在阪テレビ・ラジオ各局と意見交換会開催
放送倫理検証委員会と在阪のテレビ・ラジオ10局との意見交換会が、2020年2月26日大阪市内で開催された。放送局の参加者は10局74人、委員会からは神田安積委員長、升味佐江子委員長代行、長嶋甲兵委員、中野剛委員、西土彰一郎委員、巻美矢紀委員の6人が出席した。放送倫理検証委員会が大阪で意見交換会を開くのは2014年11月以来である。
開会にあたり、BPO事務局を代表して濱田純一理事長が「BPOの役割は、放送の自由、放送の責任を担っている現場の皆さんを後押しすることである。決定を出す背景にある委員会の議論や思い入れを知ってもらい、また局側からも言いたいことをフィードバックして、双方向の流れを作る意見交換会にしたい」と挨拶した。
意見交換会の前半は、2019年度の委員会決定から、「読売テレビ『かんさい情報ネットten.』『迷ってナンボ!大阪・夜の十三』に関する意見」(委員会決定 第31号)、「関西テレビ『胸いっぱいサミット!』収録番組での韓国をめぐる発言に関する意見」(委員会決定 第32号)、「長野放送『働き方改革から始まる未来』に関する意見」(委員会決定 第30号)の3事案を取り上げ、担当委員からの説明と質疑応答を行った。
「読売テレビ『かんさい情報ネットten.』『迷ってナンボ!大阪・夜の十三』に関する意見」について、まず、審議の対象となった番組部分のVTRを視聴した。その後、担当の升味委員長代行が意見書の要点を説明したうえで、「街ブラ企画では事前に取材対象が決まっているわけではないので、現場にアンテナの立っている人がいないと問題のある個所がそのまま通ってしまうことになる。編集の段階で複数の目でチェックする体制が維持できなかったことも問題があった。社会ではLGBTなど性的個性に触れることに敏感になっているのに、どうしてピンとこなかったのか、ヒアリングでも決定的な要因は見つからなかった。日々番組を作る人たちがアンテナを張っていないと問題点を指摘するのは難しい。アンテナが立つようにするには研修なども必要だが、現場で意見交換や違った価値観のスタッフの話を聞くことが必要だと思う。現場ではそうした余裕がないようだ」と述べた。続いて同じく意見書を担当した長嶋委員が「情報バラエティー番組と報道番組の境界線があいまいになってきていて、それぞれの番組作りのやり方が混ざり合うところで問題が起こっていると感じる。それをマイナスに捉えず、お互いの専門分野の知見と経験を生かし合ってよい番組を作る方向があるのではないか。今年度は意見書の数が増えたが、放送界にとってはむしろよいことだと捉え、これまでの番組の作り方や中身を検討し直す機会にしてほしい」と述べた。参加局からは「取材対象者は特に不愉快と感じていなかったそうだが、それでも問題なのか」と質問があり、升味委員長代行が「取材対象者がどう思っても、テレビが他人のセクシュアリティを詳しくしつこく聞くのは社会に対する影響から考えてまずいと思う」と答えた。
「関西テレビ『胸いっぱいサミット!』収録番組での韓国をめぐる発言に関する意見」については、冒頭で審議の対象となった番組部分のVTRを視聴した。その後、担当の中野委員が意見書の要点を説明したうえで、「『韓国ってね、手首切るブスみたいなもんなんですよ』という発言を放送に残すことになった局内でのやり取りを意見書にしっかり書いた。また、放送後、局が自律的に『様々な感じ方をされる視聴者の皆様への配慮が足りず、心情を傷つけてしまう可能性のある表現で、そのまま放送した判断は誤りだった』とする見解に至った経緯にも詳しく触れた。意見書の内容がもし制作現場に十分に受け止められていないとすれば、それを埋めるのは局の仕事で、放送倫理規範を現場に浸透させていく活動をこれからも行っていただきたい」と述べた。また同じく意見書を担当した巻委員は「社会の多数派にとっては何気ないような表現であったとしても、当事者、特にマイノリティにとってはそれが自尊を傷つけるようなことがあるということを、改めて当事者の立場に立って、想像力を駆使して今後の番組作りに生かしてもらいたい」と述べた。参加局からは「特定個人の発言が良くなくても、別の出演者が『そういうレッテル貼りはいけない』と発言すれば番組は成立するのではないか」と質問があり、中野委員は「この番組に関しては、ほかの出演者から『それは違うんじゃないか』といった発言はなかった。私たちは個別番組ごとに判断する」と答え、神田委員長は「番組の流れの中で放送倫理違反と判断した。『手首切る』『ブス』という2つの言葉自体が問題であると判断したものではなく、あくまでも発言全体の文脈の中で広く韓国籍を有する人々などを侮辱する表現だという結論に至ったものだ」と述べた。
