放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会

2016年10月20日

中京地区の放送局との意見交換会

放送倫理検証委員会と中京地区の放送局13局との意見交換会が、10月20日に名古屋市内で行われた。放送局側から61人が参加し、委員会側からは川端和治委員長、斎藤貴男委員、渋谷秀樹委員、藤田真文委員の4人が出席した。放送倫理検証委員会では、毎年各地で意見交換会を開催しているが、愛知県、三重県、岐阜県内のすべての放送局を対象としたのは初めて。
冒頭、BPOの濱田純一理事長が、「"自由"は、民主主義と表現にとって最も基本的なものである。しかし、その"自由"も緊張感がないと、いいものになっていかない。放送局の皆さんは、それを鍛える材料として、BPOをうまく利用してほしい。意見交換会は、皆さんの実感を委員に伝える貴重な機会である。委員も、その実感をベースに委員会の考えをまとめたいと努力している。その意味でも、今日は深い質疑応答ができるよう、日頃考えていることをストレートに話していただきたい」と挨拶した。
意見交換会の第1部のテーマは、「選挙報道について」だった。今年は、参議院議員選挙の年であり、その報道を中心に意見交換を行った。まず渋谷委員が、2013年の参院選の際、委員会が公表した決定17号「2013年参議院議員選挙にかかわる2番組についての意見」について説明し、「民主主義にとって最も重要なものが選挙であることをしっかり理解したうえで放送にあたってほしい。また、視聴者の立場に立って公正公平の意味を考えてほしい」と要望した。
次に参加者から、「選挙期間中、候補者を紹介する際は、尺を計って、平等に放送している。また、立候補表明をした人は、必要な時以外は出演させない。期間中、ある候補者を応援するタレントの出演も控えている。選挙ポスターの映り込みにも注意を払っている」「候補者を紹介する際、与党、野党をまとめるなど見やすくするための編集をしているが、公平性に悩むことがある。また、争点を取り扱う時、それが視聴者にとって本当の争点であるのか疑問に思うこともある」「選挙が近づいてくると、政策についての報道は、公平性を意識するあまり放送を控えてしまうことがある。18歳選挙が始まったが、特に若い人は、直前になって投票を決める傾向があるので、選挙が近づいた時の選挙報道はより重要になると思う」など選挙報道の現状が報告された。
これに対し、藤田委員からは、「選挙報道でも、基本的に、放送局の編集権、報道の自由は守られている。選挙期間中にトータルに公平性が担保されていればよい。時間の平等に神経質になりすぎているのではないだろうか」との指摘があり、斎藤委員からは「選挙報道でも自分たちで取材を重ねたうえで、自分たちの考えるニュースバリューにしたがって報道することが重要である。むしろ、自分たちで争点を作るくらいでよいのではないだろうか。要するに自信を持ってください、と言いたい」との発言があった。
これらの発言に対し、参加者からは、「自分たちで争点を捉えて、視聴者にとって選挙の本質は何かを伝えていくことが重要だとあらためて思った。しかし、私たちが視聴者にとって公正公平だと思って放送しても、視聴者の側から厳しい意見が来ることもある。最近、放送の自由に対して視聴者の目も厳しくなっている」という放送にあたっての悩みも報告された。
第1部の締めくくりとして、川端委員長から、「視聴者が正しい判断ができるだけの情報を伝えることが放送する側の任務である。それを果たしていないと、選挙という民主主義の基盤が損なわれてしまうのではないか。例えば、ある政党がどのような政策を掲げているか伝えるだけでなく、その政策を実行することにより、どんな利点があるか、さらには、どんなデメリットがあるかも指摘するべきではないか。選挙報道では、一定の公平性は担保しなければならないが、それだけをつきつめると、本来担うべき最も重要な任務が怠られてしまいかねない、ということを重く考えてほしい」との発言があった。
続く第2部のテーマは、「ローカル制作の情報番組について」だった。情報番組の制作において、いかにしてミスを防いでいくか、オリジナリティを出していくか、などについて意見交換が行われた。まず、参加者からは、「若いスタッフの中には、きわどい表現、きわどい取材がチャレンジングな番組作りと思っている人がいる。きわどくなくても攻めた番組が作れることを伝えるのに苦労している」「朝の情報番組では、オリジナリティを出すためライブ感を放送に生かすことを常に心がけている。正確性、誠実性を念頭に置いて放送しているが、面白くても裏が取れないもの、つまりグレーなものはいったん放送を取りやめることにしている。しかし、その判断には、日々悩んでいる」など番組制作にあたっての苦労、悩みが報告された。
これに対し、斎藤委員はジャーナリストの立場から、「取材を積み重ねることにより、どうしてもグレーであれば放送をやめるというのもひとつの判断だと思う。一番いけないのは、よくわからないまま適当にやってしまうことである。また、政治・経済などの難しい問題をわかりやすく伝えたいために、一側面からの情報だけを伝え、結果的にうその放送になってしまうこともある。情報番組には、報道以上に多方面からの徹底した取材が必要である」と発言があった。
さらに、参加者からは、「街の風景として撮ったものに、個人の家、車のナンバー、通行人が映り込んでいる。これに配慮すると、すべてのものにモザイクをかけなければならなくなる。意図したものでない映像にどこまで責任を負わなければならないのか悩んでいる」という映像の映り込みの問題が提起された。これに対し、藤田委員からは、「かつては公道上で、周囲が取材を認識していれば肖像権は侵害しないということが常識だったが、今は、モザイク映像が増えている。しかし、モザイクが当たり前だという考え方は表現の寛容性を狭めてしまうことになる。どこまでモザイクをかけるかの判断は、慎重に考えてほしい」という意見が出された。また、渋谷委員からは、憲法学者の対場から「本来、肖像権よりも報道の自由は優先されるが、それは、一般の人がどのように考えるかが重要になってくる。今は、ネットに記録がいつまでも残される時代。時代の変化に伴って、肖像権の考え方も変わってくる。放送局の判断でモザイクが必要になることも事実である」という指摘があった。
最後に、放送倫理検証委員会が10年を迎えるにあたり、発足時から委員長を務めている川端委員長から次のような発言があった。「この10年間、我々は、放送に間違いが起こった時、その原因とその背後にある構造的な問題をさぐってアドバイスをすることを基本的な立場としてやってきた。その結果、少しは放送倫理検証委員会がどんなものかわかっていただけたとは思っているが、まだ、制作現場、特に制作会社の人たちには、BPOは表現の範囲を狭めている、という意識があるのではないか。しかし、我々が意見を書くのは、重要な問題のみであり、自律的に是正が行われている時は慎重に扱っている。さらに意見の根拠としているのは、放送局が自主的に定めた放送倫理の基準だけである。今後も放送局の皆さんが、こういう放送をしたいという確信があれば、大いに取り組んでいただきたい」
以上のような活発な議論が行われ、3時間以上に及んだ意見交換会は終了した。

