放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 委員会決定

委員長談話

委員長談話 フジテレビ「『めざましテレビ』ココ調・無料サービスの落とし穴」について

放送倫理検証委員会
委員長 川端和治

放送倫理検証委員会(以下単に「委員会」という)は、2012年6月6日にフジテレビが「『めざましテレビ』で放送した「ココ調・無料サービスの落とし穴」について、放送倫理違反があると認めながら審議の対象とはしないと決定した。この事案は、「隠し撮り(録音)」という取材手法が問題になったものであるうえ、事実の歪曲や過剰な演出も認められたことから、委員会がそのように決定した理由を明らかにする必要があるであろう。よってここに、「隠し撮り(録音)」という取材手法に対する委員会の姿勢と、審議の対象についての委員会の基準を説明しておきたい。

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1. 事案の概要

この番組は、様々な無料サービスを利用して失敗した経験について街頭アンケートを実施し、苦情の多かったものを実際に体験して紹介するというものだった。このうち「プレゼント付きアンケートでDMや勧誘電話がきた」という項目については、番組スタッフが、アンケートで名前のあがった化粧品会社のWEBサイトに身分を隠して無料サンプルを申し込んだところ、会社からかかってきた電話のやりとりが終わるまで36分もかかってしまったという様子が放送された。また「カットモデルでイメージ通りにならなかった」という項目では、モデルになることを志願した女子大生に隠しマイクを仕込んでカットの際のやりとりを送信させ、鏡に映るカットの経過も携帯のカメラで撮影してメールで送らせた。そして、それをカーテンで窓を目隠しした取材車の中から実況放送しているかのように演出して放送した。
しかしながら、化粧品会社からの電話が延々と続いたのは、化粧品会社が執拗にセールスしたからではなく、全く逆に、ディレクターの指示をうけた番組のレポーターが様々な質問を続けて会話を引っ張ったからであった。放送の際はこの化粧品会社の名前は伏せられオペレーターの音声はボイスチェンジされていたが、自社のオペレーターのやりとりが「隠し撮り(録音)」され、しかもあたかも執拗な営業がなされたかのように放送された事に気づいた当該化粧品会社から、放送当日フジテレビに厳重な抗議がなされた。
フジテレビは直ちに調査をして、抗議された内容は事実であることを確認した。またこの調査の際、同じ番組内の美容室でのやりとりも「隠し撮り(録音)」されており、しかも実況放送というのは演出で、いわゆる「後付け実況」であったことも判明した。
フジテレビは、放送の1週間後の6月13日に「ココ調」コーナーで、電話のやりとりが36分になったのは番組側が会話の時間を延ばすために質問を続けたためであったこと、執拗な勧誘の電話が長く続いたという事実と違う情報を伝えてしまったこと、化粧品会社の担当者の心を傷つけ不快な思いをさせたことをわびる放送をした。そして翌日に化粧品会社の本社を訪れ謝罪をした。

