放送人権委員会

放送人権委員会 議事概要

第196回

第196回 – 2013年4月

「イレッサ報道」事案と「国家試験」事案に関する「委員会決定」の通知・公表の報告
審理要請案件「宗教団体会員からの申立て」審理入り決定…など。

3月末に相次いで行われた「肺がん治療薬イレッサ報道への申立て」事案と「国家試験の元試験委員からの申立て」事案に関する「委員会決定」の通知・公表について、それぞれ事務局から報告した。審理要請案件「宗教団体会員からの申立て」について、審理入りが決まった。

議事の詳細

日時
2013年4月16日(火)午後3時~5時15分
場所
「放送倫理・番組向上機構 [BPO] 」第1会議室(千代田放送会館7階)
議題
出席者

三宅委員長、奥委員長代行、坂井委員長代行、市川委員、大石委員、小山委員、曽我部委員、田中委員、林委員

1.「肺がん治療薬イレッサ報道への申立て」事案の通知・公表の報告

3月28日に行われた本事案に関する「委員会決定」の通知・公表について、事務局がまとめた資料をもとに報告した。また、当該局であるフジテレビが決定について報じた当日の番組同録DVDを視聴した。
これに先立ち、通知は3月28日午後1時から千代田放送会館7階のBPO第1会議室で行われた。三宅委員長、起草委員の山田委員、市川委員、田中委員、少数意見を執筆した林委員の5人が出席し、申立人側は申立人本人と代理人弁護士3人、被申立人は報道局専任局次長ら4人が同席した。
三宅委員長が決定文の要所、要所を読み上げる形で委員会の判断を示し、「本件放送には、法的な意味での名誉毀損・人格権侵害はなかったとともに放送倫理上問題があるとまではいえない」との結論に至ったと述べた。しかしながら、申立人を含む番組中の登場人物の対比のさせ方やコメントの使い方などについて、視聴者の誤解を招きかねない点があるなど放送の一部に配慮不足があったと認められること、また、申立人である取材対象者の思いを軽視して長年の信頼関係を喪失したことにつき、「十分に反省し、事前の取材・企画意図の説明や番組の構成・表現等の問題について再度検討を加え、今後の番組作りに生かすことを強く要望する」と述べた。また、本決定には、この多数意見と結論を異にし、「放送倫理上問題がある」とする2名の委員の少数意見も付記されていることを伝えた。
続いて申立人は、「国が認めた薬である以上、効く人がいるのは当たり前だ。にもかかわらず、これだけ多くの人々が亡くなっている。これをどのように改革していくかということが重要だと思い、私は申立てを行った」と述べた。被申立人は、「指摘された点を真摯に受け止め、よりよい報道ができるよう努力していきたい」と述べた。
その後、改めて個別に感想などを聞いた。申立人側は、代理人が「少数意見も付けていただいたので、これを今後の活動に活かしていきたい」と述べた。また、被申立人側は、「まだ十分に読み込んでいないが、指摘された点は、今後、ニュース報道の中で意識していきたい。また、読み込んだ上で意見があれば申し上げたい」と述べた。
この後、午後2時から千代田放送会館2階ホールで記者会見を開き、決定内容を公表した。記者会見には17社39人が出席し、テレビカメラ6台が入った。初めに三宅委員長が決定の主要部分を紹介し、続いて起草に携わった委員が一言ずつ述べた。市川委員は判断のポイントとなった2点について説明した。1点目の申立人の娘と番組に登場した肺がん患者を、前提条件を詳しく説明しないまま対立的に描いた点については、視聴者に誤解を与える可能性はあるが、限られた時間内という条件等を考えると放送倫理上問題があるとまではいえないと判断したこと、2点目の申立人と局との関係については、多数意見は放送倫理上問題はないと判断したが要望は付けたことを述べた。山田委員は、委員会はあくまでも放送された番組から判断するのでこのような結論になっているが、放送に至る過程において報道機関にとって重要な被取材者との信頼関係の喪失という事態を招いたことを重く受け止めて欲しい旨述べた。田中委員は、「申立人が最も大事にしている主張があまり重視されていない点が残念だった。お互いに議論して理解し合い、確認し合う作業が必要だ」と述べた。続いて少数意見を執筆した林委員が、「放送倫理上問題あり」と、多数意見とは異なる結論を下した理由を説明した。林委員は、「判断の理由は多数意見とほとんど同じであるが、結論が異なったのは、放送倫理の定義の仕方が異なるからだろう。問題提起の意味もあって、『取材対象者への誠実さ』『取材対象者との了解志向性の有無』『コメントの使い方、および放送全体の文脈から生まれるその印象の妥当性』の3点から放送倫理を定義し、結論を出した」と述べた。
記者との質疑では2、3の質問が出た。「放送倫理上問題があるとまではいえない」という表現と「放送倫理上問題がない」という表現が混在していることについての質問には、三宅委員長が「微妙にニュアンスが違うので表現を変えた。我々の悩みの表れとも言える」と答えた。また、要望に至る経緯が難しくてわかりにくいとの声に対しては、三宅委員長が「そもそも事案が複雑で、映像なしで理解するのは難しい。『取材対象者に対し、常に誠実な姿勢を保つ』ということをどう考えるかによって、多数意見と少数意見は分かれた。多数意見は『編集の自由』ということを考えると、放送倫理上問題があるとはストレートには言いにくいと判断した」と答えた。起草主査を務めた山田委員がそれを補足して、決定文の構成に沿って判断のポイントと結論を説明した。最後に「被取材者との信頼関係の喪失」と表現された事態についての具体的な説明を求める質問があり、山田委員が回答して、会見は終了した。

