BPO_20周年記念誌
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073BPOの20年 そして放送のこれから放送そしてBPO 14のメッセージ放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会の委員になってから、忘れ難い場面がいくつかある。ある年の11月。あと数日で師走になろうかというあの午後、私は東京の放送局にいた。秋の日没は早い。太陽はいつの間にか沈み、外は真っ暗になっている。窓に近寄ってブラインドをずらせば、大都会の街灯りが目に入ったはずだ。放送倫理上の問題がありそうな番組がBPOで「審議」入りすると、放送倫理検証委員会のメンバーは放送局に出向き、関係者から番組制作の経緯などをヒアリングする。この日も朝から会議室でヒアリングが続いていた。そしてその日、4人目の相手と向き合った。番組制作会社に所属する放送人である。中堅からベテランになろうかという経験の持ち主だ。あなたの手掛けた番組に問題があったのか、なかったのか。そう問うと、彼は語り続けた。どちらかと言えば、饒じょう舌ぜつである。大きめの身振り手振りも交じった。放送人としては、いたたまれない、厳しい時間だったはずである。どうやってあの番組を制作したか、懸命に記憶を呼び起こしながら彼は語る。立て板に水のごとく喋りながらも、ときには右上の宙を見ながら言葉を探す。2時間ほどが過ぎただろうか。私は「もう少しかもしれない」と感じていた。次々と言葉を繰り出しながらも、眼前の彼は明らかに苦悶している。どういう経緯で企画は生まれ、どんな方法で取材予定が埋まり、どうやって現場に出向き、なぜその角度でカメラを回し……。そうした営為のどこかに〝歪ゆがみ〟が潜

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