放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 議事概要

第65回

第65回 – 2012年11月

iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について
尼崎事件の顔写真取り違え問題について

第65回放送倫理検証委員会は11月9日に開催された。
委員会が今年7月に出した日本テレビ『news every.』「食と放射能」報道に関する意見について、当該局から提出された対応報告書を検討した結果、これを了承し、公表することにした。
新聞の一面トップの誤報記事が、テレビでも報道されたiPS移植のニュースについて討議した。裏づけ取材の方法から、このニュースを事実と判断した根拠まで、当該2局から自主的に提出された報告書も参考にして、広範な議論が行なわれた。その結果、ニュースとして大きく扱った局に対して、これを事実と判断した根拠の説明を改めて求め、次の委員会で討議を継続することにした。
NHKとすべての民放キー局がミスをした尼崎事件の顔写真取り違え問題についても、写真の入手経路や確認方法について、提出された報告書をもとに討議した。各局とも複数の関係者から確認をとった上で放送していること、間違われた被害者から各局の訂正放送と謝罪を受け入れてこれ以上触れないでほしいという意向が表明されていることから、審議の対象として意見を公表するまでの必要はないという結論になった。しかし、容疑者写真の取り違えは、それ自体が重大な過ちであるので、19年前の古い集合写真から抜き出した顔写真を容疑者の写真として放送することには、たとえ複数の関係者が同一性を認めていても、なお記憶の薄れなどから間違いが起きる危険があることを認識して放送の可否を判断する必要があるので、それを踏まえた再発防止の取り組みを社内で確立しなければならないという委員会の討議結果を、BPO報告などで公表することにした。

議事の詳細

日時
2012年11月9日(金) 午後5時~7時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構〔BPO〕」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
■日本テレビ『news every.』「食と放射能」報道の対応報告書を了承
■iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について
■尼崎事件の顔写真取り違え問題について
出席者
川端委員長、小町谷委員長代行、吉岡委員長代行、石井委員、香山委員、立花委員、服部委員、水島委員

■日本テレビ『news every.』「食と放射能」報道の対応報告書を了承

日本テレビは、 『news every.』 の「食と放射能」報道に関する意見(委員会決定第14号)を受けて、社としての再発防止策を報告書にまとめ、10月30日、委員会に提出した。
それによると日本テレビは、1年余り前、同じ報道番組の「ペットビジネス」事案に続いて類似の過ちを繰り返したことを踏まえて、▽番組制作上の問題点を根本から見つめ直す「番組制作向上委員会」(委員長は大久保社長)を始動させたこと▽従来の取材ハンドブックを発展的に改訂し、各種ガイドラインや社内研修用テキストなどを加えた新しい取材ハンドブックを作成・配布したことなど、多様な改善策を実施している。委員会は、意見書で指摘した過去の教訓を現場で「血肉化」するための取り組みが幅広く進められている点を評価して、この報告書を了承することにした。(報告書の全文はこちらに掲載)

■iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について

10月11日、一部新聞が一面トップで報じたiPS細胞心筋移植手術実施のニュースは、その後国際会議でポスター展示発表を行った研究者の虚偽発表であることが明らかになったが、放送局では2局が報道番組で当該研究者のインタビューを含むニュースとして伝え、また、ほとんどの局の情報番組がこの新聞記事を紹介する形で報じた。
ニュースとして伝えた2局のうち、日本テレビは11日朝から夜のニュースまで移植手術が実施されたことが事実であることを前提として大きく扱った。テレビ朝日は当日の夕方ニュースの最後で、国際会議で発表があった事実だけを短く伝えた。
虚偽の疑いがあると判明したあと、2局は13日から15日にかけて、お詫びや報道に至った経緯を説明する放送を行い、その後、当委員会に対して、経緯報告書を自主的に提出した。(新聞記事の掲載前から取材していたNHKは心筋細胞移植手術実施のニュースとしては全く放送せず、12日夜のニュースの中で何故放送しなかったかを説明した。)
委員会では、新聞の特ダネ記事を追いかけて報道する際に、どのような裏づけ取材が行われたのか、事実と判断した根拠はどこにあったのかを中心に、意見交換が行われた。
討議の結果、移植手術実施が真実であることを前提として、iPS細胞の作成方法や手術実施の経緯、患者のその後の状態までニュースで詳しく伝えた日本テレビに対しては、真実と判断した根拠は何だったのかに重点を置いた報告書を改めて求め、次回の委員会で討議を継続することになった。一方、移植を行ったと日本人研究者らが国際会議で公表したという事実のみを短いニュースで伝えたテレビ朝日については、国際会議でそのような公表があったこと自体は事実であるから、あくまでその紹介のみのニュースであれば、誤報とは言えないとして、議論を終えることにした。
新聞の記事の紹介を中心に放送した民放各局の情報番組についても、コメンテーターの解説などに問題点が認められるものの、基本的には新聞で報じられたことを当該の新聞記事を使用して紹介するという枠を出ていないことから、誤報とは言えないとして、議論を終了した。

