放送倫理検証委員会

放送倫理検証委員会 委員会決定

委員長談話

番組内容が広告放送と誤解される問題について

2020年10月30日

放送倫理検証委員会
委員長 神田安積

1. はじめに

 委員会は、これまで、「長野放送『働き方改革から始まる未来』に関する意見」(2019年10月7日付第30号。以下「決定第30号」という)及び「琉球朝日放送と北日本放送の単発番組に関する意見」(2020年6月30日付第36号。以下「決定第36号」という)において、番組内容が広告放送と誤解されることに関する問題(以下「本問題」という)についての基本的な考え方を示してきた。
 そして、①秋田放送が制作し2019年10月26日に放送した30分のローカル単発番組『そこが知りたい!過払い金Q&A』(以下「本件番組①」という)及び②山口放送が制作し、秋田放送が山口放送から購入して同年10月19日に放送し、また山口放送においても同年5月25日及び同月29日に放送した30分のローカル単発番組『“見ねれば”損!損?過払い金びっくり講座!PART2』(以下「本件番組②」という。以下、本件番組①・②を「本件番組」と総称する)について、2020年5月の委員会(第148回)以降計6回にわたり本問題に関する討議を重ねてきた。
 討議の過程においては、本件番組を両局から購入して放送した局があり、また、本件番組を1社提供した弁護士法人X法律事務所(以下「X法律事務所」という)が提供する類似した番組を制作放送した局またはその番組を購入して放送した局がいずれも相当数存在することが報告され、本件番組が内包する本問題が全国的な広がりを有し、日本民間放送連盟(民放連)加盟各社が直面している共通の課題であることを改めて認識するに至った。
 そこで、10月の委員会(第153回)において、民放連加盟各社及び民放連に対する要望を含めて、本問題に関する委員の総意を改めて示すことが適切であると考え、委員長談話として明らかにすることとした。また、本件番組については放送倫理違反の疑いがあるのではないかとの指摘はできるものの、討議にて終了し、審議入りしないとの結論に至った。なお、本件番組に関する討議の詳細は委員会の議事概要に掲載することをもって代えることとする。

