放送人権委員会

放送人権委員会

2022年2月18日

「リアリティ番組」をテーマに意見交換会を開催

放送人権委員会は、加盟放送局との意見交換会を2月18日にオンラインで開催し、全国103の放送局から約230人が参加した。委員会からは曽我部真裕委員長をはじめ委員9人全員が出席した。
放送人権委員会の意見交換会は、感染拡大の影響で、2019年に名古屋市で開催した「中部地区意見交換会」以来ほぼ2年ぶりとなり、冒頭で2021年度に就任した4人を含む委員全員を紹介した。
今回のテーマは、2021年3月に委員会が出した決定第76号「リアリティ番組出演者遺族からの申立て」で、前半は委員会決定と個別意見の解説を行った。
後半は今回の事案で課題にあがったSNSへの対応について意見交換をした。

〈事案の概要〉
審理の対象となった番組は、2020年5月19日にフジテレビが放送した『TERRACE HOUSE T0KYO 2019-2020』。
放送後、出演していた木村花さんが亡くなったことについて木村さんの母親が、“過剰な演出”がきっかけでSNS上に批判が殺到したことなどが原因で、人権侵害があったと申し立てた。
委員会は決定で、人権侵害があったとまでは断定できないとした一方、「出演者の精神的な健康状態に対する配慮が欠けていた」と指摘し、放送倫理上の問題があったとした。

◆委員会の判断と個別意見

委員会の考え方や判断理由について、担当した曽我部委員長(審理当時は委員長代行)が解説した後、個別意見を付した委員3人がそれぞれの見解を説明した。
(以下、発言者と発言の概要)

一連の経緯について(曽我部委員長)
「コスチューム事件」と呼ばれる場面が2020年3月31日にNetflixで配信され、SNS上で木村さんへの非難が殺到した。直後に木村さんが自傷行為に至り、そのことは数日経って制作会社からフジテレビの制作責任者へ報告された。
木村さんは4月中旬頃まで精神的に不安定な様子で、制作会社のスタッフは自宅を訪問したりLINE等でやり取りをしたりして一定のケアをしていたが、コロナ禍もあり十分なコミュニケーションがとれないところがあった。
5月14日に番組公式YouTubeで未公開動画が配信されて再び誹謗中傷を招き、5月19日に地上波で放送が行われた後、木村さんは亡くなった。

人権委員会 図

「放送局の責任」の考え方 (曽我部委員長)
申立人は、視聴者からの誹謗中傷がインターネット上に殺到することは十分認識できたのだから、放送局には「本件放送自体による、視聴者の行為を介した人権侵害」の責任があると主張した。
委員会は一般論として、責任があるとすれば誹謗中傷を書き込んだ者の責任であり、その元になった放送局に常に責任があるとすることは、表現の自由との関係で問題があると考えた。
ただこの事案では、先にNetflixの配信で誹謗中傷を招き、すでにその段階で自傷行為という重大な結果を招いていたので、放送局は「大変な状況になる」ことが予見可能だったにも関わらず、地上波で放送した点に責任があるのではないかという点が更に問題となる。
この点について委員会は、具体的な被害が予見可能なのに、あえてそうした被害をもたらす行為をしたといえるような場合には人権侵害の責任が認められるであろうと考えた。
この点に関する裁判例はなく、「少なくともそういう場合には人権侵害と言えるだろう」という考え方である。
そのうえで、木村さんに対しては一定のケアがなされていたし、放送前も一定の慎重さを持って判断されていたので漫然と地上波で放送したとはいえず、人権侵害とまでは断定できないという結論になった。

「自己決定権の侵害」への判断(曽我部委員長)
申立人は、放送局と交わした「同意書兼誓約書」は、放送局の指示に反した場合に重いペナルティがあるなど木村さん側に非常に不利なもので、そうした威嚇のもとで無理な言動をさせられたとして、自己決定権や人格権の侵害があったと主張した。
委員会は、成人である出演者が自由意思で応募して出演している番組制作の過程で、制作スタッフからの指示が違法と言えるのは、自由な意思決定の余地が事実上奪われているような場合に限られると考えた。
委員会の審理手続きの限界もあって事実経緯に分からないところもあるが、今回は、少なくともそうした例外的な場合にはあたらないと判断した。

