2016年度 解決事案

2016年度中に委員長の指示を仰ぎながら、委員会事務局が審理入りする前に申立人と被申立人双方に話し合いを要請し、話し合いの結果解決に至った「仲介・斡旋」のケースが6件あった。

「刺青師からの申立て」

A局が2015年10月に放送したバラエティー番組で、男性がタトゥーを入れる模様を再現したVTRを放送した。この放送に対し、刺青業を営む男性が、番組の取材協力の一環として刺青用機械一式を貸し出した際、インクや手術用手袋、マスクの着用等衛生面に配慮することを条件にしたにもかかわらず、一切無視され、「精神的人格権を侵害された」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、申立人と同局および制作会社側との間で約4か月におよぶ話し合いの結果、双方が合意に達し、本件申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2015年10月、解決2016年4月)

「温暖化対策報道に対する申立て」

B局は2015年12月に放送した報道番組で、地球温暖化対策として注目されていたCO2の分離・回収・貯留技術についての特集を放送した。この放送に対し、番組でインタビュー取材を受けた大学教授が「私の主義・主張と異なる見解として発言の一部が使用され、著しく信用を損なった」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約3か月におよぶ話し合いの結果、申立人の主張を盛り込んだ「続報」を同じ番組で放送することで合意し、申立書は取り下げられ、解決した。

(放送2015年12月、解決2016年5月)

「生活保護ビジネス企画に対する申立て」

C局は2015年11月に放送したニュース番組で、生活保護を食い物にするいわゆる「生活保護ビジネス」を取り上げた企画を放送した。この放送に対し、自らが生活保護受給者で、番組のためにインタビュー取材を受け、また薬物依存症で治療中のクリニックや宿泊所の隠し撮りをした男性から、本人も他の患者もモザイクが薄くて特定可能な映像で、プライバシーを侵害されたと委員会に申し立てた。申立人と局側は委員会事務局の要請を受けて4回にわたって話し合いを行ったが、合意に至らなかったため、いったんは4月の委員会で審理要請案件として審理入りするかどうかの検討に入った。ただ、その後事務局が双方に改めて話し合いを促したところ、話し合いが再開されて合意に至り、取下書が提出されて解決した。

(放送2015年11月、解決2016年6月)

「区議会議員からの申立て」

D局は2016年8月に放送した情報番組で、区議会議員が酒に酔ってタクシー運転手を殴り、ケガを負わせた容疑で逮捕され、「運転手が(右折の)指示に従わなかったため殴ってしまったと容疑を認めている」と報じた。この放送に対し、区議は、「運転手に幾度も小突かれたので殴ったのであり、全くの事実無根の放送により社会的評価が著しく低下した」と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約1か月におよぶ話し合いの結果、同局がユーチューブにアップされた動画を削除したことなどを申立人が評価して「権利侵害の問題が解決された」とする取下書が提出され、解決した。また、同区議は同様の内容の放送をしたE局に対しても申し立てたが、同じ理由で取り下げ、解決した。

(放送2016年8月、解決2016年12月)

「元反社会的勢力企画への申立て」

F局は2016年3月放送のニュース番組で、反社会的勢力の内幕を描いた企画を放送した。この放送に対し、番組でインタビューを受けた元関係者が、匿名で顔出しはしない約束でインタビュー取材に応じたが、放送ではモザイク処理も声の変更もなく放送され、肖像権を侵害されたうえ、「身体に危険が及ぶ事態になりかねない」等と委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、約2か月におよぶ話し合いの結果、双方が合意に至り、申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2016年3月、解決2016年12月)

「元後援会長からの申立て」

G局は2016年10月に放送したバラエティー番組で、元力士で現在相撲部屋の親方が年下の歌手と結婚したことをきっかけに弟子が激減し、部屋が崩壊状態に陥ったことから、地元後援会長が辞任したなどと再現VTRを交えて放送した。この放送に対し、元後援会長は、再現VTRで後援会の「関係者」が親方の妻を激しく叱責した場面があったが、地元ではこの「関係者」は自分のことと受け止められ、一方的な取材による「真っ赤な嘘」の放送により名誉を毀損されたと委員会に申し立てた。委員会事務局が話し合いによる解決を促したところ、3か月近くにおよぶ話し合いの結果、双方が和解し、申立ては取り下げられ、解決した。

(放送2016年10月、解決2017年3月)

第113回 放送倫理検証委員会

第113回–2017年3月

沖縄基地反対運動の特集を放送した東京メトロポリタンテレビジョン『ニュース女子』を審議など

委員会が昨年12月に出したTBSテレビ『珍種目No.1は誰だ!? ピラミッド・ダービー』「双子見極めダービー」に関する意見について、当該局から提出された対応報告書を了承して公表することとした。
沖縄の基地反対運動の特集で、情報や事実についての裏付けが十分であったのか、放送局の考査が機能していたのかなどを検証する必要があるとして審議入りした東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)の『ニュース女子』について、TOKYO MXに対するヒアリングの結果が担当委員から報告され、意見交換を行った。その結果、この番組が"持ち込み番組"であるため、実際に番組を制作したスタッフからも話を聞いてさらに検証する必要があるとして、制作会社に協力を求めていくことになった。
IBC岩手放送の『宮下・谷澤の東北すごい人探し旅』で、乳酸菌(ヨーグルト)の「ステルスマーケティング」が行われたのではないか、という疑惑が報じられた事案の討議を継続した。委員会は、この問題を受け当該局が作成した「番組制作の指針」に関する追加報告書をもとに意見交換をした結果、さらなる確認や検討が必要だとして、再度討議を継続することを決めた。
NHK総合テレビの『ガッテン!』「最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎」で、糖尿病治療や予防に睡眠薬が直接有効であるかのような表現があり、また睡眠の長さの重要性を示す実験を睡眠の深さを示すデルタパワーに関連させる不適切な表現があったとしてお詫びした事案について、委員会は当該局からの報告書をもとに意見交換をした結果、これまでの放送で不適切な事例がなかったのかなどを確認したいとして、次回の委員会で討議を継続することになった。
TBSテレビは、情報番組『白熱ライブ ビビット』の多摩川の河川敷で生活している男性の放送に関して、不適切な表現や取材手法があったと謝罪した。委員会は、当該局の報告をもとに討議した結果、このシリーズのこれまでの6回の放送についても視聴する必要があるとして、次回の委員会で討議を継続することになった。
委員会の10周年にちなんだ記念のシンポジウムについて、第1部、第2部のテーマや構成の詳細が報告された。

1. TBSテレビ『珍種目No.1は誰だ!? ピラミッド・ダービー』「双子見極めダービー」に関する意見への対応報告書を了承

昨年12月6日に委員会が通知公表した、TBSテレビ『珍種目No.1は誰だ!? ピラミッド・ダービー』「双子見極めダービー」に関する意見(委員会決定第24号)への対応報告書が、3月上旬、当該局から委員会に提出された。
報告書では、意見書の社内周知と再発防止のため検証委員会の担当委員を招いた勉強会を開催したことや、問題発覚後に策定してすでに実施している再発防止策について、今後ともその効果を不断に点検し改善を図っていくことなどが記されている。
委員会では、勉強会に出席した委員からの報告などをもとに意見交換を行い、この対応報告書を了承して公表することとした。

2. 沖縄基地反対運動の特集を放送した東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)『ニュース女子』を審議

TOKYO MXの『ニュース女子』は、1月2日に「マスコミが報道しない真実」と題して沖縄での基地反対運動を現地リポートとスタジオトークで特集したが、放送直後から「沖縄に対する誤解や偏見をあおる」「番組が報じた事実関係が間違っている」などの多数の意見がBPOに寄せられた。なお、この番組は、TOKYO MXは制作に関与せずに、CS放送などに番組を供給している会社が制作したものを、"持ち込み番組"として放送枠を提供する形態をとっている。
2月の委員会で、情報バラエティー番組であっても前提となるべき情報や事実についての裏付けは必要で、それが十分であったのか、放送局の考査が機能していたのかなどを検証する必要があるとして、審議入りすることを決めた。3月初旬には、担当委員によるTOKYO MXの編成や考査、営業の担当者5人に対するヒアリングが実施された。委員会では、当該番組が"持ち込み番組"として編成された経緯や、当該番組の考査判断の基準は適切だったかなどのポイントを中心にヒアリングの概要が報告され、意見交換が行われた。
その結果、実際に番組を制作したスタッフにも話を聞いて、さらに検証をする必要があるとして、制作会社に対してもヒアリングへの協力を求めていくことになった。

3. 番組内での乳酸菌(ヨーグルト)の「ステルスマーケティング疑惑」が報じられたIBC岩手放送『宮下・谷澤の東北すごい人探し旅』を討議

IBC岩手放送の『宮下・谷澤の東北すごい人探し旅~外国人の健康法教えちゃいます!?』(2015年9月21日放送)で、ある乳酸菌を摂取していると免疫力を高める効果があるという内容の放送をしたが、これが「広告」であることを隠して宣伝する「ステルスマーケティング」ではないかと報じられた事案の討議を継続した。
この番組については、2015年11月の岩手放送の番組審議会で議論され、出席した局の幹部から「乳酸菌の扱いについては有料のタイアップである」という説明があったが、2016年12月、岩手放送は、番組審議会での説明は誤解にもとづくもので、この番組はタイアップで制作されたものではない、と訂正していた。
当該局からは、この問題を受け作成した「番組制作の指針」に関する追加報告書が提出された。報告書によると、指針の目的は、制作過程の適正化と視聴者に疑念、不信感を抱かれないことであり、外部プロダクションへの制作委託番組および社内制作番組での制作上の留意点、番組と広告の識別のための留意点などが記されている。
委員会の議論では、「週刊誌の取材がなければ、番組審議会での局幹部の発言をそのままにするつもりだったことは、番組審議会軽視であり、安易で無責任だ」「釈然としないところはあるが、当該局も重大な危機感を持って対応しているのではないか」などの意見が出た。一方、この問題に対する民放連の対応も見守る必要があるとして、次回の委員会でさらに討議を継続することになった。

4. 糖尿病治療に睡眠薬を直接使えるかのような表現があったとお詫びしたNHK総合テレビ『ガッテン!』を討議

NHK総合テレビの生活情報番組『ガッテン!』(2月22日放送)で「最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎」と題して、"睡眠を改善することで血糖値が下がる"という最新研究を紹介し、「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」と伝えた。また、紹介した新しい種類の睡眠薬の説明に「副作用の心配がなくなっている」という表現があった。また、睡眠の長さが血糖値の改善に関係があるという実験について、睡眠の深さを示すデルタパワーも関連しているような不適切な表現もあった。これに対し、放送後、視聴者、医療関係者などから「睡眠薬の不適切な使用を助長しかねない」「副作用を軽視している」「認められていない適応外処方の推奨に他ならない」「睡眠不足の解消によりデルタパワーが増加するというのは番組が引用する論文の内容と全く異なっている」などの批判が寄せられた。NHKは番組ホームページと3月1日の放送で、睡眠薬の説明が不十分だったり行き過ぎた表現があったりしたため、誤解を与え混乱を招いたことをお詫びした。
当該局から提出された報告書によると、問題の原因として、「医学分野にある程度の専門知識があるメンバーだけで番組の制作が進められたため、睡眠薬のリスクを十分にチェックする姿勢が欠けていたこと」や「謎かけやキーワードが視聴者に届きやすいことを重視するあまり、無理な構成になったこと」などを挙げている。
委員会の議論では、「睡眠薬は、向精神薬であり、健康食品やサプリメントとは違って、扱いは特に慎重でなければならない」「睡眠障害の薬として承認されている薬だからそれ以外の目的では処方できないのに、睡眠障害の診断を受けていない人にも血糖値改善の目的で投与されうるかのような表現は問題」「一人の医師の研究に寄りすぎていたのでないか。いろいろな説を相対化したうえで番組を作るべきである」「番組をキャッチーにするため無理をしているのではないか。相当長く続いてきた番組でテーマに苦労している印象がある」「番組の作りが雑な印象がある。出演した医師が睡眠薬を手に持って見せる映像にも違和感をもった」などの意見が出た。一方「今回の件に対するNHKの対応は真摯であり、お詫びの放送も適切であった」という意見も出され、これまでの同番組の放送で不適切な事例がなかったのか確認したいとして追加の報告を求め、次回の委員会で討議を継続することになった。

5. 不適切な表現や取材手法があったと謝罪したTBSテレビ『白熱ライブ ビビット』を討議

TBSテレビの情報番組『白熱ライブ ビビット』は、1月31日に放送した「犬17匹飼うホームレス直撃」という企画内容に不適切な表現と取材手法があったとして、3月3日の番組内で謝罪すると同時に、番組ホームページに経緯を掲載した。番組が中心に扱った男性について「犬男爵」と呼んだうえ、撮影OKの確約なしに取材した別の男性の発言を首から下の映像と共に引用して「人間の皮を被った化け物」と化け物を連想させるどぎついイラストと合わせて表現したこと、また男性に「お前ら、ここで何やっているんだ」と言いながら歩いてきてほしいと依頼し、男性を「粗暴な人」と印象付ける結果になった点を謝罪している。
当該局から委員会宛てに提出された報告書によると、放送後、「表現やイラストがホームレスの人権を侵害し、差別を助長する」という指摘や、「悪意ある放送はホームレスの人を危険にさらすので、やめてほしい」といった訴えがあったという。
委員会の議論では、「ホームレスの人たちを揶揄しているとしか思えず、取材対象に対する愛のかけらもない放送だ」「違法なことをしている人たちは笑いの対象にしていい、無断撮影して放送してもいいと思っているのではないか」「河川敷で暮らす人たちなりの生きにくさを伝えなくてはいけないのに、あまりにも取材対象者をバカにしすぎている」などの厳しい意見が相次いだ。しかし「報告書を見ると当該局は問題点がどこにあるかを的確に理解しているのでは」という意見もあり、同じテーマの過去6回の放送などについて追加報告を求めたうえで、次回の委員会で討議を継続することになった。

6. 委員会発足10周年の記念シンポジウムについて

3月22日(水)に開催される記念シンポジウムについて、担当委員から第1部、第2部のテーマ設定や構成案の詳細など、最終的な内容についての報告が行われた。

以上

2016年度 第64号

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」
(熊本県民テレビ)に関する委員会決定

2017年3月10日 放送局:熊本県民テレビ(KKT)

見解:放送倫理上問題あり(少数意見付記)
熊本県民テレビは2015年11月19日、『ストレイトニュース』や情報番組『テレビタミン』内のニュース等で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕されたニュースを放送した。
この放送について申立人は事実と異なる内容で、容疑内容にないことまで容疑を認めているような印象を与え、人権侵害を受けたと訴えるとともに、フェイスブックの写真を無断で使用されるなど権利の侵害を受けたと主張し、委員会に申立書を提出した。
これに対し熊本県民テレビは、「社会的に重大な事案」と位置付けたうえで「正当な方法によって得た取材結果に基づき放送した」として人権侵害はなかったと反論した。
委員会は2017年3月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「見解」として放送倫理上問題ありと判断した。
なお、本決定には結論を異にする3つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

本件は、熊本県民テレビが、2015年11月19日午前11時40分以降、ニュース番組の中で、地方公務員である申立人が、酒に酔って抗拒不能の状態にあった女性の裸の写真を撮影したという容疑で逮捕されたことを報じた3つのニュースと、翌日以降、逮捕後の勤務先の対応や、不起訴処分となったことなどを報じたニュースに関する事案である。本決定では、最も詳しく報道された、逮捕当日の午後6時15分からのニュースを中心に検討した。
申立人は、この放送について、意識がもうろうとしている知人の女性を自宅に連れ込んだとか、同意なく女性の服を脱がせたなど、申立人が認めたこともない容疑まで申立人が事実を認めているなどとしたり、「卑劣な犯行」などとコメントして、申立人が悪質な犯行を行ったと印象づける放送を行って申立人の名誉を毀損し、また、申立人の職場の映像を放送したり、申立人がフェイスブックに掲載した写真も無断で放送して申立人のプライバシー等も侵害したとして、委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、申立人について、(1)わいせつ目的をもって意識がもうろうとしていた女性を同意のないまま自宅に連れ込み、(2)意識を失い横になっていた女性の服を同意なく脱がせ、(3)意識を失い抗拒不能の状態にある女性の裸の写真を撮った、(4)((1)ないし(3)の)事実を認めている。さらに、(5)警察は、薬物などによって女性が意識を失った可能性も含めて今後調べる方針である、ということを伝えるものである。熊本県民テレビは、本件放送は警察当局の説明に沿ったものであり、申立人に対する名誉毀損は成立しない、また、地方公務員であった申立人についてフェイスブックの写真や職場の映像を放送することは社会の関心に応えるものであって問題はないと主張する。
放送が示した事実のうち、逮捕の直接の容疑となった(3)の事実と、(5)の事実以外に、(1)、(2)、(4)については真実であることの証明はできていないが、警察当局の説明に基づいてこれらの点を真実と信じて放送したことについて、相当性が認められ、名誉毀損が成立するとはいえない。
しかし、容疑に対する申立人の認否などに関する警察当局の説明は概括的で明確とは言いがたい部分があり、逮捕直後で、関係者への追加取材もできていない段階であったにもかかわらず、本件放送は、警察の明確とは言いがたい説明に依拠して、直接の逮捕容疑となっていない事実についてまで真実であるとの印象を与えるものであった。この点で、本件放送は申立人の名誉への配慮が十分ではなく、正確性に疑いのある放送を行う結果となったものであることから、放送倫理上問題がある。
放送のコメントについては論評として不適切なものとはいえず、フェイスブックの写真の使用や職場の映像の放送については、本件放送の公共性・公益性に鑑みて問題はないと考える。
委員会は、熊本県民テレビに対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2017年3月10日 第64号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第64号

