「ペットサロン経営者からの申立て」に関する委員会決定
2023年2月14日 放送局:日本テレビ
見解:要望あり(少数意見付記)
対象となったのは、日本テレビが2021年1月28日に放送した『スッキリ』。ペットサロンで預かっていたシェパード犬がシャンプー後に死亡した問題について放送した。この放送に対し経営者は、虐待死させたかのように印象付け名誉を侵害したとして申立てを行った。局側は名誉を侵害していないと反論していた。委員会は審理の結果、人権侵害は認められず、放送倫理上の問題もあるとまで言えないと判断した。そのうえで、日本テレビに対して、経営者への直接取材実現にむけてもう一歩の努力がなされるべき事案であり、直接取材の重要性をあらためて認識して今後の番組制作にあたるよう要望した。
【決定の概要】
本件は、日本テレビが2021年1月28日に放送した情報番組『スッキリ』が、同月12日にペットサロンでシェパード犬がシャンプーを受けた後に死亡した件を取り上げたことに対し、申立人が、自らが犬を虐待死させたと印象付けるもので、事実に反する放送により名誉を侵害されたとして、申立てを行った事案である。
本件放送では、同日、申立人が経営するペットサロンにおいて、犬の首輪を手すり(シンクの金具)に付けた状態で約2時間にわたり押さえつけてシャンプーした後、犬が動物病院に運ばれたが死亡したこと、従業員に対し、逆らえば「辞めてもいい」などと述べる日頃の申立人の発言等が関係者のインタビューを交えて紹介される。飼い主は、申立人から犬は事故で死亡したと説明されたが、シャンプーに同席した学生は虐待があったと教えてくれたと語る。この間、「愛犬急死 経営者“虐待”シャンプー?」など画面に表示されている。これに続くスタジオトークでは、コメンテーター等からほぼ一方的に申立人を非難する発言が相次いだ。
本件について、委員会は、名誉権侵害の問題に加えて、申立人への直接取材が実現しないまま放送されたことの放送倫理上の問題について、概要、以下のとおり判断した。
まず、本件放送では申立人の氏名等が匿名化されていたが、SNS上で拡散されていた情報が取材の端緒であったとの背景もあり、申立人及びペットサロンの特定は容易であったと判断する。
本件放送を見て、一般的な視聴者はシャンプー行為の中で「虐待」があり、犬の死亡原因になったと認識すると考えられ、本件放送は申立人の社会的評価を低下させる。
そこで次に、本件放送について、日本テレビに真実性の抗弁または相当性の抗弁が認められるかが問題となる。
ここで「虐待」の中核となるのは、犬の首輪を手すりに付けた状態でシンク内に伏せをさせて、約2時間にわたり犬を押さえつけながらシャンプーし、犬の頭にシャワーを繰り返しかけたこと及びこれにより犬が死亡したこと(因果関係)と捉えられる。
この点につき、申立人は、シャンプー行為の一部を途中から手伝ったに過ぎなかったなどと述べている。これに対し、日本テレビは、上記のような放送内容について、ペットサロン関係者ら及び飼い主等から放送内容全般につき矛盾のない取材結果が得られていたとして詳細に説明した。その内容に格別の不審はなく、放送で示された各事実があると日本テレビが信じたことについて、少なくとも、相当の理由があったと判断される。
以上より、本件放送は申立人に対する人権侵害に当たらない。
次に、委員会は、本件放送に当たって、日本テレビが、申立人の言い分を直接取材し得ないまま放送に踏み切ったことにつき、放送倫理上の問題を検討した。
委員会はこれまで、取材・報道に当たっては、原則として、報道対象者に報道の意図を明らかにしてその弁明を聞くことが必要であると指摘してきた。
他方、速報性も重要な要素の一つであり、対象者が直接取材に応じるまでの間は一切放送・報道できないとの結論は妥当でなく、例えば、真摯な申入れをしたが接触できない、応じてもらえない場合、適切な代替措置が講じられた場合(当事者が当該対象事実について公表したプレスリリース等の掲載や、その他の方法による本人主張・反論の十分な紹介)、緊急性がある場合、本人に対する取材が実現せずとも確度の高い取材ができている場合などは、これら内容を含めた諸事情を総合考慮して、本人取材を不要とする余地があると解される。
本件で、日本テレビは、申立人に取材を申し入れたほか、申立人の携帯電話にも2度電話をかけた(取材経緯・時系列の詳細は「Ⅱ.委員会の判断」参照)。また、民事紛争の一方当事者の主張に依拠した放送には慎重である必要があるが、申立人と共にシャンプー行為に当たった従業員らを含むペットサロン関係者5名から迫真的な告白を含む取材をしていた。また、ホームページに掲載された申立人の謝罪・反論コメントのほぼ全文を本件放送で紹介しており、直接取材の全面的な代替とはならずとも、一定の意義を認め得る。
本件放送は、「シャンプー行為に起因して、犬が死亡した」との事実に加えて、ペットのしつけに関する申立人の信念に対する批判も含む、申立人の社会的評価を低下させる内容であったので、本来、直接取材が要請される事案としてもう一歩の努力がなされることが望ましかったが、その上で、委員会は、以上に列挙した要素を含む諸事情を総合的に評価したとき、申立人に対する直接取材が実現しなかったことをもって、放送倫理上の問題があるとまでは言えないと判断する。
結論として、委員会は、本件放送には人権侵害は認められず、また、放送倫理上の問題があるとまでは言えないと判断する。
ただし、本事案が、直接取材を実現すべくもう一歩の努力がなされることが望ましい事案であったことを踏まえて、委員会は、日本テレビに対し、対象者に対する直接取材の重要性をあらためて認識して今後の番組制作に当たることを要望する。
2023年2月14日 第78号委員会決定
放送と人権等権利に関する委員会決定 第78号
- 申立人
- 福岡県在住のペットサロン経営者
- 被申立人
- 日本テレビ放送網
- 苦情の対象となった番組
- 『スッキリ』
- 放送日
- 2021年1月28日
- 放送時間
- 8時~10時25分のうち8時33分から8時55分までの22分間
【本決定の構成】
I.事案の内容と経緯
- 1. 放送の概要と申立ての経緯
- 2. 本件放送の内容
- 3. 論点
II.委員会の判断
- 1.匿名化・モザイク処理について
- 2.本件放送による社会的評価の低下について
- 3.本件放送による名誉毀損の成否について
- 4.放送倫理上の問題点の検討
III.結論
IV.放送概要
V.申立人の主張と被申立人の答弁
VI.申立ての経緯および審理経過
2023年2月14日 決定の通知と公表の記者会見
通知は、2023年2月14日午後1時からBPO会議室で行われ、午後2時から千代田放送会館2階ホールで公表の記者会見が行われた。詳細はこちら。
- 「補足意見」、「意見」、「少数意見」について
- 補足意見:
- 多数意見と結論が同じで、多数意見の理由付けを補足する観点から書かれたもの
- 意見 :
- 多数意見と結論を同じくするものの、理由付けが異なるもの
- 少数意見:
- 多数意見とは結論が異なるもの
放送人権委員会の「委員会決定」における「補足意見」、「意見」、「少数意見」は、いずれも委員個人の名前で書かれるものであって、委員会としての判断を示すものではない。その違いは下のとおりとなっている。