BPO_20周年記念誌
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116との恋の道行は、あくまでも「己の倫理」に従っていたのだ。ラジオはリスナーがいないと成り立たない。大切なのは「個人の倫理」。電波を通して双方をつなぐのは感情である。感情は時に善悪を超える。私はラジオの制作現場でリスナーそれぞれの倫理を知った。ラジオは感情の回路。人生の数だけ、倫理がある。出版とほぼ同時に、広末涼子さんのW不倫騒動があった。恋人に出したと言われるメッセージからは、切迫した緊張感と恋に焦がれる恍惚感がひしひしと伝わってきた。どこまでも本気で、己の倫理に忠実だった。世間の攻撃が激しければそれだけ孤高になり、美しい文学になっていた。この騒動に関して、瀬戸内寂聴さんが生きていらしたら、こうおっしゃったに違いない。「恋は雷に打たれるようなものよ。しようがないじゃない、好きになっちゃったんだもの」『J』の出版後に聞こえてきた反響には、「あれほどの作品を残された寂聴先生に失礼」との声もあった。しかし、彼らの言う「先生」は、夫の教え子と恋に落ち、幼い4歳の娘を捨てて出しゅっ奔ぽんしている。道ならぬ恋こそ小説家の原点だと言って憚はばからなかった寂聴さんだった。『J』を非難する人たちは、どうやら作品を読むことなくイメージだけで指弾しているらしかった。事実を見ないで風評や憶測でものを言う。そこに自らの倫理はあるのだろうか。こちらは瀬戸内さんの人生に惚れ込んで小説に着手したというのに。

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