「長野放送『働き方改革から始まる未来』に関する意見」については、まず、神田委員長が、民放連が2017年に策定した「番組内で商品・サービスなどを取り扱う場合の考査上の留意事項」の概要を含めて意見書の要点を説明したうえで、直前に開かれたBPOの事例研究会でも多くの質問が出たことを紹介した。参加局からは「テレビでは商品の露出に協力スーパーを入れたり、あるいは番組のバックボーンとしてそれを基に番組ができていたりなど、『タイアップ』と呼ばれる手法があるが、このタイアップについてはどういうところに留意すればよいか」と質問があり、神田委員長は、「個々の映像を前提としないで、タイアップという類型について一概に回答することは難しい。あくまで一般論としていえば、まず民放連の『留意事項』に照らし、『広告放送』であると視聴者に誤解されないように自主的・自律的に留意をしてもらうことが大切である。『留意事項』2の3つの要素はもちろんのこと、これらはあくまで例示であるので総合的に判断いただく必要がある。そして、結果として、放送倫理違反になる事例があるとしても、制作の過程で、『留意事項』に照らした議論をきちんとしていただければ、自ずと視聴者に『広告放送』と誤解されるような番組は減っていくのではないかと思っている。また、議論の経過をきちんと残しておくことにより、局が自主的・自律的な判断をしたことがきちんと説明できるのではないかと考える」と述べた。また別の参加局からの「どの部分がどういう違反になっているのか、どうあるべきだったか明快にされるべきではないか」という質問に対して、神田委員長は「長野放送の事案では、『留意事項』に照らし、最後の部分についてはかなり宣伝や広告に近いように映ったと指摘したうえで、放送全体として視聴者に『広告放送』と誤解されると判断したが、事案によっては、どの部分が放送倫理違反といえるのか特定できるものもありうる」と答えた。
意見交換会の後半は、「実名・匿名報道などについて」をテーマに取り上げた。
はじめに、2019年7月に発生した京都アニメーション放火事件の遺族への取材をめぐる放送界全体の動きや自社の被害者氏名の報道について、毎日放送報道局の澤田隆三主幹が報告した。この中では、事件発生の3日後に在阪民放4社でメディアスクラム回避策を協議し、「警察発表の居住地への取材は代表1社のみとし、映像素材や情報を共有する」などと取り決めたこと、8月には、NHKと民放局が「取材交渉は代表1社の記者が行い、カメラは同行しない」「取材交渉では必ず、民放とNHKの 6社を代表していますと伝えること」といった「京都方式」と呼ばれる枠組みに合意したことなどが紹介された。また、毎日放送では、遺族の精神的ダメージが大きいことから、被害者の実名発表から24時間を過ぎれば、遺族が実名報道を拒否している場合は匿名にする方針を決めたこと、2回目に発表された25人の犠牲者のうち遺族が氏名の公表を拒否している20人について、全国ニュースと重ねて実名が放送されないようにローカルニュースでは匿名としたことが報告された。澤田主幹は「この事件は特定の会社で起こったことであり、公共の場で起きたテロなどとは報道の目的も変わってくる。この事件をきっかけに実名と匿名のあり方の議論を深めていくべきではないか。また、被害者とメディアの間に立って取材を受ける意向を確認できるような第三者機関ができないか議論を始めていければよいと思っている」と述べた。続いてNHKの担当者が「メディアスクラムは防ぎたいと、民放4社の動きの情報を得ながら、常に考えてきた。NHKは一貫して実名報道を行ったが、必要以上に長く実名を出さないように配慮した。実名報道が絶対的に正しいとは思っておらずその意義について、今後も議論を続けていきたい」と説明した。