第348回

第348回 – 2026年2月

「視聴者依頼番組における民家清掃に関する申立て」審理…など

議事の詳細

日時
2026年2月17日(火)午後4時~午後7時30分
場所
千代田放送会館BPO会議室
議題
出席者
廣田委員長、鈴木委員長代行、野村委員長代行、大谷委員、
國森委員、斉藤委員、成原委員、松尾委員、松田委員

1.「視聴者依頼番組における民家清掃に関する申立て」審理

申立ての対象となったのは、福岡放送が2025年4月13日と20日に放送したバラエティー番組『ナンデモ特命係 発見らくちゃく!』の「命の危機…ゴミ屋敷大掃除!」で、視聴者からの依頼を受けて、高齢の親族が住む民家の大がかりな清掃を行い、その模様を放送した。
これに対し、当該民家の住人が、番組は臭いや不衛生な状態が過度に強調される形で顔出し・実名・モザイク処理なしで放送され、尊厳が著しく損なわれ人権を侵害されたと申し立てた。さらに、番組の収録過程において、住人にとって重要な物品がなくなったと主張している。
また、他の親族2名は、番組内で幼少期の写真が承諾なく使用されたり、プライベートな事実が本人の同意なく放送されたことなども権利侵害にあたると訴えている。
放送局は一部配慮が足りなかったことなどを認め謝罪したが、これら3名の申立人は納得せず、双方の交渉が不調に終わったため、9月の委員会で審理入りするか否かを検討した結果、審理入りすることを決めた。
今回の委員会では、起草委員作成の委員会決定案について議論した。

2. 最新申立て状況報告

申立てがあった事案について、事務局からその後の経過等を説明し議論した。

3. その他

2026年度の委員会開催日程案を事務局から提案し、承認された。

以上

第215回

第215回–2026年2月

日本テレビ『月曜から夜ふかし』への意見 対応報告を了承

第215回放送倫理検証委員会は、2月13日に千代田放送会館で開催された。
日本テレビ『月曜から夜ふかし』への意見について、当該放送局から再発防止に関する取り組み状況などの対応報告が書面で提出され、その内容を検討した結果、報告を了承して公表することにした。
1月にBPOに寄せられた視聴者・聴取者意見などが報告された。
2026年度の放送倫理検証委員会の開催日程が確定した。

議事の詳細

日時
2026年2月13日(金)午後4時~午後5時40分
場所
千代田放送会館BPO会議室
議題
出席者

小町谷委員長、岸本委員長代行、高田委員長代行、井桁委員、
大石委員、大村委員、小柳委員、水谷委員、毛利委員、米倉委員

1. 日本テレビ『月曜から夜ふかし』街頭インタビューの恣意的な編集に関する意見への対応報告を了承

2025年10月21日に通知・公表した日本テレビ『月曜から夜ふかし』街頭インタビューの恣意的な編集に関する意見(委員会決定第49号)への対応報告が、当該放送局から委員会に書面で提出された。
報告書には、委員会決定の公表後、日本テレビコンテンツ制作局の全社員にBPO意見の全文を周知し、取材対象者の意に沿わない恣意的な編集や、ロケ現場での不適切な演出などを防ぐ方策などについてアンケートを実施したこと、それを基にディスカッションを行ったことが記されている。
そして再発防止策として、▼インタビュー素材の全文文字起こしを制作会社と日本テレビのプロデューサー陣がチェックし、恣意的な編集が行われていないかどうかを確認していることや、▼従来アシスタントディレクターが行ってきた取材対象者への最終確認を、今後はプロデューサーが行うことを義務化したこと、▼プロデューサーがディレクターから取材や編集過程で気になったことを聞き取り、ケアすべき点を洗い出して制作陣に共有する仕組みを構築中であることなどが述べられている。
また、過去に日本テレビが放送倫理違反に問われたすべての事案を研修用VTRにまとめる作業をしており、制作スタッフが入れ替わる機会などにこれを視聴することで、同じことを繰り返さないよう全社的に取り組む旨が報告されている。
そのうえで、信頼を取り戻すために今後は品質という考え方を意識し、番組制作者同士の信頼感を大切にすることを前提に、制作者の熱意の隣には不正の動機があるという現実を直視して、喉元過ぎれば熱さを忘れるといったことにならないように脇を締めて番組作りに取り組んでいくと総括がなされた。
これを受けて委員からは、当該局研修の様子や質疑の内容の共有に加え、「現場で声をあげやすい仕組みをスタッフと協議しながら作っていくというのは非常に良い再発防止策だ。現場の声をちゃんと聞いて番組制作を進めていってほしいというメッセージが伝わったと感じた」といった意見、「社内で行われたミーティングの総括に『垣根を越えて一緒に悩み一緒に作っていく組織でありたい』とあり、チームで制作しているのだから問題点を言いやすい関係性を作るのが大事だというこちらの思いが届いたと思う」といった意見、「再発防止策に、番組全体会議で毎回人権について考えさせる問いかけをしていくとあり、かなり注意して対処がなされているという印象を持った」といった意見が出され、報告を了承して公表することにした。
日本テレビの対応報告は、こちら(PDFファイル)

