『オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋』(2016年10月9日放送)
2016年12月21日 放送局:TBSテレビ
2016年10月9日18時30分から21時54分にTBSテレビで制作・放送された『オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋』の内、「大声厳禁 サイレント風呂」と「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」のコーナーについて第185回青少年委員会で審議入りを決め、TBSテレビに質問書を送り回答書の提出を求めました。TBSテレビからの回答を受け、第186回青少年委員会で、「意見交換」(TBSテレビから当該番組プロデューサーをはじめとする、制作局、編成局の関係者ら6人、BPOから7人の全委員が出席)を開催、引き続き委員による審議を行い「委員会の考え」をまとめることにしました。第187回青少年委員会で「委員会の考え」を承認し審議を終了、以下に経緯を含め公表します。
<委員会の考え>
2016年12月21日
TBSテレビ
『オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋』に関する
委員会の考え
放送倫理・番組向上機構[BPO]
放送と青少年に関する委員会
BPO青少年委員会は、多くの視聴者意見が寄せられたTBSテレビ『オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋』(2016年10月9日 日曜日 18時30分から21時54分放送)について、第185回委員会で審議入りを決め、TBSテレビに番組の演出意図などについて質問書を送り回答書の提出を求めるとともに、第186回委員会で制作担当者などを招いて意見交換を行いました。TBSテレビには、真摯に対応していただいたことに感謝します。
青少年委員会は、これらを踏まえて審議を行い、各放送局にも引き続きバラエティー番組について考えていただきたいと願っている論点が含まれることから、以下のとおり、「委員会の考え」として公表することとしました。
1 「表現上の配慮」について
番組のうち、「大声厳禁 サイレント風呂」と「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」のコーナーについて、多数の視聴者からBPOに対して、表現が下品で低俗であることに対する嫌悪感や不快感、男性の性器に触れるかのような演出で安易に笑いをとろうとした行為への違和感、また、子どもに与える影響を危惧する批判的意見などが寄せられました。
「大声厳禁 サイレント風呂」は、熱海の温泉場で、男性芸人たちが大声禁止のルールのもと様々なハプニングに対して我慢するというゲームでしたが、このなかで、三助役に扮した男性が複数の男性芸人の股間に"ヒリヒリする薬"を塗るシーンがありました。あわせて、別室でモニターを見ている女性アナウンサーの反応が映し出されました。
「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」は、熱海の海岸にローションを塗った大型の階段セットを用意し、芸人が転倒したりもつれあって滑り落ちたりしながら階段をよじ登って頂上を目指すというものでしたが、そのなかで、複数の男性芸人と女性芸人が下半身を露出し、また男性芸人1人が全裸で階段を昇り降りするシーンが放送されました。こちらも女性アナウンサーはじめ異性がいる前での演出でした。
番組を視聴した委員からは、これらの演出について、社会的受容の範囲を逸脱しているのではないか、性に対する扱いが不適切であるなどの意見があり、青少年委員会がバラエティー番組についてこれまでに公表してきた「委員会の考え」などが十分に理解されていないと考えざるを得ませんでした。
民間放送共通の自主的な倫理基準として制定された「日本民間放送連盟・放送基準」(放送基準)の第8章「表現上の配慮」(48)には「不快な感じを与えるような下品、卑わいな表現は避ける」と規定されています。また、今回の番組は、日曜日のゴールデンタイムに放送されていますが、放送基準の第3章「児童および青少年への配慮」(18)には「放送時間帯に応じ、児童および青少年の視聴に十分、配慮する」と規定されています。番組制作に携わる人たちは、これらの放送基準の意味を再確認していただきたいと思います。
青少年委員会は、2014年4月4日に公表した「日本テレビ放送網『絶対に笑ってはいけない地球防衛軍24時!』に関する委員会の考え」でも述べているとおり、バラエティー番組には視聴者の心を解放し活力を与えるという働きがあるとともに、視聴者の喜怒哀楽や感受性を直接刺激し日常生活の価値志向にも影響を与えることから、作り手は常に社会の動きにアンテナを張りめぐらせ、視聴者の動向を見据える必要があると考えています。つまり、「表現の内容が視聴者に与える影響は時代の価値観や社会のあり方に規定される」ということです。
