「大阪市長選関連報道への申立て」事案の通知・公表
放送人権委員会は10月1日に、上記事案についての「委員会決定」の通知・公表を行い、本件放送について「放送倫理上重大な問題がある」として、朝日放送に再発防止を「勧告」した。
〔通知〕
三宅弘委員長と起草を担当した小山剛委員、曽我部真裕委員が出席し、午後1時からBPO会議室で申立人と被申立人に対して「委員会決定」を通知した。申立人の大阪交通労働組合からは組合役員ら2人、被申立人の朝日放送からは報道担当者ら3人が出席し、三宅委員長が決定文を読み上げて通知を行った。
決定について、朝日放送は「私どもとしては、決定を真剣に受け止める。具体的には多岐にわたるご指摘があるので、熟読してじっくりと検討させていただきたいと思う」と述べた。また、大阪交通労働組合は「スクープ報道の十分な裏付けの重要性が示された。先入観で固まった勇み足とも言える報道に警鐘を鳴らしていただき、そして個々の組合員にも限度を超えた侮辱行為として名誉感情を侵害しているという決定をいただき、感謝申し上げたい」と述べた。
〔公表〕
午後2時から千代田放送会館の2階ホールで記者会見を行い、「委員会決定」を公表した。25社47人が取材した。
会見では、三宅委員長が委員会の判断と結論のポイントを説明した。
続いて、小山委員が次のように述べた。
「この放送は、非常にインパクトの強い報道だった。断定的な形で、いわゆる回収リストが存在するとし、またやくざと言ってもいいくらいの団体という発言を引用している。本来必要な裏付け取材が行われないまま、局の説明によれば時間的な理由からだが、そのような断定的な報道が行われてしまった。
決定文中の、地方自治法の百条委員会云々の部分について補足しておく。国会には、いわゆる国政調査権があるが、それに相当するものとして、地方議会にはいわゆる百条調査権が認められている。これは、関係人の出頭や証言、記録の提出を要求でき、その拒否には、罰則が定められている。そのような委員会が公表した内容であれば、裏付け取材なしで引用することも出来るのではないかと思う。でもそうではなくて、一国会議員、あるいは一地方議会議員が自分で独自の調査を行った、その内容がソースになっている場合には、多分報道機関として裏付けは必要だろうと思う。
警察取材などでも、正式の記者会見で伝達された内容については、場合によっては裏付け取材がいらないと思うが、インフォーマルに得た情報については、やはり裏付けをしないと、仮にそれが誤報であった場合には、今回と同じような形になってくるのではないかと思う」と述べた。
曽我部委員は次のように述べた。
「1点補足したいと思うのは、今回の決定は、名誉毀損の成否と放送倫理上の問題という2つの論点を取り上げているが、結論については放送倫理上の問題とし、勧告もそちらを理由にしている。放送人権委員会は、名誉毀損、プライバシー侵害という人権にかかわる判断だけではなくて、放送倫理の問題についても判断をするということはご承知のとおりだが、どちらの問題が前面に出てくるかというのは事案によって異なり、必ずしも人権の問題を優先するということにはならないのかなと思う。
今回の事案では、事後的な放送によって問題のリストがねつ造であったことは、少なくとも大阪市民には周知されているということなので、その限りで申立人の名誉というのは、かなり回復されているのではないかと。名誉毀損としては、結果としてそれほど深刻なものではなかったかもしれないと、これも断定は出来ないところですけれども。
それよりも、むしろ取材から編集、それから続報のあり方の一連のプロセスにおいて、いろいろ問題があったのではないか。そちらのほうが重要ではなかったかというような認識の下にこのような決定をしたと、個人的には理解している」と述べた。
このあと出席者から質問を受けて委員が答えた。主なやり取りは以下のとおりである。
(質問)
申立人は、謝罪と放送内容の訂正を要求していたと思う。謝罪については、決定文で10ページで民法723条について考察をしているが、放送法9条1項の訂正については記述がない。これは訂正放送は局が主体的に判断するからということなのか、それとも、名誉毀損を指摘するよりも放送倫理上の問題を結論にしたので、書いていないということなのか。
(三宅委員長)
本件は、基本的には名誉毀損に該当するが、事後報道がかなり度重なってされているので、事実上の訂正もされて、申立人の社会的評価の低下が一定程度回復されているとみることもできると判断している。放送法上の訂正放送のことまで判断せずに、放送倫理上の問題としての扱いに判断を収れんしたということである。
(質問)