2. 1月の視聴者・聴取者意見を報告

1月に視聴者・聴取者から寄せられた意見には、1月22日放送の毎日放送『よんチャンTV』と、1月23日放送の朝日放送テレビ『探偵!ナイトスクープ』の2番組に対する批判が多かった。
毎日放送『よんチャンTV』は、進行役のアナウンサーが「きょうの現場」のコーナーで各党の立ち位置の図式を紹介する際、中道改革連合・国民民主・共産・れいわ新選組を「優しくて穏やかな日本」、自民・維新・参政を「強くてこわい日本」と紹介し、視聴者から「政党に特定の印象を与える意図的な誘導だ」といった意見や、当該番組で行われた謝罪や経緯の説明に対しても「単なる言い換えに終始し、視聴者の判断に影響を与える危険性に向き合った対応とは言えない」という意見が寄せられた。
これについて委員からは、「『有権者の判断軸は?』と銘打って『優しくて穏やか』『強くてこわい』というイメージだけを放送しており、ソーシャルメディア上のイメージの伝達と一体どこが違うのだろうかという疑問を抱いた。放送がイメージだけを語っていいのか、非常に違和感がある。そのイメージが事実に基づいて論評されているならば問題ないが、この番組にはその形跡が見えない」、「放送倫理の問題というより、コメンテーターのコメントをフリップに落とし込む際のセンスの問題ではないか」、「本来コメンテーターは、番組の伝えようとすることに対して意見を述べるのが役割だが、この番組は、コメンテーターの言っていることがそのまま番組で伝えようとしていることになっており、違和感を覚えた」、「異なる政策を持つ政党を単純に2つに区分けして報じているが、事実として果たして政策をそのように分類できるのか」といった意見が出た。一方で、「『こわい』を『手ごわい』と受け取れなくもない内容だった」、「『強くてこわい』という表イメージは、現代の世界・社会情勢においては、必ずしもネガティブなイメージ一色だとは言えないのではないか。日本は強くあってほしいという考え方を持つ人もいる。イメージについて明確な基準を持って判断することは難しいと思う」、「コメンテーターが、自身の本意と異なる形で編集され、誤解を招いたということを訴えているのであれば、その点を取り上げることはあり得るが、コメンテーターも謝罪しており、この点は放送倫理上問題になりそうにない」、「昨年の参院選以降、各局が選挙報道について試行錯誤を続ける中での失敗だと思う」、「他のコメンテーターがこういう図式はおかしいと発言する場面があるなど番組全体としてはバランスをとろうとしていた。また、番組で表現の稚拙さを謝罪したという対応もあり、速やかな修正がなされており、放送倫理違反とまでは言えないのではないか」という意見が出た。委員会は、事実に基づく報道の徹底やより慎重な表現を使用することが適切であると考えるが、放送倫理違反の疑いがあるとして検証をするまでの事案とは認められないと判断し、討議・審議入りはせず当該番組についての議論を終了した。
朝日放送テレビ『探偵!ナイトスクープ』は、6人兄妹の世話をしている小学6年生の長男の「長男を代わってほしい」という依頼をうけて、探偵に扮したタレントが代わりに家事を引き受けるという内容の放送をしたが、これについて「子どもの年齢に見合わない過度な責任を負わせるヤングケアラーを想起させ強い違和感を抱いた」といった声や、「放送を見た人たちが出演者に対する誹謗中傷や個人情報の拡散を行っており心配だ」といった声が寄せられた。SNS等で強い批判や誹謗中傷が広がっている事態を受けて、朝日放送テレビが番組ウェブサイトで、当該番組には編集・構成上の演出があること、長男から寄せられたとしていた依頼文は、長男の家族と相談の上で放送用に改稿したものだったと説明したが、これについても「編集の範囲を超えた事実関係の改変にあたらないのか」といった意見が寄せられた。
委員からは、「取材を受けた長男が、放送内容よりずっと少ないお手伝いしかしていなかった場合、あの放送は演出を超えた事実の改変に近いことを行っており、その結果ソーシャルメディア上で取材対象者に被害を生じさせてしまったとして問題を問える可能性はあるのではないか」といった意見が出た。一方で、「この番組は、手紙を送った取材対象者とある種の共同作業で番組作りをしており、取材された側も納得して応じているなら、勇み足だった部分はあるとしても放送倫理違反とまでは言えない」、「ヤングケアラーで一番問題なのは学校に行けなくなるような状況だ。日曜日に遊ぼうと思っても遊べないぐらいお手伝いをしていますという話を、ヤングケアラーとして捉えることは困難であり、想定外の誹謗中傷を誘引した責任が番組にあるとまでは言えないのではないか」、「番組で子どもを取り上げる際は注意が必要だが、この番組は長男を助けてあげる、子どもの為にやってあげたと考えて番組を制作した。ところが、子どもをほったらかしにしている母親を演出した結果、誹謗中傷の矛先が母親に向かった。子どもにとって親が批判されるのは辛いことだと察せられ配慮する必要はあったが、その点を怠ったということで直ちに放送倫理違反を問うとまでは言えない」という意見が出た。委員会は、朝日放送テレビが速やかにソーシャルメディア上の誹謗中傷について注意喚起し被害の拡大を防ごうとしていた点も考慮して、放送倫理違反の疑いがあるとまでは言えないと判断し、討議・審議入りはせず当該番組についての議論を終了した。

