第233回放送と人権等権利に関する委員会

第233回 – 2016年4月

STAP細胞報道事案のヒアリングと審理…など

STAP細胞報道事案のヒアリングを行うため臨時委員会を開催し、申立人から詳しく事情を聞いた。

議事の詳細

日時
2016年4月26日(火)午後3時~7時55分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第2会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「STAP細胞報道に対する申立て」事案のヒアリングと審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
本事案についてヒアリングを行うため、この日臨時委員会を開催した。ヒアリングには申立人が代理人弁護士2人とともに出席し、各委員が詳しく事情を聞いた。(被申立人のNHKのヒアリングもこの日予定されていたが、熊本地震の報道対応のため主なメンバーの出席が不可能になったことからいったん延期し、5月31日に臨時開催された第235回委員会で行われた。被申立人のヒアリングについては第235回委員会の「議事概要」参照
この日のヒアリングで申立人は、「NHKは番組を作成するうえで十分な取材・公平な取材の双方が不十分なまま、自分たちが捏造したストーリーに必要な材料だけを揃え、報道を行った。その報道姿勢は極めて強い人権侵害であり、報道機関として許されることではない」と述べた。
さらに、「本件番組構成は、NHKが正当性の根拠としている調査委員会の最終報告書でも認定されていない研究不正について、私を不当に犯人扱いしたものだ。独自取材に基づく調査報道番組であるとして、放送内容の正当性を述べているが、この発言と報道内容を踏まえると、NHKは独自の取材に基づいて調査し、NHKが悪と判断した人に制裁を与える権限があると考えている。これは報道機関として極めて深刻な人権侵害に対する感覚の鈍麻があることが明白だ」と主張した。
若山教授の描き方について、「番組では、疑問が指摘されて以降、STAP細胞があるのかを調べている人として若山教授が紹介されたが、若山教授は実際にSTAP研究を中心となって進めていたのだから、前提から視聴者を欺いている。NHKは、若山教授の言い分と自分たちがこうだと結論付けたものに沿った情報だけを流した。公平性に欠ける説明だし、偏向的な報道である」と主張した。
若山教授が渡したマウスと申立人が作製したSTAP細胞の遺伝子が異なっていたことの原因として、ES細胞が混入していたのではないか、と番組が指摘した点について、「若山教授が私に渡していたマウスとアクロシンGFPマウスの見た目は同じだ。であれば若山教授がアクロシンGFPマウスを誤って渡していたかもしれないと思うのが最初の発想だと思う。番組はそこを経ずにES細胞の存在をいきなり提示した」と主張した。
また、番組で申立人が使用する冷凍庫からES細胞が見つかったことを伝える部分について申立人は、「NHKは表現には十分に気を付けたと言うが、視聴者に伝わったのは小保方によるES細胞の窃盗の疑惑であったことは弁明の余地はない。実際には若山研究室が引越しの際に残していった不用品を引き取っただけで、警察の捜査によっても窃盗の容疑がないことが判明している」と述べた。
実験ノートの番組での使用については、「(たとえ公共性・公益性があったとしても公開されることは)我慢ならない。何故なら、それには、私のこれまでの、全ての秘密が書かれているからだ。私が見つけた細胞の秘密、細胞の神秘、私の発見、私のその時の感動、それが全て書かれたものだった」と訴えた。
笹井教授とのメールの公開については、「疑惑を私と笹井教授のみに向ける番組構成のためにプライバシーの侵害をしたうえ、あえて男女の音声を利用して二人の関係を視聴者に邪推させる悪質な演出が行われた」と述べた。
専門家として日本分子生物学会のメンバーの協力を得て論文を徹底検証したとされる部分については、「分子生物学会の会員ということから、STAPの研究について詳しく述べることができるということには全く繋がらない。噂レベル、井戸端会議みたいな感じだ」と述べた。
NHKの強引な取材によって怪我をさせられたと訴えている点については、「NHKは否定をしているが、私は本当に恐怖で全身が硬直して、右手と頸椎に激しい痛みをもたらす事実があったことは絶対間違いない。命をかけた検証実験をさせられている中で怪我まで負わせ、危険な目に合わせたこと自体反省することもなく、その事実さえ否定してくるNHKに憤りを感じている 」と訴えた。
さらに申立人は、「『ネイチャー』にはSTAPは否定されたが、まだSTAP研究は続いて続報が出ている。そのように科学は少しずつ進歩していくはずだった。それをNHKによって暴力的に握りつぶされた」「生きていくために社会によって認められている権利をNHKによって恣意的に否定された極めて強い人権侵害の事実にほかならない。この番組の放送、報道内容は故意の悪意に満ちた情報のみによって構成され視聴者を意図的に欺くものだった」など詳しく考えを述べた。

2.その他

  • 次回は5月17日に定例委員会を開催する。

以上

第232回放送と人権等権利に関する委員会

第232回 – 2016年4月

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案の審理、地方公務員からの申立て事案2件審理入り決定…など

自転車事故企画事案、世田谷一家殺害事件特番事案、STAP細胞報道事案を引き続き審理。また事件報道に対する地方公務員からの申立て事案2件を審理要請案件として検討し、審理入りを決めた。

議事の詳細

日時
2016年4月19日(火)午後3時~9時
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

坂井委員長、奥委員長代行、市川委員長代行、紙谷委員、城戸委員、
白波瀬委員、曽我部委員、中島委員、二関委員

1.「自転車事故企画に対する申立て」事案の審理

審理対象は、フジテレビが2015年2月17日にバラエティー番組『カスぺ!「あなたの知るかもしれない世界6」』で放送した「わが子が自転車事故を起こしてしまったら」という企画コーナー。
同コーナーでは、母親が自転車にはねられ死亡した申立人のインタビューに続いて、「事実のみを集めたリアルストーリー」として14歳の息子が自転車事故で小学生にけがをさせた家族を描いた再現ドラマが放送された。ドラマは、この家族は示談交渉で1500万円の賠償金を払ったが、実はけがをした小学生は「当たり屋」だったという結末になっている。
申立人は、当たり屋がドラマのメインとして登場することについて事前の説明が全くなく、申立人に関して「実際に裁判で賠償金をせしめていることだし、どうせ高額な賠償金目当てで文句を言い続けているのだから、その点で当たり屋と似たようなものだ」との誤解を視聴者に与えかねないとして名誉と信用の侵害を訴え、放送内容の訂正報道や謝罪等を求めている。
これに対してフジテレビは、事前説明が十分でなかった点は申立人にお詫びしたが、「再構成ドラマは子供の起こした交通事故をテーマとするものであって、母親を自転車事故で亡くされた申立人の事案とは全く類似性がない」とし、この点は視聴者も十分に理解できるので、申立人の名誉と信用を侵害したものではないと主張している。
今月の委員会では、第2回起草委員会で修正された「委員会決定」案が提示され、詳細に検討した。その結果、大筋で了承されて委員長一任となり、5月に決定の通知・公表が行われる運びになった。

2.「世田谷一家殺害事件特番への申立て」事案の審理

対象となったのは、テレビ朝日が2014年12月28日に放送した年末特番『世紀の瞬間&未解決事件 日本の事件スペシャル「世田谷一家殺害事件」』。番組では、FBI(米連邦捜査局)の元捜査官(プロファイラー)マーク・サファリック氏が2000年12月に発生したいわゆる「世田谷一家殺害事件」の犯人像を探るため、被害者遺族の入江杏氏らと面談した模様等を放送した。入江氏は殺害された宮澤みきおさんの妻泰子さんの実姉で、事件当時隣に住んでいた。番組で元捜査官は、「当時20代半ばの日本人、宮澤家の顔見知り、メンタル面で問題を抱えている、強い怨恨を抱いている人物」との犯人像を導き出した。
この放送を受けて入江氏は、テレビ朝日に対し、演出上の問題点などについて抗議。放送法第9条に基づく訂正放送・謝罪等を求めたが、テレビ朝日は「放送法による訂正放送、謝罪はできない」と拒否した。このため入江氏は、委員会に申立書を提出。「テレビ的な技法(プーという規制音、ナレーション、画面右上枠テロップなど)を駆使した過剰な演出、恣意的な編集並びにテレビ欄の番組宣伝によって、あたかも申立人が元FBI捜査官の犯人像の見立てに賛同したかの如き放送により、申立人の名誉、自己決定権等の権利侵害が行われた」として、放送による訂正、謝罪並びに責任ある者からの謝罪を求めた。
これに対しテレビ朝日は、サファリック氏の怨恨説を否定する申立人の発言をそのまま放送しており、申立人がサファリック氏の「強い怨恨を持つ顔見知り犯行説」に賛同したように見えるという申立人側の指摘は当たらないと反論。申立人が指摘するような「恣意的な編集」や「過剰な演出」はないと認識しており、「放送法第9条による訂正・謝罪の必要はないと考えている」と主張している。
今月の委員会では、ヒアリングに向けて起草委員が作成した論点・質問項目案について検討した。その結果、5月の次回定例委員会で申立人、被申立人双方にヒアリングを実施することになった。

3.「STAP細胞報道に対する申立て」事案の審理

対象となったのは、NHKが2014年7月27日に『NHKスペシャル』で放送した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」。番組では英科学誌「ネイチャー」に掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した。
この放送に対し小保方氏は人権侵害等を訴える申立書を委員会に提出、その中で「何らの客観的証拠もないままに、申立人が理研(理化学研究所)内の若山(照彦)研究室にあったES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などとして、NHKに公式謝罪や検証作業の公表、再発防止体制づくりを求めた。
これに対しNHKは答弁書で、「今回の番組は、世界的な関心を集めていた『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、2000ページ近くにおよぶ資料や100人を超える研究者、関係者の取材に基づき、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと主張した。
今回の委員会では論点と質問項目を確認したうえで、ヒアリングを行うために4月26日に臨時委員会を開催することを了承した。

4.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)~審理入り決定

上記申立てについて、審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度、逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

5.審理要請案件:「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)~審理入り決定

上記申立てについて、審理良入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準) に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回定例委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

6.その他

  • 放送人権委員会の2015年度中の「苦情対応状況」について、事務局が資料をもとに報告した。同年度中、当事者からの苦情申立てが27件あり、そのうち審理入りしたのが6件、委員会決定の通知・公表が6件あった。また仲介・斡旋による解決が3件あった。
  • 次回委員会は4月26日に臨時委員会を開催する。5月の定例委員会は5月17日に開かれる。

以上

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(熊本県民テレビ)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、熊本県民テレビ(KKT)が2015年11月19日に情報番組『テレビタミン』内で放送したローカルニュース『テレビタニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒に酔って意識が朦朧としていた知人の女性を自分の家に連れて行き、着ていたものを脱がせて全裸をデジタルカメラで撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、熊本県民テレビに対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、熊本県民テレビの事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後熊本県民テレビに出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)警察発表では「意識朦朧」といいう記載はないのに、なぜそのような表現になったのか。また無理やり家に引きずり込み、無理やり服を脱がせたかのように思わせる内容だが、そのような事実はない、(2)「意識が朦朧とした女性の服を脱がせ犯行に及んだ」という趣旨の放送もされており、薬か何かを用いているように思わせている、(3)「間違いありませんと容疑を認めている」と放送することにより、私は写真を撮ったという行為のみを認めているにもかかわらず、全てを認めているかのような報道内容、(4)所属していた職場のアップの映像が放送され、職場には絶対に戻ってこれないように社会的に抹殺してしまおうというモラルを欠いた映像の作り方になっている、(5)フェイスブックより写真が2枚使用されており、画面全体に長時間に渡り表示されていた、(6)スタジオでの男性司会者のコメントについて、有罪になった犯人でもないのに「卑劣な行為」と断言したことで、「コイツは犯人(刑法犯)」という思考にさせる。またそのような事実がないにもかかわらず、「薬物を使用した可能性がある」という点を強調している――などと主張した。
これに対し熊本県民テレビは4月8日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「当社が報道した内容は、公務員が本人の承諾なく女性の裸体の写真を撮影したことによって準強制わいせつ容疑で逮捕されたというものであり、社会的に重大な事案であると考える。申立人の写真や職場の映像を使用したのは、容疑者がどのような人物なのか、どのような職務を行っていたのかを伝えるためで、これは国民の知る権利にこたえるためであり、手順等にも問題があるとは考えていない」と反論。
そのうえで、「今回の当社の報道は、正当な方法によって得た取材結果に基づいて客観的な立場からなされたものであり、申立人のいうような悪意的でモラルを欠いた報道内容であったとは考えていない」として、「当社の報道は、申立人の名誉、信用、プライバシー・肖像等の権利を不当に侵害する内容ではなく、これらに係る放送倫理に違反した内容でもなく、公平・公正を欠いた内容でもないことから、当社としては、申立人の貴委員会への主張は妥当性がないものと考える」と述べた。
さらに同局は、申立人が不起訴処分になったのが分かった12月9日、ニュースでその事実を放送し、「その際は匿名で申立人の人権にも十分配慮しており、名誉回復は果たしていると考える」と主張した。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