現代社会はジェンダーについての意識やセクシャルハラスメントに対する理解が深まり、とくに近年は性的少数者の社会的受容という性意識の変化が見られるようになりました。
テレビ局はこうした動向を鋭敏に感知する必要があり、特定の場面に嫌悪感を表し、また、子どもに悪影響を与えると懸念する視聴者に対しても謙虚に耳を傾けるべきではないかと考えます。
2 収録時の配慮について
今回の審議入りに当たって青少年委員会が最も懸念したのは、収録時の配慮が欠けていたのではないかということでした。多くの視聴者から指摘があったように、「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」は、公共の場所である熱海の海岸で収録され、放送には、一般の人々が見学する姿が映っていました。
TBSテレビからは、収録状況について、「セット前面の『撮影エリア』は海に面しており(海辺まで20メートル)、左右は、基本セットに加えて参加者のコースアウト防止のために1.5メートルほどの壁を設置し、周囲からは独立したスペースと考えており」「『撮影エリア内』は一般の方々の立ち入り規制をしておりました」との回答がありました。ハプニングとして男性芸人のズボンが脱げる程度の露出は、制作者も予見していなかったわけではないが、ロケ中に芸人が自ら服を脱ぐなどの行為は全く想定外であったとのことです。
しかし、ゲームの特殊性や進んで笑いを取ろうとする芸人の行動がエスカレートする可能性が皆無ではないことを考えれば、撮影場所の選定やセットの独立性の確保の点で配慮に欠けていたことを指摘せざるをえません。
番組の放送内容だけではなく、特に公共の場での収録に関しては、コンプライアンスへの十分な自覚と、不適切なハプニングが起きる可能性を想定するなど、細心の注意をもって臨んでいただきたいと思います。
3 多元的な視点によるチェック
回答書によれば、TBSテレビは制作局の自社制作番組のコンプライアンスおよび考査を制作考査部が担当し、通常、コンプライアンスや放送倫理をチェックするマネジメントプロデューサー(MP)が配置されます。ところが、今回の番組は2人のベテランプロデューサーが制作に携わっていたことなどから、専任のMPが配置されず、このため、結果として、制作当事者だけのチェックとなり、考査担当者による客観的な指摘や議論のないまま企画が進行し、放送されることとなったとのことです。
老若男女から外国人まで、多様な価値観を有する様々な人たちが視聴するテレビ・ラジオについては、可能な限り多くの人々に共感を得られる番組を作ることが求められます。TBSテレビにおいては、多元的かつ客観的な視点によるチェックを経て検討を重ねることの重要性を再確認するとともに、制作スケジュールの問題など、今回、局内のチェックシステムが働かなかった原因を探り、課題を克服するための仕組み作りを再考していただきたいと思います。
4 放送局の対応について
TBSテレビは青少年委員会に対する回答書のなかで、「バラエティ番組における下ネタの大前提は、社会に受容される範囲を越えて社会通念から逸脱すれば、視聴者に不快感を与え」るとし、「社会に受容される範囲」を線引きするのは難しいものの、問題になった2つのシーンは、「社会に理解される範囲を逸脱し、多くの視聴者に受容されない内容であったと反省せざるをえません」としています。
そこでこのたび直接寄せられた批判などを受けて、TBSテレビは制作局内でこれまでに青少年委員会が公表した「委員会の考え」「委員長コメント」を配布して勉強会を開き、意見交換を行いました。また、社内横断的な組織である放送倫理小委員会でも議論と検討を進めているほか、今後、全社的な議論の場である放送倫理委員会や外部の有識者が委員をつとめる「放送と人権」特別委員会でも取り上げていく予定とのことです。
TBSテレビには、青少年委員会に対する回答書の提出や意見交換においても、問題の所在を直截に捉えて、真摯に対応していただきました。今後もより良い番組作りのために更に議論が深まることを願います。
5 終わりに
青少年委員会は、テレビ・ラジオの使命である公共性について、これまで度々意見を述べてきました。今回の問題を受けて、放送局には、公共の電波を預かるものとして、また、国民の教養形成の最重要メディアとして、"公共善"の実現への責任を自覚していただきたいことを再度お伝えしたいと思います。放送局がこの自覚を忘れ、安易な番組制作に陥れば、2015年12月9日に公表した「テレビ東京『ざっくりハイタッチ』赤ちゃん育児教室企画に関する委員会の考え」で述べているように「権力的な統制を求める世論を高める可能性があり、結果的に制作者が望まない事態になる恐れ」もあります。そして、私たちは、これは表現のみならず収録を含む番組制作過程全般に当てはまると考えています。
