPOと聞くと、やや身構えてしまう部分があったが、今回、話を聞いて、我々放送局の味方であると感じた。特に放送法の部分の委員長の話は心強く感じた。再現ドラマは「事実を再現するもの」だが、「事実と離れてつくる」ことに相当気をつけなければならないと感じた。また機会があったら委員の皆さまのお話しを聞き、今後の番組制作に活用していきたいと思う。

以上

第242回放送と人権等権利に関する委員会

第242回 – 2016年12月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理、世田谷一家殺害事件特番事案の対応報告…など

STAP細胞報道事案および事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」案をそれぞれ議論、また都知事関連報道事案、浜名湖切断遺体事件報道を審理した。世田谷一家殺害事件特番事案について、テレビ朝日から提出された対応報告を了承した。

議事の詳細

日時
2016年12月20日(火)午後4時~9時35分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、11月30日に行われた第4回起草委員会での議論を経て提出された「委員会決定」案を事務局が読み上げ、それに対して各委員が意見を出した。委員会で指摘された修正部分を反映した決定案を次回委員会に提出、最終的に確認する運びとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めていたもので、9月に双方からヒアリングを行っている。
今委員会では、まず起草委員より第2回起草委員会で修正した「委員会決定」案について説明を行った上で各委員から意見を求めた。委員からは、警察広報担当者による発言に基づく記事内容の扱いを巡って突っ込んだ意見が交わされた。これを受けて委員会は、来月初めに第3回起草委員会を開くことを決め、今委員会での意見を反映した修正案を次回委員会に提出し、さらに議論を深めることとなった。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、前回委員会での検討を経て一部修正された本件事案の論点とヒアリングの質問項目の案が示され、ほぼ確定した。

5.「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。
前回の委員会で審理入りが決まったのを受けてテレビ静岡から申立書に対する答弁書が提出され、申立人からは反論書が提出された。今月の委員会ではこれまでの双方の主張を事務局が説明した。

6.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」対応報告

2016年9月12日に通知・公表が行われた本決定(勧告:放送倫理上重大な問題あり)に対して、テレビ朝日から対応と取り組みをまとめた報告書が12月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

7.その他

  • 委員会が1月31日に広島で開催する予定の中国・四国地区意見交換会の概要を事務局が説明し、了承された。
  • 次回委員会は1月17日に開かれる。

以上

2016年10月27日

沖縄県内の各局と意見交換会

放送人権委員会は10月27日、沖縄県那覇市内で県単位の意見交換会を開催した。放送局側の参加者は沖縄県内の民放5局とNHK沖縄放送局等から合計42人、委員会からは坂井眞委員長、奥武則委員長代行、曽我部真裕委員の3人が出席した。
午後7時半から約2時間にわたって開催された意見交換会では、前半は地元沖縄での事例に基づいて議論し、後半では最近の事案として「謝罪会見報道に対する申立て」事案と「出家詐欺報道に対する申立て」事案を取り上げ、委員会側が「委員会決定」の判断のポイントや放送法の解釈等について説明、意見を交わした。
主な内容は以下のとおり。

◆ 坂井委員長 冒頭あいさつ

表現の自由、他の権利との調整求められる時代
BPOの放送人権委員会は、時には局に厳しい意見を言ったりするので、ちょっと煙たいと思われているかもしれない。ただ、小言を言ったり、学校の風紀委員みたいなことをやっているつもりはない。
表現の自由は極めて重要だけれども、時に他の人権、プライバシーだとか名誉だとかを傷つけてしまうことがある。それは避けなければいけない。放送人権委員会はそのバランスを取る、そういう仕事だと思っている。BPOがこの役割を担うことは放送メディアが自律していく、自らを律していくことでもあるので、そういう目で見ていただけたら有難い。
かつては、「表現の自由」に対して、誰も正面からは異論を言わなかった。それがある時期から、例えばアメリカの場合9.11以降、非常に表現の自由に対する規制の問題も出てきている。ヨーロッパの場合も、今、右傾化と言われる中で同様の問題が出てきている。これはISの問題や移民の問題があってというようなことだ。日本でも今年法律ができたが、ヘイトスピーチの問題などが出てきている。
だから表現の自由は大切だというだけでは、なかなか「そうですね」で話が終わらなくなってきている。憲法改正などということも言われている。そういう中で、メディア自体がちゃんと他の人権との調整を図っていくということが改めて求められている時期だと思っており、そんな問題意識を持っている。
そういう意味で、今日は、我々がやっていることについてのご意見をいただいたり、疑問をお聞かせいただいたりして、今後さらに放送メディアが発展していく役に立てればいいと思っている。

◆ 沖縄での事例(米軍属による女性殺害事件)

意見交換会の実施に先立って行った地元局との事前の打ち合わせで沖縄での事例について何を取り上げるのかを協議、地元局からの提案もあり「米軍属による女性殺害事件」を取り上げることとなった。
まず、地元の2つの放送局から、事件報道の経緯等の報告があり、それに基づいて意見交換を行った。

□ 地元局の報告(A)
この事件で人権との関わりというと、やはり匿名報道という部分になるかと思う。被害者の名前については行方不明になっている時点から出していたが、死体遺棄容疑で容疑者が逮捕され、その後取材の中で暴行の疑いが出てきたというところから、被害者の人権に配慮して匿名に切り替えるという形を取った。
難しいと思ったのは、犯行の態様が出てくると、亡くなられた被害者や遺族の心情に配慮しながら、どこまでどう表現していくのかといったところについてはかなり配慮を求められたということだ。
それから、匿名に切り替えた時点でオンエアとしてはそこから匿名になっていくわけだが、過去に配信したWEB情報は、自社のほかキー局のホームページ等にも載っている。ともすると忘れがちになるが、そこまで徹底して匿名に切り替える作業もやっていかないとザルになってしまうので、この点もやはり気を付けなければいけない点だと思った。
大きな事件なので、本土からも多くのメディアも来るという中で、遺族や交際相手の取材に集中していくわけだが、どうしてもメディアスクラムに近い状況が生まれがちになってしまう。そんな中で、関係者になるべく負担をかけない形、2回も3回も同じようなアプローチをするようなことのないように情報の共有に配慮する必要があると思い、その点も気を使った。

□ 地元局の報告(B)
今回この事件を取材していて非常に悩ましかったところは、いつの時点で匿名に切り替えるかということだった。5月19日に死体遺棄容疑で逮捕されたのちに、殺人と強姦致死で再逮捕されるが、5月19日の時点では、もうすでに警察は行方不明者ということで事前に顔写真を公開しており、各社顔写真を使って実名で彼女がいなくなっているという事実を伝え続けていた。
その後、取材していくと暴行の容疑が垣間見えてきた時点で、いつ切り替えるのか考えた。弊局としては逮捕2日後の21日の昼ニュースから匿名にした。
では、その時に匿名にしただけですむのか。というのは、例えば彼女がウォーキング中に襲われたのではないかということで、このウォーキングの現場を映像で出した場合、見る人が見れば、うるま市のあそこの道だということが分かる。また、告別式が実家のある名護市で開かれた。これもまた、匿名報道をしている中で被害者の特定につながってしまう。それぞれ表現や映像をどこまで出していいのか、非常に悩んだ。
ただ、今回の事件は事前に顔写真が公開されているので、県民としてはあの事件だというのはほぼ分かっていることであろうと判断して、名護市であった告別式のときの場所はきっちり伝えたし、彼女が歩いていたというウォーキングコースもことさら隠すことなく放送した。ただし名前は全て伏せた。そういったところに難しさがあったかと思う。
もう一つ、加熱する取材、過剰な関係者への追いかけ取材のところも悩んだ。働いていた職場が近くにあるが、そこの取材をするのにも各社が集まっていくし、朝から晩までずっと立って待っておけばいいのかという問題もある。いわゆる過熱報道と人権との間で非常に悩んだ事例だった。
のちのち、この日の判断はこうだったんだ、あの日の判断はこうだったんだと一つ一つ振り返る必要があると思う。

□ 坂井委員長
実名・匿名、事件の本質を見極めて

匿名に切り替えるのがいつかという問題と、いわゆるメディアスクラム、集団的過熱取材の2つの問題があると思う。当初は行方不明事件で公開捜査をしてということなので、本当にそれだけであれば、むしろ行方不明になった方を探すためにメディアが協力するということは必要な場合もあるので、それは実名で致し方ないのかなというのが一点。
それで、それが性犯罪絡みだということが分かってきた段階で、できるだけ早く切り替えるということだろうと思う。ただ問題は2つあって、殺人事件でも警察は最初死体遺棄で逮捕して、そのあと殺人で捜査するというのはよくある話で、事件報道に当たっている方は分かっていると思う。
本当に、単に行方不明だから探しましょうということであれば、それは実名で出す以外にないと思う。ただ、ケースによると、本当のところはどうだろうか。警察がやろうとしていることが分かるのであれば、最初から匿名にするということもあるかもしれない。それが一点だ。
それから、取材の集中の問題というのは、古くて新しい、何か起きると繰り返されてきた問題だ。和歌山カレー事件のときは、逮捕の瞬間を撮るために、夏にビーチパラソルをさして、ずっと家の前で待っていたというようなことがあった。和歌山のときは現場に行っていろいろ話を聞いた。テレビメディアだけではなくて新聞も来るので、同じことを何遍も何遍も聞かれる。それはたまらないということを地元の方はおっしゃっていた。その時は日弁連の関係で行ったのだが、「弁護士さんにそういうこと相談していいんですか」というようなことを言われて、そうですよという話をした記憶がある。
当時集団的過熱取材については、県庁の記者クラブだとか県警の記者クラブに話を通して、窓口を決めてやるという話も出ていた。場合によると窓口を作って関係者に負担をかけないでやる、という話をすることが可能なケースもあるかもしれない。

□ 奥代行
メディアスクラム、取材者がそれぞれの現場で理性的な振舞いを

メディアスクラムの話だが、これが絶対起こらないようにするということは実はなかなかできないだろうと思う。今回の場合でも、そういう問題意識を持って現場で取材に当たっていたということは、やはり昔に比べれば事態が相当改善されてきたと思う。しかし、自由に取材するというのが当然必要なわけだから、それを何らかの形で規制することと取材の自由をどう両立させるかというのは、実は難問で、おそらく「これが答えだ」というのはないだろう。取材者たちがそれぞれの現場で理性的に振舞うしかないだろうと、そういうふうに思っている。

□ 曽我部委員
何のため?匿名にすることの意味を考えよう

公開捜査なので実名でもしょうがないということだが、二十歳の女性がいなくなったということは、当然これは性犯罪に巻き込まれている可能性があるというのは、すぐ連想されることだと思う。その後こういう展開になるのは予想できたような気もするので、当初の時点から何らかの配慮ができるといいのかなという感じはある。
それから、匿名に切り替えた話だが、これは一般論としていつも不思議に思うが、性犯罪だと匿名にするが、これが殺人だけだったら匿名にしなかったのか。そこの判断基準というのは、何か考える余地があるのではないかという気はする。
先ほどの地元局のコメントで大変示唆的だったのが、匿名にすることの意味だ。匿名というのは一般論からすると、本人の特定を避けるためにやるものなので、その結果、その事件のディティールは報道できないということになる。しかし、今回の場合、当初は実名報道だったので、本人の特定を避けるという意味で匿名にするということではなかった。匿名は匿名だけれども、匿名であるがゆえにその事件のディティールを報道できないということでは必ずしもないという点で特徴的な事例だったのではないかと思う。
そこから考えると、匿名にするのは特定を避けるという趣旨が通常だと思うが、それ以外にも遺族の心情からすると非常に苦痛が大きいので、そういう被害者配慮のための匿名というのもあるというのが、先ほどの報告で思ったことだ。

□ 地元局からの質問
メディア横断的な調整の仕組みとは?

我々の局も5月21日の時点をもって匿名に切り替えた。ただ、5月19日に容疑者が捕らえられたとき、すでに性犯罪というか、死体遺棄以外のものについても印象があった。そこでどういうふうに匿名に切り替えるのか、もう少し聞きたいと思うところだ。メディア横断的な調整の仕組みというのを、具体的にどういう考え方があるかを伺いたい。

□ 坂井委員長
報道内容に関する一本化はあってはならない

窓口をある程度一本化するという話はメディアスクラムの話としてはあったが、実名・匿名のような話は報道内容にかかわるので、それを足並みそろえて一本化というと、こんなにある意味、気持ち悪いことはない。取材の迷惑という話であれば、報道内容に直結するわけではないから、ある程度一本化も実現できると思うが、内容に関わる話は別だ。
もう一つ気持ち悪いのが、最近そういうことが起きた結果、警察とか役所が仕切る、ないしは口出ししてきたりすることだ。それは報道に公権力の介入を許すことになり、あってはならない。拉致被害者の方が戻ってこられたときに、ひどいメディアスクラムが起きて、私の記憶では、市役所が仕切りに入ったことがあった。役所の介入を引き出すような報道の在り方でいいのか、と思った記憶がある。最近は被害者や取材を受ける側が警察にお願いをして、警察が取材規制につながる動きをすることも起きているので、警察を窓口にした取材規制というようなことが起きないようにメディア側で何かできたらいいとは思っている。

□ 地元局からの質問
すでにネットで実名が出ても匿名化するのか?

匿名・実名の問題だが、以前被害者の女性の名前が、警察が公表する前にネットで行方不明だと情報が出回ったことがある。被害者がそういう犯罪に巻き込まれているとなれば各社匿名にするわけだが、ネットですでに名前が出ている状態となっている場合、どう判断したらいいのか。ネットで名前が出ていても、あえてそれを匿名にして、SNSとかで出回った情報と全く区別してメディアはメディアとしてやっていくのか、というところをお聞きしたい。

□ 坂井委員長
放送局が独自で判断を

そういうことは実際多いと思う。マスメディアが伏せていても、名前がネットで流れたり、顔写真が出るというのはよくある話だと思う。だからといってマスメディア側が、もう流れているから匿名にしてもしょうがないという判断はないだろう。やはり影響力も違う。そこはメディア側として独自に判断していけばそれでいいと思う。

◆ 委員会決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」について

続いて、昨年11月に通知・公表した委員会決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」について、当該局の了承を得て番組の一部を視聴したうえで起草を担当した曽我部委員が判断のポイントなどを説明した。
この事案は、TBSが2014年3月に放送した番組『アッコにおまかせ!』に対して、楽曲の代作問題で話題となった佐村河内守氏が謝罪と訂正を求めて申し立てたもの。放送人権委員会では2015年11月17日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。

□ 曽我部委員
どんな番組でも、事実の伝え方は報道番組と同等にきちっとすべきだ

この事案で申立人が主張したのは、この番組は申立人が健常者と同等の聴力を有していたのに、手話通訳を必要とする聴覚障害者であるかのように装って謝罪会見に臨んだとの印象を与えるので、名誉を毀損されたということだ。判断基準は、裁判所の判断でも同じだが、一般の視聴者が番組を見た時に、その番組の内容が申立人の言うような内容に見えるかどうかだ。
VTR部分を見てみると手話通訳がなくても普通に話が通じているように見えることは、おそらくあまり異論がないのではないかと思う。あの部分だけを見ると、申立人の言っているとおりに見えると思う。ただ決定では、それだけで結論に至るのではなく、診断書についての部分も検討した。診断書の紹介の仕方にいろいろ問題があって、その内容が正確に視聴者に伝わってないのではないかと指摘した。
診断書の結論は聴覚障害に該当しないという診断だが、聴覚障害に該当しないという言葉の意味は、法律の言っている基準に達していないというだけであって、普通の人と同じように聞こえるという意味ではない。ところが番組では、聴覚障害に該当しないとの診断イコール、普通に聞こえるというような感じで議論していた。委員会では、自己申告というのを強調して、「嘘ついている」というふうに持っていって、結局診断書が嘘に基づいて作られたというような印象を視聴者に与えたのではないかと判断した。
仮にそういう印象を与えたとしても、公共性、公益性があって、それが真実であれば良いわけだが、そういう証明はTBSの側からはなかったということで、最終的に名誉毀損に該当するという結論に至った。
以上が決定の全体だが、2、3コメントする。ひとつは、本件は報道番組ではなくて情報バラエティ番組なのであまり硬く判断するのでなく、少し緩やかに判断したほうが良いのではないかという意見もあろうかと思う。しかし、この決定では、そういうことはせずに事実の伝え方については、報道番組と同等にきちっと放送すべきだという前提を取った。
もう1点は出演者の発言についてだ。出演者は聴覚障害について予備知識もないだろうし、診断書の読み方について事前に説明を受けていたわけでもないと思う。出演者が素人目線でいろんな意見を言うのは、バラエティのやり方としてあると思うが、やはり障害に関する、あるいは専門的な知識が必要なものについては、もうちょっと事前に説明して、最低限の配慮をすべきであったのではないか、というのが教訓だろう。

□ 坂井委員長
決定文、なぜこういう判断が出たかを考え、読んでほしい

わたしは決定文の読み方ということを話そうと思う。
この件は名誉を毀損する人権侵害があったと判断し、放送倫理上の問題も指摘しているが、結論だけではなくて、どういう構成で、この結論を出したのかを、ぜひ理解していただきたい。厳しい、厳しくないというところで、喜んだり悲しんだりするのではなくて、こういう判断が出たことについて考え、今後にどう生かしていったらいいのかという見方を、是非していただきたい。
端的に言うと事実に対しては、謙虚に報道してもらいたい。『アッコにおまかせ!』でも、やはり都合の良い事実だけを拾っている感が、私にはある。事実に対してそういう向き合い方をしては駄目だ。脳波検査で異常があると出ているのなら、そう伝えるべきだ。そのうえで例えば「どうもわたしには、信じられません」と言えば、こういう問題にはならなかったのではないか。
今の話には、ちゃんと判例がある。ロス疑惑の夕刊フジ訴訟で、その考え方の枠組みは、前提事実が問題になるということを言って、前提事実について真実性、真実相当性が認められた時は、人身攻撃に及ばない場合は、これは名誉毀損に当たらないという判例だ。そういう下敷きがあって、我々はああいう判断をしている。
一方、所沢ダイオキシン報道の最高裁判決は、テレビの特性として一般視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準にすると言っている。そういう基準で見たら、どうなるのか。この番組で言うとフリップやテロップ、出演者のいろいろなコメントも影響する。そういう考え方をして、この結論を出した。
そういうことを理解していただきたい。「わたしは彼の言うことは信じません」と言っただけでは名誉毀損にならない。作り方を工夫していただければ、良いと思う。

◆ 委員会決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」について

続いて、昨年12月に通知・公表した委員会決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」について、当該局の了承を得て番組の一部を視聴したうえで起草を担当した奥委員長代行が判断のポイントなどを説明した。
この事案は、NHKが2014年5月に放送した番組『クローズアップ現代 追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~』に対して、出家を斡旋する「ブローカー」として番組で紹介された男性が名誉・信用を毀損されたとして申し立てたもの。放送人権委員会では2015年12月11日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として本件放送には放送倫理上重大な問題があるとの判断を示した。
なお、当該番組に対して総務省が厳重注意したことなどに触れ、「委員会は民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を委縮させかねない、こうした政府及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるを得ない」と委員会決定に記した。

□ 奥委員長代行
明確な虚構、放送倫理上重大な問題がある

本件放送には放送倫理上重大な問題があるということで勧告になった。名誉毀損ということにはなってないが、勧告というのは言葉としても非常に強い。映像はマスキングしているし、声も全部変えているので申立人と特定出来ないので名誉毀損などの人権侵害は生じない、というのが入口での判断だ。
しかしそれで終わっていいのかというと、そうではなくて、放送倫理のレベルで考えると、非常に大きい問題があった。放送倫理の問題をここでなぜ問うかというと、別の人から特定は出来ないとしても、申立人本人は自分がそこに登場していることが当然認識出来る。放送倫理上求められる事実の正確性にかかわる問題がそこに生まれる。
ヒアリングなどを通じて分かったことは、このNHK記者には日ごろから申立人と交流があった取材協力者がいて、いわゆるネタ元となっていた。そこに完全に依存していた。この取材協力者は、実は番組に出てくる多重債務者だ。NHKは申立人本人の周辺取材、裏付け取材をまったくしていない。取材協力者が、「申立人は出家詐欺のブローカーをやっている」と言うので、結局ああいう場面を作った。
しかし、虚偽を含んだナレーションがいっぱいある。一番ひどいとわたしたちが考えたのは、「たどり着いたのは、オフィスビルの一室。看板の出ていない部屋が活動拠点でした」というところだ。
これは実は取材協力者が全部セットして、ああいう部屋を借りて、ああいうセッティングをして、そこでああいう場面を撮ったことが分かった。出家詐欺のブローカーの活動拠点でもなければ、そこに日ごろから多重債務を抱えている人が次々に来て…という話では全然ない。これは明確な虚偽と言わざるをえないということで、重大な問題があるということになったわけだ。
NHKは過剰演出があったということで処分をしたが、この番組に関して総務省が厳重注意をした。放送法の問題などについては、後で委員長が話をするので、ここではふれないが、そうした動きに関しても我々は非常に注目している。

□ 坂井委員長
表現の自由、内容を問題にして権力者が規制出来るものではない
報道の自由を支えるものは市民の信頼。だから人権のことも自分たちで処理をして、権力が口を出すような隙は作ってほしくない

私は、表現の自由、報道の自由の関係についてお話をしたい。ご存知のとおり、この番組に関して総務大臣が厳重注意をしたほか、自民党の情報通信戦略調査会が事情聴取をした。
表現の自由、報道の自由の一番根っこにあるのは憲法21条だ。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と、書いてある。
一方、電波法という法律がある。放送局は電波の免許更新の時は大変気を使うと聞いているが、免許に関係する電波法は表現の自由ではなくて、電波の設備に関する法律だ。
憲法と放送法との関係を考える前提として、『生活ホットモーニング』事件という、私も高裁から最高裁にかけて関わった事件の最高裁判決がある。これは訂正放送をめぐるもので、最高裁の判断は訂正放送は認めず慰謝料請求だけを認めたというものだった。その判決で最高裁は、放送法は憲法21条の表現の自由の保障の下に定められている、と言っている。その放送法の一条には法の目的が3つ書いてある。一条の一項の1号2号3号だ。
「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」、3つ目は「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」、これが目的だと書いてある。この最高裁判決は、放送法の2条以下がこの3つの原則を具体化したものだと言っている。放送法がそういう構造になっていることを、ぜひ頭の中に入れておいていただきたい。
それで日本国憲法21条に戻るが、結局憲法21条が保障する表現の自由というのは、内容を問題にして、お役所とか権力者が規制出来るものではない。そんなことをしていいとは、どこにも書いていない。そのような法律は憲法が認めておらず、その憲法の下に放送法がある。総務大臣が行なった行政指導については、放送法には何も書いてない。放送法の3条には、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と書いてあるが、その前提として、内容を問題にして行政指導ができるような法律は憲法が認めていない。
この番組について、自民党の調査会が「けしからん。話を聞かせろ」と言ってみたり、総務大臣が口出しをしそうになる。だけれども、そんな権限があるとは放送法のどこにも書いていない。それをよく覚えておいていただきたい。
電波法76条には、放送法の問題で電波法の権限を行使出来るという趣旨の定めはある。しかし、放送法の下に位置すると言っても良い、電波設備について定める電波法の規定を根拠に、放送の内容をチェックして公権力が口出し出来るなどという転倒した解釈は到底許されない。
憲法があって、その下に放送法があって、その下に電波法があると思っていただければいい。その構造を、放送を担っている人たちが、よく頭に入れておかなければならないと、今更ながら申し上げたい。
報道の自由を支えるものは結局市民のメディアに対する信頼なので、だから人権のことも自分たちで処理をして、権力が口を出すような隙は作ってほしくないということだ。

意見交換会に引き続いて行われた懇親会でも、地元放送局と委員との間で活発な意見交換が行われた。

◆ 事後感想アンケート

事後感想アンケートに対して局側の参加者からは、「米軍属事件について。時間に余裕があれば、もう少し突っ込んだ議論につながったのかも」や「『土人』発言や『辺野古・高江取材のあり方』などもっと地域に特化した内容に時間を割いてみてもいいのではないかと思う」など、開催時間やテーマについて、さらに工夫を求める意見が寄せられた。
一方、「各局の事例報告は、実感を持って聴くことができたし、それに対する委員長、委員各位の意見などを直接聴くことができ、大変参考になった」「全国的にも知られている事例を解説されることでよりリアルに詳細に理解することができた。また、各局での題材も同じことがすぐに起こり得ることとして、当事者から生々しく聞くことができた」「今回委員の方から様々な見方を伺うことが出来、とても良かったです。とくに、『強姦殺人が発覚なら匿名、殺人なら実名報道なのか』という考え方を伺った際にははっとしました。当たり前のように先入観や慣れで放送してしまっているのではないか、と思ったからです」などの意見もあった。

以上

第241回放送と人権等権利に関する委員会

第241回 – 2016年11月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理、浜名湖切断遺体事件報道事案の審理入り決定…など

STAP細胞報道事案および事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の「委員会決定」案をそれぞれ検討、また都知事関連報道事案を審理し、浜名湖切断遺体事件報道に対する申立てを審理要請案件として検討して審理入りを決定した。

議事の詳細

日時
2016年11月15日(火)午後4時~10時15分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、10月末に行われた第3回起草委員会での議論を経て提出された「委員会決定」修正案について各委員が意見を出した。次回委員会までに第4回起草委員会を開いて、さらに修正を加えた「委員会決定」案を次回委員会に提出して検討することとなった。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めていたもので、9月に双方からヒアリングを行っている。
今委員会では、11月上旬の第1回起草委員会でまとめられた「委員会決定」案について起草委員が説明し、それを受けて委員の間で意見交換が行われた。議論では、警察広報文と警察取材に基づく情報の扱いなどについて意見が交わされたほか、熊本県民テレビについては出演者のコメントについても議論された。委員会は、こうした議論を基に第2回起草委員会を開き、次回委員会に修正を加えた「委員会決定」案を提出することを決めた。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
今月の委員会では、起草担当委員から本件事案の論点とヒアリングの質問項目の案が示され審理した。ヒアリングについては、今後、先行している事案の審理状況を見ながら実施することになった。

5.審理要請案件:「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」

上記申立てについて審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

6.その他

  • 委員会が10月27日に沖縄で開催した県単位意見交換会について、事務局から概要を説明し、その模様を放送した番組の同録DVDを視聴した。委員会から坂井眞委員長、奥武則委員長代行、曽我部真裕委員の3人が出席し、放送局側からは県内の民放5局とNHK沖縄放送局から合計42人が参加、地元沖縄の事例や最近の委員会決定について活発な意見交換が行われた。
  • 「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案で、「放送倫理上重大な問題あり」(勧告)の委員会決定を受けたテレビ朝日で、11月10日に坂井眞委員長と担当した奥武則委員長代行、紙谷雅子委員が出席して研修会が開かれたことを、事務局が報告した。報道や制作の現場の社員ら約130人が出席し、2時間にわたって決定のポイントやテレビ的技法の使い方等をめぐって意見を交わした。
  • 次回委員会は12月20日に開かれる。

以上

2016年11月15日

「浜名湖切断遺体事件報道に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会11月15日の第241回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ静岡が本年7月14日に放送したニュース番組(全国ネット及びローカル)で、静岡県浜松市の浜名湖周辺で切断された遺体が発見された事件で「捜査本部が関係先の捜索を進めて、複数の車を押収し、事件との関連を調べている」等と放送した。
この放送に対し、同県在住の男性は同月16日テレビ静岡に電話し、自分は事件とは関係ないのに同社記者が勝手に私有地に入って撮影し、犯人であるかのように全国ネットで報道をした等と抗議した。
同氏はその後テレビ静岡と話し合いを続けたが不調に終わり、9月18日付で申立書を委員会に提出。同事件の捜査において、「実際には全く関係ないにもかかわらず、『浜名湖切断遺体 関係先を捜索 複数の車押収』と断定したテロップをつけ、記者が『捜査本部は遺体の状況から殺人事件と断定して捜査を進めています』と殺人事件に関わったかのように伝えながら、許可なく私の自宅前である私道で撮影した、捜査員が自宅に入る姿や、窓や干してあったプライバシーである布団一式を放送し、名誉や信頼を傷つけられた」として、放送法9条に基づく訂正放送、謝罪およびネット上に出ている画像の削除を求めた。
また申立人は、この日県警捜査員が同氏自宅を訪れたのは、申立人とは関係のない窃盗事件の証拠物である車を押収するためであり、「私の自宅である建物内は一切捜索されていない」と主張、そのうえで、「このニュースの映像だけを見れば、家宅捜索された印象を受け、いかにもこの家の主が犯人ではないかという印象を視聴者に与えてしまう。私は今回の件で仕事を辞めざるをえなくなった」と訴えている。
この申立てに対しテレビ静岡は11月2日、「経緯と見解」書面を委員会に提出し、「本件放送が『真実でない』ことを放送したものであるという申立人の主張には理由がなく、訂正放送の請求には応じかねる」と述べた。この中で、「当社取材陣は、信頼できる取材源より、浜名湖死体損壊・遺棄事件に関連して捜査の動きがある旨の情報を得て取材活動を行ったものであり、当日の取材の際にも取材陣は捜査員の応対から当日の捜索が浜名湖事件との関連でなされたものであることの確証を得たほか、さらに複数の取材源にも確認しており、この捜索が浜名湖事件に関連したものとしてなされたことは事実」であり、「本件放送は、その事件との関連で捜査がなされた場所という意味で本件住宅を『関係先』と指称しているもの。また本件放送では、申立人の氏名に言及するなど一切しておらず、『申立人が浜名湖の件の被疑者、若しくは事件にかかわった者』との放送は一切していない」と反論した。
さらに、「捜査機関の行為は手続き上も押収だけでなく『捜索』も行われたことは明らか。すなわち、捜査員が本件住宅内で確認を行い、本件住宅の駐車場で軽自動車を現認して差し押さえたことから、本件住宅で捜索活動が行われたことは間違いなく、したがって、『関係先とみられる住宅などを捜索』との報道は事実であり、虚偽ではあり得ない」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第240回放送と人権等権利に関する委員会

第240回 – 2016年10月

STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理…など

STAP細胞報道事案の「委員会決定」案を検討、また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案、都知事関連報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年10月18日(火)午後4時~9時50分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、前回に引き続き「委員会決定」案について審理した。各委員から出された意見を踏まえ、次回委員会までに第3回起草委員会を開き、次回委員会に修正案を提出してさらに検討を続ける。

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
前回委員会で、申立人と被申立人であるテレビ熊本と熊本県民テレビの出席を求め、それぞれ個別にヒアリングを行った。
今回の委員会では、起草委員がヒアリング内容を基にまとめた論点整理メモに沿って審理が行われた。審理では、警察の広報連絡文と放送局による警察取材内容の扱い等について議論が交わされたほか、フェイスブック写真の使用について、当事者以外に波及するプライバシー問題への配慮の必要性を委員会として指摘するべきではないかといった意見が出された。そのうえで、次回委員会までに第1回起草委員会を開くことを決めた。

4.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日(日)に放送した情報番組『Mr.サンデー』。番組では、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体から夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃が支払われていた問題を取り上げ、早朝に取材クルーを舛添氏の自宅を兼ねた事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は、1メートル位の至近距離からの執拗な撮影行為によって衝撃を受け、これがトラウマになって家を出て登校するたびに恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影行為に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集して放送され視聴者を欺くものだったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した答弁書において、長男と長女を取材・撮影する意図は全くなく執拗な撮影行為など一切行っておらず、放送した雅美氏の発言は、ディレクターが家賃について質問した以降のやり取りを恣意性を排除するためにノーカットで使用したとしている。さらに雅美氏は政治資金の使い道について説明責任がある当事者で、雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会後、申立人から反論書が、フジテレビからこれに対する再答弁書が提出された。今月の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を説明し、それを基に意見を交わした。

5.その他

  • 委員会が今年度中に開催予定の地区別意見交換会について、事務局から中国・四国地区の加盟社を対象に2017年1月31日に広島で開催することを報告、了承された。
  • 次回委員会は11月15日に開かれる。

以上

2016年9月12日

「世田谷一家殺害事件特番に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
9月12日(月)午後1時からBPO会議室で坂井眞委員長と、起草担当の奥武則委員長代行と紙谷雅子委員が出席して本件事案の決定の通知を行った。申立人は代理人弁護士4人とともに、被申立人のテレビ朝日は常務取締役ら3人が出席した。
坂井委員長が決定文のポイントを読み上げ、「本件放送は人権侵害があったとまでは言えないが、番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、テレビ朝日は、取材対象者である申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠いていたと言わざるを得ず、放送倫理上重大な問題があった」との「勧告」を伝えた。
申立人の代理人は「このような結論が出たことを、局側としては、『ああ、そうですか』というだけではなくて、なぜそうなったのかについて、経営担当者から第一線に至るまで深く掘り下げていただきたい。人権侵害にはならなかったが、申立人が非常に苦痛を味わったことは事実認定の中にあると考えているので、そのようなことが犯罪被害者に関連して、これから起きないよう深い総括をお願いしたい」と述べた。
テレビ朝日は「委員会の決定を真摯に受け止めて、今後の番組、ならびに、放送に必ず生かしていきたい」と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見をして、決定を公表した。23社49人が取材した。テレビの映像取材はテレビ朝日がキー局を代表して行った。
坂井委員長が決定の判断部分を中心に説明し、結論の最後の段落、「報道機関としてのテレビ局が、未解決事件を取り上げ、風化を防ぐ番組を取材・制作することは一般論としては評価できる試みと言えよう。だが、その際、被害者やその関係者の人権や放送倫理上の問題にはとりわけ慎重になることが求められる。テレビ朝日は、本決定を真摯に受け止め、その趣旨を放送するとともに、今後番組の制作において、放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する」という部分を読み上げた上で、未解決事件を取り上げることには社会的意義があるが、その場合には十分な配慮をしなければいけないという指摘をさせていただいたと述べた。
奥委員長代行は、「本件面談場面を詳細に検討した。申立人が主張しているような形に明確にはなっていないが、ナレーションなどのテレビ的技法を駆使して、最初は思い当たる節がないと言っていた人が、最後は思い当たる節があると転換したというふうな作りになっている。それは間違いないので、テレビの作り方としては非常に問題があるということで、放送倫理上重大な問題があるという判断をした」と述べた。
紙谷委員は、「申立人から『自己決定権』という、委員会としてはこれまであまりそういう主張を受けたことがなかったので、いろいろ検討した。自分が言っていないことを言わされている。自分の主張が正確に伝わっていない。周囲の人から誤解され、それを解くのに非常に苦労をした。申立人はそれを『自己決定権』を侵害されたという形で表現している。委員会としてどう受け取ったらいいのか、だいぶ議論したが、社会的評価が下がったということであるならば、名誉毀損の枠組みの中で議論しても問題ないのではないかということで、判断、処理をした。委員会としてはかなり考えた上で、残念ながら決定文には数行でしか反映できなかったということを補足したい」と述べた。

このあと質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
本人が言ってないことを言ったかのように放送されたのに、人権侵害ではないというのは法律家が定める人権侵害に該当しないということか。

(坂井委員長)
人権侵害といった場合、憲法上保障されているどういう人権の侵害なのかという議論が必要だ。言っていないことを報道されてしまった、ないしは、言ったことが歪められて放送されてしまったということは、民事法レベルなら、例えば、慰謝料請求とか、そういう話はありうる。その場合故意・過失、違法性のある行為、損害、因果関係があればいいということになるので、そういう法的な要件に当てはまる場合はあると思う。しかし、この場合はそういう民事法レベルの不法行為の話をしていない。憲法上の人権の侵害といった場合に、どういう権利の侵害なのかというのは非常に難しいところだ。自己決定権の侵害というが、その自己決定権とは何なのかということは学問的にもまだ固まっていない。なので、この委員会でそれについて何か概念を定立して、自己決定権侵害だというべき状況ではないだろうという、そういう意見が強かったと思う。民事法レベルでは当然問題が起きうるけれども、ここで問題にしている人権侵害という話にはならないだろうというのが私の理解だ。

(紙谷委員)
人のコアにある部分を何か疎かにされたのではないかというレベルでは、すごく問題はあるという主張に説得力がないわけではない。ただ、今回の場合にはそれを承認するのは無理かもしれないけれども、社会的評価の低下をもたらす名誉毀損と同じ枠の中で処理した。委員会としては自己決定権とはこういうものだと考えるという議論で書いてもよかったのかもしれないが、そこまでやっていいのかみたいな議論もいろいろあった。それで、申立人はそう言っているけれども、そこの判断はしていないという文章になった。

(坂井委員長)
補足すると、申立書の中にもある名誉毀損だとか、プライバシー侵害だとかであれば分かりが易い。しかし、申立人側には代理人に弁護士が4名付いていて、その方たちも自己決定権という言葉は使っているけれども、それについて具体的に、どういう主張をされているのか明確でなかった。ヒアリングで私も直接質問をした。名誉毀損、プライバシー侵害、人格権としての自己決定権侵害と書いてあるが、具体的にどういう憲法上の権利の侵害だと主張されるのかと。それが明確だったら、判断しやすいのだが、そこのところを抽象的に人格権としての自己決定権侵害だと書かれてしまうと本件では具体的な意味がよく分からないので、もう少し分かりやすく説明していただけたらありがたいという趣旨だ。しかしその点は、申立人代理人の弁護士も今の法律解釈の状況を前提にして主張するわけだから、なかなかクリアに主張できないし、実際質問に対する回答も明確とはいえなかった。そうすると我々としても、「それは分かりましたが、どう受け止めるかは委員会で考える」ということになって、先ほどから説明しているような結論になった。
例えば、本人が考えたこともない嘘のことを放送してしまって、それが、そういうことを言ったという事実の摘示となって、その人の社会的評価が下がるということであれば、自己決定権について判断するまでもなくそれ自体で名誉毀損だということになる。紙谷委員から説明があったことだ。そういうこともありうるわけで、その場合、名誉毀損として人権侵害を認定すれば足りることで、そこで自己決定権侵害と言わなければいけないのだろうか、というような問題もあって、委員会として、独自に言ってもいいのかもしれないが、そんなに簡単な問題ではないというのが今回の委員会の総意だと思う。

