「上田・隣人トラブル殺人事件報道」
委員会決定 第44号 – 2010年8月5日 放送局:テレビ朝日
見解:放送倫理上問題あり(意見付記)
テレビ朝日は、2008年12月の『報道ステーション』において、長野県上田市で夫婦が殺害され隣家の男が逮捕された事件を特集で取り上げた。この放送について、遺族が、夫婦が長年にわたって加害者やその親族に嫌がらせをしてきたことが、殺害の動機を形成したかのような事実に反する内容だったとして、名誉毀損などを訴えた事案。
2010年8月5日 委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第44号
- 申立人
- A
- 被申立人
- 株式会社 テレビ朝日
- 苦情の対象となった番組
- 『報道ステーション』
(月~金 午後9時54分~11時10分)
特集「身近に潜む境界トラブルの悲劇 住宅地の惨劇はなぜ起きた」 - 放送日時
- 2008年12月23日(火)午後10時48分過ぎから約15分間
本決定の概要
テレビ朝日は、2008年12月23日放送の『報道ステーション』において、同年11月に長野県上田市で夫婦が殺害され、隣家の男が逮捕された事件を取り上げ、特集「身近に潜む境界トラブルの悲劇 住宅地の惨劇はなぜ起きた」(以下「本件放送」という)を放送した。
これに対して、申立人は、(1)本件放送において、申立人の両親である被害者夫妻が長年にわたって加害者やその親族に対して嫌がらせをしてきたことが加害者の殺害の動機を形成したかの真実に反する内容が放送されたことによって、被害者夫妻およびその子供である申立人自身の名誉が毀損され、あるいは申立人の被害者夫妻に対する敬愛追慕の情が侵害された、また、(2)本件放送が近隣住民から聴取した内容の真実性等に十分配慮することなくそのまま放送したことは、事実を正確に、かつ公平に報道すべきであるという放送倫理に違反すると主張して、放送内容の訂正と謝罪を求めて本件申立てを行った。
審理の結果、被害者夫妻が、自分の土地に加害者の車が入ることを嫌がって、加害者自宅から公道へ出るために通過する路地の屈曲箇所付近に障害物を置いて通行を妨害しようとした事実、また、事件当日、障害物を置いた上で、被害者(妻)が加害者の様子をうかがい、加害者を写真撮影しようとしていた事実が認められた。また、こうした被害者夫妻の行為が加害者による本件犯行の動機形成に影響したことは、加害者に対する刑事事件判決においても指摘されているところである。こうした認定に基づき、委員会は、これらの点に関する本件放送の報道内容は、主要な部分において真実であり、または真実と信じるにつき相当の理由があったといえ、申立人に対する名誉毀損に当たらず、その他の違法もないと判断する。したがって、訂正放送、謝罪放送はいずれも必要がない。
他方、委員会は、とりわけ本件放送が一般的な隣人トラブルにとどまらず殺人事件という深刻な犯罪を取り扱うものであったことを考慮すれば、(1)取材段階においては、少なくとも申立人ら遺族など被害者関係者と接触を試み、その言い分も聴取するなどの被害者保護の観点からの積極的姿勢が求められる場合であったにもかかわらず、そうした努力をしていなかった点において被害者に対する配慮に欠けるところがあり、また、(2)編集・放送段階においては、被害者夫妻が非常識であったといったイメージを与えかねない放送をする一方で、加害者の側の問題点には一切触れなかったため、被害者側への配慮に乏しく、公平性を欠く内容になっていることが否定できないものと認めた。
このように、本件放送は、取材や編集・放送の各段階において被害者夫妻および申立人ら遺族に対する配慮に欠ける点があったものと認められ、「放送倫理基本綱領」が「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」とし、民放連の報道指針が「事件の被害者に対し、節度をもった姿勢で接する」としていることに照らして、放送倫理上問題があると判断する。 したがって、委員会は、被申立人に対し、本決定の趣旨を放送するとともに、今後は、報道においてより正確性、公平性を確保するよう留意して真実を追求し、かつ被害者等の名誉と生活の平穏のいずれをも害することのないよう公平な取材・報道をするよう十分配慮することを要望する。
(決定の構成)
委員会決定は以下の構成をとっている。
I.事案の内容と経緯
- 1.申立てに至る経緯
- 2.放送内容の概要
- 3.申立人の申立ての要旨
- 4.被申立人の答弁の要旨
II.委員会の判断
- 1 苦情申立てが期限内に行われなかったことについて
- 2 申立人が名誉毀損等にあたると主張する事実
- 3 これらの事実についての検討
- 4 名誉毀損等の成否
- 5 放送倫理上の問題
- 6 小括