放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会  決定の通知と公表の記者会見

2015年3月6日

"全聾の天才作曲家" 5局7番組に関する見解の通知・公表

上記の委員会決定の通知は、3月6日午後2時から、千代田放送会館7階のBPO第一会議室で行われた。委員会からは、川端和治委員長、小町谷育子委員長代行、香山リカ委員、斎藤貴男委員の4人が出席した。当該局からは、TBSテレビ、テレビ新広島、テレビ朝日、NHK、日本テレビのBPO登録代表者など計10人が出席して通知を受けた。
まず川端委員長は、「各局がそろって誤った番組を放送し、メディアに対する視聴者の信頼を損ねた事案だった。制作当時に虚偽を見抜くことは難しかったとして、放送倫理違反があるとまでは言えないと判断したが、メディアがこの程度のことでだまされているようでは、隠された社会悪を暴くことなどできないのではないか、と多くの国民は不安に思っただろう。そういう意味で重大な事案だった」と述べた。そのうえで、「重要なのは、だまされたことがわかった後の対応である。過ちを繰り返さないために、どこにどのような問題があったのか、どうすれば防ぐことができたのか、問題発覚後の自己検証をきちんとやることを考えてほしい」と要望した。
続いて小町谷委員長代行が、「取材期間が長期に及ぶほど、ディレクターが取材相手に共感を持つことは避けられないと感じた。その時に、距離をとってチェックするのがデスクやプロデューサーの役目だ。デスクやプロデューサーは何をするべきだったのか、具体的に検証してほしい」と述べた。香山委員は、「広島の被爆者や東日本大震災の被災者、そして障害を抱える人たちを傷つける結果となってしまった。社会的に弱い立場にある人々に希望や励ましを与えるような番組を今後も作ってほしい」と述べた。また、斎藤委員は、「この程度の話にだまされているようでは、もっと大きな問題に対処できないのではないかと懸念される。安易な物語づくりに走りすぎているのではないか。深く考えて番組を制作してほしい」と述べた。 
これに対して各局の出席者は、「今回の決定を重くそして真摯に受け止め、再発防止に取り組んでいきたい」などと述べた。テレビ新広島は、さらに「広島の平和への願いを全国に伝えたいという思いがこのような結果になって残念だが、萎縮することなく、今後もこのテーマを放送していきたい」と付け加えた。

このあと、午後3時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を開き、決定内容を公表した。記者会見には27社62人が出席し、テレビカメラ7台が入った。
初めに川端委員長が「メディアが互いに補強し合う形で虚偽の物語を伝え、新垣隆氏が告白するまでそれに全く気がつかなかった。メディアの真実を伝える能力に国民が疑問を持ってしまう、そういう事案ではなかったか」と述べた。そして、委員会が、佐村河内守氏の物語がどこまでが真実でどこからが虚偽なのかを、番組の関係者のほか、佐村河内氏や新垣氏、耳鼻咽喉科の専門医の協力も得ながら調査・検証し、放送の時点で虚偽を見破れなかったのは止むを得なかったという結論に達して、放送倫理違反があるとまでは言えないと判断したことを説明した。しかし、「だまされたのは仕方なかった、で終わっては、これからも同じことが繰り返されるのではないかと危惧される」として、「なぜ気が付かなかったのか、きちんと検証して、その結果を視聴者に公表してほしい」と要望した。
続いて小町谷委員長代行が、「取材相手が虚偽を述べた事案はこれまでにもあったが(「委員会決定」第6号、第12号、第19号)、これほど大がかりな規模でだまされた例はない。佐村河内氏が悪い、だけでは説明がつかない事案だ。これまでと何が違うのか、よく検証してほしい。番組が審理対象にならなかった局も、この決定を参考にしてほしい」と述べた。香山委員は、「社会的に弱い立場の人たちを励ます感動の物語には、それが虚偽だとわかったときに、大きな怒り、失望を与えるというリスクがある。それを教訓として、今後も弱い立場にある人たちに希望を与えるような番組を作り続けてほしい」と述べた。斎藤委員は、「今の時代、巧妙にメディアを利用しようという人たちがいる。そうした人たちにだまされないように、今回のことをぜひ教訓としてもらいたい。安易に感動の物語を求めてしまうと、ものごとを単純化したい誘惑に駆られてしまう。また、個人的には、新垣さん、佐村河内さんの今後のテレビでの扱われ方にも注目していきたい」と述べた。