(質問)
本件に関して言えば、テレビ的技法が行き過ぎたのか、間違ったのか。委員会はどう判断したのか。

(坂井委員長)
これは3人全員からお話したほうがいいと思う。まず私から話をすると、テレビ朝日はそういうつもりはなかったと言うが、ある方向性の番組を作りたいとは思っていて、その中にとても苦しい思いをしている事件の被害者遺族の方を出演させて、作りたい方向に当てはめようとして、歪めてしまったということだと思う。最近の別の事案でも申し上げたことだが、こういう事実報道と調査報道とバラエティが混じったような番組では、それはストレートニュースではないわけで、一定の方向を出したいというケースがある。例えば、この番組であれば、サファリック氏が一定の見解を出して、とてもつらい目にあった被害者遺族もそれに賛成したみたいなことにしたかったのかなと思う。ところが本人は、そうじゃないと最初に言っているし、最後までそうですねと言ってないのに、番組の方向性に合わせて使ってしまった。そういう意味では歪めた。歪めたということは具体的にどういうことだったかというと、事実がどうだったかというところを、ストレートにその方向で言ってしまうとまちがいなく問題が起きる。そこで、テレビ的技法を使ったのだろうが、結局、視聴者にはそのように受け取れるような番組を作ってしまったということだ。つまりそのようにして事実を歪めた。それはテレビ的技法の使い方として間違っていると私は思っている。一定の意見を言う、見解を言うのはテレビ局の番組制作上当然自由だけれども、そこに出演してもらった被害者遺族の考えを歪めて使ったり、事実を曲げたりしてはいけない。被害者遺族はこう言っているけれども、それについての意見はこうだと言えばいいのに、そうではなく、事実の部分を曲げたところが間違っている。事実にもっと謙虚に向き合い、事実をもっと謙虚に扱わなければいけない。そういう姿勢でないと、またこういう問題が起きるだろうと私は考えている。

(奥委員長代行)
この番組におけるテレビ的技法の使い方は正しかったか、どうかという話であれば正しくないということになる。正しくないということの内容は委員長が縷々説明したとおりだ。

(紙谷委員)
かなりミスリードさせるような形で使っている。つまり、どちらかというと、そのまま流しちゃうと、テレビ局のシナリオにはあまり乗らなくなってしまったところに、ピーという音を入れ、思い当たる節が、とかなんとかというふうなものを、肯定したのだというふうに解釈できるように、テロップで出したとか。まさに、わざわざ誤解させている。あるいは、誤解しても不思議ではないような道筋を作っていくような使い方というのはまずい。そういう意味では、委員長と同じように事実を歪めている。そっちに持っていったら困るなあという時に、別なほうに持っていっているという使い方ではまずいのではないかと。強調するとかということであれば、決して悪い使い方ではないのかもしれないが。だから、テレビ的技法を否定しているわけではない。ただ、正直に使ってくださいということだ。

(坂井委員長)
それが端的に表れているが新聞テレビ欄表記だ。「〇〇を知らないか?心当たりがある!遺体現場を見た姉証言」。実際そんなことは言っていないのに、こういうふうに書いてしまっている。それについてテレビ朝日は字数制限があるし、適切な要約だと言うけれど、そうだろうか。起草委員の表現に委員会の総意として賛同しているが、「制限の中で番組内容を的確に伝えるのがプロの放送人たる者の腕だろう」ということだ。事実を曲げないでちゃんと要約していただきたい。しかしやはり、ここでは、事実を曲げてしまっているとわたしは思っている。そのようなことを言ってないわけだから、サファリックも申立人も。

(質問)
自己決定権を名誉毀損の中で議論したということだが、テレビ欄の問題も含めて名誉毀損にならないと判断したのか。
「理解しがたい事態である」という厳しい言葉がある。遺族の気持ちを考慮していないこともあって「重大」が付いたとの説明があった。「倫理上重大な問題あり」だが、人権侵害にはならないという、その差はどこにあるのか。

(坂井委員長)
人権侵害になるかどうか、この場合は名誉毀損かプライバシー侵害かという話で、名誉毀損の問題なので、この放送によって申立人の社会的評価が低下したのかどうかいうことになる。この事案の場合は、そういう内容にはなっていない。それは人権侵害に関する判断で、分かりづらいかもしれないが、決定文の17ページから18ページに書いてあるとおりだ。大きく分けると、まず、一般の視聴者、申立人の活動を知らない人にとってどうかと。申立人にとっては不本意かもしれないが、犯罪被害者の遺族が犯行の動機を怨恨に求めること自体は特異なことではない。だから、そういうことを言っているとされた人の社会的評価が下がるかというとそうではなくて、そういうこともあるだろうという話だと思う。次に、「ごく近い人々」、申立人がグリーフケアを一生懸命やっていることを知っている人にとってどうかということ。これも考えなくてはいけないということで、これも議論した。けれども、わたしどもが最初のところで事実認定をしたように、この放送自体はそういう誤解が生じる可能性が強いかもしれないが、そこまで断定的には言っていない。放送を見て、申立人の活動を知っている人が「考えを変えちゃったんですか」と思ったとしても、それは、決定文で「誤解」と書いたがその人の理解。しかし、問題は見た人がどう考えたかではなくて、放送内容が社会的評価を低下させるような内容の事実摘示をしたのかということだ。そして放送ではそこまでは言っていない。放送を見た申立人を知る方からそういう批判があったことは否定しないし、申立人は大変だったと思う。大変だったけれども、それで放送によって社会的評価が低下したという話ではないだろうということで、法律論としては名誉毀損にならないという、そういう形の議論だ。
ただ、それと、先ほどからご質問があるように、事実を歪めたりするテレビ的技法の使い方は大変問題だし、こういう大事件の被害者遺族については十分な配慮をして扱わなければいけない。これもイロハだと思うけれども、そこについては不十分だったのではないかと。この点についての放送倫理上重大な問題ありだという判断は、別に人権侵害なしとすることと食い違うものではないと思う。
整理すると、人権侵害ではないというところは法律的な要件の問題として、それは満たしていないという判断。だからといって、放送倫理の問題としては全部OKだということでは決してなく、重大な問題があるという判断だ。決定文で「勧告」とした場合、「判断のグラデーション」を見ていただければ分かるが、「勧告」には「人権侵害」と「放送倫理上重大な問題あり」とが並べて書かかれている。あえて、どちらが重いという書き方はしていない。表記としては上に「人権侵害」と書いているが、「勧告」としては同じだという理解をしている。

(質問)
この件に限らず、BPOで取り上げられる事案の場合、過剰な演出と恣意的な編集というのは1つのキーワードとして出てくる。今回のケースでは「過剰な演出」はあったと判断したのか。

(坂井委員長)
結論としてはイエスだ。用語としてそう言ってないだけで、例えば19ページ、放送倫理に関する判断の(1)「最後のピース」の意味のところ。「そこでは規制音・ナレーション・テロップなどのテレビ的技法がふんだんに使われていた。伏せられた発言は伏せるべき正当な理由があったとは思えない。むしろ前後のナレーションによってその重要性が強調され、視聴者の想像を一定の方向に向けてかきたてる組立てになっていた。その結果、申立人がサファリックの見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容となったのである。その際、とりわけ『結論』的に流される『思い当たる節もあるという』というナレーションが視聴者に与えた影響は強かったと言えよう」。これを読んでいただければ、用語としてそう言ってないだけで、中身としてはそういうことが書いてある。そういう部分が何か所かある。より具体的に書いてあるということだ。そのあたりは、今のところもそうだが、事実認定のところでも書いてある。

(奥委員長代行)
決定文の中で本件番組におけるテレビ的技法は恣意的であり、過剰であったという表現はしていない。しかし、具体的内容に即して、その点を指摘している。

(質問)
過剰な演出があった、あるいは、恣意的な編集があったと、直接的に文言として明言されなかった、盛り込まれなかったのは、何か委員会として理由があるのか。

(坂井委員長)
わたしの理解だが、抽象的にそういうことを言うよりも、何がどういけなかったのかと書くほうが意味があると思う。この決定は、当然、局の方にも理解していただかなければならないが、恣意的な編集とか過剰な演出とだけいっても、それってなんですかという話になる。それよりは、ここがこういうふうにおかしいと具体的に書くことこそ我々の仕事だと思うので、そう書いている。あえて書かなかったということではなくて、結論として、そう言っているとより理解してもらえる内容だと思っている。

(奥委員長代行)
今、指摘を受けて、割とびっくりしたが、そんなことはない。あえて避けたなんていうことは全くない。

(質問)
決定を通知された時の申立人の反応は。

(坂井委員長)
基本的には人権侵害を認められなかったから不満だというような直接的なことはおっしゃっておられない。こういう判断が出たことについては、受け入れていただいていると思う。申立人代理人の方が最初におっしゃっていたのは、これは申し上げてもいいと思うが、「放送倫理上重大な問題あり」という結論が出たわけだが、今、皆さんからご質問受けたようなことは、放送を見ればある程度分かることでもあるわけで、それであれば、もっと手前の段階で、申立人と局との間で解決ができるべきではないかという趣旨のことをおっしゃっておられたと思う。あとは、委員会の決定について、テレビ朝日にしっかり理解をしていただいて、今後こういうことがないようにしてもらいたいという趣旨のことだったと思う。

(奥委員長代行)
申立人には、基本的にかなり納得していただいたという感じを持った。テレビ朝日は、非常に決まりきった言葉だろうが、真摯に受け止めて対応するということを言っていた。

(質問)
放送を見ていないが、決定文の「放送概要」を見る限り、申立人は特になにかこれといった証言はしていないように思えるが。

(坂井委員長)
わたしの記憶ではない。

(奥委員長代行)
それ以上のことはヒアリングでも何もなかった。

(紙谷委員)
まさに今の質問のような、「思わせぶり」がこの放送の特徴だった。何かあるに違いないと。

以上

第239回放送と人権等権利に関する委員会

第239回 – 2016年9月

事件報道に対する地方公務員からの申立て事案のヒアリングと審理、世田谷一家殺害事件特番事案の通知・公表の報告、STAP細胞報道事案の審理、都知事関連報道事案の審理…など

事件報道に対する地方公務員からの申立て事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人の2局から詳しく事情を聞いた。また世田谷一家殺害事件特番事案の通知・公表について事務局から報告し、STAP細胞報道事案、都知事関連報道事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年9月13日(火)午後3時~10時20分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案のヒアリングと審理

2.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案のヒアリングと審理

対象となったのはテレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれニュースで扱った地方公務員による準強制わいせつ容疑での逮捕に関する放送。申立人は、放送は事実と異なる内容であり、初期報道における「極悪人のような報道内容」などにより深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
今回の委員会では、申立人と被申立人であるテレビ熊本と熊本県民テレビの出席を求め、それぞれ個別にヒアリングを行った。テレビ熊本からは取締役報道編成制作局長ら2人が、熊本県民テレビからは取締役報道局長ら3人が出席した。
この中で申立人は、まず事案全般について「事実と違う内容、過剰な報道、フェイスブックの写真を複数無断で使用された点が大きな問題だ」と指摘すると同時に、対象の2局は「公務員に対する偏向報道が顕著だ」と主張した。特に申立人は、フェイスブックの写真使用について、「個人アカウントを特定され、自分への誹謗中傷や、友人、家族にも被害が及ぶ可能性があり、かなり危険だ」と述べた。
その上で、テレビ熊本について、自宅前での記者リポートを取り上げ「自宅の映像まで放送したことは、いかがなものかと思う」と述べた。また、不起訴後にもかかわらず「公務員の不祥事」をまとめた年末企画の中で扱ったことを問題と指摘した。
これに対して、テレビ熊本は「現職の公務員による準強制わいせつ事案であり、社会的関心も高く、警察取材を基に事実のみを伝えた」と主張した。また、記者リポートは、「現場を特定するもので、交通事故の現場等と照らし合わせても正当だ」と説明するとともに、年末企画は「匿名とするなど人権に配慮した」と主張した。
一方、熊本県民テレビに対して申立人は、放送の中で「卑劣な行為」と出演者がコメントしたことについて、「人気キャスターの発言は影響力が強く、有罪だと思わせるものだった」と主張した。これに対して熊本県民テレビは、「警察以外に対して取材する努力は大切だが、性犯罪の密室性、被害者のプライバシー等の問題もあり、一報の段階では警察発表に基づいて報道することに一定の合理性があったと思う」と主張した。また、出演者のコメントについて「行為について言ったもので、不適切とは考えていない」と述べた。
委員会はこの後、論点に即してヒアリング内容について意見交換を行い、10月初めに起草委員が起草準備のための会合を開くことを決めた。

3.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の通知・公表の報告

本件事案に関する「委員会決定」の通知・公表が9月12日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、当該局のテレビ朝日が放送した決定を伝えるニュースの同録DVDを視聴した。

4.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2,000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今月の委員会では、9月6日に行われた第2回起草委員会を経て提出された「委員会決定」案について審理した。次回委員会では、さらにこの決定案の検討を続けることになった。

5.「都知事関連報道に対する申立て」事案の審理

対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑に関連して、舛添氏の政治団体が夫人の雅美氏が代表取締役を務める会社(舛添政治経済研究所)に事務所家賃を支払っていた問題を取り上げた。番組では、雅美氏を取材するため早朝に取材クルーを団体と会社の所在地である舛添氏の自宅兼事務所に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
申立書によると、未成年の長男と長女は1メートル位の至近距離から執拗な撮影をされて衝撃を受け、これがトラウマになって登校のため家を出る際に恐怖を感じ、また雅美氏はこうした撮影に抗議して「いくらなんでも失礼です」と発言したのに、家賃に対する質問に答えたかのように都合よく編集され、視聴者に雅美氏を誤解させる放送だったとしている。雅美氏と2人の子供は人権侵害を訴え、番組内での謝罪などをフジテレビに求めている。
これに対してフジテレビは委員会に提出した「経緯と見解」書面において、2人の子供を取材・撮影する意図は全くなく、執拗な撮影行為など一切行っておらず、雅美氏の発言も家賃に関する質問から雅美氏の回答を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、作為的編集の事実は一切ないとしている。さらに政治資金の流れの鍵を握るキーパーソンで使い道について説明責任がある雅美氏を取材することは公共性・公益性が極めて高いとしている。
前回の委員会で審理入りが決まったのを受けてフジテレビから申立書に対する答弁書が提出され、今月の委員会ではこれまでの双方の主張をまとめた資料を事務局が提出した。

6.その他

  • 次回委員会は10月18日に開かれる。

以上

2016年度 第61号

「世田谷一家殺害事件特番への申立て」に関する委員会決定

2016年9月12日 放送局:テレビ朝日

勧告:放送倫理上重大な問題あり
テレビ朝日は2014年12月28日に『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』を3時間に及ぶ年末特番として放送した。今なお未解決の世田谷一家殺害事件を、FBIの元捜査官が犯人像をプロファイリングするという内容で、その見立ては、被害者の1人の実姉である申立人が否定していた一家に強い怨恨を持つ顔見知りによる犯行というものだった。
申立人が元捜査官と面談した内容が十数分間に編集されて放送されたが、申立人は、規制音・ナレーション・テロップなどを駆使したテレビ的技法による過剰な演出と恣意的な編集によって、申立人があたかも元捜査官の見立てに賛同したかのようにみられる内容で、申立人の名誉、自己決定権等の人権侵害があったと委員会に申し立てた。
委員会は、「勧告」として、本件放送は人権侵害があったとまでは言えないが、番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、テレビ朝日は、取材対象者である申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠いていたと言わざるを得ず、放送倫理上重大な問題があったと判断した。

【決定の概要】

テレビ朝日は2014年12月28日(日)に『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』を3時間に及ぶ年末特番として放送した(以下、「本件放送」という)。2000年12月30日深夜に発生し今なお未解決の世田谷一家殺害事件を取り上げ、FBIの元捜査官が犯人像をプロファイリングするという内容だった。その見立ては、被害者の1人の実姉である申立人が否定していた一家に強い怨恨を持つ顔見知りによる犯行というものだった。
本件放送では、申立人が元捜査官と面談した内容が十数分間に編集されて放送された(以下、「本件面談場面」という)。申立人は、本件面談場面は、規制音・ナレーション・テロップなどを駆使したテレビ的技法による過剰な演出と恣意的な編集によって、申立人があたかも元捜査官の見立てに賛同したかのようにみられる内容で、申立人の名誉、自己決定権等の人権侵害があったと委員会に申し立てた。これに対し、テレビ朝日は、過剰な演出と恣意的な編集を否定し、本件面談場面は申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる内容ではないと反論した。
委員会は本件面談場面の流れを検討し、申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容だったと判断した。新聞テレビ欄の番組告知の表記についても思わせぶりな伏字や本件放送内で語られていない文言を使ったもので、番組内容の告知としてきわめて不適切なものだったと判断した。
しかし、本件面談場面は、申立人が元捜査官の見立てに賛同したかのように視聴者に受け取られる可能性が強い内容だったとはいえ、申立人が自身の考えを変えたとまで視聴者に明確に認識されるものではなかったこと、さらにたとえ元捜査官の見立てに賛同したと受け取られたとしても、そのことが申立人の社会的評価の低下にただちにつながるとは言えないことなどから、本件放送は申立人の人権侵害には当たらないと委員会は判断した。
申立人は、本件放送後、本件面談場面を見て元捜査官の見立てに申立人があっさり賛同したものと受け取った申立人にごく近い人々から厳しい批判や反発を受け、精神的苦痛を味わったと主張する。だが、これらの批判や反発は申立人にごく近い人々からの反応や意見であって、申立人が元捜査官の見立てに賛同するという事実がただちに社会的評価の低下をもたらすとは言えないことを考えると、申立人の人権侵害があったとまでは言えないと委員会は判断した。
次に放送倫理上の問題について判断した。テレビ朝日は申立人に取材を依頼した時点で、申立人が事件をめぐる怨恨を否定し、悲しみからの再生をテーマにさまざまな活動を行っていることをよく知っていたという。また、番組に出演する際には、衝撃的な事件の被害者遺族ということへの配慮が必要なことも十分認識していたという。にもかかわらず、申立人の考えや生き方について誤解を招きかねないかたちで本件放送を制作したことになる。番組内容の告知としてきわめて不適切である新聞テレビ欄の表記とともに、「過度の演出や視聴者・聴取者に誤解を与える表現手法(中略)の濫用は避ける」、「取材対象となった人の痛み、苦悩に心を配る」とした「日本民間放送連盟 報道指針」に照らして、本件放送は申立人に対する公正さと適切な配慮を著しく欠き、放送倫理上重大な問題があったと委員会は判断する。
委員会は、テレビ朝日に対して本決定を真摯に受け止め、その趣旨を放送するとともに、今後番組制作のうえで放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する。

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2016年9月12日 第61号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第61号

申立人
入江 杏 氏
被申立人
株式会社テレビ朝日
苦情の対象となった番組
『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』
放送日時
2014年12月28日(日)午後6時~8時54分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • はじめに――本事案の核心
  • 1.本件面談場面の流れ
  • 2.テレビ的技法について
    • (1) なぜ、問題にするか
    • (2) 二つの伏せられた発言
    • (3) ナレーション
    • (4) テロップ
  • 3.視聴者はどう受け取ったか
  • 4.新聞テレビ欄の表記
  • 5.人権侵害に関する判断
    • (1) 申立人の主張
    • (2) 人権侵害に関する結論
  • 6.放送倫理に関する判断
    • (1)「最後のピース」の意味
    • (2) 被害者遺族への配慮
    • (3) 放送倫理に関する結論

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年9月12日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2016年9月12日午後1時からBPO会議室で行われ、このあと午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2016年12月20日 委員会決定に対するテレビ朝日の対応と取り組み

テレビ朝日から対応と取り組みをまとめた報告書が12月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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第238回放送と人権等権利に関する委員会

第238回 – 2016年8月

自転車事故企画事案の対応報告、世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、都知事関連報道事案の審理入り決定…など

自転車事故企画事案について、フジテレビから提出された対応報告を了承した。世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」案を検討し、大筋で了承。またSTAP細胞報道事案、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案を審理した。都知事関連報道に対する申立てを審理要請案件として検討し、審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2016年8月16日(火)午後4時~10時00分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の対応報告

2016年5月16日に通知・公表が行われた本決定(見解:放送倫理上問題あり)に対して、フジテレビから対応と取り組みをまとめた報告書が8月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤泰子さんの実姉で、事件当時、隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、「委員会決定」再修正案が提示され、詳細に検討した。その結果、大筋で了承されて委員長一任となり、9月に決定の通知・公表が行われる運びになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会には、8月9日の第1回起草委員会での議論を反映した決定文の素案が提出され、各委員が意見を述べた。9月に第2回起草委員会を開き、次回委員会で「委員会決定」案について審理をさらに進めることになった。

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本) 事案の審理

5.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれ放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件について報道した。
申立人は、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
これに対してテレビ熊本は「現職公務員による準強制わいせつの事案であり、取材を積み重ね、事実のみを報道した」と主張、熊本県民テレビは、「報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、悪意的でモラルを欠いた内容ではない」と主張している。
この日の委員会では、まず起草委員より論点案と申立人、被申立人に対する質問項目案が説明された。これを基に委員の間で意見交換が行われ、論点と質問項目を決定、9月13日の次回委員会で本事案に関するヒアリングを行うことを決めた。

6.審理要請案件:「都知事関連報道に対する申立て」

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の「政治資金私的流用疑惑」に関連して、舛添氏の資金管理団体が、ファミリー企業である舛添政治経済研究所に事務所家賃を支払っていた問題をテーマの一つとして取り上げた。番組は、同研究所の代表取締役で夫人の雅美氏を取材するため、同月20日朝、番組クルーを舛添氏の自宅兼事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
この放送に対し、親権者である舛添夫妻は代理人を通じてフジテレビに5月25日付で書面を送り、未成年の長男と長女を執拗に撮影したことは肖像権の侵害に当たると主張、また雅美氏の発言を「作為的に編集、放送した」等と抗議した。これに対しフジテレビは6月2日、長男、長女への「執拗な撮影はしていない」、雅美氏の発言は「ノーカットで放送されており、作為的編集・放送はしていない」等とする回答書を舛添氏代理人に送付した。
これを受けて、雅美氏と二人の子供は6月22日付で人権侵害を訴える申立書を委員会に提出(要一氏、雅美氏は子供両名の法定代理人親権者)。本件放送は雅美氏が「視聴者から誤解を受けるよう仕向ける行為であり、視聴者をも欺く」作為的編集、放送だったとして、番組内での謝罪、作為的な編集と未成年者に対する撮影の中止、放送局としての姿勢の改革、再発防止のための抜本的な改善策の策定・公表を求めた。
申立書は、番組カメラマンが自宅前で長男を執拗に撮影したため、雅美氏が「子供を映さないでください」と何度も抗議したが、その部分は放送ではカットされ、その後、執拗な撮影に対し「いくらなんでも失礼です」と抗議しているにもかかわらず、「それが、視聴者にはわからないように、あたかも同社リポーターの家賃についての質問に答えているかのように、都合よく、カット編集されて、放映された」としている。
さらに二人の子供への撮影行為については、「1mくらいの至近距離からの、執拗な撮影行為により、未成年者である長男と長女は、衝撃を受けた。そのため、両名は、これがトラウマとなり、登校するために、家を出る際、恐怖感を感じ、時には、泣いて家に戻ることもある」と訴えている。
この申立てに対しフジテレビは8月9日、「経緯と見解」書面を委員会に提出、申立人が指摘している放送部分は、「家賃収入に関する女性ディレクター(申立書ではレポーターと記載)の質問から雅美氏の回答部分を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、その際には、女性ディレクターの質問の音声の場所を動かすなどの加工も一切していない」として、「申立人が主張するような作為的編集、放送は一切ない」と反論。そのうえで、雅美氏の「いくらなんでも失礼です」という発言については、「早朝であること、アポイントメントを取っていないことなど雅美氏への我々の取材姿勢について『失礼』という発言につながったと理解していている」と述べた。
またフジテレビは自宅兼事務所周辺の取材の主な目的は雅美氏への質問にあり、「取材スタッフには長男、長女を撮影するという意図は全くなく、二人に対する執拗な撮影行為など一切行っていない」と主張。そのうえで、番組では長男、長女の映像は一切使用しないという判断をしたことから、「雅美氏が子供の取材について言及した一連の発言は、当然放送では使用しなかった」と主張した。
長男に関しては、「雅美氏を撮影していた際に、ごく短時間映り込んでしまったものにすぎず」、長女については、「雅美氏を撮影する意図で撮影を開始したところ、2階出入口から出てきたのが長女であったために即座に撮影を中止した」と反論した。
このほかフジテレビは、家賃問題など一連の疑惑において、「金の流れの鍵を握る重要なキーパーソンが雅美氏であり、単なる『家族』ではなく、政治資金の使い道についての説明責任がある立派な『当事者』で、雅美氏を取材することについては、『公共性公益性』が極めて高いと考えている」と、主張している。
委員会事務局は申立人と被申立人に対し、話し合いによる解決を模索するよう要請したが、不調に終わり、申立人代理人から7月26日、改めて「委員会の判断を仰ぎたい」との申立人の意思が事務局に伝えられた。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

7.その他

  • 委員会が年内に開催する系列別意見交換会について、事務局から概要を説明し、詳細を詰めることになった。
  • 次回委員会は9月13日に開かれる。

以上

2016年8月16日

「都知事関連報道に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会は8月16日の第238回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、フジテレビが2016年5月22日に放送した情報番組『Mr.サンデー』で、舛添要一東京都知事(当時)の「政治資金私的流用疑惑」に関連して、舛添氏の資金管理団体が、ファミリー企業である舛添政治経済研究所に事務所家賃を支払っていた問題をテーマの一つとして取り上げた。番組は、同研究所の代表取締役で夫人の雅美氏を取材するため、同月20日朝、番組クルーを舛添氏の自宅兼事務所前に派遣し、雅美氏が「いくらなんでも失礼です」と発言した模様等を放送した。
この放送に対し、親権者である舛添夫妻は代理人を通じてフジテレビに5月25日付で書面を送り、未成年の長男と長女を執拗に撮影したことは肖像権の侵害に当たると主張、また雅美氏の発言を「作為的に編集、放送した」等と抗議した。これに対しフジテレビは6月2日、長男、長女への「執拗な撮影はしていない」、雅美氏の発言は「ノーカットで放送されており、作為的編集・放送はしていない」等とする回答書を舛添氏代理人に送付した。
これを受けて、雅美氏と二人の子供は6月22日付で人権侵害を訴える申立書を委員会に提出(要一氏、雅美氏は子供両名の法定代理人親権者)。本件放送は雅美氏が「視聴者から誤解を受けるよう仕向ける行為であり、視聴者をも欺く」作為的編集、放送だったとして、番組内での謝罪、作為的な編集と未成年者に対する撮影の中止、放送局としての姿勢の改革、再発防止のための抜本的な改善策の策定・公表を求めた。
申立書は、番組カメラマンが自宅前で長男を執拗に撮影したため、雅美氏が「子供を映さないでください」と何度も抗議したが、その部分は放送ではカットされ、その後、執拗な撮影に対し「いくらなんでも失礼です」と抗議しているにもかかわらず、「それが、視聴者にはわからないように、あたかも同社リポーターの家賃についての質問に答えているかのように、都合よく、カット編集されて、放映された」としている。
さらに二人の子供への撮影行為については、「1mくらいの至近距離からの、執拗な撮影行為により、未成年者である長男と長女は、衝撃を受けた。そのため、両名は、これがトラウマとなり、登校するために、家を出る際、恐怖感を感じ、時には、泣いて家に戻ることもある」と訴えている。
この申立てに対しフジテレビは8月9日、「経緯と見解」書面を委員会に提出、申立人が指摘している放送部分は、「家賃収入に関する女性ディレクター(申立書ではレポーターと記載)の質問から雅美氏の回答部分を一連の流れとしてノーカットで放送したもので、その際には、女性ディレクターの質問の音声の場所を動かすなどの加工も一切していない」として、「申立人が主張するような作為的編集、放送は一切ない」と反論。そのうえで、雅美氏の「いくらなんでも失礼です」という発言については、「早朝であること、アポイントメントを取っていないことなど雅美氏への我々の取材姿勢について『失礼』という発言につながったと理解していている」と述べた。
またフジテレビは自宅兼事務所周辺の取材の主な目的は雅美氏への質問にあり、「取材スタッフには長男、長女を撮影するという意図は全くなく、二人に対する執拗な撮影行為など一切行っていない」と主張。そのうえで、番組では長男、長女の映像は一切使用しないという判断をしたことから、「雅美氏が子供の取材について言及した一連の発言は、当然放送では使用しなかった」と主張した。
長男に関しては、「雅美氏を撮影していた際に、ごく短時間映り込んでしまったものにすぎず」、長女については、「雅美氏を撮影する意図で撮影を開始したところ、2階出入口から出てきたのが長女であったために即座に撮影を中止した」と反論した。
このほかフジテレビは、家賃問題など一連の疑惑において、「金の流れの鍵を握る重要なキーパーソンが雅美氏であり、単なる『家族』ではなく、政治資金の使い道についての説明責任がある立派な『当事者』で、雅美氏を取材することについては、『公共性公益性』が極めて高いと考えている」と、主張している。
委員会事務局は申立人と被申立人に対し、話し合いによる解決を模索するよう要請したが、不調に終わり、申立人代理人から7月26日、改めて「委員会の判断を仰ぎたい」との申立人の意思が事務局に伝えられた。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第237回放送と人権等権利に関する委員会

第237回 – 2016年7月

世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理…など

世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」修正案を検討し、STAP細胞報道事案を引き続き審理した。また、在熊本民放2局を対象にした事件報道に対する地方公務員からの申立て事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年7月19日(火)午後4時~10時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤泰子さんの実姉で、事件当時、隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、6月30日の第2回起草委員会を経て提出された「委員会決定」修正案を検討した。その結果、次回委員会でさらに審理を続けることになった。

2.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、7月13日に会合を開いた起草担当委員から「委員会決定」の骨子メモが提出され、それを軸に各委員が意見を述べた。その結果、担当委員が決定文の起草に入ることになり、次回委員会までに第1回起草委員会を開くことを決めた。

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本) 事案の審理

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ) 事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日にそれぞれ放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件について報道した。
申立人は、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出など放送局の対応を求めた。
両事案は6月から実質的な審理に入り、今回の委員会を前に被申立人からそれぞれ再答弁書が提出された。その中でテレビ熊本は「現職公務員による準強制猥褻事案であり社会的影響は大きい」とこれまでの主張を繰り返し、熊本県民テレビは「警察を軸に取材し放送内容を組み立てるのは、逮捕の第一報では一定の合理性がある」と主張した。
今月の委員会では、その再答弁書の内容を事務局が説明し、委員の間で意見交換が行われた。委員会は、双方の提出書類が全て出揃ったことから、今後、ヒアリングに向けた起草委員による論点整理を進めることを決めた。

5.その他

  • 「自転車事故企画に対する申立て」事案で、「放送倫理上問題あり」(見解)の委員会決定を受けたフジテレビで、7月11日に坂井眞委員長と担当した二関辰郎委員が出席して研修会が開かれたことを、事務局が報告した。
    社員や制作会社スタッフら約190人が出席し、2時間にわたって決定のポイントやインタビュー取材のあり方等をめぐって意見を交わした。
  • 次回委員会は8月16日に開かれる。

以上

第236回放送と人権等権利に関する委員会

第236回 – 2016年6月

世田谷一家殺害事件特番事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、事件報道に対する地方公務員からの申立て事案の審理、審理要請案件の取下げ報告…など

世田谷一家殺害事件特番事案の「委員会決定」案を検討し、STAP細胞報道事案を引き続き審理した。また、在熊本の民放2局を対象にした事件報道に対する地方公務員からの申立てについて実質審理に入った。前回委員会で審理要請案件として検討した生活保護ビジネス企画に対する申立てについて、取下げ書が提出されたため事務局から報告した。

議事の詳細

日時
2016年6月21日(火)午後4時~8時35分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、6月6日の第1回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」案を審理した。その結果、第2回起草委員会を開催して、次回委員会でさらに検討を続けることになった。

2.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
前回委員会で行った被申立人のヒアリングを受けて、委員会から送った追加質問に対する回答書等がNHKから提出された。今回の委員会では、この回答書も含めた双方のヒアリングの結果を踏まえ、各委員が意見を述べた。次回委員会までに起草担当委員が集まって議論を整理し、次回委員会で引き続き審理することになった。

3.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)事案の審理

4.「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)事案の審理

対象となったのは、テレビ熊本と熊本県民テレビが2015年11月19日に放送したニュース番組で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕された事件についてそれぞれ報道した。この放送に対し、同公務員が委員会に申立書を提出、放送は事実と異なる内容であり、フェイスブックの写真を無断使用され、初期報道における「極悪人のような報道内容」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出などを求めた。
これに対しテレビ熊本は、「現職の公務員による事案であり、社会的影響は極めて大きいと考え、取材を重ね事実のみを報道した」として、また、熊本県民テレビは、「報道は正当な方法によって得た取材結果に基づき客観的な立場からなされたもの」として、それぞれ人権侵害はなかったと反論している。
委員会は4月の定例委員会で2局に対する申立てについて審理入りを決定したが、熊本県を中心に起きた地震被害への対応等に配慮しつつ審理することにしていた。その後両局から答弁書、申立人から反論書が提出されたのを受けて今回委員会から実質審理に入った。委員会では、事務局が申立人と被申立人2局それぞれの主張を整理して説明し、委員から意見が示された。今後、両局の再答弁書の提出を待って論点整理を行う方針を確認した。

5.審理要請案件:「生活保護ビジネス企画に対する申立て」 ~取下げ~

5月の定例委員会で審理要請案件として検討したが、その後、事務局の斡旋で申立人と被申立人が改めて話し合いを行った。その結果、双方が合意に達し、申立人から6月15日付で取下げ書が提出された。委員会では、事務局から一連の経緯について報告した。

6.その他

  • 委員会が秋に予定している県単位意見交換会について、事務局が概要を説明し、今後詳細を詰めるとになった。

  • 次回委員会は7月19日に開かれる。

以上

第235回放送と人権等権利に関する委員会

第235回 – 2016年5月

STAP細胞報道事案のヒアリングと審理…など

STAP細胞報道事案のヒアリングを行うため臨時委員会を開催し、被申立人から詳しく事情を聞いた。

議事の詳細

日時
2016年5月31日(火)午後4時30分~10時15分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
熊本地震の報道対応のため延期していた被申立人のヒアリングを行うため、この日、臨時委員会を開催した。なお、申立人のヒアリングは4月26日に臨時開催された第233回委員会で行われた。(申立人のヒアリングについては第233回委員会の「議事概要」参照
ヒアリングには、被申立人のNHKからSTAP細胞問題を取材してきた科学担当記者や番組担当者ら7人が出席した。
まず、番組の制作意図としてNHKは、「当時はSTAP細胞の存在や、その正体がES細胞なのかどうかも確定していなかった。STAP問題は真相が明らかにならないまま、幕引きが図られる恐れがあった。こうした状況の中、この問題をしっかり検証し再発防止への一助となっていくことがジャーナリズムの重要な役割と考えた」と述べた。
さらに「調査報道なので、1歩1歩、1つ1つ事実を掘り起こして、あの時点で私たちが事実としてつかみ、そして客観的にも紹介できると思ったもので、これはやはり提示しておくべきではないかと判断したものについて番組の中で触れた」「当時は、まだ、それが、いわゆるオフィシャルな形で事実だと言われていない中での取材でありながら、今となってみれば、実際のところ蓋を開けてみると事実だったことは、たくさんある。それだからこそ、最大限の注意を払って制作した」と説明した。
番組が若山教授の言い分に偏っていて公平ではないと申立人が主張していることについては、「様々な疑問を申立人と若山教授のいずれにも向けて取材を続けてきた。常に若山教授が述べていることに矛盾はないか、どこまで客観的に証明できるかを念頭に置いて取材を進めた。ES細胞の混入の可能性について、申立人、若山教授、いずれの考えもそれぞれきちんと伝えている」と述べた。
申立人がマウスの取り違えの可能性に触れずにES細胞混入を指摘したと主張する点については、「番組では若山教授が語った『僕の方に何か間違いがあったのか』というコメントを紹介している。これは若山教授がマウスを渡し間違えたか、と言っているわけだ」「若山教授の歯切れの悪い様子もそのまま伝えており、どちらとも断定していない番組にきちんとなっている」と述べた。
申立人が、視聴者に伝わったのは申立人によるES細胞の窃盗疑惑である、と主張している点については、「盗んだかどうかはわからないが、ファクトとして留学生のES細胞がそこにあったことを伝えた」「番組では、アクロシンが入ったES細胞の話はいったん終わって次の新たな事実について述べるとコメントし、新たな話を始めるとの意図をもって映像も理研の外観を出した」「この部分は時間としてはつながっているが、科学的な側面と管理状況の側面を並立させて見せている」と主張した。
実験ノートの番組での使用について申立人が著作権侵害だと訴えている点についてNHKは、「実験ノートは報道のための利用であり、著作権侵害には当たらない」「多くの人間が閲覧して吟味することを目的として作成されているものなので、本来、著作者人格権の公表権の行使が予定されている著作物ではない」などと主張した。
笹井教授とのメールの公開については「当該のメールは理研の調査委員会に提出された公の資料で、笹井教授本人が実験における自らのかかわりを説明するために提出したものだ。一連のSTAP細胞の件では、発表されたことが二転三転することも多々あり、その中で我々が重要と考えたのはとにかく事実を提示することだった。メールのやり取りは笹井教授が論文作成に確かに関わっていた明確な証拠だ」と述べた。
番組で専門家として紹介した人たちが論文の疑義を指摘した点について、「明らかに科学的におかしいとわかるところをどうやってピックアップするかについて長時間ディスカッションした」「集まってもらった専門家は、それぞれ学会の中での役を務めているような人たちで、ひとつひとつの図について点数のようなものを付けて、その上での最終的な結果が番組で紹介したものだ」と説明した。
申立人が、NHKの強引な取材によって怪我をさせられたと訴えている点については、「怪我をさせた、させないに関わらず、迷惑をかけたという認識は変わっていない。しかしながら、申立人の主張には事実と異なる部分がいくつもあり、その点については複数の映像や取材スタッフの証言をもとに再度確認して説明した」など、詳しく考えを述べた。

2.その他

  • 4月の定例委員会で審理入りが決まった「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)と同(熊本県民テレビ)に関連して、熊本地震の被害状況等について事務局から報告し、6月の委員会で実質審理入りすることが決まった。