【委員のおもな意見】

  • この問題は2つに分けなければいけない。ニュースで流したところと、情報番組で新聞の紙面を見せたところと。それは違う性格のものだと思う。
  • 新聞がどんなに大きく報道しようと、自社で内容も確認しないで報道してよいはずがない。
  • 自分が自ら取材に行ったものではなくて、受身から始まる取材に対してどう裏づけを取るかという問題だと思う。自分から攻めて行っていない時のスタンスや対応に弱いところがあると思う。
  • テレビが独自にスクープしてこれは大きな間違いでしたということなら少し違うが、どう見てもこれは新聞の後追いだろう。テレビにもっと裏付けの取材しなさいということは言えるが、それ以上のことは言えない。
  • 間違ってはいけないけれど、間違うことはある。その時に単に反省しましたとか、以後気をつけますということになると、物事がどんどん痩せ細っていくという感じがする。BPOはそうした役割をしているのではないのだからいろいろな対応があって良いと思う。
  • 情報番組は、新聞の記事を紹介しただけでなく、ある種のコメントを重ねている。その部分に関しては番組として見なすべきであろう。情報番組でお詫びしていないのは、自主的自律的な是正が図られていないということではないだろうか。
  • 結局、真実と信じて放送したことにどれだけ合理性のある根拠があったのかということになる。

■尼崎事件の顔写真取り違え問題について

尼崎の連続不審死事件では、活字メディアだけでなく、NHKとすべての民放キー局も、事件とは無関係の人の顔写真を容疑者として放送した。後日、「あの写真は私だ」という女性の訴えが弁護士経由で寄せられ、各局とも間違いを認め、お詫び放送をした。すべての局が全く同じ写真を容疑者の写真だとして間違って使用したという今回のようなケースは前代未聞といえる。
この事件は、その特異性から社会の関心も高く、管轄の在阪局だけでなく、在京局からの応援を含めた共同取材体制が組まれたことから、委員会はキー局と在阪の系列局に対して、写真入手の経緯や放送すると判断した経緯などの報告を求め、それを基に議論が展開された。
各局が入手したのは、同じ集合写真の中から接写したもので、報告書によると、提供者の証言だけでなく、複数の関係者にあたり、「似ている。間違いない」との声が多かったことから、放送に踏み切った局がほとんどである。
しかし、この写真は19年前のものだった。委員会では、いくら複数の関係者から確認をとったと言っても、19年前であれば、当時を知っている人に確認をとっても記憶の薄れがあろうし、最近の容疑者の知人であれば、19年前の容疑者については想像に任せるしかない状況になる。しかも集合写真の小さな画像だったことを考えれば、いっそう同一性の確認は困難であったはずである。複数の関係者への確認作業を行うというマニュアルを守っていても、このケースでは当人かどうかの根拠にはならないのではないか、集合写真から一人を抜き出して拡大した写真を見せて、この人ですかと聞いた局もあったが、その方法では、判断する人を強く誘導する結果になるからそれ自体適切でないなどの意見が出された。
討議の結果、委員会では、ミスが確認された後、各社とも速やかなお詫び放送をし、今回の問題点について自主的に検証していること、また間違えられた当事者が、各放送局の謝罪を受け入れ、これ以上の騒ぎにならないことを望んでいるとのことなどから、審議入りしないこととした。
ただし、容疑者写真の間違いは人権上大きな問題であることを肝に銘じ、今後間違いを繰り返さないために、従来の型通りの手続きや手法だけではなく、何が真の確認になるかの社内議論を深めて、実効性のある再発防止策を確立して欲しいとの要望を、BPO報告やホームページを通じて、各局に伝えることになった。
さらに、委員会では、警察が異例の措置としてメディアに提供した写真を各局とも繰り返し使っているが、裁判員制度に関連して、使い方によっては犯人視報道につながる恐れがある、という意見もあったことを付記して、これを契機に、事件報道における容疑者の顔写真の扱いについて、各局が改めて検討や確認をするよう要望することにした。

■ANN(テレビ朝日系列)中・四国ブロックと検証委員会との意見交換会開催

テレビ朝日系列の中・四国ブロック4局との意見交換会が、10月30日、松山市の愛媛朝日テレビの会議室で行われた。これまで大阪・福岡・札幌で行われた意見交換会は、いずれもエリアの全局が対象だったが、今回のように、ある系列局だけで行うのは初めて試みであった。
放送局側からはブロックの4局から部長クラスを中心に12名、また委員会からは吉岡委員長代行、香山委員が参加した。
意見交換会では、まず両委員から、委員会での論議を通じ、日頃感じている点が紹介された。吉岡委員長代行が、「スタッフが何故今、放送局で働いているのか、何を伝えたいのか。放送倫理はスローガンではなく、その使命から生まれるのではないか」と直近の事例を交えて語り、香山委員からは「ミスは起きることを前提として、些細なミスでも報告しあい、皆で共有することが大切だ」と、自身が属する医療現場で今や常識になっている例を挙げ、グループワークでシミュレーションしていく研修方法が提案された。
これを受けて、各局からは、若いスタッフとのコミュニケーションをめぐる悩みや取材のありかたなどについて様々な意見が出され、予定時間まで活発な議論が交わされた。
各局からは、「意見を交わすうちに熱くなった」「これまで持っていた“高みからの監視機関”という見方が変わった」「エラーを少なくしていくヒントをもらった」などの感想が懇親会などで語られた。
さらに「他系列の局の人が一緒だとなかなか本音は出ないものだが、ここまでさらけ出せたのは気心が知れていたからだろう。こうした形式をどんどん採って欲しい」との声も多かった。

以上