3. その他

2026年度の放送倫理検証委員会の開催日程が確定した。原則毎月第2金曜日とするが、5月度に関しては大型連休明けとなるため第3金曜日に開催することにした。

以上

沖縄地区意見交換会

青少年委員会 沖縄地区放送局との意見交換会を開催

2025年度の青少年委員会は「戦後80年にあたり、戦争と平和の問題を中高生にどう伝えていくか」をテーマに活動してきました。その集大成となる放送局との意見交換会は、沖縄県内の放送局のみなさんを招いて、「戦争と平和」に関する番組を青少年、とくに中高生に視聴してもらうためにはどう制作するべきかなどを主要テーマに、11月27日午後2時から5時30分まで那覇市で開催しました。
BPOからは青少年委員会の吉永みち子委員長、飯田豊副委員長、池田雅子委員、佐々木輝美委員、沢井佳子委員、髙橋聡美委員、山縣文治委員の7人全員が参加しました。放送局はNHK(沖縄放送局)、沖縄テレビ放送、琉球放送、琉球朝日放送、ラジオ沖縄、エフエム沖縄、日本テレビ那覇支局の計7放送局からそれぞれのBPO連絡責任者、編成、制作、報道番組担当者など計19人が参加しました。

冒頭、「青少年委員会の役割」について、BPO理事・事務局長 辻村和人から説明がありました。

○辻村事務局長
青少年委員会は月1回、委員が集まり、「この番組は青少年が視聴するのに問題があるのでは」「この番組は青少年の出演者の扱いが不適切ではないか」などの視聴者意見をもとに議論をしています。そのうえで、青少年への影響などについて検討すべきと判断した場合は「討論」という手続きに入り、さらに詳細に検証をすべしと判断した場合には「審議」入りして、当該放送局の制作担当者から話を聞いたり、書面での回答を求めたり、問題提起をして、委員会としての見解などをまとめて公表しています。2022年には「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティーに関する見解」を出しました。ターゲットの出演者に痛みを伴う行為をしかけ、ほかの出演者がみんなで笑うバラエティーは、青少年・子どもの共感性の発達と人間観に望ましくない影響を与える可能性があるとして、制作者に配慮を求めたものです。また、委員会の活動のうち最も大事にしているのが各地で開催する意見交換会です。青少年に関わる各分野の専門家であるBPO委員に、放送の現場や放送局のみなさんの考えを知ってもらうことが主な目的です。