放送倫理上の問題(曽我部委員長)
放送倫理上の問題については、結論として、木村さんに精神的な負担を生じることが明らかな放送を行うという決定過程において、出演者の精神的な健康状態に対する配慮に欠けていた点で放送倫理上の問題があったと判断した。
リアリティ番組での出演者の言動は、ドラマなどと違って本人の真意のように見えるため、そのリアクションは良いことも悪いことも直接出演者に向けられ、それを自身で引き受けなければならないという構造がある。
このため出演者が精神的負担を負うリスクはフィクションの場合より格段に高く、放送局は、特に出演者の身体的・精神的な健康状態に配慮すべきといえる。

課題と委員会からの要望(曽我部委員長)
決定では、最初に自傷行為があった後のケアの体制やSNSで誹謗中傷を招いた時の対応について、組織的な対応や準備が十分でなかったとして、制作や放送体制に課題があったと指摘した。
リアリティ番組の特殊性やリスクというものを今回の事案と本決定から汲み取って、放送界全体で教訓として受け止めてほしい。
放送倫理としての出演者への配慮については、放送基準などに明確な規定はないが、当然に放送倫理の内容と考えるべきという提起だと受け止めてもらいたい。

放送とSNSについて(廣田智子委員)
SNSは発信される側としては制御することは難しく、社会のさまざまな場面で深刻な問題を引き起こす場合がある。そうした問題が起きたとき、放送局はどう対応すべきで、放送番組はどのような責任を問われるのか、非常に難しい問題である。
一方でSNSには、番組への利用の仕方によって社会を楽しくするような新しい可能性があり、放送とSNSとの関係について、放送界全体で、また放送に携わるひとり一人が考え続けて常にアップデートしていくことが重要だと思う。

補足意見(水野剛也委員)
木村さんを追いつめた直接的で最大の要因は、番組そのものではなくネット上の誹謗中傷と考えられ、結論として「放送倫理上問題あり」とすべきか、とても迷った。
放送局は全くケアをしていなかったわけではなく、スタッフが何とか木村さんを救いたいと真摯に向き合っていた姿勢が見えた。コロナ禍で思うように面会できないなど、放送局にとって不幸な事情も重なった。
しかし、未熟な若者の生の感情を資本とするリアリティ番組の本質部分の危うさについて、作り手側のあまりに無自覚な姿勢が見えた。番組制作者は、いつ爆発しても不思議ではない若者たちの生の感情をコンテンツの中核に置いていることに、もっと自覚的であるべきだったと考える。

少数意見(國森康弘委員)
自傷行為やうつは致命的な状況であり、放送局側は把握した時点で早急に専門家らによるケアや放送の中止、差し替えをするべきだった。地上波で放送したことは危機意識の欠如と言わざるを得ず、木村さんへの精神的ケアや誹謗中傷を防ぐための対応、また放送決定に至った判断材料の吟味も不十分だったと考える。
木村さんが番組スタッフにも送っていたSOSを、より責任ある立場の人たちと共有して速やかに全社的な救済対応を取るべきではなかったか。
重大な被害を被っている出演者を守る対応が不十分だったために、相当な精神的苦痛を与える形となって人権を侵害したと判断した。
木村さんは出演者として弱い立場にあり、自由な意思決定が一定程度奪われていたと思われ、一人の生身の人間にのしかかる精神的苦痛としては許容限度を相当に超えていたと考えられる。
日本の制作現場でも、精神科医やSNS対策の専門家、また弁護士などが常駐したり継続的に立ち会ったりして助言するような体制をつくることが望ましいと考える。
それが、出演者はもちろん視聴者ひいては制作者自身を守ることにつながると思う。