記者とのおもな質疑応答は以下のとおりである。

  • Q:今回、佐村河内氏や新垣氏に聴き取りをして、2人が開いた記者会見と異なる点や新たにわかった点などはあるか?
    A:2人が曲作りにどうかかわったかについては記者会見にはなく、委員会が初めて明らかにしたと考える。聴覚障害についても、信頼できる専門家の見解を伺って、決定に反映させている。(川端委員長)

  • Q:芸術家の中には、苦難を乗り越えて芸術の域に達した人が多いが、どのように取り上げるべきなのか?
    A:制作者は、そうした人物に迫るには懐に飛び込めと言われているようだが、今回は飛び込んで取り込まれた。そのような場合には、デスクやプロデューサーが醒めた目で冷静に判断するべきだという教訓が、改めて確認された事案だ。今回は、芸術家を取り上げたと言っても、「被爆二世」「全聾」「障害者との交流」といったいわば外側の部分の話が中心になっていた。作曲家としての佐村河内氏を取り上げるなら、作曲という面で徹底的に迫るべきではなかったかと私は思う。そうすれば、おかしな点にも気づくことができたのではないか。(川端委員長)

  • Q:裏取りが十分ではないのに、これで放送倫理違反を認定しないようでは、視聴者からの信頼は回復できないのではないか?
    A:取材時期の早いTBSテレビの『NEWS23』とテレビ新広島は、一定の裏付け取材をしている。母親には断られてできなかったが、小学校時代の同級生には取材した。 
    委員会は、裏は完璧に取らなければならないとまで言うのは間違いだと思っている。そのような要求をすると、メディアの挑戦意欲を削いでしまうおそれがある。裏付けは合理的な範囲で取らなければならないが、それで間違った場合には、視聴者にていねいに説明して、過ちを繰り返さないためにどうすればいいかを考えていくことで、メディアの質は向上するのではないかと思う。(川端委員長)

  • Q:民放4局に比べてNHKへの検証部分が多いように感じるが、NHKに重きを置いた理由は何か?
    A:検証番組を放送したのはNHKだけであり、その点では優れていたが、この検証番組が、「なぜだまされてしまったのか」の説明に終わり、不十分だった。佐村河内氏が作曲したと信じた証拠として挙げた全体構成図について、佐村河内氏はなぜこれを書くことができたのかという疑問が解明されていない点や、佐村河内氏を社会的評価の定まった作曲家と信じた根拠としてあげた米TIME誌が「現代のベートーベン」と評したという事実はない点などを指摘したため、他よりも長くなった。(川端委員長)

  • Q:(斎藤委員に)佐村河内氏と新垣氏のメディアでの扱われ方に注目していきたいとの話だったが、具体的にはどのようなことなのか?
    A:これはあくまでも個人的な関心事項であるが、佐村河内氏が「悪」で、新垣氏が「善」というような簡単な話ではないと思う。今、新垣氏がテレビでバラエティー・タレントのように登場し、活字メディアがそれに疑問を投げかけるような状況があるが、ここにテレビの態度が表れているように思うので、注目していきたい。(斎藤委員)

  • Q:この見解の前と後では、テレビに求められるものの重さが変わってくるように感じたのだが。
    A:前と変わらなければ、同じことでまただまされてしまうだろう。われわれが民主的な判断をするためには、正しい情報が与えられる必要がある。メディアからの情報は正しいものであってほしいと思っている。メディアが簡単にだまされるようでは、われわれは判断を誤ってしまうおそれがある。この問題を突き詰めて、どうすればだまされないのかを考えてほしいというのが委員会の要望だ。(川端委員長)

以上