  • 次回は6月21日に定例委員会を開催する。

以上

2016年5月16日

「自転車事故企画に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
5月16日(月)午後1時からBPO会議室で坂井眞委員長と二関辰郎委員が出席して本件事案の決定の通知を行った。申立人と、被申立人のフジテレビから編成制作局担当者ら4人が出席した。
坂井委員長が決定文のポイントを読み上げ、「フジテレビは、申立人に対して番組の趣旨や取材意図を十分に説明したとは言えず、本件放送には放送倫理上の問題がある」との「見解」を伝えた。
申立人は「放送倫理上問題があることは当然だと思う。今後、フジテレビは被害者遺族を取材する場合は最大限配慮をして欲しい。問題がうやむやにされかねないので、委員会は細かくチェックをして欲しい」と述べた。フジテレビは「決定を真摯に受け止めて、より良い番組作りを目指していきたい。出来る再発防止策はすでに進めているつもりだが、決定を読んでさらに対策をいろいろ講じて委員会に報告したい」と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見をして、決定を公表した。
20社32人が取材した。テレビの映像取材はNHKがキー局を代表して行った。
坂井委員長が決定の判断部分を中心に説明し、委員長名で書いた補足意見については「決定の結論部分に『社内及び番組の制作会社にその情報を周知し』と書いたが、いわば委員会を代表してその解説をしたと理解していただきたいと思う。これまで、委員会のヒアリング等の場に制作会社の方が出てくることはなく、今回もそういう機会はなかったが、今回、問題となった部分を担当したのは制作会社のプロデューサーだったので、特に付言をした」と述べた。
二関委員は「番組の趣旨とか取材意図をどこまで説明するかは結構難しい問題だと思う。ただ、本件の場合は、そもそも申立人が交通事故で母親を亡くした遺族であり、かつ、交通事故被害者のために支援活動をしている人で、局側はそういう人だと分かった上で接近して取材をしたという経緯もある。それにもかかわらず、内容的に事故被害者に全然配慮しないドラマが既にできていた段階で、そのことを説明しなかったという本件における個別の事情という部分がある。これからどういう番組を作ろうかという、まさに手探り状態でやっている段階では、取材対象者にこういうものができますと、きちんと説明できない場面も当然あろうかと思う。そこはケースバイケースでの判断で、本件においては説明すべきだったと委員会として判断した」と述べた。

主な質疑応答は、以下のとおりである。

(質問)
そもそも当たり屋を扱うことを制作サイドは決めていたにもかかわらず、インタビューする相手に伝えていなかったというのは、自転車事故の遺族のインタビューは、やっぱり今回の番組にふさわしくないのではないかという後ろめたさみたいなのもあったのではないか?
(委員長)
特にヒアリングで後ろめたさ云々という話はなかった。ただ、決定にも書いたように、局の方も申立人の抱く番組イメージと齟齬が生じるのではないかと考えたとおっしゃっている。それを、後ろめたさと言うかどうかだと思うが、そうであれば、伝えておけば良かったということは、決定に書いたとおりである。
特に放送内容もほぼ固まっていて、最後に申立人にインタビューをされているわけだから、で、あれば、「実はこういう内容なんだけれども」と伝えておけば、こういう問題は起きなかっただろうと。なぜそうしなかったのかは、よくわからない。局の方は台本を渡そうと思ったけれど断られたとおっしゃるし、申立人は、いや、そういう提案受けたことはないとおっしゃっておられるので。
(質問)
今の話を聞くと、口頭で「実は当たり屋が出るんです。当たり屋がテーマなんです」と言わなかったのは、それを言って、相手から「じゃあ、インタビューは受けません」と言われると、もう放送日も決まっているし、内容は変更できないとなると、ちょっとまずいという制作サイドの思いがあったのではないかと思うが?
(委員長)
そういう経緯があるのかどうかは、ヒアリングでも確定しようがない。ただ、事実としてどうだったかは確定のしようがないが、もっと突っ込んで言えば、台本を見せる見せないの話が今回の1番の問題というのではなく、そもそも台本を見せなくてもドラマの内容を口頭で話すことはできたでしょうということだ。口頭で取材の意図や番組の趣旨の説明が出来たのに、そこが落ちている。その問題性は、台本を見せる見せないに関わる事実の確定の必要性とは関係がない。言えば済んだことを言わなかった、それはやっぱり放送倫理上の問題がある、ということで足りるということです。
ヒアリングでいろいろ聞いたが、局の方は、申立人のインタビューはどうしても使わないといけないというわけではないと主張されていた。それが嘘か本当かを追求する場ではないが、そう言われてしまうと釈然としない部分は残りますね。

(質問)
繰り返しになるが、当たり屋という設定を申立人に説明しなかったことについて、フジテレビから説明はあったのか?
(委員長)
そこは、台本を見せようと提案したけれど断られたので、もうそれ以上は進みませんでした、というところで終わっていたと思う。ですから、説明方法の1つとして台本まで見せるんだと。それは、あまりないことだと私は理解しているが。
(二関委員)
もう1つ言うとすると、決定文の12ページのところ、「説明をしなかった理由として、フジテレビは自転者事故の悲惨さを伝える部分で申立人インタビューを使わせてもらいたかったが、インタビュー場面は本件ドラマ部分とは別の部分であることに加え、本件ドラマは当たり屋をメインテーマにしたものではないことから」との理由を言っている。それに対して委員会は、「確かに情報部分とドラマ部分が切り分けられているのは、それはそのとおりだけれども、しかし・・・」ということと、「当たり屋がメインかどうかは問題ではないでしょう」ということを、別のところで判断している。
(委員長)
だから、切り分けているというのが、フジの1つの主張だと思うが、同時に申立人が抱く番組イメージと実際の放送との間に齟齬が生じることを懸念したともおっしゃっていて、そこは必ずしも同じ方向ではないと思う。切り分けられるから大丈夫だが、そうはいっても齟齬が生じるかもしれないと心配した、だから、台本見せましょうかと言いました、だけど、断られました、というところで終わっているという感じですかね。
(質問)
つまり、懸念はあったから台本を見せようという提案はしたが、見せなくてもいいと言われたので、フジとしては一応その懸念は解消されたというか、それで話は終わったということか?
(委員長)
フジは情報部分とドラマ部分は切り分けてあり、申立人が当たり屋であるかのような、同類であるかのような誤解は生じない構成だと思うので、説明の必要性はないと思ったが、でも、懸念もしたので台本を見せましょうと言ったが、断られたという主張だった。

(質問)
つまり、台本を見せる見せないは、さておいて、番組趣旨を何らかの形で説明する必要があった、そこに今回の問題が集約されると理解していいか?
(委員長)
これは私のあくまで個人的理解ですけれど、時には台本を見せることもあるかもしれないが、取材をする相手、インタビューを受ける方に台本まで見せるということは、そうはないんじゃないかと私は理解している。
フジは、申立人がやってらっしゃることは分かっていて、だから取材に行っている。自転車事故でお母様を亡くされて辛い目に会われ、それで支援活動も一生懸命されておられると。そうすると、コミカルに、ちょっと誇張して、「現実にあり得ない」と決定文にも書いたが、しかも、被害者だけれど本当は被害者ではないという内容のドラマを放送したら、申立人がちょっと抵抗を感じるんじゃないかというのは、そんなに理解するのが難しい話ではない。台本を見せなさいとか、見せなかったのがいけないとかいう話ではなくて、「そこを説明すれば、こういう問題は起きなかったですね」というのが、やっぱり根っこじゃないかと思う。
もっと言ってしまうと、結局、これはバラエティーと言われているが、現実に起きたいろいろな事件や事故の被害者であったり心に痛みを持った人を取材して、単なる番組の素材として扱っちゃったら、こういう問題は起きますねということではないか。そういう立場の人の気持ちや心に配慮して、ちゃんと趣旨を説明しないといけないんじゃないか。台本を見せる見せないというより、被取材者の心情に配慮して「こういう番組なんです」と、ちょっと説明すればよかったはずで、それは台本を見せるより、私の理解ではハードルがずっと低いはずです。

(質問)
制作会社の担当者から直接ヒアリングをするという機会は、これまで1回もなかったのか?
(委員長)
放送倫理検証委員会はシステムが違っていて、もっとたくさんの方から、もっと時間をかけて、担当の委員の方が出向いて聞くというシステムをとっているので、制作会社の方から事情を聞くということはある。ただ、我々の委員会では、これまではない。ただ、それはやってはいけないということでもないし、制作会社側にヒアリングを受ける義務があるわけでもないと思う。
ただ、今回あえてこういうことを書いたのは、やはり事実関係を聞きたいときに、特に今回は問題になった説明の部分を担当されたのが制作会社のプロデューサーで、局の方がヒアリングに来ても事実関係を体験として語れないので、そういう機会が必要な場合は、そのようなヒアリングがあった方がいいのかもしれないと考えた。
(質問)
やっぱり制作会社の人からもヒアリングで話を聞きたいと、この補足意見が加わったということか?
(委員長)
補足意見の下敷きにあるのが、決定文の最後の「社内及び番組の制作会社にその情報を周知し」という部分で、これは委員会全体の意見なので、補足意見というのはちょっと適切な表現ではないかもしれないが、このように書いた趣旨を委員長が補足意見で説明したと理解していただければと思う。
決定の一番のポイント、放送倫理上問題ありとしたのは制作会社のプロデューサーがどういう説明をしたかに尽きているわけなので、その部分については特に言っておきたいと補足意見を書いたということです。

(質問)
制作会社のプロデューサーにはヒアリングに出席を求めなかった、あるいは、出席できなかったということか?
(委員長)
今回、委員会から「この方をヒアリングに連れてきてくれ」とは言っていない。我々の委員会の審理の仕方は、申立書と答弁書、それから反論書と再答弁書、関係資料を出していただいて、ヒアリングをして審理をして決定文を書いている。これを裁判の手続きみたいにとにかく精密にやろうとすると、毎回話すことだが、時間ばかりかかるという話になるのでそれはしない。そのような限界の中でやっていることなので、ある意味手続き的にはやむを得ない部分もあるかなと思う。
ただ、実際、バラエティー番組や情報番組は制作会社が関わるケースが非常に多く、だとしたら、事実関係が問題となる場合は制作会社にヒアリングをするという機会があってもいいのかなと。特にこれまで頼んだが断られたとか、そういう話ではないが、事案によってはあってもいいのかなと思う。

(質問)
局に入っている制作会社は非常に多いが、補足意見の最後に出てくる制作会社というのは、本件放送に関わった制作会社を指しているということでいいのか?
(委員長)
基本的にはそういう文脈である。本件は特にそこの問題があったのでと理解いただければと思う。

以上

第234回放送と人権等権利に関する委員会

第234回 – 2016年5月

世田谷一家殺害事件特番事案のヒアリングと審理、自転車事故企画事案の通知・公表の報告、ストーカー事件2事案の対応報告、STAP細胞報道事案の審理、審理要請案件の検討…など

世田谷一家殺害事件特番事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。自転車事故企画事案の通知・公表について、事務局から概要を報告した。ストーカー事件再現ドラマ、ストーカー事件映像の2事案について、フジテレビから提出された対応報告を了承した。STAP細胞報道事案を引き続き審理、また生活保護ビジネス企画に対する申立てを審理要請案件として検討した。

議事の詳細

日時
2016年5月17日(火)午後3時~9時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、申立人と被申立人のテレビ朝日からヒアリングを行った。
申立人は代理人弁護士4人とともに出席し、「この番組を見た方たちは、私が著書や講演で述べている半年間にも及ぶ怨恨説の否定の作業と、その過程で見いだした生きる意味について一体何だったんだということになる。そこがぐらつくと、私の述べる悲しみからの再生は伝わらなくなってしまう。悲しみからの再生を決意し、これまで覚悟を持って積み重ねてきた私の活動、私の生き方そのものがこの番組によって破壊されたと感じた。風化を防ぐというもっともらしい目的を挙げ、報道番組だと言われたから真摯に取材に応じたのに、実は興味本位の視聴率稼ぎの番組に遺族役として当てはめられたと感じた」等と述べた。
テレビ朝日からは制作担当のプロデューサーら5人が出席し、「事件の重大性、内容から、報道局も加わった。取材方法や事実関係の確認や放送内容をチェックするという体制で慎重を期した。出演依頼時には企画書を提示し、犯人像・犯人動機を元プロファイラーが独自の分析でアプローチするというのがメインの趣旨であるということを伝えた。犯罪被害者遺族である申立人が、番組に出演して、過去の記憶が呼び覚まされ、苦痛を覚える可能性があるということも含み置いて出演の許諾をいただいた」等と述べた。
ヒアリング後の審理で、次回委員会に向けて担当委員が「委員会決定」文の起草に入ることになった。

2.「自転車事故企画に対する申立て」事案の通知・公表の報告

本件事案に関する「委員会決定」の通知・公表が5月16日に行われた。委員会では、その概要を事務局が報告し、当該局のフジテレビが放送した決定を伝えるニュースの同録DVDを視聴した。

3.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の対応報告

4.「ストーカー事件映像に対する申立て」の対応報告

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。両決定はフジテレビの同じ番組を対象にしている。

5.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
委員会は4月26日に臨時委員会を開いて申立人のヒアリングを行った。被申立人のNHKのヒアリングは熊本地震の報道対応のため主なメンバーの出席が不可能になったことからいったん延期し、5月31日に開催する臨時委員会で行うことになった。今回の委員会では、NHKのヒアリングに向けて、質問項目等が確認された。

6.審理要請案件:「生活保護ビジネス企画に対する申立て」

いわゆる「生活保護ビジネス」を取り上げたニュース企画に対する申立書について、委員会運営規則に照らして審理事案とする要件を満たしているかどうか検討した。次回委員会で改めて申立書の取り扱いを検討する。

7.その他

  • 4月の定例委員会で審理入りが決まった「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)と同(熊本県民テレビ)に関連して、熊本地震の被害状況等について事務局から報告し、引き続き現地の状況に配慮しつつ審理を進めることを確認した。

  • 次回委員会は5月31日に臨時委員会を開催する。6月の定例委員会は6月21日に開かれる。

以上

2016年2月15日

「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
前事案に引き続き午後2時から、本件の通知を行い、申立人と、フジテレビ側からは編成担当者ら4人が出席した。
まず、坂井委員長が「決定の概要」と「委員会判断」をポイントに沿って読み上げる形で「本件放送には名誉を毀損する等の人権侵害があるとは言えないが、放送倫理上の問題があると判断した」との結論を伝えた。決定について申立人は「自分の主張がこれだけ認められたというのは、一つ大きな区切りがついたのかなと思っている」と述べた。
また、フジテレビ側は「作り手はギリギリのところを狙ってしまう。今までがやり過ぎだというご判断ですが、程度の問題はありつつも、今のテレビの作り方、在り方みたいなことに関わってくるかなと感じた」と述べた。
市川委員長代行は、「普通の報道番組なら、当然、裏を取って、本当にそうなのか、本当に共謀しているのか、というところを丁寧にやるが、今回は、いかにバラエティー番組とはいえ、許される範囲をはみ出し過ぎてしまっている」と述べた。
紙谷委員は「たとえば警察にもう少し情報の確認をすると、少しは事件の見方が変わったかもしれない。情報提供者の一方的なストーリーに乗せられることはなかったかもしれない」と述べた。

[公表]
午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

まず坂井委員長が「本件放送には申立人の名誉を毀損する等の人権侵害があるとは言えないが、放送倫理上の問題があると判断した」との結論を述べたうえで、委員会決定の申立人の同定可能性とフジテレビの反論を中心に解説を行った。そして放送倫理上の問題について「取材対象者の名誉、プライバシーも大事だが、放送される人の名誉、プライバシーも考えなければいけないのに、そこが足りてなかった」と述べた。
市川委員長代行は「本件は情報バラエティーということもあって、事実から離れてもいいと考えてしまったがゆえに、取材、事実に迫る努力が疎かになってしまったのではないか。この点が、本件での留意点になると思う」と述べた。
紙谷委員は「関係者の名誉とプライバシーをもっと慎重に考えていただきたい。暴いていいということではないが、両者、あるいは関係者全体に対する配慮は必要であるということを強調しておきたい」と述べた。

続いて質疑応答が行われた。

(質問)
第58号と第59号両件に関わるが、フジテレビ自身はそもそもこの件は、いわゆる架空のケースとして紹介しようとしたのか。それとも、特定の事件だが分からないように伝えようとしたのか。
(坂井委員長)
架空のケースということではないと思う。実際の映像や音声を放送しているわけだから。もちろん、ぼかし等をかけてはいるし、音声も変えてある。まったく架空ではないが、現実そのものとして放送したわけではない、という考えだったと思う。

(質問)
ストーカーはしていて、書類送検もされているが、それでも本人と同定されることについて、委員会で批判、指摘されているということは、要するに、本人が特定されて、この人がやったということが一般に、公に報道されることで行き過ぎとの批判なのか、それとも匿名性を持たせようとしていたのに、ちゃんとやれてないじゃないかということか。
(坂井委員長)
同定されたこと自体を批判していない。同定されたケースで名誉棄損になる事実を摘示した場合、それでも公共性、公益目的が認められて、真実、ないしは真実であると信じるに相当であると認められれば問題とはならない。本件では、摘示した名誉棄損にあたる事実の主要な部分、基本的な部分は真実であると認められたから、名誉棄損にはあたらない。
第58号、第59号に共通するが、事実として報道する以上、再現と言えども真実に迫らなければいけないし、両当事者に取材しなければいけない。そこは放送倫理上の問題があると言っている。同定されるように放送するなら、ちゃんと取材をして、真実性立証ができなくてはいけないし、できたとしても、取材のやり方として問題があったところはありますよ、そういう放送倫理上の問題点だ。

(質問)
乱暴な言い方になるかもしれないが、たとえばバラエティーを作る体制では、ちょっと手に余る事案だったということか。
(坂井委員長)
そこは、こうだと断言するわけにはいかない。もし、手に余るのであれば、現実から離れるという選択肢はある。現実につながったことを放送してしまうことから、視聴者が、ああこれは現実なんだと受け取る。多少の改編があってもそれがどこか分からないからだ。そこで、こういう問題が生まれる。もし、しっかり取材できないのであれば、これは現実だと受け取られるような形を避けなくてはいけないということだと思う。
誇張や架空の部分も含めて現実なのだと受け止められる放送をしてしまったら、これは現実ではないですよとテロップが入っても、視聴者は全体として現実だと思ってしまう、そういう作り方の問題だ。それは、現実の映像や音声が入ったうえで、再現ですと言ってしまうことからくるのだが、そうなってしまったら、局は責任を取らなくてはいけないのであって、そういう名誉毀損になるような作り方はやってはいけない。このような作り方をするのだったら、そこまで配慮しなければいけないということだろうと思う。なぜかと言うと、関係者の名誉やプライバシー、もっとストレートに言うと、放送されてしまう人の名誉やプライバシーを考えなくてはいけないからだ。

(質問)
AさんとBさんにこの結果を伝えた時の感想について。
(坂井委員長)
二人とも、結論は違うが、Aさんの方は名誉棄損を認めて頂いたことはありがたいと。どうしてこんなふうに放送されたのか、未だに納得がいかないということだと思う。Bさんの方も、名誉棄損ということは認めないけれども、放送倫理上の問題は、はっきり言っている。それについてはありがたいという感想だった。
(市川委員長代行)
Aさんに関しては、名誉棄損のところで触れているように、社内いじめの中心人物、あるいは首謀者という扱いをされたこと、そのこと自体に対して、それは違うと。私はそうではなかった。そこが主張の骨子であり、まさにそこに答えて頂いたというふうに思って頂いた、理解して頂いたと思っている。
Bさんにも、納得を頂いた部分はあるようだ。事件の背景等について、もう少し自分にもちゃんと取材をして、自分なりの弁明をさせてほしかったという気持ちはあったようで、その点をBPOが指摘したことは、ありがたいという印象を持っていたようだ。

以上

2016年2月15日

「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の通知・公表

[通知]
通知は、午後1時からBPO会議室で行われ、坂井委員長と起草を担当した市川委員長代行、紙谷委員が出席し、申立人本人と、被申立人のフジテレビからは編成統括責任者ら4人が出席した。まず、坂井委員長が「決定の概要」と「委員会判断」をポイントに沿って読み上げる形で「本件放送には、申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した」との決定内容を伝えた。
続いて、市川委員校代行は「再現ドラマであれば、現実の事件とは違うものだと受け止められるというふうには必ずしもならない。現実の事件と組み合わせて放送する以上、現実の事件を放送するものとして、事実を正確に伝える努力も怠らないようにしていただきたい」と述べた。
また、紙谷委員は「テレビの現場は女性の視点が少ないという指摘がしばしばあり、ステレオタイプの見方がすっと通ってしまう。むしろテレビだからこそ、いろいろな見方、ステレオタイプではない情報を積極的に提供していただきたい」と述べた。
この決定に対して申立人は、「自分の思いが届いたのかなと思う」「(放送された内容は)本当に身に覚えがない」「いまだに口をきいてくれない人もいる」などと述べた。
一方、フジテレビは「我々が主張したことは、ほとんど結果的に認められてない。100パーセントそれは駄目じゃないかという感じで、非常に厳しく受け止めている。番組の作り方とかに大きく影響するであろうと、改めてそういうことを認識した」と述べた。

[公表]
午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

まず坂井委員長が委員会決定について「現実にあった事件の関係者本人の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。職場の同僚にとって、登場人物が申立人であると同定できるものであったと判断した。それで、そのいじめをした張本人ということで、首謀者、中心人物、実行者にストーカー行為をさせていた、などと指摘するものであることから、これは名誉毀損、社会的評価を低下させる事実適示であることは争いがない」と述べたうえで「委員会の判断」と「結論」の要所を紹介しながら説明を行った。市川委員長代行は「報道番組でもそうだが、モザイクがかかって本人を特定できなかったとしても、現実の事件を再現するものとして放送する以上、事実に即して何が真実であるのかをきちんと取材したうえで、それに沿った形で放送するべきだ」と述べた。
また紙谷委員は「番組のように年とったおばさんは若い女性をいじめるという思い込みがあったから、そういうふうに作り上げたのではないか。そういう思い込み、ステレオタイプを外して取材をし、番組を作ってほしかった。ジェンダーという視点を忘れないでほしい」と「補足意見」の主旨を説明した。

続いて質疑応答が行われた。主な内容は以下のとおり。

(質問)
これは第58号と第59号にまたがった質問です。放送倫理上の問題のところで、第58号では、申立人からの苦情に適切に対応しなかったことに、特に重点を置いて、放送倫理上の問題があると書かれていると読んだが、第59号は取材の妥当性について、放送倫理上の問題があるというふうに読めるが、このふたつの違いはあるか。

(坂井委員長)
第58号は放送内容について、申立人の名誉を毀損するものであるという判断をしている。その内容について名誉を毀損すると判断している以上、後はそれとは別の部分で、放送の前後に連絡があった時に、真摯に対応していなかったということを中心に書いた。第59号は、名誉棄損があったとは認めていない。主要な部分について真実性があると判断している。では、そこについて名誉棄損がないとしても、こういう放送をしてしまった、その中身について、問題はなかったのかということを検討することを考えた。
そういう意味で、第58号の方は、まず真実に迫るための最善の努力を怠った点、そしてその点の取材面での具体的な問題として、一方当事者からの取材のみに依拠して、職場内での処遇の不満や紛争という事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠ったことを指摘した。さらに、取材方法の在り方が申立人の名誉やプライバシーへの配慮を欠くものであったということを指摘し、最後に、59号と共通している点として、本件放送に対する申立人らの苦情に真摯に向き合わなかったことを述べた。4つ目は共通だが、最初の3つについては、名誉棄損を認めていないので、番組制作の過程で、たとえ名誉棄損にならないとしても、問題があったことを指摘した。それらは第58号にも共通する問題だが、58号では、その結果名誉棄損が生じてしまったと判断している以上、それらついてはあえて書く必要はないと判断したということになる。

(質問)
A氏については、勧告になる理由が分かる。ただ、B氏については、実際にストーカー行為をしていて、そのことは認めていながらも、見解という2番目に重い判断だ。要は、A氏のことに引っ張られた感じで、勧告という結論に引っ張られてB氏の方も少し厳しくなっているような気がするが。

(坂井委員長)
そういうことはない。それぞれの申し立てについて、それぞれ判断をしている。B氏については、名誉棄損はなかった。つまり、名誉を毀損する事実の適示はあったけれども、その主要な部分は真実であると判断している。
59号では、放送された内容で真実性が立証できないものが2点ほどある。そういう部分については、考えようによったら、適示された事実の主要な部分でないとは言い切れないから名誉棄損になると判断される可能性はあった。そういう作り方をしてしまった理由はどこにあるのかという意味で、やはり放送倫理上の問題があったとなるだろう。
つまり、作り方の問題としては、A氏の申し立てがなくても、同じ問題を抱えているから、そこは変わらなかったろうというのが私の理解だ。

(市川委員長代行)
私も、第58号に引きずられたとは思っていない。出家詐欺の『クローズアップ現代』の事件も、申立人そのものに対する人権侵害は、同定性がないということで否定した。ただし、その放送倫理上の、取材上の問題、放送上の問題が、これが進めば人権侵害になっていく可能性があるという意味で、看過できない放送倫理上の問題があったと考えたわけであり、それと同じように第59号も同じような問題があったからということだ。
特に今、委員長から説明があったように、事実関係でフジテレビ側が証明できてない部分は率直に言ってある。そこの部分をどう捉えるのか。場合によってはそれだけでも名誉棄損だという意見も、当然一つの見方としてはあり得る。その点が一点。もう一つは、実際の事件と多少離れた形での放送になってもいいと、そういう捉え方をしていたということからいくと、B氏に関しても、人権侵害になっていく危険性は、やっぱりある。そういう意味で、ここで放送倫理上の問題は指摘しておかなければいけないというふうに思った。

以上

2016年度 第60号

「自転車事故企画に対する申立て」に関する委員会決定

2016年5月16日 放送局:フジテレビ

見解:放送倫理上問題あり (補足意見付記)
フジテレビは2015年2月17日放送のバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』の企画コーナーで自転車事故を取り上げ、自転車事故で母親を亡くした男性のインタビューに続けて、自転車事故を起こした息子とその家族の顛末を描いたドラマを放送した。ドラマでは、この家族が高額の賠償金を払ったが、この事故でけがを負った小学生が実は当たり屋だったという結末だった。
この放送について、インタビュー取材に応じた男性が、取材の際にドラマで当たり屋を扱うことの説明がなかったことは取材方法として著しく不適切であり、自分も当たり屋であるかのような誤解を視聴者に与えかねず名誉を侵害されたなどとして委員会に申し立てていた。
委員会は、「見解」として、名誉毀損等の人権侵害は認められないが、フジテレビは申立人の立場と心情に配慮せず、本件放送の大部分を占めるドラマが当たり屋の事件を扱ったものであるという申立人にとって肝心な点を説明しておらず、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。

【決定の概要】

フジテレビは、バラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』(2015年2月17日放送)の「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナーで自転車事故の問題を取り上げ、自転車事故被害者の遺族である男性のインタビューに続けて、自転車事故を起こした息子とその家族の顛末を描いたドラマを放送した。ドラマは、この家族が高額の賠償金を支払ったが、この事故でけがを負った小学生が実は当たり屋だったという結末であった。
この放送について、インタビュー取材に応じた男性が、ドラマで当たり屋を扱うことの説明が取材の際になかったことは取材方法として著しく不適切であり、自分も当たり屋であるかのような誤解を視聴者に与えかねず名誉を侵害されたなどとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には、申立人に対する名誉毀損等の人権侵害は認められないが、放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、番組の構成上、申立人のインタビュー場面を含む情報部分とドラマ部分とに区別され、本件ドラマの当たり屋の事件と申立人が母親を亡くした事故は関係がないことから、一般視聴者に対して、申立人が当たり屋であるかのような誤解を与えるものとはいえない。したがって、申立人の社会的評価の低下を招くことはないから、本件放送による申立人の名誉毀損は認められない。また、本件放送で申立人に対する否定的な評価やコメントがなされているものではなく、申立人が出演した情報部分とドラマ部分とは区別されており、その関連性は間接的なものにとどまるから、本件放送による申立人の名誉感情侵害が認められるとまではいえない。
次に、放送倫理上の問題について検討すると、本件ドラマは、当たり屋の事件をとりあげた事例であって、被害者を装っている者を描くにすぎないことになるから、自転車事故が被害者に深刻な結果をもたらすという側面をなんら描いていない。フジテレビは、申立人が被害者遺族の立場から自転車事故の悲惨さを訴えたいことを認識していながら、申立人の立場と心情に配慮せず、本件放送の大部分を占める本件ドラマが当たり屋の事件を扱ったものであるという申立人にとって肝心な点を説明しなかった。この点において、フジテレビは、申立人に対して番組の趣旨や取材意図を十分に説明したとは言えず、本件放送には放送倫理上の問題がある。
以上から、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、社内及び番組の制作会社にその情報を周知し、再発防止のために放送倫理の順守にいっそう配慮するよう要望する。

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2016年5月16日 第60号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第60号

申立人
A
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』
企画コーナー「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」
放送日時
2015年2月17日(火) 午後7時~8時54分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.申立人の主張と本決定における取り扱い
  • 2.人権侵害に関する判断
  • 3.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送内容の概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年5月16日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2016年5月16日午後1時からBPO会議室で行われ、このあと午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2016年8月16日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

フジテレビから対応と取り組みをまとめた報告書が8月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

第233回放送と人権等権利に関する委員会

第233回 – 2016年4月

STAP細胞報道事案のヒアリングと審理…など

STAP細胞報道事案のヒアリングを行うため臨時委員会を開催し、申立人から詳しく事情を聞いた。

議事の詳細

日時
2016年4月26日(火)午後3時~7時55分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第2会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
本事案についてヒアリングを行うため、この日臨時委員会を開催した。ヒアリングには申立人が代理人弁護士2人とともに出席し、各委員が詳しく事情を聞いた。(被申立人のNHKのヒアリングもこの日予定されていたが、熊本地震の報道対応のため主なメンバーの出席が不可能になったことからいったん延期し、5月31日に臨時開催された第235回委員会で行われた。被申立人のヒアリングについては第235回委員会の「議事概要」参照
この日のヒアリングで申立人は、「NHKは番組を作成するうえで十分な取材・公平な取材の双方が不十分なまま、自分たちが捏造したストーリーに必要な材料だけを揃え、報道を行った。その報道姿勢は極めて強い人権侵害であり、報道機関として許されることではない」と述べた。
さらに、「本件番組構成は、NHKが正当性の根拠としている調査委員会の最終報告書でも認定されていない研究不正について、私を不当に犯人扱いしたものだ。独自取材に基づく調査報道番組であるとして、放送内容の正当性を述べているが、この発言と報道内容を踏まえると、NHKは独自の取材に基づいて調査し、NHKが悪と判断した人に制裁を与える権限があると考えている。これは報道機関として極めて深刻な人権侵害に対する感覚の鈍麻があることが明白だ」と主張した。
若山教授の描き方について、「番組では、疑問が指摘されて以降、STAP細胞があるのかを調べている人として若山教授が紹介されたが、若山教授は実際にSTAP研究を中心となって進めていたのだから、前提から視聴者を欺いている。NHKは、若山教授の言い分と自分たちがこうだと結論付けたものに沿った情報だけを流した。公平性に欠ける説明だし、偏向的な報道である」と主張した。
若山教授が渡したマウスと申立人が作製したSTAP細胞の遺伝子が異なっていたことの原因として、ES細胞が混入していたのではないか、と番組が指摘した点について、「若山教授が私に渡していたマウスとアクロシンGFPマウスの見た目は同じだ。であれば若山教授がアクロシンGFPマウスを誤って渡していたかもしれないと思うのが最初の発想だと思う。番組はそこを経ずにES細胞の存在をいきなり提示した」と主張した。
また、番組で申立人が使用する冷凍庫からES細胞が見つかったことを伝える部分について申立人は、「NHKは表現には十分に気を付けたと言うが、視聴者に伝わったのは小保方によるES細胞の窃盗の疑惑であったことは弁明の余地はない。実際には若山研究室が引越しの際に残していった不用品を引き取っただけで、警察の捜査によっても窃盗の容疑がないことが判明している」と述べた。
実験ノートの番組での使用については、「(たとえ公共性・公益性があったとしても公開されることは)我慢ならない。何故なら、それには、私のこれまでの、全ての秘密が書かれているからだ。私が見つけた細胞の秘密、細胞の神秘、私の発見、私のその時の感動、それが全て書かれたものだった」と訴えた。
笹井教授とのメールの公開については、「疑惑を私と笹井教授のみに向ける番組構成のためにプライバシーの侵害をしたうえ、あえて男女の音声を利用して二人の関係を視聴者に邪推させる悪質な演出が行われた」と述べた。
専門家として日本分子生物学会のメンバーの協力を得て論文を徹底検証したとされる部分については、「分子生物学会の会員ということから、STAPの研究について詳しく述べることができるということには全く繋がらない。噂レベル、井戸端会議みたいな感じだ」と述べた。
NHKの強引な取材によって怪我をさせられたと訴えている点については、「NHKは否定をしているが、私は本当に恐怖で全身が硬直して、右手と頸椎に激しい痛みをもたらす事実があったことは絶対間違いない。命をかけた検証実験をさせられている中で怪我まで負わせ、危険な目に合わせたこと自体反省することもなく、その事実さえ否定してくるNHKに憤りを感じている 」と訴えた。
さらに申立人は、「『ネイチャー』にはSTAPは否定されたが、まだSTAP研究は続いて続報が出ている。そのように科学は少しずつ進歩していくはずだった。それをNHKによって暴力的に握りつぶされた」「生きていくために社会によって認められている権利をNHKによって恣意的に否定された極めて強い人権侵害の事実にほかならない。この番組の放送、報道内容は故意の悪意に満ちた情報のみによって構成され視聴者を意図的に欺くものだった」など詳しく考えを述べた。

2.その他

  • 次回は5月17日に定例委員会を開催する。

以上

第232回放送と人権等権利に関する委員会

第232回 – 2016年4月

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案の審理、地方公務員からの申立て事案2件審理入り決定…など

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案を引き続き審理。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案2件を審理要請案件として検討し、審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2016年4月19日(火)午後3時~9時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、第2回起草委員会で修正された「委員会決定」案が提示され、詳細に検討した。その結果、大筋で了承されて委員長一任となり、5月に決定の通知・公表が行われる運びになった。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、ヒアリングに向けて起草委員が作成した論点・質問項目案について検討した。その結果、5月の次回定例委員会で申立人、被申立人双方にヒアリングを実施することになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では論点と質問項目を確認したうえで、ヒアリングを行うために4月26日に臨時委員会を開催することを了承した。

4.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)~審理入り決定

上記申立てについて、審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度、逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

5.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)~審理入り決定

上記申立てについて、審理良入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準) に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

6.その他

  • 放送人権委員会の2015年度中の「苦情対応状況」について、事務局が資料をもとに報告した。同年度中、当事者からの苦情申立てが27件あり、そのうち審理入りしたのが6件、委員会決定の通知・公表が6件あった。また仲介・斡旋による解決が3件あった。
  • 次回委員会は4月26日に臨時委員会を開催する。5月の定例委員会は5月17日に開かれる。

以上

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2015年度 解決事案

2015年度中に委員長の指示を仰ぎながら、委員会事務局が審理入りする前に申立人と被申立人双方に話し合いを要請し、話し合いの結果解決に至った「仲介・斡旋」のケースが3件あった。

「日本語碑文をめぐる申立て」

A局が2014年4月に放送した情報バラエティー番組で、リポーターがベルギー・アントワープにある「フランダースの犬の石碑」を訪れ、「とても残念なものがある」という触れ込みで、石碑の一部に日本語の碑文があることを「興ざめ」などと述べたため、その日本語の碑文を書いた人物が放送により名誉を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、同局から「放送後当該番組の再放送、ネット配信、DVD化はしていないし、今後もしない」と申立人の要求を受け入れる回答があり、それを事務局から申立人に伝えたところ、申立人は「誠意ある対応」と評価した。このため、申立人に取下げ書の提出をお願いしたが、その後申立人から全く連絡がなかったため、委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2014年4月 解決2015年8月)

「ハーグ条約適用報道に対する申立て」

B局が2014年8月に放送した報道番組で、「ハーグ条約」の適用を受けた子どものその後をめぐるニュース企画を放送した。この放送に対し、その子どもの父親が、同企画は母親側への取材のみに基づくもので、父親側には取材の申し入れは全くなく、その結果、事実誤認を含む報道により社会的評価を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月におよぶ話し合いの結果、申立人の主な主張を盛り込んだ「通知書」をB局がホームページに掲載、申立人はこれを了承して申立書を取り下げ、解決した。

(放送2014年8月 解決2105年8月)

「ホテル設計者からの申立て」

C局が2015年4月に放送した番組で、鉄道車両のデザインで知られる著名デザイナーが出演し、「(地方都市の有名)ホテルのデザインをした」と紹介した。この放送に対し、ある設計事務所社長が、同ホテルを設計したのは自分で、「代表作」として公言してきた立場が否定され、名誉と信用を毀損されたと申し立てた。事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月に及ぶ代理人間の話し合いの結果、双方が合意した文章を同局が番組ホームページに1か月間掲載した。これを受けて、事務局から申立人代理人に取下げ書の提出を依頼するため数回にわたり連絡したものの、全く返答がなかった。このため委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断し、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2015年5月 解決2016年1月)

2016年2月3日

九州・沖縄地区各局との意見交換会

放送人権委員会は2月3日、九州・沖縄地区の加盟社との意見交換会を福岡市内で開催した。九州・沖縄地区加盟社との意見交換会は6年ぶり3回目で、29社から83人が出席した。委員会側からは坂井眞委員長ら委員8人(1人欠席)BPOの濱田純一理事長らが出席し、最近の委員会決定等をめぐって予定を超える3間25分にわたって意見を交わした。
濱田理事長のあいさつ、坂井委員長の基調報告、4事案の決定についての担当委員らの報告と質疑応答の概要は、以下のとおりである。

