放送人権委員会

放送人権委員会  決定の通知と公表の記者会見

2022年1月18日

「宮崎放火殺人事件報道に対する申し立て」通知・公表の概要

[通知]
2022年1月18日午後1時からBPO会議室において、曽我部真裕委員長と事案を担当した鈴木秀美委員長代行、水野剛也委員、少数意見を書いた二関辰郎委員長代行が出席して、委員会決定を通知した。申立人本人と、被申立人のNHKからは宮崎放送局長ら2人が出席した。
曽我部委員長がまず、「本件放送には人権侵害も、放送倫理上の問題もないというのが結論です」と委員会の判断を示したあと、「ただし今回は、放送倫理上問題があるとする少数意見がついています」と決定の全体像を伝えた。  
申立人の「兄にも何らかの非があるかのような表現によって兄の尊厳が傷つけられ、ひいては申立人の人格的利益をも侵害した」とする主張については、委員会は敬愛追慕の情の侵害の主張と捉え、裁判所の判断基準に則って総合的に判断した結果、許容限度を超える人権侵害はなかったとの判断に至ったと説明した。
また「何らかの金銭的なトラブル」との表現を使ったことについて、被申立人であるNHKは、複数の捜査関係者に裏づけ取材を行った上で警察の認識として伝えており、さらに2人が死亡した住宅火災は放火殺人事件である可能性が高まったとするニュースには高い公共性と十分な公益性があるため、放送倫理上の問題もないと判断したと述べた。
ただし「トラブル」など、多様に受け取られる可能性のある言葉は、使用するにあたり注意が必要だろうと付け加えたこともあわせて説明した。
続いて水野委員が、申立人に対し、「トラブル」など、放送で日常的に使われる言葉について、多様な受け止め方があることを示し注意喚起できたことはこの申し立ての意義があったと受け止めてほしいと述べた。
鈴木委員長代行は、人格的利益の侵害については、裁判所の判例に基づいて一般の視聴者の普通の視聴の仕方で放送全体を見て判断するので、こういう結論になったが、委員9人中2人が、放送倫理上問題ではないかとの少数意見を示しており、私も考えさせられたと述べた。
次に委員長が、「委員会全体としての判断とは別に、委員個人が異なる意見を述べるのが少数意見です」との説明を行った上で、二関委員長代行が少数意見について説明した。
二関委員長代行は、人格的利益の侵害という法的責任に関する判断については、最高裁判所の考え方に従って一般的な視聴者の視点で捉えるのが正しいが、放送倫理上の問題を考えるにはその基準を用いない方が妥当な場合がある。次々に変化していくテレビの画面について、受動的な視聴者とは異なり、放送局は予めそれらを準備する立場なので、それがどのような受け止め方をされるかを、十分に考えた上で番組を作るべきだと思う。その上で「2人の間に何らかの金銭的なトラブルがあった」という表現を考えると、この表現によって、容疑者が何の落ち度もない被害者を一方的に殺害したわけではなさそうだな、と一部の視聴者に受け止められる可能性のある放送になっていたと言える。容疑者の過去の同種前科に触れない配慮をしたのは一つの見識だが、その配慮をするのなら、同様に被害者の人権への配慮があって然るべきだったのではないか。そういったことなどから放送倫理上の問題があったのではないかと考えたと説明を行った。
この決定を受け申立人は「長い時間と多くの労力をかけていただき感謝します」と発言したあと、NHKの報道姿勢と視聴者対応に対する強い不満を表明した上で、「裁判所の判決のような決定で、もっと放送倫理的な方向に振って欲しかった」との意見を述べた。
NHKは「放送したニュースに問題はないとの主張が認められたと受け止めています。今後も人権に充分配慮しながら報道していきたい」と述べた。

[公表]
午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見し、委員会決定を公表した。放送局と新聞社、民放連合わせて19社1団体から27人が出席した。テレビカメラの取材は当該局のNHKが代表取材を行った。通知と同じく、曽我部委員長が決定の結論とそこに至る考え方を説明した上で、最後に記した注意喚起について、「トラブルという言葉は、最近意識してニュースを見るようになったが、非常によく使われている。場合によっては思わぬ受け取られ方をすることもあるので、決まり文句や常とう句のようなものとして、安易に用いないようにする必要があろう」と付言した委員会の思いを述べた。
水野委員は、今回の決定は「問題なしの見解」であり、これまでに17件の同種の見解が出ているが、その中で少数意見がついたのは初めてである。その理由は「トラブル」という言葉の幅が大変広いからで、委員のなかでも異なる意見があった。送り手側が特段の意味を込めなくても、そうではない受け取り方をする人が一定数いることを意識した方が良いと述べた。
鈴木委員長代行は、当事者2人がともに死亡し真相が分からない中で、申立人は警察や報道機関がなぜもっと調べてくれないのか不満を持ちながら、自ら調査していた。8か月後にようやく真相に迫る報道があるのかと期待していたところ、自分は聞いたことがない兄にも非があるかあるかのような報道がなされ、期待が裏切られたと感じたのではないか、と申立ての背景を紹介した。
二関委員長代行は、「何らかの金銭的なトラブル」という言葉の受け止め方について、「トラブル」はそれだけを取り出すと確かに曖昧で中立的ではあるが、「2人の間に何らかの金銭的トラブルがあった」と言う場合は、2人ともそのトラブルの存在を認識している場合を指し、どちらか一方がその存在すら認識していない場合は含まないのが一般的ではないだろうか。その結果、本件は被害者が気づかないうちに金銭がとられるなどの一方的な犯罪行為ではなく、被害者である申立人の兄がよほど恨みを買うようなことをしたのではないか、と一部の視聴者が受け止める可能性があるものになっていたと考えられる。放送局にはそこまで考慮した高度な倫理性が求められるのではないかと、放送倫理上の問題ありとした少数意見を説明した。

<質疑応答>
(質問)申立人、被申立人双方の受け止めは?
(曽我部委員長)
申立人は、BPOに対しては審理への感謝を表明した上で、判断内容については「裁判所のような判断であり、もう少し放送倫理に踏み込んだ判断をして欲しかった」と述べた。放送局に対しては、強い言葉で批判を述べた。その背景には、2人が亡くなる重大な事件であるのに長い間続報がなく、8か月たってようやく報道された内容は、警察の発表通りで期待外れなものだったということがあると思われる。
NHKは、「主張が認められ感謝すると共に、今後も人権に配慮した報道をしていきたい」と述べた。

(質問)以前はよくあったような報道内容だが、報道機関に対する社会の見方が変わってきたというような議論は審理の中であったのか?
(曽我部委員長)
その点を直接議論はしなかったが、委員の問題意識、認識としてはあったと思う。今回のケースは広く社会の耳目を集めるものではなかったが、事件報道の観点からいうと重要な問題提起をするものだと考えている。事件報道の実務に関し、今まで当たり前だと思われていたことについて、全国の放送局や新聞社に考えていただきたい題材を提供するケースだったというのが、委員の共通認識だと思う。

以上