【2025年度の活動テーマと基調報告】

つづいて、吉永委員長が2025年度の委員会の活動テーマとその活動経過を説明しました。そして、今回の意見交換会開催にあたって、沢井委員が活動テーマに基づく基調報告を行い、飯田副委員長がその補足説明をしました。

○吉永委員長
青少年委員会は若い世代に向けてのよりよい放送を目指して、ともに考えていくことがメインになる委員会です。委員会には「中高生モニター制度」があり、中、高校生の約30人に毎月設定されたテーマについてリポートを送ってもらっています。今年は戦後80年という区切りの年で、戦争の記憶や記録が、今後は実体験者から継承されなくなるだろうという大きなターニングポイントになる状況に直面しています。と同時に、今の世界の状況を見ますと、戦争や虐殺の話題が日常のニュースで報道されていて、今までにないぐらい国際関係が緊迫しています。そうした状況の下で、「戦争と平和」という問題をどう考えたらいいのか、青少年にどう伝えていくべきなのかということを1年通しての活動テーマにしました。
もう一つのきっかけは、いまの青少年は第一次的な情報を放送や新聞という従来のメディアを介してではなく、SNSを通じて得てしまっていて、その意味で従来のメディアの伝え方に関しても大きなターニングポイントを迎えているのではないかということがあります。そこで、この2つのポイントついて一番センシティブであり、大きく影響を受けているだろうと思われ、加えて平和教育を内地と比べるときちんと継続し実践している沖縄では何ができていて、何ができていなくなっているのかを含めて議論してみたいということで、今年の意見交換会は沖縄で開催することを決めました。
中高生モニターたちからは「戦争報道はあまり見たくない」「怖い」という意見が多くあり、また「安心して見られる戦争報道をしてほしい」という意見も寄せられました。7月24日には東京・渋谷のNHKを中高生モニターたちとともに訪問し、児玉光雄さん(故人)という人の被爆体験をもとに作成したバーチャルリアリティー(VR)の映像を、ゴーグルをかけて見てもらいました。やはり気を使いましたね。もしも途中で「嫌だ」「怖い」と思ったら、すぐにゴーグルを外してくださいと伝えましたが、全員が最後まで外すことなく見てくれました。怖かったろうとは思いましたが、「怖いからいやだ」ではなく、「これを知らなければいけない」という思いが中高生たちに強くあったように感じました。
沖縄を訪問する前には、委員だけで2回、オンライン勉強会を開催しました。最初に、沖縄の平和祈念資料館学芸員の大城航さんから、全国各地から訪れる修学旅行生たちにどういう説明をし、そこで今、どういう変化があるのかを報告をしてもらい、委員と意見交換しました。2回目には平和教育の活動をしている株式会社さびらの安里拓也さんにも話を聞きました。どのような形で平和教育をすると子どもたちに伝わるのか、戦争を避けるのではなくて、戦争の作り方という逆の視点からの教育をしていることなどを紹介してもらいました。そして今日に臨んでいます。
昨日(11月26日)は、沖縄県内で熱心に平和教育に取り組んでいる、小・中・高校の教員のみなさんと意見交換しました。子どもたちがどういうテレビ放送を望むかという話をしたときに、「子どもたちはテレビを見ませんからね」と言われてショックでした。平和教育をするにしても、事前の教育がすごく大事だということと、その事前の教育はどこから入っていけばよいのかという問題も新たに見えてきました。
今日はみなさんが今年、制作された戦争や平和に関する番組をともに視聴・聴取しながら、青少年に戦争や平和についてどういう伝え方ができるのかということが議論できたらと思っています。

