放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会

2016年1月28日

石川県内の放送局と意見交換会

石川県内各局と放送倫理検証委員会の委員との意見交換会が、1月28日に金沢市内のホテルで開催された。6局から46人が参加し、委員会側からは升味佐江子委員長代行、岸本葉子委員、斎藤貴男委員、渋谷秀樹委員の4人が出席した。放送倫理検証委員会の意見交換会を石川県で開催したのは初めてである。今回は直近の事案である「NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見」を中心に意見が交換された。
概要は以下のとおりである。

まず第1部の冒頭で、この事案を担当した升味委員長代行が、「問題となったブローカーと多重債務者の相談場面は、視聴者に大きな誤解を与えたとして重大な放送倫理違反を指摘したが、記者は取材対象者に寄りかかってこの場面を作り上げ、裏付け取材も全くなかったなど、NHKが定めるガイドラインに大きく反していた。隠し撮り風の撮影方法や、多重債務者を追いかけてのインタビューも、この相談場面が真実であるかのように見せるために使われており、放送倫理上の問題があった」と、意見書のポイントについて説明した。
参加者からは、「どこまでがやらせなのか、取材者としてその境目を考えさせられる事案だった。そもそも許容される演出とはどのようなものなのか、しっかりと問い直す必要を感じた」などの発言があった。これに対し、渋谷委員から「視聴者がだまされたと思うかどうかがポイントではないか。視聴者の信頼が大事だということを念頭において判断すれば間違いないのでは」という意見が出され、岸本委員からも「今回の委員会の検討の一番の特徴は視聴者がどう見たのかであり、意見書も視聴者の視点から番組がどう見えたかで一貫して書かれている。これは、やらせの定義から入っては、欠け落ちてしまう視点ではなかったか」との発言があった。
また、参加者からは、「このような問題が起こるのは、記者の職責の幅広さと影響力の大きさがある。我々のような小さな局でも、記者が企画、取材、構成、編集、放送と、最初から最後までやるという重い責任を負っているので、どこかで歯止めが必要となる。それは、記者個人の資質ともいえるが、嘘は書かない嘘はつかないという倫理観ではないか」との意見も出された。
続いて、憲法学者の立場から、渋谷委員が放送法をどう考えるかについて、「放送法第一条には、放送法の目的は、放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること、とある。条文の読み方として大事なのは、放送法の究極目的は放送による表現の自由を確保することであり、政府の介入はこれに真っ向から反することになる。また、放送法の目的規定に適合するように条文を読んでいくと、放送法第四条は放送局が自らを律する倫理規定ということになる。他方、放送法は、政府機関、所轄官庁には放送内容に干渉してはいけないという義務を課している」と解説した。
最後に、升味委員長代行からの「意見書の『おわりに』に『放送に携わる者自身が干渉や圧力に対する毅然とした姿勢と矜持を堅持できなければ、放送の自由も自律も侵食され、やがては失われる』とあるように、放送に携わる人がきちんと発言を続けるという姿勢を持っていただきたい」というメッセージで、第1部は終了した。
続いて第2部では、「インターネットと報道のあり方を考える」のテーマで、インターネットの情報にどう向き合っていくべきかについて意見が交換された。スマートフォンに代表されるスマートデバイスの発達で、個人がいつでもネット上に情報を発信できる時代となり、テレビのニュースでは、視聴者提供の事故現場の生々しい映像や、フェイスブックからの容疑者や被害者の顔写真が日常的に使われている。
しかし、その一方で、便利さの裏に潜む危険性として、SNSからの顔写真や映像の取り違えが発生している。その具体的な事例や各局のネット情報使用の判断基準などが報告されたあと、ジャ
ーナリストの斎藤委員からネット情報とどう向き合っていくべきかについて次のような問題提起があった。「軽井沢スキーバス転落事故で新聞やテレビが被害者のフェイスブックの写真を使っていたが、ネット上で被害者のカタログを作っていた一般人がいた。その時に感じた違和感は、いつの間にかマスコミが素人と一緒のレベルになっているのではないか、というものだった。テレビも新聞もネットと共存しているというより、単にネットに飲み込まれているのではないか。メディア全体の信頼性が著しく低下していると思っている。何年か前にも高速バスの大事故があったが、その時も規制緩和の問題などその背景への取材が明らかに薄かった。限られた人手とお金でマスコミは何を取材するべきか、という問題を考える契機としてほしい」
これに対し、参加者から「斎藤委員が指摘されたように、事件事故を伝えるためにその写真が本当に必要かを判断し、遺族や関係者の理解と信頼関係を得たうえで、しっかりとした基準と意味をもって使うことが必要だと再確認した」との発言があった。
最後の第3部として、BPOに対する質問と意見のコーナーとなり、昨年9月に放送倫理検証委員会に加わった岸本委員から、ヒアリング、意見書の起草は委員がすべて行うこと、委員会は時間で打ち切ることはなく、決定は全会一致で行うこと、などの説明があった。さらに、「放送に携わる者を守る確かで唯一の基準は、視聴者がどう受け止めるかとの観点を常に持つことではないかと申し上げたが、もうひとつ皆さんを守るものは、放送事業に関する法律への理解と歴史的な経緯への理解だと思う」との意見が出された。
「アメリカではFCC、英国ではOfcomという独立行政機関があるが、BPOという形の方が優れている面があれば教えてほしい」との質問に対して、升味委員長代行は「BPOという存在は確かに独自のもので、世界では独立行政機関が監督するケースも多いが、独立行政機関といっても政治との軋轢はあり、自律を守るためには課題もある。BPOは日本モデルと呼ばれるが、それなりの評価は得ているのではないか。ただし大事なのは、今後も放送局とBPOが自律的な対話ができるかで、お互いに意見を交換することで、もっと自律の意味は出てくると思う」との見解を述べた。
以上のような活発な議論が行われ、3時間30分に及んだ意見交換会は終了した。