少数意見(二関辰郎委員長代行)
放送人権委員会は、放送されていないことは原則として取り扱わない。今回の事案では、木村さんの当時の心理的状況やケアのあり方など放送されていない事項が検討材料として大きな比重を占めていた。また、委員会には精神的ケアに関わる専門的知見がない。そのため、そうした問題を委員会が判断することは難しいと考え、法的責任の有無については、判断を控えるほうが妥当と考えた。
一方、放送倫理上の問題としては、「同意書兼誓約書」によって、放送局は出演者をコントロールできる強い立場を確保していたとみられ、そのことに対応して安全配慮義務的な責任が重くなると考えた。
また「コスチューム事件」は、木村さんがコスチュームを乾燥機に置き忘れた自分のミスを棚に上げて男性出演者を非難しているため、もともと視聴者からの批判が集まりやすいと予想できるものであった。YouTubeの未公開動画は、その点を修正する効果はなかったと考えられる。実際、YouTube未公開動画の配信後に再びSNSで非難が上がっており、その直後に地上波で放送した経緯を重視すべきと考えた。
放送倫理上の問題があるという根拠として多数意見が指摘する点に、そうした観点を踏まえ、放送倫理上は重大な問題があったとの判断に至った。

<おもな質疑応答>

Q: 木村氏の自傷行為を認識した時点での対応や判断は大事な論点だと思うが、その重大な事実が放送局の上層部で適切に共有・検討されなかったように見える。その点について委員会はどう考えたか
A: 自傷行為がフジテレビ側の責任者に連絡されたのは3日後ということだが、その点に関しては明瞭な説明が得られなかった。委員会の審理に限界もあり具体的な事実関係が解明できなかった部分はあるが、その範囲であったとしてもフジテレビ側のガバナンスがうまくいってなかったのではないか、危機意識が十分ではなかったのではないかという印象を持った。
(曽我部委員長)
   
Q: 今回の番組が、ネット配信がなくて通常の放送のみだった場合は、放送局に人権上の問題があったといえるのか。
A: 番組の全部あるいはその前のエピソードを見ると、木村さんの怒りというのはそれなりに理由があり、ネット上の激しい反発を呼び起こすことが確実だとか、意図的に煽っているという感じはなかったというのが多くの委員の考えだと思う。
番組の内容自体に、人権侵害や放送倫理上の問題があるようには見受けられず、仮定の話で断定はできないが、一回だけの配信や放送だったとすれば、問題はないという判断が出ることは十分あると思う。(曽我部委員長)
A: 一回放送して誹謗中傷などが起き、それで終わったのであれば放送倫理上問題ありという判断からやや遠のくと思われる。ただ一定期間後に再放送した場合は、かなり似た状況になって、問題ありとなる可能性はあるのではないか。(水野委員)
   

◆SNSとの向き合い方

後半では、今回の事案をきっかけにSNS対策部を新設したフジテレビから、具体的な取り組みについて報告してもらった。
これを受けてSNSへの対応について意見交換し、SNSとの向き合い方をめぐる課題や問題意識を共有した。

<おもな質疑応答>

Q: 自社ニュースのネット配信を行っているが、その記事に対するネット上のコメントで取材対象者の人権を侵害するような書き込みをされることもあり得る。具体的な事例はないが、放送以外の部分でどう対応していくべきか考えさせられる。
A: 放送したニュースがネガティブなものであれば、報道された対象者に対するネット上の誹謗中傷や批判が多数なされるということは普通にあり、そうした場合にも放送局に責任があるとすると、表現の自由や報道の自由は成り立たなくなってしまう。
ニュースや番組の内容自体が、名誉毀損やプライバシー侵害、肖像権侵害ということであれば放送局は責任を負うが、それ以上に誹謗中傷が引き起こされ、それによって放送対象の人物が傷ついたということについては、放送局には、少なくとも人権侵害といった法的な責任はないということを明確にしておきたい。
そのうえで、少しでも余計な被害や負担を減らすという配慮は考えられると思うが、法的な責任ということでいえば、先ほど述べたことが基本であることを押さえてほしい。
(曽我部委員長)
   
Q: 一般の人が主人公となる番組において、SNSの誹謗中傷からどう守ってあげられるか、今後そうしたことが起きたときのために何をすべきか。
A: すべての放送局がフジテレビのような体制を組むわけにいかないだろうがやはりSNS上の状況には注意をして、必要に応じて対応を取ることは大事だと思う。
そのときに、どういう対応、選択肢があり得るのか、実際にどのようにやるのか、誰に相談すればいいのかを予め社内で共有し、議論しておくことが必要ではないか。
SNSの誹謗中傷に限らず、出演の際のいろいろな悩みについて相談できるような体制、雰囲気といったものを作っていくことは、配慮すべき点だと思う。(曽我部委員長)
   