◆濱田純一理事長 あいさつ

BPOがどういう役割をしているか、放送人権委員会がどのような機能を持っているかはお分かりかと思います。一言で言えば、BPOというのは放送の質を高めることで放送の自由を守っていく、そういう役割を持った組織であると思っています。放送の自由を守っていくことは、当然、これは国民の権利、自由を守ることにつながっていくわけで、放送はそのような媒介になる役割をしていると、私は考えております。
そういった役割を果たすために、放送人権委員会をはじめとして委員の皆さんにご努力をいただいているわけです。まあ通常会議の時間は2時間というふうに決まっているんですが、放送人権委員会では5時間とか6時間とか長時間にわたっていろいろな案件を審理していただいています。これまで57件について扱ってきていますが、個々の案件の紛争処理という、それだけが目的ではなくて、そういう案件を議論することを通じて放送というのはどうあるべきか、あるいは放送の自由とはどのようなものが望ましいのかということを真剣に議論する、委員の皆さん方の情熱に支えられて運営されているということを、ぜひご理解いただければと思っております。同時にそうした放送の自由を巡る議論というのはBPOの中だけではなく、視聴者の皆さん、あるいはもちろん放送局の皆さんが一緒になって考えて取り組み、あるいは主張していかなければいけない、そういう性格のものだと考えています。
きょうの意見交換会も、質疑応答あるいは知識を深めるというだけではなくて、皆さん方が決定を受けて委員と意見交換する、そういう活発な議論をすることによってこの放送の自由というものをさらに強めていくんだ、さらに高めていくんだと、そういう思いでぜひこの数時間をご一緒に過ごさせていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

◆坂井眞委員長  基調報告

私は弁護士をちょうど丸30年やってきました。そのうち7年委員をさせていただいていることになりますが、 それ以前から報道と人権の問題に長年取り組んできました。日弁連は人権大会を毎年やっていて、隣にいる市川委員長代行が今、日弁連の人権擁護委員長として中心になってやっているわけですが、1987年の熊本の人権大会では報道と人権をテーマにしました。報道による人権侵害ということが初めて言われた時代でした。25年以上も前で、当時は新聞記者の方と話をしても、「報道による被害とは何事だ」などと真剣に言われる時代でした。 それからずっとそういう問題をやっていますので、表現の自由を規制することばかり考えているやつじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。私としてはどちらもだと、表現の自由は最も大切な人権の1つだけれども、名誉やプライバシーも当然大事だと、その調整をどうするのかということで活動をしてまいりました。
出家詐欺事案、後ほど出てきますけれども、その決定における放送法に関わる部分、われわれの前に放送倫理検証委員会が放送法4条の規定は倫理規定だと言って、それに対して政府自民党筋から異論が出されるということがあり、事案との関係でわれわれも述べた点です。そこの考え方をしっかり整理をしたい、それを基調報告として申し上げたいと思っております。
出家詐欺事案で決定の最後に書いているのは、こういうことです。「本件放送について、2015年4月17日、自由民主党情報通信戦略調査会が、NHKの幹部を呼び、『事情聴取』を行った。放送法4条1項3号の『報道は事実を曲げないですること』との規定が理由とされた。さらに4月28日には、総務大臣が同じ放送法4条1項3号などに抵触するとして、NHKに対して異例の『厳重注意』を行った」と。 ここからわれわれの意見ですが、「しかし、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において、放送法1条は『放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること』を法の目的と明示している。そして放送法3条は、この放送の自律性の保障の理念を具体化し、『放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることはない』として、放送番組編集の自由を規定している。放送法4条は、放送事業者が依るべき番組編集の基準を定めているが、放送番組に対し、干渉、規律する権限を何ら定めていない。委員会は民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、放送内容を萎縮させかねないこうした政府、及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるをえない。」
控え目に抽象的に言ったつもりです。ただ、この部分はすごく重要で、われわれは申立てに対して判断を示すということで、一般論を述べる委員会ではないんですが、この事案でこういう動きがあったので、事案に関する限りしっかり指摘しておきたいということで意見を述べました。
端的に言うと、放送法は憲法21条によって解釈されるものであって、それを逆転させて放送法の規定を歪曲して、法によって憲法21条を解釈、理解するようなことがあってはいけないということを申し上げたいわけです。憲法21条1項は、これはもう言うまでもないことですが、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めていて、法律の留保などは付いておりません。「法律を定めれば制限できる」とは書かれていないのです。では、どういう場合に制限できるかというと、他の人権との調整の場合ですね。他の人権とは、委員会が扱う名誉、プライバシー、それからきょうも出てきます肖像権、そういうものをむやみに侵害してはいけないよと。そういう場合には、調整ないしは制限、限界があるけれども、法律を定めれば自由に口を出していいとか、制限していいというものではない、この点を確認しておきたいです。
放送法1条、放送法の理解について明確に判示している最高裁判決があります。平成16年11月25日の最高裁の第1小法廷の判決です。 訂正放送等請求事件で、NHKの『生活ほっとモーニング』訂正放送事件の上告審です。1審は原告が負けました。2審からは私も含めこういう事案をよく扱っている4人の弁護士が代理人になり東京高裁で逆転勝訴をして、慰謝料請求が認められるところまではよくある話ですが、それだけでなく「訂正放送請求権に基づいて訂正放送をしろ」という請求も認められました。
NHKは当然上告をしました。最高裁判決は、慰謝料のところは確定して原告が勝ったわけですが、訂正放送請求権について最高裁は「これは私法上の請求権ではないんだ」という判決を出しました。 どう言ったかと言いますと、「真実でない事項の放送がされた場合において、放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から、放送事業者に対し、自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって、被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではない」という判断をしました。最高裁は「自律的にやりなさいよ」と、「国民全体に義務を負っているんですよ」と言ったわけです。
私はNHKの方と連絡する担当だったのですが、金曜日の午後に判決が出て、NHKから「翌日の土曜日の『生活ほっとモーニング』で判決の趣旨に則って訂正放送をしたい。どうだろうか」という連絡があった記憶があります。実際に放送されました。判決の法的解釈論とは別に、私自身は放送局のそういう対応は非常に評価しています、それがまさに自律なんだと。
もう1つ言っておきたいのは、この事案は中高年の離婚問題を扱っていて、男性のほうだけ取材をして顔出ししちゃったんですね、女性のほうには取材をしていない。それで、女性のほうは非常に大きな職業上、生活上の被害を被った。それで「おかしい」というクレームがあったときに、「最高裁まで行かないと、訂正放送しないんですか」ということ。もうちょっとNHKが「自律」してよかったんじゃないかという思いがあります。最高裁判決後の対応は評価していますけれども、そこまで行かなくてもよかったんじゃないのか、それが自律ではないかという思いです。
そういう放送の自律という文脈で、このBPOという組織が出来て、放送人権委員会も自律的組織として、申立てがあったときに人権相互の調整を図る場としてある。だからその結論がどうかというときに、何か「外部から表現の自由を規制される」という受け取り方ではなくて、NHKと民放連が作ったBPOという自律的組織が「ちょっとまずいんじゃないの」と言ったら、まあ意見はいろいろあるけれど、「よく考えてみよう」ということで、ぜひ受け止めていただきたいと思っております。
これから個別の事案について、担当の委員から報告がございますので、ぜひ今、申し上げたような観点で検討していただければありがたいと思います。

◆決定第53号「散骨場計画報道への申立て」 報告:坂井眞委員長

論点の 1つ目は、「個人名と顔の映像は露出しないという合意に関する事実関係はどうなのか、誰と誰が合意したのか、合意した効果はどういうものでしょうか」というのが1つですね。
2つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、肖像権侵害に当たるのか」
3つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、放送倫理上の問題があったか」ということになります。
最初の論点ですが、SBS(静岡放送)の主張は、申立人と各社、すなわちSBSと申立人との合意だとおっしゃっていました。ただ、実際の関係としては、事前に熱海記者会の幹事社が社長と取材交渉し、会社名は出してよいが、社長の個人名及び顔は出さないことを取り決めていました。熱海記者会の幹事社がSBSの代理人ということはありえない。申立人は終始一貫して「合意をしたのは記者会とで、SBSとではない」という対応でした。そういう事情を考えると、委員会は「申立人と熱海記者会との合意」と判断をしました。これは形式的なところですが、合意の効果としては、熱海記者会に所属して個人名と顔の映像は露出しないとの合意を受け入れ記者会による記者会見に参加した記者は、当然申立人と記者会の合意に拘束されると。平たく言えば、記者会に所属した方は会社の了解も得た上で「合意を守ります」と言って会見に出たんだから、それは拘束される、会社も了解を与えているんだから合意事項に拘束されますという判断をしました。
肖像権とは何かといいますと、かなり昔の昭和44年の京都府学連事件という最高裁大法廷判決があり「何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されたり撮影された肖像写真や映像を公表されない権利」ということになります。肖像権と表現の自由、報道の自由、その関係を委員会がどう考えたかというと、一般論としては、申立人の承諾なしに、すなわち被撮影者の承諾なしに撮影し映像を放送することは肖像権侵害になりますと。けれども、肖像権も他の人権や社会的利益との関係においてすべてに優先するわけではない、表現の自由や報道の自由との関係において両者の調整が図られてなくてはいけない。委員会決定では、申立人の承諾なしに撮影された顔の映像を放送することは、原則として肖像権侵害となるが、しかし、申立人の承諾なしで撮影、放送することに報道の自由の観点からの公共性があると認められるならば、両者の価値を検討して一定範囲で報道の自由が優先する場合もありますよと、原則はこういうことです。公共性と公益性が認められるときは、さっき言ったようにさまざまな要素を考えてどちらが優先するかを判断をすると。そして、本件の結論としてはSBSに対して肖像権侵害を問うことはできないという判断になっています。
まず近隣住民による反対運動がありました。有名な温泉保養地の中に墓地類似の施設を作るわけだから、近隣住民の方にとって当然問題になるということですね。本件放送前の5月中旬段階で、既に各社が報道していました。熱海市役所まで会見をしていました。他方、この社長さんの会社のホームページ上では、代表者名も当然記載されていましたし、散骨場計画の宣伝もしていました。もう1つ、名前とか住所は商業登記簿謄本を見れば取れます。 さらに、報道された後には市の人口の3分の1ぐらいが反対署名をしている、地域の中でそのぐらい関心が高かったんですね。そうすると、公共性の程度は相当高いですね。この番組はストレートニュースでその問題提起をしているわけですから、公益目的も問題なく認められますということになります。
先程言いましたように、この事案は合意違反、「出しません」と言っていたのに放送してしまった。そもそも肖像権侵害は承諾があったら生じないわけで、よく考えれば合意に反したということも承諾なくやった場合の一態様ですね。なので、「合意違反だから、直ちに肖像権侵害になるとは言えない」という判断でした。合意違反もいろいろあって、最初から騙して撮影しようというケースだってあるわけですよね。例えば、隠し撮りは合意違反ではないけど、悪質だということになるというようなことです。
もう1つ、さっき指摘したようにこの地域での高い公共性のある事項で、公共的関心事になっている散骨場計画をしている会社の代表者が、個人的な肖像権を理由に自己の顔の映像を放送されることを拒否できるだろうかということも考えました。で、委員会の判断としては肖像権侵害はないということです。
放送倫理上の問題はどうかというと、「取材対象者との信頼関係を確保し、その信頼を裏切らないことは放送倫理上放送機関にとっては当然のことである」と。民間放送連盟の報道指針にも「視聴者・聴取者および取材対象者に対し、誠実な姿勢を保つ」と書いてあります。SBSも最初から謝罪しているわけですし、放送倫理上の問題ありということは、SBSも異論のないところです。
問題はあえて付言を付けたところですが、「取材・報道は自由な競争が基本である」「記者クラブ側は取材先からの取材・報道規制につながる申し入れに応じてはならない」、これは2006年3月9日の日本新聞協会編集委員会の記者クラブに関する見解ですが、誘拐報道等、ごく一部の例外の場合を除いて報道協定は認められないという原則は皆さんよくご存じですね。散骨場計画は先程述べたように、この地域で相当公共性の高い、公共的関心事になっていたのに、記者クラブがこういう約束をしてよかったのでしょうかという指摘です。新聞メディアと放送メディアはおそらく温度差があって、新聞はそれほど映像の問題は感じないかもしれませんが、放送メディアはそこは違うだろうと。顏の映像はなくても、取り合えず話だけでも聞きたいという幹事社の話に乗っちゃったのかもしれないけれど、それにしても、記者クラブで報道協定につながるような合意をしてしまうのはまずくはないですかと。
放送人権委員会にはいろいろな亊案があって、隠し撮りは原則だめだともちろん言っていますし、公共的な亊案で取材になかなか応じてくれないときは、自宅で待っていて通勤電車に乗るまで追っかけて撮ったりすることが許される場合もあるわけです。やっぱり亊案と内容によって、出すべきものは出すということもあってよかったんじゃないか。まして、みんなで顔を出さないでやろうということはまずいんじゃないですかという趣旨で、あえて付言をしたということになります。

(質問)
単純なミスということでしたが、顔が全体映っているところもありますが、中途半端に顏の下半分が映っているような、全部見せないように配慮した映像もあります。つまりどの時点でミスになったのか、撮影の前なのか、あるいは取材をした後の連絡ミスだったのか?

(坂井委員長)
私の記憶では、顏が出ている映像はボカシをかけるか、処理をするはずだったのを、忙しくて失念しミスをしてしまった。だから言いわけできない話だと記憶しています。

(質問)
自分たちの反省も含めてですけれど、本社から直接記者が常駐していない記者会は、どうしても駐在の人に任せてしまって、そういった顔を出す、出さないという連絡が例えば後々になったりだとか、こういう事案は結構起こりかねないなという思いで見ていた部分があります。

(坂井委員長)
出さないという話があるんだったら、それはとにかく連絡を徹底すると。今回は連絡が入っていたのに、現場の編集段階でミスが出たと記憶しています。忙しいのは当たり前だと思うので、その中で落ちないような何重かのチェックをしていく体制を作ることじゃないかなと思いますけれども、そういうシステムを作り上げておかないと、現場でのミスの可能性は絶えずあるだろうと思います。

(質問)
この付言は、あくまで実名顔出しを求めるべきではなかったのかと、それでも相手がやっぱり絶対顔はダメ、言葉だけだったらOKだということであれば、それもありうるということを含んでいるのでしょうか? 我々取材する中で、どうしても声が欲しい、ニュースの尺を考えると声だけでも必要だと考える場合もありうると思うんです。

(坂井委員長)
1つは報道協定的な、足並み揃えちゃったらまずくないですかというのがあります。顔を出さない、名前を出さないことを記者会みんなでやれば、なんか安心みたいなのはやっぱり報道のあるべき姿としては問題ですごく怖い感じがする、私の個人的な感覚ですけれども。もう1つはこういう話だったら、まず、相手にちゃんと説明しなきゃいけない社会的責任があるじゃないですかと言えるはずなんで、そこは各社にしっかり考えてもらいたい。実際、突撃取材をするケースもあるわけで、例えば翌日、急展開ということもあるわけですね、こういうニュースで。これはもう顔出してやるべきだって。そういうときに記者会で変な約束をして足かせにならないのかと、いろんなことを考えるので、そこは慎重に考えるべきじゃないのかなと思います。

(奥委員長代行)
端的に言えばありでしょう。一生懸命説得して出てくれと言ったけれど、出てくれなかった、だけど、この人の生の声を欲しいというときに声だけというのはありだと思います。

(質問)
日本新聞協会の見解は、幹事社含めて記者会のメンバーがおそらく誰も知らなかったと思うんです。例えば我々の放送の中でも、相手が顔は嫌だと言ったらもうすぐに切っちゃうとか、言われなくてもモザイクをかけるとか毎日のように頻発しています。こういう事例があった以上は、例えば新聞協会でも共有すべきだと思いますが、そういう動きはあるのでしょうか? 特にローカルに行けば行くほど、こういう問題が起きるんじゃないかという懸念があるんですが?

(坂井委員長)
新聞協会のことは存じ上げませんが、前の三宅委員長の委員長談話(「顔なしインタビュー等についての要望」2014年6月9日)で非常に危惧した部分ですよね、安易にそういうことをやるべきじゃないと。あとから出て来る出家詐欺の事案でも、結局ボカシを入れることによって詰めが甘くなるみたいなことにつながっているので、そういう意味では本当に重大な問題だと思います。

(奥委員長代行)
原則はもう確認されていると思うんですね、民放連においても、新聞協会においても。それが今回は熱海という、メジャーではない記者クラブですよね。たぶん県庁所在地とか、そういうところのクラブはかなりこの辺の認識があると思うんですけれども、認識が希薄だったということはたぶんあるので、そこは報道各社においてしっかり現場に認識させていただかないといけないと思います。

◆決定第54号「大阪府議からの申立て」(TBSラジオ) 報告:市川正司委員長代行

どういう申立てかと言いますと、事実関係を受けての論評が 権利侵害にあたると。具体的に言うと「思いついたことはキモイだね、完全に」と、自分の評価として「キモイ」という言葉を使ったということで、これが全人格を否定し侮辱罪にあたると。ヒアリングで申立人にもう少し具体的に聴いたところでは、法律上の説明でいくと、1つには全人格を否定し侮辱罪にあたると、これは個人の内面の感情としての名誉感情を侵害するということ。それからもう1つは、この放送を受けてネット上に「キモイ」という中傷の文言が流れて、自分の社会的な評価をおとしめられたという2つの点で権利侵害があったと、こういう説明をしていました。
前提問題として、まず論評の対象は何かということで、TBSは、これは申立人の行動に対する評価であって府議の人格に対する論評ではないんだと、こういう主張をされていました。ただ、行為に対する論評と社会的評価や人格に対する論評を峻別することは困難であると、人格の論評も含むものと考えるということで、前提問題については人格論評も含むということで次の問題を検討せざるを得ないとしています。
それでは、次に、社会的評価の低下、名誉感情侵害があったのかというところですけれども、「キモイ」という言葉自体が嫌悪感とか気持ちが悪いというイメージを出している、表現していることは明らかなので、そういう意味では、一定程度の社会的評価の低下、名誉感情に不快を与えるということについては間違いないだろうと評価をしています。
その上で、法律上の違法性が阻却されるかどうかという言い方をしますけれども、公共性・公益性の観点から許容されるかどうかというのが次の判断になります。判断の要素としては、公共性・公益性がどれぐらい高いか、もう1つは侵害の程度との関係で、これを2つの天秤にかけて、公共性、・公益性がより重ければ侵害の程度との関係でより許容される可能性が高い、逆に侵害の程度が重ければ許容されない範囲が高まる、こういう関係になります。
参考になる判例として2つ、それから委員会決定を挙げています。
1つは平成元年の最高裁の判決でありますが、公務員に対する論評については、人身攻撃に及ぶ論評としての域を逸脱したものではない限り違法性を欠くということです。特に事実関係ではなく論評に関しては人身攻撃に及ぶなどの論評としての域を逸脱したものでない限りは違法性を欠くということで、比較的緩やかに許容されるという判断をしているというところがあります。事実の摘示と論評で比較的違う考え方になっているかなというところもあります。
次が公職選挙の候補者と名誉権という問題で、昭和61年の最高裁判例ですが、公務員または公職選挙の候補者に対する評価・批判等の表現行為に関するものである場合には、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができて、私人の名誉権に優先する社会的価値を含み、憲法上特に保護されるべきだという判決です。
この2つ合わせると、論評であるということと公職選挙の候補者であるということが今回のキーワードになったと思います。1つ前例となる委員会の決定がありまして、「民主党代表選挙の論評問題」(委員会決定第30号)で「公務員、あるいは公職選挙によって選ばれた者として、一般私人よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければならない立場にある」と、こういう決定を出しております。
この3つを参考に本件の検討をしました。1つは先程申し上げたように論評であるということ、それから府議会議員が議員活動の一環として中学生たちとLINEのやり取りをしていたと、ご自身が記者会見等でこういう説明をされていて、そういう点からも公共性・公益性が認められると。しかも議員の活動ですので、非常に公共性・公益性が高いということを認定しています。その上で、放送前に「キモイ」という言葉が報道されていた。自ら一連の行動が不適切だったという説明もしている。それから「キモイ」という言葉はこの放送で特に急に使われたということではなくて、この事案の中で使われたキーワードの1つという、そういう特殊性があるということで、そういう意味で社会的評価の低下は大きくないだろうと、人格をことさら誹謗したものでもないという評価をしております。そうすると、先程の公共性・公益性と侵害の程度の重さというのを比べたときに、やはり公共性・公益性という点から違法性の阻却が認められるのではないかということで、本件は問題がないと判断をしたということです。
あと本件の特殊性としてバラエティーでの表現ということがあります。決定ではこう言っておりまして「本件放送は、いわゆるバラエティーのジャンルに属する番組の中で行われたものであり、申立人を揶揄している部分もあるが、政治をテーマとして扱い、政治を風刺したりすることは、バラエティーの中の1つの重要な要素であり、正当な表現行為として尊重されるべきものであるから、本件放送の公共性・公益性を否定するものと解すべきではない」と。「キモジュン」とかいう表現がありましたけれども、番組の特性からいけばこういう表現の仕方もありだろうという考え方をとっています。
決定では最後に「『キモイ』という言葉は、それが使われる相手や場面によっては相手の人格を傷つけ、深いダメージを与えることもあるが、委員会はこれを無限定に使うことを是とするものではない」と付言しています。こういう場合はいいけど、こういう場合はダメだとはなかなか一概には言えないし、言葉狩りのような形になってもいけないということで、いろいろ議論した上でこういう表現に留めています。

(質問)
今回の決定は全く私もそのとおりだろうと思うんですが、申立て自体が圧力になっているんじゃないかと感じられました。

(市川委員長代行)
公表の記者会見のときも同じようなご意見がありました。ただ、委員会としては、委員会の規約上、個人から一定の侵害の申立てがあれば、その主張それ自体が一応の要件に該当すれば、どうしてもこれを受けざるを得ないというところがあります。そういう意味では、なるべくすみやかに、むしろ今回のような決定であればスパッと出してしまうということでしょうけれども、それはそれでヒアリングもして手続き的な保証はした上で結論を出すという必要があるかなと思っています。ただ、本件で決定の通知・公表が若干ちょっと延びた要素としては、ちょうど申立人が選挙に入ってしまって、選挙が終わってからというタイミングを見たという経過がございました。

(質問)
むしろ申立てをして面倒なことを強いるという構造になっていると思いまして、ちょっと濫訴というか、そういうものに近いものがあるんじゃないかと。

(坂井委員長)
そこは、そういうふうに感じないでもらいたい、この件なんか真っ白じゃないですか。何がいけないのと、思っていればいいと思うんです。そこで濫訴だとか、プレッシャーだとか思わないでほしいというのが、私の個人的な見解です。申立てがあったら受けないといけないのが放送人権委員会で、運営規則の5条にそう書いてあるんですね、それだけのことだと。放送倫理検証委員会は問題があると思ったときに取り上げるという流れですから、そこは違うんです、そこのところは皆さんによく理解をしていただきたいと思います。

(質問)
明らかにこっちは悪くないというスタンスでいても、BPOで取り上げられたということになると、スポンサーが離れてしまったり、局の上層部から番組は打ち切りだということになりかねないところがあります。そういう状況にあることも、ちょっと頭に入れていただければありがたいなというところです。

(坂井委員長)
そこは平行線なのかもしれないですけど、私が基調報告で申し上げた、このBPOという組織がどうやってできて、放送人権委員会がどうしてあるのかということをよく考えてもらいたいですね。スポンサーの方はいろんな方がいるのはよくわかります。そこで、きっちりこの問題はこういうことだと説明して説得するのが仕事のうちだろうと思います。そういう申立ては受けないでくれというのは、方向が違うんじゃないかと思います。

(質問)
ラジオの深夜番組という部分で、さっきの録音を聴いていましたら、非常に無邪気というか、脇が甘いというか、まさか申立ての対象になるとはまったく考えてないというふうに聴けるんですけれど、例えば局側の反省はあるのでしょうか?

(市川委員長代行)
確かこれは録音した上で、チェックも入っていたというふうに聞いています。その上でOKを出して放送しているので、一応それなりの判断はされていただろうと思います。必ずしも脇が甘いと、申しわけなかったというような発言は特にTBSラジオからは聞いていなかったと記憶しています。

(坂井委員長)
この決定には、前の三宅委員長の補足意見が付いていましたが、このケースは府議会議員だったと。だから、府議会議員とか公職選挙で選ばれるような議員に関しては、かなり辛辣なことを言われても、それは批判されるのも仕事のうちなんじゃないかという視点で見ていく必要があると思います。

◆決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」 報告:曽我部真裕委員

番組はTBSテレビの『アッコにおまかせ!』という番組で、みなさんご案内のことと思いますが、佐村河内さんが謝罪する記者会見が行われたのを受けて、、番組はほぼ全部を使って会見を取り上げて、例によって大きなパネルを使って説明をし、出演者がいろいろコメントをするという形で進んだ番組です。
一般論ですけれども、名誉毀損を判断するには大きく2つのステップがあります。1つはその放送がご本人の名誉を毀損するかどうか、つまり、社会的な評判を貶めるようなものであるかどうかということです。仮にそれに当たるとしますと、一応名誉毀損の可能性があるわけですけれども、それでも例外として、最終的にメディア側が責任を負わなくてもいい場合があります。それを免責事由と言っているわけですけれども、番組の公共性、放送局に公益目的があったかどうか、それから、示された事実が客観的に真実であったか、あるいは結果的に真実でなかったとしてもきちんと取材をして真実と信じるについて相当の根拠があったかどうか、ということが必要だということになります。
ところが、本件で問題になったのはその前提の部分です。つまり、そもそも、今回の番組でどういう事実が視聴者に伝わったのかが一番大きな争点になりました。委員会の多数意見と少数意見で立場が分かれたのも、その点です。本件放送はどういう事実を視聴者に伝えたのかということです。
これまた一般論に戻るわけですけれども、では、視聴者にどういう事実が伝わったのか、放送局側から言うと、どういう事実を視聴者に示したのかをどうやって判断するかというと、これは最高裁の判断がありまして、要するに一般視聴者の受け止めで決めると、一般視聴者がどう見るかということです。ですから、放送局が伝えようとした事実と、一般視聴者の受け止めがずれる場合も当然あるということです。佐村河内さんの側は、本件放送で示された事実というのは「申立人は、手話通訳も介さずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該記者会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装い会見に臨んだ」と、そういう事実が視聴者に伝わったと主張をする、これに対してTBS側は、いや、そんな断定はしていないとおっしゃるわけです。
委員会としては、先程の最高裁の判断に従って一般の視聴者の受け止めはどうかということを探ったわけですけれども、その際重視したのは、一般視聴者は、本件は聴覚障害という難しい問題でしたので予備知識がないということでした。したがって、不正確な説明をすると、簡単に誘導、誤解してしまうだろうということです。その上で実際の判断をしたということです。
番組は大きく2つの部分に分かれ、時間的には全然配分が違うのですけれども、記者会見の際に、実際に手話通訳なしで会話が成立しているにではないかというVTRが流されていたのです。その部分は時間的にはごく短いわけですけれども、インパクトは非常に強い。しかも、謝罪会見の時に手話通訳がなくても話が通じているということを、直接示しているということですので、委員会としては、これは重要な部分だと判断しました。
番組ではその前に、記者会見の場で配布された佐村河内さんの聴力に関する診断書、これをパネルに貼って説明をしていたわけですが、これは、細かくは申し上げないのですが、要するに、診断書の中には、みなさんが人間ドックでやるような聞こえたらボタンを押す自己申告の検査と、そうでない脳波でチェックする検査もあると。しかし、番組では脳波による検査のほうはあまり触れずに、自己申告であると強調していた。しかも、出てきた数値を見て、「普通の会話は完全に聞こえる」というような説明をアナウンサーがしていました。あと、診断書について医師、専門家のコメントがありまして、その中で詐聴、つまり自己申告の検査なので偽っていた可能性があるというようなコメントも、特段の補足説明もなく言ってしまいました。そうした合間に当然、タレントのトークがあって、その中にはもう佐村河内さんは嘘をついているということを前提としたようなコメントが多数あったというところがありました。
そういうことを総合的に判断して、委員会の多数意見は、先程お示しした、佐村河内さん側が主張している本件放送の摘示事実はあったと、つまり断定的にそういうことを伝えているという判断をしました。これは名誉毀損であるということです。診断書からはそこまでは言えなくて、客観的な検査によれば一定の難聴はあったとみられるわけですので、先程の免責事由で言うと、真実性、相当性も認められないという結論になったわけです。
3番目として、やや一般化した個別の注意点を2,3挙げています。
1つはバラエティーによって人権侵害の可能性があった場合に、報道番組と同じような基準で判断するのか、それとも違う基準で判断するのかということです。その点について、少なくとも情報バラエティー番組において事実を事実として伝える場合は、報道番組と同様の判断基準でよいと考えたわけです。お手許の『判断ガイド』の211ページに紹介がありますけれども、トークバラエティー番組については、より表現の許容範囲が広いというような判断を示した決定が確かにありました(第28号「バラエティー番組における人格権侵害の訴え」)。バラエティー事案の審理では、最近放送局側が必ずこれを引用されるわけですけれども、本件ではそこに対して若干釘を刺すような形で、情報バラエティー番組で事実を事実と伝える場合は報道番組と基本的に変わらないような判断基準で判断するということを言っております。
この点、最高裁判所も似たようなことを言っています。かつて、いわゆる夕刊紙が名誉毀損に問われた裁判において、夕刊紙側が結局興味本位の記事を載せているんだから、読者もそういうものとして受け止めるはずであると、だから名誉毀損はないと主張をしたところ、そういうことは通らないというのが最高裁の判断です。
かつてロス疑惑報道というのがあって、要するに三浦さんは悪い奴だというので集中豪雨的な報道がされたわけですが、その後、三浦さんの側から何十件も名誉毀損訴訟が起こされ、かなりの部分でメディアが負けています。報道被害に関する認識も高まって報道のあり方もだいぶ変わったわけですけれども、今でもやはり流れができてしまうと、これに乗っかって過剰なバッシングが行われる現象があると。本件でもそういうことがあっただろうと思いますので、ロス疑惑報道の教訓は今でも重要だろうと思います。
次ですが、これは少数意見の中で、視聴者に予備知識がないからといって正確な説明を求めていたのでは、バラエティー番組は成り立たないのではないかというご指摘がありました。委員会としては、そんなに難しいことを求めているわけではなくて、例えば本件で言うと、聴覚障害には伝音性難聴と感音性難聴があって佐村河内氏は感音性難聴であるとか、そういう説明をすべきだというのではなくて、音が歪んで聞こえるという症状があるというようなことを伝えるとか、そういう形で噛み砕いて分かり易く説明することは十分可能だろうと思うわけです。
過去の委員会決定で何度も言われていますが、タレントの発言の責任は誰にあるかというと、これは放送局にある。編集権、編成権は放送局にあるわけですから、そういうことになるわけです。だからと言って、厳密な台本を用意して、その通りにやれという話をしているわけではなくて、事前説明をしっかりする。それから、もしほんとに問題のある発言があった場合その事後に番組中にチェックすると。そういうような配慮が求められるのではないかと指摘しております。

◇事案担当:林香里委員
今回の事案は大変難しい決定で、特に私は法律家ではありませんので、名誉毀損の判断などは非常に難しかったです。
まず、放送倫理というところで問題があるという点では全員一致しているというところは、確認をしていただきたいなと思います。全体的に放送倫理では問題があるのですが、名誉毀損のほうはどうかということで、委員会決定の判断は、やはり本件放送のメイン・メッセージは「普通の会話は完全に聞こえる」ということでした。委員会は、ここが真実とは異なるということで、名誉毀損という判断を下したということになると思います。ただし、そこには少数意見のように異なる印象をもつ者がいるのではないか、異なる解釈があるのではないかという意見が付いているということでございます。

◇少数意見 奥武則委員長代行
先程曽我部委員が、多数意見と少数意見がどこで分かれたのか説明していただきましたが、つまり、本件放送によってどういう事実が示されたのかということについての認識なり判断が違うわけですね。多数意見は佐村河内さんの申立てを受けとめて、「申立人は手話通訳を介せずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるように装い会見に臨んだ」という事実が摘示されたと判断しました。
市川委員長代行と私の少数意見は、要するに、そこまではっきり明確なメッセージがあの番組からあったとはどうも受け取れないということです。お昼の時間帯に放送される情報バラエティー番組で、まさに一般の視聴者が普通の視聴の仕方で見た時に、一体どういう受け止め方をしたかというと、まあ、何だかよくわからないけれども、「手話通訳が本当に必要なのかな」という程度の認識を視聴者が持っただろうということですね。手話通訳がほんとに必要なのかということに、強い疑いがあることについては一定の真実性はあるわけで、そういう意味で言うと名誉毀損は成立しないのではないかというのが基本的に我々の少数意見です。放送倫理上の問題については、基本的に多数意見と同じ考え方です。

◇少数意見 中島徹委員
私が少数意見を書くことになったきっかけは、一言でいえば、この事件で名誉毀損を認めてしまうと、表現の自由が相当に脅かされかねないという直感でした。
あの番組で事実の摘示があったと見てしまえば、すなわち、正常な聴力を有しているということを番組が指摘したと解してしまうと、それについて真実性と相当性をTBS側が証明しなければなりません。しかし、本人は聞こえないと言っているわけですから、「聞こえる」ことを証明することは極めて困難です。もっとも、佐村河内氏は、謝罪会見以前に一定程度は「聞こえる」ことを認めていました。聞こえることについて争いがなければ、そのことを前提に、この場面でも聞こえているのではないかと論評を加えることは大いにありうることです。言い換えれば、番組の中で言われていたことは、事実の摘示ではなく、TBSの見方、意見だと私は捉えたわけです。
論評は表現の自由の観点からすれば、相当程度に自由でなければなりません。日本の裁判所、とりわけ最高裁は、論評の場合でも真実性・相当性については相当の根拠がなければならないという判断を示していますが、この点はアメリカでは全くそういうふうには理解されておらず、真実性・相当性という要件を課しません。論評は自由に述べてよろしいというわけです。もちろんそれは行き過ぎだったら許されない場合もあるけれども、そうでない限りは自由にやってよいという考え方ですね。この点で、日米の名誉毀損に関する法的思考はかなり異なりますが、日本でも下級審では、アメリカ流に考える立場もあります。
他方、奥代行、市川代行の少数意見とどこが違うかと申しますと、両代行のご意見は、この番組を見た一般視聴者は正常な聴力を有しているというところまでは理解していなくて、なんとなく聞こえているのではないかくらいで受け止めていたのだから、事実の摘示はその程度で認定すれば良い ー粗雑にすぎる要約かもしれませんがー 、そのように論じられた上で、そうであれば真実性はあったと認定されているわけです。本件では、結果において名誉毀損の成立を認めないわけですから、表現の自由にとってマイナスということにはなりません。しかし、逆に、表現の自由を制限するような場面で同じ論法をとった場合、すなわち、事実の摘示という法律上の概念を説明する際に一般人の感覚を用いてしまうと、一般人の感覚とは言い換えれば多数者のものの見方ですから、多数者の視点で事実の摘示という法律上の概念を論じることになります。これは、時に多数者の視点で表現の自由を制限するように機能する場合もありますので、表現の自由保障の観点から私には賛成できませんでした。そこで、あのようにやや煩雑な構成をとることになったわけです。

(意見)
事がやっぱり障害に関することなので、全く納得できないというわけでもないです。ただ、やはりそこまでの専門性、専門的知識をあの番組の中で求めるかというと、やっぱり厳しいなという感想になります。

(意見)
非常にショッキングで、視聴者の目線で言うと、ほんとに佐村河内さんという方は耳が聞こえるのか、ほんとに自分で作曲したのかという率直な疑問に答える形であの番組はやっていたと思うんですね。結果的に、決定が出た後、出る前後でも検証が全くされていない。佐村河内さんの聴覚が本当はどうだったのか、あの交響曲『HIROSHIMA』はどういう扱いになっているのか、その辺の検証をもっとやるべきじゃないかという感想を持ちました。

(質問)
私はちょうどたまたま放送を見ていまして、非常に面白く拝見しました。ただ、各社とも佐村河内さんの聴力が疑問だというトーンでやっている中では、かなり突出して聞こえるという印象を与える番組だったのは確かだと記憶しています。もうちょっと疑問だなというレベルに押さえておけば、まあ許容範囲に入ったのかなと、さじ加減の難しさがあるのかなと思いました。私は報道の人間なので、バラエティーを作る手法がわからないんですが、ああいう芸能人を使いながら大筋を導いていくプロセスというか、どのくらいシナリオを書いているのか、教えて欲しいなと思いました。

(曽我部委員)
今の点は審理の過程では論点にはなっていました。どの程度事前にシナリオというか、打合せがあったのか、詳細にはお聞きできていないのですが、それほど細かい話があったわけでもなく、もちろん聴覚障害に関する予備知識のようなものの説明があったわけでもないように聞いています。ちゃんとしたタレントさんは、ある程度空気を読んで発言されると思うので、やっぱり事前にある程度局が示唆をしておけば、もうちょっと違ったものになったのではないかと思います。あの番組をご覧になればわかると思うのですけれど、司会の和田アキ子さんがあの問題について非常に一家言をお持ちな感じで、ずっとリードをされていたので、ずいぶん他の出演者の方も引きずられてしまった部分もあるのかなという感じはしました。

(質問)
もう1つの大喜利事案(第57号「大喜利・バラエティー番組への申立て」)との違いについて教えていただければと思います。

(曽我部委員)
まず、番組の性質がだいぶ違うということですね。謝罪会見は情報バラエティ-、べつにネーミングにこだわるわけではないのですけれども、事実を事実として伝える番組で、その上でいろいろトークをするという、そういう作りです。視聴者もそういうものとして受け止める、先程最高裁判決を紹介しましたが、それなりに真実を言うだろうという前提で受け止めると思うのですね。
これに対して大喜利というのは、必ずしもそうではないところがあります。さらに大喜利は短いフレーズの中で風刺を効かせたりするので、いろいろ誇張とかが当然含まれるわけですし、即興で言うのでいろんな表現があると。世の中に確立した芸ですので、視聴者はやっぱりそれはそういうものとして見るだろうと。そういうことで番組の性格が違うと思います。

(坂井委員長)
決定的に違うのは、大喜利は事実の摘示が基本的にないんです。佐村河内さんにとっては不愉快な言われ方を、もちろんしています。「持っているCDは全部ベストアルバムばっかり」とか「ピアノの鍵盤にドレミファソラシドと書いてある」とか。だけど、それは揶揄しているという話で、記者会見の時に耳が聞こえていたとかいう事実は言っていない、そこは事案として全然違うということを補足しておきたいと思います。