申立人
熊本市在住 地方公務員
被申立人
株式会社熊本県民テレビ(KKT)
苦情の対象となった番組
『ストレイトニュース』『テレビタミン』
放送日時
  • 2015年11月19日(木)
    • 午前11時40分~11時49分『ストレイトニュース』
    • 午後4時45分~ 7時00分『テレビタミン』
    • 午後4時50分~「先出しニュース」
    • 午後6時15分~「テレビタニュース」
  • 2015年11月20日(金)午後4時45分~『テレビタミン』
  • 2015年12月 9日(水)午後4時45分~『テレビタミン』

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 第1. はじめに
  • 第2. 名誉毀損の主張について
  • 第3. 肖像権、プライバシー侵害の有無について
  • 第4. 放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年3月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年3月10日午後2時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後3時15分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2017年6月20日 委員会決定に対する熊本県民テレビの対応と取り組み

委員会決定第64号に対して、熊本県民テレビから対応と取り組みをまとめた報告書が6月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2016年度 第63号

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」
(テレビ熊本)に関する委員会決定

2017年3月10日 放送局:テレビ熊本(TKU)

見解:放送倫理上問題あり(少数意見付記)
テレビ熊本は2015年11月19日、『みんなのニュース』等で、地方公務員が準強制わいせつ容疑で逮捕されたニュースを放送した。
この放送について申立人は事実と異なる内容で、容疑内容にないことまで容疑を認めているような印象を与え人権侵害を受けたと訴えるとともに、フェイスブックの写真を無断で使用されるなど権利の侵害があったと主張して、委員会に申立書を提出した。
これに対しテレビ熊本は、「社会的に重大な事案」と位置付けたうえで、「取材を重ね事実のみを報道した」として人権侵害はなかったと反論した。
委員会は2017年3月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「見解」として放送倫理上問題ありと判断した。
なお、本決定には結論を異にする3つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

本件は、テレビ熊本が、2015年11月19日午後4時50分以降、ニュース番組の中で、地方公務員である申立人が、酒に酔って抗拒不能の状態にあった女性の裸の写真を撮影したという容疑で同日午前に逮捕されたことを報じた4つのニュースと、翌日以降、逮捕後の勤務先の対応や不起訴処分となったことなどを報じたニュースに関する事案である。本決定では、最も詳しく報道された逮捕当日午後6時15分からのニュースを中心に検討した。
申立人は、この放送について、意識がもうろうとしている知人の女性を自宅に連れ込んだとか、同意なく女性の服を脱がせたなど、申立人が認めたこともない容疑まで申立人が事実を認めているなどとして、申立人が悪質な犯行を行ったと印象づける放送を行って申立人の名誉を毀損し、また、申立人の自宅建物の映像をむやみに放送し、フェイスブックに掲載した写真も無断で放送して申立人のプライバシー等も侵害したとして、委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件放送には放送倫理上の問題があると判断した。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送は、申立人について、(1)わいせつ目的をもって意識がもうろうとしていた女性を同意のないまま自宅に連れ込み、(2)意識を失い横になっていた女性の服を同意なく脱がせ、(3)意識を失い抗拒不能の状態にある女性の裸の写真を撮った、(4)((1)ないし(3)の)事実を認めている。さらに、(5)薬物などによって女性が意識を失った疑いがあり、警察はこの点も申立人を追及する方針である、ということを伝えるものである。テレビ熊本は、本件放送は警察の広報担当の副署長の説明に沿ったものであり、申立人に対する名誉毀損は成立しない、また、地方公務員であった申立人についてフェイスブックの写真や自宅建物を放送することは社会の関心に応えるものであって問題はないと主張する。
放送が示した事実のうち、逮捕の直接の容疑となった(3)の事実以外の(1)、(2)、(4)、(5)について真実であることの証明はできていないが、副署長の説明に基づいてこれらの点を真実と信じて放送したことについて、相当性が認められ、名誉毀損が成立するとはいえない。
しかし、容疑に対する申立人の認否などに関する副署長の説明は概括的で明確とは言いがたい部分があり、逮捕直後で、関係者への追加取材もできていない段階であったにもかかわらず、本件放送は、警察の明確とは言いがたい説明に依拠して、直接の逮捕容疑となっていない事実についてまで真実であるとの印象を与えるものであった。また、副署長の説明を超えて、単なる一般的可能性にとどまらず、申立人が薬物等を混入させた疑いがあるという印象を与えた。これらの点で、本件放送は申立人の名誉への配慮が十分ではなく、正確性に疑いのある放送を行う結果となったものであることから、放送倫理上問題がある。
フェイスブックの写真の使用やボカシの入った自宅建物の放送については、本件放送の公共性・公益性に鑑みて問題はないと考える。
委員会は、テレビ熊本に対し、本決定の趣旨を放送するとともに、再発防止のために人権と放送倫理にいっそう配慮するよう要望する。

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2017年3月10日 第63号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第63号

申立人
熊本市在住 地方公務員
被申立人
株式会社テレビ熊本(TKU)
苦情の対象となった番組
『みんなのニュース』『TKUニュース』
放送日時
  • 2015年11月19日(木)
    • 午後4時50分~5時00分 『みんなのニュース』
    • 午後5時54分~6時15分 『みんなのニュース』(全国)
    • 午後6時15分~6時58分 『みんなのニュース』
    • 午後8時54分~8時57分 『TKUニュース』
  • 11月20日(金) 午後6時15分~『みんなのニュース』
  • 11月27日(金)午後6時15分~『みんなのニュース』
  • 12月 9日(水)午後4時50分~『みんなのニュース』
  • 12月16日(水)午後6時15分~『みんなのニュース』
    (年末企画「くまもとこの一年」)

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 第1.はじめに
  • 第2.名誉毀損の主張について
  • 第3.肖像権、プライバシー侵害の有無について
  • 第4.放送倫理上の問題

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年3月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2017年3月10日午後1時からBPO第1会議室で行われ、このあと午後3時15分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。

2017年6月20日 委員会決定に対するテレビ熊本の対応と取り組み

委員会決定第63号に対して、テレビ熊本から対応と取り組みをまとめた報告書が6月9日付で提出され、委員会はこれを了承した。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの

2017年2月10日

「STAP細胞報道に対する申立て」事案の通知・公表

[通知]
通知は、被申立人に対しては2月10日午後1時からBPO会議室で行われ、委員会からは坂井眞委員長と起草を担当した曽我部真裕委員、城戸真亜子委員、中島徹委員に加え、少数意見を書いた奥武則委員長代行、市川正司委員長代行の6人が出席した。被申立人のNHKからは報道局長ら4人が出席した。申立人へはBPO専務理事ら2人が東京都内の申立人指定の場所に出向いて、申立人本人と代理人弁護士に対して、被申立人への通知と同時刻に通知した。
被申立人への通知では、まず坂井委員長が委員会決定のポイントを説明、名誉毀損の人権侵害が認められることと取材方法に放送倫理上の問題ありとの結論を告げた。その上で、「委員会としてはNHKに対し本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する」との委員会決定の内容を伝えた。
この決定に対してNHKは通知後、「BPOの決定を真摯に受け止めますが、番組は、関係者への取材を尽くし、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したもので、人権を侵害したものではないと考えます。今後、決定内容を精査したうえで、BPOにもNHKの見解を伝え、意見交換をしていきます」等とのコメントを公表した。
一方、申立人は通知後、代理人弁護士が報道対応し、申立人本人のコメントとして、「NHKスペシャルから私が受けた名誉毀損の人権侵害や放送倫理上の問題点などを正当に認定していただいたことをBPOに感謝しております。NHKから人権侵害にあたる番組を放送され、このような申し立てが必要となったことは非常に残念なことでした。本NHKスペシャルの放送が私の人生に及ぼした影響は一生消えるものではありません」との内容を公表した。

[公表]
同日午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、委員会決定を公表した。28社51人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
出席委員は坂井眞委員長、曽我部真裕委員、城戸真亜子委員、中島徹委員、奥武則委員長代行、市川正司委員長代行の6人。
会見ではまず、坂井委員長が委員会決定の判断部分を中心にポイントを説明し「本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。しかし、元留学生が作製したES細胞を申立人が不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとの点については真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる」と、当該番組の問題について説明した。その後、起草を担当した曽我部、城戸、中島の3人の委員が補足の説明を行った。
曽我部委員は「補足として3点あげる。1つ目は、双方の主張は科学的なことにかなり集中していたが、本決定はあくまでこの番組が示した内容が申立人の人権侵害に当たるかどうかなどの観点から判断したことを確認してほしい。2つ目は、調査報道を否定するものではない。本決定は、個別の正確性ももちろん重要だが、それを編集した時に視聴者に与える印象というのも重要だということを示したものだ。3つ目は、この番組は非常に緻密なところと非常に粗いところが奇妙な同居状態にあるという印象を受けた。場面、場面を報道する趣旨が不明確だったのではないか」などと述べた。
城戸委員は「この番組は調査報道、つまり発表に頼らずに自身で検証していくという番組だった。そういう現場が萎縮してしまうようになってはいけないというのが委員共通の認識だった。また、内容自体が大変複雑で専門的な分野に関することだったこともあり、問題の理解や論点の絞り込みなどに丁寧な議論が重ねられたということを報告したい」と審理に臨んだ委員の認識などを説明した。
中島委員は、「調査報道等を萎縮させるべきではないというのはそのとおりだが、調査報道であれば、ゆえなく人を貶めていいかというと、もちろんそういうことにはならない。個人的な意見だが、調査報道というのは第一義的には権力に向かうべきものだと考えている。この番組で言えば、権力は理研なのであって、STAP細胞が理研にとっていかなる意味を持っていたのかを組織と個人という視点から追及するのが本来のあり方ではなかったのかと思う」と述べた。
さらに少数意見を書いた奥委員長代行、市川委員長代行がそれぞれの少数意見が委員会決定とどのように違うのかなどについて説明した。

この後、質疑応答に移った。主な内容は以下のとおりである。

(質問)
編集上の問題があったとされているが、編集が正しくされていれば問題はなかったということか。

(坂井委員長)
番組では、元留学生が作製したES細胞にアクロシンGFPが組み込まれているとは言っていない。しかし、ES細胞という点で若山氏のところに元々あったアクロシンGFPの入ったES細胞と元留学生のES細胞との間につながりが示され、それがなぜ小保方さんの研究室にあったのかという疑問が呈される。若山氏のES細胞と元留学生のES細胞とは時期が違うが、NHKは2年後の保管状況を問題にしていると主張した。しかし、そんなことは番組にはどこにも出てこなくて、STAP細胞の正体はなにかという一つの流れとして出てくる。
そういう事実関係がある時に、例えば「取材で、これは2年後のもので、前の話題の若山研究室のES細胞と同じかどうか分かりませんけれども、でも小保方さんの研究室にこういうES細胞がありました」と言うのであれば、それは事実を事実として言っている訳で、真実性も相当性も出てくるが、番組の中ではそういう区別をしていない。それをちゃんとすれば、というところが、「編集上の…」という話だ。

(質問)
摘示事実c)d)について連続性があるので相当性が認められないということだが、これは編集の問題とは関係ないということか。

(曽我部委員)
摘示事実と言うのはNHKが言いたかったことそのままではなく、視聴者が番組を見てこの番組がどういうことを言っているかを受け止める内容だ。編集の問題がどこに関わるかというと、摘示事実の受け止めに関わる。紛らわしい編集をした結果、この番組はこういうことを言っていると視聴者が受け止めるだろうというのが摘示事実のc)d)だ。
それに対してNHKはc)d)に真実性・相当性があると立証できるかというと、それはそうではない。

(坂井委員長)
端的に言うとES細胞混入の可能性があることは、他の科学論文でも言われている。また、元留学生のES細胞が小保方研究室の冷凍庫から発見されたことは事実だから、それを報道しただけではこういう問題にはならない。しかし、ES細胞混入の話と冷凍庫から見つかった元留学生のES細胞の話を、明示はしていないけれどこの番組のような流れで作ってしまうことで「不正に入手して混入したのではないか」と視聴者が受け止める作りになったのが問題なのだ。

(質問)
(5)と(6)は本来は関係ないことで、それは取材者であるNHKにもわかっていることなのに連続しているような編集をしているということか。

(坂井委員長)
連続しているように見えるし、2年間の時期の違いは知らないはずはない。専門的な知識の話ではなく、事実の話だ。
元留学生のES細胞にアクロシンGFPが入っているかどうかを、NHKが分かっていたかどうかは委員会には分からない。委員会決定は、分かっていたかどうかはともかく、そういう作り方をしてしまったら視聴者にはこう見えるということを指摘している。アクロシンGFPが入っているかどうか分からなければ、分からないと言い、元留学生のES細胞の発見は2年後のものだときちんと言えばこんな問題にはならない。
なお、時期については、この問題に詳しく、2年の時期の差が分かる人が見たとしても、この作りでは意味が分からなくなるので、やっぱり(5)(6)を繋がったものとして見るだろう、と委員会決定には両面から書いてある。

(質問)
確かにあの作りだとアクロシンGFP・ES細胞と冷凍庫にあった元留学生の由来の分からないES細胞がつながることが問題だというところは分かった。では、元留学生のES細胞とアクロシンとの関係を明示して、「ES細胞の混入があったのではないか」「元留学生のES細胞が小保方さんの研究室にあった」と分けて表現するような編集の仕方であれば人権侵害にはならないという理解なのか。

(坂井委員長)
摘示した事実について真実性・相当性が立証できれば名誉毀損は成立しない。
そもそもNHKは別の話だと言っていて、元留学生のES細胞が、なぜ小保方研究室にあったかを、理研の保管状況がいい加減だという趣旨で問うていると主張している。
しかし、番組ではそういう作りになっていない。元留学生のES細胞の樹立当時にSTAP細胞研究をやっており、それが混入したのではないかという文脈ではない。逆にそういう事実があるのであれば、STAP細胞研究当時に元留学生が作ったES細胞があった、それが混入したのではないかという話をする分には、そのような事実を立証できればいいわけだ。
疑惑を提示するなら「疑惑を提示する」と言って、その疑惑を持つにはこういう裏づけ事実があると言えば人権侵害にならない。けれど、この作りで提示された事実については裏づけ事実はない、という構成だ。

(質問)
確認だが、アクロシンGFPが入っているES細胞が若山氏に心当たりがあるというところで話を止めて、一方で若山研にあった元留学生が作ったES細胞が小保方氏の冷凍庫にあったという事実を提示して、なぜここにあったか答えてほしいというナレーションが入るというような作りであれば問題なかったのか。

(坂井委員長)
私どもが言っているのは、ちゃんと区別をする作り方ができたのではないかということだ。区別ができるならば、今、あなたが言ったような作り方もあると思う。
専門知識を持った人は分析的にみられるが、普通の人はSTAP細胞、ES細胞、アクロシンGFPなどは知らないし、そういう人は番組を分析的に見ないから、ここは違うな、とはわからない。だから、そこをちゃんと区別していくということは大事ではないかということだ。

(質問)
つまり元留学生が作ったES細胞があたかもアクロシンGFPが入ったES細胞であったかのように、見た人が誤解してしまうところがいけないのか。

(坂井委員長)
正確に見たら元留学生のES細胞にアクロシンGFPが入っていたのかどうかということを考えなければわからないという理屈はある。しかし、あの番組を普通の人が見る場合、アクロシンGFPの説明の部分で印象に残るのはES細胞混入疑惑なので、その後に元留学生の作製したES細胞というのが出てくると、こっちにはアクロシンGFPが入っていないから関係ないとは思わないのではないか。

