放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 委員会決定

委員長談話

インターネット上の情報にたよった番組制作について

2017年9月8日 放送局:フジテレビ

放送倫理検証委員会
委員長 川端和治

 最近フジテレビの2番組で、インターネット上の情報・画像に依拠して番組を制作した結果、事実ではない発言を事実として辛口のコメントを加えたり、実在しない商品を紹介するという事案が発生した。いずれも事実ではない放送であるから放送倫理違反があることは明らかであるが、インターネット上のもっともらしい情報を真実と信じてしまったという不注意からの過誤であり、誤った内容は、過去に何度か引退表明と撤回を繰り返したことが広く知られているアニメ映画監督についての事実ではない引退宣言集と、珍しい味が売り物のアイスの実在しない味のパッケージ画像であるから、それ自体はそれほど重大とは言えない。その上、虚偽の発言集を放送された本人のプロダクションや実在しない商品を発売したと報じられた会社は、この過ちを問題としておらず、また番組を制作したフジテレビは、直ちに訂正と謝罪の放送を行い、過ちが発生した経過と原因を検証した上で、再発防止策を講じている。委員会はこれらの点を考慮して、審議の対象とはしなかった。しかし、この2つの事案は、番組制作にあたり、まずインターネット上の情報を利用することが広く行われている現状で、十分な裏付け取材なしにそれを利用することがあれば、同じ問題が他の局でも発生する可能性があることを示したものと言える。かつて委員会が公表した「情報バラエティー2番組3事案に関する意見」(委員会決定第12号)は、インターネットで探し出した出演者の話の裏付け取材をしないまま、それを事実と思い込んで制作された番組についての事案である。今回の事案は、専らインターネット上の情報だけにたよって番組を制作したという点でそれと異なっているが、それだけに一層、インターネット上の情報を利用するときのリスクを明確に示していると言える。そこで、番組制作にあたってインターネット上の情報を利用するときに起こりがちな問題点について注意喚起するために、委員長として談話を発表することにした。
 まずはじめに、この2つの事案を他局での研修の際に事例として参照できるようやや詳しく内容を紹介した上で、どのような対策を講じるべきなのかについて考えることとしたい。

1. 宮崎駿氏の事実でない引退発言集の放送

 2017年5月28日、フジテレビは情報バラエティー番組『ワイドナショー』で、宮崎駿氏の引退宣言撤回をとりあげた。宮崎氏がこれまでに何度も引退宣言しては撤回しているとして、1986年公開の「天空の城ラピュタ」から2013年公開の「風立ちぬ」まで、7本の作品制作後の引退宣言を一覧できるフリップを使い、引退表明と撤回を繰り返したことについてコメンテーターが辛口のコメントを加えた。ところが放送直後に、これはネットで流布している「嘘ネタ」であり、本人の発言ではないとの指摘があり、フジテレビも「宮崎氏本人の発言ではなかった」として訂正・謝罪した。
 放送に至った経緯は、フジテレビの委員会に対する報告書によれば次のとおりである。

 この引退発言集のフリップは、インターネット上の記事から担当アシスタントディレクター(以下「担当AD」)が作成したものであった。その後、このフリップの内容を、担当ディレクター、総合演出、チーフプロデューサー、コンプライアンスプロデューサー(以下「コンプラP」)、出演者担当プロデューサー(以下「出演者担当P」)が確認し、インターネット上の情報のみで構成されていることを認識した。その上で、宮崎氏が引退発言を何度か繰り返したことは本人も認めていること、フリップに記載された発言内容はネット上に多数出ていること、宮崎氏が引退宣言を撤回して新作長編アニメの制作を始めたというニュースの一部であることから、発言内容の真偽に些少の違いがあってもニュースそのものの正当性に大きく関わる問題ではないと判断した。ただ情報が誤っていた場合の対策として、当初「宮崎駿 引退宣言集」となっていたフリップのタイトルを「宮崎駿 引退宣言!?」に改め、「放送上の表現として真実とは断定していない、ということを提示するという」対応をした。また総合演出、出演者担当Pは、最終的な放送の可否の判断をコンプラPに委ねた。コンプラPは、時間的な制約があってより確度の高い情報源を見つけ出すことが困難であり、インターネット上の情報であることだけを理由にこのニュースをカットして再作業することにより納品期限に遅れ、生送出することになるのは避けたいと考えて、そのまま放送することを決定した。