2016年4月19日

「事件報道に対する地方公務員からの申立て」(テレビ熊本)審理入り決定

放送人権委員会は4月19日の第232回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組は、テレビ熊本(TKU)が2015年11月19日に放送した『TKUみんなのニュース』と『TKUニュース』。番組では、熊本県内の地方公務員が同年7月、「酒を飲んで意識が朦朧としていた知人女性を自宅に連れ込み、デジカメで女性の裸を撮影した」等として準強制わいせつ容疑で逮捕されたと放送した。
同公務員は12月8日、不起訴処分で釈放された後、テレビ熊本に対し、逮捕から不起訴に至るまでの報道の有無とその内容に関する情報開示を請求するとともに、委員会に申立書を提出し、テレビ熊本の事件報道は、「警察発表に色を付けて報道しており、視聴者からすると、あたかも無理やり酒を飲ませて酔わせた挙句、無理やり家に連れ込み、無理やり服を脱がせたうえで写真を撮ったかのように受け取られる」など事実と異なる内容で、またフェイスブックから無断で使用された顔写真や職場の内部、自宅まで放送されるという「完全なる極悪人のような報道内容」、「初期報道でレイプや殺人犯かのような扱い」により、深刻な人権侵害を受けたとして、謝罪文の提出、事実と異なる異常な報道であった旨の放送、インターネットに拡散している情報の削除を求めた。
申立人はその後テレビ熊本に出向いて同局の放送内容を確認のうえで2016年2月22日に追加書面を委員会に提出、その中で(1)自宅前での記者リポートの結果、そこにいられなくなり引っ越した。社会的に抹殺しようという意図が疑われる、(2)「意識朦朧とした女性を連れ込み」という表現により、無理やり連れ込んだという意識を植え付けた、(3)「飲酒以外の影響、薬物の使用」の疑いを強調して「間違いなく」使っているだろうという意識を植え付ける内容、(4)フェイスブックより写真を2枚使用され、画面全体に長時間にわたり表示された、(5)「服を脱がせて裸にして裸を撮影した疑い」という、容疑内容以外のことも容疑内容として放送しており、容疑を認めたという報道により、そのすべてを認めていると誤認させる、(6)「現在の基準に照らしても懲戒免職に該当する」という首長のコメントを放送しているが、詳細を確認し「準強制わいせつということが明確になれば、懲戒免職に該当する」というコメントの一部を抜粋し、恣意的な報道により視聴者に「コイツは懲戒免職になってしかるべき」という印象を植え付けた、(7)2015年12月16日の同番組年末企画「くまもとこの1年」において、不起訴処分にもかかわらず、再度逮捕の報道を繰り返し、いたずらに名誉を傷つけられた――などと主張した。
これに対しテレビ熊本は3月28日、本件申立てに関する「経緯と見解」書面を委員会に提出。同書面の中で、「今回の事案は、現職の公務員が起こした準強制わいせつの事案であり、その社会的影響は極めて大きいものと考えて、これまでの他の事案に基づき、その上で取材を重ね、事実のみを報道した。その中には、思い込みや容疑者や被害者を陥れるような、また過剰な演出は全くなく、事実のみを伝えており、申立人が指摘するような事実は微塵もない」として、申立人に対する人権侵害は全くないと主張した。
同局はまた、放送は警察発表及び警察幹部への取材を基に行ったものであり、申立人が指摘した記者リポートについては「『犯行現場』でのリポートであり、これは通常の取材と照らし合わせても正当なもの」とする一方、フェイスブック等の写真は申立人の知人ら複数の人に本人確認したうえで使用しており、「著作権法上の報道引用の範囲であり、この事案の報道の主たるものではない」と指摘。さらに申立人が不起訴処分になった時点で申立人の氏名は「匿名」に切り替え、自治体の処分(懲戒免職)についても自治体側の記者会見を元に取材し報道したとしている。
このほか同局は、放送内容のホームページ上の掲載については、「アップされてから24時間で自動消去している。これはいたずらにネット上で拡散する事を防ぐ対応であり、他社と比較しても短いものであると考える」と述べている。

委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。
尚、委員会は、熊本県を中心に発生した地震に伴う甚大な被害に配慮しつつ本事案の審理を進めることを確認した。

放送人権委員会の審理入りとは?

「放送によって人権を侵害された」などと申し立てられた苦情が、審理要件(*)を満たしていると判断したとき「審理入り」します。
ただし、「審理入り」したことがただちに、申立ての対象となった番組内容に問題があると委員会が判断したことを意味するものではありません。

* 委員会審理に必要な要件については、同委員会「運営規則 第5条」をご覧ください。

第103回 放送倫理検証委員会

第103回–2016年4月

委員会運営規則の一部見直し 改正案を議決

第103回放送倫理検証委員会は4月8日に開催された。
3月31日、2期6年の任期を終えて香山リカ委員が退任したため、2016年度の委員会は、9人の委員によるスタートとなった。
委員会運営規則の一部改正について、加盟社からの追加意見はなかったため、2月の委員会で修正を加えた改正案を正式に議決した。5月のBPO理事会で承認されれば、6月から施行される予定である。

議事の詳細

日時
2016年4月8日(金)午後6時30分~7時45分
場所
「放送倫理・番組向上機構[BPO]」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

川端委員長、是枝委員長代行、升味委員長代行、岸本委員、斎藤委員、渋谷委員、鈴木委員、中野委員、藤田委員

1.委員会運営規則の一部見直し 改正案を議決

委員会の運営規則を現状に合わせる形で一部見直す件について、2月の説明会で出された加盟社側の要望に沿って、あらためてすべての加盟社に追加の意見を募ったが、「異論はない」との意見が2社からあっただけで、新たな意見は寄せられなかった。
委員会で対応を協議した結果、説明会で出された意見や要望についての委員会の考えは委員長が説明会の場で示しており、今回異論も寄せられなかったことから、2月の第101回委員会で修正を加えた「放送倫理検証委員会運営規則」の一部改正案にさらなる修正を加える必要はない、との認識で一致した。このため委員会は、この改正案を正式に議決した。
議決された改正案の主な内容は、審理や審議の前段階での議論を「討議」という手続きとして位置付け、また、これまでも慣例的に実施してきた審議の際のヒアリングを、あらためて明文化するものである(改正案の一部を以下に示す)。

改正案第4条
委員会は、放送番組の取材・制作のあり方や番組内容などに関する問題について討議する。討議の結果、放送倫理を高め、放送番組の質を向上させるため、さらに検証が必要と判断した場合は、審議を行うことを決定する。
改正案第4条 4
委員会は、審議において、放送事業者および関係者から事情聴取(ヒアリング)を行うことができる。

この改正案は、5月下旬のBPO理事会で承認が得られれば、6月1日付で施行される予定である。

以上

2015年度 解決事案

2015年度中に委員長の指示を仰ぎながら、委員会事務局が審理入りする前に申立人と被申立人双方に話し合いを要請し、話し合いの結果解決に至った「仲介・斡旋」のケースが3件あった。

「日本語碑文をめぐる申立て」

A局が2014年4月に放送した情報バラエティー番組で、リポーターがベルギー・アントワープにある「フランダースの犬の石碑」を訪れ、「とても残念なものがある」という触れ込みで、石碑の一部に日本語の碑文があることを「興ざめ」などと述べたため、その日本語の碑文を書いた人物が放送により名誉を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、同局から「放送後当該番組の再放送、ネット配信、DVD化はしていないし、今後もしない」と申立人の要求を受け入れる回答があり、それを事務局から申立人に伝えたところ、申立人は「誠意ある対応」と評価した。このため、申立人に取下げ書の提出をお願いしたが、その後申立人から全く連絡がなかったため、委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2014年4月 解決2015年8月)

「ハーグ条約適用報道に対する申立て」

B局が2014年8月に放送した報道番組で、「ハーグ条約」の適用を受けた子どものその後をめぐるニュース企画を放送した。この放送に対し、その子どもの父親が、同企画は母親側への取材のみに基づくもので、父親側には取材の申し入れは全くなく、その結果、事実誤認を含む報道により社会的評価を著しく傷付けられたと申し立てた。委員会事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月におよぶ話し合いの結果、申立人の主な主張を盛り込んだ「通知書」をB局がホームページに掲載、申立人はこれを了承して申立書を取り下げ、解決した。

(放送2014年8月 解決2105年8月)

「ホテル設計者からの申立て」

C局が2015年4月に放送した番組で、鉄道車両のデザインで知られる著名デザイナーが出演し、「(地方都市の有名)ホテルのデザインをした」と紹介した。この放送に対し、ある設計事務所社長が、同ホテルを設計したのは自分で、「代表作」として公言してきた立場が否定され、名誉と信用を毀損されたと申し立てた。事務局が双方に話し合いによる解決を促したところ、約3か月に及ぶ代理人間の話し合いの結果、双方が合意した文章を同局が番組ホームページに1か月間掲載した。これを受けて、事務局から申立人代理人に取下げ書の提出を依頼するため数回にわたり連絡したものの、全く返答がなかった。このため委員会内規に照らし、申立人の明確な意思が確認できない状態が3か月以上続いたと判断し、本件申立ては取り下げられたとみなし、委員会に報告した。

(放送2015年5月 解決2016年1月)

2016年3月に視聴者から寄せられた意見

2016年3月に視聴者から寄せられた意見

待機児童問題を訴えたブログが国会で議論されたことを取り上げた番組に関して、さまざまな意見。コメンテーターとして出演していた男性の経歴詐称問題について、放送局側の事前検証が甘かったのではないかといった意見など。

2016年3月にメール・電話・FAX・郵便でBPOに寄せられた意見は1,909件で、先月と比較して277件増加した。
意見のアクセス方法の割合は、メール67%、電話31%、FAX1%、手紙ほか1%。
男女別は男性67%、女性32%、不明1%で、世代別では40歳代28%、30歳代24%、50歳代19%、20歳代13%、60歳以上13%、10歳代3%。
視聴者の意見や苦情のうち、番組名と放送局を特定したものは、当該局のBPO連絡責任者に「視聴者意見」として通知。3月の通知数は873件【48局】だった。
このほか、放送局を特定しない放送全般の意見の中から抜粋し、21件を会員社に送信した。

意見概要

番組全般にわたる意見

待機児童問題を訴えたブログが国会で論議されたことを取り上げた番組に関して、政府や与党への批判に重点が置かれていたとか、他の番組の中で、匿名ブログを書いた人に対して出演者が不穏当な発言をしたのではないかなどの意見が寄せられた。
コメンテーターとして出演していた男性の経歴詐称が週刊誌で報じられ、番組を降板したが、放送局側の事前検証が甘かったのではないかといった意見が寄せられた。
女子中学生の監禁事件で、脱出の経緯の報じ方などについて様々な意見が寄せられた。
"大人のひきこもり"特集の中で、民間支援団体が強引なやり方で当事者を説得する場面があったなどとして、このような団体を取り上げるのは如何なものかといった意見が寄せられた。
東日本大震災から5年目にあたり、各局で特集が放送されたが、被災地に住む人などから意見や要望が寄せられた。
ラジオに関する意見は52件、CMについては47件あった。

