毎日放送『東野&吉田のほっとけない人』について
2022年6月2日
放送倫理検証委員会
委員長 小町谷 育子
BPO放送倫理検証委員会は、毎日放送が2022年元日に放送した2時間のトークバラエティー番組『東野&吉田のほっとけない人』(以下「本番組」という)に、政治的公平性を問題視する意見が視聴者から多数BPOに寄せられたことから、本番組について4回にわたり議論をしてきた。
本番組では、司会のお笑いタレント2人が、3組のゲストとの間で順繰りにトークを行うという構成が取られていた。冒頭のゲスト1組が、松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事、弁護士でコメンテーターの橋下徹氏の3人だった。松井氏には日本維新の会代表、吉村氏には同副代表との肩書が付され、そこに日本維新の会前代表である橋下氏が加わることにより、同一政党の関係者が一堂に会した形となった。松井氏と橋下氏が吉村氏を挟んで並び、ボケとツッコミのような巧みな話術により笑いを取りながら、先の衆議院選における維新の躍進、文通費(文書通信交通滞在費)問題、将来の総理候補などの国政に関する政治問題や、大阪における新型コロナ対策、大阪万博、大阪都構想などの関西エリアの問題に関するトークが繰り広げられた。構成上、3人のトークは冒頭だけではなく最終パートでも流されており、3人がメインのゲストとして遇されている。
委員会は、本番組を収録したDVDを視聴するとともに、毎日放送がまとめた報告書および番組審議会の議事要旨などを参考にしながら、本番組が制作された経緯や放送後の対応を検討した。委員会の席上、委員から次々と意見が述べられた。
- 報告書は、視聴率の追求を前面に打ち出すことで、今回の問題を政治的公平性の案件とはとらえていない、政治性はないということを述べているようだが、果たしてそのように評価してよいか。
- 政治的な問題を取り扱った番組としては量的公平性を著しく損なっている事案といえるが、それを質的公平性により補正し政治的公平性を保っているといえるか。番組側が日本維新の会の政治的主張に対する批判や反論を投げかけたりしていない以上、質的公平性も損なわれている可能性がある。
- 収録番組で編成等の目を通っているはずで、バランスを取る編集も十分可能であったのに、そのまま放送に至ったのは、毎日放送のガバナンスに問題があるのではないか。
- 報道、教養、教育、娯楽など各ジャンルの調和を保つことを求める番組調和原則があるが、多くの番組が特定のジャンルに分類することが難しくなっている現状を踏まえると、バラエティー番組だから政治的公平性は緩くても大丈夫という言い訳はもはや通用しない。
- 番組を収録した以上、放送しなければならないという考えがあったとすれば、放送倫理違反など問題がある番組にストップをかけられなくなりかねず深刻な事態だ。
- 政党政治家と公権力担当者の区別を曖昧にすることにより、行政の施策を府知事・市長が説明する形を取って、政党の言いたいことを言わせてしまっている。局は視聴者の知る権利に応えるために番組を制作すべきであり、誰の声を聴いて番組を制作しているのかわからない。
- 政策トークの中に特定の政党名がふんだんに盛り込まれている。にもかかわらず、番組進行はただ面白く盛り上げているだけで、そのまま放送するようなことが許されていいのだろうか。
- 局の他番組を精査した場合、果たして放送局全体で政治的公平性が保たれているのだろうか。放送、編成の実態も含めた判断が必要だ。
委員のこれらの意見は、個別に述べられたものであるが、委員会の総意として共有のできるものであった。
討議の結果、委員会は、全員一致の結論として、次の2つの理由から紙一重のところで本番組について審議入りを見送ることとした。
第一に、テレビ放送における政治的公平性で問われるのは量的公平性ではなく質的公平性である(選挙報道・評論について述べたものとして「2016年の選挙をめぐるテレビ放送についての意見」委員会決定第25号)。量的公平性を厳密に追求すると質的公平性がかえって損なわれる可能性があるとともに、放送ジャーナリズムの意義が形式化するおそれがある。質的公平性に十全に配意して番組制作がなされれば、たとえ量的公平性を損なっている部分があるとしても、政治的公平性を保つことができるはずである。しかし、本番組の制作過程で、質的公平性の確保に向けて、番組の構成を綿密に検討したり、トークの内容に創意工夫を尽くしたりした形跡はうかがわれない。非常に問題のある番組といえるのだが、委員会が審議し意見書を公表すれば、放送局が政治問題を伝えるにあたって質的公平性を追求する際の足かせになるおそれがあることを懸念した。
第二は、放送後の対応である。本番組放送直後に開かれた番組審議会は、バラエティー番組の方が影響力は大きいこと、出演者が政治的な影響力を持っていることに制作者が鈍感であることなどを厳しく指摘し、維新の政策の取り上げ方、スタジオトークを出演者任せにした手法、毎日放送の番組全体で政治的公平性が取れていると局が考えたことなどに疑問を呈していた。委員会とは役割が異なるものの、番組審議会の意見は委員会も賛同ができるところである。そして、専務取締役をリーダーとして立ち上げられた調査チームが速やかに自主的な調査を行い、再発防止のための活動も始まっている。したがって、局の自律的な自浄作用が理想的な形で働いたと一定の評価ができる。