○沢井委員
「戦後80年にあたり、戦争と平和の問題を中高生にどう伝えるか」ということで、青少年委員会の中高生モニター30人による9月のリポートをもとに、戦争への関心と映像の受けとめ方について考察しました。
「あなたが戦争に関心を持つのはどんなときですか」と尋ね、自由に記述してもらいました。「記念日の式典をテレビで見る」は30人中13人に上ります。次いで「放送番組で戦争体験者の話を聞く」が10人。戦争に関する放送番組を視聴することが中高生にとって戦争に関心を持つ最大のきっかけとなっていることがわかります。
9月のモニター報告のテーマは、「終戦、戦争関連のドラマやドキュメンタリー番組について」でした。自由に選んで視聴した戦争関連番組の感想や意見です。その中に「戦争の悲惨な映像は怖いので出さないでほしい」という要望が複数書かれていました。そこで記述された内容を分類し、戦争の実相への関心の程度と、恐怖を感じる映像に対して肯定的、つまり直視するか、否定的、すなわち忌避するかの2つの軸によって4つに分類してみました。
人数がもっとも多いのは「戦争への関心が高く、恐怖を感じる映像の視聴には肯定的な」中高生で18人いて、60%です。グロテスクなところを含めて多くの人がその悲惨さを知るべきだと思うと考える中高生です。
次に多いのは「戦争への関心は高いが恐怖を感じる映像に否定的、忌避的な」中高生が5人で、17%。「残酷な映像は出さないでほしい」「アニメならば安心でわかりやすい」などの記述がありました。
まとめると、モニターの中高生は戦争への関心が高く、「戦争の実相への関心がある」のは合わせて23人で、77%に及びます。「恐怖を感じる映像は見たくない」とする中高生は合わせて7人、全体の23%です。悲惨な映像を忌避する傾向にあるのは中高生の場合、大体4人に1人ぐらいの割合でした。
恐怖を感じる映像を忌避する態度というのは、恐怖感による不快を予測して自らを守ろうとする自然な、防衛的な反応だとみなすことができます。恐怖を感じる映像を忌避する中高生の中にはアニメなら安心でわかりやすいという感想が複数ありました。人物の心情を物語るのにすぐれたアニメなどを活用して、戦争の実相についての想像を助けることが一定数の中高生には求められているようです。
戦後80年を経て、戦争経験者に出会うことは困難な状況になっていますが、被爆者が書いた手記をもとにした原爆のドキュメンタリー番組を視聴した女子高校生モニターは「文字だけでも恐ろしいのにそれを経験したとなると、どれだけの恐怖なのか想像したくないけれど、この想像するということが平和のために必要だということを皆が知らなければならない」と述べています。自分が想像することが戦争の実相とどれほど重なるのかについて客観的に考える。つまり、メタ認知を伴う内省をするという高校生もいるわけです。こうした自分の認識や感情を振り返り、恐怖を超えて理解するという態度も心理的な発達によって可能になるのでしょう。
中高生モニターの言葉から戦争と平和の問題を中高生にどう伝えるかの答えとして示唆されるのは次の2点です。第1に、恐怖を感じる映像を忌避する青少年は4分の1程度いますが、戦争を想像する助けとなるのはアニメの表現の活用であろうということ。第2に、戦争の実相を想像して理解しようと努める中高生にとって、戦争経験者が残した証言の言葉は歴史的な実写映像とともに戦争の理解を促す番組の貴重なコンテンツであるということです。報告を終わります。

○飯田副委員長
青少年委員会の中高生モニター報告を対象にした分析を、沢井委員に話してもらいました。付け加えておきますと、全国から選ばれたモニターと言っても、テレビ離れ、メディア不信が深刻化している中でBPOモニターの公募に申し込んでくれた中高生ですから、決して今の中高生全体の意識や価値観を代表しているわけではないということです。ただし、放送に対して特別な思い入れがあったり、問題意識を抱いたりしているみなさんなので、彼らとの対話を通じて、放送の潜在的な価値や課題を探索して、これからの放送のあり方を考えていく意義があると考えています。
中高生モニター30人の特殊性を差し引いても、沢井委員の分析には今の若者全般に見られる特徴がよく表れていると感じています。1990年代後半以降、2010年代前半ぐらいまでに生まれ、幼い頃からインターネットに触れて育ってきた世代の人たちは国内外ともに、その上の世代と比べて、「共感性が高い」と言われています。
私たちが交流しているモニターたちのリポートを読むと、テレビに映っている、あるいはテレビで紹介されている人に対して、直接面識のない相手であっても「共感を抱きやすい」傾向は確実に強いと感じています。それは制作者のみなさんに、これから意識していただきたい重要なポイントの一つと考えます。
吉永委員長が述べたように、表現上の刺激については配慮が必要であるものの、戦争に対する関心自体というのは決して低くないと思いますし、打てば響くということが沢井委員の報告からも示唆されています。制作者のみなさんが日々、番組を制作する中での受けとめ方と、私たちが考えているところが必ずしも一致しないかもしれませんが、その辺りも含めて、みなさんのご意見をいただければと思っています。