(市川委員長代行)
それは、少数意見の私も同じで、STAP細胞がES細胞に由来しているのではないかという疑惑があるという所まで映像が進んで、次に若干の映像は入るが、元留学生のES細胞があったという映像がでると、それはやはりSTAP細胞が元留学生のES細胞に由来すると、当然繋がって理解されるだろう。
もしそういう意図が無いのであれば、そこはきちっと切り分けて、そういう印象を与えるような映像にはすべきではなかった。こうすればよかったという仮定の議論は色々あると思うが、そこの点では基本的には私も同じ意見だ。

(質問)
アクロシンGFP入りのES細胞が、どうもSTAP細胞の正体らしい、それが若山氏のラボにあったというファクトが提示される。一方で、それとは関係のない細胞だったけれども、若山氏のラボにあったはずの元留学生の細胞が、小保方氏の冷凍庫にあったという、この2つのファクトを提示されたら、見る人は小保方氏は不正な方法で細胞を入手する人だと思ってしまうのではないかと思う。そうだとしても、そこはファクトを放送しているのだから、人権侵害にはならないという判断でよろしいのか。

(奥委員長代行)
私の考えは、今あなたがおっしゃったような考えだ。疑惑を追及するには相当性があった。だから名誉毀損とは言えないという話だ。委員会決定は、要するに繋がっているから、このES細胞は元留学生のES細胞だと言っている訳だ。そこまでは、事実摘示されてないというのが、私の考えだ。

(曽我部委員)
今の質問は、今回の番組とは違って別々に提示したとしても、やはり視聴者はそう見るのではないかという趣旨かと思う。
その場合、これはもちろん具体的な作りによるが、別々に提示した上であれば、それぞれ根拠は言える。しかし、今回の番組はそこは言えないという点に違いがある。要するに、元留学生の細胞が小保方研にあったということ自体は事実だ。そこに一定の根拠があるので、疑惑が持たれたとしても、それは正当な指摘だということで、名誉毀損にはならないかもしれない。
今回の番組は、そこについて根拠が提示できなかったので、許されない名誉毀損であると判断された。社会的評価が低下したとしても、根拠があれば許される。今回は根拠が無かったので、許されない名誉毀損であるとされた。

(坂井委員長)
もう一言言わせていただくと、別々に提示してもそうなってしまうのではないかとおっしゃるが、問題は提示の仕方なのだ。今の質問は、「違う話ですよ」とわかった上で、別々と言っているからいいが、テレビの作り方においては、いろいろなテレビ的技法があり、別々に提示した形をとっても一般視聴者には別々に見えないような内容にすることだってできる。これは明らかに別の問題だということをわかるように提示すれば、それはありかもしれない。
それがまさに編集上の問題と言っていることとも繋がると思う。別々に提示すると抽象的に言っても、いろんなやり方がある。そこのところを、理解して頂けたらなと思う。

(質問)
電子メールのやり取りのくだりだが、「科学報道番組としての品位を欠く表現方法」という所が出てくるが、申立人の主張の概要を見ると、「科学番組という目的からすると重要ではない」とある。あえて「科学報道番組としての品位」という表現を入れたのは、一般の報道番組と違うという趣旨か。

(坂井委員長)
メールの内容はほとんど具体的なことは言っていない。それをわざわざ男性と女性のナレーターを使って、何か意味ありげに表現するのは、その番組の目的からしてどうだろうか、ということだ。
世間的に大変話題になった問題を調査していく科学報道番組と、いわゆるバラエティとか情報バラエティの中で作っていくのとでは、自ずからその表現は違うと思う。この番組は、硬派というか、高い公共性を持ってやっていく中で、それほど重要でないメールの内容を、あのやり方で表現するというのはどうかなという、そういう趣旨だと私は考えている。

(質問)
メールの所だが、中身は一応論文作成上の一般的な助言だということで放送倫理上の問題が無いということだが、声優による吹き替えで男女の関係を匂わせるといって、メールの文章を書いた本人がこういう形で訴えている。放送倫理上問題があるとまでは言えないとした根拠は何か。

(坂井委員長)
そこについては、見解の違いとしか言いようがない。これは委員会決定としてはここに書いてある通りだが、私としては、いかがなものかと思っている。この番組のテーマからは、ここが必要だとは、私は個人的には全然思っていない。
ただ、こういう決定となったのは、放送されたメールの内容が一般的な時候の挨拶というレベルの話で、男女関係とは全然関係ないということがある。その前に週刊誌の記事があったということがあって、そう見えてしまう人もいるという話だ。
問題があるとすれば、男性と女性のナレーションの仕方で、個人的にはこの番組でこういうことをやる意味があるのかと思ってはいるが、言葉の内容としては、大した話ではない。そうすると、そのようなやり方でナレーションに女性と男性の声を使ったということだけの問題になってしまう。それについて放送倫理上の問題という話なのかというと、そこまでは言えないということだ。

(質問)
委員長代行という重い職責と見識を持った立場の2人が、結論に異を唱えている。奥代行の指摘されていることと委員長たちの意見とは、根本的に報道の在り方について考え方の違いがある。それは小異ではなくて、今後にも非常に大きな影響があることだと感じた。
代行があくまで意見を全体に賛成されなかったのは、「そこの所については、やはりどうしても違う」ということだと推測する。それでもなお、人権侵害勧告という最も厳しい判断を、それだけ重要な少数意見、異論が出ているのを踏み越えて下された、という委員会の運営の在り方について、委員長はどうお考えか。

(坂井委員長)
全く問題はないと思っている。委員長代行も一委員に過ぎない。委員長も一委員だ。だから、9人の委員で審理を進めていって、全員一致になればいいし、ならなければ多数決で決めると運営規則に書いてある。どの事案もそれに沿って淡々とやっていくだけだ。だから、代行の意見だから重大だということでもないし、また、2人の少数意見が出たということは、べつに珍しいことではない。

(質問)
確認だが、元留学生の作ったES細胞にアクロシンGFPは組み込まれていないとあるが、これは確認されている事実なのか。

(奥委員長代行)
それはわからない。今となってみれば、組み込まれていないということはわかっているが、放送の時点でNHKが取材でどこまで把握していたかということはわからない。NHKにヒアリングした際には、残念ながら、これは聞いていない。聞けばよかったと思っている。

(質問)
ここの部分が無くても、委員会決定を作る上で問題が無かったということなのか。

(坂井委員長)
アクロシンGFPが組み込まれているかいないかをNHKが知っていたかどうかということは、委員会決定としてはそんなに重要ではない。前半部分でアクロシンと言っているけれど、後半部分ではアクロシンということは言っていない。後半部分では若山研にあったES細胞という点で元留学生のES細胞が繋がってくる。番組の中でそうやって繋げてしまっているので、もうそれで、我々が摘示事実と認定した事実は認定できてしまう。逆に言うと、アクロシンGFPがもし入っていないと知っていてこのような放送をしたのならば、なお、この作り方は悪いという話になる訳だ。
NHKのここの部分の主張は、(5)と(6)とは違う話だということで、繋がっていないという主張だ。だから、アクロシンGFPが入っているかどうかということに焦点が行かないで終わった。番組の作りとしては、アクロシンGFPと言っていなくても、そう見えてしまう、摘示事実の認定としてはそれで足りる訳だ。

(質問)
取材手法に放送倫理上問題があったということだが、取材依頼に対して拒否された場合、我々も接触したいと思ってあらゆる出口で待ちかまえたりすることもある。この「執拗に追跡し」というのはケースバイケースだと思うが、どのような場合に、「執拗に追跡し」と認定されるものなのか、もう少し説明していただきたい。

(坂井委員長)
なかなか一般的基準を作るのは難しい。取材対象者の立場とか、時間帯、取材者の人数などの要素がある。我々が書いたのは、少なくとも、NHKが言った通りだとしても、3名の男性記者やカメラマンが二手に分かれて、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み、通路を塞ぐようにして取材を試みた。それを避けるために別な方向に向かった申立人に、記者が話し掛ける、というようなことだ。抗議を受けて、NHKも謝罪している。そこまでについては争いがなくて、そこに限ってみても、それは行き過ぎだろう。
繰り返しになるが、アポイント無しで直接取材を試みることは、許されない訳ではない。許されるケースはたくさんあると思う。けれど、拒否された時にどこまでできるのかということは、ケースバイケースで違ってくると思う。
その人の立場にもよる。公的存在と言っても、首相から始まって、そうではない存在まである。公務員であっても一括りにできない場合もある。

(質問)
NHK側は、「客観的な事実を積み上げたものなので、人権を侵害したものではないと考える」というようなコメントを出したようだ。通知の時にそういう意見表明があったかもしれないが、それについてどのように考えるか。

(坂井委員長)
私はまだそのコメントを聞いていない。正確に聞いた上でなければ考えを出しようがないし、基本的にはNHKの言うことに対しては、「そうですか」と言うしかない。

(質問)
元留学生のES細胞の件だが、これを不正に入手したかどうかの裏付けはもちろん取れていないと思うが、編集上きちんと視聴者にわかるように区分けすれば、その元留学生のES細胞が小保方研の冷凍庫から見つかったというファクトだけを、うまく視聴者にわかるように切り離せば、ファクトとして出すこと自体は問題ないという認識と理解してよいか。
それとも、やはり入手が不正であるという、それなりの裏付けを、なぜそこにあったのかという所まで、踏み込んで取材をしなければならないという認識なのかを確認をしたい。

(坂井委員長)
私の意見だが、1つは元留学生のES細胞があったという話と、不正に入手したという話は別だ。だから、それは分けなければいけない。
そして、おっしゃっている趣旨が、元留学生のES細胞が、小保方研が使っている冷凍庫から見つかったということだけを、ファクトとして、それだけを切り離して言ったらどうかというと、それは事実だ。
ただ、おそらくそういう報道する場合は、反対取材をしなければいけないという理屈も当然あるから、小保方さんに、「どうしてあったんでしょうか?」と、普通は取材をするし、そういう情報が付いて出てくる可能性はある。
仮定の問題として、ファクトだけとおっしゃるのであれば、そういうことは当然あり得ると思うけれども、その場合も、放送の中で他の要素がそれと繋がって出て来た時に、そのファクトだけで止まるのかどうかが問題なのだ。
要するに番組として、そのファクトだけを報道したと言えるのかどうか、言い換えると、ある一定の報道の中で、そのファクトが出た時に、それがどういう意味を持つのかということは、やはり十分考えなくてはいけないだろうと思う。

(曽我部委員)
視聴者に別問題とわかるように提示したとしても、順番としては続いているので、単に元留学生の細胞が小保方研から見つかりました、ということだけを示したとしても、疑惑を強めるような受け止めになるのではないかと思う。
その時に、結局、小保方さんもそれなりの経緯を主張されている訳で、そちらに触れずにやると、やはり根拠のない疑惑の提示ということになる可能性もあるのではないかと思う。その場面を出す趣旨と、出し方に依存するのではないか。

(質問)
最終的に後になってファクトとしてわかったものとしては、小保方研の冷凍庫に実際にいっぱいあった由来のわからないES細胞の1つが、まさにSTAPの正体だったということが、第二次調査委員会で言われた訳だ。そうだとすると、あのタイミングではわからなかったかもしれないが、後からやっぱり事実だったと言えることになる。そういう場合は、どのような見解になるのか。

(坂井委員長)
今の話で抜けているのは、「不正に入手した」というような点を抜きにして、「正体は何だったのか」という議論をしているところだ。番組の話とはちょっと違う所があると思う。
番組が名誉毀損と言われた要素の重要な部分はd)の所だ。今の話は、正体が何だったかという所で、ちょっと話が違う話になっているような気はする。
名誉毀損にならない事実摘示であれば、当然、いい訳だが、名誉毀損となる場合でも、公共性・公益目的が認められて、真実性が立証できるのであればいい。真実性が立証されるとまではいかなくても、これを信じたのは理由があるとして相当性ありということになれば名誉毀損は認められない。
今回の場合、問題なのは摘示した事実の裏付けとなるものが、示されていないというのが大きい。

(市川代行)
おっしゃる通り、小保方研の冷凍庫に他にもES細胞があって、その中の1つが、第二次調査報告書ではSTAPの由来とされていたES細胞と一致したという事実は、確かにあった。ただ、そのES細胞と元留学生のES細胞は違う訳であって、いかに、その冷凍庫の中にそれがあったからといっても、その元留学生の細胞だけ取り出して来て、「これがSTAPなのではないか」という所までいった所が、やっぱり、私は踏み込み過ぎではないかと思うし、おそらく多数意見も同じなのではないか。少なくとも、この元留学生のES細胞について、STAPとの関連性というのは証明できていない。やはり、そこは相当性なし、と言わざるを得ないのかと思う。

以上

第189回 放送と青少年に関する委員会

第189回–2017年2月28日

視聴者からの意見について…など

2017年2月28日に第189回青少年委員会をBPO第1会議室で開催しました。7人の委員全員が出席し、まず1月16日から2月15日までに寄せられた視聴者意見について意見を交わしました。そのあと、2月の中高生モニター報告や今後の予定について話し合いました。
次回は3月28日に定例委員会を開催します。

議事の詳細

日時
2017年2月28日(火) 午後4時35分~午後7時00分
場所
放送倫理・番組向上機構 [BPO] 第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者
汐見稔幸委員長、最相葉月副委員長、稲増龍夫委員、大平健委員、菅原ますみ委員、中橋雄委員、緑川由香委員

視聴者からの意見について

●「中学生が暴行している様子をTwitterで拡散していたことを取り上げたニュースについて、映像処理はしていたが被害者の許可は取っていたのだろうか。暴行を受けた少年が気の毒でならない」という視聴者意見について、このニュースでは全面ボカシがかかっていて人物が特定できないようにしてあったが、一般論としてインターネット上の情報を扱うときは、慎重な取り扱いと充分な配慮が必要だ、との意見がありました。

●「罰ゲームとして芸人をゲレンデに寝かせ、ショベルカーを使い上から雪を覆いかぶせていた。それを共演者全員で笑っていた。危険であり、いじめではないか」という視聴者意見について、毎年雪下ろしで亡くなる事故が起きている中、安全性の確保はもちろんのこと、このような企画が放送に適しているかどうか十分議論してほしい、との意見がありました。

中高生モニター報告について

32人の中高生モニターにお願いした2月のリポートは「あなたの視聴・聴取行動を教えてください」でした。また「自由記述」と「青少年へのおすすめ番組について」の欄も設けました。全部で26人から報告がありました。
「テレビやラジオの番組を視聴・聴取・録画するとき、番組の情報をどこで得ていますか?」(選択肢あり・複数回答)という質問の答えで一番多かったのは「友人の口コミ」(16人)でした。その他の回答は、「新聞のテレビラジオ欄」(14人)、「インターネット」(12人)、「家族の勧め」(13人)がほぼ同数という結果でした。
また自分が見る番組の録画視聴動向についての設問では、「1.全く録画しない」「2.時々録画している」「3.ほとんど録画視聴である」の3つの選択肢を提示しました。すると(3)の「ほとんど録画視聴」を13人が選択し、(2)の「時々録画」(10人)を併せると90%近くのモニターが録画視聴を活用していることが分かりました。それらの使い分けについては、「ながら視聴や途中で視聴をやめても気にならない、それほど見たいわけではない番組」や「朝や夕方のニュース」についてはリアルタイムで視聴し、「どうしても見たい番組やドラマ」や「好きなアーティストが出演している番組」などは録画してじっくり楽しむという意見が多く寄せられました。
最後は、リアルタイムで視聴するときにFacebookやTwitterなどのSNSに感想を投稿したり他者の意見を閲覧したりする「ソーシャルビューイング」についての設問です。モニターの35%(9人)がソーシャルビューイングをしたことがあると回答しました。「同じアーティストを好きな人たちと意見を共有したい」「番組についての他人の意見を知りたい」「自分では気づかなかったことを他の人が指摘していてなるほど、と思うことが面白い」など、インターネット上でのつながりを楽しんでいる様子がうかがえました。
「自由記述」には、「朝や夕方のニュース番組のおよそ半分がエンターテインメント系で、本来知りたい社会の情報がきちんと放送できていない番組が多くなってきているように思う」という意見や「友人と話をしていても、テレビ自体に興味がないという人がしばしばいる。(テレビを)見る人と見ない人の二極化が目立っている」という報告が寄せられました。また『SCHOOL OF LOCK』(FM東京)について報告したことがその後番組でも取り上げられたことに関して「自分の素直な意見が番組に届いたことをとてもうれしく思う」という感想もありました。

問1.テレビやラジオの番組を視聴・聴取・録画するとき、番組の情報をどこで得ていますか?(複数回答)

中学生
高校生
全体

1.新聞のテレビラジオ欄

7
7
14

2.インターネット

6
6
12

3.友人の口コミ

10
6
16

4.FacebookやtwitterなどのSNS

3
5
8

5.家族の勧め

7
6
13

6.その他

3
1
4

問2.あなたはテレビを録画視聴することはありますか?