青少年に関する意見

3月中に青少年委員会に寄せられた意見は87件で、前月から15件減少した。
今月は、「表現・演出」「性的表現」がそれぞれ16件と最も多く、次に「報道・情報」が13件、「喫煙・飲酒」「言葉」がそれぞれ6件と続いた。
「表現・演出」については、番組内のミニドラマで、おじいさん役の俳優が驚く時にお茶を噴き出すシーンなどについて、「汚い」「飲食物を粗末にしている」などの意見が複数寄せられた。
「性的表現」については、バラエティー番組で夫婦のセックスレスについて討論したことについて、「春休み期間中の昼の時間帯で放送する内容ではない」との意見があった。
「報道・情報」では、「埼玉女子中学生監禁事件」の報道について、放送局に過剰な報道にならないよう配慮を求める声が多く寄せられた。

意見抜粋

番組全般

【取材・報道のあり方】

  • コメンテーターとして出演していた人物が、経歴・学歴を詐称していることが明らかになった。視聴者はその経歴を踏まえて彼の発言を信用していたのだ。放送局は採用する前に、"自称情報"だけではなく、きちんと確認をするべきだ。

  • 番組司会者が、経歴詐称疑惑を報じられたコメンテーターが番組を降板することになったことについて、「信じられない思い。残念でならない」などと述べたが、そもそも彼に対する検証が欠けていたのではないか。テレビが作り上げた彼の価値を信じ、講演を依頼した主催者など被害を受けた人もいるだろう。

  • 自民党大会で「選挙のために何でもする勢力に負けるわけにはいかない」と述べた首相発言を、"首相が選挙のためだったら何でもする"かのように要約したテロップが表示されていた。発言の意味が逆に伝わることになる。単純ミスだったとしたら、チェック体制がずさんだったのではないか。

  • 表現や報道、思想の自由への侵害となる総務大臣の"電波停止の可能性"発言に対し、テレビ局が反論せずに受け流してしまうことを危惧していたが、テレビキャスターらが抗議声明を出したので安心した。大臣の発言は、戦前のような政府によるメディア規制に繋がりかねないからだ。全てのテレビ局で抗議声明を報道するとともに、発言の問題点を追及すべきだ。また、マスメディアの上層部が首相と会食をすることがあるようだが、政府との癒着に繋がるおそれがあり許しがたい。

  • 総務大臣の"電波停止の可能性"発言に関連して、誰が放送の公平性を判断するのかという疑問を呈しながら、政府側から判断されるのは危険だとか、報道が萎縮する、といった意見だけを紹介した。報道する側の都合やスポンサーの意向によって内容が偏る危険性に触れていなかった。民意が動かされかねないほど、メディアの力は強大だ。政府が慎重であるべきであるのと同様に、メディア側も慎重でなければならないのに、自省の姿勢が見られず不誠実だと感じた。

  • 3月11日が近づくと、どの局でも東日本大震災の特集を放送し、「忘れない」と言う。しかし、被災地にいる私たちがあの日を忘れたことは1度もないし、忘れられるわけがない。特集は被災地以外の人々のためのものなのか。津波の映像は人が死ぬ時の映像でもある。流れるたびに、犠牲になった人が苦しまれるような気がしてならない。震災前の風景や新しくなった風景、あの日に生まれた子ども達の成長など、もっと前を向いた内容にしてもいいのではないか。私たちも前を向いてはいるが、ふとあの日のことを思い出して辛くなることもまだあるのだということを忘れないでいただきたい。

  • 多くの放送局が、3月11日前後だけ東日本大震災の特別番組を放送する。これでは、いくら「震災体験を風化させないように」と叫んでも空虚にしか感じられない。「風化させない」と考えるのであれば、当日などだけでなく、定期的に番組で取り上げるべきだ。

  • 15歳の少年が通行人を刺したニュースで、「人を襲えば警官が銃で撃ってくれると思った」「発泡スチロールにスーと入るように刺せた」などの供述内容を報じていたが、前段だけで少年の心の闇を伝えられただろう。刺す際の供述は生々し過ぎている。刺すことに興味を持つ人間が出てくるかもしれない。供述内容を全て報道すべきなのだろうか。

  • 覚せい剤取締法違反で逮捕された元プロ野球選手の過熱報道には辟易する。保釈されたところならまだしも、入院先の病院にまで車を追いかけ、空撮までし続ける必要はあるのか。一般の患者にも迷惑がかかる。薬物はいけないと伝えたいのだろうが、追いかけ回すのではなく、問題提起をする方法は他にもあるはずだ。

  • 覚せい剤取締法違反で逮捕された元プロ野球選手の報道で、注射器や覚せい剤の使用器具、薬剤らしき結晶、さらには、ダミーとはいえ注射を打つ映像などを頻繁に目にする。かつての常習者が薬を思い出すなど、悪い影響を受けないか心配だ。家族としても、映像が流れてもあからさまにチャンネルを替えるわけにもいかないだろう。このような映像は自粛してもらいたい。

  • 「埼玉女子中学生監禁事件」の詳細を解説していたが、「少女がネットを見ていた」「公衆電話で助けを呼んだ」などの情報を伝えていた。一般市民には犯罪防止になる情報だが、犯罪者に犯行のための知識を与えているように感じた。外部と連絡できるものを被害者に与えないようにすることを教えるようなものだ。今後、テレビで事件の全容を事細かく報道すると、被害者が生還する可能性が低くなることも考えられるので留意すべきだ。

  • 女子中学生が監禁されていたアパートをリポートしていたが、なぜ逃げなかったのかを検証することをメインに作られているように感じた。当時、中学1年生の女の子が部屋に閉じ込められ、殺されるかもしれないという恐怖を感じながら過ごしていたのだ。そのような当事者の気持ちへの配慮がない取材だと思った。

  • ドイツの民主的ワイマール憲法から、いかにしてヒトラーのナチス独裁政権が誕生したかを検証する企画で、とても分かりやすくためになる内容だった。しかしながら、強制収容所の遺体の映像がモザイク処理されずに放送されていた。事前に「遺体の映像が流れる」と言っていたが、かなりはっきりした映像であった。モザイクくらいはかけてほしかった。

  • ヒトラーのナチスドイツとワイマール憲法の「国家緊急権」について特集していた。一方で、自民党の憲法改正案にある「緊急事態条項」について言及し、研究者がフランスやドイツの「緊急事態条項」について解説していた。この中でキャスターが、「日本にヒトラーのような人間が出てくるとは思えないが、将来は分からない」という趣旨のことを述べたが、イメージ操作ではないか。ナチスの話などではなく、多くの先進国で定められている同条項をもっと詳しく説明すべきだ。

  • 酒気帯び運転の車がタクシーに衝突し、タクシー運転手が死亡した事故を取り上げた際、他のタクシーの車載カメラが捉えた激突の瞬間映像を繰り返して映した。姿こそ映らないが、運転手が即死する瞬間だ。見ていて、いたまれない気持ちになった。亡くなった方の家族がこのことを知ったなら、どう感じるだろうか。

  • 事件の容疑者の友人やクラスメートと思われるツイッターアカウントに、記者のアカウントが情報提供を要請している場面を見かけた。ツイッターでは自己の身分を偽ることが可能だ。容疑者に恨みを持つ人物が、その友人になりすまして虚偽の証言をすることが十分考えられる。第三者が意図的に事実をねじ曲げた報道をさせることが可能となり、報道の信頼性が失われる危険性がある。

【番組全般・その他】

  • 「保育園落ちた日本死ね」と匿名ブログに書かれた話題を取り上げていた。国会で野党議員がこの訴えを紹介し、待機児童問題に関して質問した際にやじを飛ばした自民党議員が出演した。この議員は匿名の内容を国会で取り上げるべきでないと述べたが、やじった理由についてコメンテーターがしつこく詰問していて不快感を覚えた。この議員の主張は当然で、汚い言葉の書き込みを取り上げる番組の方がおかしい。

  • 「保育園落ちた日本死ね」というブログの筆者に対して、出演者が不穏当な言葉を放ったのではないか。一部に"ピー音"をかぶせていたものの、文脈上、"書いた人間が死ねばいい"と発言したのではないかと想像できる。これを聞いた他の出演者も爆笑していた。実際に発言したのなら、一般市民へ"暴言"を投げかけて嘲笑したことになる。ブログとその筆者への憎悪を煽ることなどは、あってはならないことだ。

  • 健康食品などのネットワーク販売会社が、消費者庁から一部業務停止命令を受けたことを取り上げた中で、マルチ商法は詐欺であるかのように伝えていた。一部の人が間違った勧誘をしていたかもしれないが、全ての会員が違反をしているわけではない。商品に欠陥があると誤解させるような言い方もあったと感じた。

  • アメリカ大統領選の話題で、ゲストコメンテーターが一部のキリスト教保守層について、進化論を信じない凝り固まった集団であるかのようにコメントした。たとえ進化論を否定することが非科学的だと思っても、宗教が絡む際の発言は慎重であるべきだ。

  • 介護に携わる人材に問題があるようにメディアで伝えられる傾向が見受けられるが、偏見が助長され、介護に携わる人達が窮地に追い込まれている現実がある。介護問題に関係する閣僚や行政当局、専門家、介護事業者、介護当事者を集めて、介護の実態を正確に伝える番組を制作していただけないだろうか。偏見や誤解を解消し、介護問題の解決策を追求する場を設けることが必要だと考える。

  • "ヌードモデルになる女性芸人"の場面が素晴らしかった。テレビが女性の裸を自粛するようになって久しいが、女性の美しい姿は誰も傷つけないし、教育に悪いわけでもない。むやみに自粛するべきではないと考える。

  • 他番組でも使われた映像が多く、番組情報にある"最新映像"とは呼べない内容だった。素材の使い回しで番組を構成するのは如何なものか。総集編などと記されていれば、何となく過去の映像も含まれると予測できるが、番組名にはそういった含みは表現されていない。

  • 「疲れを取るために細胞内のミトコンドリアを増やす方法」の一つとして水素水が紹介された。一般に水素水として売られているものは食品であり、効能について科学的根拠は明白でない。視聴者を誤解させるおそれがあり、問題があるのではないか。

  • ペットブームの陰で捨てられる犬や猫が増えているが、それらのペットを引き取り、自らが作った動物保護施設に収容する活動を続けている女性が紹介されていた。半身不随や老いてしまった動物にも、わけ隔てなく面倒を見ている姿がとても印象的だった。MCのタレントはバラエティー色が強いと思われたが、社会的に考えさせられる内容だった。多くの子ども達にも見てもらいたい番組だ。

  • プロ野球の国際親善試合を見た。ところが、試合が佳境に入ったところで放送終了が告げられ、引き続きBSか、深夜のスポーツニュースで結果を見るように、との案内があった。私はBS契約をしていないので見ることはできない。中途半端な放送はしないでもらいたい。

  • 診療費の不正請求をして逮捕された"タレント女医"の話題で、出演者の一人が「医者は遊んでいて仕事ができるのか。医者は努力をしていないと思う」との持論を展開した。この女医一人の行動をもって医師全てを批判するようなもので、偏見に満ちた発言ではないか。

  • 路線バスの旅で、料理店に立ち寄った際に出演者が食べ物を相当残したまま店から出て行った。バスが来るまでにわずかな時間しかないのに料理を注文したからだ。店の人に失礼であり、食べ物を粗末にする行為でもある。一般人とテレビ局との「非常識の壁」を感じた。

  • このドラマの制作者は製薬会社のMR(医療情報担当者)の実態を理解しているとは思えない。MRが医者と癒着していると一般的に思われるような内容が含まれている。患者との接触や治験への介入など、実際にはあり得ない内容だ。

