「ローカル深夜番組女性出演者からの申立て」に
関する委員会決定
2023年7月18日 放送局:あいテレビ(愛媛県)
見解:要望あり(補足意見・少数意見付記)
申立ての対象は、あいテレビが2022年3月まで6年間放送していた深夜のローカルバラエティー番組『鶴ツル』。この番組に出演していた女性フリーアナウンサーが、番組内での他の出演者からの度重なる下ネタや性的な言動によって羞恥心を抱かせられ、そのような番組を放送されたことでイメージが損なわれたとして、人権侵害を受け、放送倫理上の問題が生じたと申し立てた。あいテレビは、番組の内容は社会通念上相当な範囲を逸脱しておらず、人権侵害や放送倫理上の問題はないと反論していた。委員会は審理の結果、人権侵害は認められず、放送倫理上の問題もあるとまでは言えないと判断した。そのうえで、制作現場における構造上の問題(フリーアナウンサーとテレビ局という立場の違い、ジェンダーバランスの問題)に触れ、あいテレビに対して職場環境や仕組みを見直し改善していくための取り組みを続けるよう要望し、また、放送業界全体に対しても注意を促した。
【決定の概要】
申立人はフリーアナウンサーであり、あいテレビ(愛媛県)が2022年3月まで6年間にわたって週1回放送した深夜バラエティー番組『鶴ツル』(「本件番組」)に出演していた。申立人は、番組内での他の出演者からの下ネタや性的な言動により羞恥心を抱かせられ、放送により申立人のイメージが損なわれたとして人権侵害と放送倫理上の問題を理由に本件を申し立てた。申立人は、放送開始当初その悩みをあいテレビに伝えたと主張するのに対し、あいテレビは、番組の趣旨を十分理解して申立人は出演していたと主張し、申立人が悩んでいたこと自体を否定する。
決定の概要は以下のとおりである。
本件番組における性的な言動によって長年悩んできたという申立人の主張は真摯なものである。ただし、そのことに関連して放送局に責任が認められるためには、本件番組が申立人の意に反していたことに放送局が気づいていたか、あるいは気づかなかったことに過失が認められる必要がある。この点、2021年11月に申立人が自己の番組降板を伝えつつ本件番組に関する悩みを本件番組のプロデューサーに伝えた際の録音反訳があり、プロデューサーがその時点で申立人の悩みを初めて知って驚いたことがわかる。このことから、あいテレビは同年11月に初めて申立人の意向を知ったと考えられる。それ以前にあいテレビに過失があったかを検討するに、申立人自身が、仕事として引き受けた以上アナウンサーの矜持として悩みが人にはわからないようにしたと述べていることや、申立人の番組関係者へのメールやブログからは、本件番組に対する積極性や好意的評価が少なくとも外見上窺われることから、あいテレビに過失があったとは言えない。
2021年11月以降について検討すると、あいテレビは、申立人から悩みを伝えられて直ちに下ネタをやめるよう他の出演者に伝え、収録時に申立人が不快と伝えた部分は放送しない措置をとるなどしており、あいテレビの対応に問題があったとは言えない。
さらに、本件番組で仮に深夜バラエティー番組として社会通念上許容される範囲を超えた性的な言動があり、あるいは申立人の人格の尊厳を否定するような言動があれば、申立人の意向に関するあいテレビの認識にかかわらず人権侵害が成立しうる。この点、本件では、下ネタや性的な言動が申立人に向けられていた場合がある点を特に問題とする複数の意見があったが、表現内容に着目して放送局の責任を問うことは表現の自由に対する制約につながりうるので、人権侵害ありとの判断には謙抑的であるのが妥当である。本件番組では眉をひそめたくなるような言動もあるが、人権侵害に当たる言動があったとは認められない。
以上から、本件番組において申立人に対する人権侵害があったとは認められない。
放送倫理上の問題の有無としては、まず、民放連の放送基準に照らして表現に着目した検討を行う。本件番組は、一般に子どもや青少年が視聴しない深夜の時間帯の放送であり、トークショーとしてその場の演出として出演者間でやりとりをしている事情に照らし、表現に着目して放送倫理上問題があると判断するのは控えるのが妥当である。
本件番組では、回を重ねるごとに出演者間で相手に対し「ここまで言っても許されるだろう」と考える範囲が広がっていき、申立人に対する下ネタや性的な言動も、冗談として言う分には許されると他の出演者が考える範囲が次第に広がったと認められる。そうすると、この問題は、個別具体的な言動について放送倫理上の問題として取り上げるより、制作現場における構造上の問題として捉えるのが妥当である。
また、出演者の身体的・精神的な健康状態に放送局が配慮すべきことは社会通念上当然であり、配慮が欠けていれば放送倫理の問題になりえる。この点、あいテレビは、申立人から悩みを打ち明けられて前述の措置をとるなどしている。したがって、放送倫理上の観点から問題があったというほど、あいテレビについて出演者への配慮に欠けていたとは言えない。
以上より、本件において放送倫理上の問題があるとまでは言えない。
最後に、制作現場における構造上の問題について要望を述べる。フリーアナウンサーとテレビ局という立場の違い、男性中心の職場におかれた女性の立場というジェンダーの視点に照らし、本件において申立人は圧倒的に弱い立場にあった。しかし、あいテレビは、申立人が構造的に弱い立場にあるという視点を欠いていた。あいテレビに対しては、降板するほどの覚悟がなくても出演者が自分の悩みを気軽に相談できる環境や職場でのジェンダーバランスなどの体制を整備したうえで、日ごろから出演者の身体的・精神的な健康状態に気を配り、問題を申告した人に不利益を課さない仕組みを構築するなど、よりよい制度を作るための取り組みを絶えず続けるよう要望する。
ここでの指摘事項は放送業界全体に共通する面があり、放送業界全体が、本事案を自社の環境や仕組みを見直し改善していくための契機とすることを期待する。
2023年7月18日 第79号委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第79号
- 申立人
- 女性フリーアナウンサー
- 被申立人
- 株式会社あいテレビ
- 苦情の対象となった番組
- 『鶴ツル』(毎週火曜日 午後11時56分~午前0時11分)
(2016年4月5日放送開始、2022年3月29日放送終了 全304回) - 放送日
- 2021年2月9日
2021年3月23日
2021年4月20日
2021年5月4日
20211年6月1日
2021年8月3日
2021年8月31日
2021年12月21日
【本決定の構成】
I.事案の内容と経緯
- 1. 放送の概要と申立ての経緯
- 2. 本件放送の内容
- 3. 論点
II.委員会の判断
- 1.本件の特徴
- 2.人権侵害の有無
- 3.放送倫理上の問題の有無
III.結論と要望
- 1.結論
- 2.問題点の指摘と要望
IV.補足意見及び少数意見
- 1.曽我部真裕委員長の補足意見
- 2.水野剛也委員の補足意見
- 3.國森康弘委員の少数意見
V.放送概要
VI.申立人の主張と被申立人の答弁
VII.申立ての経緯および審理経過
2023年7月18日 決定の通知と公表の記者会見
通知は、2023年7月18日午後1時からBPO会議室で行われ、午後2時30分から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。詳細はこちら。
- 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
- 補足意見:
- 多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
- 意見 :
- 多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
- 少数意見:
- 多数意見とは結論が異なるもの
放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。