決定文にある朝日放送と他社の報道との違いの点だが、リストの情報を入手しながら報道を控えた社もあり、また後追いの報道では指摘されているような「やくざ」というような表現もおそらくなかったと思う。あるいは、リストの疑惑の度合いが強調されていたという部分で、朝日放送の報道の方はより断定的で、より名誉毀損的だ、そういう違いがあるという理解でいいか。
(三宅委員長)
そういう含みもあるが、ただ本件申立ては朝日放送だけを問題にしているので、他社の報道内容を全て精査したわけではない。決定文に書いてあること以上の踏み込んだ判断はしていない。
(質問)
申立人が、他のテレビ局の報道に対して申立てをしなかったか理由はあったのか。
(小山委員)
ヒアリングで聞いた限りでは、他の局は表現の仕方が違っていたとか、自分のところへ取材に来てから放送していた、そういうことは述べていた。
(質問)
裏付け取材が十分ではなかったと書かれているが、逆に言えば、労組に対して取材をすれば、それは容易に真実ではないと分かったということか。
(小山委員)
申立人を取材すれば、回収リストは自分たちが作成したのではないという答えが返ってきたと、予想出来ると思う。放送日の2月6日よりも前に、別の局が取材した時に、申立人はそのような回答をしているようなので、多分2月6日に取材しても同じような回答ではなかったかと。その上で、どう処理するかは局の問題なのでよく分からないが、放送内容が変わっていたということも考えられる。
(質問)
取材をしていない理由として、朝日放送は時間がなかったと言っているが、それについて委員会は朝日放送になんらかの意見を言ったのか。
(小山委員)
時間がなかったということは、午前中に市議会議員の動きを取材しており、結果的に放送までに申立人側を取材することが出来なかったということだが、委員会を納得させるような説明がなかったので、今回のような決定文の記述になった。おそらく取材しなかった理由、事情等々あると思う。決定文で「委員会に提出された資料等においては」という、ある種の限定をしているが、その趣旨というのは、提出された書面やヒアリングの範囲では、説得力がある説明がなかったということである。
(質問)
「決定の概要」で、「『スクープ』として疑惑を真実であるかのように断定的に報じ」と書かれているが、「スクープ」という表現に、疑惑を断定的に報じるということの強調としての意味合いがあるのかどうか。報道する側にすれば、「独自ダネ」の意味で使っている言葉だと思う。決定では、この疑惑はさらに真実であると、付加するような意味合いで書かれているが、見解を聞きたい。
(小山委員)
「決定の概要」部分はあくまで要約で、「委員会の判断」部分、6ページの(b)のところを読んでいただければ、「『朝日放送のスクープです』と強調され、本件報道の真実性が強く印象付けられていることもあわせ考えると」と書いている。「スクープ」という言葉が、直ちに「疑惑」の「真実性」を高めたと言っているわけではない。
(質問)
1点は、「勧告」さらに「放送倫理上重大な問題あり」ということで、重い軽いでいえば、委員会の判断として、これ以上重いものはないという理解でいいのか。
また、今回確かに名誉毀損はしているが、最終的な結論としては名誉毀損と認定はしない。その理由というのは、結局、事後に名誉が一定程度回復された、社会的評価の低下が一定程度回復されたということだとすると、つまりどれだけ厳しい名誉毀損があったとしても、事後放送でちゃんとカバー出来ればよいということになってしまう。では一体名誉毀損が認定される場合はどういうケースなのかなと、何でも事後放送で回復すればいいのかいう疑問がわく。
(三宅委員長)
勧告で放送倫理上重大な問題ありというのは、判断のグラデーションでは、一番重い判断である。
それから「名誉毀損には該当するものの」という点だが、本件については、名誉毀損であるとはっきり言っているので、結論を名誉毀損をベースに判断するかどうか考えたが、名誉毀損として改善勧告を求めるよりは、放送倫理上の問題として決定文11ページで述べた4点の改善勧告をして、今後の放送に生かしていただくということで判断したほうが、今回の事案ではふさわしいと思った。
したがって、名誉毀損について、事後放送で回復されているからよいというような判断はしていない。委員会決定第40号の「保育園イモ畑の行政代執行をめぐる訴え」で「名誉毀損の疑いが強い」にとどめ、しかし重大な放送倫理違反という判断をしたこともあり、これが最初のケースでもない。先例にのっとりながら、放送倫理上の問題として改善勧告を出すほうがふさわしいという判断をした。