<基調報告の質疑応答>

○代表社の参加者
中高生の4人に1人が残酷な映像を見たくないというのはショッキングだと思いました。私たちも残酷な映像はあまりニュースで使っていません。あまりにも使わないので、本当にこの戦争の実相が伝わるのかと危惧するぐらいです。遺体などを出す場合でも、事前に(警告の)スーパーを入れますし、そもそも遺体を出すことがあまりない。そういう残虐な映像がないように相当、配慮しているつもりですが、さきほど指摘された恐怖を感じる映像は具体的に何か、こんな映像が見たくないというのがわかれば、教えてほしいと思います。

○吉永委員長
見たくないというのを最初に触れたのは、ウクライナ侵攻の戦闘が始まったときに虐殺のあったブチャの映像でした。もちろんモザイク処理して放送したと思いますが、その当時の(中高生モニターの)報告の中に、「モザイクをかけても明らかに死体とわかるから怖い」という意見がありました。そうすると、モザイクをかけてもいけないのかという話になってしまいますが、私はそれが最初に驚いた若い人たちからの意見でした。

○沢井委員
ニュース映像の中にガザやウクライナの現場が出てくるものだから、「それがとても怖い」という感想があります。残酷で赤裸々なものを見たくないというよりも、「ああ、ここで人が殺されたんだな」という想像するだけで恐怖が増す。これはかなり自然な反応だと思いますが、それをはっきりと書いています。比較的意識の高いモニターたちも一般の人も、そういう怖いのが出そうなときにはチャンネルを変えて見ないように避ける、忌避する傾向があるように見受けられます。
バラエティー番組でもハラハラドキドキするところは見るのがつらいという感想も書いてきます。お笑いのような番組であっても、「うわっ、怖い、ヒヤヒヤするのはいやだ」、あるいは「自分の弟は見たくないと言っている」など、回避していくということが今の若い人たちの特徴かなと思います。想像力で自分を守っている、あるいは周囲の人たちを守っているところがあるのかなと思います。

○代表社の参加者
もっと幼い世代が戦争や暴力的な映像を見たときの心理的な影響というのはどういうことが考えられるのでしょうか。おそらく1人で見ている場合と、そばに保護者がいて「これは昔の戦争の映像なんだよ」と説明があればある程度、子どもたちにも理解できると思いますが、幼いお子さんへの影響についてお聞かせください。

○沢井委員
私は普段、幼児向けの映像を作っていますので、その心理的な安全性のことは考えます。非常に恐怖を抱くような場面の文脈をどう理解できるかという物語理解の能力はどうか、認知能力の発達段階によって表現は変えるべきだろうと思います。
ただ、戦争についてのことを幼児にしてはいけないということではなく、悲しみの心情というもの、家族を亡くしてこの子は寂しいだろうなというところに共感する、そういう心の物語として入っていくというのはできるでしょう。小さい子どもにとって、悲しみはよくわかるけれども、ショッキングな映像は使わないということはできると思います。
昨日、沖縄で平和教育に取り組んでいる教員のみなさんの話を聞きました。その中で、小学校で平和教育をしている先生は「小学校低学年、大体8歳以下ぐらいの場合には高学年と同じ教材は使わない、あるいは体験者の話を聞く場合も、子どもに話すことに慣れた方から低学年向けの体験の話を聞く。なるべくかみ砕いて、いかに苦労したか、つらかったかという話を聞かせる。一方、高学年向けには多少悲惨な話、例えば本当に人が亡くなってしまった、あるいは兵器というのがいかに怖いかなども含めて話してもらう」という話です。
もう一つ、修学旅行や平和学習で内地から沖縄の戦跡を訪ねて来る子どもたちは、(訪問前に)事前学習を相当してきます。そういう児童・生徒たちを戦跡に案内して説明をすると、とても冷静に聞いてくれるけれども、たとえ沖縄の児童・生徒であっても事前学習が十分でない子どもはすぐに泣き出してしまうことがあるといいます。
私の感覚としては大体10歳ぐらいがある程度の区切り目かなと思います。それを過ぎると、時代的な変化、この時代の人はこういう考え方をして、こういうつらい面があった、こんな悲惨だったのだということを時系列で考えられる。因果関係を考えていくことができるのが大体10歳、11歳です。そうなると厳しい話も想像してわかってくるだろうということです。だから、放送番組にするときには、その発達段階に応じた表現かどうかをチェックする監修は必要だろうと思います。

