2019年度 第71号

「宗教団体会員からの肖像権等に関する申立て」に関する
委員会決定

2020年2月14日 放送局:テレビ東京

見解:要望あり
テレビ東京は、2018年5月16日、『ゆうがたサテライト』内で、オウム真理教の後継団体であるアレフの動向に関するニュースを放送した。その中に、アレフの信者である申立人が登場する部分があったが、申立人の顔にはボカシがかけられていたものの、音声の一部が加工されていなかった。
申立人は、再三撮影をしないよう訴えたにもかかわらず無断で全国放送され、肖像権とプライバシーが侵害された、さらに、取材や編集の方法において放送倫理上の問題もあるとして、テレビ東京に対し謝罪と映像の消去などを求めて、BPO放送人権委員会に申立てを行った。
委員会は、審理の結果、プライバシー、肖像権の侵害はなく、放送倫理上の問題もないと判断した。
ただし、委員会は、放送内容に高い公共性・公益性があるとしても、個人のプライバシー保護を徹底させることは、放送の目的と何ら矛盾することではなく、両立しうることであると考える。それは本件ニュースにもあてはまるとして、テレビ東京に対して、ボカシの濃さや音声加工についての技術的な処理の問題、事前のチェック体制など段取りの問題、プライバシー保護に対する関係者の意識の問題など、種々の観点から再発防止に向けた取り組みを強めることを要望した。

【決定の概要】

テレビ東京は、2018年5月16日(水)のニュース番組『ゆうがたサテライト』で、午後4時59分から午後5時6分頃までの間、オウム真理教の後継団体であるアレフの動向に関するニュースを放送し、その中にアレフの信者である申立人が登場する部分があった。
ニュースは、死刑判決が確定していたオウム真理教の元幹部7人が2018年3月半ばに各地に移送され、教祖・麻原彰晃らの死刑執行の準備が進んでいるとの見方があることを紹介したうえで、そのような状況下でのアレフの動向を報じたものである。
アレフが「集中セミナー」と呼ぶ信者を集めた行事を行うという情報に基づいて、テレビ東京の取材班が、道路を隔てた向かい側にある駐車場に停めたワゴン車の中から教団施設の方向を撮影しようとしていたところ、これを発見した申立人ともう1人の信者がテレビ東京の記者に声をかけた。ワゴン車から出てきたテレビ東京のカメラマンが、申立人が撮影されることを拒否しているにもかかわらず申立人を撮影し続け、申立人の側もビデオカメラを構えてテレビ東京の記者たちを撮影しているという状況が放送される。テレビ東京のカメラマンがカメラを回し続けたこともあり、申立人は徐々に強い口調になりながら撮影への抗議を続ける場面が1分間弱続いてその場面は終わる。
その場面では、申立人の顔の部分にボカシがかかっている。申立人の声は基本的に加工されているものの、途中の10秒余り、加工されないままの肉声が流れ、これに続いて申立人の音声が加工されたかたちで同じ場面が繰り返し放送される部分がある。これは、一連の画像から一部のみを切り取って声を加工したうえで、もとの部分に上書きする方法で編集するべきであったところ、誤って、声を加工していない映像の後ろに、声を加工した同じ場面を挿入してしまったために生じたミスであるとテレビ東京は説明している。
申立人は、このニュースについて、放送で登場する人物が申立人と特定できるために申立人がアレフの信者であることなどが明らかにされてプライバシーが侵害された、また、申立人が拒絶したにもかかわらず撮影を続けられて肖像権が侵害された、さらに、取材や編集の方法において放送倫理上の問題もあるとして委員会に申し立てた。
委員会は、審理のうえ、プライバシー、肖像権の侵害はなく、放送倫理上の問題もないと判断した。しかし、後述のとおり再発防止策の強化を要望することとした。決定の概要は以下のとおりである。
申立人の顔にかけられたボカシは薄く、一部で申立人の肉声が流れたことから、申立人がこの施設にいることや申立人がアレフの信者であることを知る者などには、放送の対象が申立人であると特定が可能である。しかし、アレフの動向を報じる本件ニュースの放送内容には、全体としては高い公共性・公益性が認められ、放送の対象を申立人と特定しうる視聴者は、基本的には申立人がアレフの信者であることを知っている者に限られることなどから、プライバシーの侵害があったと断ずることはできないと判断した。
また、取材の目的にも公共性・公益性が認められ、申立人やアレフの側とのトラブルを回避する必要性もある中で撮影を続けたことに違法性はなく、肖像権の侵害にもあたらない。
編集上のミスによって申立人の肉声が流れたことなどによって一部の視聴者には放送の対象が申立人であると特定できることとなったことについては、一部で肉声が流れたことは故意によるものではなく、ボカシを入れるなどの編集は行われて申立人と特定できる者の範囲は限定されていたこと、放送後速やかに編集上のミスの再発防止のための取り組みを行っていることから、放送倫理上の問題があるとはいえず、取材方法等にも放送倫理上の問題はない。
ただし、本件ニュースに全体としては高い公共性・公益性があることは委員会も認めるものであるが、申立人は、出家信者であるとはいえ、教団で特段の役職を持っている者ではなく、放送の対象が申立人であることを特定することに特段の意味はない。いかに放送内容に高い公共性・公益性があるとしても、個人としてのプライバシーを守る必要のある場面で、プライバシー保護を徹底させることは、放送の目的と何ら矛盾することではなく、両立しうることであり、本件ニュースでもこのことはあてはまる。
委員会は、テレビ東京に対して、ボカシの濃さや音声加工についての技術的な処理の問題、放送時間直前になってようやく編集作業が終わり、全体としてのチェックができなかったという段取りの問題、プライバシー保護に対する関係者の意識の問題など、種々の観点から再発防止に向けた取り組みを強めることを要望する。