◆決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」 報告:奥武則委員長代行

申立人が出てくる映像が5か所ありますが、その映像について「放送倫理上重大な問題がある」という結論です。「報道番組の取材・制作において放送倫理の遵守をさらに徹底することを勧告する」という決定です。「重大な問題がある」というところが1つの肝で「勧告」になったわけですね。
出家詐欺のブローカーとして出てくる申立人の映像は、手の部分がボカされて顔は写っていない、セーターも着替えたということです、隠し撮り風に撮っている映像では、画面の右側のほうに「ブローカー」とテロップが出ていますが、申立人の顔の部分は完全にマスキングしています。映像と音声をほぼ完全に加工していて、映像からは申立人と特定できない。その人が誰だか分からないんだから、そもそも名誉毀損という問題は生じませんということで、この部分は「名誉毀損などの人権侵害は生じない」という結論になったわけです。
放送人権委員会としては、人権侵害はないからそれで終わりという考え方もないわけではないんです。事実そういう議論も委員会でしましたが、これでこの事案をやめてしまうのはちょっとおかしいんじゃないかということになって、放送倫理上の問題を問うべきだという流れになってきたわけですね。なぜ放送倫理上の問題を問うかというと、本人は実際取材されて映像になって放送されているのは分かっているわけですから、ほかの人が見て分からないと言ったって本人は自らが登場していることは当然認識できるわけです。その結果、放送で言っていることはおかしなことがいっぱいあって、ともかく被害を受けたと言っているわけですから、そこには当然放送倫理上求められる事実の正確性にかかわる問題が生まれるだろうということで、放送倫理上の問題もやっぱり考えましょうということになったわけです。
申立人の主張とNHK側の主張の違いを比べてみます。申立人は「自分は出家詐欺のブローカーでないし、ブローカー行為をしたこともない」、「NHKの記者に頼まれて出家詐欺のブローカーを演じただけだ」と言っているわけですね。それに対してNHKは「申立人はみずからブローカーであるとして取材に応じた」という主張です。取材記者のほうも「申立人がブローカーであると信じて取材を行った」と言っていて、真っ向から対立しているんですね。
申立人が出家詐欺のブローカーを演じたのかどうかという問題は、あとで触れるとして、ほんとうに出家詐欺のブローカーかどうかということについての裏付け取材が明らかに欠けていたんですね。多重債務者という人が登場しますが、この人はもともとNHKの記者のいわば取材協力者で今までもいろんな取材に応じていて、記者がこの件についても「出家詐欺について取材して番組を作ろうと思うんだけど」などと相談を持ちかけたんですね。そうしたら「いや、俺も実は多重債務を抱えいて今度ブローカーに相談に行く」ということで、ブローカーを紹介してくれることになった。記者はこの取材協力者に全面的に依存してるんですね。
NHKの記者は「直接会って話を聞いたりするのはやめてくれ」と取材協力者に言われたということですけれども、現実に出家詐欺のブローカーとして登場させるわけだから、取材協力者がそう言っているからといって、それにどっぷり漬かっていいのか、やっぱり裏付け取材をしなきゃいけないという話ですね。ところが、全くしていない。本人に聞くのが当然王道だと思うんですが、本人に聞けなくても、いろんな周辺取材で裏付けは取れたはずで、そういうことは全くしていない、裏付け取材が欠けていたという点ですね。
それからもう1つ、ナレーションが幾つか映像を伴って出てくるわけですけれども、ビルの一室に活動拠点があったとか、多重債務者からの相談があとを絶たないとか、それらのナレーションは基本的にあとで出家詐欺のブローカーと称する人にインタビューをして、いろいろ言っている中からピックアップして使ったと言うんですけれども、実はそういうことは全然ないんですね。ブローカーとして活動しているという話も、この取材協力者から聞いた話であって、活動拠点といわれる所も、実際はその取材協力者が用意しておいた場所なんですね。そこの部分がいちばん明確な虚偽と言っていいと思うんです。それだけではなくて、全体的に映像も伴って虚構を伝えています。「たどり着いたのはオフイスビルの1室、看板の出ていない部屋が活動拠点でした」というナレーション、この部分がいちばん問題になる、ウソの部分なわけです。
必要な裏付け取材を欠いていたことと、明確な虚偽を含むナレーションで登場した人を出家詐欺のブローカーだという形で放送した。「報道は、事実を客観的かつ正確・公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」、これはNHKと民放連が作った放送倫理基本綱領、つまり放送界の憲法みたいなものですね。これに明らかに違反していると言わざるをえないということで、放送倫理上重大な問題があったという結論に至ったわけですね。
さっきペンディングにした問題、実は皆さんも関心があるんでしょうけれども、申立人は出家詐欺のブローカー役を演じたのかどうかという問題ですね、これは実はやぶの中なんですね。出家詐欺のブローカーをやっていたという事実は出てきていない。NHKの調査委員会もそういう結論に達しています。ただし、全部を否定するというのは、いわゆる悪魔の証明ですから、ブローカーじゃなかったということは、なかなか証明できないところがあるんです。申立人は、NHKの取材協力者で多重債務者として登場した人と長い付き合いがあり、その人に頼まれてというようなこともあって、これはもちろん断定はできないんですけれども、申立人は自分は出家詐欺のブローカー役を演じるのだなと、そういう認識を持って取材に応じたのではないかと思っています。実際この人は出家した経験があったりお寺に出入りしたりしたことはあるわけで、取材に応じて出家詐欺の手口とかをしゃべることも、そのつもりになれば出来ただろうということなんですね。申立人は「役を演じてくれと言われた」とか「自分は多重債務者のつもりだったのが途中でブローカー役になった」と言っていますが、この点は合理性を欠いていて、信用できないと思っています
総務省がNHKに対して厳重注意という行政指導を行い、その前には、自民党の情報通信戦略調査会が、放送法に言及してテレビ朝日とNHKを聴取しています。これについては委員長が非常に懇切に説明をしてくれたので、私から特に付け加えることはないんですが、放送法の規定について、私は法律家ではないわけですけれども、法規範だとか倫理規範だとか言ってみてもあまり意味はないと思っています。放送法に書いてあるのは間違いないので、実際それをどうやって守るか、担保するかという問題であって、それは憲法21条並びに放送法の趣旨からいって要するに自律性なんだと。「放送番組は、法律の定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」。放送法の3条ですね。事情聴取とか行政指導は「民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を萎縮させかねない、こうした対応に委員会として強い危惧の念を持たざるをえない」ということですね。
放送人権委員会は、具体的な事案を審理する中で物事を考えるのが基本ということであって、「強い危惧の念を持たざるをえない」と抑制的に表現したわけです。趣旨は自律的にやるんだということに尽きます。放送局が自律的にやるし、BPOも自律的な機関としてあるんだという、その自律性をしっかり頭の中に入れておかなければいけないだろうと思います。

◇事案担当:二関辰郎委員
少々補足しますと、この同じ番組について放送倫理検証委員会もこちらの委員会に先行して判断を出しています。その判断の中身について委員会の性格の違いを反映して違う部分があるので、それを簡単にご説明しますと、放送倫理検証委員会というのは番組全体の作り方、取材のあり方とか制作のあり方、そういった観点からこの番組を検証して意見としてまとめていました。これに対して、こちらの委員会はあくまでも申立てをしてきた人、その人の人権なり、その人との絡みで放送倫理上の問題があったかどうかという観点から判断をしているという、アプローチの違いがあるということです。
先程もご説明がありましたとおり、人物が特定できませんので人権侵害はない。世間の人がその人だと特定できなければ社会的評価の低下はないわけですね。そこで入口論としては終わった。それに対して放送倫理の問題というのは、必ずしもそういう観点は必要なくて、本人は自分が誤って伝えられたということは分かるわけですし、倫理の問題というのはやはり放送局側の行動規範的な側面が強いわけですから、そこの拠り所を取っかかりにして申立人との関係においてどういった問題があったのかという取り上げ方をしたということになります。
この決定を公表した時に「やらせがあったのかどうか」というような質問が幾つかあったわけですが、委員会としては、あくまでも申立人との関連においての放送倫理の問題を取り上げる範囲で必要な判断をしたと。明確な虚偽が現にあったという必要な判断は十分にしているということで、特に「やらせ云々」というところまで立ち入った判断はしていません。委員会が「やらせがあった」と言ってくれたらそれだけで記事の見出しになる、そんな意図の質問にも感じられたんですけれども、委員会はそういった判断をするところではない、というのが委員会の立場だといっていいかと思います。

(質問)
どうしてこんな事態になったと思われますか。

(奥委員長代行)
個人的見解になりますけれども、私自身、報道記者をやっていた経験から言いますと、やっぱりNHKの記者はいい番組を作ろう、よりインパクトがある番組を作ろうというところで、NHKの言葉で言えば「過剰な演出をしてしまった」ということ。それから、日頃付き合っていた取材協力者、多重債務者として登場する人ですけれども、その人を過剰に信用していたというか、そういう取材上の問題が非常にあっただろうと思います。

(質問)
記者は明確な意図を持って事実と違うナレーションにしてしまったのか、ヒアリングではどうだったのか知りたい。「やらせの部分については踏み込まなかった」とおっしゃったんですが、かなり問題ある構成かなと思うが、その辺についてはどういう判断をされたんでしょうか?

(奥委員長代行)
やり過ぎたというようなことを任意に認めたわけでもないですけれども、「いろいろインタビューで聞いたんで、それを基にしてこういう構成にした」という言い方をしていたと思います。間違いなく問題ある構成だったわけで、「放送倫理上重大な問題があり」になったということです。

(質問)
「やらせまで踏み込んだ判断をしなかった」ということですが。やらせに踏み込んだ判断をする場合は、どういう要件の時にやることになるのか教えてください。

(坂井委員長)
典型的な「やらせ」と言われるケースはあるかもしれない、つまり、ほんとうは事実が全くないのに事実であるかのように作り上げる、というのがやらせになるんでしょう。そうではないときに何を「やらせ」というかは、もう定義次第になってしまう。そういう言葉の議論ではないところで、「明確な虚偽であるだけでなく、全体として実際の申立人と異なる虚構を伝えた」という言い方を決定はしているんですね。「何か踏み越えればやらせになるのか」という発想はしていません。

(質問)
「過剰な演出」というところが、ストーンと落ちない人がたぶん多い中で、「やらせ」という言葉を使うかどうか、定義は別としてもその部分が曖昧なまま終わってしまった印象が否めないかなと気がします。

(坂井委員長)
「過剰な演出」というのはご存じでしょうけど、NHKが言っている話ですね。決定ではそういう表現はしなかった、もっとストレートな言い方をしている、そこにわれわれの判断が出ているということです。だから、「過剰な演出」なのか、「明確な虚偽」というのか、「やらせ」というのか、あまりこだわる意味がないと思うんです。名誉毀損にはならない、でも「明確な虚偽を含む虚構が放送された」ということで、明らかに放送倫理上重大な問題がある、それで十分じゃないかなということです。

(奥委員長代行)
この決定文を読んで「いや、これはやらせじゃないの」というふうに思った方がいたとしても、まあ変な言い方ですけど、それはそれで構わないですよ、私としては。

(坂井委員長)
奥代行が言ったことを言い換えると、どこにも基準がないので、そういうふうに受け取る人がいても、それはそれでいいけれども、われわれは基準がはっきりしないやらせかどうかというよりも、明確に認定できる書き方をしているということです。
あと、どこまで事実を解明するかという問題があって、放送人権委員会は人権侵害、名誉毀損になるような、なりかねないような放送倫理違反というのがやっぱりメインの関心事であって、それ以外のところ、この番組でもたぶん事実と違っているところがあるかもしれないが、それを委員会が全部やるかというと、そこはわれわれの任務との関係で一定程度どうしても限界があると同時にやる範囲を絞っているというところが多少はあります。 (質問)
放送の自律性のところは、今の政権与党に強く言ってほしいところです。控えめに表現されたということですが、ぜひ委員会としても、BPO全体としてもアピールをしていただきたいと思っています。

(奥委員長代行)
放送人権委員会というのは、具体的な申立てを受けて審理して決定を出すという、そういう組織ですね。アクションを起こせと言われても、具体的な問題について具体的に審理して具体的な決定を出すという以上のアクションは、例外的に例えば前の三宅委員長が「顔なしインタビュー等についての要望」を出したりしたことはありますけれども、基本的にはそういう組織ではないんです、だから一緒にやっていきましょう。

(坂井委員長)
メディアの方ご自身ががんばらないと、こればかりはどうしようもないと。で、がんばるためには市民の支持、信頼がないと絶対ダメだという認識です。報道被害が迅速に救済されることがメディアに対する信頼を生み出し、それが報道の自由を支える大きな力になる、市民の支えがないと、例えば時の権力者の介入を許すような下地ができるだろうと思っています。そういう意識で、BPOも放送人権委員会もきちんと活動しなきゃいけないと思っています。

以上

第231回放送と人権等権利に関する委員会

第231回 – 2016年3月

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案の審理、出家詐欺報道事案の対応報告…など

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案を審理、また出家詐欺報道事案でNHKから提出された対応報告を了承した。

議事の詳細

日時
2016年3月15日(火)午後4時~8時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
ヒアリングを行った前回の委員会後に第1回起草委員会が開かれ、委員会決定文を起草した。今月の委員会では、担当委員から決定文案の説明を受けた後、委員会の判断の結論を取りまとめ、次回委員会でさらに決定文案の審理を続けることになった。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
前回委員会後、申立人から「反論書」が、被申立人から「再答弁書」が提出された。今回の委員会では、事務局がこれまでの双方の主張を取りまとめた資料を基に説明、論点を整理するため起草委員が集まって協議することとなった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では論点・質問項目案に沿って各委員が意見を述べた。次回委員会ではさらに審理を進める予定。

4.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の対応報告

2015年12月11日に通知・公表された本件「委員会決定」に対し、NHKから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年3月10日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。
また、3月3日、NHKにおいて本決定に関して坂井委員長と担当の奥委員長代行、二関委員が出席して研修会が開かれたことを事務局が報告した。当日は約150人が出席し、2時間にわたって質疑応答や意見交換が行われた。

5.その他

  • 2016年度「放送人権委員会」活動計画(案)が事務局から提示され、了承された。
  • 林香里委員が3月末で退任することになった。林委員は4年間委員を務めたが、4月から大学のサバティカル研修のため渡米することになり、任期途中の退任となった。
  • 後任として4月から委員に就任する白波瀬佐和子氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)が専務理事から紹介され、経歴等の説明があった。
  • 次回委員会は4月19日に開かれる。

以上

第230回放送と人権等権利に関する委員会

第230回 – 2016年2月

自転車事故企画事案のヒアリングと審理、
ストーカー事件再現ドラマ、ストーカー事件映像両事案の通知・公表の報告、
謝罪会見報道事案の対応報告、STAP細胞報道事案、世田谷一家殺害事件特番事案の審理…など

自転車事故企画事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。ストーカー事件再現ドラマとストーカー事件映像の2事案の通知・公表について、事務局が概要を報告した。謝罪会見報道事案でTBSテレビから提出された対応報告を了承した。STAP細胞報道事案、世田谷一家殺害事件特番事案を審理した。

議事の詳細

日時
2016年2月16日(火)午後3時~9時40分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案のヒアリングと審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
この放送について申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
今月の委員会では、申立人と被申立人のフジテレビからヒアリングを行った。
申立人は代理人の弁護士とともに出席し、「自転車事故の被害の深刻さを訴えたいという説明を受けて出演したが、茶化す番組の冒頭に使われ、たいへん悔しく思っている。番組で母が当たり屋だと明確に言われたわけではないが、私のブログにはお金をもらっているだろうみたいな、罵詈雑言のような形のコメントが来たりして嫌な思いをした。事前に当たり屋のドラマだという一言の説明もなく、お笑いで終わるような番組とは一切聞いていなかった。聞いていれば、もちろん取材はお断りした。ドラマの内容は荒唐無稽としか言いようがない」等と述べた。
フジテレビからは制作担当者ら6人が出席し、「申立人のお母様の事故とドラマの事故の内容は明らかに異なり、番組上も分断されているので、視聴者が申立人は高額な賠償金目当ての当たり屋同様の存在であるという印象を持つことはなく、名誉を毀損したとは考えていない。申立人のインタビューは自転車事故の悲惨さを訴えるために取材したもので、ドラマとは別の部分で使用することから、ドラマに当たり屋が登場することは説明していない。ドラマの内容は取材や資料をもとに蓋然性が高いと判断して再構成したもので、申立人が主張するような虚偽放送ではない」等と述べた。
ヒアリング後の審理で、次回委員会に向けて担当委員が決定文の起草に入ることになった。

2.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の通知・公表の報告

3.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の通知・公表の報告

両事案に関する「委員会決定」の通知・公表が2月15日に行われ、その概要を事務局から報告し、当該局のフジテレビが決定の内容を伝える番組の同録DVDを視聴した。

4.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の対応報告

2015年11月17日に通知・公表された本件「委員会決定」に対し、TBSテレビから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年2月15日付で提出され、委員会はこの報告を了承した。
なお、本件の委員会勧告に基づいて局が行った放送対応に関し、当該番組でエンドロールの後一旦CMが放送されてからアナウンサーによるコメントの読み上げがなされた点について、多数の委員から、放送対応のタイミングについてより工夫がなされることが好ましかったとの意見が述べられた。
また、2月1日にTBSテレビにおいて本決定に関して坂井委員長と担当の曽我部、林の両委員が出席して研修会が開かれたことを事務局が報告した。当日は140人余が出席し、2時間15分にわたって質疑応答や意見交換が行われた。

5.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では、改めて起草担当委員が提出した論点・質問項目案に沿って各委員が意見を述べた。次回委員会ではさらに審理を進める予定。

6.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
前回委員会で審理入りが決まったのを受けて、テレビ朝日から申立書に対する答弁書が提出された。今回の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を配付して説明した。

7.その他

  • 2月3日に福岡で開かれた地区別意見交換会(九州・沖縄地区)について、事務局から概要を報告し、その模様を伝える地元局の番組の同録DVDを視聴した。意見交換会には、同地区29局、83人が出席し、約3時間30分にわたって活発な意見交換が行われた。
  • 次回委員会は年3月15日に開かれる。

以上

2015年11月

TBSテレビ系列・北信越4局と「意見交換会」を開催

放送人権委員会は2015年11月24日、石川県金沢市内でTBSテレビ系列の北信越4局を対象に意見交換会を開催した。局側から報道・制作を中心に20人、オブザーバーとしてTBSテレビから1人が参加、委員会からは、坂井眞委員長、林香里委員、二関辰郎委員が出席した。
系列別の意見交換会は、2015年2月に高松で行われた「日本テレビ系列・四国4局」に続いて2回目。
今回の意見交換会では、まず委員会が2015年上半期に通知・公表した「散骨場計画報道への申立て」と「大阪府議からの申立て」の2事案の委員会決定を取り上げ、坂井委員長が委員会の判断のポイント等について説明と解説を行った。参加者からは、「散骨場計画報道」事案で「熱海記者会による申立人との合意と報道の自由の問題」について付言したことに関し、「社会性の高い案件だっただけに、記者会として、もっと交渉すべき余地はあったのではないか」等の意見が述べられた。
続いて、2014年6月に公表した「顔なしインタビュー等についての要望 ~最近の委員会決定をふまえての委員長談話~」について、林委員がこの談話を出すに至った背景や、実際のニュース番組をモニター、分析したうえで数か月にわたって委員会で議論したなどと説明した。
これに関連して参加者から「東京だと市民インタビューは赤の他人だが、ローカルだと匿名の市民じゃなくて実名の市民になってしまう。見ている人は『あの人知ってる』となる」「交通事故などで被害者が匿名を希望するケースが増えている」等の事例が報告された。
また、テレビで放送されたニュースがネット上で蔓延してしまう問題に関連して、坂井委員長から「最近、グーグルなどの検索について、検索結果で上位にヒットすることが現実には大きな影響があるため、それについてポータルサイトがしかるべき対応をすべきであるという法的判断がくだされた例がある。そうした判断が徐々に広がる可能性はある」との解説があった。
意見交換会の事後アンケートでは、「自分たちの取材の在り方、取材対象との向き合い方を見直し、考える良い機会になった」「系列間だからこその失敗談や苦慮している課題を聞くことができた」「委員長をはじめ、委員の方とも直接会って、いわゆる『顔が見えた』ことでBPOを身近な存在として感じられ有意義な会だった」等の感想が寄せられた。

以上

2015年度 第58号

「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定

2016年2月15日 放送局:フジテレビ

勧告:人権侵害(補足意見付記)
フジテレビは2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』で地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げた。番組では、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとされ名誉を毀損されたと申し立てた事案。放送人権委員会は審理の結果、2月15日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として本件放送には人権侵害があったとの判断を示した。

【決定の概要】

本件は、フジテレビがバラエティー番組『ニュースな晩餐会』(2015年3月8日の放送)で、「ストーカー事件」の被害の問題について、その一例を伝える目的で放送し、職場の同僚の間で行われたつきまとい行為やこれに関連する社内いじめを取り上げたものである。この中で、役者による事件の再現映像と、申立人の職場の人物のインタビュー映像や隠し撮り映像、申立人自身の会話の隠し録音などが随所に織り込まれた映像が放送された。
申立人は、この放送について、申立人を社内いじめの「首謀者」、「中心人物」とし、つきまとい行為を指示したとする事実無根の放送を行ったものであるとし、この放送によって名誉を著しく毀損されたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、関係者の映像等にボカシを入れ音声を加工したこと、役者による再現には「イメージ」とのテロップを付し、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」とのテロップも付したことから、フジテレビは、本件放送が特定の人物や事件について報道するものではないとしている。しかし、現実にあった事件の関係者本人の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は、現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。
本件放送には一定のボカシがかけられるなどしているものの、職場の駐車場の映像や、申立人の職場関係者に関する情報が含まれていること、取材協力者でもあった事件関係者らが、本件放送が行われることを予め職場などで話して回ることも十分予想できる状況下であったことなどから、本件放送内容は、職場の同僚にとって、登場人物が申立人であると同定できるものであった。
以上を前提とすると、本件放送は、申立人を社内いじめの「首謀者」、「中心人物」とし、実行者に「ストーカー行為をさせ」ていたなどと指摘するものであることになるが、これらの点が真実であるとはおよそ認められず、真実と信じたことに相当性もない。したがって、本件放送は、申立人の名誉を毀損するものであった。
フジテレビは、本件放送が基本的には現実の事件を再現するものとして視聴者に受け止められるにもかかわらず、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」等のテロップを付したことなどから、本件放送が現実の事件の真実から離れても問題はないと安易に思い込み、取材においても一方当事者への取材のみに依拠して職場内での事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠り、真実とは認めがたい申立人に関する事実を放送して申立人の名誉を毀損してしまうこととなった。
したがって、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために、人権と放送倫理にいっそう配慮するよう勧告する。

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2016年2月15日 第58号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第58号

申立人
食品工場契約社員 A氏
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『ニュースな晩餐会』(日曜日 午後7時58分~8時54分)
放送日時
2015年3月8日(日)午後7時58分から約27分間

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.本件放送と現実の事件の関係
  • 2.本件放送の登場人物と申立人の同定可能性
    • (1)本件放送内容と申立人の同定可能性
    • (2)フジテレビの反論について
  • 3.本件放送の内容と申立人の名誉の毀損
  • 4.本件放送の公共性・公益性
  • 5.申立人に関する放送内容の真実性
  • 6.申立人に関する事実を真実と信じたことの相当性
  • 7.小括
  • 8.放送倫理上の問題

III.結論

  • 補足意見

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年2月15日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、午後1時からBPO会議室で行われ、坂井委員長と起草を担当した市川委員長代行、紙谷委員が出席し、申立人本人と、被申立人のフジテレビからは編成統括責任者ら4人が出席した。午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

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2016年5月17日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビジョンから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2015年度 第59号

「ストーカー事件映像に対する申立て」に関する委員会決定

2016年2月15日 放送局:フジテレビ

見解:放送倫理上問題あり
フジテレビは、2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』で地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げた。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、映像のボカシが薄く、会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなので自分と特定されてしまう、として人権侵害を申し立てた事案。委員会は人権侵害があったとは認められないが、放送倫理上問題があるとの判断を示した。

【決定の概要】

本件は、フジテレビがバラエティー番組『ニュースな晩餐会』(2015年3月8日の放送)で、「ストーカー事件」の被害の問題について、その一例を伝える目的で放送し、職場の同僚の間で行われたつきまとい行為やこれに関連する社内いじめを取り上げたものである。この中で、役者による事件の再現映像と、申立人の職場の人物のインタビュー映像や申立人が隠し撮りされた映像、同僚同士の会話の隠し録音などが随所に織り込まれた映像が放送された。
申立人は、この放送で「ストーカー行為を行った人物」として取り扱われ、そのことが職場に広く知れ渡ってしまい、また、放送内容も事実と大きく異なっていたために、本件放送によって名誉を毀損されるなどの人権侵害を受けたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には、申立人の名誉を毀損する等の人権侵害があるとはいえないが、放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は、以下のとおりである。
フジテレビは、関係者の映像等にボカシを入れ音声を加工したこと、役者による再現には「イメージ」とのテロップや、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」とのテロップを付したことから、本件放送が特定の人物や事件について報道するものではないとしているが、現実にあった事件の関係者の映像や音声を随所に織り込み、再現の部分も含めて一連の事件として放送している以上、視聴者は、現実に起きた特定の事件を放送しているものと受け止める。
本件放送では、一定のボカシがかかっているとはいえ、職場の駐車場の映像や、申立人の職場関係者に関する情報が含まれていること、放送当日、取材協力者でもあった「ストーカー事件」の被害者らが、本件放送が行われることを予め職場などで話して回ることも十分予想できる状況下であったことなどから、職場の同僚には本件放送の登場人物が申立人であると同定できる。
とはいえ、本件放送は、公共の利害に関する事実を、公益をはかる目的で放送したものであり、申立人が行っていたことに関する基本的事実関係については真実であると認められるので、申立人に対する名誉毀損等の人権侵害があるとはいえない。
しかし、フジテレビは、本件放送が基本的には現実の事件を再現するものとして視聴者に受け止められるにもかかわらず、「被害者の証言に基づいて一部再構成しています」などのテロップを付したことなどによって本件放送が現実の事件の真実から離れても問題はないと安易に思い込み、真実に迫るための最善の努力を怠り、取材においても一方当事者からの取材のみに依拠して、職場内での処遇の不満や紛争という事件の背景や実態を正確に把握する努力を怠った。また、このような取材、放送の在り方は、申立人の名誉やプライバシーへの配慮を欠くものであった。さらに、フジテレビは、本件放送に対する申立人らの苦情に真摯に向き合わなかった。これらの点で、本件放送と放送後のフジテレビの対応には放送倫理上の問題がある。
したがって、委員会は、フジテレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために、人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2016年2月15日 第59号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第59号

申立人
食品工場社員 B氏
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『ニュースな晩餐会』(日曜日 午後7時58分~8時54分)
放送日時
2015年3月8日(日)午後7時58分から約27分間

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.本件放送と現実の事件の関係
  • 2.本件放送の登場人物と申立人の同定可能性
    • (1)本件放送内容と申立人の同定可能性
    • (2)フジテレビの反論について
  • 3.本件放送の内容と申立人の名誉の毀損
  • 4.本件放送の公共性・公益性
  • 5.申立人に関する放送内容の真実性など
  • 6.放送倫理上の問題
    • (1)事実を事実として伝える必要性
    • (2)関係者の名誉やプライバシーに配慮する必要性
    • (3)小括~本件放送内容にかかわる放送倫理上の問題
    • (4)放送後の対応の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2016年2月15日 決定の通知と公表の記者会見

前事案に引き続き午後2時から、本件の通知を行い、申立人と、フジテレビ側からは編成担当者ら4人が出席した。 午後3時から千代田放送会館2階ホールで、坂井委員長、市川委員長代行、紙谷委員が出席して記者会見を行い、2事案の委員会決定を公表した。報道関係者は21社41人が出席し、テレビカメラ3台(うち1台は民放代表カメラ)が入った。

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2016年5月17日 委員会決定に対するフジテレビの対応と取り組み

2016年2月15日に通知・公表された「委員会決定第58号」ならびに「委員会決定第59号」に対し、フジテレビジョンから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が5月13日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。

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第229回放送と人権等権利に関する委員会

第229回 – 2016年1月

ストーカー事件再現ドラマ事案の審理、ストーカー事件映像事案の審理、
STAP細胞報道事案の審理、自転車事故企画事案の審理、
世田谷一家殺害事件特番事案の審理入り決定…など

ストーカー事件再現ドラマ事案とストーカー事件映像事案の「委員会決定」案が大筋で了承され、委員長一任となった。その結果、両事案の通知・公表は2月に行われることになった。STAP細胞報道事案、自転車事故企画事案を審理、また「世田谷一家殺害事件特番への申立て」を審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。

議事の詳細

日時
2016年1月19日(火)午後4時~10時20分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内いじめ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内いじめの「首謀者」とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された音声データや加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送によって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、第4回起草委員会を経た「委員会決定」案が提示され、前回委員会以降の修正点等について起草担当委員が説明を行い、各委員から細部にわたるさまざまな意見が述べられた。その結果、一部表現・字句を修正したうえで大筋で了承され、委員長一任となった。「委員会決定」の通知・公表は2月に行なわれることになった。

2.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、前の事案と同じフジテレビが2015年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
この日の委員会では、第2回起草委員会を経た「委員会決定」案が示された。審理の結果、一部表現・字句を修正したうえで大筋で了承され、委員長一任となった。「委員会決定」の通知・公表は2月に行なわれることになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張している。
今回の委員会では前回に続いて起草担当委員が提出した「論点メモ」に沿って各委員が意見を述べた。その結果、次回委員会までに起草担当委員が、論点とヒアリングに向けた質問項目を整理することになった。次回委員会ではそれをもとにさらに審理を進める予定。

4.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、ヒアリングに向けて論点と質問項目を審理した。論点については、本件放送による人権侵害はあったのか、放送倫理上の問題として申立人に対する取材前の説明はどうだったのか等を検討し、来月の委員会で申立人とフジテレビからヒアリングをすることになった。

5.審理要請案件:「世田谷一家殺害事件特番への申立て」~審理入り決定

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送に対し入江氏は、番組の取材要請の仲介をした人物を介してテレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。その後弁護士とともに7回にわたってテレビ朝日側と話し合いを行い、放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。
このため入江氏は2015年12月14日、委員会に申立書を提出、「テレビ的技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びに(新聞の)ラジオ・テレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
申立人はこの中で、実際の面談において申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」を否定しているにもかかわらず、過剰な演出、恣意的な編集がなされ、「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたと主張。また、実際の面談において申立人は犯人の特定につながる具体的な発言は一切していないにもかかわらず、音声を一部ピー音で伏せるなどの過剰な演出、恣意的な編集により、申立人が殺害された長男の発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的な発言を行ったかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたとして、「これらは、悲しみから再生された申立人の人格そのもの、真摯に築いてきた生き方、すなわち人格権としての名誉権、自己決定権を著しく毀損するもの」と訴えている。
さらに申立人は、テレビ朝日が新聞のラジオ・テレビ欄で「被害者実姉と独占対談」「○○を知らないか?『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」と実際にはない発言を本件番組の目玉として番組宣伝を行ったのは、「放送倫理に著しく違反する」と述べている。
これに対しテレビ朝日は2016年1月14日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出し、申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張した。
またテレビ朝日は、番組では「妹達には恨まれている節はなかったと感じる。経済的なトラブル、金銭トラブル、男女関係みたいなものなど一切無かったですから。」とサファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。さらに、申立人が被害者長男の「発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的発言を行ったかのように事実と異なる報道、公正を欠く放送をされた」と述べていることについては、事件現場が世田谷区上祖師谷であることなどの情報と合わせれば、視聴者による誤った推測で「具体的な場所」が「特定」される可能性があったためで、言葉を伏せたのはそのような誤解が起きないようにという配慮であり、「公正を欠く放送」には当たらないと考えていると主張している。
このほかテレビ朝日は、新聞のラジオ・テレビ欄で「『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」との表記で番組宣伝等を行ったことに関しては、サファリック氏の「(規制音)へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」という質問に対し、申立人が「考えられないでもないですね。」と回答した点を挙げ、番組ではこの発言を新聞ラ・テ欄や番組宣伝等に利用するのに際し、「字数制限の制約の中で表現する上での演出上許容範囲であると思料しており、ご指摘のような『放送倫理に著しく違反している』とは考えていない」としている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。

6.その他

  • 2月3日に福岡で開かれる地区別意見交換会(九州・沖縄地区)について、事務局から概要を説明した。
  • 1月13日に行われたテレビ愛知への講師派遣について、事務局が概要を報告した。委員会から坂井眞委員長、同局からは関連会社を含め約30人が参加、最近の委員会決定などを題材に活発な意見交換を行った。
  • 次回委員会は年2月16日に開かれる。

以上

2016年1月19日

「世田谷一家殺害事件特番への申立て」審理入り決定

放送人権委員会は1月19日の第229回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送に対し入江氏は、番組の取材要請の仲介をした人物を介してテレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。その後弁護士とともに7回にわたってテレビ朝日側と話し合いを行い、放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。
このため入江氏は2015年12月14日、委員会に申立書を提出、「テレビ的技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びに(新聞の)ラジオ・テレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
申立人はこの中で、実際の面談において申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」を否定しているにもかかわらず、過剰な演出、恣意的な編集がなされ、「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたと主張。また、実際の面談において申立人は犯人の特定につながる具体的な発言は一切していないにもかかわらず、音声を一部ピー音で伏せるなどの過剰な演出、恣意的な編集により、申立人が殺害された長男の発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的な発言を行ったかのように、事実と異なる報道、公正を欠く放送をされたとして、「これらは、悲しみから再生された申立人の人格そのもの、真摯に築いてきた生き方、すなわち人格権としての名誉権、自己決定権を著しく毀損するもの」と訴えている。
さらに申立人は、テレビ朝日が新聞のラジオ・テレビ欄で「被害者実姉と独占対談」「○○を知らないか?『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」と実際にはない発言を本件番組の目玉として番組宣伝を行ったのは、「放送倫理に著しく違反する」と述べている。
これに対しテレビ朝日は2016年1月14日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出し、申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張した。
またテレビ朝日は、番組では「妹達には恨まれている節はなかったと感じる。経済的なトラブル、金銭トラブル、男女関係みたいなものなど一切無かったですから。」とサファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。さらに、申立人が被害者長男の「発達障害に関連して犯人の特定につながる具体的発言を行ったかのように事実と異なる報道、公正を欠く放送をされた」と述べていることについては、事件現場が世田谷区上祖師谷であることなどの情報と合わせれば、視聴者による誤った推測で「具体的な場所」が「特定」される可能性があったためで、言葉を伏せたのはそのような誤解が起きないようにという配慮であり、「公正を欠く放送」には当たらないと考えていると主張している。
このほかテレビ朝日は、新聞のラジオ・テレビ欄で「『心当たりがある!』遺体現場を見た姉証言」との表記で番組宣伝等を行ったことに関しては、サファリック氏の「(規制音)へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」という質問に対し、申立人が「考えられないでもないですね。」と回答した点を挙げ、番組ではこの発言を新聞ラ・テ欄や番組宣伝等に利用するのに際し、「字数制限の制約の中で表現する上での演出上許容範囲であると思料しており、ご指摘のような『放送倫理に著しく違反している』とは考えていない」としている。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2015年11月17日

「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の通知・公表

[通知]
「謝罪会見報道に対する申立て」事案に引き続いて、BPO会議室で申立人側と被申立人側が同席して「委員会決定」の通知を行った。申立人の佐村河内氏は体調が思わしくないとの理由で欠席し、代理人の2人の弁護士に決定を通知した、被申立人のフジテレビからは編成制作局の担当者ら6人が出席し、委員会からは、坂井委員長と起草担当の曽我部委員、林委員が出席した。
坂井委員長は「名誉感情の侵害はない、放送倫理上の問題もないという『見解』になった」と述べ、決定文のポイントを読み上げた。
委員会側との意見交換で、申立人の代理人は「名誉感情の侵害とともに、番組を見ている小さい子どもや青少年への悪影響が放送倫理上問題ではないかと思って申し立てた。この番組は若い視聴者が多いと思うので、影響は少なからずあるのではないかなというのが率直な感想で、ちょっと残念ではある」と述べた。
一方、フジテレビは「主張を認めていただいてありがたい。ただ、決定を読むと、やはりぎりぎりのところで表現の自由と人権の問題は存在しているので、よりよい番組を作るための参考にしていかないといけない」と述べた。

[公表]
千代田放送会館2階ホールで、「謝罪会見報道に対する申立て」事案に引き続いて記者会見を行い「委員会決定」を公表した。
坂井委員長が「結論として名誉感情の侵害なし、放送倫理上の問題なしで、判断のグラデーションでいうと一番下の『問題なし』の『見解』になった」と述べ、決定文を読み上げながら説明した。続いて、2人の担当委員が以下のように説明した。

(曽我部委員)
先ほどの謝罪会見報道事案は、事実を事実として伝えるということだったが、こちらの大喜利事案は演芸の形式だということがポイントであった。これは風刺画なども同様だが、確立した表現手法によって名誉感情が侵害された場合にどういう基準で判断するかが問題になったが、比較的幅を認めるのが表現の自由の趣旨からして適当であると判断した。
それから、個別の回答の中には障害にかかわる回答があるわけだが、これは障害自体を揶揄しているというよりは、申立人の言動にフォーカスを当てて、それを風刺・批判あるいは揶揄する、そういうものだと理解するのが通常の視聴者だと思うので、そういう観点から許容範囲内であると判断した。

(林委員)
こちらはやはりパロディーというジャンルになるかと思う。そうすると、そのパロディーと表現の自由との兼ね合いという問題になるが、今回の場合はやはり佐村河内さんという時の話題の人、しかも、かなりキャラクターが立っている、風貌とか演出の仕方とか、そういうことに対してのパロディーということで、これは許容範囲ではないかと判断をした。さらに大喜利の回答が、子どもたちのいじめを助長するなど、社会的影響に波及するとは受け止められないので、こういった判断に至った。

以上

2015年11月17日

「謝罪会見報道に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
午後1時から、BPO会議室で申立人側と被申立人側が同席して通知を行った。申立人の佐村河内氏は体調が思わしくないとの理由で欠席し、代理人の2人の弁護士に決定を通知した。被申立人のTBSテレビからは情報制作局の担当者ら3人が出席した。委員会からは坂井委員長と起草担当の曽我部委員、林委員に加え、少数意見を書いた委員の1人の奥委員長代行が出席した。
坂井委員長が「結論は申立人の名誉を毀損したと判断する『勧告』である」と述べ、決定文のポイントを読み上げた。
担当委員による補足の説明と少数意見の委員による説明が行われたあと、申立人側、TBSとそれぞれ個別に意見交換を行った。
申立人の代理人は「感謝している。BPOとしての機能を十分果たしていただいて、あえて裁判ではなくて裁判外でこういった形で申立てをした主旨が報われたものかなと思っている」と述べた。
TBSは「正直言って非常に驚いた感じがしている。佐村河内さんの耳が聞こえているのかどうか、説明が十分でなかったとすれば、そうかもしれないが、番組は新垣さんと佐村河内氏が言っていることのどちらが正しいかを検証したもので、診断書など与えられたものを評価しただけと考えている」等と述べた。