  • "大人のひきこもり"を特集した中で、民間の自立支援団体の職員の男性が、40代の男性の部屋のドアを壊してまで説得しようとしていた。その職員は、他にも引きこもった人に罵声を浴びせ、施設に入れさせていた。様々な葛藤を抱えている当事者の気持ちを踏みにじるような対応を行う団体のことを取り上げていたのでがっかりした。私は支援者の一人だが、当事者への人権侵害ともとれる内容の放送は許せない。

  • "大人のひきこもり"の問題で、ある支援団体を取り上げ、ひきこもり当事者に対して罵声を浴びせたり、ドアを壊して説得したりする場面が放送された。親からの依頼があったとしても、これは暴力的なやり方であり「支援」ではない。私自身、ひきこもりの経験があり、不登校・ひきこもりに関わる活動をしているが、放送を見て怒りを感じた。違法スレスレの取り組みをするような団体を取り上げたことに抗議したい。

  • 酒好きの男優が、「舞台袖に置いてあった他の役者の飲料に酒類を混ぜた」「楽屋にあった他の出演者の加湿吸入器に酒類を入れた」などと、"自分流"のエピソードを語っていた。これらは他人を苦しませた話であり、犯罪的ですらある。芸能界ではそのような行為が許されるのかもしれないが、一般社会では容認されない。視聴者が「そのようなことが許される」と思ったらどうするのだろうか。

  • 税金滞納者や生活保護費の不正受給者を自治体職員らが追跡し摘発する番組を見た。不正受給者が宝くじを買う場面で、追跡者が「余裕があるな」と語り、問題があるかのような伝え方だった。自分は生保受給者だが、役所に問い合わせたところ「購入は構わない。賞金は申告すればいい」と言われた。去年、番組の第1弾が放送された後に、役所から「テレビで不正受給が取り上げられていた」として、通帳などを調べられた。受給者全体が不正をしていると誤解されないように放送では配慮してほしい。

  • ネットに上がった、個人が撮った動画を流す番組だった。このような内容をゴールデンタイムに流すことが信じられない。今、動画は見ようと思えば、いつでも誰でもネットで見ることができる。テレビはテレビでしかできないような番組を作るべきだ。そのような番組を作れないのであれば、電波の無駄なので、テレビなど要らない。

  • 民放局ではここ数年、事件や事故を伝えるニュース・情報番組に、お笑いタレントや人気俳優を起用することが増えているようだ。このような人選に疑問を感じている視聴者は、私だけではないと思う。

  • 関西の住人や大阪府民を嘲笑する在阪局の番組は、ステレオタイプの住民像を語るものが多い。コメントの多くが誇張であり、他の地域でも見られるものでも関西・大阪に特有だと決めつける。県民性は科学的に証明されておらず、扱い方によっては偏見や差別を生む可能性があることに留意してほしい。

  • 関東の下品な言葉遣いが、放送を通じて地方にも蔓延している。例えば、タレントが「そうじゃん」などの言い方をしていたが、それが今や北海道でも使われている。放送の影響力は大きいのだから、留意してほしい。

  • テロップに「号泣」という文字が出ていた。それを見て、小学生の子どもが辞書を片手に「意味が違うのでは?」と言った。賭博をした野球選手が涙目にはなっていたが、「号泣」とは程遠い。いい加減な言葉遣いは如何なものか。

  • 「通販番組」が多過ぎる。特に衛星放送はどのチャンネルに替えても「通販、通販」だ。地上波の通常番組も、最近は各局ともあまり変わらずつまらない。ますますテレビ離れが加速していくのではないか。

【ラジオ】

  • 女性パーソナリティーが、自らの放送局のある地方を持ち上げ、対比するように中京地区をおとしめる発言をすることがある。明確な根拠もなく特定のエリアの人をけなすような内容を流すことは如何なものか。

  • "オカルト評論家・研究家"などを呼んで「売れている人達は『何かが降りてきた』と言う」などと、根拠もないことを語っていた。胡散臭い内容で呆れた。

【CM】

  • テレビで頻繁に健康食品のCMが流れ、"愛用者"と称する有名人や一般人が商品を絶賛している。そして画面の片隅に「個人の感想であり、効果や効能を示すものではない」との小さな文字が出る。効果も効能も示すことができないとすると、そのCMは商品の何をPRしたいのか。

  • 払い金返還請求の着手金無料キャンペーンについて、不当表示(景品表示法違反)が発覚した法律事務所のCMは、放送すべきでない。企業が不祥事を起こした場合、CMは当分の間自粛されるべきだ。

青少年に関する意見

【「表現・演出」に関する意見】

  • バラエティー番組内のミニドラマで、おじいさん役の俳優が驚いた演技をする際に、飲んでいるお茶を噴き出す行為を何度も繰り返していた。また、はちみつが塗られたパンに顔をつけてもいた。面白くないし汚い。食事時の放送でもあり、大変気分が悪い。子どもが真似するおそれもある。このような演出はやめてほしい。

  • 情報番組で、倒れてきた街灯に指を挟まれて指を切断した少女にインタビューしていた。母親が同席し、少女の顔にはモザイクがかかってはいたが、けがしたばかりで大きなショックを受けている幼い子にインタビューするとは信じられない。少女はほとんど質問に答えられなかったが当然だ。少女を同席させる必要はなかったのではないか。

【「性的表現」に関する意見】

  • 昼間のバラエティー番組で、夫婦のセックスレスについて討論していたが、放送当日は春休み期間中であり、子どもが在宅していた。あわててチャンネルを替えたが、気まずい雰囲気になってしまった。放送日や放送時間帯を考えて放送内容を決めてほしい。

【「報道・情報」に関する意見】

  • 埼玉女子中学生監禁事件に関する報道が多い。今後、同じような事件が起きないように報道しているのだろうが、興味本位にあれこれ想像する人もいるので、被害者の将来を最優先し、必要なこと以外は報道を控えてほしい。

【「動物」に関する意見】

  • バラエティー番組で、生きた爬虫(はちゅう)類や昆虫を投げつけられながら、それに耐えて歌い続けるという企画があった。これらの生き物は、投げつけられた衝撃などで死んでしまうことも考えられる。爬虫類や昆虫を犬や猫と同じように可愛がっている人も多い。命を粗末に扱い、それを笑うなんて許せない。倫理観が欠如した企画であり、青少年にも悪影響を及ぼすと思われる。

【「喫煙・飲酒」に関する意見】

  • グアムから生放送しているラジオ番組で、20歳のアイドルがお酒を飲んでいたが、グアムでは21歳から飲酒可能なので違法だ。スタッフが現地の法律を知らなかったのだろうが、あってはならないことだ。

2016年2月3日

九州・沖縄地区各局との意見交換会

放送人権委員会は2月3日、九州・沖縄地区の加盟社との意見交換会を福岡市内で開催した。九州・沖縄地区加盟社との意見交換会は6年ぶり3回目で、29社から83人が出席した。委員会側からは坂井眞委員長ら委員8人(1人欠席)BPOの濱田純一理事長らが出席し、最近の委員会決定等をめぐって予定を超える3間25分にわたって意見を交わした。
濱田理事長のあいさつ、坂井委員長の基調報告、4事案の決定についての担当委員らの報告と質疑応答の概要は、以下のとおりである。

◆濱田純一理事長 あいさつ

BPOがどういう役割をしているか、放送人権委員会がどのような機能を持っているかはお分かりかと思います。一言で言えば、BPOというのは放送の質を高めることで放送の自由を守っていく、そういう役割を持った組織であると思っています。放送の自由を守っていくことは、当然、これは国民の権利、自由を守ることにつながっていくわけで、放送はそのような媒介になる役割をしていると、私は考えております。
そういった役割を果たすために、放送人権委員会をはじめとして委員の皆さんにご努力をいただいているわけです。まあ通常会議の時間は2時間というふうに決まっているんですが、放送人権委員会では5時間とか6時間とか長時間にわたっていろいろな案件を審理していただいています。これまで57件について扱ってきていますが、個々の案件の紛争処理という、それだけが目的ではなくて、そういう案件を議論することを通じて放送というのはどうあるべきか、あるいは放送の自由とはどのようなものが望ましいのかということを真剣に議論する、委員の皆さん方の情熱に支えられて運営されているということを、ぜひご理解いただければと思っております。同時にそうした放送の自由を巡る議論というのはBPOの中だけではなく、視聴者の皆さん、あるいはもちろん放送局の皆さんが一緒になって考えて取り組み、あるいは主張していかなければいけない、そういう性格のものだと考えています。
きょうの意見交換会も、質疑応答あるいは知識を深めるというだけではなくて、皆さん方が決定を受けて委員と意見交換する、そういう活発な議論をすることによってこの放送の自由というものをさらに強めていくんだ、さらに高めていくんだと、そういう思いでぜひこの数時間をご一緒に過ごさせていただければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

◆坂井眞委員長  基調報告

私は弁護士をちょうど丸30年やってきました。そのうち7年委員をさせていただいていることになりますが、 それ以前から報道と人権の問題に長年取り組んできました。日弁連は人権大会を毎年やっていて、隣にいる市川委員長代行が今、日弁連の人権擁護委員長として中心になってやっているわけですが、1987年の熊本の人権大会では報道と人権をテーマにしました。報道による人権侵害ということが初めて言われた時代でした。25年以上も前で、当時は新聞記者の方と話をしても、「報道による被害とは何事だ」などと真剣に言われる時代でした。 それからずっとそういう問題をやっていますので、表現の自由を規制することばかり考えているやつじゃないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。私としてはどちらもだと、表現の自由は最も大切な人権の1つだけれども、名誉やプライバシーも当然大事だと、その調整をどうするのかということで活動をしてまいりました。
出家詐欺事案、後ほど出てきますけれども、その決定における放送法に関わる部分、われわれの前に放送倫理検証委員会が放送法4条の規定は倫理規定だと言って、それに対して政府自民党筋から異論が出されるということがあり、事案との関係でわれわれも述べた点です。そこの考え方をしっかり整理をしたい、それを基調報告として申し上げたいと思っております。
出家詐欺事案で決定の最後に書いているのは、こういうことです。「本件放送について、2015年4月17日、自由民主党情報通信戦略調査会が、NHKの幹部を呼び、『事情聴取』を行った。放送法4条1項3号の『報道は事実を曲げないですること』との規定が理由とされた。さらに4月28日には、総務大臣が同じ放送法4条1項3号などに抵触するとして、NHKに対して異例の『厳重注意』を行った」と。 ここからわれわれの意見ですが、「しかし、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において、放送法1条は『放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること』を法の目的と明示している。そして放送法3条は、この放送の自律性の保障の理念を具体化し、『放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることはない』として、放送番組編集の自由を規定している。放送法4条は、放送事業者が依るべき番組編集の基準を定めているが、放送番組に対し、干渉、規律する権限を何ら定めていない。委員会は民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、放送内容を萎縮させかねないこうした政府、及び自民党の対応に強い危惧の念を持たざるをえない。」
控え目に抽象的に言ったつもりです。ただ、この部分はすごく重要で、われわれは申立てに対して判断を示すということで、一般論を述べる委員会ではないんですが、この事案でこういう動きがあったので、事案に関する限りしっかり指摘しておきたいということで意見を述べました。
端的に言うと、放送法は憲法21条によって解釈されるものであって、それを逆転させて放送法の規定を歪曲して、法によって憲法21条を解釈、理解するようなことがあってはいけないということを申し上げたいわけです。憲法21条1項は、これはもう言うまでもないことですが、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めていて、法律の留保などは付いておりません。「法律を定めれば制限できる」とは書かれていないのです。では、どういう場合に制限できるかというと、他の人権との調整の場合ですね。他の人権とは、委員会が扱う名誉、プライバシー、それからきょうも出てきます肖像権、そういうものをむやみに侵害してはいけないよと。そういう場合には、調整ないしは制限、限界があるけれども、法律を定めれば自由に口を出していいとか、制限していいというものではない、この点を確認しておきたいです。
放送法1条、放送法の理解について明確に判示している最高裁判決があります。平成16年11月25日の最高裁の第1小法廷の判決です。 訂正放送等請求事件で、NHKの『生活ほっとモーニング』訂正放送事件の上告審です。1審は原告が負けました。2審からは私も含めこういう事案をよく扱っている4人の弁護士が代理人になり東京高裁で逆転勝訴をして、慰謝料請求が認められるところまではよくある話ですが、それだけでなく「訂正放送請求権に基づいて訂正放送をしろ」という請求も認められました。
NHKは当然上告をしました。最高裁判決は、慰謝料のところは確定して原告が勝ったわけですが、訂正放送請求権について最高裁は「これは私法上の請求権ではないんだ」という判決を出しました。 どう言ったかと言いますと、「真実でない事項の放送がされた場合において、放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から、放送事業者に対し、自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって、被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではない」という判断をしました。最高裁は「自律的にやりなさいよ」と、「国民全体に義務を負っているんですよ」と言ったわけです。
私はNHKの方と連絡する担当だったのですが、金曜日の午後に判決が出て、NHKから「翌日の土曜日の『生活ほっとモーニング』で判決の趣旨に則って訂正放送をしたい。どうだろうか」という連絡があった記憶があります。実際に放送されました。判決の法的解釈論とは別に、私自身は放送局のそういう対応は非常に評価しています、それがまさに自律なんだと。
もう1つ言っておきたいのは、この事案は中高年の離婚問題を扱っていて、男性のほうだけ取材をして顔出ししちゃったんですね、女性のほうには取材をしていない。それで、女性のほうは非常に大きな職業上、生活上の被害を被った。それで「おかしい」というクレームがあったときに、「最高裁まで行かないと、訂正放送しないんですか」ということ。もうちょっとNHKが「自律」してよかったんじゃないかという思いがあります。最高裁判決後の対応は評価していますけれども、そこまで行かなくてもよかったんじゃないのか、それが自律ではないかという思いです。
そういう放送の自律という文脈で、このBPOという組織が出来て、放送人権委員会も自律的組織として、申立てがあったときに人権相互の調整を図る場としてある。だからその結論がどうかというときに、何か「外部から表現の自由を規制される」という受け取り方ではなくて、NHKと民放連が作ったBPOという自律的組織が「ちょっとまずいんじゃないの」と言ったら、まあ意見はいろいろあるけれど、「よく考えてみよう」ということで、ぜひ受け止めていただきたいと思っております。
これから個別の事案について、担当の委員から報告がございますので、ぜひ今、申し上げたような観点で検討していただければありがたいと思います。