以上が委員会が審議入りをしない判断に落ち着いた理由である。しかし一方で、審議入りしないという結論だけが独り歩きし、本番組に垣間見えた問題点が放送界に共有されないことを委員会は危惧する。そこで、各放送局の番組制作において参考にしてもらうために、以下の2点を指摘することとした。
①視聴率重視から生じる懸念
まず、委員会が着目したのは、視聴率重視によるキャスティングが相次ぐことにより政治的公平性を損なうおそれがある点である。
本番組で3人がキャスティングされた理由の一つは、松井氏、吉村氏が過去に出演したコーナーの視聴率が高かったことから、高視聴率が取れるのではないかと期待したからだという。新型コロナの感染拡大で、大阪府知事と大阪市長はコロナ対策の陣頭指揮を執るリーダーとしてテレビに出演する機会が格段に増えた。大阪の視聴者にとって、2人は名前も顔も良く知られた話題性のある政治家ということになる。彼らが話術に長けたタレント性を併せ持っていることもあって、視聴率を追求するならば、大阪の放送局では、日々のニュース以外でも日本維新の会の政治家を出演させる割合が高まる可能性がある。そこに党派的に偏った番組制作がなされる危うさがあるのだ。
有権者に対する影響がより広範囲に及ぶ全国放送ではどうか。政治に関する番組を視聴率重視で制作するならば、テレビで取り上げられる機会が多くなじみのある政治家、すなわち大阪と同様に話題性のある政治家が視聴率の取れる出演者として選ばれることになるのではないか。それでは、特定の政党の政治家のみが取り上げられるおそれを払拭できない。
こうした視聴率重視のキャスティングが各番組でなされた場合、全体として政治的公平性を保つことは難しくなるといえる。
番組ジャンル間の境界が曖昧になる中、バラエティー番組では、こと政治問題を取り上げるに限っては、視聴率重視によるキャスティングが適切であるかどうかは、今一度見直す必要がある。加えて、情報と娯楽が混在しているニュース番組や情報番組において、視聴率を偏重すれば本番組と同様のことが起きかねないことにも留意してほしい。
さらに、視聴率にとらわれると、コメンテーター等の出演者の意見が過激になり、面白さを求めるあまり情報が偏り、結果として誤った印象を視聴者に与えることがありうるのではないか。政治に関する番組でそうしたことが起きた場合の悪影響はいうまでもないだろう。本番組はその最たる例になっているのではないかと、委員会は憂慮する。
②異なる視点の不提示と質的公平性
次に、委員会が指摘したいのは、本番組が行政を担っている政党の政策について何ら異なる視点を提示しておらず、質的公平性を欠いているのではないかという点である。
たとえば、新型コロナ対策については、行政における数々の実績が紹介される一方、その影で昨年5月以降、人口あたりの新型コロナ死者数が全国で一番高い水準で推移していたことなど、対策の評価にとって不都合な事実は紹介されていない。その他の事項についても日本維新の会の政策に対して、異なる観点から質問をしたり、反論、異論が出されたりすることはなく、同党の政策が一方的に肯定的に流される結果になったきらいがある。これでは、質的公平性をできる限り確保するために、局が自主性を発揮してさまざまな創意工夫をこらしたと見ることは困難だろう。
もっとも、こうした事態は、バラエティー番組の本番組に限ったことではないかもしれない。政治家の記者会見や取材において、相手の嫌がる問題を取り上げたり、困らせる質問をしたりすれば、政治家を不愉快にさせ、怒らせ、ひいては将来の取材に支障をきたすのではないかと自粛、抑制、萎縮してしまっていないだろうか。それでは、メディアは、政治家の主張を紹介するだけの導管になってしまいかねない。
政策を多角的に検討して、そのプラスとマイナスを十分に掘り下げることによって、視聴者はより広くより深く政策を理解することができ、その是非の判断もなし得るのである。質的公平性を担保するためには、異なる視点の提示が欠かせないことを忘れてほしくない。
大切なのは、視聴者の側に立って、放送に至るまで、放送局が政治的公平性について真剣に議論をした上で番組を制作したのかということである。その鋭意な努力を欠いた放送番組によって一番不利益を受けるのは、偏った情報を受け取ることになる視聴者である。
政治をめぐる放送において視聴率偏重の人選がなされていないか、異なる視点の提示がないなど質的公平性が担保されていない番組が制作されていないか。今回の問題をきっかけに各放送局において改めて確認をしてもらいたい。
今夏には参議院議員選挙が予定されており、積極的な政治報道が望まれるところである。民主主義社会においては、政治に関する情報は党派に偏ることなく主権者に対し潤沢に伝えられるべきであり、委員会は、各放送局が、政治的公平性に配慮しながら、有権者のために政治に関する情報を分かりやすく多角的に伝える放送を行うことを期待している。
以上
委員長談話全文(PDF)