 以上のフジテレビの報告書を読んで真っ先に疑問になるのは、意識されていた問題点が、情報源がインターネット上のみにあり、それでは信用性に問題があるという事だけであったことである。そのために、より信用できる紙媒体と紐付いているものをインターネットで探そうとしたが時間切れになったというのである。しかし、これだけ多数の人間が関わっていながら、「人生で最高に引退したい気分」「100年に一度の決意」「ここ数年で最高の辞めどき」「出来は上々で申し分の無い引退のチャンス」という発言が並べられているのを見て、これは引退発言としてはどれもおかしいと思わなかったのだろうか。まして、発言者は、職人肌の生真面目な仕事ぶりで知られるあの宮崎氏なのである。
 実は、ネットで流布している宮崎氏の引退宣言集は、2013年9月1日にA氏がツイッターで
 86年ラピュタ「人生で最高に引退したい気分」
 92年紅の豚「86年を上回る引退の意思」
 97年もののけ姫「100年に1度の引退の決意」
 04年ハウル「ここ数年で最高の辞めどき」
 13年風立ちぬ「出来は上々で申し分の無い引退のチャンス」
と、つぶやいたのが拡散したものである。
 これは、当時、毎年それまでにない出来であるかのようなキャッチコピーをつけて売り出すことで評判になっていたボジョレー・ヌーヴォーの宣伝文句をもじってA氏が創作したもので、宮崎氏の実際の発言とは全く関係がないものであった。そのことがはっきり判るのは2013年の引退宣言が「出来は上々で申し分の無い引退のチャンス」とされていることである。宮崎氏は、2013年の「風立ちぬ」の公開後、引退声明を公表し同時に長時間の記者会見を行っており、そのいずれもがインターネットで容易に確認できるが、そのなかのどこにもこのような発言はない。あるのは加齢による衰えから長編アニメの制作はやめざるをえないという意思表示であり、この発言集にあるような祝祭的な気分はうかがえない。そもそもフジテレビのこのニュースは、宮崎氏の引退撤回と新作長編アニメ始動を報じるもので、番組の中で2013年の引退記者会見での発言も紹介しているのだから、まず、そのときの引退声明と記者会見の内容をきちんと確認していなければならなかったはずである。そうしていれば、フリップにある2013年の引退声明が明らかに事実に反していることに気づいたと思われる。
 また、フジテレビのフリップは、1992年「紅の豚」公開時の引退表明を「アニメはもうおしまい」としており、A氏のツイッター発言とは異なる。フジテレビの報告書によれば、これはニュース情報サイトであるビジネスジャーナル上の記事に依拠するもので、事実この記事では「紅の豚」のあと「やりたいことはやった、アニメはもうおしまい」という発言があったと記載されている。しかしこの記事は、「2ちゃんねるやツイッター上では『引退詐欺』の常習犯だとして、次のような"コピペ"が出回っている」として、つまりそれ自体として信用性が保証されていないという前提で、一連の引退発言を紹介しているのであり、しかも、その発言のどれひとつとしてA氏の発言集に一致するものはない。フリップを作成した担当ADは、二組の異なる事実がネットに出回っていることを認識したはずで、こういう場合、そのどちらが信用できるのか、あるいはどちらも信用できないのかが判明するまでは放送できないと判断するのが常識的だろう。ところがフジテレビのフリップは、「紅の豚」の際の発言はビジネスジャーナルの記事を採用し、また「もののけ姫」の際の発言については、A氏の「100年に1度の引退の決意」とビジネスジャーナルの「これを最後に引退」という記事を足して2で割って「100年に1度の決意。これを最後に引退」という発言があったとし、その他の発言は、A氏の発言集を使っている。これでは、情報の信憑性についていったいどんな根拠で判断をしたのかと問われても仕方がないだろう。なお2008年の「崖の上のポニョ」の後の「引退宣言」はA氏の発言集にはなく、フジテレビの報告書は、出所をNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』としているので、密着ドキュメントの撮影中の発言と思われる。
 さらに問題なのは、フジテレビの報告書を読む限り、放送前に誤りが判明する契機になったと思われる上記のような疑問に、放送後に検証を行った際にもまったく気づいていないと思われることである。フジテレビの報告書によれば、この番組の制作を行った第二制作センター内では、委員会が2011年に発表した 「若きテレビ制作者への手紙」を参考にしてネット上の情報のみに基づいて放送することを禁止するルールを作り、周知徹底してきたということであり、そのためこのルールがあることを知りながら、番組の放送を優先したというコンプライアンス違反を専ら問題にすることになったようである。
 しかし、そもそも「若きテレビ制作者への手紙」は、ネット情報のみに基づいて放送することを禁止するものではない。ここで委員会が述べたのは、インターネット上に出ている情報には不確かなものが多いから、たとえバラエティー番組でも情報を見せるときにはウラ取りをしなくてはいけない、インターネットにあふれかえる情報の中から正しい情報を選り分けるのは大変だが、そこを「いいかげん」にやってしまうとテレビ番組が誤った情報を「拡散」してしまいかねないので、慎重にいかなければならない、というアドバイスなのである。
 たしかに禁止してしまえば、インターネット上の情報のみに基づく放送であることから起こりうる間違いは根絶されるだろう。しかし、インターネット情報の検索が欠かせない手段になっている今日の社会で、このような禁止をしても、今回の番組制作のように、それは必ず侵犯され、誤りを引き起こすだろう。必要なのは禁止ではなく、正しい情報を選り分けるための能力の涵養であり、おかしいのではないかと疑問を持つ感性を身につけることなのではないか。そして疑問が残るときには放送しないという判断が許される番組制作の体制を構築することだろう。それをどうやって実現するのかを問わない限り、同様の問題が繰り返されることになるだけであろう。