◆決定第53号「散骨場計画報道への申立て」 報告:坂井眞委員長

論点の 1つ目は、「個人名と顔の映像は露出しないという合意に関する事実関係はどうなのか、誰と誰が合意したのか、合意した効果はどういうものでしょうか」というのが1つですね。
2つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、肖像権侵害に当たるのか」
3つ目、「合意に反して顔の映像を放送したことは、放送倫理上の問題があったか」ということになります。
最初の論点ですが、SBS(静岡放送)の主張は、申立人と各社、すなわちSBSと申立人との合意だとおっしゃっていました。ただ、実際の関係としては、事前に熱海記者会の幹事社が社長と取材交渉し、会社名は出してよいが、社長の個人名及び顔は出さないことを取り決めていました。熱海記者会の幹事社がSBSの代理人ということはありえない。申立人は終始一貫して「合意をしたのは記者会とで、SBSとではない」という対応でした。そういう事情を考えると、委員会は「申立人と熱海記者会との合意」と判断をしました。これは形式的なところですが、合意の効果としては、熱海記者会に所属して個人名と顔の映像は露出しないとの合意を受け入れ記者会による記者会見に参加した記者は、当然申立人と記者会の合意に拘束されると。平たく言えば、記者会に所属した方は会社の了解も得た上で「合意を守ります」と言って会見に出たんだから、それは拘束される、会社も了解を与えているんだから合意事項に拘束されますという判断をしました。
肖像権とは何かといいますと、かなり昔の昭和44年の京都府学連事件という最高裁大法廷判決があり「何人もその承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されたり撮影された肖像写真や映像を公表されない権利」ということになります。肖像権と表現の自由、報道の自由、その関係を委員会がどう考えたかというと、一般論としては、申立人の承諾なしに、すなわち被撮影者の承諾なしに撮影し映像を放送することは肖像権侵害になりますと。けれども、肖像権も他の人権や社会的利益との関係においてすべてに優先するわけではない、表現の自由や報道の自由との関係において両者の調整が図られてなくてはいけない。委員会決定では、申立人の承諾なしに撮影された顔の映像を放送することは、原則として肖像権侵害となるが、しかし、申立人の承諾なしで撮影、放送することに報道の自由の観点からの公共性があると認められるならば、両者の価値を検討して一定範囲で報道の自由が優先する場合もありますよと、原則はこういうことです。公共性と公益性が認められるときは、さっき言ったようにさまざまな要素を考えてどちらが優先するかを判断をすると。そして、本件の結論としてはSBSに対して肖像権侵害を問うことはできないという判断になっています。
まず近隣住民による反対運動がありました。有名な温泉保養地の中に墓地類似の施設を作るわけだから、近隣住民の方にとって当然問題になるということですね。本件放送前の5月中旬段階で、既に各社が報道していました。熱海市役所まで会見をしていました。他方、この社長さんの会社のホームページ上では、代表者名も当然記載されていましたし、散骨場計画の宣伝もしていました。もう1つ、名前とか住所は商業登記簿謄本を見れば取れます。 さらに、報道された後には市の人口の3分の1ぐらいが反対署名をしている、地域の中でそのぐらい関心が高かったんですね。そうすると、公共性の程度は相当高いですね。この番組はストレートニュースでその問題提起をしているわけですから、公益目的も問題なく認められますということになります。
先程言いましたように、この事案は合意違反、「出しません」と言っていたのに放送してしまった。そもそも肖像権侵害は承諾があったら生じないわけで、よく考えれば合意に反したということも承諾なくやった場合の一態様ですね。なので、「合意違反だから、直ちに肖像権侵害になるとは言えない」という判断でした。合意違反もいろいろあって、最初から騙して撮影しようというケースだってあるわけですよね。例えば、隠し撮りは合意違反ではないけど、悪質だということになるというようなことです。
もう1つ、さっき指摘したようにこの地域での高い公共性のある事項で、公共的関心事になっている散骨場計画をしている会社の代表者が、個人的な肖像権を理由に自己の顔の映像を放送されることを拒否できるだろうかということも考えました。で、委員会の判断としては肖像権侵害はないということです。
放送倫理上の問題はどうかというと、「取材対象者との信頼関係を確保し、その信頼を裏切らないことは放送倫理上放送機関にとっては当然のことである」と。民間放送連盟の報道指針にも「視聴者・聴取者および取材対象者に対し、誠実な姿勢を保つ」と書いてあります。SBSも最初から謝罪しているわけですし、放送倫理上の問題ありということは、SBSも異論のないところです。
問題はあえて付言を付けたところですが、「取材・報道は自由な競争が基本である」「記者クラブ側は取材先からの取材・報道規制につながる申し入れに応じてはならない」、これは2006年3月9日の日本新聞協会編集委員会の記者クラブに関する見解ですが、誘拐報道等、ごく一部の例外の場合を除いて報道協定は認められないという原則は皆さんよくご存じですね。散骨場計画は先程述べたように、この地域で相当公共性の高い、公共的関心事になっていたのに、記者クラブがこういう約束をしてよかったのでしょうかという指摘です。新聞メディアと放送メディアはおそらく温度差があって、新聞はそれほど映像の問題は感じないかもしれませんが、放送メディアはそこは違うだろうと。顏の映像はなくても、取り合えず話だけでも聞きたいという幹事社の話に乗っちゃったのかもしれないけれど、それにしても、記者クラブで報道協定につながるような合意をしてしまうのはまずくはないですかと。
放送人権委員会にはいろいろな亊案があって、隠し撮りは原則だめだともちろん言っていますし、公共的な亊案で取材になかなか応じてくれないときは、自宅で待っていて通勤電車に乗るまで追っかけて撮ったりすることが許される場合もあるわけです。やっぱり亊案と内容によって、出すべきものは出すということもあってよかったんじゃないか。まして、みんなで顔を出さないでやろうということはまずいんじゃないですかという趣旨で、あえて付言をしたということになります。

(質問)
単純なミスということでしたが、顔が全体映っているところもありますが、中途半端に顏の下半分が映っているような、全部見せないように配慮した映像もあります。つまりどの時点でミスになったのか、撮影の前なのか、あるいは取材をした後の連絡ミスだったのか?

(坂井委員長)
私の記憶では、顏が出ている映像はボカシをかけるか、処理をするはずだったのを、忙しくて失念しミスをしてしまった。だから言いわけできない話だと記憶しています。

(質問)
自分たちの反省も含めてですけれど、本社から直接記者が常駐していない記者会は、どうしても駐在の人に任せてしまって、そういった顔を出す、出さないという連絡が例えば後々になったりだとか、こういう事案は結構起こりかねないなという思いで見ていた部分があります。

(坂井委員長)
出さないという話があるんだったら、それはとにかく連絡を徹底すると。今回は連絡が入っていたのに、現場の編集段階でミスが出たと記憶しています。忙しいのは当たり前だと思うので、その中で落ちないような何重かのチェックをしていく体制を作ることじゃないかなと思いますけれども、そういうシステムを作り上げておかないと、現場でのミスの可能性は絶えずあるだろうと思います。

(質問)
この付言は、あくまで実名顔出しを求めるべきではなかったのかと、それでも相手がやっぱり絶対顔はダメ、言葉だけだったらOKだということであれば、それもありうるということを含んでいるのでしょうか? 我々取材する中で、どうしても声が欲しい、ニュースの尺を考えると声だけでも必要だと考える場合もありうると思うんです。

(坂井委員長)
1つは報道協定的な、足並み揃えちゃったらまずくないですかというのがあります。顔を出さない、名前を出さないことを記者会みんなでやれば、なんか安心みたいなのはやっぱり報道のあるべき姿としては問題ですごく怖い感じがする、私の個人的な感覚ですけれども。もう1つはこういう話だったら、まず、相手にちゃんと説明しなきゃいけない社会的責任があるじゃないですかと言えるはずなんで、そこは各社にしっかり考えてもらいたい。実際、突撃取材をするケースもあるわけで、例えば翌日、急展開ということもあるわけですね、こういうニュースで。これはもう顔出してやるべきだって。そういうときに記者会で変な約束をして足かせにならないのかと、いろんなことを考えるので、そこは慎重に考えるべきじゃないのかなと思います。

(奥委員長代行)
端的に言えばありでしょう。一生懸命説得して出てくれと言ったけれど、出てくれなかった、だけど、この人の生の声を欲しいというときに声だけというのはありだと思います。

(質問)
日本新聞協会の見解は、幹事社含めて記者会のメンバーがおそらく誰も知らなかったと思うんです。例えば我々の放送の中でも、相手が顔は嫌だと言ったらもうすぐに切っちゃうとか、言われなくてもモザイクをかけるとか毎日のように頻発しています。こういう事例があった以上は、例えば新聞協会でも共有すべきだと思いますが、そういう動きはあるのでしょうか? 特にローカルに行けば行くほど、こういう問題が起きるんじゃないかという懸念があるんですが?