視聴者に豊かな笑いを提供することは、上品と下品の境界上で、時として表現の限界に挑戦するような困難な努力が求められることではありますが、多様な価値観が広まっている現代社会において、自己模倣や安易な演出に流されることなく、視聴者が心を解放して明日への活力につながる爽やかな笑いに包まれるよう、より神経を研ぎ澄まして、真にチャレンジングなバラエティー番組を作っていただくことを期待します。
以上
<青少年委員会からの質問>
2016年10月28日
ご回答のお願い
平素よりBPOの活動にご理解・ご協力をいただきありがとうございます。
さて、10月25日開催の第185回委員会では、貴局制作・放送の番組『オール芸人お笑い謝肉祭 ’16秋』(2016年10月9日18時30分から21時54分放送)の内、「大声厳禁 サイレント風呂」と「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」のコーナーについて問題点を指摘する多くの意見が視聴者から届いたのを受けて番組を視聴し、討論した結果、「審議対象番組とする」という結論に至りました。
つきましては、以下の質問に対して貴局の回答を書面にてご報告いただきたくお願いいたします。なお、質問および回答は、「BPO報告」や「BPOウェブサイト」などで公表いたしますので、ご承知おきください。
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男性が男性の股間を無理やり触ったり、全裸や下半身露出で坂を滑り落ちるなどの演出意図についてお聞かせください。
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上記の演出について、制作者と、コンプライアンスや考査担当者との間でどのようなチェックや議論が行われたのか、また、社内でどこまで情報が共有されていたのかについてお聞かせください。
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上記の演出について、公共の場所を利用した撮影であったことやセクシャルハラスメントの視点から、どのような配慮と議論がなされていたのかについてお聞かせください。
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家族団らんで視聴することが多い日曜日夜の時間帯に上記コーナーを放送するに至った経緯についてお聞かせください。
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青少年委員会では、「放送の公共性」や「表現上の配慮」について「委員会の考え」や「委員長コメント」で繰り返し意見を公表し、注意を促してきました。これらについて貴局のこれまでの対応と、「放送の公共性」や「表現上の配慮」をどのように考えているかについてお聞かせください。
ご検討いただく時間が短くて申し訳ありませんが、回答は11月14日(月)までに事務局にお送りいただきますようお願いいたします。
以上
<TBSテレビからの回答>
2016年11月14日
放送倫理・番組向上機構
放送と青少年に関する委員会
委員長 汐見 稔幸様
株式会社 TBSテレビ
制作局 制作一部長 合田隆信
制作考査部長 高田 直
謹啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼を申し上げます。
貴委員会よりご質問をいただいた2016年10月9日放送「オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋」(以下、「謝肉祭」)につきまして、番組を統括する制作一部長、そして制作局でコンプライアンスや考査を担当する制作考査部長よりお答えします。
当該番組は、TBSテレビの春・秋恒例の特別番組「オールスター感謝祭 ’16秋」(以下「感謝祭」)放送翌日の日曜日、「感謝祭」に続く2夜連続の大型番組として18時30分から21時54分まで放送された特別番組です。
家族そろって大笑いしながら楽しめる番組を期待して企画されたもので、芸人40人が静岡県熱海市に集合。1泊2日で、熱海の風光明媚な海や山、そして温泉などを舞台にクイズやゲームに挑んだものでした。
しかし、放送後視聴者から、この番組の2つのコーナーに関して「下品、低俗」、「子どもに見せられない」など多くの批判を受け、貴委員会からも「日曜の夜、家族に向けて放送する内容とは思えない」、「『放送の公共性』、『表現上の配慮』をどう受け止めてきたのか」などの指摘をうけました。番組内のクイズやゲームのほとんどは番組が独自に考案したもので、制作者たちは「理屈なしに笑ってもらえる」番組を目指して「笑い」を追求したつもりでしたが、どこかで、方向を見失っていた部分があったと考えております。視聴者や貴委員会からの指摘を重く受け止め、教訓としながら、今後は本当の意味でのチャレンジングなよりよい番組作りに努力してまいりたいと思っています。