2.「国家試験の元試験委員からの申立て」事案の通知・公表の報告

3月29日に行われた本事案に関する「委員会決定」と通知・公表について、事務局がまとめた資料をもとに報告した。また、当該局であるTBSテレビが決定について報じた当日の番組同録DVDを視聴した。
通知は3月29日午後2時からBPO会議室で行われ、三宅委員長、坂井委員長代行、林委員が出席し、申立人とその代理人、被申立人のTBSテレビからは番組プロデューサーら3人が同席して行われた。
決定は「見解」として、名誉毀損・信用毀損には当たらず放送倫理上の問題があったとはいえないと判断したが、表現内容等について再検討し今後の番組作りに生かすよう要望した。なお、本決定には放送倫理上問題があったとする少数意見が付記された。
三宅委員長が、決定文をポイントに沿って読み上げ、少数意見についても説明した。決定を受けた申立人は「私としては、BPOの判断を信頼して申し立てたので、判断は率直に受け止めたい」と述べた。TBS側は「少数意見についてはしっかり精査させていただきたい」と述べた。
このあと、申立人、TBS側と個別に意見交換を行った。
TBS側に対して坂井委員長代行は「今回の試験委員の方はこの問題では公人だろうが、高級官僚や政治家のように権力を持った方ではないことも考慮すべきだったと思う。権力者を相手にしたときは、かなりきっちり事実関係を押さえた上でみんなが納得できるように批判したほうが、批判が力を持つし反撃を受ける隙がなくなるだろうと個人的には思う。そういう主旨で少数意見を書いたことをご理解いただきたい」と述べた。
また、林委員は「申立人の映像をスローモーションをかけて使ったりしている点は、多数意見で放送倫理上問題なしとはしましたが、視聴者としては非常に気になったところで、必要のないような映像の使い方は検討していただきたい」と述べた。
その後午後3時からBPOに近い都市センターの会議室で記者会見を行い、「委員会決定」を公表した。18社が取材した。
三宅委員長が決定文を説明、坂井委員長代行が少数意見を説明した。
記者から「多数意見が結論なのに、少数意見が強調されている感じがする」という質問がでた。三宅委員長は「多数意見と少数意見で対立する点はあるが、問題点の把握というレベルではほぼ同じである。ただし、最後のところで公人であれば一般人よりも受忍する幅が広いだろうと判断し、放送倫理上問題ありとまではいかないだろうというのが多数意見である。そのポイントは何かといえば、申立人は国家試験の試験委員であり試験委員会副委員長という立場で、一般私人とはかなり違うという点で判断の違いが出てきたと思う。ただし、番組の作りからすると、少数意見でかなり強調されている点については、多数意見でもやはり全般的に要望しておかなければいけないという判断、認識はあった。公人に関する放送だから倫理違反にはならなかったが、一般私人の放送であった場合は、かなり状況が変わったというニュアンスもあるので、こういう意見は考慮して欲しいということを多数意見の中に書いた」と述べた。
三宅委員長はさらに質問に答え「我々が扱う放送倫理の問題は非常に微妙である。名誉毀損にはならない場合も放送倫理を委員会は考えるが、その放送倫理のとらえ方が微妙なケースが多く、このケースは本当に微妙なケースだったと思う。今回はもうひとつ公人というファクターがあり、公人だと甘受しなければならない範囲がどこまでかという問題がある。非常に微妙で悩ましい案件だったので、多数意見と少数意見に分かれたと思う」と述べた。
坂井委員長代行は、委員長の発言を補足するとして「少数意見は、試験問題の漏えいなどの事実の摘示があったとは認められないから名誉毀損は成立しないが、視聴者にそういう事実が放送されたとの印象を与える部分が存在すると判断した。事実摘示があったとまではいえないが、それに近い印象を与えたことは、放送倫理基本綱領や日本民間放送連盟の放送基準に照らすと、放送倫理上問題だと判断した。公人の職務に関する報道という点では少数意見も同じだが、やっぱり限度を超えてはダメです。事実摘示とほぼスレスレのことをやって誤った印象を与えたということで、放送倫理上問題があったという結論になった」と述べた。