[公表]
午後3時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、「委員会決定」を公表した。24社の51人が取材した。通知の際の坂井委員長ら4人の委員に加え、もうひとつの少数意見を書いた中島委員が出席した。
坂井委員長が「本件放送は申立人の名誉を毀損したものと判断した『勧告』となった」と述べ、決定文の判断部分を中心に説明を行った。起草担当の2人の委員は以下のように説明を行った。

(曽我部委員)
放送局の立場からすると、大変厳しい判断だと受け止められるのではないかと推測する。その関係で3つほど手短に補足させていただきたい。
まず、今回の人権侵害の判断は、過去の判断をご覧になればわかるように比較的まれな判断で、異例の厳しい判断と受け止められるのではないかと思う。ただ、勧告の中には、人権侵害と放送倫理上重大な問題ありの2つあるが、これは人権侵害のほうが重いということでは必ずしもない。訴訟になった場合、名誉毀損の程度は結局慰謝料の金額で表せるが、委員会はそういう認定をしないで、人権侵害の結論だけになってしまうので、重く見えるかもしれない。しかし、必ずしも放送倫理上重大な問題というのが人権侵害よりも軽くて、逆に人権侵害のほうが重いということではない。
2つ目は、佐村河内さんのこの間の動きを見ると、やはり疑惑はあるのではないかという点との関係である。実際、本人も一部お認めになり、社会を裏切ったこともあるので、これくらいの放送をしても、多少の行き過ぎがあったかもしれないが、人権侵害という結論は厳し過ぎるのではないのかという受け止めもあるかと思う。これについては2点ほど申し上げたいが、1つはやはりいくら疑惑があっても、その勢いで何を言ってもいいということではない。やはり客観的な証拠とか、裏付けに基づいて言える範囲のことを言っていただくことが必要で、今回も疑惑は疑惑として明確に伝わるように放送すべきではなかったか。それとの関係で2つ目として、聴覚障害はセンシティブな問題であるということである。また非常に専門的な内容であって、一般の視聴者は、仮に放送内容が誤っていた場合に簡単に誘導されてしまうおそれがあるということもあり、やはり疑惑は疑惑としてきちんと伝える、そういった配慮も必要ではなかったかということである。
最後に3点目だが、本件は情報バラエティーということで、報道・ニュースとは違うので、多少アドリブも入っていたり、自由な発言をしてもいいのではないかということとの関係で厳し過ぎるという受け止めもあろうかと思う。ただ、本件はいわゆる情報バラエティーで、特にこの回は事実を事実として伝えるということがテーマだったはずで、バラエティーだからといって、一概に判断基準を緩和するのは申立人の名誉権との関係では適当ではない。これを活字メディアとの対比で言うと、いわゆる全国紙であろうが、週刊誌であろうが、スポーツ新聞であろうが、裁判所は同じ基準で判断をしているわけで、それとの類推からもそういうことは言えるかと思う。
もちろん、委員会の中でも議論があり、3人から少数意見が出されたのは、異例のことで、いろいろな受け止めがあったということだが、最終的にはこういう形でまとまった。

(林委員)
本件はかなり難しい案件だったと私も思う。ただ、そうはいっても、この案件は、やはり放送人権委員会の原点に立ち返るべき案件ではないかと思っている。社会的に佐村河内さんはいろいろ問題がある方だった、そしてすでに社会的評価も下がっている。しかし、そういう人であっても、やはり結論ありきで、間違った、あるいは根も葉もないことを基にいろいろ冗談を言ったり、ましてや体の障害について面白おかしく話をすることは、やはり影響力の強い放送番組としてはやってはいけないだろう。
少数意見があるが、放送倫理上問題があるということでは全員一致している。聴覚障害は、なかなか難しい専門的知識が必要で、私も勉強したが、だからこそ障害について理解を歪めるような社会的影響も懸念される。その点からしても、こうした決定をすべきだと思っている。

続いて、本決定に付記された2つ少数意見の説明が行われた。奥委員長代行は市川委員長代行との連名で少数意見を書いた。

(奥委員長代行)
事実の摘示という入口の部分で多数意見と私どもとは違う。事実の摘示というとすごく難しいが、私の理解では、一般の人がテレビを見て番組でどんな内容が流れたのかというある種の印象とかイメージとか、そういうものだと思う。
多数意見は、こうこうこういう事実が摘示されたが、真実性・相当性の証明がないから名誉毀損にあたるという趣旨だが、我々は決定文が言うような事実の摘示が、明確かつクリアなかたちであったとはいえないだろうと受け取った。
とりわけ日曜日の昼過ぎの情報バラエティー番組であり、もちろん、多数意見で指摘されているように事実を事実として取り上げるわけだから、正確でなければいけないが、視聴の形態とか、見ている側の意識ということからいうと、結局、視聴者が受け取ったのは「全聾だと言っていたのはやっぱり嘘だったのかと。今も聴覚障害があると言っているけど、それは怪しいぞと。手話通訳、本当に必要なのかな」という程度のものではなかったかと思う。手話通訳が必要だということについては、かなり強い疑いがあると番組視聴者の多くは受け取っただろうと思う。ここに我々の考える事実の摘示があったと判断した。しかし、手話通訳の必要性について強い疑いを持つということは、これは今までの流れの中で、ある種の真実性はあったわけで、それは名誉毀損にはならないだろうということで、人権侵害という結論をとらなかった。
しかし、放送倫理上の問題ということでいえば、やはり聴覚障害をめぐる診断書の説明が、いろいろな部分で非常にあいまいで、しっかりした説明をしていなかった。こういう問題を取り上げるときは、ちゃんとしっかりやってくれよということで、放送倫理上問題はあるという結論になった。

(中島委員)
私は本件放送に名誉毀損の成立の前提となる事実の摘示があったとは考えていない。委員会決定のように厳格な医学的説明を要求して、それがなされないまま申立人の聴力について聴こえているのではないかとコメントすると、正常な聴力を有するという事実の摘示があったとされる。それについて真実性の証明を求めるとなると、申立人は聴こえないと主張しているわけだから、実際には証明できないということになり、名誉毀損の成立を認めざるを得ない。
しかし、すでに申立人は謝罪会見時には一定の聴力があることを認めていたので、どこまで聴こえているのか、これも聴こえているのではないかという観点から意見を述べることは許されると思う。この点で、その意見が公正な論評にあたるかどうかが問われたのが本件であると私は考えている。
委員会決定は、公正な論評についても真実性の証明を要求しているが、それは事実の摘示と同様に不可能な証明を要求することになりかねない。これは表現の自由の観点から大いに問題があると思う。論評というのは意見を自由に述べることが大前提だからである。放送人権委員会は裁判所の代行機関ではないから、表現の自由と人権保障のバランスを最高裁と同様な態度でとらなければならないとは私は考えていない。実は私が申し上げたような論評に関する考え方は、東京地裁等日本の一部の裁判所が採用し、あるいはアメリカの裁判所では一般的にとられている立場でもある。
他方、奥・市川両代行の少数意見は、事実の摘示はあったが、真実性と相当性を認めることができると論じている。私は、本件放送は謝罪会見における事実を報道し、例えばペンの受け渡し等々だが、それについて公正な論評を付したものと理解した。つまり、事実の摘示を視聴者がどのようにとらえたかという観点で論じていない。これを行うと、視聴者の視点、その時々の多数者と言い換えてもいいと思うが、そうした受け止め方を基準にして事実の摘示の有無を決定することになり、多数者の視点で表現の自由の保障があるか・ないかを検討することになりかねない。奥・市川両代行の今回の少数意見は名誉毀損を認めていないので、結果的に表現の自由に配慮がなされたことになるが、表現の自由の一般論として「一般人」=多数者を基準とするのは適切ではないと考える。
しかしながら、本件放送には申立人との関係においてではなく、障害がある人々一般に対する配慮が著しく欠けているという点で、放送倫理上重大な問題があると私は考えた。逆に言うと、申立人との関係では放送倫理上の重大な問題は認めていない。以上の点で、私の意見の法律構成上の特徴があると考えている。

このあと質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
佐村河内さんがどのくらい聴こえるのか、委員会としてどうやって確認したのか。
(坂井委員長)
佐村河内さんの聴力がどのくらいあるのか、我々の力で確認することはできない。委員会は佐村河内さんの聴力がどうなのかを判断する場でもないし、判断する能力もないという前提で、放送内容について判断をしただけである。

(質問)
この時期に他の報道番組でもかなりこの問題を報道していると思うが、それは今回の判断に反映されたのか。
(坂井委員長) 
委員会は申立てを受けた番組について判断をするということなので、他の番組は考慮の対象外である。

(質問) 
「人権侵害」と「放送倫理上重大な問題あり」が2つとも「勧告」の中に入るというケースはありえないのか。
(坂井委員長)
委員会の結論に両方書くことはないのかというご質問だが、それもありえないと思っているわけではない。ただ、過去にそういう例はないし、人権侵害ありとしたときには、決定文に書いたように、人権侵害をしてはならないという放送倫理上の規定もあるので、当然放送倫理上の問題も生じることになろうかと思う。それを、結論にあえて書くのかどうかというと、少なくとも今回に関しては名誉毀損があったという判断で足りると。ただ、それにつながるような放送倫理上の問題は具体的に指摘しておいた。

(質問)
今回の決定自体は人権侵害を認めているが、少数意見の3人の委員は人権侵害はないと認定している。これだけ真っ向から意見が分かれる場合には、1つの意見に集約しないという考え方が、BPOとしてありうるのか、お尋ねしたい。
(坂井委員長)
原則全員一致で決定を出せるのがベターだということにはなっているが、かといって、例えば今回のように少数意見が3名、その少数意見がまた2種類あるということもある。しかし、意見が分かれるからといって、決定を出さないということは考えられない。
委員会の運営規則の16条は、「委員会の議事は委員全員の一致を持って決することを原則とする。全員の一致が得られない場合は、多数による議決とする」と書いてあり、「賛否同数の場合は委員長の判断による」と。「多数決による議決の場合は、『勧告』または『見解』に少数意見を付記することができる」、こういう規定になっている。

(質問) 
人権侵害なしという少数意見は、表現の自由に配慮するという立場からすると、大変傾聴に値する意見だと思う。我々報じる側が、両論きっちりあり、それぞれの意見を踏まえて番組制作者に考えてもらいたいと報道することが問われているのかなと思った。
(坂井委員長)
普通の裁判所の判決と違って、最高裁判決には補足意見、少数意見があるというのと同じ意味で、「あっ、こういうバランスだったのか」ということがわかる。最高裁判決について言えば、ひょっとしたら次は変わるかもしれないということもありうる。それが1ついい面であって、おっしゃるとおり委員会の議論はこういうことだったのかと分かるかもしれない。
ただ、少数意見は個人、その少数の方の意見なので、委員会全体で議論するわけではない。委員会の決定として、最終的にどうだったかといところはぜひ重く受け止めていただきたい。その上で、少数意見もあったということを理解していただくのは意味がある。私も少数意見を書いた経験があるので、ぜひ読んでいただきたいと思うが、その前に委員会としてどういう結論だったのか、少なくともそこはしっかり受け止めていただきたい。

(質問)
率直に拝読してずいぶん厳しい決定だと思った。特に情報バラエティーと銘打って、ゲストを呼んでコメントをさせていく形で進んでいく番組であり、現場が萎縮する可能性をどのくらいお考えになったのか。
(坂井委員長)
表現の自由も重いし、放送される人の人権も重いので、申し立てられた案件について淡々と判断していくしかないのかなというのが私の考え。
今回について言えば、重いと受け止められる可能性がもちろんあるかもしれないが、事案を事案として判断をしていったら、こういう判断が出たということ。委員会がどうしてこういう判断をしたのだろうかということをぜひ考えていただきたい。厳しいことを言わなきゃいけないときもあるし、そうではないときもある。厳しいことを言われると、萎縮ということが頭をよぎるかもしれないが、しかし、そこでなぜ委員会がそういう厳しい判断をしたかということをぜひ考えていただきたい。
(林委員)
これまでも、現場が萎縮するというご指摘を受けたことがあるが、現場が萎縮するから、こういう判断を出さないということはありえない。いろいろ少数意見もあり、放送現場の方がこれらをどういうふうに議論していくか、放送局全体の問題として受け止めていただくということではないか。現場では委縮という受け止めではない方法で考えていただきたいというのが、私たち全員の希望です。
(曽我部委員)
BPOの決定と萎縮という話を、二律背反的に考えてしまうと、なかなか話が進まないところもあるかと思う。今回の決定でも人権侵害という結論を出した以上、放送倫理上の問題は必ずしも述べる必要はなかったが、もう少し具体的にどの点が問題だったのかをきちんと伝えたいというところで、かなり放送倫理上の問題についても書かせていただいた。名誉毀損の部分についてもかなり詳細に書いているのは、そういうところまでお読みいただいた上で、これから考えていくヒントにしていただきたい、そういう思いがあった。

(質問)
決定を受けて、当然制作サイドで考えなくてはいけないことが多いと思う。例えば、会見から2日後に情報バラエティーで取り扱うこと自体がなかなか難しいということなのか、あるいは、こういう工夫をすれば放送できたとか、お考えがあればうかがいたい。
(坂井委員長)
事実の摘示をしっかりやって、その上でいろいろな批判、論評をしていただく分には、それは公正な論評になるだろう。そこを、論評するときの意見に合うように事実摘示をしたところが問題だというのが今回の決定のメッセージのつもりです。事実の摘示の部分は、ちゃんと客観的内容を言った上で、どうも私は信用できないという分には、問題にはならないというのが私のアドバイス、考え方です。放送人権委員会は別に、何か表現を萎縮させてもよいとか、人権だけを考えているというわけではない、委員会は、報道の自由や表現の自由を守るためには自律していなければいけないとしてできた組織、という意識を持ってやっている。ですから、久しぶりであっても、人権侵害という判断をしなければいけないときはするんだと、そういう姿勢でないと、自律的な組織とはいえないという意識は個人的にすごくある。そうすることによって、BPOなり、それを作っているNHKと民放連、民放各局に対する信頼ができてくるという意識でやっているので、その辺までわかっていただければありがたい。

以上

2015年12月11日

「出家詐欺報道に対する申立て」事案の通知・公表

放送人権委員会は2015年12月11日に「出家詐欺報道に対する申立て」事案について「委員会決定」の通知・公表を行い、本件番組について勧告として「放送倫理上重大な問題がある」との判断を示した。
通知・公表の概要は、以下のとおりである。

[通知]
通知は、被申立人には午後1時からBPO会議室で行われ、委員会からは坂井眞委員長と起草を担当した奥武則委員長代行、二関辰郎委員が、被申立人のNHKからは副会長ら4人が出席した。申立人へは、被申立人への通知と同時刻に大阪市内にある代理人弁護士の事務所で行われ、申立人本人と代理人弁護士に対して、BPO専務理事と委員会調査役が出向いて通知した。
被申立人への通知では、まず坂井委員長が委員会決定のポイント部分に沿って、申立人を特定できるものではないとして「人権侵害に当たらない」としたうえで、「全体として実際の申立人と異なる虚構を視聴者に伝えた」などとして放送倫理上重大な問題があり、「放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する」との委員会決定の内容を伝えた。
この決定に対してNHKは「今回の通知につきまして、真摯に受け止めたいと思います。現在私どもは再発防止の取り組みを、全国レベルで行っております。先般の放送倫理検証委員会の意見、そして、本日の放送人権委員会の委員会決定を踏まえ、再び同じようなことが起きないよう再発防止をより一層徹底させてまいりたいと考えております」等と述べた。
一方、申立人は「人権侵害が認められなかったことは残念とは思うが、NHKが事実ではないことを報道したことを委員会が認めたことに感謝したい。NHKはこの決定を真摯に受け止め、訂正の放送をすることを求める」等と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い委員会決定を公表した。24社59人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
参加した委員は坂井委員長、奥委員長代行、二関委員の3人。
会見ではまず、坂井委員長が委員会決定の判断部分を中心にポイントを説明し「人権侵害はないけれども放送倫理上重大な問題があった」との結論に至った当該番組の問題について説明した。
また、総務大臣の厳重注意や自由民主党情報通信戦略調査会の事情聴取に触れた箇所について、「憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において、放送法1条が、まず放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって放送による表現の自由を確保することを法の目的の1つとして明記している。放送法3条では、この放送の自律という理念を具体化するという意味で『放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない』として、放送番組編集の自由を規定している。そして放送法4条は、放送事業がよるべき番組編集の基準を定めている。放送法4条が厳重注意等の「根拠」とされているようだが、この条文は、放送番組に対し干渉を規律する権限を一切定めておらず、逆に、放送法1条、3条を前提として、放送の自律の原則のもとで放送事業者が自ら守るべき基準を定めているものである。従って委員会としては、民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を委縮させかねない、こうした政府及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるを得ないと考えている」と、述べた。
さらに放送の自律に関して、「放送には何よりも自律性が求められる。自律というためには、過ちを犯した際にも、また十全に自律を発揮しなければならない。NHKは、本件放送について当事者の聞き取りなどを行い、既に『クローズアップ現代』の報道に関する調査報告書を公表し、本件放送に多くの問題があったこと、そして再発防止策などにも触れ、『クローズアップ現代』でも検証番組を報道している。しかし、委員会としては、放送の自律性の観点から、NHKに対して、なお本決定を真摯に受け止めて、その趣旨を放送するとともに、今後こうした放送倫理上の問題が再び生じないように、『クローズアップ現代』をはじめとする報道番組の取材、制作において、放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告した」と述べた。
続いて奥委員長代行は「放送人権委員会の委員会決定はえてして非常に難しいという意見を漏れ聞くが、なるべくわかりやすく書いたつもりだ。すでに放送倫理検証委員会が意見を出しているので今回の委員会決定について重なっている部分があって既視感をもたれるのではないかと思う。同じように放送倫理上重大な問題があると指摘しているわけだが、放送倫理検証委員会は番組全体を放送倫理の観点から検証しているのに対して、放送人権委員会は番組で出家詐欺のブローカーとされた申立人の人権についてとそれに関わる放送倫理上の問題を検討したということだ。そのあたりの違いを分かっていただきたい」と述べた。

この後、質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
放送法に関して、放送倫理検証委員会では放送法4条は法的規範性を有しないとしたが、政府は法的規範性があるとしており、法律についての論争があるが、その点については放送人権委員会はどう考えているのか。
(坂井委員長)
私も法律家、弁護士なので、それなりの考えは持っているが、法的規範性があるかないかというところの報道については、ある意味、用語の問題の部分があると思う。報道によっては倫理検証委員会の書いたことが倫理規範であるという書き方をしている報道もあった。しかし、それは、法律でないと言っているわけではない。放送法4条に書いてあるということは誰も否定できない。その上で行政指導の根拠となる法的規範性があるのかどうかという議論をしているのだと思う。放送法4条が法律であることは当然であるが、それについて、例えば行政が介入していく法的根拠になるのかというと、それは違うということを、今回、申し上げているつもりだ。
そういう意味では倫理検証委員会と考え方は同じだ。用語の問題として、法的規範なのかどうかとか、倫理規範なのかどうかというところは、そのような意味で若干混乱があると思う。法律に書いてあるということは誰も争いがないことで、その上でどのようなレベルでの規範性があるのかという議論ではないかと思う。

(質問)
そうすると、この4条をもって行政指導の根拠にはならないという認識は同じだというか。
(坂井委員長)
放送法4条には、その基準は書いてあるが、そもそもその前提となる3条に、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」という前提がある。放送法の1条に書いてある3つの原則の1つ、放送の自律の原則というのがあり、それを具体化するものが2条以下に定めているということは最高裁の判決も述べている。平成16年11月25日の最高裁判決、『生活ほっとモーニング』についての判決だ。
放送法3条に法律に定める権限に基づく場合でなければ干渉されないと書いてある。自律だと書いてあって、そのあとに4条があるわけだ。そこに番組の編集にあたっては次の各号に定めるところによらなければならないと書いてあるわけだが、そこには、委員会決定の中に書いたように、放送番組について干渉または規律するための権限はどこにも書かれていない。こういう基準で作らなければいけない、という規範はあるが、それについて、3条がいうところの法律に定める権限というのは、ないわけだ。
さらに言うと、放送法は憲法21条に基づく法律だから、憲法21条を放送法で解釈するようなことがあってはいけない。憲法21条の下に放送法があるということだ。
憲法21条は表現の自由、報道の自由についてどう定めているかというと、それは「人権相互の問題として調整は必要だ」という前提はあるが、「政策的に何か法律で定めれば自由に制限していい」という構成には決してなっていない。
放送人権委員会というのは、まさに名誉、プライバシーと表現の自由がぶつかった時にどうするのかということを扱っているわけで、それは法律で定めれば何かができるということとは違う。だから、放送法3条が法律に定める権限に基づく場合というのも、憲法21条の規定の下で許されるということなのだ。法律で定めればいいということではない。
そのような前提において、放送法4条、3条の関係で言うと、3条を前提に4条があって、4条は「法律に定める権限は何も決めていない」ということを委員会決定に書いたということだ。

(質問)
今の質疑の関連になると思うが、人権委員会で、こういった指摘をしたのは初めてなのか。
(坂井委員長)
こういう書き方は、これまでしていないと思うが、表現の自由についての指摘をしたことはある。
一つは、「大阪府議からの申立て」事案で、表現の自由についての補足意見として前委員長が、「取材・報道の自由、とりわけ取材・放送の自由は、情報の自由な伝達を妨げかねない特定秘密保護法の運用や、時の権力者の言動によって萎縮しかねない法的性質をも併有している」と記している。このケースは府議会議員だったが、国政に関わる者にも、より当てはまるという補足意見だった。
これは、そういう意味では同じ文脈であろうと思う。
また、「民主党代表選挙の論評問題」という事案がある。決定文の一部の抜粋だが、「申立人らが民主党の有力な政治家であり、自らも、メディアを通じて、その批判について反論する機会を有するだけの政治的な力量を持つ以上、むしろこのような自由な論評は甘受すべきであり、本件放送を論難することについては、報道の自由を堅持し、政治的干渉からの自由を擁護することを通じ、民主主義を維持発展させるという観点から疑問なしとしない」、という指摘をしている。
そういう意味で、政治家であるとか権力を持っている人間が表現の自由について尊重すべきであるということは指摘しているが、放送法という形では指摘していなかったかもしれない。ただ、文脈は同じだろうと思う。

(質問)
政府や自民党の対応に対して、「強い危惧の念を持たざるを得ない」と書いてあるが、こういうことに対しても以前から指摘されていたという解釈でよいのか。
(奥代行)
私の意見だが、ここに書かれていることは放送人権委員会の基本的立場で一貫していると思う。ただ、今回は、自民党がこういう形で事情聴取をしたり、総務大臣が厳重注意するなどの具体的な出来事があったからこういう書き方をしているのであって、放送人権委員会のプリンシプルは全然変わっていない。

(質問)
ネット上で閲覧が可能になっていたので審理の対象にするというのは、今までにもあったことなのか。審理に入る要件として、3ヶ月以内に事業者に、1年以内にBPOに言ってくるというのが運営規則だと事務局から先ほど説明があったが、今回はネット上で閲覧可能だったということで審理に入ったということか。
(事務局)
誤解がないようにご説明すると、ネット上に出ていたから審理入りしたのではなく、放送された映像と音声の同じものがNHKのホームページに誰でも閲覧可能な状態であったということで、原則という意味で放送されたと同じとして、運営規則はクリアしているということだ。
過去には、「上田・隣人トラブル殺人事件報道」事案がある。これも放送からは時間が経っていたが、ネット上で閲覧可能だったということで、委員会として要件を満たしていると判断している。ネットの社会になって、放送された同じ番組がネット上で見られたという場合は、要件を満たしていると判断するようになったということで、過去にもあったということだ。
(坂井委員長)
このケースは当該の局が誰でも見られるようにしているので、放送と同じように扱っていいのではないかという考え方だ。例えば誰かが違法にキャプチャーをしてネットに上げているようなケースとは、全く別だ。

(質問)
NHKの調査報告書は結果的にヤラセとはしなかった。放送倫理検証委員会はヤラセかどうかということは議論しないで、NHKのガイドラインが一般の感覚から乖離しているという言い方でNHKの対応を批判したが、今回の勧告では、特にNHKの姿勢についての論評がない。その辺、どういうふうに考えているのか。
(坂井委員長)
質問に対するストレートな答えとしては、まずヤラセの定義を決めないと、この議論はなかなか噛み合わないところがあって、「ヤラセとは何か?」という話をしないと進まないところがある。
委員会決定に関して言うと、別にその問題を避けているわけではなく、ヤラセとは何かと定義をして、それについて当てはまるかどうかということをやっても、我々の仕事としては意味がないと思う。我々の仕事としては、シーン4の部分で放送倫理上の問題として「明確な虚偽の事実を含む」と委員会決定に書いた。
ただ、それがヤラセなのかどうなのか、ということについては、そもそもこの申立人がブローカーだったのかどうなのかというところは、決定文で言うと「藪の中」で、判断し切れない。
ヤラセの定義とも関係あるが、シーン4については明確な虚偽の部分もあるが、例えば、申立人が真実、ブローカーであって普段やっていることを単に再現したのであれば、それはヤラセにあたるのだろうかという議論になるだろう。また、仮に申立人がブローカーであったとしても、普段やっていないことを演じてくれと言われてやってしまったら、それはヤラセになるかもしれない。そのような、いろいろな難しい問題があると思う。
しかし、我々がやるべきことは放送倫理上の問題を検討することなので、「明確な虚偽の部分がある。それは問題ではないか」と書いた。それをヤラセというかかどうかは定義の問題ではないかと思う。あえて、そこを述べる必要はないと、私は個人的には思っている。
(奥代行)
基本的に委員長の考えと一緒だ。ヤラセかヤラセじゃないかということを議論するのは、委員会の主要な対象にはなり得ないだろうと考えている。一般視聴者としての感覚で言えば、あれはヤラセだっただろうというふうに簡単に思う。
ただし、委員会決定にも書いたが、NHKの記者が「出家詐欺ブローカーの役をやってくれ」というふうに頼んでやったかどうかということは確認できないし、どうもそうではない可能性のほうが強いと私は思っている。
そうすると、やらせたわけではないということになる。申立人が、いろいろな事情、状況を斟酌して積極的に出家詐欺ブローカーの役を演じたということになると、それは果たしてヤラセなのかヤラセではないのかという、そういう議論になる。
だから、ヤラセという言葉は非常に分かりやすいのだが、実はこういう決定には馴染まない問題だろうと思っている。
(二関委員)
特に付け加えることがあまりないが、「ヤラセ」という言葉にメディアの人がこだわり過ぎているなという印象を持っている。

(質問)
放送倫理検証委員会もヤラセの定義というのは、意見書にそぐわないということではあったが、NHKの放送ガイドラインには「真実のねつ造につながるいわゆるヤラセ」とヤラセの定義を書いている。今回の勧告の中には「明確な虚偽を含むナレーション」と書いてはあるが、いわゆるねつ造という言葉はない。ねつ造というものに当たらないのか。
(坂井委員長)
これも、ねつ造という言葉の意味がはっきりしない。単刀直入に言うと、「明確な虚偽を含んでいる」と言うほうがまぎれのない表現だと思う。それをねつ造というのかどうかだが、ここから先は解釈の問題になるが、シーン4の部分は、仮に申立人がブローカーだったとしても、その事務所ではなかったわけだし、多重債務者が当日偶然来たわけでもなかった。
セッティングして待っていたという意味では虚偽なわけだが、もしブローカーが本当にいて、自分の事務所では撮影されては困るとからと言って他の場所を借りて、普段やっているのと同じことをやったとしたら、それはねつ造なのだろうか?虚偽なのだろうか?という、微妙な領域があると思う。
それがいいと言っているわけではないが、そこにはいろいろなグラデーションがあるので、それをねつ造に当たるかどうかということを議論してもあまり意味がないと思う。我々がはっきり言えることは、「あの部分については明確な虚偽が含まれている。それは、放送倫理上はだめではないか。事実を事実として報道する以上そういうことがあってはいけない」という意味で、もちろん「だめだ」と言っているわけだ。
そういう切り分けのほうがむしろすっきり理解できるのではないかと私は考えている。
(奥代行)
申立人がブローカーを演じることにどこまで納得していたかは全然わからない。かなり納得していたとすると、その事務所が彼のものではなかったとしても、ねつ造とまで言えるかとなると少し躊躇する。そういうグラデーションの感じで、「明確な虚偽」、あるいは「虚構」という表現を採用したということだ。

(質問)
委員会決定を読んだ印象は、記者個人が暴走したというのはわかるが、NHKの組織としての責任は、あまり明確ではないようだ。いかがか。
(坂井委員長)
記者が悪くて局に責任ないという話ではもちろんない。結論の部分には局に対する要望をしっかり書いて、NHKに対して、「今後こうした放送倫理上の問題がふたたび生じないよう、報道番組の取材・制作において『放送倫理基本綱領』の順守をさらに徹底することを勧告する」としている。
こうなったことについて、もちろん記者が裏付けをしないまま報道した、ということはもちろん大きいが、1人で番組を作るわけではないから、その制作チームなり、最終的な判断をする立場の人の責任も当然出てくるという意識で書いている。
だから、「個人の責任に重点を置いていないか」という指摘については、どちらかというと意外な感じで、「そういうつもりでは書いていない」と答える。

(質問)
倫理検証委員会は、組織のなりたちが行き過ぎた番組につながったのではないかということを指摘しているが、人権委員会の勧告は割と記者に特化しているような印象を受けるが、いかがか。
(坂井委員長)
そこは委員会のなりたちの違いがある。我々は放送された人、取材された人から申し立てられた内容について、その人権侵害があるのか、その人の人権侵害につながるような放送倫理上の問題があるのかという観点で、番組を見る。
番組の作り方がどうだったかということは、倫理検証委員会がまさにやっていることだが、我々は作り方がどうだったかとか、責任の所在がどこにあるのかということを追求することが主な仕事ではない。放送人権委員会は、この放送で人権侵害があったかどうか、人権侵害につながるような放送倫理上の問題があったかどうかというところにフォーカスして仕事をしている委員会だ。だから、そういう違いが出てくるのだと理解をしていただきたい。
(二関委員)
今、委員長が言ったことと同じことを若干言い方を変えて述べると、申立人が番組の中でどのように描かれていたかという点に我々は着目した結果、そういった描かれ方に一番近い、画面にナレーション等の出てきている記者にどうしてもフォーカスがあたってしまうというところはあると思う。

(質問)
裏付け取材もそうだが、チェック体制がちゃんとしていれば、こういう表現は回避できたのではないかと思うが、その辺あまり指摘がないように思う。いかがか。
(坂井委員長)
裏付け取材がないというのが一番大きく、裏付け取材がないままなぜ通ってしまったのかということはある。決定文に「これは、報道番組の取材として、相当に危ういことではないか」という表現があるが、裏付け取材は事実報道をする場合の根っこの部分だ。それは、やはりしなければいけない。
それがされないまま通ってしまったことは問題だと思うが、我々はなぜ通ってしまったかということを検証する立場ではなく、この番組に人権侵害があったのかを判断する立場なので、どうしてもそれ以上突っ込めないということになる。
(奥代行)
つまりこれは人権委員会でやっているわけであって、この番組トータルにどういう問題点があったのかということを検証したわけではない。だから、読んだ時の感じの違いは当然出てくると思う。
決定文でも、本件映像という言い方をずっと一貫して使っているが、申立てに関わる映像の問題として取り上げているわけだ。本件番組をトータルに取り上げてはいないのだ。
例えば、ヤラセということで言えば、最後の場面で、多重債務者とされている人を追いかけてインタビューする場面がある。あれなどは大きな問題だと思うが、そのことに全然触れていない。なぜ触れていないかというと、申立人の問題ではないからだ。

(質問)
結局、視聴者もこの問題を取材している我々もわからないのは、申立人がブローカーだったのかどうかというところだ。決定文はNHKの報告書とあわせて公表された外部委員の見解の中で、端的に言うと「ブローカーではない」という部分を引用している。放送人権委員会としてもこの判断は同じなのか。
(坂井委員長)
ブローカーかどうか、判断できればもちろんする。
ブローカーとして報道しているのはNHKではないか。だとしたら裏付けの話に戻るが、「ブローカーとして報道して、マスキングもした」「ブローカーとして報道したのは、事実こういう裏付けがあるからだ」という答えがふつう事実報道に関しては放送する側から出てくるはずだ。でも、それはなかった。
我々はそれ以上判断のしようがない。ブローカーであったという裏付けについて、NHKは主張はしているが説得的でないと判断をした。
NHKの調査報告書も「そう言っている」と引用して、それ以上ブローカーだったのかどうかということは、私たちの委員会で判断のしようがない。我々はできるだけ早く結論を出さなければいけないので、むやみに調査するわけにはいかない。ある程度主張と資料を出してもらったうえで、双方1回ずつヒアリングして、補充の主張等を出してもらうこともあるが、それ以上のことはしない。
倫理検証委員会のほうはもっとたくさんの人間にヒアリングをしたと思うが、それだけのことをやっている委員会と我々とは目的が違う。我々の委員会に出た材料の中でどう判断できるかというと、「それは判断しようがない」というしかないし、それでいいのだと考える。その上でどう判断するかだ。
例えば訴訟でも立証できないということはしょっちゅうある。この場合、立証責任という言葉を使うが、立証できなかった時にどちらがそれで不利益を負うのかという発想になる。何でもどちらかを判断できるということではないので、この委員会のシステムの中では、「そこは判断できない」ということしか申し上げようがない。

(質問)
今回の委員会決定の評価だが、判断のグラデーションに沿うと先日の「謝罪会見報道に対する申立て」の委員会決定と単純に比較すると、同じ「勧告」でも今回の方がややトーンが下がるのかなと思ったが、その辺はどのような認識でいればいいのか。
(坂井委員長)
「謝罪会見報道に対する申立て」のケースは人権侵害ありという結論、こちらは放送倫理上重大な問題があるという結論で、カテゴリーとしては同じ「勧告」の中に入る、という以上のことは申し上げられない。これ以上のグラデーションはないので、決定文の中に書いていることを読んで判断してもらう他ない。

(質問)
放送法4条について、倫理検証委員会が意見書を出したあとに、菅官房長官が「BPOは放送法を誤解している」と反論したことがあったし、その後に岸井さんを名指しにした意見広告が出された。そういうことを念頭に置いて、この委員会決定が改めて出されたということか。
(坂井委員長)
この事案については、申立てのあった番組について直接の動きがあったので、委員会として触れたということで、それ以外の意見広告については、我々の触れる話ではない。委員会決定はあくまでこの番組の申立てについてのものと理解してほしい。

(質問)
シーン4の場面については明確な虚偽を含むもので、虚構を伝えるものだったと書かれている。これは、記者の側にそういう意思がなければそういうことにはならなかったと思うが、なぜこういうことをしてしまったのか、動機にあたる部分、背景に何があるのかについてはどう考えているのか。
(坂井委員長)
その背景までは語るべき力はないと思うが、ただ、事実報道をする立場の人は放送かプレスかに関わらず、裏付け取材はイロハのイだ。基本的に裏付けを取らないで報道してはだめな話だと思うから、そこのところを「なぜ」と言われてしまうと、「なぜそんなことを起こしてしまうのだろう」としか言いようがない。だから、そこのところは「十分考えてください」という勧告になっている。
もう1つ、そのシーン4のところについては、さきほどからヤラセなのかねつ造なのか言葉の問題はあるが、例えば私が何らかの取材を受けた際に「すみません、そこのところもう一回言ってください」と求められることはあると思う。それをヤラセというのかというと、おそらくそこまでは言わないし、明確な虚偽を含むとも言わない。
それはなぜかと言うと、言っている内容は言う本人が本気でそう思っていることだからだ。そういう話から始まって、どこまで事実の報道に演出があっていいのかという議論はあると思うが、「このくらいだったらいいだろう」みたいな話で行ってしまったのかなと想像する。
だから、今回の明確な虚偽を含むというのは放送倫理上重大な問題があって、人権侵害はないけれども、やはりとても大きな問題で、もっときついことを言えば「そういう作り方してはいけない」という話、「論外だ」と思っている。
「なぜでしょう」と言われてしまうと、「私が聞きたい」という気がする。
(奥代行)
「なぜですか」と言われて、個人的な感想だが例えば1つだけ言えば、多重債務者として登場したBさんは取材協力者としてNHKの記者とはかなり長い付き合いで、記者はいろいろな形で情報をもらったりしていた。その人に対する過重な信頼があっただろうということとか、記者というのはいつもいい映像を撮って、いいタイミングで流したいというのがあるので、そういう功名心とか特ダネ意識とかがあったのではないか。そうしたことはいろいろ指摘できるが、それはこの委員会決定とはちょっと別の次元の話だ。

以上

第228回放送と人権等権利に関する委員会

第228回 – 2015年12月

出家詐欺報道事案の通知・公表の報告、ストーカー事件再現ドラマ事案の審理、
ストーカー事件映像事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、
自転車事故企画事案の審理、専決処分事案の審理対象外決定…など

出家詐欺報道事案の通知・公表について、事務局が概要を報告した。ストーカー事件再現ドラマ事案とストーカー事件映像事案の「委員会決定」案を検討し、STAP細胞報道事案、自転車事故企画事案を審理した。「専決処分報道に対する申立て」を審理要請案件として検討し、審理対象外と判断した。

議事の詳細

日時
2015年12月15日(火)午後4時~9時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の通知・公表の報告

「出家詐欺報道に対する申立て」事案に関する「委員会決定」の通知・公表が12月11日に行われ、事務局がその概要を報告した。そのうえで、当該局であるNHKが決定の内容を伝える番組の同録DVDを視聴した。

2.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された音声データや加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送によって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、第3回起草委員会を経て提出された「委員会決定」案が審理された。前回委員会からの変更点などについて起草担当委員が説明し、各委員から意見が述べられた。この結果、1月に第4回起草委員会を開催し、さらに決定案の検討が行われることとなった。

3.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、前の事案と同じフジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今月の委員会では、第1回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」案が検討された。各委員から出されたさまざまな意見を踏まえ、1月に第2回起草委員会を開催して、さらに検討を続けることとなった。

