放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 議事概要

第68回

第68回 – 2013年2月

アルジェリア人質事件実名報道について

議事の詳細

日時
2013(平成25)年2月8日(金)午後5時~6時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構[BPO]」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
視聴者意見1月分について
出席者
川端委員長、小町谷委員長代行、吉岡委員長代行、石井委員、香山委員、是枝委員、重松委員、服部委員、水島委員

第68回放送倫理検証委員会は2月8日に開催されたが、討議対象となる事案がなかったため、BPOには数多くの視聴者・読者意見が寄せられたアルジェリア人質事件(1月16日発生)でのテロ犠牲者の実名報道について意見交換を行った。
視聴者意見の多くは「政府や日揮が氏名の公表を差し控えている段階から、メディアが独自の判断で報道したこと」に対する批判であった。
ここでは、
(1) 事故、災害における犠牲者実名報道は一般的にどうあるべきなのか。
(2) 今回の事件では、日揮が犠牲者の氏名を公表しないという強い姿勢を見せ、それに政府が一定の時期まで同調したが、そういう場合に実名報道はどうあるべきなのか。
(3) 遺族に取材が殺到してメディアスクラムが発生するという問題にどう対処すべきなのか。
という3つのレベルの異なる問題点が提起されていると考えられる。
視聴者意見を参考にしながら委員が様々な観点から報道の役割について自由に考えを述べ合った。ジャーナリズムが、その本来の役割をきちんと果たしているかどうかという観点から具体的な状況に応じた実名報道の是非を考えるべきではないか、という趣旨の意見で一致をみた。

【委員の主な意見】

  • ジャーナリズムの役割を果たすうえで、実名報道が認められる場面は当然ある。日揮の社員があそこでどんな仕事をしていて、どういう理由でテロの対象になって、どんな経緯で不幸な結果になったのかということを追究する中で、「この人は」という記事が実名で報じられることは必要なことだ。しかし、亡くなった方の尊厳といいながら、それを星を見るのが好きでしたというような私生活のお涙頂戴のレベルで報じるのでは、遺族感情を尊重すべきだという意見に対抗できないだろう。
  • 遺族取材も大事だが、真相究明には不可欠なはずの生存者への取材やインタビューがほとんど出ていない。今回のように日揮や政府が実名を公表せず取材が困難な場合、今後どう対応していくのか。
  • 実名報道したことによって、社会の関心度は上がったのは事実で、それがなければ数字で済まされてしまう可能性はあった。しかし上がった関心が、企業戦士をたたえる方向に陳腐化されて終わってしまい、アラブの春からフランスのマリ軍事介入に至る複雑な事件の背景を考える契機にはならなかった。
  • 一方ネットには、ジャーナリズムが「お涙頂戴の物語を売るために名前をさらしているだけでないか」という強い不信感がある。さらに進んで、「政府が実名を出さないと言っているのに勝手に明かしてけしからん」という意見が大勢を占めている。メディアスクラムが起こって遺族が迷惑したことも、遺族感情を尊重して実名報道を控えるべきだという意見に重みを与えている。各社が横並びで取材するためにメディアスクラムが起こり、報じられている内容がパターン化されたお涙頂戴物語であることで、結局商品を売るために遺族を利用しているだけじゃないかという見方をメディアがされ、政府の方針に従うべきだという批判になっているのであり、この危機的状況をメディアが自己認識しているのかどうかが問題ではないか。
  • メディアの報道内容には細かいクレームをつけるのにネットの情報を無防備に肯定する人々がいるのは、彼らがメディアを、市民の意識や情報をコントロールするひとつの権力だとみなしているからではないか。メディアは事実に肉薄して、伝えるべき情報を責任と矜持を持って伝えてほしい。
  • 遺族感情を大切にする側からは、メディアは信用できず、政府は信用できるということになってしまっている。政府が何のために情報操作をするのかが分かるように見せるのがジャーナリズムの役割なのに、その役割を果たしていないから、ジャーナリズムが信頼されなくなっている。
  • 実名報道と、メディアスクラムとか過熱取材の弊害の問題は、別個の問題として考えるべきである。重大事件での実名報道は事件の全貌をリアリティをもって伝える上で必要だか、被害者・遺族が公表を希望しないときは、プライバシーと公共性の比較衡量の問題になろう。
  • いつ報道するのが適切かという時間の問題もある。
  • ジャーナリズムは権力でもなければ視聴者そのものでもないところにポジションがある。どちらの側からも批判されうるものだという認識が視聴者・読者に希薄になっていることが視聴者意見からうかがえる。

以上