Q: BPOの審理・審議の対象は基本的に放送となっているが、最近はこの事案のようにSNSやデジタルのプラットフォームなどにおける発信で人権侵害や倫理上の問題が起きている。BPOの組織や審理、審議対象のあり方などについて、これまでどのような議論がなされ、今後どのような展開が見込まれるか。
A: BPOはNHKと民放連の合意に基づいて、放送への苦情や放送倫理上の問題に対応する組織として設立されたので、その合意に基づいた運営をしている。
したがって、BPOがただちにSNSやデジタルプラットフォーム上でのコンテンツに関して、審議・審理の対象にするということにはならないし、そうしたものを対象にするということであれば、改めてNHKと民放連に議論してもらい、合意の上で対応することになる。
(BPO渡辺専務理事)
A: 放送人権委員会の実情について補足すれば、先例として、例えばニュースを細分化してニュースクリップとしてウェブサイトに掲載するなど、放送と同じ内容のものがネットに掲載されている場合は審理している。
これは、放送に関する人権侵害を扱うというミッションからは厳密には外れるが、放送の延長線上にあるということで解釈上可能だろうと判断している。
今回の事案では、YouTubeで配信された未公開動画は放送された番組には出てこない部分だった。これを正面から審理して判断することは、現状のルール及びその解釈では難しいと思われる。(曽我部委員長)
   
Q: 性的指向や性自認などについての理解は深まっているが、性別に関わる放送用語についてどこまで配慮すべきか悩ましい。看護婦や保母といった役割の決めつけによる用語の言い換えは進んでいる一方、女優、女性警官、女流棋士など、説明として使用する用語も性差別となってしまうのか。
A: 難しい問題で確たる答えというものはないが、差別かどうかはグラデーションであり、ここまでは差別ではなくここからは差別だという明確な線引きがあるわけではない。ただ基本的なスタンスとして、必然性のないものは中立的にやっていくというのが大きな視点としてはあるのではないか。
例えば女優という言い方は、新聞社によっては性別を問わず俳優としているところもある。他方で女流棋士という呼び方は、まさに制度として棋士と女流棋士とで分かれていて、そこには必然性がある。
ニュースなどの中で、必然性があるときは性別を示すこともあるだろうが、そうでない場合、とくに説明できない場合は中立的に使うというのが基本的なスタンスではないか。
また、そうした言葉遣いも大事だが、番組全体の作りについてもジェンダーの観点というものが重要なのではないかと思う。(曽我部委員長)
   

◆意見交換会のまとめ(曽我部委員長)

今回の事案は、出演者が亡くなってしまうという重大性があったが、フジテレビには真摯に受け止めてもらい、しっかり体制を作ってもらった。今後、引き続き発展させてもらうとともに、他の放送局にもぜひ参考にしてもらいたい。
テレビ離れと世の中で言われるが、ネット上でもテレビ番組の話題というのは、まだまだ非常に多いと感じる。番組の出演者の言動などをきっかけに炎上することも少なからずあり、そうしたときに放置するのか、謝罪や釈明をするのか、あるいは抗議するのか法的措置をとるのかなど、いろいろな選択肢がある。
どういうときにどういう対応をするのか、法的措置をとるとすれば誰にどう相談したらいいかということを普段からシミュレーションしておくことが大事だ。
その前提として、自社の番組に対するネット上の反応というものを常に見ておく必要があるが、一方で注意すべきは、炎上に参加している人というのはわずかであって、炎上の中に出てくる声が世論全体の声とは限らないことである。
したがって過剰反応せずに冷静に見ていく必要があるので対応は難しいが、炎上とはどういう現象なのかといったネットに対する理解を深めることも大事である。
それぞれの放送局が問題意識をさらに深めて必要な準備をしてもらうことが、今回の教訓ではないかと思う。

以上