○髙橋委員
私は普段、小・中・高校で心のケアのことをやっています。いわゆる戦争のことに限らず、惨事報道と言われる、大規模災害があったり大きな事故があったりというニュースを何回も見た子どもに関しては心理的な反応が大きくなるということが、研究結果でわかっています。
学校にも保護者にも、例えば津波の映像を見てつらいと思っている子どもがいるときには、それをなるべく見せない配慮をしてくださいと言います。子どもによって反応が違うので、戦争の映像に強く感じるお子さんに関しては配慮するということです。すべての子どもに配慮が必要ということではありませんが、さまざまな研究結果では惨事報道にたくさん触れた人ほどストレス反応が高く、小さな子どもほどストレス反応が高いということです。

○吉永委員長
今回モニターに見てもらった番組は青少年向けの番組ではなくて、一般向けの放送です。一般の放送を若い人たちに見てもらいたいという課題でした。年代的には、10歳ぐらいから一般向けの番組でも理解ができるということかもしれませんが、その理解の仕方というのが年代層によって、また時代によって、少し変わってくるのかなという問題もあるでしょう。とてもセンシティブですからね。しかし、そこに気を遣いすぎると、本当の戦争のことが伝えられないというジレンマがあるだろうと思いました。
映画の場合はPG12というレーティングがあり、アニメ映画『鬼滅の刃』もそうですが、ペアレントガイダンスという大人が適切なアドバイスをするということによって、制限をしないで12歳以下にも見てもらえますよという形をとっています。テレビはお茶の間で家族がいるという前提で、家族と一緒に見れば保護者がひと言フォローできるかもしれませんが、子どもが1人で見ていると、それが全く思いもかけない方向のトラウマになってしまう可能性もあるのかなと感じます。

○代表社の参加者
沢井委員に質問です。学校現場ですと、例えば小学校低学年は絵本の読み聞かせとか、発達段階に合わせたプログラムがあります。でも、放送は不特定多数の人が見るものです。今後、私たちの進むべき方向がもしあるとすれば、現実的ではないものの、この番組を作るときはこのぐらいの層を想定してとするべきなのか、この番組を皆に見てほしいから、10秒前にこれからこんな映像が出ますと(警告の)テロップ、スーパーを引き続き出していくべきなのか。現実的な問題とそうでない問題もありますが、お考えを示していただけますか。

○沢井委員
放送の場合には、ポイントだけ見てくださいと制限はできないわけですから、その場合、コース料理のように時系列で何を見せていくのかということです。人間が悲惨とか、わが身に起きたらどれほど大変だろうと痛みを感じてしまうことは、理解の一つの過程なので、そのために一つの番組の中で例えばアニメから始めることもあります。原爆についてはそういうものがあるでしょう。アニメだと「ああ、この人、私の友だちみたい」というところから入って行ける。そこで物語理解から始まって、その人の手記や体験を詳しくナレーションで聞く。残酷な場面ではないが、語られている内容は残酷で言葉で聞くとそれを想像して怖い。そのあとに、この想像でいいのかしら、本当に実体験、実際、戦争を経験した人の本当の経験と重なっているかしらと、大人も子どもも振り返る、内省を促すという形です。それは死かもしれないし、原爆の爆発シーンなどもあるし、沖縄戦でもあるでしょう。そういうものを聞いて、想像に比べて、リアリティーはどれほどのものだったかを一生懸命考えてもらう。
想像してみようということをうまく、その番組の中で行えれば、こういうアニメ的なところから入って、手記を紹介しながら経験者はここにはいないけれども、本当にこの想像でいいのだろうか、本当にこの番組の構成でいいのだろうかということを逆に客観的に見ながら制作できるでしょう。アニメを通して考えてみるという工夫がますます必要になってきていると思います。

【意見交換 第1部「各放送局の番組紹介」】

戦後80年にあたる2025年に沖縄の各放送局が制作・放送した番組について、それぞれ4分程度に再編集したものを会場で紹介し、各社の制作担当者に番組の制作意図や青少年により多く視聴してもらうための工夫などを話してもらいました。
なお、意見交換会には全7社が参加しましたが、ラジオとテレビの兼営社があるため、全8番組を紹介しました。第1部にかぎり、社名をA社、B社、・・・H社と仮称表記し、兼営社の番組は別々の仮称にしました。