以下、貴委員会からいただいた5つの質問にお答えします。
問1について
多くの批判を受けた演出は、「大声厳禁 サイレント風呂」と「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」の2つのコーナー内でのことでした。
「大声厳禁 サイレント風呂」は、温泉場として知られる熱海の特性を生かし、「温泉」にちなんだ何か楽しいゲームが作れないかと発想したものでした。
温泉には、お互いに気持ちよく入浴するために「大騒ぎしない、大声を出さない」などの入浴マナーがありますが、これをもじって、大声禁止ルールのもと、入浴中の芸人に様々なハプニングを用意し、声を上げたくなるところをぐっと我慢する芸人のやせ我慢ぶりを楽しむゲームでした。
「座ると壊れる椅子」、「強い悪臭がするシャンプー」、「突然冷水を浴びせられる」などに続いて、さらなる大きなリアクションを期待して奇想天外な仕掛けのつもりで準備したのが、最後に行った「浴槽にワニを放つ」と、「股間にヒリヒリする薬を塗られる」演出でした。
背中を流してくれるはずの三助役の男性が、突然とんでもない行為に及んだら…。なんとか「笑い」に転化できるのでは、と考えてのことでした。
ところが、結果的には、稚拙な悪ふざけの印象ばかりが残る後味の悪いものになりました。「面白くない下ネタで低レベルの笑いを取りにいった」などの指摘にも抗弁することができず、制作者として恥入るばかりです。
「心臓破りのぬるぬる坂クイズ」は、弊社番組「オールスター感謝祭」でスタートした「ぬるぬる相撲」から派生したもので、「ぬるぬる」ものは弊社バラエティ番組の定番企画とも言えるものです。
今回は、「史上最大のぬるぬる坂」を謳って、熱海市の海水浴場に高さ9メートル、長さ25メートルの大型の「竜宮城」セットを用意しました。
このコーナーの狙いは、転倒したりもつれあって滑り落ちたりしながらも、ローションが塗られた階段をよじ登っててっぺんを目指す、芸人さんたちの奮闘とドタバタぶりの面白さでした。そのため、安全対策は念入りに行い、階段の素材は衝撃を吸収できるウレタンにして、参加者は全員、ヘルメット、ジャージ、ひじとひざのサポーター、ネックガードを着用していました。
過去の「ぬるぬる」企画を思えば、お互いに衣服を引っ張りあうなどして、ハプニングとして男性芸人のズボンが脱げる程度の露出は、制作者も予見していなかったわけではありません。いわば「お約束のシーン」と考えておりました。
参加した芸人たちは、なんとか「笑いがとれる」シーンを作るべく、進んで衣服を脱いだりお尻をさらして盛り上げようとしましたが、芸人たちにそうした方向でしか笑いがとれないと思わせた番組演出の力不足を恥入るとともに、本来は流れをストップし是正すべきであったと反省しております。
私たちは、いわゆる「下ネタ」がすべてダメだとは考えていません。
貴委員会も、これまでに、「下ネタ」が時と場合によっては「見るものを開放的にし、豊かな笑いをもたらす…」などの面にも言及されています。しかし一方で、バラエティ番組における下ネタの大前提は、社会に受容される範囲を越えて社会通念から逸脱すれば、視聴者に不快感を与え、楽しいはずのバラエティ番組が社会に違和感を与えるものでしかなくなってしまうことも指摘されています。
では、社会に受容される範囲とはどこまでなのでしょうか。これは難しい問題です。民放連・放送基準「不快な感じを与えるような下品、卑わいな表現は避ける」(48条)に大枠を定めているものの、その表現に至る流れ、周囲の状況、誰が演じるのか…などなど、様々なファクターで視聴者に与える印象は変わってくるのではないでしょうか。
ならば、今回ご指摘のあったシーンはどうであったか?残念ながらこのシーンはその社会に理解される範囲を逸脱し、多くの視聴者に受容されない内容であったと反省せざるをえません。視聴者の目線に立って、視聴者にどのような印象を持たれるのかについての洞察や想像力に欠けており、安易な演出に手を染めたことが見透かされ、視聴者にとっては、笑いよりも嫌悪感が先行してしまったのではないかと考えております。
問2について
制作局の番組では、制作局内におかれた制作考査部が、番組のコンプライアンス及び考査を担当しています。
バラエティの各番組には、制作当事者とは一線を画して客観的にチェックするコンプライアンス担当のマネジメントプロデューサー(MP)が配置されており、制作考査部に兼務で所属しています。MPは、番組によっては、放送前のVTRチェックだけでなく、収録に立ち会ったり企画段階からディレクターやプロデューサーの相談に乗るなどして、法令遵守や放送倫理の観点から、番組の質の向上に努めています。また、MPが出席する制作考査部会では、番組から相談をうけた個々の企画をコンプライアンスの視点から議論し、どうすれば実現可能かなどを話し合っています。