中学生
高校生
全体

1.自分が見る番組については全く録画していない

2
1
3

2.自分が見る番組は時々録画している

7
3
10

3.自分が見る番組のほとんどは録画視聴である

6
7
13
15
11
26

問3.リアルタイムで視聴するとき、FacebookやTwitterなどのSNSに感想を投稿したり、他人の意見を閲覧したりするいわゆる「ソーシャルビューイング」をすることはありますか?

中学生
高校生
全体

1.ソーシャルビューイングをしたことがない

10
7
17

2.ソーシャルビューイングをしたことがある

5
4
9
15
11
26

◆委員の感想◆

  • 【中高生モニターの視聴・聴取行動】について

    • テレビやラジオの情報を新聞のラジオテレビ欄から得ているというモニターが意外と多いことに驚いた。

    • 録画視聴でテレビを見ているモニターが90%近いということは、そんなにテレビ離れが進んでいるわけでもないのかもしれない。

    • じっくり見たい番組は録画し、さらに気に入った番組はブルーレイに保存しているというモニターがいた。テレビ番組をそこまでしてそばに置いておきたいと思ってくれる視聴者がいることは、番組制作者を勇気づけると思う。

    • 録画視聴が当たり前になってくると放送時間帯による青少年への配慮の意味合いが変わってくるということになる。我々も、青少年の視聴動向の変化と番組については、考えていかねばならない。

    • 自分が小さい頃は、見たいテレビ番組に合わせて宿題や食事を済ませるなど、テレビに合わせて生活したものだが、今や録画視聴が当たり前になり、テレビは子どもたちの生活の時間を支配しなくなったのだと痛感する。

    • テレビが提示するテーマや内容について「他者はどのように考えるのか?」と情報を収集し、複眼的に物事を理解するためにソーシャルビューイングを利用していることが分かった。

    • ソーシャルビューイングの動機として、「他者と感想を共有、交流したいから」というものがある一方、「他の人がどのような感想を持っているか気になるから」という意見もあり、他者を気にする今の青少年の、人との付き合いが透けて見える気がする。

    • ソーシャルビューイングで「事件・事故などに意見や感想があれば書き込みたいと思う」というモニターがいるかと思えば、「スマートフォンもガラパゴス携帯も、自分用のパソコンも持っていない」というモニターもいる。このような二極化について、今後調査をしてみたい。

  • 【自由記述】について

    • メディアに対し、「公平・公正」について異議を唱える意見が複数あったが、「公平・公正」について、視野を広げて問題の本質を考えることができるようになれば良いと思う。「実質的公平とは?」と問いかける世の中の雰囲気を象徴した意見なのかもしれない。

    • トランプ米大統領が打ち出す政策に対し、「世論の賛否が分かれる問題の報道は賛成反対双方の視点を与えるものであるべき」という意見があった。番組は社会の共通の感覚、いわゆるコモンセンスを前提に作られていると思う。この場合は、トランプ米大統領の政策に対するある種の不安を共有していることを前提に、多様な意見によってこの流れを止めたいと考えるメディアの主張だったと思われる。しかし、今、若者たちは、そのコモンセンスを共有していないのかもしれない。

  • 【青少年へのおすすめ番組】について

    • 『緊急!公開大捜索‘17春「ボクは誰なのか?教えて…」記憶喪失・失踪者SP』(TBSテレビ)を見て、出演した記憶喪失者の個人情報について考察していたモニターがいた。SNSが普及して個人の特定が容易になる時代に個人情報を扱う番組のあり方を考えながら見ているのだと感じた。このモニターが、この話題について、他者と議論できる環境にあれば、彼にとってさらに良いと思う。

◆モニターからの報告◆

  • 【リアルタイム視聴と録画視聴の使い分けについて】

    • 基本的には見たいテレビ番組は録画するようにしています。部活や塾がありリアルタイムで見ることができなかったり、見たい番組が深夜に放送されることもあるので録画視聴することが多いです。また録画視聴だとCMをカットできたり、番組を倍速で見ることができ時間の節約にもつながるので親からも録画視聴を勧められます。リアルタイムで視聴するのは、朝晩のニュース番組くらいです。(宮城・中学1年・男子)

    • リアルタイム視聴する番組は、それほど見たいと思っていないけれど、一応見てみようかなと思うような番組で、バラエティー番組やクイズ番組など、途中でお風呂に入ったりしても、問題なく視聴できると思える番組です。録画視聴している番組は、主にドラマやアニメなどで、きちんとストーリーがあるので、中断したり見ることができなかったりすると、話が分からなくなってしまうものが多いです。またドラマは、録画視聴した方がCMを飛ばすこともできるので、ドラマに集中できて便利だと思います。(東京・中学2年・男子)

    • 放送時間によって違います。例えば、夜中2時とかのものにおいては、録画をしますし、また、勉強時間を確保するときに見られないときに録画したり、自分の好きなアーティストが出演しているものに関しては、録画します。それ以外は、リアルタイムで視聴します。(埼玉・中学2年・男子)

    • ドラマは時間ぴったりから最後までしっかり見たいのとCMの時間が無駄なので録画にして自分の見たいタイミングで見ます。バラエティーは多少見られなくても一部見ただけで伝わってくることが多いので時間が余ったときなどに適当に見ます。(東京・中学3年・女子)

    • ふだんは学校や部活、習い事などでテレビを見る時間はあまりないので、どうしても見たい番組やドラマなどの続く番組は録画するようにしています。一方、ご飯を食べるときや休日に見るバラエティー番組は録画せず、リアルタイムで見ることが多いです。また、朝の情報番組なども録画することはほぼありません。そのときに情報を得たいと思って見るので録画する必要はないと考えているからです。(高知・高校1年・女子)

    • 最近では、自宅での学習時間の拡大によって、まとまってテレビを見る時間が縮小され、リアルタイム視聴の時間は減少しつつあるが、録画視聴の時間はほとんど減ることなく、むしろ増える傾向にある。(京都・高校1年・男子)

  • 【ソーシャルビューイングをする理由について】

    • 自分の好きなアーティストの番組などに関して、友達とTwitterをしたりします。理由としては、みんなでここが良いよねとか言い合うのが楽しいからです。(埼玉・中学2年・男子)

    • ソーシャルビューイングをするのは基本好きなアーティストやタレントが出ていたときです。今日はここが良かった。など同じようにそのアーティストが好きな人たちと意見を共有したいからです。また「いいね」などをしてもらうことで同じように感じてる人を見つけることができます。もう一つの理由は学校の友達とのやり取りで、次の日学校で話すより早く話せて、離れていてもその場で同じ話題で盛り上がれるからです。(東京・中学3年・女子)

    • 「あれはおかしい」「あれは放送して大丈夫なのか」「今のはどうなのか」という疑問を持った場合は調べます。自分と同じ感じ方をした人、自分と同じことを思った人がいるのか気になるときに調べます。そのほか自分の好きな芸能人が出ていた番組、自分の好きな番組を見た世間一般の人がその番組を見てどう思ったのか気になるときは調べます。特に意味はありませんが番組に対しての他人の意見が聞きたい場合は調べてみることがあります。自分とは違う意見が出てくるので面白いです。(愛知・中学3年・男子)

    • 他の人はどう思ったのか気になるからです。音楽番組やドラマなどが多いです。好きなアーティストや俳優などが出ている番組がメインで、同じファンの人と意見を交換しあうのが楽しいからです。自分では気づかなかったところなど、他の人が気づいていて「なるほどな」と思うことが面白いです。(広島・高校2年・女子)

    • 例えば、NHKのニュース番組でTwitterのつぶやきと共に伝えている番組があり、何か事件や事故、スクープ等に意見や感想があれば書き込みたいと思うから。あともう一つは、番組やドラマの中でアドリブや原稿を読むのに噛んだとかアクシデントがあれば、大体Twitter等に書き込まれるのでそれを共感したいから。(福岡・高校3年・男子)

  • 【自由記述】

    • 朝や夕方のニュースについて疑問があります。少しぐらい飽きない程度なら良いと思いますが、その番組のおよそ2分の1がエンターテインメント系であり本来私たちが知りたい社会のことについて情報がきちんと放送できていない番組が多くなってきているように思います。少しは娯楽として有っても良いと思いますが増えすぎてしまったように思いました。(東京・中学1年・女子)

    • 私は、見たくないテレビは見ません。録画をして見ることで番組を選んでいる気がします。人を傷つけたり、多くの人が見て不快に思ったりする番組は作ってはいけないと思う。お笑いの人も、笑われることで、みんなを和ませているんだと思います。私も家族の中でそんな存在になりたいです。お笑いの人が頑張って仕事をしているから、笑ってあげたいです。(長崎・中学1年・女子)

    • 「共謀罪」についての特集を見たが、共謀罪に反対する教授の意見のみが取り上げられ、賛成している人の意見を聞くことができず、公平に物事を考えることができない。学校の友達も、テレビ番組を視聴するだけでは両方の意見を十分に聞くことができず、最終的にはインターネットで情報を集めると話していた。これこそテレビ離れの原因なのではないかと思った。(兵庫・中学3年・男子)

    • トランプ米大統領が就任し、連日「大統領令」をはじめとする言動が注目を浴び、メディアもしきりに報道している。特に、イスラム圏の7か国の人々のアメリカへの入国を禁止する大統領令が発せられたときはそれが顕著だった。発令直後は、入国できなかったイランやシリアの人々のドキュメントが中心の批判的な報道がほとんどだったが、大統領令に対しての米国民の支持率の高さが明らかになってからは、トランプ賛成派の人々にもスポットが当たるようになってきた。トランプ大統領の諸政策など、世論の賛否が完全に分かれる問題を報道する際、メディアに「常に」心がけてほしいのは、賛成反対双方の視点を視聴者に与えることだ。どんなに突飛な政策が打ち出されても、この姿勢を忘れないでほしいと切に願う。(京都・高校1年・男子)

    • SNSなどで様々な情報を簡単に得ることができるようだが、ぼくはスマートフォンもガラパゴス携帯も持っていないし、自分用のパソコンも持っていない。テレビやラジオの話題も流行も、全部、学校の友達や先生、家族との会話で情報を得ている。リアルに盛り上がることができるし、はやりの音楽や俳優、バラエティー、ドラマを友達から会話で教えてもらって、それを家族に話してさらに一緒に楽しめたりすると面白いと思う。(福岡・高校1年・男子)

    • 1月27日の『SCHOOL OF LOCK』では、私が10月に報告したことがきっかけで放送でBPOが取り上げられました。自分の素直な意見が番組に届いたことはとてもうれしく思います。ぜひもう1度「ひとりぼっちじゃなかった日」の授業をしてほしいと思っています。これからも、生徒を元気付けるような楽しくて良い番組を作ってください。楽しみにしています。(山口・高校2年・男子)

    • 最近は、ラジオもタイムフリーで好きな時間に過去の放送が聴けるようになったので、深夜ラジオを聴きやすくなった。僕は関東在住ですが、関西でやっている番組にも興味があり、テレビもラジオのように、会員になれば全国の放送が見られるという形式があればうれしい。(東京・高校3年・男子)

    • 最近、友達にテレビの話をします。まあ受験生ということもあって友達はあまり見ていないのですが、もともとテレビ自体に興味がない人がしばしば見受けられます。例えば、年末近くになると歌番組が増えてきますが、『FNS歌謡祭』や『紅白歌合戦』など誰もが一度は見たことがありそうな番組でさえ見たことがないと言う人がいるのです。歌番組に限らず、自分の興味がない番組は一切見ない、またはテレビ自体に全く興味を示さない人が最近増えてきているんじゃないかと実感しています。いわゆる、メディア離れでしょうか?テレビの番組で盛り上がる人が多い反面そうでない人もいる。要するに見る人見ない人の二極化が目立ってきたということではないでしょうか?高校生活を通して感じたことです。(福岡・高校3年・男子)

  • 【青少年へのおすすめ番組について】

    • 『緊急!公開大捜索‘17春「ボクは誰なのか?教えて…」記憶喪失・失踪者SP』(TBSテレビ/CBC)実際にこんな人がいるのかなどと見ていて少し怖くなりました。本当に記憶がない人をここまで公にして大丈夫なのかなどといったいろいろな疑問が残る番組でした。このような番組は興味本位で見ていますが、番組を放送する意味は何なのか気になります。家族を見つけるためでしょうか。実際に番組を放送し得た情報をきちんと活用し解決に至っているのか。とても気になります。人の個人情報をばらまくだけの番組にならないといいと思います。(愛知・中学3年・男子)

    • 『超人たちのパラリンピック』(NHK BS1)パラリンピックには以前から興味があり、このように次の東京オリンピックに向けて練習している姿を見ることができて良かったです。障害が有ってもスポーツ選手としての芯の強さは変わらないのだなということを改めて感じました。(高知・高校1年・女子)

    • 『100分 de 名著』(NHK Eテレ)今までガンディーは教科書で少し読んだだけで名前しか知りませんでした。しかし、インド統一に向けて実際にガンディーが行ったことなど知らないことがたくさんありました。「塩の行進」は、ガンディーの政治家としての頭の良さと宗教家の面が両方見てとれました。今まで知らなかったことなので勉強になりました。全4回の放送をまとめた総集編などもあったら時間のない人でもガンディーや他の歴史的人物のことを詳しく知ることができると思います。(山口・高校2年・男子)

1月のモニター報告の中に、『ONE OK ROCK 18祭~1000人の奇跡 We are』(NHK)についての以下のような意見がありました。「最初はアーティスト目当てで見ていましたが、すごく心に響く番組でした。とても勇気をもらえました。感動しました。僕と同世代の子たちが番組の最後、ONE OK ROCKと一緒に歌を歌っている場面はすごく鳥肌が立ちました。うまく言えませんがとても感動しました。みんな悩みや希望、夢などいろいろに抱えている気持ちをむき出しにして声に出してぶつけている感じが何とも言えない気持ちになりました。一人ひとりがみんなとてもキラキラしているようにも見えました。とても胸が熱くなりました。パワーをすごくもらえました。仕事や勉強、恋愛や将来の目標など、それぞれの悩みを抱える世代がこの歌を歌う姿、すごくかっこ良かったです。人生一度きりなので後悔したくないと思ったし自分に正直に精一杯生きたいと思いました。ここまで心を揺さぶられるというか感動させられるとは思っていませんでした。今この番組を見ることができて本当に良かったと思っています。今悩んでいる人、夢に向かって頑張っている人、普通に生きている人、年齢関係なく一人でも多くの人に見てもらいたい番組でした。テレビを見てここまで勇気や元気、感動を貰える番組は初めてというくらい素晴らしい番組でした。この番組を今見ることができて本当によかった。(愛知・中学3年・男子)

この意見を読んだ委員から、当該番組をぜひ見てみたいという希望があり、制作局のNHKの協力を得て委員全員が視聴しました。以下に委員からの感想を紹介します。

  • 青春というものが提示されているような番組だった。歌の力をテレビが見せつけた番組だった。あの場に立ち会えたら誰もが感動するだろう。

  • 中高生が見たら、とても感動し憧れ、共感できる番組だったと思う。ただ、全ての子があのように行動できるわけではないので、“おちこぼれてしまった子”のための番組を次は制作してもらえたら、と思う。

  • 良くできていた番組だ。自分が中高生のときに見たら感動しただろう。あの番組に出ていたのは、一歩現状から踏み出したいと思っている人たちだろう。

  • 小学生の頃、『ステージ101』を見て、番組に参加している少し年上のお姉さんやお兄さんたちに憧れ、青春という時代への期待が醸成された。この番組も、年下の子どもたちが見たら憧れ、感動しただろう。ふだんは共通項が無くても歌という一つの目標に向かって進んで行く若者の姿をきっちりと伝えている。歌の力をまっすぐに伝える良い番組だった。

調査研究について

担当の菅原委員から来年度に本格調査を行う「青少年のテレビ・ラジオに対する行動・意識の形成とその関連要因に関する横断的検討」の調査票の案が示され、説明が行われました。今後の予定として、2017年度の1学期中に調査を実施し、夏休みに解析、後期に結果に基づいた討論・検討を経て報告書の作成を行うことが報告されました。