今回の意見交換会終了後、参加者からは、以下のような感想が寄せられた。

  • 「クロ現問題」についての具体的なやり取りをする中で、改めて放送人としての自律、私の場合は入社して日が浅いので自立することが大切だなと感じた。やらせの定義や、自主自律、大きくはジャーナリズムのあり方…考え及んだこともない観点、分かっているつもりになっていた事を考えるいい機会になった。具体的には、写真取り違えから派生してSNS上の写真を使うことの是非についての斎藤委員の発言が特に印象に残っている。論点として安易にSNS上の写真を使うことでプロが素人と同じ事をしてどうなのか?というものだった。この観点はネット社会との競合でテレビが淘汰されないためにも、今後重要な視点になってくるように思う。結果としてSNS上の写真を使用する場合があっても、そこに至る信頼関係を築く過程の大事さを知った。これは普段制作現場にいる私にとっても、取材対象者と関係を築いて信頼を得るという点では通ずるというふうに感じた。

  • 今私はドキュメンタリー番組を制作しています。その取材にあたり、今回の勉強会で2つの指針を得ました。1つは、やらせと演出を区別する物差しは「視聴者がだまされたと思うかどうか」だということ。視聴者の受けるイメージと取材過程がかけ離れるのを防ぐためには、取材制作のプロセスを客観的な視点で検証することが必要不可欠だと思いました。そしてもう1点は、取材当初に立てた見立てに縛られないこと。クローズアップ現代では「京都の事件が広がったら面白い」という番組の方向性が生まれ、出家詐欺のブローカーがいるという前提のもと、趣旨に合う人を探し始めたところから取材がおかしくなったように見えました。最初の見立てにとらわれず、現場で起きたことに疑問を持ちその感覚を信じる姿勢でありたいと感じました。

  • いわゆる演出とやらせの境界線とはとの疑問に「線を設けることで免罪符を与えることにもつながる」との答えをいただき、納得することができました。取材対象者がそれはやらせでは?という疑問を持った時点でそれはやらせであり、演出ではない。やはり取材現場の判断、意識、あらゆるものが常識という尺度の元、研ぎ澄まされなければならないと肝に銘じることができました。

  • 普段、BPO報告での委員の皆さんの発言や意見を文字として見て感じていた印象が、随分変わりました。「BPOの存在が制作現場を委縮させている」といった指摘は間違いであり、あくまでも視聴者の視点に立ち意見を述べられていることが、委員の皆さんの真摯な態度、発言から伝わってきました。改めて、放送の「公共的使命」を自覚して、放送内容の向上を目指していかなければと強く感じさせられました。

以上