放送人権委員会

放送人権委員会

2010年 12月 

北海道地区各局との意見交換会

毎年各地区で順次開かれている、放送人権委員とBPO加盟放送事業者との意見交換会が、北海道地区を対象に12月7日札幌で開かれた。
札幌では2003年10月以来7年ぶり2度目の開催で加盟9社から62人が出席、一方、委員会側からは堀野委員長をはじめ委員7人と事務局9人が出席し、「ジャーナリズムへの信頼向上のために~現場の困難をどう乗り越えるか」を全体テーマに約3時間にわたり意見を交わした。

◆前半◆

基調スピーチで堀野委員長は、委員会の判断任務のひとつである放送倫理上の問題に触れ、「放送倫理とは一種の規範であり、視聴者の意識や放送を提供する側の意識に根づいた見えない法律だ。放送倫理上の問題をどう判断するかは難しい作業だが、誰もが思うあるべき放送の姿や報道の旨を番組が実現しているか、視聴者と正面から向き合った緊張関係を放送から見出せるかが委員会の判断の基準だ」と説明した。
そのうえで、「キバを抜かれたジャーナリズムは無力だが、優しさを欠いたジャーナリズムは凶器と化す」という清水英夫氏の言葉を引用しつつ、「放送はもっと事実を突っ込み、視点がはっきりと分るものにしてほしい。一方で、被取材者や視聴者との緊張感を欠いて優しさを失くした放送は、凶器となって人権を侵害する。その両面を自覚して仕事をしてほしい」と要望した。
三宅委員長代行は、このほど発刊された『判断ガイド2010』で、放送倫理上の問題を考えるための目安として設定された「事実の正確性」、「客観性、公平・公正」など5つの分類項目と、それらに該当する事案や判断内容について説明した。

◆後半◆

後半は、各局への事前アンケート等をもとに3つのテーマを設け、議論した。

(1)顔なしなど匿名化手法について
はじめに顔なしやモザイクなど匿名化手法の問題を取り上げた。局側から「簡単な交通事故の現場でも顔出しを断られる場合が多く、放送時間が迫ると仕方なく顔なしで撮ってしまう」、「サンマの不漁で融資相談が行われた際、水産加工会社の社長から顔だけは勘弁してくれと頼まれ、やむなくカットした」等の事例が相次いで報告された。一方で、「顔がないのはやらせではないかという視聴者の声も寄せられる」という報告もあった。
これを受け、2010年8月に通知・公表された「上田・隣人トラブル殺人事件報道」事案で、顔なし住民インタビューの問題点を指摘した委員から、「内部告発者の人権擁護やプライバシーの観点から顔を隠す必要がある場合は確かにある。しかし、成り行きで隠してしまう場合もあるのではないか。本当に顔なしの必要性や必然性があるケースなのかを真剣に議論してほしい。匿名への風潮や悪循環を断ち切る努力をしないと放送そのものが信憑性を失う。それは自業自得の道でもある」という意見が出された。
局側からさらに、「記者の若年化に伴い、”顔は個人情報でしょう”といって対象者と向き合う前に顔なしで撮って来る場合がある。土台の違う人にどう理解させるか苦労している」という声があがった。「若い記者は人権やプライバシーを当然と感じる世代で、それが取材を鈍らせている面がある」という意見も出た。
これに対し、別の委員は「それは人権への配慮というよりも単にクレームを避けたいだけではないのだろうか」と疑問を呈し、「個人情報の保護は万能ではない。事実報道の価値は間違いなくあり、すべてが匿名化したら民主主義社会は成り立たない。両方の価値があってこそバランスが取れるし、どちらが優先するかはケースバイケースだということをちゃんと考えてほしい」と力説した。

(2)報道対象者や一方当事者への取材
報道対象者や一方当事者への取材の問題では、前記「上田」事案で論点となった「犯罪被害者とその家族の名誉と生活の平穏への配慮」について、決定文の起草に当たった委員から説明した。
別の委員は「本件報道は、殺害された被害者にも非があったとする内容だったが、それを被害者側はどう受け止めただろうか、放送する側はやはり気にするべきだ。被害者側の気持ちを取材で聞いていれば、あるいは司法よりも深い真実追求が報道の場面でできたかもしれない」と述べ、報道対象者の心情を汲んだ丁寧な取材やアプローチの必要性を訴えた。

(3)謝罪・訂正のあり方
3番目のテーマ「謝罪・訂正のあり方」では、北海道で起きた轢き逃げ事件で容疑者の顔写真を取り違えて放送した局から、その経緯と謝罪対応について報告を受け、謝罪・訂正のあり方が論点となった2つの事案について委員から説明した。
「保育園イモ畑の行政代執行をめぐる訴え」事案では、訂正放送の趣旨について、(1)視聴者に放送の誤りを知らせ、正しい事実を伝える、(2)視聴者に誤報があったことをお詫びする、(3)これらを通じ、当該放送によって被害を受けた当事者にお詫びの気持ちを伝える、(4)同時に、当事者が受けた被害について社会的に回復する効果を生む、という4項目が示されている。
起草担当委員は「謝罪・訂正放送が常にこの4条件を満たさなければならないということでは必ずしもないが、放送に際しての参考にしてほしい」と述べた。
また、「拉致被害者家族からの訴え」事案に関連して、起草担当委員から「局が謝罪すると決めたのであれば、謝罪の気持ちや意図がちゃんと伝わる放送をすべきだ」という指摘があった。

このあと、この1年以内に通知・公表された主な事案を各委員が解説した後、樺山委員長代行が次の通り会議を総括した。

  • BPOは放送局を監視し、指示する機関ではない。放送現場の実情を理解した上で、局と申立人との接点を見出すべく考えている。時間がかかりすぎるという声もあるが、委員会の立場と問題自体の難しさを理解してほしい。
  • 顔なしの件はすぐには結論が出ないが、むやみに顔を隠し、誰が発言しているのか分らないような放送は本来あるべきではない。現場での努力をお願いしたい。
  • 上田の事案で出た被害者側の心情への理解やいたわりについて、そういう倫理的な観点から考える必要を特に若い局員に指導してほしい

最後にBPO飽戸理事長が「放送局が自主的な改革・改善に取り組まないと、監督や規制強化の動きは強まる。それを跳ね除けるには改革を進め、視聴者の信頼を得ることがなにより重要だ」と訴え、意見交換会を終了した。