今回の意見交換会終了後、参加者からは、以下のような感想が寄せられた。

  • 情報番組の各局担当者の苦労が共有できた。ここ最近の人権意識や放送倫理意識の高まりから各局制作現場で必要以上に自主規制をしている感じを受けた。選挙報道と同じように自信を持って放送していくことが大切なのではと感じた。
  • 面白い番組や冒険的な番組を作りたいというのは、制作者なら誰しも思うところである。そのために普段やっていることから一歩踏み出したいという思いに駆られる。そういう思いにブレーキをかけるものとしてBPOがあると誤解している人も多いのではないか。BPOは決してそのような機関ではない。きちんとした理論武装ができている制作者であるなら、むしろ、どんどん意欲的な番組に挑戦することを望んでいるだろう。この「理論武装」というのが難しいと思う。コンプライアンスさえ守っていれば、それが達成されるというほど単純なものではないだろう。グレーゾーンのようで、そうでは無いというものを見つけ出していかなければならない。そのためには制作者(報道も含めて)に粘り強さが必要とされる。マニュアルで番組を作っていたのでは、人を感動させるようなものは作れないと肝に銘じるべきだろう。
  • 選挙報道については、候補者の取り扱いを同一尺、同レベル表現をルール化している各放送局のジレンマに対し、委員の方々から(若干の個人差は感じましたが)報道としては画一でなく、踏み込んだ取材と放送をすることが重要との意見をいただき、実りある意見交換になったのではと思います。
  • (選挙報道について)BPOの委員は、「全体として公平性が保たれていれば、個々の番組の表現は各局の判断に任される」と述べていましたが、総論は誰もそれに異論はなくても、実際はそのような考え方で放送はされていないと思う。本来の報道にあるべき姿とはどういうものか、消極的なチェックばかりではなく、日頃から踏み込んだ考え方を示し、萎縮しがちな放送現場(実際は管理する側の姿勢)にもっと勇気ある放送の姿勢を促すような積極的な発信をお願いしたいと思います。それが、放送やメディアとはどういうものかということを一般の人々にも考えてもらう契機にもなりうると思う。

以上