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2020年2月14日 第71号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第71号

申立人
宗教団体会員の男性
被申立人
株式会社 テレビ東京
苦情の対象となった番組
『ゆうがたサテライト』
放送日
2018年5月16日(水)
放送時間
午後4時54分~5時20分のうち4時59分~5時6分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.本件放送の内容
  • 3.論点

II.委員会の判断

  • 1.はじめに
  • 2.プライバシー侵害の有無について
    • (1) 放送の対象が申立人であることを特定できるか
    • (2) プライバシー侵害の有無
  • 3.撮影・放送による肖像権侵害の有無
    • (1) 肖像権侵害についての考え方
    • (2) 撮影時の肖像権侵害の有無
    • (3) 放送による肖像権侵害の有無
  • 4.放送倫理に関する検討
    • (1) 取材方法について
    • (2) 編集方法について
    • (3) 申立人が特定されるおそれのある放送について
    • (4) 放送後の対応・申立人への配慮について

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯と審理経過

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2020年2月14日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2020年2月14日午後1時からBPO第1会議室で行われ、午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
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2019年度 第70号

「情報公開請求に基づく報道に対する申立て」に関する
委員会決定

2019年10月30日 放送局:日本放送協会(NHK)

見解:問題なし
NHKは、2019年1月21日に「ニュースこまち845」(秋田県ローカル放送)で、情報公開請求などで明らかになった、過去5年間の県内国公立大学での教員のハラスメントによる処分に関するニュースを放送した。この中で県内の大学(放送では実名)で起きた3年前の事案について、匿名で「男性教員は、複数の学生に侮辱的な発言をしたことなどがアカデミックハラスメントと認定され、訓告の処分を受けた」と報じた。
この放送について、男性教員は「不正確な情報をあたかも実際に起きたかのように報道された。正常に勤務ができなくなった」として、NHKに対して謝罪を求め、委員会に申立書を提出した。
申立人は本件放送について「事実と異なる内容」と主張しているが、申立人が大学当局からハラスメントを理由に訓告措置を受けたこと自体は、申立人も認めている。
もし本件放送で「男性教員」が特定できるとすれば、その者の社会的評価を低下させる。しかし、本件放送には、大学名と男性教員であるということ以外、申立人に関する個人情報は含まれていないことなどから、申立人に対する名誉毀損は成立しない。また社会的評価をさらに低下させる新しい情報があったとすれば、名誉毀損が成立する可能性があるが、本件放送にある言動の具体例もとりわけ新たに申立人の社会的評価を低下させるものとは考えられない。したがって、この点でも申立人に対する名誉毀損は成立しない。
本件放送は、情報公開請求を通じて得た情報をもとにニュースとして伝えたものである。NHKの担当記者は大学当局に数回にわたって追加取材を行っている。放送倫理に求められる事実の正確性と真実に迫る努力などの観点に照らして、本件放送に放送倫理上の問題もない。