2. 実在しないアイスのパッケージ画像の放送

 2017年6月6日、フジテレビは情報番組『ノンストップ!』で、B乳業の「ガリガリ君」を紹介した際、季節限定商品として「火星ヤシ」味のアイスの商品画像を使用したが、これは実在しない商品のパッケージ画像を何者かが作ってネットに掲載したものであった。
 放送に至った経緯は、フジテレビが当委員会に提出した報告書によれば次のとおりである。

 『ノンストップ!』は「人気アイス特集」の放送をすることを決め、そのなかでB乳業の「ガリガリ君」も紹介することにして、工場の内部映像、CM動画の提供を受けたが、ディレクターが、「ガリガリ君」の期間限定商品のパッケージ画像はネット上から取るよう指示されたものと誤認し、また編集オペレーターから画像が足りないと指摘されたため、アイス関連のまとめサイトから「火星ヤシ」味を含むパッケージ画像をダウンロードし画像オペレーターに渡した。放送時間が迫っていたため、画像の真贋の確認までには気が回らなかった。火曜日担当のプロデューサー、映像加工が適切かどうかのチェックを担当するプロデューサーがVTRをチェックしたが、映像処理が適切に行われているのかについてのチェックに意識が集中し、権利者からの許諾の確認や、画像の真贋については確認しなかった。

 この事案の最大の問題は、誰も「火星ヤシ」味のアイスという商品の実在性に疑問を持たなかったことだろう。確かに「ガリガリ君」は、ナポリタン味など、アイスとしては普通考えられない味の商品を発売してきたことで知られているが、いずれも実在する食品の味であって、実在しないことが明らかな食品の味のアイスではない。もし仮にB乳業が実在しない食品の味のするアイスを本当に発売することにしたのであれば、それ自体がニュースであり、どんな味のするアイスなのかを番組で特別に紹介するくらいの価値のある出来事であろう。当然B乳業に取材することになったはずである。ところが制作に関与した人々の念頭にあったのは、放送日までに商品パッケージ映像の数をそろえるという事だけであり、その商品自体には関心が無かったために「火星ヤシ」味という、誰が聞いてもあり得ない商品を実在するかのように紹介してしまったものと思われる。
 フジテレビの報告書によれば、この番組を制作した情報制作局は「確認もせずにネットの画像を使うのは、落ちているものを拾って食べるのと同じこと」という強烈な言葉でネット情報を鵜呑みにする危険性を研修しているということだが、この番組を制作したディレクターは、インターネットにアップされた画像を使う場合本人の許諾を取る必要があることや事実関係を確認する必要があることなどの、インターネット取材のリテラシーを一応身につけていたが実践できなかったという。
 フジテレビは、再発防止策として、インターネットから動画や画像をダウンロードしたり、情報を引用したりする場合は、当該画像・映像の真実性は確認できているのか、当該画像・映像は引用・報道利用にあたるのか、あるいは著作権者からの許諾があるのかについてプロデューサーなどのチェックを受けることを徹底するというルールを作ったということだが、放送までに厳しい時間の制約のある現場で、このルールが実効性を持ちうるのかは疑問が残る。まさにこの事案が示しているように、真実性に疑いをもってない人々にとっては、チェックを受けることは、単なる形式であり余計な負担としてしか意識されないであろうからである。