今後の予定について

  • 3月5日に開催の「2016年度中高生モニター会議~日テレフォーラム18~」(日本テレビと共催)について最終打ち合わせを行いました。

  • 2017年度の青少年委員会の会議の日程について検討しました。また意見交換会の開催地の検討も行いました。

「中高生モニター会議~日テレフォーラム18~」について
「中高生モニター会議~日テレフォーラム18~」を、日本テレビとの共同開催で3月5日に行いました。会議には、全国から中高生モニターが22人、日本テレビから加藤幸二郎制作局長が、BPOからは、汐見稔幸 青少年委員会委員長、最相葉月 同副委員長、稲増龍夫 同委員、大平健 同委員、菅原ますみ 同委員、中橋雄 同委員、緑川由香 同委員が出席しました。また、会議の進行役として蛯原哲 日本テレビアナウンサーに、社内見学の案内役として豊田順子 同アナウンサーにご協力いただきました。
第1部では、参加者全員が自己紹介をしたのち、豊田アナウンサーの案内で日本テレビ社内の報道フロアと番組収録スタジオを見学しました。第2部では、最相副委員長の司会で『世界の果てまでイッテQ!』を題材に、番組を立ち上げたプロデューサーでもある加藤制作局長を交え、演出方法や制作過程についての質疑応答や、番組に寄せられた批判の多い企画について意見を交換しました。第3部にはスペシャルゲストとしてタレントのイモトアヤコさんがサプライズで登場し、中高生モニターを沸かせました。その後、イモトさんも議論に参加し、出演者の立場から、ロケの裏話や、制作スタッフとの信頼関係、過酷な撮影に挑むときの気持ちなど、率直にお話しいただきました。中高生からも「笑われる企画に出演することへの抵抗感について」や「やめたいと思うことはないか?」など、様々な質問の声があがりました。
会議の最後には、中高生モニターや青少年委員会委員、加藤制作局長ら参加者皆さんに感想を語ってもらい、会議を終えました。この「中高生モニター会議~日テレフォーラム18~」の詳細は、後日掲載します。

2017年2月に視聴者から寄せられた意見

2017年2月に視聴者から寄せられた意見

豊洲市場への移転問題を伝える昼の情報番組などに対し、移転賛成派、反対派のどちらか一方に偏り過ぎているとの批判や、都議会関連問題について、連日同じ内容の放送を続けているとして放送局への批判。医療をテーマにした番組で、特定の睡眠薬が糖尿病に効果があると、一部研究者の学説を紹介した内容に対する意見など。

2017年2月にメール・電話・FAX・郵便でBPOに寄せられた意見は1,713件で、先月と比較して97件減少した。
意見のアクセス方法の割合は、メール72%、電話25%、FAX1%、手紙ほか2%。
男女別は男性72%、女性27%、不明1%で、世代別では40歳代27%、30歳代27%、50歳代21%、60歳以上12%、20歳代12%、10歳代1%。
視聴者の意見や苦情のうち、番組名と放送局を特定したものは、当該放送局のBPO連絡責任者に「視聴者意見」として通知。2月の通知数は757件【56局】だった。
このほか、放送局を特定しない放送全般の意見の中から抜粋し、20件を会員社に送信した。

意見概要

番組全般にわたる意見

豊洲市場への移転問題は、延期が決まって半年経過したが、昼の情報番組などに対し、相変わらず数多くの意見が寄せられている。移転賛成派、反対派のどちらか一方に偏りすぎる論調への批判や、都議会関連問題について、連日同じ内容の放送を続けている放送局への批判が多かった。また、医療をテーマにした番組で、特定の睡眠薬が糖尿病に効果があると、一部研究者の学説を紹介した内容に対する意見も多く寄せられた。
ラジオに関する意見は47件、CMについては37件あった。

青少年に関する意見

2月中に青少年委員会に寄せられた意見は102件で、前月から27件減少した。
今月は「性的表現」が27件と最も多く、次に「表現・演出」が26件、「暴力・殺人・残虐シーン」が12件、「低俗、モラルに反する」が11件、「いじめ・虐待」が7件と続いた。
「性的表現」では、複数のアニメ番組に対して、キスシーンなどの表現に関する意見が寄せられた。「表現・演出」では、主人公が小学生のアニメ番組で、通常とは異なる画風や設定で放送したことについて多くの意見が寄せられた。「暴力・殺人・残虐シーン」では、映画や深夜帯のアニメ番組についての意見が目立った。

意見抜粋

番組全般

【取材・報道のあり方】

  • 豊洲市場の安全性についての報道が、合理的に、また科学的な判断がなされずに、いかにも危険であるかのように、国民に対して不要な不安を煽っていることに危惧を感じている。地下水にベンゼンなどの有害物資があるとしても、これは飲料用井戸水として使用する際の基準であり、市場としての機能に悪影響を与えるものではない。しかし、マスコミが合理的思考や科学的見識が未熟なまま報道することにより、国民に対し不安を煽り、経済的損失を与えている。

  • 関西にある学園の、土地取引に関する一連の報道に不信感を持っている。新聞各社の本社ビルが建っている土地も元は国有地で、公共性を鑑みて割引されているという話を一部のメディアが伝えているが、主要な報道機関はダンマリを決め込んでいる。土地取引が不透明なのは事実だが、公益性をネタにされると困るから、それだけを論点にするのではなく、教育方針や理事長の人柄なども扱っているのではないか。また、一連の報道で、土地取引や土木工学の専門家が全く出てこないのも、公平性や客観性を欠いている。

  • 埼玉県草加市で起こった交通事故で、母親が亡くなり子どもがけがを負った。原因はトラックの信号無視とされている。そのニュースを伝える際、記者が被害者の遺族にインタビューしていたが、「うん、うん」と相槌を打つことが気になった。「はい」や「ええ」など、他の返し方もあると思うのだが。

  • 最近の日本のメディアは、アメリカのトランプ大統領や、その側近のツイッターの投稿内容を紹介するだけの報道が目立つ。イギリスのBBCやアメリカのCNNなどの海外メディアは、政党や団体の関係者、各地の市民等に直接取材して、専門家の意見も交えながら、説得力のある報道をしている。限られた時間の中で非常に分かりやすく、日本の報道とは比較にならない程のレベルの高さだ。海外メディアの報道姿勢を是非見習ってほしい。

【番組全般・その他】

  • 午後の情報番組は、いつも同じ内容しか放送しないので、ベンゼンやシアンの濃度を覚えてしまった。他の視聴者も同じ状況だろう。この番組のせいで、豊洲市場の風評被害が広がっているので、やめてほしい。豊洲市場移転問題を扱うのなら、築地市場の安全性についても伝えてもらいたい。安全性がはっきりしないのであれば、公平を期すために検証するべきだし、メディアが訴えていく必要もある。豊洲ばかりで築地の状況が分からずに、ただ危ない危ないと騒いでいるだけで、物事が進まない。

  • ある特定の睡眠薬で糖尿病治療ができるという、学会でも厚労省でも承認・認可されていない一部の研究者の意見を大々的に放送し、特定の睡眠薬の商品名も分かるような映像も含まれていた。私は内科医だが、番組放送後、糖尿病の患者から実際にその睡眠薬の処方を依頼され、事実関係の説明に追われている。多くの国民が視聴している人気番組のため、医師が利用するネットでの掲示板を見ても、日本全国で同じようなことが起きており、医療現場が混乱している。事態を重く見た厚労省からも放送局に対し口頭で注意がされたとの報道もある。特定の睡眠薬の製薬メーカーからの番組出演者や番組スタッフへの利益提供の有無も含め、かかる番組が制作・放送されるに至った経緯や公平性・信憑性について検証が必要かと思われる。

  • 朝の情報番組で、番組スタッフが平壌のあるホテルに電話をかけ、金正男氏殺害について「北朝鮮の一般国民が事件の事実を知っているか」ということを確かめていた。電話に出た女性従業員は、当然ながら「知らない」と答えて電話を切った。知っていても「NO」と言うよりほかに無い国であるが、もし本当に知らなかったのであれば、女性が余計な情報を得たとして、当局から狙われる危険性もある。相手の事情を考えない興味本位の放送は不適切だ。

  • 夜のニュース番組で、女性キャスターが結婚報告をしていた。いつからアナウンサーやキャスターが、個人的なことを発表するようになったのか。企業に勤務する会社員が公共の電波にのせて結婚発表することは、異常だと感じていないのだろうか。視聴者の要望に応えると考えているテレビ局もあるようだが、勘違いも甚だしい。ねたみややっかみからではなく、見ている方が本当に恥ずかしいので、やめてもらいたい。

  • 夜のニュース番組で、MCが出演するアルコール飲料のコマーシャルの後、番組が始まった。報道番組のMCが特定企業のコマーシャルに出るということは、その企業や業界の不利な報道はしないということだろう。アメリカに住んでいたが、こういうことはまずあり得ない。このことに限らず、この番組には報道としての自覚が感じられない。今夜は、トランプ・安倍会談について、内容よりもゴルフの場所とラウンドに主眼を置いていた。

  • 朝の情報番組に、人気俳優の出ている料理コーナーがある。そこで使われているオリーブオイルの量は、料理一品に対して多すぎるのではないか。オリーブオイルは体に良いものであっても、使い過ぎるとどうなのか。そもそも、安価で簡単に手に入るものなのか疑問だ。視聴者の健康や家計などに配慮するべきではないか。

  • 新生活シーズンを前にして、東京での一人暮らしを紹介する番組が、毎年2月に東海地方で放送されている。視聴者の需要があることは理解できるが、東京一極集中が加速し、地方の人口が減少しているのに、このような番組を流すことには反対である。本来、地方を元気にするための放送局が、地元を離れて東京での生活を応援する番組を作って流せば、ますます若者が首都圏に流出してしまい、地方衰退に拍車をかける。こういうことを考えない局は、地方に住む者としてとても悲しい。局自体の経営にも影響を与えかねないことも分からないのだろうか。このような番組は慎み、地元に残ることを勧める番組を放送すべきである。

  • ドラマを見逃したので、オンデマンドで見られるかテレビ局に電話をしたところ、専用の問い合わせ窓口があると紹介された。そこに連絡したところ、最初に名前と電話番号を聞かれた。会員登録していないし、単にオンデマンドで見られるかどうかの問い合わせだったので、「言いたくない」と伝えたが、しつこく聞かれたので拒否した。そして「なぜ言う必要があるのか」と問いただしたところ、上司が出てきて、「途中で切れた時にすぐ対応できるように、情報を登録するため聞いている」と言われた。契約者でもない簡単な問い合わせなのに、個人情報を聞き、勝手に登録するのは如何なものか。

【ラジオ】

  • 午後の番組で、豆知識という話題で、「できそうでできない体の動き」について取り上げていた。しかし、その内容は、放送の前日に、あるニュースサイトに掲載されていた記事と全く同じもの。説明も一字一句違わず、出典については何も触れていなかった。番組DJは、自分の豆知識として紹介し、「皆さんもやってみてくださいね」など、自分が知っていることのように得意気に話していた。これは盗用にあたるのではないのか。問題があると思う。

【CM】

  • 若い女性がブラジャーをつけ、微笑むCMが流れている。生々しくて不愉快だ。万人の目に触れるテレビで流すべきではない。

青少年に関する意見

【「性的表現」に関する意見】

  • アニメ番組を子どもと見ていたら濃厚なキスシーンがあった。子どもも戸惑っており、見せてしまったことに対して罪悪感が生じた。我が家では夜9時以降の番組はあまり子どもに見せないように気を付けている。番組自体は悪い番組ではないと思うが、時間帯も考え、このようなシーンがあるのなら事前に視聴者に分かるようにしてほしい。

【「表現・演出」に関する意見】

  • 主人公が小学生のアニメ番組で、いつもと異なる画風や設定で放送されたコーナーがあったが、主人公やキャラクターの言葉遣いがひどかった。子どもに人気の番組であり、悪影響がないか心配だ。

【「暴力・殺人・残虐シーン」に関する意見】

  • 猟奇殺人を取り上げた海外の映画を放送していた。子どもが見てしまいかねないので、このような残虐なシーンが多い映画は夜9時以降に放送してほしい。

  • 深夜帯のアニメ番組での死体の表現がグロテスク過ぎる。最近の子どもは寝る時間が遅いので、偶然このようなシーンを目にしてしまうことも考えられる。小さい子どもにはトラウマになりかねない表現なので注意してほしい。

【「いじめ・虐待」に関する意見】

  • 深夜のバラエティー番組で、スキー場で芸人を裸にしてスノーモービルに乗せ、寒がっている姿を他の出演者が笑っていた。さらに芸人をゲレンデに寝かせ、ブルドーザーで雪を落とし、覆い被せていた。毎年、雪下ろしで亡くなる人がいるのに全く配慮がない。一人を限界まで追い込み、周りで笑っている様子は集団いじめを連想させる。テレビがもたらす影響を番組制作者はしっかり自覚してもらいたい。

【「要望・提言」】

  • 最近、規制が多くてテレビがつまらなくなってきている。ゴールデンタイムはともかく深夜番組にも批判が寄せられている。確かに子どもが見る時間帯や家族がそろって視聴するような時間帯で過激な暴力シーンや性的なシーンがあるのは良くないと思うが、もう少し寛容でもいいのではないか。視聴者からの意見も大事にしてほしいが、苦情を寄せる一部の人の意見に影響を受け過ぎているように感じる。

2017年1月31日

中国・四国地区意見交換会

放送人権委員会は1月31日、中国・四国地区の加盟社との意見交換会を広島で開催した。中国・四国地区加盟社との意見交換会は2011年以来3回目で、21社から60人が出席した。委員会側からは坂井眞委員長ら委員8人(1人欠席)とBPOの濱田純一理事長が出席し、「実名報道原則の再構築に向けて」と題した曽我部委員の基調報告と最近の4件の委員会決定の説明をもとに3時間50分にわたって意見を交わした。
概要は以下のとおりである。

◆ あいさつ BPO濱田純一理事長

このBPOという組織は、放送の自由を守る、そしてまた放送の自由というものが社会にしっかりと受け止められていく、そういう流れを作っていこうということで、日々、努力している組織でございます。どうしても人権問題とか、そのほか番組上のいろいろな課題が出てきますと、そこに政治、行政、あるいは司法というものが関与してくるリスクというものがありますけれども、私たちが考えていますのは、そういった問題、つまり市民社会の中で起きる問題というのは、基本的に自分たちの手で解決をしていこうと、そのようにすることによって、社会そのものも成熟していくはずだし、ただ放送事業者だけが自由を主張するのではなくて、社会にとって放送の自由が必要なものだと、ほんとうの意味で受け入れられていくようになると、そういうことを理想として目指しております。
BPOでは各委員会が決定など、さまざまな判断を出します。私たちが期待しておりますのは、その決定、判断、そういうものが出たという、それだけで終わるのではなくて、そこで出た内容というものをしっかりと消化していただく。場合によっては、委員会の判断に疑問あるいは別の考え方が皆さま方の中にあるかもしれませんが、そういうときには、こういう意見交換会のような場であるとか、あるいはBPOから講師を派遣して皆さまに説明をするという、そういうことも柔軟にやっておりますので、そうした機会を利用して一緒になって放送の自由というものを作り上げていこうと、そういうふうに考えております。
そうした意味で、きょうの会合というのは、ただBPOの委員会が判断したことを皆さまにお伝えするだけではなくて、一緒になって放送の自由というものを作っていく、そういうまたとない機会だと思っております。ぜひ皆さま方も積極的にご発言いただき、そして中身が充実しますよう、ご協力いただければと思っております。