2. 放送倫理違反の存在と委員会の判断

「隠し撮り(録音)」が原則として許されないことは、放送局各局がそれぞれ社内基準として共通して定めている。フジテレビも報道局『「報道人ハンドブック」2007』に、「(6)隠し撮りや隠しマイクによる取材は、その目的を明示した場合に目的が達成できないことが明らかで、他に有力な取材手段がなく、取材内容に重大性と緊急性があり、その取材目的が社会的に正当と認められる場合などに許される。原則としては、安易に隠し撮りや隠しマイクによる取材はすべきではありません。しかし例外として『身分を隠しての取材』のケースと同様に、認められる場合があります。この場合も、部長やデスクの了解が必要です。」と規定している。
取材活動は、必然的に取材相手のテリトリーに入り込む行為であり、その成果は放送により広く公表されるのであるから、身分と目的を明らかにし、相手の承諾を得て行われることが原則である。「隠し撮り(録音)」による取材は、それが安易に行われると、場合によっては、肖像権やプライバシーの侵害になったり、名誉毀損になったり、その方法によっては、刑罰規定に触れる結果にもなりかねないという危うさを秘めている。このような取材方法が広汎且つ安易に行われた場合の国民生活への侵襲度は高く、いつどんな行為を放送にさらされるかも分からない社会というのは、誰にとっても耐えがたい社会となろう。民放連の報道指針が、「2報道姿勢」の(1)で「取材対象者に対し、常に誠実な姿勢を保つ。取材・報道に当たって人を欺く手法や不公正な手法は用いない」とし、「3人権の尊重」の(1)で「名誉、プライバシー、肖像権を尊重する」、(4)で「取材対象となった人の痛み、苦悩に心を配る」としていることからも、「隠し撮り(録音)」が原則として許されない取材方法であることは明らかだと言わなければならない。
しかし、フジテレビの「報道人ハンドブック」2007にも明らかにされているように、この原則には例外が認められなければならない。そうでなければ、隠された権力悪を暴くというような報道は不可能になり、放送倫理基本綱領に高らかにうたわれた「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」という使命も達成できなくなるであろう。「隠し撮り(録音)」という方法が、価値のある取材手段となりうることは、たとえば、2012年9月現在進行中のアメリカ大統領選挙候補者の資金集めパーティでの演説の隠し撮り映像が広く報じられることにより、選挙の結果を左右しかねない事実が暴露されたという事態が生じていることからも明らかである。取材者が原則禁止という規定により萎縮して、どうしても必要なときに「隠し撮り(録音)」をためらってしまうようなことがあってはならないのである。
問題は、この原則禁止と例外としての許容のバランスをどう適切に保つかである。そのためには、なぜ「隠し撮り(録音)」が原則として禁止されているかを十分に理解した上で、判断がなされなければならない。今回の事案では、判断責任者となった担当プロデューサーが、自分が行った過去の「隠し撮り(録音)」の事例から今回も許容範囲であると安易に考えたのであるが、他の番組関係者は「部長やデスクの了解が必要です」という形式的な基準の充足がなされたというだけで満足してしまい、「取材内容に重大性と緊急性があり、その取材目的が社会的に正当と認められる場合」という実質要件の充足については、誰も真剣に考えずに不適切な「隠し撮り(録音)」を許容するという結果を招いてしまった。
その意味で、この事案については放送倫理の違反があると言わなければならない。また36分の電話となった理由の歪曲や、実況中継と見せかけた過剰な演出についても、放送倫理違反がある。
しかし委員会は、この事案についてそのような放送倫理違反を審議案件として追及し、意見を公表することは適切ではないだろうと考えた。その理由は、何よりも、この事案について「隠し撮り(録音)」という取材方法が不適切であったと断罪することは、その結論だけのひとり歩きにより、例外的手法によってでも隠された真実を暴くという意欲を持った放送人の足かせとして機能してしまうのではないかと、委員会が恐れたことにある。
また、このような不適切な取材方法の直接の被害者となった化粧品会社と美容室が、フジテレビの謝罪を受け入れ宥恕している一方、「プレゼント付きアンケートでDMや勧誘電話がきた」とか「カットモデルでイメージどおりにならなかった」という社会的事実は、この番組の街頭インタビューでもあきらかにされているように確かに存在しているので、この放送によって視聴者が誤解して被害や不利益をうけたという事実もない。またこの番組は報道番組ではなく、娯楽の要素も盛り込まれている情報バラエティー番組として制作されている。これらの事実を総合すれば、この事案は、「隠し撮り(録音)」という例外的な取材方法が不適切に用いられ、また事実の歪曲も認められるものの、その被害は現時点では既に回復されている一方、審議の対象とした場合の萎縮効果が懸念されることから、TBSテレビ『情報7daysニュースキャスター「二重行政の現場」』についての委員長談話で示した「小さな問題についての誤り」同様、放送局側の自主的・自律的な是正が適切になされていれば、審議の対象とすることは適切でないと考える。
そしてフジテレビは、極めて迅速に内部調査をとげ、的確な謝罪放送をしたうえで、抗議した化粧品会社から宥恕されているうえ、自らの調査によって無料カットモデルの件についても問題があったことを摘出し、美容師からも秘密録音についての事後承諾を得ている。しかもそのうえで自主的に再発防止のための方策を考え、実行しているのである。もちろんフジテレビについては、2010年8月8日と9月26日に放送された『Mr.サンデー』で、街頭インタビュー対象者の事前仕込みと、雑誌付録バッグ所有の通行人の人数の水増しをしたという問題事案があり、そのとき、自主的、自律的に徹底した改善策を実行したはずなのに、一年足らずでまた今回の事案を引き起こしたことによって、前回の改善策は有効には機能していないことが示されたという問題もある。しかし、迅速で自発的な対応による被害者の宥恕、問題発生の原因分析と、対応策の立案、そしてそれを制作現場に「自分のこととして考えましょう」というスローガンで浸透させる努力という点で、前述した委員長談話に述べた「当該局の自主的な取り組み」は十分に行われていると評価するべきであろう。
以上の理由から、委員会はこの事案を審議の対象とはしないこととしたのである。

3.研修用資料『めざましテレビ「ココ調」の不適切表現の問題点から学ぶ』の公表について

フジテレビは、委員会への自発的報告を素材に、研修用資料として以下に掲げる文書を作成した。委員会は、この資料をフジテレビの了解を得て公表することにより、他の各局がこれをそれぞれの制作現場における研修の材料として使用することができ、そのことによって放送倫理と番組の質の向上に役立たせることができるのではないかと考えた。そこでフジテレビに交渉したところ、公開用に手を加えた版の提供を受けることができた。
この文書は、この事案で生じた誤りの原因分析についての貴重な資料であるとともに、研修の材料としても、研修対象者に対する「みんなで考えよう」という課題と、考えるヒントが付されていることによって、他局でも広く活用することが可能になっている。是非とも各局で、それぞれがさらに現場で討論し考える素材として活用することにより、より優れた研修資料を作成していただきたい。委員会は、そのような努力が共有されることによって、過ちが繰り返されないための共通の土台が構築されていくのではないかと考えている。
最後に、公表版の作成にご協力いただいたフジテレビに対する謝意を表明させていただく。

以上

pdfフジテレビ『めざましテレビ』「ココ調」の不適切表現の問題点から学ぶ

pdfフジテレビ『Mr.サンデー』の特集企画における不適切表現に関する問題点の検証と再発防止に向けて