「命のビザ出生地特集に対する申立て」に関する委員会決定
2018年11月7日 放送局:CBCテレビ
見解:要望あり
CBCテレビは、2016年7月12日から翌2017年6月16日にかけて報道番組『イッポウ』で10回にわたって、外交官・杉原千畝の出生地をめぐる特集等を放送した。岐阜県八百津町が千畝の手記等をユネスコ世界記憶遺産に登録申請したが、「八百津町で出生」という通説が揺らいでいるとして、千畝の戸籍謄本についての検証や、千畝の出生地が記された手記は、千畝の自筆ではない可能性が高いとする筆跡鑑定の結果等を放送した。
この放送について、手記を管理しているNPO法人「杉原千畝命のビザ」とその理事長らが、「手記は偽造文書であるとの印象を一般視聴者に与え、さらに申立人らがそれの偽造者であるとの事実を摘示するもので、社会的評価を低下させる」と名誉毀損を訴えた。
委員会は、審理の結果、本件の各放送は名誉毀損にあたらず、放送倫理上の問題もないと判断した。ただし、手記が杉原千畝の自筆によるものであるかどうかについて、筆跡鑑定事務所の意見などの具体的な疑問が存在し、鑑定事務所の意見と申立人とのコメントを対比的に放送するのであれば、申立人に対して、端的にこれらの疑問点を伝えて、申立人の反論や説明を聞くことが望ましく、委員会はCBCテレビに対し、今後の取材・報道にあたって、この点を参考にすることを要望した。
【決定の概要】
本件は、CBCテレビが、2016年7月12日から翌2017年6月16日にかけて報道番組『イッポウ』で放送した計10本の放送を申立ての対象とする事案である。第1回及び第2回の放送では、岐阜県八百津町が、杉原千畝
の出生地が同町であるということを前提に千畝の手記などをユネスコの世界記憶遺産に登録申請していること、一方で、戸籍謄本の記載などからすると、千畝の出生地は八百津町ではなく岐阜県武儀郡
上有知町
(現在の美濃市)ではないかという疑問があることなどを示し、この疑問を残したままに八百津町が世界記憶遺産の申請をしていることに疑問を投げかけている。
また、杉原千畝の出生地に関する疑問が生じる理由の一つとして、世界記憶遺産の申請対象である千畝の手記の、原稿段階のメモ書きの中の出生地の記載が「武儀郡上有知町」から「加茂郡八百津町」に手書きで訂正されており、その訂正部分は千畝の筆跡とは異なると思われ、清書された手記ともう一つの手記についても、千畝の自筆ではない可能性が高いことを筆跡鑑定事務所の見解として伝えている。
申立人は、世界記憶遺産の申請対象である杉原千畝の二つの手記の原本を保管しているNPO法人とその理事長1名、副理事長2名で、10本の放送全体を通じて、副理事長2名が千畝の手記を偽造したこと、NPO法人や副理事長2名がこれら偽造文書をユネスコに提出したこと、NPO法人と理事長がこれら偽造文書を保管し、真正なものであると主張していることなどの内容が放送され、名誉を毀損されたとして、委員会に申し立てた。
委員会は、申立てを受けて審理し、本件の各放送は名誉毀損にあたらず、放送倫理上の問題もないと判断した。ただし、後述の通り要望をすることにした。決定の概要は以下の通りである。
委員会は、各放送が間隔を置いて不定期に放送されたものであることから、個々の放送ごとに名誉毀損の有無等を判断する。
第1回の放送では、NPO法人が「手記の原本」の管理者として紹介され、記者がホームページにある事務所の住所を訪ねたが事務所はなく、その後NPO法人は、いま事務所は移転中だと答えた、という内容が放送される。
放送は、原稿段階のメモ書きの、出生地を訂正した部分が杉原千畝の自筆ではないのではないかという疑いを示すものの、NPO法人が「手記の原本」を「管理している」ということ以上に、NPO法人やその理事が「手記」の作成に関与したとか、世界記憶遺産の申請対象として「手記」を提出したという事実は示していないから、放送は申立人の社会的評価を低下させず、名誉を毀損しない。