◆ 基調報告 「実名報道原則の再構築に向けて」 曽我部真裕委員

直近で相模原殺傷事件というのがございまして、あのとき被害者の氏名が発表されず、改めて匿名、実名という問題がクローズアップされたところであります。少し前ですけれど、2013年にはアルジェリアで日本企業の社員が人質になって殺害されたという事件がありましたが、あのときも日本政府は被害者の氏名を発表しなかったというところで問題になりました。
それから、昨年、実名報道の可否が中心的に争点になった訴訟があり、最高裁まで行ったものがございます。報道界がかねて主張してきた実名報道の意義が裁判所によって認められ、実名報道は名誉毀損であるという原告の訴えは退けられました。ただし、同時に「犯罪報道については被疑者の名誉の保護の観点を重視すれば、被疑者を特定しない形で報道されることが望ましい」と述べていて、報道界の主張の正当性を積極的に認めたとも言いきれない、実名報道原則については引き続き議論を深めることが求められると、レジュメに書かせていただいています。
報道機関の考え方
皆さま方はよくご存じだと思いますが、議論の出発点として確認させていただきたいと思います。
ポイントは3つあると思うのですが、まず大前提として、発表段階で匿名にするか実名にするかという話と、報道段階で匿名にするか実名にするかという話は区別するということです。その続きで、発表段階、主に警察が多いと思いますけれども、警察は実名で発表すべきであると報道界は言っていて、新聞協会も放送局も発表段階では実名発表すべきだという主張をされています。その上で、報道段階で実名にするかどうか匿名にするかは報道機関が独自に判断をする、発表する側は余計なことを考えずに実名で常に発表すべきであると、そういう考え方を取っておられる。
実名報道が原則という理由として主に3つ挙げられています。実名は5W1Hの中でも事実の核心であるということ、それから、実名発表がないと、直接その人に取材に行く手がかりがない、それから、実名があれば間違いの発見が容易になり真実性の担保となる。これは、2005年の「犯罪被害者等基本計画」に関するBRC声明でも触れられているところです。例外的に匿名報道をすべき場合もあるが、その判断は発表する側ではなくて報道機関がする、その責任も報道機関が負うと報道機関は主張されているわけですが、実際どうかと申しますと、こういう考え方は必ずしも発表側、とりわけ警察に受け入れられているわけではない、警察の匿名発表が問題だというご意見をあちこちで聞くわけです。
報道機関は、匿名発表が横行する理由として大きく2つの理由を挙げておられます。個人情報保護意識の高まりという社会的な状況ということが1点、これはインターネット時代になって、いつ名前をさらされ、いろいろな攻撃を受けたりするかわからないということで、なるべく名前を出さないというような意識が定着しているということです。それから、法令等による制度的な要因もあるんじゃないかと、よく言われるのは個人情報保護法ですね。個人情報保護法が10数年前に施行されてすぐに、例の尼崎のJR西日本の脱線事故が起き、なかなか被害者の名前が提供されなかったわけです。過剰反応問題とかいろいろあって、個人情報保護法があることによって取材を受ける側が個人情報を出してくれなくなったということです。それから、これはもう少し文脈が限定されたことですけれども、犯罪被害者基本法というのがあり、被害者の保護がここ10何年か重視されるようになって、被害者の名前がなかなか発表されないようになってきている、こういったものが法令に基づくような実態であるということです。
報道機関の側は、個人情報保護法を改正して報道に対する配慮をより明示的に盛り込むように主張されていますが、なかなか認められないわけです。個人情報保護法は2015年に比較的大きく改正され、ことしの5月に全面施行されることになっていますけれども、結局、報道機関の意見はこの改正でも認められなかったということになります。
警察にしてみれば、実名で発表するか、匿名で発表するかは裁量であるというのが制度の理解として正しいだろうと思うんです。そういう中で、匿名発表を選ぶというのは、それだけ何らかの理由があるだろうと、冒頭申し上げた報道機関による実名発表原則の主張が、必ずしも受け入れられていないのだろうと個人的に思うところです。
実名報道原則をめぐって
匿名、実名の判断の責任は報道機関が負う、だから、発表側は余計なことを考えずに実名で常に発表すべきであると申し上げましたが、この命題が、実はなかなか難しいんじゃないかということをまず申し上げたいと思います。実名にするにしても匿名にするにしても、その責任は各社が負うというのがこの命題の前提にあるだろうと思います。つまり、個々の社の責任範囲が特定できる、確定できるということが前提になっていると思いますが、実名で報道される側は、これは個々の社がどうだというのではなくて、メディア全体としての責任を考えるというふうに思うのが通常だろうと思うわけです。そうすると、責任主体についてギャップがある、メディア総体について考えた場合に、個々の社の責任範囲が確定できるかということになるのでありまして、そういう意味で、この命題というのはなかなか理解されにくいように思われます。
実名報道は事実の重みを伝える訴求力があると、実名報道原則を主張されているわけですけれども、この点は確かにそのとおりだろうと思います。しかし、実名か匿名かが問題になるときは、例えば大きな報道被害があったり、そういうシビアな局面を考えているので、そういうときに実名報道が原則だからという一般論で押し切れるかというと、なかなか難しいだろうと思うわけです。
それから、実名報道によって権力者を追及するという命題、報道機関の側からよく言われるわけですが、これは確かにそのとおりで、例えば政治家の不祥事とか公務員の職務犯罪については実名報道がなされなければならないと思います。ただし、権力者を追及するという理由で実名報道ができるのはその範囲でありまして、例えば被害者とか公務員でない人については、実名報道がこの理由では正当化できないと考えざるをえないわけです。
レジュメでは「一貫性に疑問も」と書いていますが、例えば、暴力的な取り調べを行った結果、冤罪につながったとして国家賠償訴訟が起こされたり、捜査段階で無理な取り調べが行われ、一旦有罪になったけれども最終的には無罪になって取り調べが違法だったと訴訟が起こされたりするケースが時折あります。その時にどんな取り調べをしたのかということで、当該警察官を証人尋問で法廷に呼んでくるわけですけれども、その警察官の名前を出さなかったりする例があるんじゃないかという批判があったりもします。実名にして何の差支えもないと思うんですけれども、実名報道によって権力者を追及するということとの一貫性はどうなのかとかいう批判もあるところです。
被害者報道について実名を主張する場合に、「被害者だって伝えたいことがあるはずである」という指摘が報道側からなされることがあります。これは、結局人によるということですね。匿名を望む被害者がいることも事実ですし、時の経過も被害者の心情に影響するということだと思います。最近、被害者学という学問が発達してきていると言われております。私は全く素人ですけれども、ちょっと論文を引用してご紹介しますと「被害者遺族は死別直後の〈孤立〉感の中で、〈取材攻勢〉を受け、〈記者集団への恐怖〉など様々な傷つきを負った。さらに、〈世間の冷たさ〉が追い討ちをかけた。一度は〈取材拒否〉になるが、〈他の遺族を支えに〉裁判を経験したりする中で自身の体験を世に〈伝えたい〉、理解して欲しいと考えるようになった。これが認知の転換である」と、被害者の認知の転換というのが起こり得ると、言われたりすることもあるんです。そうはいっても、被害者の思いというのは多様で複雑で、被害者は自らの意思で事件や事故に関わりを持ったわけではないということを踏まえれば、実名報道を認めるか否か、どういう形で取材に応じるかについては、その意向が尊重されてしかるべきだということが求められるのではないかと思うところです。
一層の説明努力と社会へ広く発信を
以上のようなお話を踏まえ考えますと、以下のようなことが今後求められるのではないかということです。
まず1つ目は、実名報道の論拠に即したルールの確立というところで、あらゆる場合に実名報道が原則だということを言うためには、そのための論拠が必要だと思うわけです。もう少し、実名報道の論拠というものを考え直してみることも求められるのではないかということです。
2番目として、関連しますけれども、もちろん実名報道すべき場合も多いと思うわけですけれども、その一方で、やはり、いわゆる報道被害というものは確実に生じているわけです。その被害の実情を直視したルールの確立ということも求められるのではないかということです。
3番目、開かれたルール作りとありますけれども、これは率直に言って、実名報道に関するルールというのは報道機関が自分たちで作って、それを世間一般に「理解しろ」と言っているところがあると思うわけです。被害者側、報道被害者側とすると、必ずしも自分たちの思いとか、状況を汲み取ったものではないかもしれない。関係するアクターに開かれたルール作りが求められるのではないかと思うわけです。
それから4番目、実効性確保の必要性ということで、メディアスクラムについてはかなりルールが整備されてくるようになったと聞いていますが、例えばテレビ局の報道部門はちゃんと守っていても、バラエティーとか情報番組を作っているところは守らないというようなところもあって徹底していない。報道でない部署とか週刊誌まで含めると、必ずしもメディアスクラムの防止の努力が取材対象者側に伝わっていないところもあるように思いますので、その辺りも含めてより一層の努力が求められるのではないかということです。
それから最後に、こういう取り組みをしていますということを、社会に向けて広く発信し、説明し、理解を得ることによって、最初に戻りますけれども、警察の裁量で匿名発表にしているところが、もう少し実名発表の方向に振れて行くような流れになるのではないかと考えている次第です。

◆ 基調報告の補足説明 坂井眞委員長

私が弁護士になったのが、31年ほど前ですけれども、その頃に共同通信の記者だった浅野健一さん、後に同志社の教授になった方が『犯罪報道の犯罪』という本を出されました。当時の犯罪報道は全部実名で、逮捕、起訴されただけでほとんど有罪みたいな報道がなされていて、「それは人権侵害じゃないか」という書かれ方でした。我々はそれを報道被害だと言って、当時のメディアの方から「報道による被害とは何事だ」と言って怒られたりしていたのが、今や報道被害という言葉は市民権を得てしまいました。
最近、若い弁護士と話をしますと、「実名で報道する意味なんかあるの?」と言う人がいるわけです。人権感覚もありメディアの報道の価値も認める方がそういうことを言う。かつて「匿名にしろ」と言っていた私は「え、何言っているんだ」と。逆の立場になって、報道は実名でやることに価値があるんだ、事実を伝えることはまず実名ではないかと話しているという、ちょっと怖い状況があるということです。
そういうことを含めて、曽我部委員は論文の最後のところで「匿名発表の傾向を押しとどめるためには、遠回りのようにも見えるが、実名報道主義の再構築による信頼確保が鍵となるのではないか」とまとめておられるわけです。
出家詐欺報道。結局、これも匿名化はしました。しかし、顔も映さず、服も替え匿名化したから逆に取材が甘くなって、捏造とは言っていませんが、明確な虚偽を含む報道をしてしまった。それが、安易な匿名化がもたらす問題性ということだろうと思います。
再現ドラマについて。情報番組やバラエティー番組で、現実にある複雑な社会問題を視聴者に分かりやすく効果的に伝える手法として再現ドラマをやる、これはいいでしょうと。けれども、再現ドラマと言いつつ、現実と虚構をないまぜにしてしまう、そこで、どこまで真実を担保するのか、そういう視点が不十分じゃないか。実在する人を使って再現ドラマと言いながら、「ちょっと面白いから」とバラエティー感覚で事実と違うことを入れちゃう、そうすると、実在する人について事実と違うことをやったと受け取られたりするわけです、匿名化が不十分だったりすると。「再現ドラマだから、こんなもんでいいだろう」という甘さがあるということですね。番組として事実を取り上げて、意見や方向性を示すことは当たり前ですから、当然認められます。だけど、その前提として、取り上げる事実に対しては謙虚な姿勢が必要なんじゃないでしょうか。ストレートニュースの場合はあまり考えないと思いますが、再現ドラマだと面白くしようみたいな誘惑があるんじゃないか。取り上げられた事実の中には生身の人間がいるわけですから、きっちり匿名化して傷つけないようにしなくちゃいけないと思うのです。
私も関わった事件ですけれども、柳美里さんという方が『石に泳ぐ魚』という小説を書いて事件になって、名誉毀損、プライバシー侵害が最高裁でも認められました。これはモデル小説なんですね。名前も変えていて普通の人はどこの誰だか分からない、それでも名誉毀損やプライバシー侵害が起きますよという判決が確定しています。古くは、もうちょっと誰だかわかる小説で、三島由紀夫さんの『宴のあと』、これもやっぱりモデル小説でも名誉毀損が起きると言っているわけです。
再現ドラマはもっと現実に近い扱い方をすることが多いので、小説の世界でこれだけ確定していることについて、放送メディアは十分に理解していないんじゃないかということを法律家としては考えます。

◆ メイドカフェ火災で死亡した3人の実名報道をめぐる意見交換

基調報告を受けて、広島市内のメイドカフェの火災(2015年10月)で死亡した3人について実名で報道するかどうか報道各社の対応が分かれた事例を取り上げ、各局の報告をもとに意見を交わした。
【A局】 3人とも実名報道
まず警察から報道機関への発表の段階で、実名発表にするかどうかでやり取りがあり、1人目の男性客を警察は実名で発表しました。その後、残りの2人については、遺族から「発表しないでほしい」という強い意向が警察に伝えられたということもあって、警察からは匿名で発表しようという方針が示されました。これに対して記者クラブは、1人目を実名で発表していることとの整合性がとれないことや、匿名で報道するかどうかは報道機関に責任を負わせてほしいという意向を伝え、結局、警察が実名発表に切り替えたということがありました。
その上で、報道機関として実名で報道するかどうかというところですが、ここは各社対応が分かれました。まず、このメイドカフェというのが風俗店なのかどうかが、1つのポイントになりました。わが社としては、警察や元従業員、お客さんなどに取材して風俗店ではないと判断しました。死亡した1人目の男性客を実名で報道していたので、2人目、3人目を匿名にすると整合性がとれないところがあったので、この2点を踏まえて3人とも実名で報道しました。メイドカフェは2階部分に個室があって、マッサージをしていたというような話もあったりして、風俗店かどうか非常にグレーな部分があったので、対応が分かれたのではないかと考えています。
【B局】 実名原則に則って報道
基本的にA局と一緒です。記者クラブと警察当局とのやり取りがあったと聞いておりまして、実名原則ということに則ってやる。ただし、名前を繰り返し連呼しないとか、「これが配慮か」と言われたらどうかわかりませんけれども、そういったことに気をつけて出稿したと聞いております。
メイドカフェと1回書かないと、なかなか店舗の実態が分からない、雑居ビルの中にある、そういう店だということをメインに原稿を書きました。記者からは、どこの報道と言うわけではないんですが、いかがわしい店では全くないのにメイドカフェの客と従業員という理由で匿名で報道されたら、ちょっと納得いかないという現場の声もあったという、そういったいろいろなことを加味しながら判断したという状況です。
【C局】 2人目の死者からは匿名報道
最初の1人は実名報道をしました。まだどういった店だかわからない、全体の被害の程度がわからない部分があって、警察が発表したということもあり、とりあえず実名が原則だろうと報道しました。
その後、どんな店かということが次第に明らかになってきて、個室があって非常に逃げにくい状況があったと。どこまでがいかがわしいのかわかりませんが、風俗店に近いようなサービスが行われていたのではないかという話があった段階で、デスクと記者といろいろ話をして、ひょっとすると被害者の方はこういうところで亡くなったということを報道されたくないのではないかと推測しました。それで、総合的に判断して、最初の方は実名で報道しましたが、途中からは匿名に切り替え、2人目の男性客と従業員の方は匿名にして年齢と性別だけ報道しました。
【D局】 2人目の死者からは実名をスーパー処理
実名報道の原則というのが1番ですが、逆に名前を出さないことによって、いかがわしい店であるような誤解を与える恐れがあるというようなことも考え、実名報道をしております。
ただし、やはり風俗店のように誤った印象を与える可能性もあるということもあり、2人目の死者の客の方はコメントでは触れずに、スーパー処理で名前と年齢を出していると、3人目の従業員も身元判明ということで1度だけ触れるという形で出しております。顔写真も手に入れておりましたが、出しておりません。1人目の方は、翌日に警察の発表があったということで、その日のニュースでは実名報道し、2人目、3人目については身元判明という観点から1度だけそういう形で出しました。
(曽我部真裕委員)
局によって対応が分かれたということで、大変難しい事案だったのだろうと思います。後付けで、どちらが適当であったということは全く申し上げられないのですが、結局、被害者の方の名前、新聞では住所まで出ていますけれども、それがニュースになるのか、どの程度のニュースなのかということですね。例えば、匿名にすることによって、その周辺のディテールは当然ぼやかして報道せざるを得ないわけですけれども、本件で匿名にすることによってそういう影響があったのかどうか、そういった点も考慮要素になるのかなというふうにも思います。
それから、先程申し上げたお話との関連では、記者クラブが警察に実名発表を求めて、それが実現したというのは非常に適切な対応だったのではないかなと思います。
(坂井眞委員長)
このメイドカフェ火災というニュースを報道する価値は当然にあると。初動の段階で、被害者がこういう方だと書くことで、何か権利侵害を引き起こす恐れはあまりない、一般的にない。
その後、実はこれはメイドカフェで、いかがわしかったかもしれないということが判明した段階で変えるというのは、私はありだと思う。2階が個別の部屋になっていて火災になった時に逃げづらいとかいう話があるんだったら、「そういう営業形態は問題があるんじゃないか」というニュース価値もあるわけだし、そういう場合に、誰が死んだのか実名を報道することに意味があるのかと考えると、そこでバランスを変えて匿名にしてもいいんじゃないのかという気がしています。
(曽我部真裕委員)
そもそも火災の被害者を実名で報じることの意味を考えてみる必要があるのかなというふうに思う。被害者の無念の思いを掘り下げて、別途取り上げたりするのであれば、誰が亡くなったのかは非常に重要だと思うんですけれど、単に亡くなったというだけのために名前を出すことに、いかなる意味があるのかというあたりから、問題を考えていくのが良いのかなというふうに思うんです。
重要な事件は報じることに公共性があると思うんですけれども、被害者は、そこに自発的にかかわった方々ではないですね。被害者については極端に言うと、実名報道が原則かどうかも更地から考える余地もあるのかなという気はするんです。加害者とか被疑者、被告人は自分で事件を起こしたわけですので、当然実名報道が原則で、非常に微罪であるとか、そういう例外的な場合は匿名だと思うんですけれども、被害者については、それでも実名ということであれば、明確に説明できる論拠を掘り下げる必要があるんじゃないかと、個人的な意見ではありますけれども、思っております。
(坂井眞委員長)
日弁連が、アメリカ、カナダへメディアの調査に行った時に、ニューヨークタイムズへ行ったんですね。9.11の2,3年後で、4千人ぐらい亡くなったんですかね。ニューヨークタイムズはその名前を全部調べて報道したということがあって、その時、日本ではすでに個人情報保護法が肥大化して情報が出てこない、警察が出さないみたいなことがあったので、情報公開を使わないのかと聞いたら、そんなものを使っていたら時間が経ってしょうがないから、自分で調べるんだと言って報道したわけです。火災の被害者の名前を出すことの意味は、具体的にはすぐには説明出来ないけれども、9.11の時に4千人死にましたというニュースと、これだけの実名の人が死にましたというニュースの価値は同じなのかというと、やっぱり出す意味はあるんじゃないのかと。
全部実名にしろとは言っていないので誤解はしてほしくないが、そこをメディアの側から言ってもらわないと、なかなか今の流れが止まらなくて、ほんとに情報が流れなくなったらどういう社会になるのかというと、わたしは非常に気持悪いので、若い弁護士にそれは違うんじゃないのと言っているわけです。
(奥武則委員長代行)
新聞協会の2006年版の『実名と報道』は、わたしも大学の授業の資料に使ったりしたんですけれど、これは基本的に加害者の話ですね。実名報道を批判する浅野健一さんの本(『犯罪報道の犯罪』ほか)も、容疑者の名前を逮捕された段階で実名で出すことによって犯人扱いされてしまう、そういう話だったんです。それが、個人情報保護法とかいろいろあって、被害者の側はどうするのか、新聞協会もこの原則(2006年版『実名と報道』)を作った時には、おそらく、その点をしっかり考えていなかったんですね。確かに曽我部先生が「実名報道原則の再構築」とおっしゃるように、違う原則を考えていかなきゃいけないだろうということがありますね。
わたしのちょっと古びた報道記者的な感覚から言うと、今回の火災は、やっぱり匿名にしたほうが良かったんじゃないかと思います。新宿の歌舞伎町で、メイドカフェではなかったですが、同じような感じのところで何人か死んだ火事があって、あの時も随分問題になりましたが、基本的に新聞は匿名だったんじゃないかと思いますね。
(紙谷雅子委員)
広島では、おそらく新聞にお悔やみ欄というのが存在していて、亡くなった方の名前は公表される。東京ではそういうことは全くない。そういうコンテクストを考えると、広島のテレビで実名でこういうことが出て来ても、あまり不思議ではないのかなという気がします。つまり、火災で人が亡くなったという情報とあそこのおじさんが亡くなったというのが、クロスして出て来るだろうと思うわけです。新宿歌舞伎町の場合はちょっと難しい。全国一律ルールみたいなものは、なかなか成り立たないのではないかとちょっと感じます。
それとはまったく別に、なぜ匿名にしたのか、実名にしたのかについて、報道した側が自分の中できっちり説明が出来る論拠があるということが一番大切ではないか。みんながやっているから、お隣がそうしているからではなくて、自分たちで判断したということが、新しくルールを作っていく土台になると思います。
(発言)
わたしも、最初の第一報で名前を出し、整合性をとるために次の人の名前も出すということに、あまりこだわらなくても良かったんじゃないかという気がしています。店の状況が分かったところで、途中から匿名に変えたという局もありましたけれども、そのように柔軟に、もしかしたら遺族がどう思うかなとか想像して変えていくというようなことがあっても良いのかなというふうにも思いました。
坂井委員長がおっしゃった、例えば9.11とか3.11のように、親戚あるいは学生時代の友達がいるけど大丈夫かしらというような大災害や大きな事件に関しては、名前を出してもらえるとありがたいと逆に感じるものだと思います。
(発言)
ローカル放送をやっている立場でいうと、人の名前がすごい意味を持つと思うんです。いわゆる全国ニュースとローカル、全国紙と地方紙と区別するわけじゃないですが、わたしどもが話せる話といえばローカルニュースだと。そこでは、まず名前を出す、この人が亡くなったんだという情報はやっぱり伝わりやすい。これは両方の意味があって、名前を出すことで、もしかしてあの人じゃないだろうかという反応もあれば、逆になぜ名前を出すんだというような声は、おそらく中央のメディアよりも、はるかにびんびん伝わって来ます。
風俗店がどうかという議論もありますが、ローカルの立場では名前にこだわる、より視聴者に近いということを、ぜひ感じていただければと思います。
(坂井眞委員長)
事実を事実として伝えるなかで、実名は意味があると思っています。だけれど、実名の5W1Hなしで何が事実報道だという話だけでは、社会の納得は得られないところまで来ていると思うんですね。事実報道の価値をいうだけでは、メディアの受け手から「ほんとにそれ必要なの?」と言われてしまっているので、いやいや、だからこういう意味で、こういう時は必要だというところまで言わないと、どんどん匿名化の流れは進んでいってしまう。原則論だけでは、もう匿名化の波は押しとどめられない。メディア側が実名を出すべき時と出すべきではない時をちゃんと自分で判断をして、説明出来るようにしていかないといけないというのが、私の考えです。