4.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では起草担当委員が提出した「論点メモ」に沿って各委員が意見を述べた。次回委員会ではさらに議論を続け、論点の絞り込みと「委員会決定」の方向性に向けて審理を進める予定。

5.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
前回の委員会後、申立人の反論書に対するフジテレビの再答弁書が提出され、今月の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を提出し説明した。次回委員会では論点の整理に向けて審理をすることになった。

6.審理要請案件:「専決処分報道に対する申立て」

茨城県潮来市の市長が繰り返し行った専決処分と随意契約をめぐる報道に対し、前市長から提出された申立書について、審理要請案件として審理入りの可否を検討した結果、審理対象外と判断した。
本件申立ての対象とされたのは、A局が本年3月に報道番組で放送した特集。
申立人は、この報道は、申立人が茨城県潮来市長だった当時、あたかも鹿児島県阿久根市の元市長のように違法に専決処分を繰り返し、かつ特定のコンサルタント会社と随意契約することで施工業者に損害を与えたかのような「事実と異なる内容が放送され、私の名誉は著しく傷つけられ、多くの市民の信頼を失いました」として、A局による謝罪と訂正を求めて申し立てた。
しかしながら、委員会において放送倫理・番組向上機構[BPO]規約第3条(目的)及び放送と人権等権利に関する委員会運営規則第5条の苦情の取り扱い基準に照らして検討した結果、BPOの目的や当委員会の任務に鑑み、市長による専決処分、随意契約という公職者による職務執行そのものを対象とした放送部分についての苦情は、当委員会の審理対象として取り扱うべき苦情に含まれないということで委員全員の意見が一致した。
したがって、本件申立てについては、当委員会の審理対象外と判断した。

7.その他

  • 佐村河内守氏が申し立てた「謝罪会見報道」と「大喜利・バラエティー番組」2事案の「委員会決定」の通知・公表が11月17日に行われたが、事務局がその概要と放送対応、新聞報道をまとめた資料を提出した。また、当該局であるTBSテレビとフジテレビから提出された決定を伝える放送の同録DVDを視聴した。
  • 委員会が11月24日に金沢で開催した系列別意見交換会について、事務局から概要を報告した。同意見交換会には、TBS系列の北信越4局から報道・制作担当を中心に20人が、委員会からは坂井眞委員長、林香里委員、二関辰郎委員が出席、約2時間にわたって最近の委員会決定や地元局が直面した事例などについて活発な意見交換が行われた。
  • 12月に委員会が実施した講師派遣について、事務局が報告した。長崎放送には坂井眞委員長、NHK大分放送局には委員会調査役を派遣、局職員らと委員会活動や放送と人権、放送倫理等について意見交換した。
  • 次回委員会は2016年1月19日に開かれる。

以上

2015年度 第57号

「出家詐欺報道に対する申立て」に関する委員会決定

2015年12月11日 放送局:NHK

勧告:放送倫理上重大な問題あり
NHKは2014年5月14日(水)に放送した報道番組『クローズアップ現代 追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~』で、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」と紹介されたA氏(申立人)が、「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない」「申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」などとして、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
これに対しNHKは、「映像・音声の加工による匿名化が万全に行われており、申立人であることは本人をよく知る人も含めて視聴者には分からない」などと反論、人権侵害も名誉棄損も成立する余地はないと主張した。
委員会は2015年12月11日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として本件放送には放送倫理上重大な問題があるとの判断を示した。

【決定の概要】

NHKは、2014年5月14日(水)に放送した報道番組『クローズアップ現代 追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~』で、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた(以下、「本件放送」という)。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」と紹介されたA氏(申立人)が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
これに対し、NHKは、映像・音声の加工による匿名化が万全に行われており、申立人であることは本人をよく知る人も含めて視聴者には分からないと反論した。
委員会は申立てを受けて審理し、決定に至った。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送には申立人が4か所登場する(以下、「本件映像」という)。本件映像では申立人の顔はまったく見えない。申立人はNHKの記者が持参したセーターに着替え、腕時計や指輪もはずして、撮影に臨んだ。申立人は体型としぐさの特徴などによって本人を特定できると主張するが、本件映像を詳細に検討しても、申立人と特定できるものではない。申立人と特定できない以上、本件映像は人権侵害には当たらない。
しかし、番組が放送された場合、視聴者が申立人と特定できなくても、申立人自身は自らが放送されていることを当然認識できる。それが実際の申立人とは異なる虚構だったとすれば、そこには放送倫理上求められる「事実の正確性」に係る問題が生まれる。
NHKの記者は、かねてからの取材協力者であり、本件映像に多重債務者として登場するB氏の話から申立人が「出家詐欺のブローカー」であると信じていたと思われる。しかし、「出家詐欺」をテーマとする番組に、それを斡旋する「ブローカー」として申立人を登場させる以上、最低限、本人への裏付け取材を行うべきだったし、たとえ、本人への直接取材ができなくとも裏付け取材の方法はいくつも考えられる。本件映像はそうした必要な裏付け取材を欠いていた。
また、本件映像には申立人の「ブローカー活動」の実際に関して、記者によるナレーションなどが伴っている。それらは「たどりついたのはオフィスビルの一室。看板の出ていない部屋が活動拠点でした」など、明確な虚偽を含むもので、全体として実際の申立人と異なる虚構を伝えるものだった。
NHKは必要な裏付け取材を欠いたまま、本件映像で申立人を「出家詐欺のブローカー」として断定的に放送した。また、明確な虚偽を含むナレーションを通じて、全体として実際の申立人と異なる虚構を視聴者に伝えた。匿名化のうえで「出家詐欺のブローカー」として映像化されることに申立人の一定の了解があったとはいえ、「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」(「放送倫理基本綱領」日本民間放送連盟・日本放送協会制定)との規定に照らして、本件映像には放送倫理上重大な問題がある。委員会は、NHKに対して、本決定を真摯に受けとめ、その趣旨を放送するとともに、今後こうした放送倫理上の問題がふたたび生じないよう、『クローズアップ現代』をはじめとする報道番組の取材・制作において放送倫理の順守をさらに徹底することを勧告する。

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2015年12月11日 第57号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第57号

申立人
大阪府在住A
被申立人
日本放送協会(NHK)
苦情の対象となった番組
『クローズアップ現代 追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~』
放送日時
2014年5月14日(水)午後7時30分~7時56分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送内容と申立てに至る経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.はじめに
  • 2.人権侵害に関する判断
  • 3.放送倫理上の検討

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2015年12月11日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、放送局側(被申立人)には12月11日午後1時からBPO会議室で行われ、申立人へは、放送局への通知と同時刻に大阪市内の申立人の代理人弁護士事務所で行われた。
その後、午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を開き、「委員会決定」を公表した。報道関係者は24社59人が出席した。
詳細はこちら。

2016年3月15日 委員会決定に対するNHKの対応と取り組み

2015年12月11日に通知・公表された「委員会決定第57号」に対し、NHKから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年3月10日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。

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2015年10月

山形県内の6局と「意見交換会」を開催

 放送人権委員会は10月5日、山形市内で県単位の意見交換会を開催した。放送局側の参加者は山形県内の民放5局とNHK山形放送局から43人、委員会からは坂井眞委員長、市川正司委員長代行、城戸真亜子委員の3人が出席した。
午後7時半から開催された意見交換会では、まず地元局が視聴者から指摘があった事例や判断に迷った事例を報告、それに対して坂井委員長以下委員が考えを述べた。
後半では、最近の「委員会決定」をもとに委員会側が判断のポイントを説明し、人権や放送倫理を考える際の枠組みなどについて意見を交わした。
主な内容は以下のとおり。

◆坂井委員長の挨拶

冒頭の挨拶で坂井委員長はBPOの役割に触れて、以下のように述べた。
「なぜ、放送人権委員会のような委員会が立ち上がったのかというと、表現の自由が非常に大切だという前提で、放送で人権侵害等を起こさないようにすることが、実は、放送、あるいは表現の自由を守っていくということにつながるという考えからだ。そのようなことが、BPOの設立の経緯によく示されている」と、設立の経緯に触れてその目的を説明した。
続いて「私が言いたいことは、表現の自由ないしは放送局の自由な報道ということと個人の人権というのは、対立するものではないということだ。どちらかではなくて、どちらも大切にしなくてはいけないので、そういう観点から、放送人権委員会が申立てを受けて、人権侵害があったのか、あるいは放送倫理上問題があったのかということを審理して決定をしているということを、是非、理解してほしい。そして、委員会の決定が出て、放送倫理上問題があるとか人権侵害だとかいうと、どうしても結論にばかり注目が集まってしまうが、実は委員会では、かなり真剣な議論を、委員9名でした上で結論を出している。その中には、様々な要素を考えて書き込んだ部分があるので、そういう決定を読んで、結論だけで『なんだ』というようなことのないようにしてもらえれば有り難いと思っている」と、決定文の中身をよく読んで理解してほしいと訴えた。

◆山形県での事例

BPO設立の経緯をまとめたDVDなどを使った事務局からの放送人権委員会の概要説明に続いて、山形で起きた事例が2局から紹介された。

(インターネットに関連して視聴者から指摘を受けた事例)

ある局からは、(1)病院の不祥事を報道した際の病院建物の映像に通院患者がわずかに映り込んでいて、「人物が特定でき、プライバシーの侵害だ」として家族から指摘され自社のホームページにアップしていた映像を削除したこと、(2)番組のホームページに番組で紹介した女子生徒の小学生時代の写真を掲載していたところ、写っていた生徒から中学生なった数年後になって「恥ずかしいので削除して欲しい」との要請があり削除。その後、幼児や児童など子どもの画像は掲載しないルールに改めたこと、(3)ある学校の教師の不祥事を報道したニュースをホームページにアップしたところ他の個人サイトに転用されて拡散。地域住民から「学校名で検索するとその事件が何年も経過した後も出てくるので、局の責任で完全に削除して欲しい」との要請があったこと、などいずれもインターネットに関連して視聴者から指摘を受けた事例が紹介された。
報告者は、「一旦インターネットにアップすると、いろいろ手を尽くしても削除が難しいということがあり、クレームがありそうなニュースはアップしないほうがいいのではないかとも考えた。けれども、事件・事故とか、意見が対立する問題を、一切アップしないということは、逆に報道機関としてどうなのかという部分もあって、これからの課題だろうと受け止めている」と対応の難しさに悩んでいることを伝えた。

〇城戸委員
この事例に関して、城戸委員は自らホームページを運用している体験を踏まえ、「アップする側としては何の問題もないのではないかと思っていても、映像が本人にとっては恥ずかしいものであるなど個人のデリケートな心情を害する可能性がある。また、ネットにアップしたことで全く違うふうに受け取られて拡散されるというようなことも考えられるので、神経質過ぎると思っても、やはりその都度本人に確認を取るなど配慮していくことが大事だなと感じている」と答えた。

〇坂井委員長
また、坂井委員長は「(1)の病院の話については、ここで考えなければならないのは、病院というものの性質だ。病院というのは医療情報という非常にセンシティブな情報に関わる話になると思う。だから、そういう場所に出入りしているのを見られたくないというのは合理性がある。全部、とにかくダメだということではないにしても、病院というのはそういう注意が必要だと思う。そういうところで細かい判断をしていかなければいけない。(2)の写真の話は、おそらく、最初、載せた時は、その小学生の子ども本人とその親御さんの了解を取ったと思うので、それ自体は違法でも何でもなく、だからダメだということにはならないと思う。けれど、その子どもが中学生になって、『やっぱり困る』と言ってきた時には、それが違法かどうかということではなくて、『やっぱり配慮しましょう』という話が出てくる。そこから先、『だから載せるものは了解を得た大人と物だけにしよう』というところに、本当に行ってしまっていいのかなというところは、立ち止まって考える必要があるのかもしれない。これは、『行き過ぎた匿名化』につながる話だと思う。行き過ぎた匿名化でテレビメディアの持つ力を削いでしまう部分があるので、最大の配慮はしながらも、何でも匿名化してしまうということにはならないようにしていかなければならないと私は思う」と述べた。

〇市川委員長代行
続いて市川委員長代行は、「(1)の事例では、やはり『どこで』というところが一つは問題だと思う。最近、繁華街とか商店街でのインタビューの映像で人物の周りを全部マスキングしてしまうことがよくあるが、果たしてあそこまでやる必要があるのだろうか。ああいう公のパブリックスペースで、みんな顔を見られることを、ある程度、覚悟しながら歩いているところで、そこまでやる必要があるかという問題と、では病院の入口だったらどうかという問題だ。そこは自ずから、その人の肖像を守る価値が違ってくるだろうと思う。あとは、そこを撮る必要性がどれぐらいあるのか、そのことの重みにもよるのかと思う」と、肖像権に関する考えを述べた。
続いて(3)の事例について、「テレビの場合には、基本的にニュースを流して、その場で消えていくのが前提だがウェブサイトの場合には、それがずっと継続して残っていくというところが違うところだ。今までとは違って、どれぐらいの期間、残すのかということも、一つの考慮材料にしなくてはならない。何を映すのか、どれぐらい隠すのかということと同時に、どれぐらいの期間、残すのかということも、今、難しい問題になってきていると思う。ただ、この学校の不祥事の問題については、抽象的に学校の名誉とか地域の印象であるとかということが、果たしてどれだけ保護すべき利益なのかというと、私は、必ずしも、それほど利益のある、保護すべき利益とは思わないところもある。やはり、そこは、個人の権利、利益として何が侵害されているのかをきちんと確認しなければならないと思う」と、ウェブサイトにどの程度の期間掲示するのかという問題とともに、内容の公共性や取材対象のどのような利益を侵害する可能性があるかなどを具体的に考える必要についても述べた。

(匿名・実名で局によって判断が分かれた事例)
次に、県内で起きている事件・事故で、実名か匿名かということについて各局で判断が分かれたケースとして、天童市の女子生徒がいじめが原因とみられる自殺をした事例を別の局の報道担当者が紹介した。
自局の対応について、「私の局では当初から生徒の名前や学校名はずっと伏せたままにしており、現在もそのようしている。そう判断した理由は、遺族側への配慮が一番大きかったと思う。私どもが遺族側に取材して、学校名も含めて生徒の名前などを出してほしくないということが分かったので、そこに変化がない限りはそれを続けている状態だ。一方で、遺族側だけの取材というのも、報道のバランスの上で如何なものかというところもあるので、学校側とか、市教委側とか担当記者を分けて、バランス良く取材する形でやった。ところが、最近、岩手県では亡くなった生徒の名前が出ているケースもある。これは、ご家族のほうから、名前を発表してほしいという希望があったやに聞いている。こういうケースについては、必ず匿名だとかあまり最初から決めずに、ちょっと悩みながら判断していくというところが大事なのかなと、今、感じている」と、直面した事案について報告した。

〇市川委員長代行
これに対して市川委員長代行は「生徒の名前は伏せたとしても学校名を載せるのはどうかとか、生徒がやっていたクラブ活動を、どの程度、書くかとか、おそらくそういったところで、特定性、同定性がどの程度、絞られてくるのかということが決まってくると思う。そういう意味で、特に子どもの問題だということもあって、配慮は必要だ。その配慮がどういう点で必要かといえば、やっぱり遺族への配慮の問題。それからイジメをしていたのではないかということであるとすれば、そのイジメをしていた子ども自身の問題。そして、このケースは刑事事件にはなってないのかもしれないが、潜在的にはそういう可能性もあるとすれば、少年法61条(記事等の掲載の禁止)の趣旨をどれぐらい考えるのかという問題が出てくる。そう考えた時に、どこまで、焦点を絞り込んでいくのか。学校名、クラブ名をあげてということになってくると、ある程度、絞り込まれてきてしまうという感じもする。他方で、例えば校長や管理職としての教員の責任は、それはそれで、きちんと報道しなければならないということがある。そこでのバランスをどこで取っていくかというところが非常に難しいところだと思う。一概に、こうすべきだということは、私としては申し上げにくいが、考慮すべき材料としてはそういうところだ」と、判断する際のポイントについて説明した。

〇坂井委員長
続いて坂井委員長は実名か匿名かの議論の原点に立ち返って説明した。「ちょっと違った話から入るが、私は、こういうメディアの問題を扱うようになったのは、今から27~8年ぐらい前からだ。この問題に関わり始めた頃に、新聞社、通信社の方と匿名報道についてよく話をした。当時は微罪でも実名報道をされている時代で、『何で実名が必要なんだ』と問うたところ、『いや、事実を報道するのが報道なんだ』と、『名前は事実の重要な要素なんで、当然じゃないか』という答えが返ってきて、噛み合わない議論をしたことを、今、思い出した。当時は、報道の一番肝心な点である、『いつ、どこで、誰が、何をしたのか』の要素なのだということだった。この点を全部、匿名にしてしまって、本当にニュースと言えるのだろうかということが、きっと原点にあるのだろうと思う。そこで、『そうは言っても他の利益がありますよ』という話が同時に出てくる。全部、特定されてしまうと、プライバシー侵害だったり肖像権の侵害だったり名誉棄損だったりがあるから、そこでバランスを取りましょうという、そういう話なんだと思う」と述べた。
続けて、「何が言いたいかというと、この天童のイジメで自殺したのではないかというような話に関しては、ニュース価値はあるだろう。おそらく誰も異論はない。だから本当は実名で出したいのだけれども、そのことによって別の利益、法的な利益を侵したり倫理的な問題が生じるのであれば、そこは配慮をしていかなければいけないという、そういう問題だろうと思う。今の発表にあったように、被害者の方は名前を出してもらっては困るとはっきり言っている。それを無視して出すのは、それは如何なものかと考えるのは当然だ。だけど、一方で親御さんが、『亡くなったのはA子ではなくて、ちゃんと名前があるのだから、書いてくれ』とおっしゃる場合がある。それであれば、匿名にする理由はなくなる。ただ、別の配慮は必要かもしれない。だから個別の判断をしていくことだと思う。あとで決定のところで説明する散骨場の問題なども、これは肖像権とその報道の価値とのバランスということで、そういうことを細かく具体的に考えていくと、ある程度、答えが見えてくるのではないか。だからケース・バイ・ケースというのは、おっしゃるとおりだと思う」と述べた。

◆最近の委員会決定

(「散骨場建設計画報道への申立て」について)
次に、今年1月に通知・公表された「散骨場建設計画報道への申立て」事案について、当該番組を収録したDVDを視聴したうえで、その判断のポイントなどを坂井委員長が説明した。この事案は、ローカルニュース番組で「散骨場」建設計画について事業主の民間業者の社長が市役所で記者会見などをする模様を取材・放送した際、地元記者会との間で個人名と顔の映像は出さない条件であったにもかわらず顔出し映像を放送したため、社長が人権侵害・肖像権侵害を訴えて申し立てた事案。委員会は、人権侵害は認めなかったが記者会との合意事項に反した放送をしたことは放送倫理上の問題があるとの「見解」を示した。

〇坂井委員長
この決定に関して坂井委員長は、「この事案の論点は次の3点だ。(1)まず誰と誰の合意なのかという点。(2)合意に反して顔の映像を放送したことは肖像権侵害にあたるのかという点。そこで考慮すべきものとして、公共性、公益性、それから合意違反と肖像権侵害との関係ということが問題になる。(3)合意に反して顔の映像を放送したことに放送倫理上の問題があるかという点だ」と論点を絞って説明した。
坂井委員長は、(1)の合意の主体については法律的には記者会と申立人の合意と判断されるが、記者会と申立人が合意したことを局も受け入れたわけだから当然それで拘束されるとした上で、肖像権と報道との関係について、次のように述べた。「(2)については、『顔を出しません』と言って約束して取材をしたのに、放送の時に顔を出してしまったら、それですぐ肖像権侵害になると思われるかもしれないが、実はここはひとつ論理的な操作が必要な部分だと思う。そもそも、肖像権とは何かというと『何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真や映像を公表されない権利』、つまり『みだり』に公表されない権利と書いてある。『みだり』にということなので、理由があれば公表できる場合もある。報道の自由との関係で言うと、公共性があると認められるならば、両者の価値を検討して一定範囲では報道の価値を優先し、肖像権侵害とならない場合もある」などと、法律的な考え方を紹介した。
その上で今回のケースに当てはめ、「相手の承諾なしに勝手に撮った場合と約束を違えて撮った場合は微妙に違うけれども、大きく見たら同じ範疇に入るので、その報道の内容、内容が持つ公共性、それから放送内容等を具体的に考えて、それが許される場合かどうかを考えるという論理構成になる」と考え方の枠組みを示した。
そして、本件の場合について、「散骨場計画は正当な社会的関心事で公共性があり、放送したのは報道番組で公益目的も認められる。放送された映像は隠し撮りをしたというようなものではなく、市役所に修正案を持っていくところや記者会見をしているところなので、プライバシーを侵害したり、肖像権を侵害する悪質性が高いわけではないので、肖像権侵害には当たらないと判断にした」と人権侵害を認めなかった理由を説明した。
しかし、約束違反をしたことについては放送倫理上の問題があったと委員会の判断を示した後、「最後に強調しておきたいのは、付言の部分だ。このケースは記者クラブが取材対象者の顔や実名を出さないと約束し、記者クラブのメンバーはそれに縛られるような形になっている。これはまずくないかということだ。なぜかと言うと、もともと記者会で報道協定を結ぶケースは、誘拐報道などの特別な場合だけだ。今回のケースは、理論的には、確かに特定の日に限られるものだが、場合によれば、次の日に何か事態が展開して、顔を撮ってしまおうという判断をするときに、記者クラブがした約束が縛りにならないかというようなことが考えられる。そうしたことから、記者会は取材先からの取材・報道規制につながる申し入れに応じたことと同様の結果をもたらす危険性を有するのではないか、ということをあえて、決定文に付言として書いた」と、特に付言の部分を強調した。

〇地元局質問
この事案に関して、報道制作に携わる参加者は、「事件や事故の現場で、一般の方からインタビュー取材をするが、撮影して放送するのを暗黙の同意を得たということで帰ってくる。しかし、帰ってきたあとに『顔を分かるように使わないでほしい』とか『一切使わないでほしい』などの申し入れがあるケースがある。これはどのように考えたらよいのか」と日常的に起こりうるケースについて問うた。

〇坂井委員長
それに対して坂井委員長は、「何か事件があって、近所の人の意見を聞いたというレベルだったら、その人が嫌だというのに顔を出した場合の正当性はなかなか得られないと思う。また、暗黙の了解ではなく、『顔を出しますけどいいですか』と確認して撮ってきたからといって、『やっぱり気が変わったのでやめてください』と言うのを押し切って出す正当性があるのかというと、なかなか難しいのではないかと思う。先ほどのケースは、社会の正当な関心事になっていて、その中心にいる人物が顔を出してくれるなということが言えるのかどうかという話だ。一番分かりやすいのは、総理大臣が顔を出してくれるなと言っても通るのかというと、通らない。いろんなレベルの段階、グラデーションがあるが、今の質問の場合は、ただ事件の近所の人を撮ったということだけでは、その人の意思に反して顔を出すことの正当化はないのではないか」と回答した。

〇地元局質問
さらに質問者が「報道する公共性・公益性等があれば、使わないでくれなどの申し入れがあっても、拒否して、放送する分には問題がないというふうに考えてよいのか」と、問うた。

〇坂井委員長
それに対して坂井委員長は、「実際そういう放送もいっぱいあると思う。それは皆さん判断されていると思う。一番分かりやすいのが政治家だ。そういう公的な立場の人間は全てではないが、NOと言っても受け入れざるを得ないときがあるということだ」と答えた。

(「大阪府議からの申立て」について)
次に今年4月に通知・公表された「大阪府議からの申立て」事案について、当該番組の音声を再生したうえで、その判断のポイントなどを市川委員長代行と坂井委員長が説明した。この事案は、ラジオの深夜トーク・バラエティー番組で、お笑いタレントが当時の大阪府議会議員が地元中学生らとトラブルになった経緯など一連の事態について「思いついたことはキモイだね」などと語ったことに対して人権を侵害されたとして申し立てたもの。委員会は「見解」として人権侵害も放送倫理上の問題もないとの判断を示した。
なお、本委員会決定の審理に当たった三宅弘前委員長は、政治家の場合は一般私人より受忍すべき限度は高く、寛容でなくてはならない、などの趣旨の補足意見を付した。

〇市川委員長代行
まず、この事案の起草を担当した市川委員長代行が、判断のポイントについて説明した。「問題になったのは、名誉感情の侵害と社会的評価の低下があったかだ。判断の枠組みは、まず名誉感情・名誉権を侵害するのかどうか。第一段階で名誉感情が侵害されたかを検討する。その上で、評価を下げている、あるいは名誉感情が傷つけられているということになった場合でも、それは直ちに権利侵害にはならない。次の段階として、公共性・公益性の観点から、許容されるのかを検討することになる」と、考え方の枠組みを説明した。
そして、「本件の場合には、『キモイ』という言葉は一定の社会的評価の低下、名誉感情に不快の念を与え、第一段階の名誉権、名誉感情の侵害という点はあるということになる。そこで、次の段階の公共性・公益性との間で許容されるかどうかということになる。その場合の判断としては、公共性・公益性がどれぐらい高いのかという問題と、侵害された社会的評価、名誉感情がどの程度のことなのか、その2つを天秤にかけて、公共性・公益性が重いということになれば、これは許容される。本件の特徴としては、放送の対象が公務員、しかも被選挙権のある公職の議員というところだった。それから、事実自体に争いはなく、論評としての許容性がもう一つの問題になる」と論点を整理した。
そして、議員が関わる名誉棄損などの判例を紹介した上で、「本件の場合は名誉感情を害された程度は低く、それに対して公共性・公益性は高いということで、人権侵害はなく、放送倫理上の問題もないと結論した」と委員会の判断を示した。さらに留意点として、「本件に関してはバラエティー番組だということで、『政治を風刺したりすることは、バラエティーの中の一つの重要な要素であり、正当な表現行為として尊重されるべきもの』として、バラエティーでの表現としては許されるという評価をしている。ただし、『キモイ』という言葉は『無限定に使うことを是とするものではない』と結論に付言をあえてした」と述べた。

〇坂井委員長
次に、「補足意見」について坂井委員長は、「どういう趣旨かと言うと、従前の委員会決定を踏まえたものとして、表現の自由というのは、まず自己の思想及び人格を形成、発展させる、自己実現と言い方をするが、そういう面と、民主主義社会は思想及び情報の自由を流通させないと、民主政自体が成立しない。これも民主政の過程で非常に大事で、この2つの面がある。法の運用や権力者の言動によって、取材・放送の自由が萎縮するようなことがあれば、先ほど指摘した2つの自己実現の形、民主政の過程が傷ついてしまう。だからそういう権力者については、受忍する範囲は緩くなるということをあえて指摘しておきたいということだ。本決定が述べるところの規範部分は、国政を担う政治家の行動についてはなおさら妥当するのだということをあえて付言しているという趣旨だ。これは私も全く同意見だ」と述べた。

〇地元局
委員の説明に対して地元局の幹部は次のように意見を述べた。「今の意見を聞いて非常に心強く思った。特に、報道の自由というところを非常に深くとっていることを心強く思った。もちろん我々も自律的に襟を正していかなくてはいけないが、BPOというのは民主主義の成り立ちとかかわっていると思う。最近、事案を見てみると、報道したことに対して公権力の方が『これは問題にすべき事案だ』とか言ってBPOにかけている。BPOを、放送局を縛ったり、あるいは自分に不都合な報道をさせないように扱う機関だというふうに公権力に勘違いされても困るなと思っているところがあったので、そういう点では自らを律すると共に、心強いなというふうに感じた」と全体を通じての感想を述べた。
意見交換会に引き続いて行われた懇親会でも、地元放送局と委員との間で活発な意見交換が行われた。

今回の意見交換会の事後感想アンケートで局側の参加者からは、「各局の事例報告は、実感を持って聴くことができたし、それに対する委員長、委員各位の意見などを直接聴くことができ、大変参考になった」「全国的にも知られている事例を解説されることでよりリアルに詳細に理解することができた。また、各局での題材も同じことがすぐに起こり得ることとして、当事者から生々しく聞くことができた」などの声が寄せられた。

以上

第227回放送と人権等権利に関する委員会

第227回 – 2015年11月

謝罪会見事案、大喜利・バラエティー事案の通知・公表報告、
出家詐欺事案の審理、ストーカー事件再現ドラマ事案の審理、
ストーカー事件映像事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、
自転車事故企画事案の審理…など

今月の委員会当日に行われた「謝罪会見報道」と「大喜利・バラエティー」の2事案の通知・公表について、事務局が概要を報告した。出家詐欺報道事案の「委員会決定」修正案が大筋で了承され、委員長一任となった。その結果、通知・公表は12月に行われることになった。ストーカー事件再現ドラマ事案の「委員会決定」案を検討し、ストーカー事件映像事案、STAP細胞報道事案、自転車事故企画事案を審理した。

議事の詳細

日時
2015年11月17日(火)午後4時45分~10時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者
坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の通知・公表の報告

2.「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の通知・公表の報告

佐村河内守氏が申し立てた上記2事案の「委員会決定」の通知・公表が、今月の委員会開会前に行われ、事務局がその概要を報告した。

3.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象はNHKが2014年5月14日の報道番組『クローズアップ現代』で放送した特集「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」。番組は、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」として紹介された男性が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
NHKは「収録した映像と音声は、申立人のプライバシーに配慮して厳重に加工した上で放送に使用しており、視聴者が申立人を特定することは極めて難しく、本件番組は、申立人の人権を侵害するものではない」と主張している。
この日の委員会では、前回委員会での検討を経た「委員会決定」の修正案が示された。審理の結果、決定案は一部表現、字句を修正したうえで大筋で了承され、委員長一任となった。
「委員会決定」の通知・公表は12月に行われることになった。

4.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された音声データや加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送によって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、11月5日の第2回起草委員会を経て委員会に提出された「委員会決定」案の審理が行われ、ストーカー事件の背景と取材などについて意見が交わされた。この結果、第3回起草委員会を開催して、さらに検討を重ねることとなった。

5.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、前事案と同じフジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今月の委員会では、名誉毀損と放送倫理上の問題にポイントを絞って審理が行われ、その結果、次回委員会に向けて、担当委員が起草作業に入ることとなった。

6.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では事務局がこれまでの双方の主張をまとめた資料を提出、論点を整理するため起草委員が集まって協議することとなった。次回委員会では、起草委員によって整理された論点をもとに審理を進める予定。

7.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、申立人から反論書が提出されたことを事務局が報告。これを受けて、フジから再答弁書が提出されることになっており、次回12月の委員会で審理を進める。

8.その他

  • 11月24日(火)に金沢で開かれるTBS系列北信越4局との意見交換会について、事務局から概要を説明した。
  • 今後予定される加盟局への講師派遣について事務局から説明した。
  • 次回委員会は12月15日に開催かれる。

以上

2015年度 第55号

「謝罪会見報道に対する申立て」に関する委員会決定

2015年11月17日 放送局:TBSテレビ

勧告:人権侵害(少数意見付記)
TBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』は2014年3月9日の放送で、佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げた。この放送について、佐村河内氏は「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与え、申立人の名誉を著しく侵害した」等として委員会に申し立てた。
これに対してTBSテレビは「申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」等と主張してきた。
委員会は2015年11月17日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。
なお、本決定には結論を異にする2つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

TBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』は2014年3月9日の放送で、佐村河内守氏が自分の名義で発表してきた楽曲について新垣隆氏が作曲に関与していたことを謝罪する記者会見を取り上げた。この中で、佐村河内氏の聴覚障害について、会見のVTRや出演者のやり取りなどで、「検証」と「論評」を行ったとしている。
この放送について、佐村河内氏は「健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装って会見に臨んだ」との印象を与えるもので、名誉を著しく侵害されたとして委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には申立人の名誉を毀損する人権侵害があったと言わざるをえないと判断した。
まず、本件放送によってどのような事実が摘示されたかについて、申立人の指摘する問題点を中心に、以下の検討を行った。(1)謝罪会見の際に申立人が配布した聴力に関する診断書に記載された検査結果について、本件放送が客観的な検査については十分に言及せず、むしろ自己申告制の検査であることを強調するなどして、一般視聴者に対し、診断書の検査結果の信頼性が低いという印象を与えた。(2)アナウンサーが「普通の会話は完全に聞こえる」との説明を行い、申立人には健常者と同等あるいはそれに近い聴力があるとの印象を与えたが、その説明は不適切であった。(3)本件放送が紹介した専門家の所見のうち、「通常の会話は比較的よく聞こえているはず」とする部分は、(2)の印象を裏付け強化するものであり、詐聴の可能性を指摘する部分は、(1)と同様、検査結果の信頼性が低いことを印象付ける。(4)「普通に会話が成立」というナレーションとテロップが付されて放送された本件謝罪会見のVTR部分は、申立人が謝罪会見の際、手話通訳なしに会話を交わすことが可能であったという事実を端的に摘示するものである。
以上、(4)を中心としつつ、(1)から(3)をも総合して一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方を基準として判断すれば、本件放送において「申立人は、手話通訳も介さずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装い会見に臨んだ」という摘示事実が認められ、これは申立人の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損する。
名誉を毀損するような放送であっても、放送によって摘示された事実が公共の利害に関わり、かつ、主として公益目的によるものであって、当該事実が真実であるか又は真実と信じることについて相当の理由がある場合には、結論的には名誉毀損には当たらない。この点について、本件摘示事実については公共性があり、また、本件放送には公益目的があったと言えるが、TBSによる真実性の立証はない。さらに、相当性については、上記(4)に関し、放送されたVTR部分に先立つやり取りを踏まえた対応にすぎない可能性が十分にあり、また、謝罪会見を取材していたスタッフはこのようなやり取りについては承知していたはずであること、等から相当性も認められない。
以上より、本件放送は名誉毀損に該当すると言わざるをえない。
また、一般に、人権侵害を生じさせた放送は当然に放送倫理上の問題が存することになるが、本件放送に関して、委員会は、このような放送がなされてしまった背景に、TBSが申立人に対する否定的な評価の流れに棹さすごとく番組制作を行ったことがあるのではないかと考える。具体的には、事実をありのままに伝えること、専門性の高い情報を正確に伝えること、出演者への事前説明の努力、障害に触れる際の配慮の必要性、以上4点において放送倫理上の問題を指摘することができ、それらは決して軽視されるべきものではない。
バラエティー番組であっても、本件放送のような情報バラエティー番組には、事実を事実として正確に伝えることも求められる。とりわけ、本件放送は、聴覚障害という一般視聴者の予備知識が乏しい専門的なテーマに関するものであることから、番組による不正確な説明内容によって視聴者が容易に誘導されうることに配慮が必要であった。こうした問題は、本件放送が聴覚障害という人権に関わるセンシティブなテーマに触れるものであったことからすれば、より深刻である。
委員会は、被申立人であるTBSテレビに対し、本決定の主旨を放送するとともに、情報バラエティー番組において障害をはじめとする人権に関わる専門的な内容を含むテーマを取り扱う場合のあり方について社内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。

なお、本決定には結論を異にする2つの少数意見がある。

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2015年11月17日 第55号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第55号

申立人
佐村河内 守
被申立人
株式会社TBSテレビ
苦情の対象となった番組
『アッコにおまかせ!』
放送日時
2014年3月9日(日)午前11時45分~午後0時54分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.本件放送で摘示された事実と名誉毀損の成否
  • 2.本件放送の公共性・公益目的
  • 3.本件放送の真実性・相当性
  • 4.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送内容の概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2015年11月17日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、11月17日午後1時から、BPO会議室で行ない、その後、午後3時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、決定を公表した。
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2016年2月16日 委員会決定に対するTBSテレビの対応と取り組み

2015年11月17日に通知・公表された「委員会決定第55号」に対し、株式会社TBSテレビから局としての対応と取り組みをまとめた報告書が2016年2月15日付で提出され、委員会は、この報告を了承した。
なお、本件の委員会勧告に基づいて局が行った放送対応に関し、当該番組でエンドロールの後一旦CMが放送されてからアナウンサーによるコメントの読み上げがなされた点について、多数の委員から、放送対応のタイミングについてより工夫がなされることが好ましかったとの意見が述べられた。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2015年度 第56号

「大喜利・バラエティー番組への申立て」に関する委員会決定

2015年11月17日 放送局:フジテレビ

見解:問題なし
フジテレビは2014年5月24日放送の大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
この放送について、佐村河内守氏は「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たる」等として委員会に申し立てた。
これに対し、フジテレビは「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、申立人の名誉感情を侵害するものでない」等と主張してきた。
委員会は2015年11月17日に「委員会決定」を通知・公表し、本件放送は許容限度を超えて申立人の名誉感情を侵害するものとは言えず、放送倫理上の問題もないとの「見解」を示した。

【決定の概要】

フジテレビは2014年5月24日に大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』を放送した。この中で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出して、お笑い芸人らが回答する模様を放送した。
この放送について、佐村河内氏は「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として、一般視聴者を巻き込んで笑い物にするものであるから、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たることが明らかである」等として委員会に申し立てた。
名誉感情とは、人が自己の価値について有している意識や感情のことであり、法的保護の対象となりうるが、主観的なものであるだけに、名誉感情の侵害は、社会通念上の許容限度を超えた場合に初めて法的な保護を受ける。
大喜利は、しばしば世相に対する批判も含む表現形式として、社会的に定着した娯楽であり、たとえ個人に対する揶揄となったとしても、その者が正当な社会的関心の対象である場合には、個々の表現が許容限度を超えない限り許される。そして、大喜利には大げさな表現やナンセンスな表現、言葉遊び等も当然含まれうるし、即興性が特徴である。名誉感情侵害の判断においてもこうした大喜利の特徴を斟酌すべきである。
その上でまず、本件放送で申立人を取り上げたことの当否については、全聾の作曲家として高い評価を得ていた申立人が他人に作曲を依頼していたことが発覚し、また、その聴覚障害についても疑惑が持ち上がったことに社会的関心が向けられることは当然である。それは、申立人が謝罪のための記者会見を行ってから2か月半ほど経過した本件放送時点でも同様であり、本件放送において申立人を取り上げたことには正当性が認められる。
次に、個々の回答による名誉感情侵害の有無について、各回答を概観すると、a)聴覚障害に関するもの、b)音楽的才能に関するもの、c)風貌に関するもの、d)その他、の4類型に分類可能であるが、大喜利の特徴も踏まえれば、いずれも、許容限度を超えて申立人の名誉感情を侵害するものとは言えない。
また、申立人は放送倫理上の問題として、いじめや聴覚障害者に対する偏見を助長するおそれを主張するが、本件放送は、自らの言動によってファンや関係者の信頼を裏切ったことにより正当な社会的関心の対象となっている申立人個人に対する許容限度の範囲内での風刺等であり、いじめや聴覚障害者に対する偏見を助長する内容とは受け止めにくい。したがって、放送倫理上の問題は認められない。
以上より、本件放送は許容限度を超えて申立人の名誉感情を侵害するものとは言えず、また、放送倫理上の問題も認められないとの結論に至った。