MPは、番組内容に懸念や疑問があれば番組のプロデューサーとまず直接議論しますが、解決しなかった場合、MPはさらに制作考査部長に相談。制作考査部長は、プロデューサーや番組制作現場を統括する制作一部長、二部長と話し合って問題を解決する、というシステムを作っています。
しかし、今回の番組は2人のベテランのプロデューサーが担当しており、うち1人は他番組ではMPを務めていることから、専任のMPは配置していませんでした。また番組を統括する制作一部長が、早い段階からこの企画の相談に乗りロケの一部にも立ち会っていたため、制作一部長が総合的にチェックするという形をとりました。
そのためこの番組は、結果的に制作当事者だけのチェックとなり、考査担当者による客観的な指摘や議論のないまま企画が進行することとなりました。制作考査部は、番組の安全対策には参加していたものの、上記の理由から内容面でのチェックには加わりませんでした。しかし、大型の特別番組であることを考えれば、制作考査部長などは、内容面についての確認は行うべきであったと反省しています。
VTRチェックの段階でプロデューサーは、「芸人が肌を露出している場面が目立つな」との感想は持ちつつも、「マスクやモザイクで丁寧に対応すれば、放送でカットするレベルの問題ではない」と考えました。
また制作一部長は、「下ネタを扱っているようだが、卑わいの印象はことさら強くなく、芸人が脱ぐことは、一種の『お約束』として視聴者に受け止められるのではないか」との印象を持ちそのまま編集作業を進める判断をしました。
今回の番組は「身体を張ったクイズバトル」であるとの認識が制作者側にあり、番組収録に先立って社内横断の安全対策会議を呼びかけ、編成局、コンプライアンス室、技術局、美術センターも加わって、大型セットの安全面などに重点を置いて事前チェックをしました。しかし内容面については、制作局が責任を負っており、あらためて社内の他のセクションに検討を要請することはありませんでした。
今後は、制作局が作る全ての番組について、制作考査部を中心に、客観的で複眼的なチェックを徹底してまいりたいと考えています。
問3について
「ぬるぬる坂クイズ」のロケ現場は、熱海市の海水浴場でした。セット前面の「撮影エリア」は海に面しており(海辺まで20メートル)、左右は、基本セットに加えて参加者のコースアウト防止のために1.5メートルほどの壁を設置し、周囲からは独立したスペースと考えておりました。また収録内容を放送前に公開したくないという目的や「映りこみ」を避けるため、「撮影エリア内」は一般の方々の立ち入り規制をしておりました。
しかし、どの程度撮影の様子が見えていたかはわからないものの、放送では、「撮影エリアの周辺」に一部見学の市民の方々が立つ姿が見てとれました。
先に述べたように、ロケ中に芸人が自ら服を脱ぐなどの行為自体はまったく想定外のことでしたが、ロケ地点の設定について、さらに慎重な配慮が必要であったと考えております。
また、「ぬるぬる坂」のコーナーに関しては、視聴者から、撮影現場の状況を考えれば女性アナウンサーや女性スタッフに対してのセクシャルハラスメントがあったのではないか、との指摘をうけました。
現場が想定外の状況にエスカレートしたとはいえ、このような事態を止められなかった背景には、ハプニング的な「男性芸人の肌の露出」に関しては、視聴者からも「お約束のシーン」として一定の理解を得ているという制作現場の甘い認識があったことは否定できず、「セクシャルハラスメント」に関して意識が低かったと言わざるをえません。さらに視聴者からは、「サイレント風呂」のシーンなどを含めた放送内容が男性目線であり、女性アナウンサーの反応を流すことはそれ自体が「セクハラではないか」との批判もありました。真摯に受け止めたいと思います。
今後、撮影場所の選定や、セクシャルハラスメントの問題については、あらためて重点チェック項目とし、意識改革してまいりたいと考えております。
問4について
冒頭でも申し上げましたが、この番組はもともと弊社恒例の特別番組で、春・秋の土曜日に放送される「オールスター感謝祭」の翌日に放送される、2夜連続の大型番組として企画されたものでした。
また「謝肉祭」のHPでは、番組について「前日の感謝祭では全く目立てなかった、もしくはそもそも呼ばれてさえいない芸人たち40人が…身体を張ったクイズバトル」との紹介があり、基本的には「身体を張ったクイズバトル」を想定し、「家族そろって大笑い」できる企画として期待されていたものでした。
では制作過程において、当初目指したコンセプトがなぜ変質していったのか。