◆ 第57号 出家詐欺報道に対する申立て [勧告:放送倫理上重大な問題あり]

(坂井眞委員長)
申立人の主張は、自分はブローカーではない、ブローカー役をやってくれと言われただけだということですね。ところが、自分がブローカーであるかのように知人に伝わってしまったので、人権侵害だと。NHKは、匿名化が万全だから視聴者は分からないと言っています。
人権侵害について
まず、この映像を見て、申立人がどこの誰だかわかりますかという話です。申立人の主張を整理すると、役を演じただけですと。左手をこう動かしたりとか、ちょっと小太りな体形から、自分が誰だか分かってしまう、言い方の関西弁も特徴があって分かると、そういうことでした。分かっちゃったとしたら、ブローカーという裏付けはないわけですから、人権侵害と言う話が出てくるわけです。
しかし、撮影当日は服を着替えています。腕時計も外しています。ご覧になったように、どのシーンでも顔は見えていません。NHKの持ってきたセーターに着替えて映っていますが、体形も多少映るけれども、それ以上でもない。特定出来ませんというのが、委員会の判断です。
これとの関係で、申立人が人権侵害があったと気づいたのは随分後なんです。放送は『かんさい熱視線』が2014年4月25日、『クローズアップ現代』は5月14日。人気番組で評価の高い番組だから、見ていた人は相当いたでしょうと。ところが、それから半年以上経って、東京のほうにいた甥がNHKのホームページで見たと。ところが、この番組はそう簡単には分からないんですね。3千以上の番組があって、探して偶然行き当たるとも考えられない。また、申立人は大阪の有名な繁華街のラウンジやクラブで店長を務めていた方で、4、5回会った人は分かるという。ならば、そういう人は相当いたんじゃないのと。ところが、ヒアリングをしたら、放送から半年以上の間、誰もそんなこと言いませんでしたというようなことから、やっぱり特定出来ないということになりました。
放送倫理上の問題
人権侵害はない、だけれど分からなかったら、その人のことはどう報道しても、虚偽を報道してもいいのかというと、そんなことはない。自分のことを全然違ったように言われたら、取材された人は怒るわけで、それは放送倫理上の問題が当然起きます。放送がある人物に関してなんらかの情報を伝える時に、そこにおける事実の正確性は匿名か実名かにかかわらず、放送倫理上求められる重要な規範の1つなんだと。
申立人は、最初は放送に出るとも思っていなかった、その後は資料映像だと思っていたとも言っていましたが、どうも納得がいかない。出家詐欺ブローカーを演じたのかどうか、そこはよく分からないところでした。NHKは、インタビューの内容からしても出家詐欺ブローカーと信じたと主張されるんだけれども、もともと出家詐欺ブローカーだと信じていたから取材が始まっているわけで、インタビューをして分かりましたというのは論理的にちょっとおかしい、説得性がないということです。
結局、取材のスタート地点で、どうしてAさん、申立人を出家詐欺ブローカーだと信じたんでしょうかということに尽きるわけです。そうすると、事実に対する甘さ、追求の甘さがはっきり出てくる。Bさんという方は前々から記者の取材先、情報をくれる人だったわけです。そのBさんからは聞いていたけれども、Aさんには撮影当日に30分の打ち合わせをするまで一度も会ってない、裏取りをしてない。Bさんがそう言ったからというだけで、Aさんに対する必要な裏付けを欠いたまま出家詐欺ブローカーだと断定している。
それだけでも大いに問題ですけれども、最初に出た映像、実は事務所でもなんでもない。多額の負債を負った人でもなんでもない。ところが、そういう人を追っかけて取材している。実はその人は取材先のBさんなのに。結局、真実性を裏付ける必要があるのにやらないまま取材に行って、さらに事実と違うことまでやってしまいましたと。
ということで、出家詐欺ブローカーと断定的に放送し、さらに事実と違う明確な虚偽を含むナレーションで申立人と異なる虚構を伝えていることに問題があった。放送倫理基本綱領に書いてある「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」というところに反していますね。テレビにおける安易な匿名化がもたらす問題をはらんでいるのではないでしょうかと。そこをちゃんと詰めていかないと、こういう問題また起きますよ、注意しましょうと、そういう事案でした。
(質問)
取材をしているものとしては、ここまで仕立て上げるということは普通は考えられない。なぜこういう経緯をたどって、こういう放送に至ったのか、担当記者には聞いたのですか?
(奥武則委員長代行)
担当した記者には、ヒアリングをかなりしつこくしました。今おっしゃったように、こんなことまで仕立ててやっちゃったというのがわたしの感想で、NHKの番組で、こういうことがあったというのは、いささか愕然としたんですけれど。
要するに分かりやすい言葉で言うと、あそこに出てくる多重債務者は記者のネタ元なんですね。今までいろいろネタをもらっていて、ある時、記者が出家詐欺の番組を作ろうと思うんだけれど、あんた良い話知らないのと言ったら、いや、わたしいろいろあって出家詐欺やろうかと思っている、知っている奴がいるから連れてくるよって、その話に全部乗っかってやっているんです。普通の記者の倫理の感覚でいえば、ありえないんだけれど、やっちゃった、そういう話ですね。
(二関辰郎委員)
事前のアンケートで、「よく知る人物であれば特定できる」という申立人の主張に関して「よく知る」とはどの範囲なのか、広く一般の視聴者が特定出来なければいいのか、それとも、家族、友人だと特定出来るような場合も問題があるのかというご質問がありましたので、ちょっとコメントします。
BPOでは、一般視聴者が特定出来なければ良いという立場ではなくて、その人物をもともと知っている人が特定出来る場合は問題になりうるという立場を取っています。この出家詐欺の事案では、人権侵害との絡みでは申立人をよく知っている人にとっても特定出来ないと判断しています。名誉毀損というのは社会的評価の低下があるかどうか、いわばよその人たちにとっての評価の問題だから、他人が見て分からなければ、ごく親しい人も含めて分からなければ、評価の低下はないことになり人権侵害はないこととなる。
本件では、そうはいっても取材された本人は分かるんじゃないかという、ある意味厳しいところで放送倫理上問題があるという結論を出しているんですね。名誉毀損は社会的評価という、まさによその人の見方なのに対して、放送倫理は放送局のいわば行動規範的な部分の側面が強いですから、世間の人がどう思うかということとは切り離しても良い側面があると思うんですね。その意味で、「こういう人がいる」という事実として報じている以上、そこには倫理上の問題が生じうる。放送人権委員会は、申立人という特定の人物との絡みで事案を取り上げるかどうかを決めますので、そこをとっかかりにして取り上げて判断したということです。

◆ 第58号 ストーカー事件再現ドラマへの申立て [勧告:人権侵害]

(市川正司委員長代行)
この番組は『ニュースな晩餐会』という、いわゆるバラエティー番組、情報バラエティーと言われるものです。ストーカー事件の被害の問題について、その一例を伝える目的で職場の同僚の間で行われた付きまとい行為や、これに関連する社内いじめを取り上げたものだと、こういう説明をフジテレビから受けております。
申立人の主張をザックリと申し上げると、社内いじめの首謀者、あるいは中心人物で、付きまとい行為を指示したと放送されたが、これは全く事実無根であると、これによって名誉を毀損されたという主張です。
フジテレビは、再現映像の部分を含んで「被害者の証言をもとに一部再構成しています」というテロップが出ている、それから、仮名やぼかしを使っている、音声も変えている、とすれば、視聴者は現実の事件を放送しているものとは受け取らないと、こういう説明をしています。名誉毀損というのは、実際にある人を特定して、実際にその人が映像に出ているかということで議論されて行くんですが、そもそもフジテレビのほうは、この番組は特定の方をモデルにした訳ではないし、特定の事件、現実の事件をモデルにした放送ではないという主張です。
仮に現実の事件を放送しているとした場合、次に登場人物と本人の同定の可能性、つまり、実在する特定の人物だと分かるかどうかが問題になります。その上で、摘示された事実の真実性、真実相当性が問題になります。放送が現実の事件をテーマにしているかどうかということと、登場人物が同定できるかどうかということは別の問題だというふうに考えていただきたいと思います。
名誉毀損について
委員会は、現実の事件との関係について次のように考えました。イメージという部分は役者による再現映像が出ていますが、連続した放送の流れの中では事件関係者本人が写っている映像が織り込まれている訳です。現実の事件の人物が入って来て、またイメージ映像になる、また現実の事件の本人が入って来ると、順繰りに代りばんこに出てくるという構成になっている。それから、2つめとして、再現映像の登場人物も事件関係者本人が写っている映像でも、同じ仮名を付けられているということです。
そうしてみると、イメージという部分が誇張であるとか、架空の事実を放送しているとしても、どこが真実で、どこが誇張なのかというあたりは視聴者は判断できないということになります。さらに、イメージ映像という再現映像の部分では「被害者の証言をもとに」云々というテロップが流されていて、むしろ視聴者は被害者が実際に存在する現実の事件を再現していると受け取るであろうと。それから、スタジオのタレントたちの表情、こういったものも加味すると、視聴者はイメージと表示された部分も含めて、登場人物の関係、それから行為等の基本的な事実関係において、現実の事件を再現したものだろうと受け止めると、こういうふうに考えております。
次に、登場人物と申立人の同定可能性について議論しています。同定性について考えると、食品メーカーの工場、それからB氏の映像とナレーション、駐車場というナレーションとその際の映像。それから、工場内の駐車場で車にGPSを設置した映像、それから、白井が送検される見通しというナレーション、これはあの職場に既に警察の捜査が入っていて、これは職場の人にとってみればヒントになる訳です。そして、申立人とC氏(取材協力者、放送では山崎)の会話の内容、隠し録音の内容が出て来ます。
それから、C氏らがフジテレビが本件を扱うことを、職場の同僚などに話してしまうことも十分に予測できる状況にあった、これがもう1つの要素として加わって結論的には同定可能性ありというふうに考えました。これは、ストーカーの被害者とされる一方当時者である山崎さんの取材だけに基づいて番組は構成されている。相手方の取材をしていないということは山崎さんも当然認識しておられる。そうだとすれば、自分の言い分に沿った番組ができるだろうと、たぶん理解していただろうと。そうであれば、いくらフジテレビが口止め的なことをしようとしたとしても、彼女が、今日は私たちのことを放送しますよ、うちの職場のことが放送されますよ、と職場でしゃべることが、当然予想できたのではないかということを含めると、同定できるのではないかと考えたということです。
そうなると、申立人の名誉毀損が成立してしまうということになります。いじめの首謀者で、白井という男性にストーカー行為を指示していたということですけれど、申立人は「いや、そんな事実は全く無い」、「私は何の指示もしていない」と言っておりますし、確かに警察も彼女に対して何の取り調べも、捜査もしていなかったということもありました。そう考えると、真実の証明はできないし、真実と信じたことについて相当性も無いということで、同定ができると考えた後は、ある意味では一気呵成に名誉毀損になってしまうということになります。
フジテレビは、当初からこの放送は現実とは違うという頭がありますので、実際に起きていた事実と違うことを少しずつ入れているんですね。例えば、ロッカーの靴にガラス片が入っていた場面がありましたが、あれは実際にはそうではなかった。それはフジテレビも認めていて、ゴキブリみたいな虫が入っていたとかいう事実を少し変えて、少しオーバーにしていたりする。事実と違うということは、ある意味では同定性が認められてしまえば、一気に名誉毀損にまで行ってしまうということになります。
放送倫理上の問題
もう1つは、申立人からの苦情があったにもかかわらず、フジテレビは被害者とされた取材協力者自らの行動もあって、申立人の匿名性が失われた、つまりドラマの登場人物が申立人だと分かるようになった後も、取材協力者の保護を理由に苦情に真摯に向き合わなかった。本件放送の後すぐに申立人から苦情があったし、取材協力者が職場で自らこの放送のことを言って回っていて、取材協力者を保護する必要性が薄れたことがわかった後も、申立人の苦情に取り合わなかったということがありました。この点で放送倫理上の問題があったのではないかと指摘をしています。