また朝日放送テレビの担当者は「この事件は実名報道が原則であることをゆるがしたのではないか。議論のうえで、実名報道は各番組で1回にとどめ、ネット配信では実名公表が可能とされている被害者も名前は出さなかった。今後このような事件が起きた場合にしっかりと実名報道する理由を放送の中で説明する必要があるのではないか」と述べた。これらの発言に対し、西土委員は「各局の発言を重く受け止めた。実名報道については、被害者本人がどう思うのか、想像力をたくましくして日々考えるしかないのではないか。現場で厳しい対応を迫られているジャーナリスト、とりわけ若い人々の実践を我々がどう厳粛に受け止めるかも大事だ。倫理は現場のジャーナリストが苦悩しているところからでき上ってくるものであり、BPOの委員が勝手に決めるものではないと思う」と感想を話した。
続いて、阪神・淡路大震災から25年を機に朝日放送テレビの映像アーカイブをウェブサイトで公開した取り組みについて、朝日放送テレビの木戸崇之報道課長が、実際のウェブサイトの映像を紹介しながら、公開したのは約38時間分・約2000クリップで、肖像権については、受忍限度と社会的意義のバランスについて議論のうえ公開することにしたと報告した。
意見交換会の終了にあたり、神田委員長が「私たちは、問題となった放送があった場合、『放送局の放送後の自主的・自律的な対応』と『放送倫理違反の程度の重さ』という2つの要素を考慮して審議に入るかどうかを決める。自主的・自律的な対応が採られていても、放送倫理違反の程度が重ければ審議入りをすることになるが、多くの事案では当該放送局自身も放送倫理違反であることを認識し、自主的・自律的であり、かつ適切な事後対応がされていれば、その点を適切に評価して審議入りしないとの判断に至っていると説明し、「今日は参加された放送局から多くの意見をいただき心強かった。皆さんとのやり取りを通じて放送業界の自主・自律を守っていかなければならないと感じている」と結んだ。
最後に参加局を代表して、NHK大阪放送局の有吉伸人局長が「メディアをめぐる状況が大きく変化していく中で、今日は意見書の背景や議論のプロセスなど我々にとって意味のある話が聞けた。それぞれの現場でよりよい放送を出していくために議論し続けていく」と挨拶した。
当日は意見交換会に続いて懇親会を予定していたが、新型コロナウイルスの感染が懸念される状況を考慮し中止することとした。
終了後、参加者から寄せられた感想の一部を以下に紹介する。
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委員長はじめ各委員の説明や見解を直接聞くことができ、普段書面等で読むことしかできないBPOの“生”の考えの一端を知ることができた。
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委員の方々の見解、審議や考察のポイント、放送局側出席者の声など、このような意見交換会でしか知ることのできない視点や意見などに触れることができ、非常に参考になった。
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委員の発言を聞いて、制作側の視点と第三者の視点の両方から見ようとされていること、結果の「○」「×」より過程の問題点を明らかにすることに力点があること、そして「今議論しておかなければ」という覚悟を持って取り組んでおられることが感じ取れた。
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読売テレビと関西テレビの問題は、映像もあり、実際の雰囲気がわかりやすかった。
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実名報道の件は特に勉強になった。
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番組についての意見を局同士で忌憚なくやり取りできる機会は、こうしたBPOと局との意見交換会しかないと思われるので、そういう意味でも時間をかけて議論する場をさらに広げていただきたい。
以上