2. 委員会からの要望

 民放連の放送基準第92条は、「広告放送はコマーシャルによって、広告放送であることを明らかにしなければならない。」と定めている。冒頭にも述べたとおり、委員会は、3局の事案に関する2つの意見書において、本問題に関する基本的な考え方を示してきた。特に、決定第36号では、「番組と広告の違い、その境目を認識し、緊張感を持って一線を画す日々の作業は部署を問わず、すべての民放関係者が肝に銘じるべき根本ではないか」との決定第30号の一文を今一度引用したうえで、「『番組と広告の境目』をめぐる問題の対応策についても、民放連や民放各局の自主的・自律的な精神と姿勢で検討されるよう望みたい」との要望の意を表明した。
 同時に、委員会は、視聴者に広告放送であるとの誤解を招くような内容・演出になっていないかを局が判断する際、民放連が2017年に策定した「番組内で商品・サービスなどを取り扱う場合の考査上の留意事項」(以下「留意事項」という)において「総合的に判断する必要がある」とされていることを重視し、各意見書における個別的・具体的な判断がいわば新たな一般的な基準として独り歩きし、その結果、番組制作を必要以上に制約することがないように、両意見書において基本的な考え方を示すにとどめてきた。しかし、その結果、両意見書の通知・公表時の記者会見や意見交換会、事例研究会等において、少なからぬ局から、「どのようにすれば広告放送であるとの誤解を招かずに済んだのか」「番組と広告の境目を画するより明確な基準を示してほしい」という質問や要望が出されるに至っている。
 たしかに、留意事項が策定されて既に3年以上が経過しているとはいえ、本問題が短期間にクローズアップされたこともあり、また、民放連の説明によると、留意事項は対価の有無にかかわらず適用されるとのことであり、この点がまだ十分に浸透されていないことにも鑑みれば、問題点の整理や自主的・自律的な対応を講じるために一定の時間的な猶予が必要であると思われる。
 しかし、上記の要望の背景にかかる事情があるとしても、視聴者との約束である放送基準を策定し、また、適切に運用 するのはもとより委員会ではなく、放送事業者や民放連の役割であることからすれば、委員会が上記の要望等に応えることは適切ではない。そもそも委員会は、放送事業者自身がその自由を確保し、その自律を促すための仕組みの中に位置づけられた組織である。また、放送事業者は、放送の自由を生かし、その使命を果たすために、自らの手で放送倫理を具体化し、問題が生じれば、自主的・自律的に方策を講じる責任がある。
 したがって、本問題についても、放送事業者や民放連が、委員会がこれまで示してきた基本的な考え方を参照し、自ら問題点を整理したうえで、自らの手で処方箋を出すことが望ましいものと考える。そして、このような自主的・自律的な取り組みが期待できるのであれば、その成果を待つべきであろう。
 この点に関し、民放連は、2020年3月6日付で、放送基準審議会議長名による「放送基準審議会から放送基準の遵守・徹底のお願い」と題する文書を会員社宛に発出し、その中で「番組と広告の識別」の問題を取り上げて、「番組の企画から放送前の考査まで、社内横断的なしっかりとした体制を構築し、放送の価値向上と収益の確保に尽力していただきたい」と注意喚起し、併せて、「演出や構成などには大いに工夫の余地がある」ことを指摘するとともに、「会員社の皆さまの声に耳を傾けながら、丁寧に対応してまいります」と表明するに至った。この表明からは、留意事項が策定されたときと同様に、同種の事案が今後生じ得ることを前提として、本問題に関する放送局の現場の声を集約しながら、改めてこの問題に向き合う必要があるという民放連の自覚と決意がうかがわれる。
 そこで、委員会は、当面、本問題に対する民放連加盟各社及び民放連の自主的・自律的な取り組みを注視することとしたいと考えるに至った。当然のことながら、この判断は本問題にかかる放送倫理違反の疑いを今後一律に不問に付すことを意味するものではない。
 この結論に至るまでの委員会の議論では、すべての局が必要十分な自主的・自律的な対応を取るとは限らず、中には適切な対応を取らない局が出る可能性もあるのではないか、また、一見対応が取られたように見えても、留意事項に例示された事項をチェックリスト化することをもって十分と考え、様々な要素を踏まえた総合的な検討を怠る局が出るのではないか等の懸念の声が上がったのも事実である。実際、最近の意見交換会等における各局との質疑応答からは、留意事項に例示された基準や3局の事案に関する2つの意見書を形式的にマニュアル化しようとする傾向がうかがえることも否めないところである。
 しかし、番組と広告の識別には、抜け道を探すような後ろ向きの対応が求められているのではない。留意事項にも明記されている「民放の信頼やメディア価値の根幹」を維持・発展させるために、自主的・自律的な「攻めの対応」が求められているのである。そして、判断の当否に迷うことがあれば、本問題の原点に常に立ち返ることが求められる。それは、なぜ番組と広告を識別しなければならないのか、なぜ番組と広告の識別が「民放の信頼やメディア価値の根幹」に関わるのか、を考えることに他ならない。
 「広告」は、商品やサービスを視聴者に対して訴求し、その購買を誘引するために、スポンサーが主体となって制作されるものである。これに対し、「番組」は、放送局が主体となって、独立した立場で内容を吟味して制作しているとの視聴者からの信頼を前提として放送されている。ところが、「番組」の中に「広告」の要素が混在し、「番組」と「広告」の識別が困難になればどうなるか。視聴者の商品・サービスに対する判断を誤らせ、ひいては視聴者の放送事業者に対する信頼や番組の内容に対する信頼が損なわれてしまうのではないか。放送の社会的影響力の大きさ、そして視聴者の保護の観点をも踏まえ、番組と広告との識別の意義の重要性を今一度問い直すべきではないか。そのうえで、各局において、編成・制作・営業・考査がそれぞれの立場から多角的に相互にチェックすることが求められるのではないか。
 このような議論をする中で、委員会は、本問題にはもとより唯一の答えはなく、不断の議論こそが大切であることを痛感させられた。各局においても、制作・放送に携わる一人一人においても、番組と広告を識別しなければならない意義を常に自問自答し、その原点に立ち返る姿勢がない限り、たとえ対応策を講じても問題は再発し、民放の信頼は損なわれ、メディア価値の根幹も傷つき修復が困難になることだろう。
委員会は、民放連加盟各社及び民放連が、番組と広告の識別の意義を踏まえ、現場の声にも耳を傾けながら、留意事項に照らして「総合的に判断する」姿勢を深化させる取り組みを実行することを期待する。そして、今後も本問題に対する自主的・自律的な対応に重大な関心を持ちながら、その取り組みを見守りたい。

以上

委員長談話全文(PDF)pdf