◆ 第59号 ストーカー事件映像に対する申立て [見解:放送倫理上問題あり]

(市川正司委員長代行)
第59号の申立人(決定文のB氏)も、同じような主張をされています。基本的に同定性については同じ判断です。ただし名誉毀損は成立しないと考えております。事実関係で申立人とフジテレビで違うところが一部ありますが、いわゆる付きまといと言われるような行為をしたことは事実であるということなので、基本的な事実の部分については真実性があり、名誉毀損には当たらないというふうに考えました。
ただし、今申し上げたように、細かい事実関係では事実と違っている訳です。それは、結局、相手方である申立人から全く取材をしないで、一方だけの取材に基づいて放送しているということで、放送倫理上の問題があるという1つの理由になっています。放送後の対応は第58号と同様で、きちんと対応していないという指摘をしています。
再現ドラマについて -―― 第58号と第59号のまとめ
バラエティー番組とか情報番組で再現ドラマという手法はよくある、最近よく用いられる手法です。ただ、実在の当事者がいて、その取材映像やインタビューが挿入されれば、これはドキュメンタリーの要素が残って全体が現実の事件の再現と捉えられるだろうと。そうするとやっぱり、名誉とかプライバシーの問題は必ず出てくるということですね。先ほどの『石に泳ぐ魚』とか『宴のあと』のようにモデル小説という小説であっても、名誉毀損が成立し得るということです。
ぼかしや匿名化ということは、実際にモデルになる人がいる事件があったんだとイメージする、むしろ現実の事件をモデルにしているというふうに考えやすくなる訳ですね。そして、現実の事件を扱っているとすれば、被取材者が同定されてしまうと、名誉、プライバシーの問題が生じる。仮に同定できないという場合であっても、やはり現実の事件をモデルにしている以上は、真実に迫るという努力が放送倫理上求められる、これは出家詐欺報道の問題と同じです。再現ドラマであっても、再現部分か創作部分かをきちんと切り分ける必要があるというふうに思いました。
また、本件ではストーカー事件と最初に言っていながら、実際は職場の同僚同士の処遇をめぐる亀裂、紛争ではないかというふうに思われる訳です。そうであれば、双方への取材が可能であるし、必要な事案だったのではないか。既に警察の捜査も入っている。相手方を取材しない理由は、あまり見当たらないというふうに思いました。
(紙谷雅子委員)
第58号になぜ補足意見が出てきたのかというお話です。
単純に言うと、かわいい、華奢な感じの20代の女性が、二回りも年上の60代の昔から会社にいる怖いおばさんたちからいじめられている。ストーカーをした人も、おばさんに逆らえないからやっているようだ、みたいなストーリーとしてフジテレビは受け取っていたんじゃないかと思われます。それに対して、ヒアリングの結果、私たちが理解したストーリーというのは、どうも社内の人間関係がもっともっと複雑で、単純な恋愛感情がもつれた結果のストーカーというのとはちょっと違うのではないかと。
問題は、なぜ事実と違う情報に踊らされたのか。ストーカーだから、被害者を二次被害に遭わせてはいけない、加害者に連絡すると、二次被害の危険がある。で、一方当事者の話を信用した。確かに警察は取材したのですが、ほんとに黒幕がいたのかどうかは確認していません。番組の制作現場は男性が多いです。かわいい女の子をおばさんがイジメるというのは、なんかありそうだと、ついみんな思っちゃう。でも、重要なことは、現実の人間、一人一人違っています。みなさんには、ありきたりな紋切り型のステレオタイプの発想ではなくて、鋭い問題意識を持って社会の中で見えにくいことを、どんどん積極的に放送していただきたいと思っています。
委員会ではいろいろ議論をします。1つの声で答えを出せればいいのかもしれませんが、激論の中で必ずしも意見がまとまる訳ではありません。多数の意見と違う人が、なぜ、どういう理由で違っているかを示すことも大切ですし、さらに、結論には賛成するけれど、もうちょっと追加して言いたいと思う人もいます。一方当事者への取材だけになったのは、出来事をステレオタイプのイメージで把握していたからではないか、現場の制作者の先入観は無かったのか。わかりやすい構図のせいで、情報提供者に乗せられてしまう、そういう危険をちょっと指摘したかったので、補足意見を付けましたということです。

◆ 第61号 世田谷一家殺害事件特番への申立て [勧告:放送倫理上重大な問題あり]

(奥武則委員長代行)
これは2001年1月1日元日の紙面(スライドで表示)です。この事件の記事が出ています。私は当時毎日新聞社にいて、前日の大みそかが当番でこの紙面を作りました。本来だったら、この事件が当然トップになるんですけれども、元日の紙面、それも21世紀が始まるという日の紙面だったので、トップではなくて、こちら(1面左肩)に移す判断をしたんです。そういう意味で、私にとっても非常に印象に残っている事件です。1家4人の顔写真を一生懸命集めて載せています。この奥さんの実の姉が申立人、隣の家にお母さんと一緒に住んでいて第一発見者になったという方です。
番組は『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル』。2015年12月28日の放送で、午後6時からほぼ3時間ですね。さっきご覧になって、なんだか繰り返しが多くて、随分思わせぶりな作りだと思った方が多いのではないかと思います。FBIの元捜査官、サファリックという人がプロファイリングをして事件の犯人像を浮かび出す。最後に、年齢二十代半ばの日本人、被害者の宮澤家と顔見知りで、メンタル面で問題を抱えていて、強い怨恨、こういう4つの要素で犯人像を調べなきゃいけないと。別に何も新しいことはないと、私は思っているんですけれども。
申立人は第一発見者で、警察の事情聴取をずっと受けるわけです。警察は、当然怨恨という線を追う。申立人は半年間に及んで、あの夫婦に恨み持っている者はいないか、「悪意を探る作業」をさせられたと言っています。しかし、そういうことはなかった、強い怨恨を持つ顔見知りの犯行ということはありえないという否定に至った。で、悲しみを乗り越えてグリーフケアという仕事に飛び込んで、自立して講演をしたり著作活動をしている、申立人はそういう方なんです。ここの入口のところを、まずはっきり見ておく必要があります。
サファリックは恨みをかうことはなかったかとか、いろいろ聞くわけですね。これに対して申立人は「妹たちには恨まれている節はなかったと感じるんですね。あと、経済的なトラブル、金銭トラブルも男女関係みたいなものも一切なかったですから」と言うわけです。そこで「思い当たる節がないという入江さんに、サファリックは犯人像についてある重要な質問をぶつけた」、「それは犯人像の核心を突くものだった」というナレーションがあって、サファリックが、「(ピー音)へ行ったり、そのような接点は考えられますか?」と聞くと、それに対して申立人が「考えられないでもないですね」と答えるわけです。
けれども、ピーという音の部分、画面上は「重要な見解」というテロップですが、質問が消されているので、申立人は「何」が「考えられないでもない」と言っているのか、実は見ている人には分からないんですね。ところが、分からないにもかかわらず、「具体的な発言のため放送を控えるが、入江さんには思い当たる節もあるという」。ナレーションは、最初に申立人は「思い当たる節がない」と言っていたのに、「思い当たる節もある」というふうに変わっちゃっているわけです。申立人は一貫してサファリックさんといろいろ面談したけれど、自分の考えが変わったわけではないと言っている、ここがいちばん重要な部分です。
一般的に視聴者の理解を深め関心を引くために、規制音とかピーとかいう音、ナレーション、テロップといったテレビ的技法ということでしょうけれども、これはやっていいわけで、どんどんやっていいんです。しかし、それがこういうことになると困るわけですね。編集の仕方や規制音、ナレーション、テロップの使い方は番組が視聴者に与える印象に大きく影響する。大きく影響するから一生懸命やるわけですけれども、それが、事実を歪めかねない恣意的ないし過剰な使い方がされているとしたら、当然に問題が生ずる。
さっきのピー音の「重要な見解」部分は「若い精神疾患を抱えている人やその団体と仕事やカウンセリングやその他の場面で関わるようなことはありましたか?」と聞いているんですね。この質問が、申立人の「考えられないでもないですね」という答えを導くわけですが、もう1つの伏せられた部分は、申立人が「病院に行っていたということを私は知っています」と言っているんです。殺された弟さんが発達障害を抱えていて、それを気にして妹たちが病院に行っていたということを私は知っています、ということを言っている。隠さなければいけないようなすごく重要なことでは全然ないんだけれども、伏せられた結果、なんか犯人につながるようなことを申立人が言ったと受け取れられかねない形の放送になっている、それがすごく問題だということですね。
テロップも、サイドマークというようですけれども、画面にずっと出ているわけです。「緊急来日 サファリック顔見知り犯説 VS 被害者の実姉 心当たりがある」と、赤字で。被害者の実姉、つまり申立人は「心当たりがある」と言ったというふうに受け取れますね、これがずっと画面の右上に出ている。
ということで、視聴者がどう受け取ったかというと、「核心に迫る質問」とか「重要な見解」ということで、申立人は犯人像について何か具体的に思い当たる節があるようだと漠然と考えただろうと、ナレーションは「思い当たる節もある」と言っているわけですからね。実際のところどうだったかというと、「具体的な発言のために放送を控える」ようなことは何もない、ましてや犯人像について思い当たる節などない。にもかかわらず「申立人は思い当たる節もある」と変わっちゃったというふうに放送されているということですね。
次に、テレビ欄の番組告知です。朝日新聞にはこういう形で出たんですね。最後の3行では「○○を知らないか、心当たりがある、遺体現場を見た姉証言」となっています。遺体現場を見た姉、つまり申立人がサファリックから「○○を知らないか」と言われて、「心当たりがある」と答えたと、誰でも受け取りますね。だけれど、「〇○を知らないか」という質問はサファリック全然していないし、もちろん申立人は「心当たりがある」なんて言っていないわけです。
結論として、放送倫理上重大な問題に至ったのは、ある意味で合わせ技一本みたいなところがあって、テレビ朝日は、取材を依頼した時点で申立人が強い怨恨を持つ顔見知り犯行説を否定して、グリーフケアなどの活動に取り組んでいることをよく知っていた、衝撃的な事件の遺族だから十分ケアしないといけないと考えていたと、ヒアリングでは言っているんです。けれども、いろいろ聞いてみると、どうも十分なケアをしたとはとても思えない。当初、あの番組はほかの事件も併せてやることになっていたんだけれども、結局世田谷一家殺害事件だけになった。そういう経過についても、どうも十分に説明してないということが分かったということで、出演依頼から番組制作に至る過程を見ると、申立人への十分なケアの必要性をその言葉どおりに実践したとは思えない。こういう2つの点から放送倫理上重大な問題があったという結論に至ったということです。
(紙谷雅子委員)
申立人は、自分が持っていた意見が変わったように、なんか具体的な発言をしたかのように言われてしまった、事実と異なる公平ではない不正確な放送をされた、そこで、自己決定権と名誉が侵害されたという申立てをしました。
申立人の主張する自己決定権というのは、ちょっと難しいと私たちも考えます。判決では、まだはっきりこれがそうだというのはありません。学説でもいろいろな見解があります。申立人は、番組は自分と違うイメージを提供していると主張しています。確かに自分の自己像について、こういうふうに見てほしいと思うことはできます。だけれども、みんな見てねと言ったって、嫌だという人も出てくるかもしれません、強制的にと言うわけにはいきません。言ってもいないことを言われたとか、生き方を否定されたとか、申立人が問題としていることは自己決定権とズレているんじゃないか。いろいろ議論はありますけれども、どちらかというと名誉毀損の分野に入るのではないかというふうに私たちは思いました。サファリック氏に会ったことによって彼女がこれまで言ってきたことを取り消すような立場になったとまでは、番組を見ても思わないということで、社会的な評価が下がったというところまではいってはいないと思います。けれども、誤解を生じさせるような伝え方はやっぱりまずいでしょう、というふうに考えています。
テレビに出るということを、自分の立場を伝える機会であるととらえている人は、どうやらかなり多いようですけれども、それは必ずしもテレビ局のストーリーと一致するわけではありません。テレビ局のほうが、必ずしも出演する人の主張や立場に添った番組になるわけではないという説明をしっかりしなければいけない。
(質問)
BGMとか効果音とか、そういったものがなかったらOKだったのかなと最初は思っていましたが、番組のDVDを見てお話を聞いたらそうじゃないんですね。編集の仕方と重要な個所でのテロップの隠し方というところがポイントだったのかなと思いました。
(奥武則委員長代行)
効果音とかテロップとかナレーションとか、全体として、まさにテレビ的技法を駆使することによって、思い当たる節がないと言っていた人が、サファリックのいろんな質問やら何やらを聞いて、いかにも思い当たる節があるというふうに変わっちゃった、というふうに受け取れるような放送になっているわけですね。だから、どれが悪い、どこが問題だったということだけでは必ずしもない、番組全体としてですね。
(質問)
あの番組は、作られたのはたぶん制作だと思うんですけれど、報道の社会部記者が制作現場にいて報道のチェックは入らなかったのかというのが、素朴な疑問です。
(奥武則委員長代行)
あの番組は報道と制作が一緒になって作った番組ということになっているんですね。社会部の記者は、最初から番組に出て中心的に展開している番組なんです。だから、記者の側から言うと、うまいように使われちゃったという感じは全然ないと思うんです。
(質問)
怨恨を持った人間が犯人だと、プロファイラーは申立人の言っていることと真逆のことを言っている。その事実を申立人に伝え、申立人がどういう反応をするのか、そこまで番組で流していたら、委員会の判断は変わるのでしょうか?
(奥武則委員長代行)
番組はサファリックというプロファイラーが来て、プロファイリングをしてこういう犯人像を浮かび出したという流れですから、そういう作りにはたぶんできなかったと思うんです。仮定の話をして判断できるかというと、ちょっと難しいですね、そういう番組の作りには到底ならないと思いますけどね。
(坂井眞委員長)
ご質問の件については奥代行と同じですが、ただ、個人的に考えていることをお答すれば、そういう作りはOKだと思います。事実を曲げなければというのが前提です。サファリックの視点を伝えたいんだったらそうすればいい、それに対して、申立人は納得していないと伝えたら、誰も文句の言いようがないと思います。サファリックをせっかく連れてきて随分費用がかかったと思うんだけれど、いろんな人を連れてきたら、サファリックに納得しちゃった、なびいちゃったみたいなほうがウケるんじゃないか。これは私の想像ですけれど、そんなことで事実を歪めちゃったら、こういう問題が起きますということだと思うんです。
(奥武則委員長代行)
番組全体の構成を少し簡単に言いますと、3つのピースがあるというんです。1つは事件現場をCGで再現してサファリックに見てもらう、警視庁でずっと事件を担当していた元捜査官に話を聞くのが2つ目、最後のピースとして、申立人が出てきてサファリックの怨恨説にほぼ賛成したということでまとめたふうに作っている。委員長が言われたことはそのとおりだと思いますが、そういう番組の作りはありえなかったし、もしそういうふうにちゃんと作っていれば、事実に向きあって作っていれば、問題ないと言えると思います。

◆ 締め括りあいさつ 坂井眞委員長

もうおととしになります「出家詐欺報道」の決定文で触れていますが、表現の自由に対する非常に危ない時代が来ていると私は個人的に思っていて、いろんな会合で言っています。憲法21条の表現の自由は、名誉毀損とかプライバシー侵害との関係でバランスをとらなきゃいけないけれども、それ以外にお役所、政府が勝手に口を出して手を突っ込んでくるようなことは許されない。憲法は、放送法や電波法の下にあるわけでなくて逆ですから、憲法の表現の自由を放送法や電波法を使って制限していこうというような発言があったら、それはおかしいじゃないかと、ぜひ放送する立場にいる皆さんのほうから強く発言してもらいたいというのが私の気持ちです。
そのことと、放送人権委員会が人権侵害だとか放送倫理上重大な問題があると判断することとは、全く両立するのだということを、ぜひ理解していただきたいと思っているということをお伝えして、最後のご挨拶に代えさせていただきます。

以上