制作一部長は、それは、プロデューサーはじめ演出陣の「恐怖」と「自信のなさ」が原因ではないかと断じています。出演芸人の股間にヒリヒリする薬を塗ったり、ハプニングであったとはいえ、芸人の裸のシーンを放送してしまったのは、番組が「つまらない」ことへの恐怖から安易に逃れようとした結果に他ならない、と。
笑いの演出家である以上、誰しもが本音では「下ネタ」めいたものではなく、もっと独自のハイセンスな笑いを生み出したいはずで、そのための努力を極限まで尽くそうとはせずに、制作に臨んだ結果がこの放送であったと言えます。終わってみれば、とても「家族そろって屈託なく笑える」ものにはなっておらず、大きな悔いを残す結果となってしまいました。
問5について
制作局では、これまでもBPOの各委員会から出された指摘を、局会や部会などで共有しつつ議論し、理解を深めるよう努めて参りました。
また近年、青少年委員会から示された意見などは、他社の事例であっても、現場で注目していたことは間違いありません。
しかしながら、今回の結果を考えますと、各事案の教訓が制作者たちの中で徹底されていたとは言えず、一定の時間を経て指摘された問題意識は風化しつつあり、今回の企画に関しても、過去の事案と比較して「あそこまでえげつないものではないだろう」との考えが、放送に至る判断を後押ししていました。
言うまでもなく貴委員会が過去に出されたメッセージは、倫理基準を機械的にあてはめるような線引きを目的としているのではなく、なぜバラエティ制作者たちは、視聴者が嫌悪し、不愉快にさせる表現で笑いをとろうとしているのか?という根源的な問いかけがあったのだと理解しています。また、メッセージの中には、「せっかくの日々の努力で、明るい笑いを届けようとしているあなたたちの番組が、ひとつの逸脱し、やり過ぎた表現で水の泡になってしまうのではないか…」と、制作者への忠告もありました。
私たちは、貴委員会の真意を受け止め切れていなかったと言わざるをえません。
このたびあらためて、制作局内の制作一部、制作二部、制作考査部の部会で、過去の事案の「委員会の考え」、「委員長コメント」の全文を配布して勉強会を開き、意見交換しました。
社内横断的な組織である放送倫理小委員会ではこの番組を取り上げ、その議論などを踏まえて、今後審査部門は、性的な表現についての具体的な指針を番組制作者に向けてまとめる予定です。さらに、今後、全社的な議論の場である放送倫理委員会や外部の有識者が委員をつとめる「放送と人権」特別委員会でも、この問題を取り上げていくことにしています。
終わりに
「テレビ離れ」が言われる時代の中で、今なおテレビが好きで楽しみに見てくださっている方々の存在を、私たちは本当にありがたいことだと思っています。私たちは、そんな家族が集まった日曜夜の「お茶の間」に向けて、「理屈なしに笑ってもらえる」番組を作ろうとしたつもりでした。
しかし、地上波放送の中で、子どもからお年寄りまで様々な世代に同時に楽しんでいただけるような「笑い」を生み出すことは容易なことではありません。
本来は、制約があるからこそ番組制作者は壁に挑戦し、壁を越えるために十重二十重に考えをめぐらせて、ギリギリの境界線の上に視聴者に面白いと感じてもらえる新しい「笑い」が生み出されるのかもしれません。しかし今回は、視聴者に「もっと笑ってもらいたい」、「もっと笑ってもらいたい」と知恵をしぼっているうちに視野が狭くなり、放送の公共性や社会性が視野から遠ざかってしまった部分がありました。「短絡的な発想で、手っ取り早く笑いをとろうとした稚拙な演出だった」とのご批判も甘んじて受けざるをえません。
何よりテレビが大好きな視聴者の期待に応えられなかったことは、プロとして本当に残念で恥ずかしいことです。
また、私たちのせいで、他のバラエティ番組制作者の表現の幅をせばめてしまったかもしれないことにも悔いが残ります。
今回の件を教訓とし、今後ともバラエティ制作者としての果敢な気持ちを大切にしながらも、放送の社会性・公共性を肝に銘じ、真にチャレンジングな番組を作っていきたいと考えております。
<意見交換の概要>
2016年11月22日
TBSテレビ『オール芸人お笑い謝肉祭‘16秋』
意見交換の概要
●=委員、○=TBSテレビ
(1) 表現上の配慮の問題について
● TBSテレビが細目について準用している日本民間放送連盟・放送基準(放送基準)では、第3章「児童および青少年への配慮」(15)児童および青少年の人格形成に貢献し、良い習慣、責任感、正しい勇気などの精神を尊重させるように配慮する。(18)放送時間帯に応じ、児童および青少年の視聴に十分、配慮する。第8章「表現上の配慮」(48)不快な感じを与えるような下品、卑わいな表現は避ける。第11章「性表現」(73)性に関する事柄は、視聴者に困惑・嫌悪の感じを抱かせないように注意する。(79)出演者の言葉・動作・姿勢・衣装などによって、卑わいな感じを与えないように注意する。とあるが、これらの基準に照らし合わせ、どのように表現上の配慮をしたのか?