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2015年11月17日 第56号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第56号

申立人
佐村河内 守
被申立人
株式会社フジテレビジョン
苦情の対象となった番組
『IPPONグランプリ』
放送日時
2014年5月24日(土)午後9時~11時10分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.本件放送と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.判断の方法について
  • 2.本件放送で申立人を取り上げたことの当否
  • 3.個々の回答による名誉感情侵害の有無
  • 4.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送内容の概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2015年11月17日 決定の通知と公表の記者会見

通知と公表は、同じ佐村河内守氏が申し立てた「謝罪会見報道に対する申立て」事案の通知・公表とあわせて11月17日に行われた。
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第226回放送と人権等権利に関する委員会

第226回 – 2015年10月

ストーカー事件映像事案のヒアリングと審理、出家詐欺報道事案の審理、ストーカー事件再現ドラマ事案の審理、STAP細胞報道事案の審理、自転車事故企画事案の審理…など

ストーカー事件映像事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。出家詐欺報道事案の「委員会決定」修正案を検討し、ストーカー事件再現ドラマ事案の「委員会決定」案を議論した。STAP細胞報道事案を審理し、自転車事故企画事案の審理に入った。

議事の詳細

日時
2015年10月20日(火)午後3時~8時55分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者
坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今回の委員会では、申立人と被申立人のフジテレビから個別にヒアリングを行い詳しく事情を聴いた。申立人は冒頭陳述で「放送を見ると、自分が警察で見せられたものと同じ映像が流され、自分であることは間違いないと確信した。これだけのことをしたからには退職は仕方ないとは思うが、事実と違う内容の放送をされ、会社の人たちに無視されたり、あからさまに睨みつけられたりするのは、正直辛いものがあった」と訴えた。また、「誰かの指示を受け、共謀して、いじめやいやがらせをした事実はない」と述べた。さらに申立人自身が行なったストーカー行為として放送された実写映像について、「コンビニで被害者の写真は撮っていない。被害者の車を撮っていた。あからさまな尾行、つけ回し、ずっと後ろを走っていたという事実はない」として、被申立人に対し「事実と違う内容の放送があったことと、個人を特定できる放送をしたことを認めてもらえればいい」と主張した。
一方、フジテレビからは編成担当幹部ら4人が出席し、ストーカー事件に関わる申立人の実写映像を放送したことについて、「視聴者の方が信ぴょう性を感じられるように、そういった情報、ないしは実際の映像を用いている。申立人を描き、申立人を基にした内容であるのは違いないが、申立人を特定する内容ではない。あくまで描写の一部というふうにとらえている」と説明。そのうえで、「申立人自身や申立人が運転している車、会社の駐車場などの映像には十分なマスキングをしていると考えているので、同定はできない」と主張した。また、取材協力者らが放送前に周囲に会社のことが放送される旨流布してしたことについて、「事実、流布が行なわれてしまったことを考えると、確かに、流布されるような人物であったことを見抜くことができなかったことは反省すべきだと思うが、予見することはその時点では非常に難しかった」と述べた。さらに、取材で知り得た事実を他言しない旨の承諾書を取材協力者と取り交わしていたことについては、「取材協力者の方々のプライバシーと安全を守るという意図で承諾書を交わす。安全のために不必要な言論は控えた方が良いですよという意味合いで交わしている」等と説明した。
ヒアリング終了後、委員会は論点に沿って双方の主張を整理しながら議論し、次回も審理を続けることになった。

2.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象はNHKが2014年5月14日の報道番組『クローズアップ現代』で放送した特集「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」。番組は、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」として紹介された男性が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
NHKは「収録した映像と音声は、申立人のプライバシーに配慮して厳重に加工した上で放送に使用しており、視聴者が申立人を特定することは極めて難しく、本件番組は、申立人の人権を侵害するものではない」と主張している。
今回の委員会には第2回起草委員会を経て修正された「委員会決定」案が提出された。結論部分を中心に審理した結果、ほぼ内容がまとまり、今後細部について検討することになった。

3.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された音声データや加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送によって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、第1回起草委員会を経て提示された「委員会決定」案の検討に入った。委員会の判断のポイントについて起草担当委員が説明を行い、各委員が意見を述べた。そのうえで、11月初旬に第2回起草委員会を開らき、さらに検討を重ねることになった。

4.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
9月の委員会後、申立人から「反論書」が、被申立人から「再答弁書」が提出された。今回の委員会では、事務局が双方の新たな主張を取りまとめた資料を基に説明した。次回委員会では、論点の整理に向けて審理を進める予定。

5.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前の説明が適切でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
9月の委員会で審理入りが決まったのを受けて、フジテレビから申立書に対する答弁書が提出された。今回の委員会では事務局が双方の主張をまとめた資料を配付して説明した。

6.その他

  • 次回委員会は11月17日に開催かれる。

以上

第225回放送と人権等権利に関する委員会

第225回 – 2015年10月

「謝罪会見報道」事案、「大喜利・バラエティー番組」事案の審理…など

佐村河内守氏が申し立てた「謝罪会見報道」と「大喜利・バラエティー番組」の2事案を集中的に審理するため、ほぼ3年ぶりに臨時委員会を開催した。その結果、両事案の「委員会決定」案を了承し、通知・公表を11月中旬にも行う運びとなった。

議事の詳細

日時
2015年10月13日(火)午後4時~9時10分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者
坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象は2014年3月9日放送のTBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』。佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げ、会見のVTRと出演者によるスタジオトークを生放送した。この放送に対し、佐村河内氏が「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与えた。申立人の名誉を著しく侵害するとともに同じ程度の聴覚障害を持つ人にも社会生活上深刻な悪影響を与えた」と申し立てた。
TBSテレビは「放送は聴覚障害者に対する誹謗や中傷も生んだ申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」と主張している。
委員会では、第4回起草委員会での検討を経て修正された「委員会決定」案を審理し、了承された。これにより、「委員会決定」の通知・公表を11月中旬にも行う運びになった。なお、一部の委員は結論が異なる少数意見を書くことになった。

2.「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の審理

審理の対象はフジテレビが2014年5月24日に放送した大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
申立書で佐村河内守氏は、「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たることが明らかである」とし、さらに「現代社会に蔓延する『児童・青少年に対する集団いじめ』を容認・助長するおそれがある点で、非常に重大な放送倫理上の問題点を含んでいる」としている。
これに対し、フジテレビは答弁書で「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、不当に申立人の名誉感情を侵害するものでなく、いじめを容認・助長するおそれがあるとして児童青少年の人格形成に有害なものではない」と主張している。
本件の「委員会決定」文はこれまでの検討でほぼ固まっていたが、この日の委員会で最終的に了承された。これにより、前項の「謝罪会見報道」事案とあわせて11月中旬にも「委員会決定」の通知・公表を行う運びになった。

3.その他

  • 10月5日に山形で開催された県単位意見交換会について、事務局から報告するとともに、その模様を伝える地元局のニュース番組の同録DVDを視聴した。
  • 本年度中に開催する地区単位意見交換会(九州・沖縄地区)を2月3日に福岡で開催することが決まった。
  • 次回は10月20日に定例委員会を開催する。

以上

第224回放送と人権等権利に関する委員会

第224回 – 2015年9月

自転車事故企画事案の審理入り決定、
ストーカー事件再現ドラマ事案のヒアリングと審理、
ストーカー事件映像事案の審理、佐村河内氏事案2件の審理、
出家詐欺事案の審理、STAP細胞事案の審理…など

自転車事故企画事案を審理要請案件として改めて検討し、審理入りを決めた。ストーカー事件再現ドラマ事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。ストーカー事件映像事案を審理し、佐村河内守氏が申し立てた2事案の「委員会決定」修正案を検討、STAP細胞報道事案の審理に入った。

議事の詳細

日時
2015年9月15日(火)午後4時~10時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.審理要請案件:「自転車事故企画に対する申立て」

上記申立てについて前回に引き続き審理要請案件として検討し、審理入りを決定した。
対象となったのは、フジテレビが本年2月17日にバラエティー番組『カスペ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」と題する企画コーナー。同コーナーでは冒頭、自転車との衝突事故で母親を亡くした東光宏氏が自転車事故の悲惨さを訴えるインタビューが実名で流れた後、「事実のみを集めたリアルストーリー」として、14歳の息子が自転車事故で小学生にケガをさせた家族の体験を描いた再現ドラマを放送した。再現ドラマは、この家族が「被害者」弁護士との示談交渉の末に1500万円の賠償金を払ったが、実はこの小学生は意図的にぶつかってきた「当たり屋」だったという結末だった。
この放送に対し、インタビューを受けた東氏が7月5日付で委員会に申立書を提出。「私に対する事前取材にあたって、このような当たり屋がドラマのメインとして登場することについて、全く説明がなかった」としたうえで、番組冒頭でコメントした申立人についても、「『実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ』との誤解を視聴者に与えかねない状況にあり、私の名誉ないし信用が害され、犯罪被害者としての尊厳が害された」と訴えた。
申立書はまた、「私のインタビュー映像が、交通犯罪被害者および遺族を愚弄し冒涜する低俗な番組の前ふりに利用された」と主張。1500万円の賠償金について、「交通犯罪の被害者が、あたかも非常識な高額の賠償金を請求しているかのような間違った印象を与えかねない」、「本件番組は勝手な推測に基づく虚偽放送に当たる」等として、放送内容の訂正報道と文書による謝罪および訂正・謝罪のホームページ掲載を求めている。
これを受けてフジテレビは7月24日、本件申立てに対する「経緯と見解」書面を委員会に提出し、申立人のインタビューはあくまで当該コーナーの導入部分で、「自転車事故の悲惨さを実例で示し、視聴者の問題意識を高めた上で再構成ドラマに入り込んでいくことを目的」に放送したと主張した。そのうえで、「ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない。すなわち、再構成ドラマと申立人のインタビューの内容となった母親が被害者となった事件に関連性はなく、登場人物を含む設定の内容も類似性が全くない。『申立人があたかも当たり屋である』という受け取り方を視聴者がするとは全く考えていない。」として、番組による申立人の名誉・信用の侵害はないと述べている。
賠償金額については、「免許を必要とせず、手軽に利用できる自転車が時として甚大な被害を与え、利用者が重大な事故の加害者となり得る」ということを強く視聴者に印象付けるため慰謝料やケガの治療費、逸失利益等を加算して設定したもので、「非常識な」金額ではないと主張している。
またフジテレビは、申立人が「当たり屋」メインのドラマについて事前に説明が全くなかったとしていることについて、担当プロデューサーが申立人に台本の提供を申し入れたが、申立人がこれを断ったため、「結果として説明するタイミングを失った」と釈明している。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会(10月20日)より実質審理に入る。

2.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求める申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送したことによって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
この日の委員会では、申立人と被申立人のフジテレビから個別にヒアリングを行い、詳しく事情を聴いた。
申立人は、「(被害者側のみの)一方的取材で、ひどい内容の放送だった。私がストーカーをしろなんて指導したことはない。私は首謀者でもなんでもない」と述べるとともに、再現ドラマで申立人とみられる女性がストーカー被害者のロッカーに大量のガラス片を入れたことについて、全く事実でないと主張。また番組が「一部再構成というが、一部がどこまでかテレビを見ている人には分からない。会社の人はテレビで放送されたのだから事実であるという認識を持っている。(番組を見た人から)よくあんなことできるなと言われた。未だに挨拶を返してくれない人もいる。辛いし、悔しかった。本当に精神的苦痛を受けた。家族も同じだった」と訴えた。さらに被害者の取材映像や取材協力者から提供された映像にマスキング・音声加工が施されていたことについては、「(駐車場が)会社の人ならあの場所だって分かる」とする一方、事件が本件番組で放送されることを被害者らが事前に社内で流布したことに触れながらも、再現ドラマを見れば「会社の人は全部、私だって分かると思う」と、番組内容だけでも社内では申立人が特定可能だったと主張した。
一方フジテレビからは編成担当幹部ら4人が出席し、番組は「実際の事件を題材にしているが、それ以外の部分は、登場する方々が特定されないように改編している。その部分には常時『イメージ』というテロップを出しており、視聴者の方は認識できる」と説明。申立人らに取材しなかったことについても、被害者の身の安全・プライバシー保護のため「反対取材は不可能と考えていた」と述べた。また、再現ドラマで申立人とみられる女性を事件の"首謀者"としたことについて、「取材協力者から得た証言や取材内容、取材協力者と申立人の会話を録音したICレコーダーを聴いて判断した」、「100%真実をつきとめることがこの番組の目的ではない。取材をした人の証言に基づいて再構成」したと説明、また申立人がガラス片をロッカーに入れたとした根拠を問われ、「(被害者の)証言だけ」と答えた。このほか、被害者らが放送前に番組内容を社内に流布したことについて、「その事実を加味すれば、(申立人らが)特定されることは当然」としながらも、「放送自体によって人物が特定されることはないという認識で、また情報の流布については非常に予見ができないもの」として、「放送上の責任はない」と主張した。
ヒアリング終了後、委員会はその結果を踏まえて審理し、10月に第1回起草委員会を開くことを決めた。

3.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは前事案と同じ、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かる。車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「ストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張する申立書を委員会に提出した。
これに対しフジテレビは「番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、取材した音声データなどについては音声を変更し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今月の委員会では、再度、論点の整理と質問項目の精査が行われ、次回定例委員会でヒアリングを行うことを決定した。

4.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象は2014年3月9日放送のTBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』。佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げ、会見のVTRと出演者によるスタジオトークを生放送した。
この放送に対し、佐村河内氏が「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与えた。申立人の名誉を著しく侵害するとともに同じ程度の聴覚障害を持つ人にも社会生活上深刻な悪影響を与えた」と申し立てた。
TBSテレビは「放送は聴覚障害者に対する誹謗や中傷も生んだ申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」と主張している。
今月の委員会では第3回起草委員会を経て一部修正された「委員会決定」案を審理し、今月初めに行われた担当委員による耳鼻咽喉科の医師への聴き取りの結果が報告された。

5.「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の審理

審理の対象はフジテレビが2014年5月24日に放送した大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
申立書で佐村河内守氏は、「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たることが明らかである」とし、さらに「現代社会に蔓延する『児童・青少年に対する集団いじめ』を容認・助長するおそれがある点で、非常に重大な放送倫理上の問題点を含んでいる」としている。
これに対し、フジテレビは答弁書で「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、不当に申立人の名誉感情を侵害するものでなく、いじめを容認・助長するおそれがあるとして児童青少年の人格形成に有害なものではない」と主張している。
今月の委員会では、これまでの検討で「委員会決定」案はほぼ固まっていることを確認し、前項の「謝罪会見報道に対する申立て」事案と同日に通知・公表を行う方針を決めた。

6.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象はNHKが2014年5月14日の報道番組『クローズアップ現代』で放送した特集「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」。番組は、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」として紹介された男性が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
NHKは「収録した映像と音声は、申立人のプライバシーに配慮して厳重に加工した上で放送に使用しており、視聴者が申立人を特定することは極めて難しく、本件番組は、申立人の人権を侵害するものではない」と主張している。
この日の委員会では、双方からの書面やヒアリングの結果をもとに第1回起草委員会を経て提示された「委員会決定」案の検討に入った。委員会の判断のポイントについて担当委員が説明し、各委員が意見を述べた。今後、第2回起草委員会を開いてさらに修正した決定案をまとめ、次回委員会に諮ることになった。

7.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は、人権侵害、プライバシー侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」として、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
また、論文に掲載されている画像やグラフに関し、「何らの科学的説明もないまま、『7割以上の不正』があったとする強いイメージを視聴者に与える番組構成は、強い意図をもって申立人らを断罪した」と主張。番組が申立人に無断で実験ノートや電子メールの内容を放送したことについては、著作権侵害やプライバシー侵害、通信の秘密に対する侵害行為にあたると訴えている。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」と主張した。
さらに、画像やグラフに関する申立人の主張に対して、「専門家が疑義や不自然な点があると指摘した事実を紹介したに過ぎず、NHKの恣意的な評価が含まれている訳でもない」と反論。申立人の実験ノートや電子メールの内容を放送したことについては、「本件番組において紹介することが極めて重要なものである」として、違法な侵害にはあたらないと述べている。
今月の委員会では事務局が双方の主張を取りまとめた資料を説明した。次回委員会では、申立人の「反論書」、被申立人の「再答弁書」の提出を受けて審理を進める予定。

8.その他

  • 10月5日に山形で開催する県単位意見交換会について、坂井眞委員長、市川正司委員長代行、城戸真亜子委員が出席することや、参加局との事前打合せの状況について事務局から報告した。

  • 系列単位意見交換会を11月24日にTBS系列の北信越4局を対象に金沢で開催することになり、事務局から概要を説明した。同意見交換会には、坂井眞委員長、二関辰郎委員、林香里委員が出席する。

  • 本年度中に福岡で開催する地区単位意見交換会(九州・沖縄地区)について、各委員の日程調整の結果、2月上旬に開催する方向で準備に入ることになった。同意見交換会には9人の委員全員のほか、濱田純一BPO理事長が出席する予定。

  • 次回委員会は10月13日に臨時委員会を開催する。10月は20日の定例委員会と合わせ2回開催となる。

以上

2015年9月15日

「自転車事故企画に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会は9月15日の第224回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、フジテレビが本年2月17日にバラエティー番組『カスペ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」と題する企画コーナー。同コーナーでは冒頭、自転車との衝突事故で母親を亡くした東光宏氏が自転車事故の悲惨さを訴えるインタビューが実名で流れた後、「事実のみを集めたリアルストーリー」として、14歳の息子が自転車事故で小学生にケガをさせた家族の体験を描いた再現ドラマを放送した。再現ドラマは、この家族が「被害者」弁護士との示談交渉の末に1500万円の賠償金を払ったが、実はこの小学生は意図的にぶつかってきた「当たり屋」だったという結末だった。
この放送に対し、インタビューを受けた東氏が7月5日付で委員会に申立書を提出。「私に対する事前取材にあたって、このような当たり屋がドラマのメインとして登場することについて、全く説明がなかった」としたうえで、番組冒頭でコメントした申立人についても、「『実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ』との誤解を視聴者に与えかねない状況にあり、私の名誉ないし信用が害され、犯罪被害者としての尊厳が害された」と訴えた。
申立書はまた、「私のインタビュー映像が、交通犯罪被害者および遺族を愚弄し冒涜する低俗な番組の前ふりに利用された」と主張。1500万円の賠償金について、「交通犯罪の被害者が、あたかも非常識な高額の賠償金を請求しているかのような間違った印象を与えかねない」、「本件番組は勝手な推測に基づく虚偽放送に当たる」等として、放送内容の訂正報道と文書による謝罪および訂正・謝罪のホームページ掲載を求めている。
これを受けてフジテレビは7月24日、本件申立てに対する「経緯と見解」書面を委員会に提出し、申立人のインタビューはあくまで当該コーナーの導入部分で、「自転車事故の悲惨さを実例で示し、視聴者の問題意識を高めた上で再構成ドラマに入り込んでいくことを目的」に放送したと主張した。そのうえで、「ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない。すなわち、再構成ドラマと申立人のインタビューの内容となった母親が被害者となった事件に関連性はなく、登場人物を含む設定の内容も類似性が全くない。『申立人があたかも当たり屋である』という受け取り方を視聴者がするとは全く考えていない。」として、番組による申立人の名誉・信用の侵害はないと述べている。
賠償金額については、「免許を必要とせず、手軽に利用できる自転車が時として甚大な被害を与え、利用者が重大な事故の加害者となり得る」ということを強く視聴者に印象付けるため慰謝料やケガの治療費、逸失利益等を加算して設定したもので、「非常識な」金額ではないと主張している。
またフジテレビは、申立人が「当たり屋」メインのドラマについて事前に説明が全くなかったとしていることについて、担当プロデューサーが申立人に台本の提供を申し入れたが、申立人がこれを断ったため、「結果として説明するタイミングを失った」と釈明している。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第223回放送と人権等権利に関する委員会

第223回 – 2015年8月

出家詐欺事案のヒアリングと審理、
佐村河内氏事案2件の審理、ストーカー事件2事案の審理、
STAP細胞事案の審理入り決定…など

出家詐欺事案のヒアリングを行い、申立人と被申立人から詳しく事情を聞いた。佐村河内守氏が申し立てた2事案の「委員会決定」案を引き続き検討し、また同じ番組を対象にしたストーカー事件関連2事案を審理した。審理要請案件2件を検討し、STAP細胞報道事案の審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2015年8月18日(火)午後3時~10時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員 (林委員は欠席)

1.「出家詐欺報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

審理の対象はNHKが2014年5月14日の報道番組『クローズアップ現代』で放送した特集「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」。番組は、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」として紹介された男性が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
この日の委員会では、申立人と被申立人双方からヒアリングを行った。
申立人は代理人弁護士とともに出席した。申立人は「ブローカーを演じてくれと頼まれたのでやった。ドキュメントではなく、再現映像・資料映像だと思った。軽い気持ちでやった。まして、関西ローカルの番組だと聞いたので。それが、全国放送された。手振り、言い回し、高音になる喋り方などで4、5回会った人なら私だと断定できる」。その結果、仕事を辞めざるを得なくなった等述べた。
被申立人のNHKからは当時の番組担当者ら5人が出席した。NHK側は「インタビューをしてブローカーで間違いないと確信した。話の内容で裏付けをとったという認識だ。覆面インタビューをする際は、必ず本人に安心感を持ってもらうためにモニターを見てもらっている。毎回。とりわけ今回は犯罪すれすれ、犯罪なので、服も着替えてもらうなど、プライバシー保護には最高レベルまで十分配慮した」等述べた。
ヒアリング後も審理を行い、担当委員が「委員会決定」文の起草作業に入ることになった。その上で、次回委員会でさらに審理を進める。

2.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象は2014年3月9日放送のTBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』。佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げ、会見のVTRと出演者によるスタジオトークを生放送した。
この放送に対し、佐村河内氏が「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与えた。申立人の名誉を著しく侵害するとともに同じ程度の聴覚障害を持つ人にも社会生活上深刻な悪影響を与えた」と申し立てた。
TBSテレビは「放送は聴覚障害者に対する誹謗や中傷も生んだ申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」と主張している。
今月の委員会には第2回起草委員会を経て修正された「委員会決定」案が提出された。結論部分を中心に審理したが、ほぼ内容がまとまり、記述等についてさらに検討することになった。

3.「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の審理

審理の対象はフジテレビが2014年5月24日に放送した大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
申立書で佐村河内守氏は、「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たることが明らかである」とし、さらに「現代社会に蔓延する『児童・青少年に対する集団いじめ』を容認・助長するおそれがある点で、非常に重大な放送倫理上の問題点を含んでいる」としている。
これに対し、フジテレビは答弁書で「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、不当に申立人の名誉感情を侵害するものでなく、いじめを容認・助長するおそれがあるとして児童青少年の人格形成に有害なものではない」と主張している。
今月の委員会では第2回起草委員会での検討を経た「委員会決定」案を審理した。大きな修正等はなく、今後細部について検討することになった。

4.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。
番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。
この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたとして、謝罪・訂正と名誉の回復を求めた。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された加害者らの映像にはマスキング・音声加工を施した。放送したことによって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
今月の委員会では、論点の整理と質問項目の精査が行われ、各委員からさまざまな意見が述べられた。次回委員会でヒアリングを行うことを決定した。

5.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは前事案と同じ、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが会社の人間が見れば分かると思われ、また車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる内容だった。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴え、「放送前に、従業員にストーキングしている人物が自分であるということを広められ、退職せざるを得なくなった」と主張した。
これに対しフジテレビは「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、取材した音声データなどについては音声を変更し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張。また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、本件番組で申立人所属の会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今月の委員会では、事務局が申立人の「反論書」とフジテレビ側から提出された「再答弁書」を基に双方の主張を整理して説明、各委員からは論点整理に向けてさまざまな意見が述べられた。

6.審理要請案件:「STAP細胞報道に対する申立て」

上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」で、番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏、笹井芳樹氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は、本年7月10日付で番組による人権侵害、プライバシー侵害等を訴える申立書を委員会に提出。その中で本件番組がタイトルで「不正」と表現し、「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」と訴え、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
また申立書は、本件放送では論文に多数の画像やグラフが掲載されているが、「何らの科学的説明もないまま、『7割以上の不正』があったとする強いイメージを視聴者に与える番組構成は、強い意図をもって申立人らを断罪した」と主張。さらに番組が申立人の実験ノートの内容を放送したことについて、「本人に無断でその内容を放送した行為は、明白な著作権侵害行為であり、刑事罰にも該当する」と述べている。
このほか申立書は、(1)「申立人と共著者である笹井氏との間で交わされた電子メールの内容が、両者の同意もなく、完全に無断で公開されたことは完全にプライバシーの侵害であり、また、通信の秘密に対する侵害行為」、(2)申立人の理研からの帰途、番組取材班が「違法な暴力取材」を強行して申立人を負傷させた、(3)本件番組放送直後、論文共著者の笹井氏が自殺した。本件番組と自殺との関係性は不明だが、本件番組が引き金になったのではないかという報道もある。「本件番組による申立人らへの人権侵害を推定させる大きな重要事実と考える」――などと指摘、番組が「人権侵害の限りを尽くしたもの」と主張している。
これに対しNHKは8月5日委員会に提出した「経緯と見解」書面の中で、「本件番組は、申立人がES細胞を盗み出したなどと一切断定していない」としたうえで、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」と反論した。
また、理研の「研究論文に関する調査委員会」はその調査報告書の中で、「小保方氏が細胞増殖曲線実験とDNAメチル化解析において、データのねつ造という不正行為を行ったことを認定した」と端的に述べており、「このように、STAP論文における不正の存在は所与の事実であって、本件番組のタイトルを『調査報告 STAP細胞 不正の深層』とすることに、何らの問題もないと考える」としている。
NHKはさらに、「実際に、7割以上の画像やグラフについて専門家が疑義や不自然な点があると指摘した事実を紹介したに過ぎず、NHKの恣意的な評価が含まれている訳でもない」と指摘。申立人の実験ノートの内容を放送したことについては、「申立人が、実際にどのように実験を行っていたのかを記した実験ノートの内容は、本件番組において紹介することが極めて重要なものであり、著作権法41条に基づき、適法な行為と考える」と主張している。
そのうえでNHKは、(1)申立人と笹井氏の間の電子メールは、笹井氏が、申立人に対し、画像やグラフの作成に関して具体的な指示を出していたことを裏付けるものであり、申立人の実験ノートと同様に、本件番組において紹介することが極めて重要なもので、「違法なプライバシーの侵害にはあたらない」、(2)今回の申立人に対する直接取材は、報道機関として、可能な限り当事者を取材すべきとの考えから行ったもの。また取材場所も、パブリックスペースにおいてコメントを求めたものであり、直接取材を行ったこと自体は問題がなかったと考えている、(3)申立人が指摘するとおり、本件番組と笹井氏の自殺の関係は不明であり、本件の審理において考慮されるものではないと考える――などとして、本件番組は、「申立人の人権を不当に侵害するものではない」と述べている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

7.審理要請案件:「自転車事故企画に対する申立て」

自転車事故を取り扱った番組に対する申立書について、委員会運営規則に照らして審理事案とする要件を満たしているかどうか検討した。次回委員会で改めて申立書の取り扱いを検討する。

8.その他

  • 次回委員会は9月15日に開かれる。
  • 増加する事案の審理の迅速化を図るため、10月13日に臨時の委員会を開くことになった。これにより10月は20日の定例委員会と合わせ開催が2回となる。

以上

2015年8月18日

「STAP細胞報道に対する申立て」審理入り決定

放送人権委員会は8月18日の第223回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」で、番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏、笹井芳樹氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は、本年7月10日付で番組による人権侵害、プライバシー侵害等を訴える申立書を委員会に提出。その中で本件番組がタイトルで「不正」と表現し、「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」と訴え、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
また申立書は、本件放送では論文に多数の画像やグラフが掲載されているが、「何らの科学的説明もないまま、『7割以上の不正』があったとする強いイメージを視聴者に与える番組構成は、強い意図をもって申立人らを断罪した」と主張。さらに番組が申立人の実験ノートの内容を放送したことについて、「本人に無断でその内容を放送した行為は、明白な著作権侵害行為であり、刑事罰にも該当する」と述べている。
このほか申立書は、(1)「申立人と共著者である笹井氏との間で交わされた電子メールの内容が、両者の同意もなく、完全に無断で公開されたことは完全にプライバシーの侵害であり、また、通信の秘密に対する侵害行為」、(2)申立人の理研からの帰途、番組取材班が「違法な暴力取材」を強行して申立人を負傷させた、(3)本件番組放送直後、論文共著者の笹井氏が自殺した。本件番組と自殺との関係性は不明だが、本件番組が引き金になったのではないかという報道もある。「本件番組による申立人らへの人権侵害を推定させる大きな重要事実と考える」――などと指摘、番組が「人権侵害の限りを尽くしたもの」と主張している。
これに対しNHKは8月5日委員会に提出した「経緯と見解」書面の中で、「本件番組は、申立人がES細胞を盗み出したなどと一切断定していない」としたうえで、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」と反論した。
また、理研の「研究論文に関する調査委員会」はその調査報告書の中で、「小保方氏が細胞増殖曲線実験とDNAメチル化解析において、データのねつ造という不正行為を行ったことを認定した」と端的に述べており、「このように、STAP論文における不正の存在は所与の事実であって、本件番組のタイトルを『調査報告 STAP細胞 不正の深層』とすることに、何らの問題もないと考える」としている。
NHKはさらに、「実際に、7割以上の画像やグラフについて専門家が疑義や不自然な点があると指摘した事実を紹介したに過ぎず、NHKの恣意的な評価が含まれている訳でもない」と指摘。申立人の実験ノートの内容を放送したことについては、「申立人が、実際にどのように実験を行っていたのかを記した実験ノートの内容は、本件番組において紹介することが極めて重要なものであり、著作権法41条に基づき、適法な行為と考える」と主張している。
そのうえでNHKは、(1)申立人と笹井氏の間の電子メールは、笹井氏が、申立人に対し、画像やグラフの作成に関して具体的な指示を出していたことを裏付けるものであり、申立人の実験ノートと同様に、本件番組において紹介することが極めて重要なもので、「違法なプライバシーの侵害にはあたらない」、(2)今回の申立人に対する直接取材は、報道機関として、可能な限り当事者を取材すべきとの考えから行ったもの。また取材場所も、パブリックスペースにおいてコメントを求めたものであり、直接取材を行ったこと自体は問題がなかったと考えている、(3)申立人が指摘するとおり、本件番組と笹井氏の自殺の関係は不明であり、本件の審理において考慮されるものではないと考える――などとして、本件番組は、「申立人の人権を不当に侵害するものではない」と述べている。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第222回放送と人権等権利に関する委員会

第222回 – 2015年7月

佐村河内氏事案2件の審理
出家詐欺事案、ストーカー事件2事案の審理…など

佐村河内守氏が申し立てた2事案の「委員会決定」案を検討し、出家詐欺事案を審理。また同じ番組を対象にしたストーカー事件再現ドラマとストーカー事件映像の2事案を審理した。

議事の詳細

日時
2015年7月21日(火)午後4時~10時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
曽我部委員、中島委員、二関委員、林委員

1.「謝罪会見報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象は2014年3月9日放送のTBSテレビの情報バラエティー番組『アッコにおまかせ!』。佐村河内守氏が楽曲の代作問題で謝罪した記者会見を取り上げ、会見のVTRと出演者によるスタジオトークを生放送した。
この放送に対し、佐村河内氏が「申立人の聴力に関して事実に反する放送であり、聴覚障害者を装って記者会見に臨んだかのような印象を与えた。申立人の名誉を著しく侵害するとともに同じ程度の聴覚障害を持つ人にも社会生活上深刻な悪影響を与えた」と申し立てた。
TBSテレビは「放送は聴覚障害者に対する誹謗や中傷も生んだ申立人の聴覚障害についての検証と論評で、申立人に聴覚障害がないと断定したものではない。放送に申立書が指摘するような誤りはなく、申立人の名誉を傷つけたものではない」と主張している。
前回の委員会後、「委員会決定」文の起草委員会が開かれ、今月の委員会に決定案が示された。委員会では担当委員の説明をもとに判断と結論の部分を中心に検討が行われ、さらに審理を継続することになった。

2.「大喜利・バラエティー番組への申立て」事案の審理

審理の対象はフジテレビが2014年5月24日に放送した大喜利形式のバラエティー番組『IPPONグランプリ』で、「幻想音楽家 田村河内さんの隠し事を教えてください」という「お題」を出してお笑い芸人たちが回答する模様を放送した。
申立書で佐村河内守氏は、「一音楽家であったにすぎない申立人を『お笑いのネタ』として一般視聴者を巻き込んで笑い物にするもので、申立人の名誉感情を侵害する侮辱に当たることが明らかである」とし、さらに「現代社会に蔓延する『児童・青少年に対する集団いじめ』を容認・助長するおそれがある点で、非常に重大な放送倫理上の問題点を含んでいる」としている。
これに対し、フジテレビは答弁書で「本件番組は、社会的に非難されるべき行為をした申立人を大喜利の形式で正当に批判したものであり、不当に申立人の名誉感情を侵害するものでなく、いじめを容認・助長するおそれがあるとして児童青少年の人格形成に有害なものではない」と主張している。
前回の委員会後、「委員会決定」文の起草委員会が開かれ、今月の委員会に決定案が示された。委員会では担当委員の説明をもとに記述等を検討し、さらに審理を重ねることになった。

3.「出家詐欺報道に対する申立て」事案の審理

審理の対象はNHKが2014年5月14日の報道番組『クローズアップ現代』で放送した特集「追跡"出家詐欺"~狙われる宗教法人~」。番組は、多重債務者を出家させて戸籍の下の名前を変えて別人に仕立て上げ、金融機関から多額のローンをだまし取る「出家詐欺」の実態を伝えた。
この放送に対し、番組内で出家を斡旋する「ブローカー」として紹介された男性が「申立人はブローカーではなく、ブローカーをした経験もなく、自分がブローカーであると言ったこともない。申立人をよく知る人物からは映像中のブローカーが申立人であると簡単に特定できてしまうものであった」として、番組による人権侵害、名誉・信用の毀損を訴える申立書を委員会に提出した。
NHKは「収録した映像と音声は、申立人のプライバシーに配慮して厳重に加工した上で放送に使用しており、視聴者が申立人を特定することは極めて難しく、本件番組は、申立人の人権を侵害するものではない」と主張している。
前回の委員会後、申立人から「反論書」、被申立人から「再答弁書」が提出された。この日の委員会では、事務局が双方の主張を取りまとめた資料を基に説明し、ヒアリングに向けて起草委員が作成した論点と質問事項案について検討した。その結果、次回委員会で申立人、被申立人双方にヒアリングを実施することになった。

4.「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」事案の審理

対象となったのは、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。番組では、地方都市の食品工場を舞台にしたストーカー事件とその背景にあったとされる社内イジメ行為を取り上げ、ストーカー事件の被害者とのインタビューを中心に、取材協力者から提供された映像や再現ドラマを合わせて編集したVTRを放送し、スタジオトークを展開した。登場人物、地名等、固有名詞はすべて仮名で、被害者の取材映像及び取材協力者から提供された加害者らの映像にはマスキング・音声加工が施されていた。
この放送に対し、ある地方都市の食品工場で働く契約社員の女性が、放送された食品工場は自分の職場で、再現ドラマでは自分が社内イジメの"首謀者"とされ、ストーカー行為をさせていたとみられる放送内容で、名誉を毀損されたと訴える申立書を委員会に提出し、謝罪・訂正と名誉の回復を求めた。
これに対しフジテレビは、「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、事実を再構成して伝える番組」としたうえで、「本件番組を放送したことによって人物が特定されて第三者に認識されるものではない。従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送の必要はない」と主張している。
今月の委員会では、申立人から新たに提出された「反論書」と、フジテレビから提出された「再答弁書」を基に、事務局が双方の主張を改めて説明、そのうえで論点の整理に向けて各委員からさまざまな意見が述べられた。

5.「ストーカー事件映像に対する申立て」事案の審理

対象となったのは前事案と同じ、フジテレビが本年3月8日に放送したバラエティー番組『ニュースな晩餐会』。
この番組に対し、取材協力者から提供された映像でストーカー行為をしたとされた男性が、「放送上は全て仮名になっていたが、会社の駐車場であることが会社の人間が見れば分かると思われ、また車もボカシが薄く、自分が乗用している車種であることが容易に分かる内容だった。会社には40歳前後で中年太りなのは自分しかいなく自分と特定されてしまう」として、番組による人権侵害を訴える申立書を委員会に提出。また、「番組の放送前に、従業員にストーキングしている人物が自分であるということを広められ、関係会社にばれてしまったので、会社には置いておけないということで退職せざるを得なくなった」と主張した。
これを受けてフジテレビは「本件番組は、特定の人物や事件について報道するものではなく、ストーカー被害という問題についてあくまでも一例を伝えるという目的で、事実を再構成して伝える番組であり、場所や被写体の撮影されている映像にはマスキングを施し、取材した音声データなどについては音声を変更し、場所・個人の名前・職業内容などを変更したナレーションやテロップとする」など、人物が特定されて第三者に認識されるものではなく、「従って、本件番組の放送により特定の人物の名誉が毀損された事実はなく、訂正放送等の必要はない」と主張している。
また、申立人の退職の原因について、「本件番組及びその放送自体ではなく、本件番組で申立人所属の会社のことが放送される旨会社の内外で流布されたこと、及び申立人も自認していると推察されるストーキング行為自体が起因している」と反論している。
今月の委員会から審理に入り、事務局が双方の主張を整理して説明、各委員から、論点整理に向けてさまざまな意見が述べられた。

6.その他

  • 県単位意見交換会を10月5日に山形で開催することになり、事務局から概要を説明した。
  • 系列単位意見交換会を11月下旬にTBS系列の北陸信越4局を対象に開催することになり、事務局から概要を説明した。
  • 7月14日に開かれた第10回「BPO事例研究会」について、参加者のアンケート結果などを基に事務局から報告した。
  • 次回委員会は8月18日に開かれる。

以上