(坂井委員長)
新聞協会のことは存じ上げませんが、前の三宅委員長の委員長談話(「顔なしインタビュー等についての要望」2014年6月9日)で非常に危惧した部分ですよね、安易にそういうことをやるべきじゃないと。あとから出て来る出家詐欺の事案でも、結局ボカシを入れることによって詰めが甘くなるみたいなことにつながっているので、そういう意味では本当に重大な問題だと思います。

(奥委員長代行)
原則はもう確認されていると思うんですね、民放連においても、新聞協会においても。それが今回は熱海という、メジャーではない記者クラブですよね。たぶん県庁所在地とか、そういうところのクラブはかなりこの辺の認識があると思うんですけれども、認識が希薄だったということはたぶんあるので、そこは報道各社においてしっかり現場に認識させていただかないといけないと思います。

◆決定第54号「大阪府議からの申立て」(TBSラジオ) 報告:市川正司委員長代行

どういう申立てかと言いますと、事実関係を受けての論評が 権利侵害にあたると。具体的に言うと「思いついたことはキモイだね、完全に」と、自分の評価として「キモイ」という言葉を使ったということで、これが全人格を否定し侮辱罪にあたると。ヒアリングで申立人にもう少し具体的に聴いたところでは、法律上の説明でいくと、1つには全人格を否定し侮辱罪にあたると、これは個人の内面の感情としての名誉感情を侵害するということ。それからもう1つは、この放送を受けてネット上に「キモイ」という中傷の文言が流れて、自分の社会的な評価をおとしめられたという2つの点で権利侵害があったと、こういう説明をしていました。
前提問題として、まず論評の対象は何かということで、TBSは、これは申立人の行動に対する評価であって府議の人格に対する論評ではないんだと、こういう主張をされていました。ただ、行為に対する論評と社会的評価や人格に対する論評を峻別することは困難であると、人格の論評も含むものと考えるということで、前提問題については人格論評も含むということで次の問題を検討せざるを得ないとしています。
それでは、次に、社会的評価の低下、名誉感情侵害があったのかというところですけれども、「キモイ」という言葉自体が嫌悪感とか気持ちが悪いというイメージを出している、表現していることは明らかなので、そういう意味では、一定程度の社会的評価の低下、名誉感情に不快を与えるということについては間違いないだろうと評価をしています。
その上で、法律上の違法性が阻却されるかどうかという言い方をしますけれども、公共性・公益性の観点から許容されるかどうかというのが次の判断になります。判断の要素としては、公共性・公益性がどれぐらい高いか、もう1つは侵害の程度との関係で、これを2つの天秤にかけて、公共性、・公益性がより重ければ侵害の程度との関係でより許容される可能性が高い、逆に侵害の程度が重ければ許容されない範囲が高まる、こういう関係になります。
参考になる判例として2つ、それから委員会決定を挙げています。
1つは平成元年の最高裁の判決でありますが、公務員に対する論評については、人身攻撃に及ぶ論評としての域を逸脱したものではない限り違法性を欠くということです。特に事実関係ではなく論評に関しては人身攻撃に及ぶなどの論評としての域を逸脱したものでない限りは違法性を欠くということで、比較的緩やかに許容されるという判断をしているというところがあります。事実の摘示と論評で比較的違う考え方になっているかなというところもあります。
次が公職選挙の候補者と名誉権という問題で、昭和61年の最高裁判例ですが、公務員または公職選挙の候補者に対する評価・批判等の表現行為に関するものである場合には、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができて、私人の名誉権に優先する社会的価値を含み、憲法上特に保護されるべきだという判決です。
この2つ合わせると、論評であるということと公職選挙の候補者であるということが今回のキーワードになったと思います。1つ前例となる委員会の決定がありまして、「民主党代表選挙の論評問題」(委員会決定第30号)で「公務員、あるいは公職選挙によって選ばれた者として、一般私人よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければならない立場にある」と、こういう決定を出しております。
この3つを参考に本件の検討をしました。1つは先程申し上げたように論評であるということ、それから府議会議員が議員活動の一環として中学生たちとLINEのやり取りをしていたと、ご自身が記者会見等でこういう説明をされていて、そういう点からも公共性・公益性が認められると。しかも議員の活動ですので、非常に公共性・公益性が高いということを認定しています。その上で、放送前に「キモイ」という言葉が報道されていた。自ら一連の行動が不適切だったという説明もしている。それから「キモイ」という言葉はこの放送で特に急に使われたということではなくて、この事案の中で使われたキーワードの1つという、そういう特殊性があるということで、そういう意味で社会的評価の低下は大きくないだろうと、人格をことさら誹謗したものでもないという評価をしております。そうすると、先程の公共性・公益性と侵害の程度の重さというのを比べたときに、やはり公共性・公益性という点から違法性の阻却が認められるのではないかということで、本件は問題がないと判断をしたということです。
あと本件の特殊性としてバラエティーでの表現ということがあります。決定ではこう言っておりまして「本件放送は、いわゆるバラエティーのジャンルに属する番組の中で行われたものであり、申立人を揶揄している部分もあるが、政治をテーマとして扱い、政治を風刺したりすることは、バラエティーの中の1つの重要な要素であり、正当な表現行為として尊重されるべきものであるから、本件放送の公共性・公益性を否定するものと解すべきではない」と。「キモジュン」とかいう表現がありましたけれども、番組の特性からいけばこういう表現の仕方もありだろうという考え方をとっています。
決定では最後に「『キモイ』という言葉は、それが使われる相手や場面によっては相手の人格を傷つけ、深いダメージを与えることもあるが、委員会はこれを無限定に使うことを是とするものではない」と付言しています。こういう場合はいいけど、こういう場合はダメだとはなかなか一概には言えないし、言葉狩りのような形になってもいけないということで、いろいろ議論した上でこういう表現に留めています。

(質問)
今回の決定は全く私もそのとおりだろうと思うんですが、申立て自体が圧力になっているんじゃないかと感じられました。

(市川委員長代行)
公表の記者会見のときも同じようなご意見がありました。ただ、委員会としては、委員会の規約上、個人から一定の侵害の申立てがあれば、その主張それ自体が一応の要件に該当すれば、どうしてもこれを受けざるを得ないというところがあります。そういう意味では、なるべくすみやかに、むしろ今回のような決定であればスパッと出してしまうということでしょうけれども、それはそれでヒアリングもして手続き的な保証はした上で結論を出すという必要があるかなと思っています。ただ、本件で決定の通知・公表が若干ちょっと延びた要素としては、ちょうど申立人が選挙に入ってしまって、選挙が終わってからというタイミングを見たという経過がございました。

(質問)
むしろ申立てをして面倒なことを強いるという構造になっていると思いまして、ちょっと濫訴というか、そういうものに近いものがあるんじゃないかと。

(坂井委員長)
そこは、そういうふうに感じないでもらいたい、この件なんか真っ白じゃないですか。何がいけないのと、思っていればいいと思うんです。そこで濫訴だとか、プレッシャーだとか思わないでほしいというのが、私の個人的な見解です。申立てがあったら受けないといけないのが放送人権委員会で、運営規則の5条にそう書いてあるんですね、それだけのことだと。放送倫理検証委員会は問題があると思ったときに取り上げるという流れですから、そこは違うんです、そこのところは皆さんによく理解をしていただきたいと思います。

(質問)
明らかにこっちは悪くないというスタンスでいても、BPOで取り上げられたということになると、スポンサーが離れてしまったり、局の上層部から番組は打ち切りだということになりかねないところがあります。そういう状況にあることも、ちょっと頭に入れていただければありがたいなというところです。

(坂井委員長)
そこは平行線なのかもしれないですけど、私が基調報告で申し上げた、このBPOという組織がどうやってできて、放送人権委員会がどうしてあるのかということをよく考えてもらいたいですね。スポンサーの方はいろんな方がいるのはよくわかります。そこで、きっちりこの問題はこういうことだと説明して説得するのが仕事のうちだろうと思います。そういう申立ては受けないでくれというのは、方向が違うんじゃないかと思います。

(質問)
ラジオの深夜番組という部分で、さっきの録音を聴いていましたら、非常に無邪気というか、脇が甘いというか、まさか申立ての対象になるとはまったく考えてないというふうに聴けるんですけれど、例えば局側の反省はあるのでしょうか?

(市川委員長代行)
確かこれは録音した上で、チェックも入っていたというふうに聞いています。その上でOKを出して放送しているので、一応それなりの判断はされていただろうと思います。必ずしも脇が甘いと、申しわけなかったというような発言は特にTBSラジオからは聞いていなかったと記憶しています。

(坂井委員長)
この決定には、前の三宅委員長の補足意見が付いていましたが、このケースは府議会議員だったと。だから、府議会議員とか公職選挙で選ばれるような議員に関しては、かなり辛辣なことを言われても、それは批判されるのも仕事のうちなんじゃないかという視点で見ていく必要があると思います。

◆決定第55号「謝罪会見報道に対する申立て」 報告:曽我部真裕委員

番組はTBSテレビの『アッコにおまかせ!』という番組で、みなさんご案内のことと思いますが、佐村河内さんが謝罪する記者会見が行われたのを受けて、、番組はほぼ全部を使って会見を取り上げて、例によって大きなパネルを使って説明をし、出演者がいろいろコメントをするという形で進んだ番組です。
一般論ですけれども、名誉毀損を判断するには大きく2つのステップがあります。1つはその放送がご本人の名誉を毀損するかどうか、つまり、社会的な評判を貶めるようなものであるかどうかということです。仮にそれに当たるとしますと、一応名誉毀損の可能性があるわけですけれども、それでも例外として、最終的にメディア側が責任を負わなくてもいい場合があります。それを免責事由と言っているわけですけれども、番組の公共性、放送局に公益目的があったかどうか、それから、示された事実が客観的に真実であったか、あるいは結果的に真実でなかったとしてもきちんと取材をして真実と信じるについて相当の根拠があったかどうか、ということが必要だということになります。
ところが、本件で問題になったのはその前提の部分です。つまり、そもそも、今回の番組でどういう事実が視聴者に伝わったのかが一番大きな争点になりました。委員会の多数意見と少数意見で立場が分かれたのも、その点です。本件放送はどういう事実を視聴者に伝えたのかということです。
これまた一般論に戻るわけですけれども、では、視聴者にどういう事実が伝わったのか、放送局側から言うと、どういう事実を視聴者に示したのかをどうやって判断するかというと、これは最高裁の判断がありまして、要するに一般視聴者の受け止めで決めると、一般視聴者がどう見るかということです。ですから、放送局が伝えようとした事実と、一般視聴者の受け止めがずれる場合も当然あるということです。佐村河内さんの側は、本件放送で示された事実というのは「申立人は、手話通訳も介さずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該記者会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるかのように装い会見に臨んだ」と、そういう事実が視聴者に伝わったと主張をする、これに対してTBS側は、いや、そんな断定はしていないとおっしゃるわけです。
委員会としては、先程の最高裁の判断に従って一般の視聴者の受け止めはどうかということを探ったわけですけれども、その際重視したのは、一般視聴者は、本件は聴覚障害という難しい問題でしたので予備知識がないということでした。したがって、不正確な説明をすると、簡単に誘導、誤解してしまうだろうということです。その上で実際の判断をしたということです。
番組は大きく2つの部分に分かれ、時間的には全然配分が違うのですけれども、記者会見の際に、実際に手話通訳なしで会話が成立しているにではないかというVTRが流されていたのです。その部分は時間的にはごく短いわけですけれども、インパクトは非常に強い。しかも、謝罪会見の時に手話通訳がなくても話が通じているということを、直接示しているということですので、委員会としては、これは重要な部分だと判断しました。
番組ではその前に、記者会見の場で配布された佐村河内さんの聴力に関する診断書、これをパネルに貼って説明をしていたわけですが、これは、細かくは申し上げないのですが、要するに、診断書の中には、みなさんが人間ドックでやるような聞こえたらボタンを押す自己申告の検査と、そうでない脳波でチェックする検査もあると。しかし、番組では脳波による検査のほうはあまり触れずに、自己申告であると強調していた。しかも、出てきた数値を見て、「普通の会話は完全に聞こえる」というような説明をアナウンサーがしていました。あと、診断書について医師、専門家のコメントがありまして、その中で詐聴、つまり自己申告の検査なので偽っていた可能性があるというようなコメントも、特段の補足説明もなく言ってしまいました。そうした合間に当然、タレントのトークがあって、その中にはもう佐村河内さんは嘘をついているということを前提としたようなコメントが多数あったというところがありました。
そういうことを総合的に判断して、委員会の多数意見は、先程お示しした、佐村河内さん側が主張している本件放送の摘示事実はあったと、つまり断定的にそういうことを伝えているという判断をしました。これは名誉毀損であるということです。診断書からはそこまでは言えなくて、客観的な検査によれば一定の難聴はあったとみられるわけですので、先程の免責事由で言うと、真実性、相当性も認められないという結論になったわけです。
3番目として、やや一般化した個別の注意点を2,3挙げています。
1つはバラエティーによって人権侵害の可能性があった場合に、報道番組と同じような基準で判断するのか、それとも違う基準で判断するのかということです。その点について、少なくとも情報バラエティー番組において事実を事実として伝える場合は、報道番組と同様の判断基準でよいと考えたわけです。お手許の『判断ガイド』の211ページに紹介がありますけれども、トークバラエティー番組については、より表現の許容範囲が広いというような判断を示した決定が確かにありました(第28号「バラエティー番組における人格権侵害の訴え」)。バラエティー事案の審理では、最近放送局側が必ずこれを引用されるわけですけれども、本件ではそこに対して若干釘を刺すような形で、情報バラエティー番組で事実を事実と伝える場合は報道番組と基本的に変わらないような判断基準で判断するということを言っております。
この点、最高裁判所も似たようなことを言っています。かつて、いわゆる夕刊紙が名誉毀損に問われた裁判において、夕刊紙側が結局興味本位の記事を載せているんだから、読者もそういうものとして受け止めるはずであると、だから名誉毀損はないと主張をしたところ、そういうことは通らないというのが最高裁の判断です。
かつてロス疑惑報道というのがあって、要するに三浦さんは悪い奴だというので集中豪雨的な報道がされたわけですが、その後、三浦さんの側から何十件も名誉毀損訴訟が起こされ、かなりの部分でメディアが負けています。報道被害に関する認識も高まって報道のあり方もだいぶ変わったわけですけれども、今でもやはり流れができてしまうと、これに乗っかって過剰なバッシングが行われる現象があると。本件でもそういうことがあっただろうと思いますので、ロス疑惑報道の教訓は今でも重要だろうと思います。
次ですが、これは少数意見の中で、視聴者に予備知識がないからといって正確な説明を求めていたのでは、バラエティー番組は成り立たないのではないかというご指摘がありました。委員会としては、そんなに難しいことを求めているわけではなくて、例えば本件で言うと、聴覚障害には伝音性難聴と感音性難聴があって佐村河内氏は感音性難聴であるとか、そういう説明をすべきだというのではなくて、音が歪んで聞こえるという症状があるというようなことを伝えるとか、そういう形で噛み砕いて分かり易く説明することは十分可能だろうと思うわけです。
過去の委員会決定で何度も言われていますが、タレントの発言の責任は誰にあるかというと、これは放送局にある。編集権、編成権は放送局にあるわけですから、そういうことになるわけです。だからと言って、厳密な台本を用意して、その通りにやれという話をしているわけではなくて、事前説明をしっかりする。それから、もしほんとに問題のある発言があった場合その事後に番組中にチェックすると。そういうような配慮が求められるのではないかと指摘しております。