○ 企画段階から番組に関わりロケにも立ち会っていた。品がない企画だとの認識はあったが、卑わいとは感じず、放送しないという判断には思い至らなかった。今になって思えば、世間の感覚とズレがあったと言わざるを得ない。放送後に社内各所からも「家族で楽しめる内容ではなかった」「下品だった」など、かなりの批判を浴びた。
● 放送における表現の「不快」や「下品」について議論することは番組の評価にも関わり、その判断基準は人や時代によって変化するものなので「この表現はいけない」などと我々BPOが押し付けることはすべきではないと考える。しかしながら、今回「なぜ、無視できないほどの視聴者意見が寄せられたのか」を考え、問題意識を共有したい。当該番組の企画・制作段階において、今回の演出は「社会的に受容される」との判断があったということか。
○ 「ある程度の意見はくるだろう」との認識はあったが、社会に受容される範囲内だろうと判断していた。放送前の試写にも立ち会っていたが、番組の面白さや出来不出来など、内容ばかりに意識が向いていた。
● ロケを行う前の台本段階でのチェックはどのようなものだったのか?
○ 当該番組は、比較的多額の予算が与えられ、理屈抜きに笑うことができる番組を目指していた。出演者も大人数、セットも大がかりだったので、担当プロデューサーとしては「安全管理」に意識が集中していた。
○ 「サイレント風呂」については、危険ではないという程度の認識だった。「ぬるぬる坂」では、出演者のズボンが脱げてしまうようなハプニングもある程度、想定していたが、生放送ではないので問題ないだろうと考えていた。
○ 「ぬるぬる坂」については、出演者が衣服を脱ぎ始めたということよりも、階段から人が滑り落ちてくることなどにより事故が起きないようにすることに多くの注意を払っていた。衣服を脱ぎ始めた出演者の行為自体の是非ではなく、その映像をどのように加工処理して放送するかという2次的な対応に思考のベクトルが向かっていた。
● 「サイレント風呂」は、どのように企画され、なぜ放送されたのか?
○ 「男性が男性の股間に薬を塗る」という行為が、あれほどたくさんの視聴者に不快感を与える行為だと思わなかった。安全性も確保してあるので、「氷水をかける」ことと同じ感覚でいた。
● 当該番組には「性的不快感」という視点が欠けていたのではないだろうか。ある調査によればLGBTを含む性的少数者に該当する人は日本人の7.6%だとも言われている。今の時代、「サイレント風呂」の企画を「“男同士だから問題がない”とは言えない」と考える人が、制作者にいなかったのか?
○ LGBTの問題については、別の番組で取材した経験もあり、勉強もしている。しかし、今回の番組においては、そこに思いが至らなかった。
● 放送では性器をマスキング処理していたが、ロケ現場のモニター画面には処理されずに映し出されていたと思う。アナウンサーをはじめとする異性の出演者も見ていたはずだが、その人たちへの配慮はあったのか?
○ 企画内容を事前に伝えていたが、セクシャルハラスメント(セクハラ)にあたりかねないとの意識は低かった。
(2) 局内におけるチェック体制と放送責任について
● 当該番組は、通常と違い放送されるまで制作担当者しか番組試写をしていないという極めて特異な状況だったとのことだが、なぜ今回に限りそのようなことが起きたのか?