3.大津いじめ事件報道への申立て事案の審理

本事案は、フジテレビが2012年7月5日と6日の『スーパーニュース』において、大津市でいじめを受けて自殺した中学生の両親が起した民事訴訟の口頭弁論を前に、原告側準備書面の内容を報道した際、加害者とされる少年の実名部分にモザイク処理の施されていない映像が放送され、少年の名前を読み取れる静止画像がインターネット上に流出したとして、少年と母親が放送によるプライバシーの侵害を訴え、局に謝罪等を求めて申し立てたもの。この日の委員会では、双方の主張を確認し、起草委員がまとめた本事案の論点について各委員が意見を述べるなど議論を深めた。次回も審理を続行する。

4.大阪市長選関連報道への申立て事案の審理

本事案は、朝日放送が2012年2月6日の『ABCニュース』(午前11時台)において、「大阪市交通局の労働組合が、去年の大阪市長選挙で現職市長の支援に協力しなければ、不利益があると職員を脅すよう指示していた疑いが独自取材で明らかになりました」との前説で伝えたニュースについて、交通労組と組合員が名誉や信用を毀損されたとして謝罪等を求めて申し立てたもの。内部告発者から入手したというリストをもとにしたスクープ報道だったが、その後リストは内部告発者自身がねつ造したことが分かった。
朝日放送は「疑惑が出たこと自体視聴者に知らせるべきニュースであり、弊社を含むすべての報道機関が第一報として報道している。労組が関与していなかったことは続報で明らかにしている」等と主張している。
今月の委員会では双方から提出された書面等をもとに、放送内容に名誉毀損が認められるかどうか、裏付け取材は十分だったのかどうか議論した。また、朝日放送がその後の一連の報道において、リストがねつ造で労組の関与がなかったと報じていることを、本件申立てとの関係でどう判断するかについても意見を交わした。
次回委員会も審理を続ける。

5.審理要請案件「宗教団体会員からの申立て」~審理入り決定

放送人権委員会は4月16日の第196回委員会で、上記申立てについて審理入りを決定した。
対象となった番組はテレビ東京が2012年12月30日に放送した『あの声が聞こえる~麻原回帰するオウム~』。番組は、オウム真理教の後継団体アレフが「麻原回帰」を鮮明にし、新たな信者獲得に動く中、なぜ多くの若者が入信するのかを主なテーマに、元最高幹部のインタビューや現役信者や家族らを取材した映像等を中心に放送した。
この放送に対し、番組で紹介された男性が、個人情報を公開されたうえ、「何の断りもなく、公道で盗撮された私の容貌・姿態を放送され、自宅アパートの所在・外観を特定可能なかたちで放送され、容易に判別可能な顔写真数枚を放送された」等と抗議する文書をテレビ東京に送ったうえで、20日以上回答がなかったため、プライパシーの侵害を訴える申立書を委員会に提出した。また男性はテレビ東京に対し、番組を制作、放送したことについて、非を認めて直接謝罪し、番組を二度と放送しないと誓約するよう求めた。
これに対しテレビ東京は、「番組はオウム真理教の後継団体アレフの現状を伝えることなどを目的とした公益にかなうもので、取材も両親などから承諾を得てすすめている」として、申立人の求めには応じかねると回答。このため男性は、「当事者間の解決は極めて困難だと思われる」として最終的に委員会の審理に委ねる文書を提出した。
テレビ東京はその後委員会に提出した「見解」書面で、「公安調査庁の観察処分の対象となっている団体の実態を明らかにするには、私たちのとった取材手法以外に方法はなかった。編集に際しては、男性の映像や音声、写真には加工を施すなど人権の保護に配慮して放送し、問題はないと判断している」等と、反論している。
委員会は、委員会運営規則第5条(苦情の取扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入りすることを決めた。
次回委員会より実質審理に入る。

6.その他

次回委員会は5月21日(火)に開かれることとなった。

以上