◇事案担当:林香里委員
今回の事案は大変難しい決定で、特に私は法律家ではありませんので、名誉毀損の判断などは非常に難しかったです。
まず、放送倫理というところで問題があるという点では全員一致しているというところは、確認をしていただきたいなと思います。全体的に放送倫理では問題があるのですが、名誉毀損のほうはどうかということで、委員会決定の判断は、やはり本件放送のメイン・メッセージは「普通の会話は完全に聞こえる」ということでした。委員会は、ここが真実とは異なるということで、名誉毀損という判断を下したということになると思います。ただし、そこには少数意見のように異なる印象をもつ者がいるのではないか、異なる解釈があるのではないかという意見が付いているということでございます。

◇少数意見 奥武則委員長代行
先程曽我部委員が、多数意見と少数意見がどこで分かれたのか説明していただきましたが、つまり、本件放送によってどういう事実が示されたのかということについての認識なり判断が違うわけですね。多数意見は佐村河内さんの申立てを受けとめて、「申立人は手話通訳を介せずに記者と普通に会話が成立していたのだから、健常者と同等の聴力を有していたのに、当該謝罪会見では手話通訳を要する聴覚障害者であるように装い会見に臨んだ」という事実が摘示されたと判断しました。
市川委員長代行と私の少数意見は、要するに、そこまではっきり明確なメッセージがあの番組からあったとはどうも受け取れないということです。お昼の時間帯に放送される情報バラエティー番組で、まさに一般の視聴者が普通の視聴の仕方で見た時に、一体どういう受け止め方をしたかというと、まあ、何だかよくわからないけれども、「手話通訳が本当に必要なのかな」という程度の認識を視聴者が持っただろうということですね。手話通訳がほんとに必要なのかということに、強い疑いがあることについては一定の真実性はあるわけで、そういう意味で言うと名誉毀損は成立しないのではないかというのが基本的に我々の少数意見です。放送倫理上の問題については、基本的に多数意見と同じ考え方です。

◇少数意見 中島徹委員
私が少数意見を書くことになったきっかけは、一言でいえば、この事件で名誉毀損を認めてしまうと、表現の自由が相当に脅かされかねないという直感でした。
あの番組で事実の摘示があったと見てしまえば、すなわち、正常な聴力を有しているということを番組が指摘したと解してしまうと、それについて真実性と相当性をTBS側が証明しなければなりません。しかし、本人は聞こえないと言っているわけですから、「聞こえる」ことを証明することは極めて困難です。もっとも、佐村河内氏は、謝罪会見以前に一定程度は「聞こえる」ことを認めていました。聞こえることについて争いがなければ、そのことを前提に、この場面でも聞こえているのではないかと論評を加えることは大いにありうることです。言い換えれば、番組の中で言われていたことは、事実の摘示ではなく、TBSの見方、意見だと私は捉えたわけです。
論評は表現の自由の観点からすれば、相当程度に自由でなければなりません。日本の裁判所、とりわけ最高裁は、論評の場合でも真実性・相当性については相当の根拠がなければならないという判断を示していますが、この点はアメリカでは全くそういうふうには理解されておらず、真実性・相当性という要件を課しません。論評は自由に述べてよろしいというわけです。もちろんそれは行き過ぎだったら許されない場合もあるけれども、そうでない限りは自由にやってよいという考え方ですね。この点で、日米の名誉毀損に関する法的思考はかなり異なりますが、日本でも下級審では、アメリカ流に考える立場もあります。
他方、奥代行、市川代行の少数意見とどこが違うかと申しますと、両代行のご意見は、この番組を見た一般視聴者は正常な聴力を有しているというところまでは理解していなくて、なんとなく聞こえているのではないかくらいで受け止めていたのだから、事実の摘示はその程度で認定すれば良い ー粗雑にすぎる要約かもしれませんがー 、そのように論じられた上で、そうであれば真実性はあったと認定されているわけです。本件では、結果において名誉毀損の成立を認めないわけですから、表現の自由にとってマイナスということにはなりません。しかし、逆に、表現の自由を制限するような場面で同じ論法をとった場合、すなわち、事実の摘示という法律上の概念を説明する際に一般人の感覚を用いてしまうと、一般人の感覚とは言い換えれば多数者のものの見方ですから、多数者の視点で事実の摘示という法律上の概念を論じることになります。これは、時に多数者の視点で表現の自由を制限するように機能する場合もありますので、表現の自由保障の観点から私には賛成できませんでした。そこで、あのようにやや煩雑な構成をとることになったわけです。

(意見)
事がやっぱり障害に関することなので、全く納得できないというわけでもないです。ただ、やはりそこまでの専門性、専門的知識をあの番組の中で求めるかというと、やっぱり厳しいなという感想になります。

(意見)
非常にショッキングで、視聴者の目線で言うと、ほんとに佐村河内さんという方は耳が聞こえるのか、ほんとに自分で作曲したのかという率直な疑問に答える形であの番組はやっていたと思うんですね。結果的に、決定が出た後、出る前後でも検証が全くされていない。佐村河内さんの聴覚が本当はどうだったのか、あの交響曲『HIROSHIMA』はどういう扱いになっているのか、その辺の検証をもっとやるべきじゃないかという感想を持ちました。

(質問)
私はちょうどたまたま放送を見ていまして、非常に面白く拝見しました。ただ、各社とも佐村河内さんの聴力が疑問だというトーンでやっている中では、かなり突出して聞こえるという印象を与える番組だったのは確かだと記憶しています。もうちょっと疑問だなというレベルに押さえておけば、まあ許容範囲に入ったのかなと、さじ加減の難しさがあるのかなと思いました。私は報道の人間なので、バラエティーを作る手法がわからないんですが、ああいう芸能人を使いながら大筋を導いていくプロセスというか、どのくらいシナリオを書いているのか、教えて欲しいなと思いました。

(曽我部委員)
今の点は審理の過程では論点にはなっていました。どの程度事前にシナリオというか、打合せがあったのか、詳細にはお聞きできていないのですが、それほど細かい話があったわけでもなく、もちろん聴覚障害に関する予備知識のようなものの説明があったわけでもないように聞いています。ちゃんとしたタレントさんは、ある程度空気を読んで発言されると思うので、やっぱり事前にある程度局が示唆をしておけば、もうちょっと違ったものになったのではないかと思います。あの番組をご覧になればわかると思うのですけれど、司会の和田アキ子さんがあの問題について非常に一家言をお持ちな感じで、ずっとリードをされていたので、ずいぶん他の出演者の方も引きずられてしまった部分もあるのかなという感じはしました。

(質問)
もう1つの大喜利事案(第57号「大喜利・バラエティー番組への申立て」)との違いについて教えていただければと思います。

(曽我部委員)
まず、番組の性質がだいぶ違うということですね。謝罪会見は情報バラエティ-、べつにネーミングにこだわるわけではないのですけれども、事実を事実として伝える番組で、その上でいろいろトークをするという、そういう作りです。視聴者もそういうものとして受け止める、先程最高裁判決を紹介しましたが、それなりに真実を言うだろうという前提で受け止めると思うのですね。
これに対して大喜利というのは、必ずしもそうではないところがあります。さらに大喜利は短いフレーズの中で風刺を効かせたりするので、いろいろ誇張とかが当然含まれるわけですし、即興で言うのでいろんな表現があると。世の中に確立した芸ですので、視聴者はやっぱりそれはそういうものとして見るだろうと。そういうことで番組の性格が違うと思います。

(坂井委員長)
決定的に違うのは、大喜利は事実の摘示が基本的にないんです。佐村河内さんにとっては不愉快な言われ方を、もちろんしています。「持っているCDは全部ベストアルバムばっかり」とか「ピアノの鍵盤にドレミファソラシドと書いてある」とか。だけど、それは揶揄しているという話で、記者会見の時に耳が聞こえていたとかいう事実は言っていない、そこは事案として全然違うということを補足しておきたいと思います。