3. 番組制作時のインターネット情報利用について考えるべきこと

 番組の制作にあたりインターネット上の情報を検索して利用すること自体は、現在の社会では避けることが出来ない。それなしでは仕事が非効率的になって進まないからである。問題は、虚偽の情報が、悪意でそれを広めようとしている人だけでなく、罪のないジョークやネタとして掲載され、面白いと思われれば直ちに拡散されるというインターネット上の情報の特質にある。誰も情報の拡散やそれを利用して加工した情報の発信にあたって真実性のチェックをしていないので、インターネットは、貴重な情報に容易にアクセスできるきわめて有用な場であると同時に、一見もっともらしくても真実性の保証のない情報があふれる場でもあるのである。
 従ってインターネット上の情報の利用にあたっては、その真贋を見極めて使うというリテラシーが必要となる。
 まずなすべきは、そのサイトあるいは発信者が信用できるかどうかというチェックであり、そのためには相当な知識と経験が必要となる。しかし信用できそうに見えるサイトや発信者であっても、真実性についてどれだけ吟味しているかは不明なのであり、この点で、全国紙の記事が校閲の専門家によってチェックされているなど、活字メディアの記事が程度の差はあれ、校閲担当者によるチェックを受けているのとは全く異なる。
 そうなると裏付け取材が必要となるが、インターネット上の情報は容易に拡散されるという特質があるから、いくら同じような情報が他のサイトにあっても、その数は真実性の保証とはならない。従って裏付けはインターネット以外の場で行わなければ確実ではないということになる。しかしそれには時間と手間がかかるので、テレビ番組の制作のように時間の制約がある場合には、なかなか実行できないであろう。現に、このフジテレビの事案でも「納品期限」が優先されてしまっている。
 この事案が示したように、いくら包括的な禁止条項を並べても、それが制作現場の実情に合わなければ実行されないのだから、まず必要なのは、制作現場の担当者が、その情報自体について、疑わしいのではないかというレベルの判断ができる能力ではないだろうか。その疑問が持てれば、追加取材をしたり、社内の専門家に問い合わせをするだろうし、その余裕のないときには、このままでは放送できないという判断ができるようになるだろう。しかし、このレベルの能力といえども一朝一夕で身につくものではない。第一歩として始めるべきなのは、制作する番組について、どんなに時間に追われていても、真実でないことが紛れ込まないよう手抜きをせずに注意し考えるという習慣を身につけることであり、疑問が生じたときは疑いが解消するまで放送するべきではないという声をあげる強さを一人ひとりが持つことだろう。放送局が行うべきなのは、それを身につけさせるための実践的な研修と、疑問を提起できる制作体制と職場環境の構築であろう。
 放送倫理検証委員会は、その発足直後に公表した最初の見解で「番組は、もっとちゃんと作るべきだ」という委員の発言を、委員会の総意として記載している。この見解が出された10年後に、また同じ事をコメントしなければならないというのはまことに残念である。もっと制作現場の一人ひとりが、番組制作者としての誇りと矜恃をもって仕事をして欲しいと思う。
 委員会は、「若きテレビ制作者への手紙」で「必要なのは、やはり『強さ』ではないだろうか。時間に追われていても情報を慎重に扱う強さ、出演者に対する礼儀正しい強さ、自分の仕事に最後まで責任を持つ強さ……。それを支えるのは、きみの番組を楽しみに待っている全国の視聴者なのだ」と書いた。6年前の手紙だが、現在のテレビ制作の現場にもまだ必要な手紙であろう。この談話の末尾に再掲することにしたので、ぜひ各局の研修で役立てて欲しい。

以上

「若きテレビ制作者への手紙」pdf
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