放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 議事概要

第66回

第66回 – 2012年12月

iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について、2回目の討議

第66回放送倫理検証委員会は12月14日に開催された。
研究者の虚偽発表であることが明らかになったiPS細胞心筋移植手術実施のニュース報道について、2回目の討議を行った。
移植手術が実施されたことを前提に、朝から夜のニュースまで大きく扱った日本テレビに対して真実と判断した根拠は何だったのかに重点を置いた報告書を求めて議論した結果、審議の対象とはしないことになった。

議事の詳細

日時
2012年12月14日(金) 午後5時~6時30分
場所
「放送倫理・番組向上機構[BPO]」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
■iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について

出席者
川端委員長、小町谷委員長代行、吉岡委員長代行、石井委員、香山委員、是枝委員、服部委員、水島委員

■iPS細胞心筋移植手術実施との誤報について、2回目の討議

一部新聞が10月11日、一面トップで報じたiPS細胞心筋移植手術実施の記事は、ふたつの民放局がニュースとして伝え、民放各局のほとんどの情報番組でも、この新聞記事を紹介する形で放送した。その後、このニュースは誤報とわかった。
これらの放送について、前回の委員会では、民放各局の情報番組は基本的には新聞記事を紹介するという枠を出ていないこと、また、短いストレートニュースで伝えたテレビ朝日は研究者が移植を行なったと国際会議で公表したという事実のみの紹介であったことから、いずれも誤報とは言えないとして、前回で議論を終えた。
一方、日本テレビは移植手術が実施されたことを前提として、iPS細胞の作成方法や手術実施の経緯、患者のその後の状態などを、朝から夜のニュースまで詳しく伝えた。そのため日本テレビに対しては、真実と判断した根拠を中心にした報告書を求め、提出された詳細な報告書をもとに2回目の討議を行なった。
報告書には新聞記事をきっかけにした取材の開始から、ニューヨーク支局の動き、本社報道局のデスク、記者、ディレクターらの裏付け取材の内容・経緯が時間を追って具体的に示されていた。
討議の結果、本人以外からの裏付けが取れない状況で、真実であるかのようなニュースを放送してしまったことは問題ではあるが、全国紙の一面トップ記事を時間的制約がある中で後追いするために、担当者たちは精一杯の取材をしていること。疑問を持つべき情報も断片的にはつかんでいたが、放送を踏みとどまるのは難しかっただろうと思われること。誤報に至った経緯の詳細な検証を踏まえて、責任体制の明確化、科学・医療等の専門分野についての専門家見解取材の確認、この誤報についての研修、外部専門家ネットワークの構築、専門記者の育成努力などの対応を自主的にとっていることなどから、審議の対象とはしないことを決めた。

【委員のおもな意見】

  • ニューヨーク取材では、全国紙一面トップの報道、国際会議での展示、本人取材など道具立てが十分揃っている。iPS細胞の専門家でない記者が「これは嘘だろう」と判断するのは、この段階では無理ではないか。また放送前にこれだけのお膳立てが出来ていると、東京でも現場がブレーキをかけるのは難しいのではないか。
  • いくら本人から詳しく情報をとっても、それは裏取りにはならないということを忘れて、伝聞という形を取らずに、真実として放送してしまったところはやはり問題がある。
  • 普通の事象と違って、このニュースは科学的分野なので、記者が簡単に裏取りができるのかどうか疑問だと思う。こうした特殊性の上に舞台がニューヨークだったということもミスの要因だと思う。
  • 全国紙の一面トップということに大きく影響されている。捜査機関が思い込んで、それに反する情報はみんな軽視してしまい、評価を誤るというのは冤罪事件で共通している。思い込みがいかに恐ろしいかということである。
  • このニュース以前から、この研究者のいろいろな記事が新聞に掲載されていた。ところがその時点では誰も問題視していない。そのことも変だと思う。
  • 記者の科学情報に対するリテラシーの問題がある。この発表が演壇上の口頭発表でなくポスター展示という、通常内容審査のない簡易な形式の発表だったことの意味が解っていなかった。山中教授の方法とは全く違う方法でiPS細胞を作って心筋に注入したという発表だが、その方法でiPS細胞を作ったこと自体が、もし真実なら本当に画期的なのだから、それが展示発表のレベルでしか行われていないことに疑いを持つべきだろう。また、全く新しい方法で作ったiPS細胞を、動物実験も経ずにいきなり臨床で使うということに疑問を持たなかったのかということもある。
  • このニュースは専門家の中にも可能性としてあり得ると思った人もいたようだ。そういう意味ではこうしたニュースは特に慎重な報道が必要なのだと思う。
  • 心臓の再生医療の専門家などが懐疑的であることを知りながら、放送に十分反映されなかったことが問題。
  • 誤報原因の詳細な検証をしていることは評価できる。それを踏まえて、一応の再発防止策もとられている。

以上