「オウム事件死刑執行特番に対する申立て」
に関する委員会決定
2020年6月30日 放送局:フジテレビ
見解:問題なし
フジテレビは、2018年7月6日に放送した『FNN報道特別番組 オウム松本死刑囚ら死刑執行』で、オウム真理教の元幹部7人の死刑執行について報じた。
申立人の松本麗華氏はオウム真理教の代表だった松本智津夫元死刑囚の三女で、本件番組は、死刑囚の名前と顔写真を一覧にしたフリップに「執行」のシールを貼るなどした点で死刑執行をショーのように扱っているとし、父親の死が利用されたことや父親に対する出演者の発言によって名誉感情(敬愛追慕の情)を害されたなどとして、BPO放送人権委員会に申立てを行った。
委員会は、審理の結果、いずれについても名誉毀損等の問題は認められず、放送倫理上の問題もないと判断した。
【決定の概要】
申立ての対象は、2018年7月6日にフジテレビが放送した『FNN報道特別番組 オウム松本死刑囚ら死刑執行』(以下、「本件番組」という)である。本件番組は、地下鉄サリン事件などオウム真理教による一連の事件で死刑が確定したオウム真理教の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚ら、教団の元幹部7人の死刑執行に関する情報を、中継やスタジオ解説などを交えて報じた。
申立人は松本元死刑囚の三女で、本件番組は、死刑囚の顔写真を一覧にしたフリップに「執行」の表示を印字やシール貼付で行ったことなどの点で、人の命を奪う死刑執行をショーのように扱い、また、父親の死が利用されたことや父親に対する出演者(被害対策弁護団の伊藤芳朗弁護士)の「松本死刑囚が生きながらえればそれだけ、まあ生きているだけで悪影響というものはある」という発言が放送されたことによって、名誉感情(敬愛追慕の情)を害されたなどとして、フジテレビに謝罪を求め、BPO放送人権委員会に申立てを行った。これに対しフジテレビは、速報情報を生放送で扱う時間的、技術的制約の下、複数の死刑執行の情報等を迅速に分かりやすく伝えたものであり、人権や表現上の配慮を十分行っている、などと説明している。
まず、本件番組の意義について検討すると、本件番組は、戦後犯罪史上屈指の重大事件の首謀者や、事件において重要な役割を果たした者の死刑が執行され、または執行されようとしているという極めて公共性の高い出来事を、公益を図る目的によって放送したものである。
人権侵害に関しては、申立人の故人に対する敬愛追慕の情の侵害の有無が問題となる。敬愛追慕の情の違法な侵害があったと言えるかは、諸事情を総合考慮して社会的に妥当な許容限度(受忍限度)を超えたかどうかによって判断する。
フリップ及び「執行」シール貼付の手法による人権侵害の有無については、申立人の立場からすれば、悲しみに追い打ちをかけられたと感じることも当然だとは思われるものの、生放送で速報情報を扱う時間的、技術的制約の下で、複数の死刑囚の執行情報を視聴者に分かりやすく伝えるという目的の正当性があり、「執行」の文字の大きさや色などについて配慮がなされていることなどからすれば、必要性・相当性も認められる。
「執行」シールを貼付する場面についても、それは1回だけであり、時間もごく短いもので、貼付行為そのものに注意を促すような出演者の言動もなかったことから、一般視聴者に対してシールの貼付自体が殊更に強い印象を与えたとも言えない。シール貼付には、迅速かつ正確に最新情報を伝える現実的な手法として必要性・相当性が認められる。
以上より、フリップ及び「執行」シール貼付の手法の利用は、本件番組が死刑執行直後であることを考慮しても、申立人の故人に対する敬愛追慕の情を許容限度を超えて侵害するものではない。
伊藤弁護士の発言による人権侵害については、その発言の趣旨は、現在も教団の後継諸団体に対して松本元死刑囚が影響力を有しており、無差別大量殺人に及ぶ危険性があるという状況の下で、被害対策弁護団の一員として「松本死刑囚の死刑執行までに時間がかかれば、それだけ悪影響はある」というものであり、それに加えて、死刑執行がなされない限り、被害者・遺族に不安を与え続けていたという趣旨も含まれていると、一般視聴者には理解される。同元死刑囚の教団の後継諸団体への影響力の点は、公安審査委員会や公安調査庁の認識を踏まえれば虚偽ではなく、また、本件発言は、同元死刑囚を首謀者として遂行された戦後犯罪史上屈指の重大事件の被害者や遺族の被害感情を代弁する発言の一部として述べられたものであることからすれば、表現として不相当であるとも言えず、本件発言は、本件番組が死刑執行直後であることを考慮しても、申立人の故人に対する敬愛追慕の情を、許容限度を超えて侵害するものではない。
本件番組には、元死刑囚らの移送された先の拘置所名や、元死刑囚らのかつての教団内での地位などについて誤りがあるが、一般に、生放送中にミスが生じることはありうることであって、また、そのほとんどは最終的には実質的に修正されているため、誤りがあることをもって死刑をショー化する等の意図があったとは言えない。
放送倫理上の問題について、申立人は、本件番組が死刑をショー化しており、人命を軽視し、視聴者に不快感を与えるなどとして日本民間放送連盟放送基準や放送倫理基本綱領に違反すると主張する。しかし、前述のとおり、本件番組は、極めて公共性の高い出来事を、公益を図る目的によって放送したものであるし、「執行」シールを貼るという手法も、死刑の執行をことさらショーのように扱ったものではなく、放送倫理上の問題があるとは言えない。
以上のとおり、委員会は、本件番組に人権侵害の問題はなく、放送倫理上の問題も認められないと判断する。
2020年6月30日 第73号委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第73号
- 申立人
- 松本 麗華
- 被申立人
- 株式会社 フジテレビジョン
- 苦情の対象となった番組
- 『FNN報道特別番組 オウム松本死刑囚ら死刑執行』
- 放送日
- 2018年7月6日(金)
- 放送時間
- 午前9時50分~11時25分
【本決定の構成】
I.事案の内容と経緯
- 1.放送の概要と申立ての経緯
- 2.本件放送の内容
- 3.論点
II.委員会の判断
- 1.今回の死刑執行報道の特殊性と本件番組の意義
- (1) 今回の死刑執行報道の特殊性
- (2) 本件番組の意義
- 2.敬愛追慕の情の侵害による人権侵害について
- (1) 判断方法
- (2) フリップ及び「執行」シール貼付の手法による人権侵害について
- (3) 伊藤芳朗弁護士の発言による人権侵害について
- (4) 事実関係の誤りによる人権侵害について
- (5) 小括
- 3.放送倫理上の問題について
III.結論
- 補足意見
IV.放送概要
V.申立人の主張と被申立人の答弁
VI.申立ての経緯と審理経過
2020年6月30日 決定の通知と公表の記者会見
通知は、2020年6月30日午後1時からBPO会議室で行われ、午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。
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