【決定の概要】

NHK秋田放送局は2019年1月21日午後8時45分から秋田ローカルのニュース『ニュースこまち845』で、秋田県内の国公立大学で過去5年間に行われた教員によるセクシャルハラスメントやアカデミックハラスメントなどによる処分に関して、情報公開請求を通じて得た情報をもとにしたニュース(以下、「本件放送」という)を放送した。
申立人は、2016年9月、学生へのアカデミックハラスメントを認定され、大学当局から訓告を受けている。本件放送は、同じ大学でのセクハラの事例の後、「さらに別の男性教員(申立人を指す)は、複数の学生に侮辱的な発言をしたことなどがアカデミックハラスメントと認定され、平成28年9月に訓告の処分を受けています」と報じた。このナレーションと重なるかたちで、大学構内を歩く学生の映像や「A大学(本件放送では実名)の男性教員 アカデミックハラスメントと認定」というテロップと、NHKが得た文書中の「学生への侮辱的な発言、威圧的な行動」、「小中学生でもできる」という文言を接写して拡大したものが画面に表示された。
申立人は本件放送について「事実と異なる内容」と主張し、ハラスメントを認定した大学当局の措置の不当性を強く主張しているが、事実認定の当否は別にして、申立人が大学当局からハラスメントを理由に訓告措置を受けたこと自体は、申立人も認めている争いのない事実である。
申立人に対する訓告措置は教授会で報告されたほか、匿名で大学内のイントラネットで教職員・学生に告知された。申立人の研究室の所属学生の1年間募集停止の措置を伴っていたこともあって、対象者が申立人であることは大学教職員だけでなく当時当該学部に在籍していた学生の多くに知られることになったと考えられる。しかし、それは訓告措置が公表された結果であって、本件放送に起因するものではない。
本件放送の内容は、不祥事ゆえに所属大学から不利益措置を受けたことを意味するから、放送された「男性教員」が特定できるとすれば、その者の社会的評価を低下させる。しかし、本件放送には、大学名と男性教員であるということ以外、申立人に関する個人情報は含まれていない。当時、申立人が訓告措置を受けたことを知っていた大学関係者・学生を超えて、本件放送を見た不特定多数の一般視聴者が「男性教員」を申立人と特定する可能性は考えられない。したがって、申立人に対する名誉毀損は成立しない。
ただし、本件放送中に申立人の社会的評価をさらに低下させる新しい情報があったとすれば、名誉毀損が成立する可能性がある。本件放送では、「小中学生でもできる」という訓告措置を学内に伝えた文書中にはなかった表現がある。しかし、「小中学生でもできる」という表現は、威圧的な言動の具体例としてとりわけ新たに申立人の社会的評価を低下させるものとは考えられない。したがって、この点でも申立人に対する名誉毀損は成立しない。
本件放送は、前述のように情報公開請求を通じて得た情報をもとにニュースとして伝えたものである。国民の知る権利に応える観点から、報道機関はこうした制度を積極的に活用すべきだろう。もっとも情報公開請求によって得た情報とはいえ、その内容をそのまま報道するだけであれば、発表報道とさして変わらない場合もある。報道することの公共的な価値の判断に加えて、疑問点を質すなど事実の吟味も必要である。
本件放送について言えば、NHKの担当記者は訓告措置に変更がないかどうかなどの追加取材を、メールや電話で大学当局に数回にわたって行っている。放送倫理に求められる事実の正確性と真実に迫る努力などの観点に照らして、本件放送に放送倫理上の問題はないと、委員会は判断する。

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2019年10月30日 第70号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第70号

申立人
秋田県在住 男性大学教員
被申立人
日本放送協会(NHK)
苦情の対象となった番組
『ニュースこまち845』(秋田放送局ローカルニュース)
放送日
2019年1月21日(月)
放送時間
午後8時45分~9時00分のうち午後8時46分~8時51分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.本件放送の内容
  • 3.論点

II.委員会の判断

  • 1.検討の対象
  • 2.名誉毀損についての判断
    • (1) 本件放送は何を伝えたか
    • (2) 申立人を特定できたか
    • (3)「新しい情報」の評価
    • (4) 名誉毀損についての結論
  • 3.放送倫理上の問題について

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯と審理経過

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2019年10月30日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、2019年10月30日午後1時30分からBPO第1会議室で行われ、午後2時30分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
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