○ TBSテレビでは、コンプライアンスや番組考査を担当するMP(マネジメントプロデューサー)を番組ごとに配置している。しかし当該番組は制作部長が企画し、ベテランのプロデューサーが2人担当するという体制が組まれたので、(番組改編の)繁忙期だったこともあり、制作陣だけでも自主判断できるだろうと考えてしまった。通常の番組では、判断の最終責任者ともいえる制作部長が企画から制作に入り込んでいたという意味でも、今回のチェック体制はイレギュラーだった。
● 他番組でのMP経験もあるというプロデューサーが、今回の番組を担当していたにも関わらず、どうしてこのようなことになったのか?
○ 自分がMPとして担当している番組では、今回視聴者から指摘を受けたような表現に対しての経験が乏しかった。さらに制作スケジュールが切迫していく中で、番組を完成させることだけでいっぱいいっぱいになってしまっていた。
○ 放送前に、ダブルチェック、トリプルチェックしていれば番組内容は違っていたかもしれない。今後は、必ずMPを配置させたい。
○ 編成から制作への当初のオーダーは「週末のゴールデンタイムに家族で視聴できる番組」というもので、事前には演出の細部までは把握してはいないが、企画段階では編成としても了承はしていた。しかし放送後、編成部としても「家族で視聴できる番組とは、とても言えない内容だった」と制作に伝えた。
○ 放送翌週の10月14日に局内で「放送倫理小委員会」が招集され、当該番組が取り上げられた。「なぜ放送されてしまったのか」「どこかの段階で止めることはできなかったのか」と批判を浴びた。放送直後から局内では反省と今後の対応が必要だとの自覚があった。
(3) 収録時の配慮について
● 放送では「ぬるぬる坂」収録の際、一般の人が現場に入り込んでいるように見えるが、見物人に対する配慮はなされていたのか?
○ 「撮影エリア」内は、一般の人の立ち入りを規制していた。また「撮影エリア」は海に面しており、セットの左右には出演者の安全管理のために1.5メートルほどの壁を設置していたので、スタジオ同様とまでは言えなくとも、周囲からは閉ざされたスペースだという認識だった。
● 公開された場所での撮影で、出演者が衣服を脱ぎ全裸になるということは、例えばドラマのロケなどでは考えられない行為ではないだろうか。「お笑いならば許される」という意識があったのではないか?
○ 裸になった出演者がセットを越えて、一般の人が見えるような場所に飛び出していくようなことがあれば、当然、制止する。
○ 裸になった出演者の姿を見物していた一般の人が間近で見るようなことはなかったが、遠くから見えていた可能性が100%なかったとは言い切れない。
○ 制作担当者のコンプライアンスに対する意識が低かったことについては、今後、さらなる教育の必要があると考えている。また、当該番組がセクハラを助長する可能性をはらんでいたことなども再認識した。制作部だけではなく、全社的に対応すべき問題だと考えている。
(4) 再発防止策について
○ TBSテレビでは、番組考査の専門性を重視し、制作局内に制作考査部を設置し、番組ごとに担当のMPを配置している。しかし、今回はこのシステムが有効に機能しなかった。そこで、今後は(1) MP配置の徹底、(2) 直截な「べからず事例」の作成と共有、(3) 制作現場における活発な議論を行いたい。
● 放送基準の運用については、番組ごとに熟慮し判断することが適当ではないか。「べからず事例」が作られることによって、現場が委縮し、番組が面白くなくなってしまうのではないかと懸念する。
○ 直截な「べからず事例」を提示することにより現場から立ち上がる疑問の声をもとに、議論を行うことが現実的対策だと考えている。
○ 「事例」の提示をどのような形にすべきか、今、まさに局内で議論をしているところである。
● インターネットやSNSでだれもが自由に発言できる中、「BPOがテレビを面白くなくしている」などと言われることが多い。しかし、青少年委員会は、規制したり裁判のようなことをする委員会ではない。放送現場に望むことは、出演者と何でもディスカッションできる関係を築き、アイデアを出し合い、楽しい番組を作っていただきたいということ。委縮せずにもっと面白い、新しい笑いを生み出していただきたいという思いがある。
≪委員長まとめ≫
青少年委員会は表現の自由を守ることが一番大切だと考えている。そのためには、メディアに携わる人間は、放送の公共性を理解し、国民のコモンセンス、社会的教養の創出を預かっているのだと自覚し、努力しなければならない。そうし続けないと公権力の介入を招きかねない。答えはすぐには出ないが、「国民が求める笑いの質とは何か?」と、「笑いの創出」について問い続けるきっかけになれば幸いだ。