◆決定第57号「出家詐欺報道に対する申立て」 報告:奥武則委員長代行

申立人が出てくる映像が5か所ありますが、その映像について「放送倫理上重大な問題がある」という結論です。「報道番組の取材・制作において放送倫理の遵守をさらに徹底することを勧告する」という決定です。「重大な問題がある」というところが1つの肝で「勧告」になったわけですね。
出家詐欺のブローカーとして出てくる申立人の映像は、手の部分がボカされて顔は写っていない、セーターも着替えたということです、隠し撮り風に撮っている映像では、画面の右側のほうに「ブローカー」とテロップが出ていますが、申立人の顔の部分は完全にマスキングしています。映像と音声をほぼ完全に加工していて、映像からは申立人と特定できない。その人が誰だか分からないんだから、そもそも名誉毀損という問題は生じませんということで、この部分は「名誉毀損などの人権侵害は生じない」という結論になったわけです。
放送人権委員会としては、人権侵害はないからそれで終わりという考え方もないわけではないんです。事実そういう議論も委員会でしましたが、これでこの事案をやめてしまうのはちょっとおかしいんじゃないかということになって、放送倫理上の問題を問うべきだという流れになってきたわけですね。なぜ放送倫理上の問題を問うかというと、本人は実際取材されて映像になって放送されているのは分かっているわけですから、ほかの人が見て分からないと言ったって本人は自らが登場していることは当然認識できるわけです。その結果、放送で言っていることはおかしなことがいっぱいあって、ともかく被害を受けたと言っているわけですから、そこには当然放送倫理上求められる事実の正確性にかかわる問題が生まれるだろうということで、放送倫理上の問題もやっぱり考えましょうということになったわけです。
申立人の主張とNHK側の主張の違いを比べてみます。申立人は「自分は出家詐欺のブローカーでないし、ブローカー行為をしたこともない」、「NHKの記者に頼まれて出家詐欺のブローカーを演じただけだ」と言っているわけですね。それに対してNHKは「申立人はみずからブローカーであるとして取材に応じた」という主張です。取材記者のほうも「申立人がブローカーであると信じて取材を行った」と言っていて、真っ向から対立しているんですね。
申立人が出家詐欺のブローカーを演じたのかどうかという問題は、あとで触れるとして、ほんとうに出家詐欺のブローカーかどうかということについての裏付け取材が明らかに欠けていたんですね。多重債務者という人が登場しますが、この人はもともとNHKの記者のいわば取材協力者で今までもいろんな取材に応じていて、記者がこの件についても「出家詐欺について取材して番組を作ろうと思うんだけど」などと相談を持ちかけたんですね。そうしたら「いや、俺も実は多重債務を抱えいて今度ブローカーに相談に行く」ということで、ブローカーを紹介してくれることになった。記者はこの取材協力者に全面的に依存してるんですね。
NHKの記者は「直接会って話を聞いたりするのはやめてくれ」と取材協力者に言われたということですけれども、現実に出家詐欺のブローカーとして登場させるわけだから、取材協力者がそう言っているからといって、それにどっぷり漬かっていいのか、やっぱり裏付け取材をしなきゃいけないという話ですね。ところが、全くしていない。本人に聞くのが当然王道だと思うんですが、本人に聞けなくても、いろんな周辺取材で裏付けは取れたはずで、そういうことは全くしていない、裏付け取材が欠けていたという点ですね。
それからもう1つ、ナレーションが幾つか映像を伴って出てくるわけですけれども、ビルの一室に活動拠点があったとか、多重債務者からの相談があとを絶たないとか、それらのナレーションは基本的にあとで出家詐欺のブローカーと称する人にインタビューをして、いろいろ言っている中からピックアップして使ったと言うんですけれども、実はそういうことは全然ないんですね。ブローカーとして活動しているという話も、この取材協力者から聞いた話であって、活動拠点といわれる所も、実際はその取材協力者が用意しておいた場所なんですね。そこの部分がいちばん明確な虚偽と言っていいと思うんです。それだけではなくて、全体的に映像も伴って虚構を伝えています。「たどり着いたのはオフイスビルの1室、看板の出ていない部屋が活動拠点でした」というナレーション、この部分がいちばん問題になる、ウソの部分なわけです。
必要な裏付け取材を欠いていたことと、明確な虚偽を含むナレーションで登場した人を出家詐欺のブローカーだという形で放送した。「報道は、事実を客観的かつ正確・公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」、これはNHKと民放連が作った放送倫理基本綱領、つまり放送界の憲法みたいなものですね。これに明らかに違反していると言わざるをえないということで、放送倫理上重大な問題があったという結論に至ったわけですね。
さっきペンディングにした問題、実は皆さんも関心があるんでしょうけれども、申立人は出家詐欺のブローカー役を演じたのかどうかという問題ですね、これは実はやぶの中なんですね。出家詐欺のブローカーをやっていたという事実は出てきていない。NHKの調査委員会もそういう結論に達しています。ただし、全部を否定するというのは、いわゆる悪魔の証明ですから、ブローカーじゃなかったということは、なかなか証明できないところがあるんです。申立人は、NHKの取材協力者で多重債務者として登場した人と長い付き合いがあり、その人に頼まれてというようなこともあって、これはもちろん断定はできないんですけれども、申立人は自分は出家詐欺のブローカー役を演じるのだなと、そういう認識を持って取材に応じたのではないかと思っています。実際この人は出家した経験があったりお寺に出入りしたりしたことはあるわけで、取材に応じて出家詐欺の手口とかをしゃべることも、そのつもりになれば出来ただろうということなんですね。申立人は「役を演じてくれと言われた」とか「自分は多重債務者のつもりだったのが途中でブローカー役になった」と言っていますが、この点は合理性を欠いていて、信用できないと思っています
総務省がNHKに対して厳重注意という行政指導を行い、その前には、自民党の情報通信戦略調査会が、放送法に言及してテレビ朝日とNHKを聴取しています。これについては委員長が非常に懇切に説明をしてくれたので、私から特に付け加えることはないんですが、放送法の規定について、私は法律家ではないわけですけれども、法規範だとか倫理規範だとか言ってみてもあまり意味はないと思っています。放送法に書いてあるのは間違いないので、実際それをどうやって守るか、担保するかという問題であって、それは憲法21条並びに放送法の趣旨からいって要するに自律性なんだと。「放送番組は、法律の定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」。放送法の3条ですね。事情聴取とか行政指導は「民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を萎縮させかねない、こうした対応に委員会として強い危惧の念を持たざるをえない」ということですね。
放送人権委員会は、具体的な事案を審理する中で物事を考えるのが基本ということであって、「強い危惧の念を持たざるをえない」と抑制的に表現したわけです。趣旨は自律的にやるんだということに尽きます。放送局が自律的にやるし、BPOも自律的な機関としてあるんだという、その自律性をしっかり頭の中に入れておかなければいけないだろうと思います。

◇事案担当:二関辰郎委員
少々補足しますと、この同じ番組について放送倫理検証委員会もこちらの委員会に先行して判断を出しています。その判断の中身について委員会の性格の違いを反映して違う部分があるので、それを簡単にご説明しますと、放送倫理検証委員会というのは番組全体の作り方、取材のあり方とか制作のあり方、そういった観点からこの番組を検証して意見としてまとめていました。これに対して、こちらの委員会はあくまでも申立てをしてきた人、その人の人権なり、その人との絡みで放送倫理上の問題があったかどうかという観点から判断をしているという、アプローチの違いがあるということです。
先程もご説明がありましたとおり、人物が特定できませんので人権侵害はない。世間の人がその人だと特定できなければ社会的評価の低下はないわけですね。そこで入口論としては終わった。それに対して放送倫理の問題というのは、必ずしもそういう観点は必要なくて、本人は自分が誤って伝えられたということは分かるわけですし、倫理の問題というのはやはり放送局側の行動規範的な側面が強いわけですから、そこの拠り所を取っかかりにして申立人との関係においてどういった問題があったのかという取り上げ方をしたということになります。
この決定を公表した時に「やらせがあったのかどうか」というような質問が幾つかあったわけですが、委員会としては、あくまでも申立人との関連においての放送倫理の問題を取り上げる範囲で必要な判断をしたと。明確な虚偽が現にあったという必要な判断は十分にしているということで、特に「やらせ云々」というところまで立ち入った判断はしていません。委員会が「やらせがあった」と言ってくれたらそれだけで記事の見出しになる、そんな意図の質問にも感じられたんですけれども、委員会はそういった判断をするところではない、というのが委員会の立場だといっていいかと思います。

(質問)
どうしてこんな事態になったと思われますか。

(奥委員長代行)
個人的見解になりますけれども、私自身、報道記者をやっていた経験から言いますと、やっぱりNHKの記者はいい番組を作ろう、よりインパクトがある番組を作ろうというところで、NHKの言葉で言えば「過剰な演出をしてしまった」ということ。それから、日頃付き合っていた取材協力者、多重債務者として登場する人ですけれども、その人を過剰に信用していたというか、そういう取材上の問題が非常にあっただろうと思います。

(質問)
記者は明確な意図を持って事実と違うナレーションにしてしまったのか、ヒアリングではどうだったのか知りたい。「やらせの部分については踏み込まなかった」とおっしゃったんですが、かなり問題ある構成かなと思うが、その辺についてはどういう判断をされたんでしょうか?

(奥委員長代行)
やり過ぎたというようなことを任意に認めたわけでもないですけれども、「いろいろインタビューで聞いたんで、それを基にしてこういう構成にした」という言い方をしていたと思います。間違いなく問題ある構成だったわけで、「放送倫理上重大な問題があり」になったということです。

(質問)
「やらせまで踏み込んだ判断をしなかった」ということですが。やらせに踏み込んだ判断をする場合は、どういう要件の時にやることになるのか教えてください。

(坂井委員長)
典型的な「やらせ」と言われるケースはあるかもしれない、つまり、ほんとうは事実が全くないのに事実であるかのように作り上げる、というのがやらせになるんでしょう。そうではないときに何を「やらせ」というかは、もう定義次第になってしまう。そういう言葉の議論ではないところで、「明確な虚偽であるだけでなく、全体として実際の申立人と異なる虚構を伝えた」という言い方を決定はしているんですね。「何か踏み越えればやらせになるのか」という発想はしていません。

(質問)
「過剰な演出」というところが、ストーンと落ちない人がたぶん多い中で、「やらせ」という言葉を使うかどうか、定義は別としてもその部分が曖昧なまま終わってしまった印象が否めないかなと気がします。

(坂井委員長)
「過剰な演出」というのはご存じでしょうけど、NHKが言っている話ですね。決定ではそういう表現はしなかった、もっとストレートな言い方をしている、そこにわれわれの判断が出ているということです。だから、「過剰な演出」なのか、「明確な虚偽」というのか、「やらせ」というのか、あまりこだわる意味がないと思うんです。名誉毀損にはならない、でも「明確な虚偽を含む虚構が放送された」ということで、明らかに放送倫理上重大な問題がある、それで十分じゃないかなということです。

(奥委員長代行)
この決定文を読んで「いや、これはやらせじゃないの」というふうに思った方がいたとしても、まあ変な言い方ですけど、それはそれで構わないですよ、私としては。

(坂井委員長)
奥代行が言ったことを言い換えると、どこにも基準がないので、そういうふうに受け取る人がいても、それはそれでいいけれども、われわれは基準がはっきりしないやらせかどうかというよりも、明確に認定できる書き方をしているということです。
あと、どこまで事実を解明するかという問題があって、放送人権委員会は人権侵害、名誉毀損になるような、なりかねないような放送倫理違反というのがやっぱりメインの関心事であって、それ以外のところ、この番組でもたぶん事実と違っているところがあるかもしれないが、それを委員会が全部やるかというと、そこはわれわれの任務との関係で一定程度どうしても限界があると同時にやる範囲を絞っているというところが多少はあります。 (質問)
放送の自律性のところは、今の政権与党に強く言ってほしいところです。控えめに表現されたということですが、ぜひ委員会としても、BPO全体としてもアピールをしていただきたいと思っています。

(奥委員長代行)
放送人権委員会というのは、具体的な申立てを受けて審理して決定を出すという、そういう組織ですね。アクションを起こせと言われても、具体的な問題について具体的に審理して具体的な決定を出すという以上のアクションは、例外的に例えば前の三宅委員長が「顔なしインタビュー等についての要望」を出したりしたことはありますけれども、基本的にはそういう組織ではないんです、だから一緒にやっていきましょう。

(坂井委員長)
メディアの方ご自身ががんばらないと、こればかりはどうしようもないと。で、がんばるためには市民の支持、信頼がないと絶対ダメだという認識です。報道被害が迅速に救済されることがメディアに対する信頼を生み出し、それが報道の自由を支える大きな力になる、市民の支えがないと、例えば時の権力者の介入を許すような下地ができるだろうと思っています。そういう意識で、BPOも放送人権委員会もきちんと活動しなきゃいけないと思っています。

以上