第2回の放送では、記者が、副理事長2名に、原稿段階のメモ書きと世界記憶遺産に申請した二つの手記の関係などを確認したのち、杉原千畝の出生地を八百津町であると考える根拠についてインタビューする場面が放送され、場面が変わって、筆跡鑑定事務所で、二つの手記が千畝の自筆でない可能性が高いとする鑑定人の意見が放送される。その後、副理事長らのインタビュー場面に戻り、「49枚の祖父が一生懸命晩年に書いたものですから」と語る、千畝の孫でもある副理事長のコメントなどが放送される。
放送の中には、NPO法人が世界記憶遺産の申請に協力していること、二つの手記をNPO法人が保管していることの他には、申立人とこれらの手記との関係を放送している部分はない。放送全体の流れからしても、放送は、杉原千畝の出生地に関する疑問とこれをめぐる八百津町の対応を問うものと視聴者には受けとめられ、手記の作成や使用に関する申立人の関与のあり方に対して、視聴者の関心が向くような流れにはなっていない。
したがって、第2回の放送は申立人の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損とはならない。
第3回以降の放送は、各手記と申立人との関係について触れるものはなく、いずれも申立人に対する名誉毀損はない。
また、本件放送に放送倫理上の問題があるとは言えない。
ただし、二つの手記が杉原千畝の自筆によるものであるかどうかについて、筆跡鑑定事務所の意見などの具体的な疑問が存在し、鑑定事務所の意見と申立人のコメントを対比的に放送するのであれば、申立人に対して、端的にこれらの疑問点を伝えて、申立人の反論や説明を聞くことが望ましく、委員会は、今後の取材・報道にあたって、この点を参考にすることを要望する。
2018年11月7日 第68号委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第68号
- 申立人
- 特定非営利活動法人「杉原千畝命のビザ」(理事長 杉原 千弘)
杉原 千弘、杉原 まどか、平岡 洋 - 被申立人
- 株式会社CBCテレビ
- 苦情の対象となった番組
- 『イッポウ』(月~金曜 午後4時50分~7時)内 特集等
- 放送日時
-
- (1) 2016年7月12日 第1回特集(14分1秒)
- 「"日本のシンドラー"のルーツ~杉原千畝の出生地は?」
- (2) 2016年8月8日 第2回特集(18分23秒)
- 千畝はどこで生まれたの?千畝の手記の筆跡が違う?」
- (3) 2016年9月29日 第3回特集(13分59秒)
- 「八百津町議会に入れないCBCのカメラ」
- (4) 2016年11月4日 第4回特集(12分8秒)
- 「岐阜県の内部資料を独占入手。書かれていた驚きの内容とは」
- (5) 2017年1月23日 第5回特集(13分44秒)
- 「ユネスコ本部にCBCのカメラが入った」
- (6) 2017年2月7日 第6回特集(13分39秒)
- 「八百津町議会がCBC記者に意見を求める」
- (7) 2017年2月21日 独自中継(2分7秒)
- 「八百津町が手記2点の申請を取り下げ」
- (8) 2017年2月22日 ショート企画(3分3秒)
- 「八百津町がユネスコ申請書から『出生地、出身地』表記を削除」
- (9) 2017年3月31日 第7回特集(9分14秒)
- 「八百津町のよりどころ、千畝紹介本に複数の誤り」
- (10) 2017年6月16日 ショート企画(6分6秒)
- 「ついに議員からも『おかしい!』」
- (1) 2016年7月12日 第1回特集(14分1秒)
【本決定の構成】
I.事案の内容と経緯
- 1.放送の概要と申立ての経緯
- 2.論点
II.委員会の判断
- 1.委員会の判断の枠組み
- 2.名誉毀損について
- (1) 第1回の放送
- (2) 第2回の放送
- (3) 第3回以降の放送
- 3. 放送倫理上の問題について
- (1) 申立人法人事務所の取り上げ方
- (2) 申立人に対する取材のあり方
III.結論
IV.放送概要
V.申立人の主張と被申立人の答弁
VI.申立ての経緯および審理経過
2018年11月7日 決定の通知と公表の記者会見
通知は、2018年11月7日午後1時からBPO第1会議室で行われ、午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
詳細はこちら。