放送人権委員会

放送人権委員会 委員会決定

2016年度 第62号

「STAP細胞報道に対する申立て」に関する委員会決定

2017年2月10日 放送局:日本放送協会(NHK)

勧告:人権侵害(補足意見、少数意見付記)
NHKは2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送について小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は2017年2月10日に「委員会決定」を通知・公表し、「勧告」として名誉毀損の人権侵害が認められると判断した。
なお、本決定には補足意見と、2つの少数意見が付記された。

【決定の概要】

NHK(日本放送協会)は2014年7月27日、大型企画番組『NHKスペシャル』で、英科学誌ネイチャーに掲載された小保方晴子氏、若山照彦氏らによるSTAP細胞に関する論文を検証した特集「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を放送した。
この放送に対し小保方氏は、「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていたと断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」などと訴え、委員会に申立書を提出した。
これに対しNHKは、「『STAP細胞はあるのか』という疑問に対し、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したものであって、申立人の人権を不当に侵害するようなものではない」などと反論した。
委員会は、申立てを受けて審理し決定に至った。委員会決定の概要は以下の通りである。
STAP研究に関する事実関係をめぐっては見解の対立があるが、これについて委員会が立ち入った判断を行うことはできない。委員会の判断対象は本件放送による人権侵害及びこれらに係る放送倫理上の問題の有無であり、検討対象となる事実関係もこれらの判断に必要な範囲のものに限定される。
本件放送は、STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いこと、また、そのES細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたものであって、これを申立人が何らかの不正行為により入手し混入してSTAP細胞を作製した疑惑があるとする事実等を摘示するものとなっている。これについては真実性・相当性が認められず、名誉毀損の人権侵害が認められる。
こうした判断に至った主な原因は、本件放送には場面転換のわかりやすさや場面ごとの趣旨の明確化などへの配慮を欠いたという編集上の問題があったことである。そのような編集の結果、一般視聴者に対して、単なるES細胞混入疑惑の指摘を超えて、元留学生作製の細胞を申立人が何らかの不正行為により入手し、これを混入してSTAP細胞を作製した疑惑があると指摘したと受け取られる内容となってしまっている。
申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送によるプライバシー侵害の主張については、科学報道番組としての品位を欠く表現方法であったとは言えるが、メールの内容があいさつや論文作成上の一般的な助言に関するものにすぎず、秘匿性は高くないことなどから、プライバシーの侵害に当たるとか、放送倫理上問題があったとまでは言えない。
本件放送が放送される直前に行われたホテルのロビーでの取材については、取材を拒否する申立人を追跡し、エスカレーターの乗り口と降り口とから挟み撃ちにするようにしたなどの行為には放送倫理上の問題があった。
その他、若山氏と申立人との間での取扱いの違いが公平性を欠くのではないか、ナレーションや演出が申立人に不正があることを殊更に強調するものとなっているのではないか、未公表の実験ノートの公表は許されないのではないか等の点については、いずれも、人権侵害または放送倫理上の問題があったとまでは言えない。
本件放送の問題点の背景には、STAP研究の公表以来、若き女性研究者として注目されたのが申立人であり、不正疑惑の浮上後も、申立人が世間の注目を集めていたという点に引きずられ、科学的な真実の追求にとどまらず、申立人を不正の犯人として追及するというような姿勢があったのではないか。委員会は、NHKに対し、本決定を真摯に受け止めた上で、本決定の主旨を放送するとともに、過熱した報道がなされている事例における取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう勧告する。

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2017年2月10日 第62号委員会決定

放送と人権等権利に関する委員会決定 第62号

申立人
小保方 晴子 氏
被申立人
日本放送協会(NHK)
苦情の対象となった番組
『NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層』
放送日時
2014年7月27日(日)午後9時~9時49分

【本決定の構成】

I.事案の内容と経緯

  • 1.放送の概要と申立ての経緯
  • 2.論点

II.委員会の判断

  • 1.委員会の判断の視点について
  • 2.ES細胞混入疑惑に関する名誉毀損の成否について
  • 3.申立人と笹井芳樹氏との間の電子メールでのやりとりの放送について
  • 4.取材方法について
  • 5.その他の放送倫理上の問題について

III.結論

IV.放送概要

V.申立人の主張と被申立人の答弁

VI.申立ての経緯および審理経過

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2017年2月10日 決定の通知と公表の記者会見

通知は、被申立人に対しては2月10日午後1時からBPO会議室で行われ申立人へはBPO専務理事ら2人が東京都内の申立人指定の場所に出向いて、申立人本人と代理人弁護士に対して、被申立人への通知と同時刻に通知した。午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を行い、委員会決定を公表した。28社51人が取材、テレビカメラはNHKと在京民放5局の代表カメラの2台が入った。
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2017年5月9日 NHK 「STAP細胞報道に関する勧告を受けて」

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2017年7月3日 報告に対する放送人権委員会の「意見」

放送人権委員会は、上記のNHKの報告に対して「意見」を述べた。

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  • 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
  • 放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。

    補足意見:
    多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
    意見 :
    多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
    少数意見:
    多数意見とは結論が異なるもの