<パート1:沖縄県内向けのテレビ3社の番組>

○吉永委員長
ここからは放送番組を通しての意見交換をしていきます。戦後80年の今年に各放送局が制作して放送した番組を4分程度のサマリー版にしたものを順に視聴して、意見交換したいと思います。まずはテレビ3作品を流します。最初は、A社のニュース企画番組です。

ではこの番組はどのような狙いを持って制作されたか、あるいは青少年にどんなことを受け取ってもらえたらという思いがあったのか、その辺をお話しいただければと思います。

○A社の制作担当者
昨年(2024年)度からこのニュース企画を放送してきました。これまでにシリーズで60本以上、特別番組も合わせると総合放送時間は9時間に及びます。戦争体験者の貴重な証言を拾うこと、埋もれていた記録や映像を掘り起こしていくこと、そして彼らの記憶というものを未来につなぐことを人々に伝えたいということが思いとしてありました。
子どもたち、とくに中高生にはこの沖縄戦というものがどこか遠い地域で起きた出来事ではなくて、今、私たちが住んでいる地域で起きた戦争であり、また、灰塵の中から立ち上がった人々の努力で私たちの今があるということを理解してもらいたいという思いがありました。沖縄戦の体験者が少なくなる中で、国会議員の発言に歴史の修正を試みるような動きもあり、戦後80年の節目で非常に顕著に現れたなというふうに実感しています。
修学旅行生が訪れて平和学習の場となっている読谷村のチビチリガマで集団自決が起きた状況であるとか、犠牲になった数がわかったのも実は戦後38年経ってからということです。私は戦後ずっとこれは知られている出来事だと思っていたので、これが地域のタブーだったということを知って非常に驚きました。
このシリーズでは、こうした沖縄の歴史教育や平和教育というものが住民の重い証言や、地道な調査や研究で明らかになった事実の積み重ねであるということを強調して伝えています。戦後80年はゴールではなく、これからを担う子どもたちに沖縄戦の実相を伝えるということで、二度と沖縄を戦場にしてはならないという思いをつなぐ通過点として、これからも沖縄のメディアの一端を担う者として、しっかり伝えていきたいなと考えているところです。

○吉永委員長
ありがとうございました。続いて、B社の報道特別番組を視聴してもらいます。

○B社の制作担当者
この番組はラジオとテレビで同時に放送しました。戦後80年ということで、県民が(6月23日の)慰霊の日をどのように過ごしているのかを、変わっていく慰霊の形や、変わらない平和への思いをこの番組を通して届けようとしました。今年1月から、写真付きの投稿をX (旧ツイッター)で募集していて、それを6月23日の昼間から呼びかけるような形でこれまでの積み重ねと一緒に紹介しながら、視聴者と同じ時間を過ごしていこうという形になりました。実際に番組が終わったあとで10代の男性から、おばあちゃんの戦争体験や自身の平和に対する思いをつづった投稿が寄せられ、青少年がテレビを通じて平和を考えることについての手応えを感じたところです。

○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、C社のニュース企画特集です。

○C社の制作担当者
今年は戦後80年の節目ということで毎週、戦争について考えるシリーズを放送しています。その中で、沖縄県立首里高校の生徒たちにスタジオに来てもらって、実際に彼女たちが提案している平和学習を実演してもらいました。私の祖母は沖縄戦を体験しているのですが、戦争体験者ではない高校生たちにはひいおばあちゃん(曾祖母)とかひいおじいちゃん(曾祖父)の話になってしまっていて、本当に体験者は遠い存在です。戦争イコール教科書の中の話になっている中で、生徒たちは沖縄戦というのはテレビだけで学ぶものではなくて、自分たちの生活の中で自分たちの問題としてとらえることが大切だということに、危機感を持って取り組んでいます。
実際に、平和学習をしている様子も取材しましたが、沖縄戦はこうだったと伝えること以上に、同世代の先輩たちから聞く言葉というのが、今の中高生に受け入れられる部分があるだろうなと感じました。放送局として、体験者の話を一つでも多く拾うことはすごく大事だと思うのですが、戦争を二度とくり返さない世界を作っていくためには若い世代がどんな思いで活動しているのかを伝えることも大事なのだと思いました。それが伝わる特集になればと思って制作しました。

○吉永委員長
ありがとうございました。戦争に関する番組を見るときに、自分に近いタレントやアイドルがつないでくれると素直に入っていけるという意見も中高生モニター報告に散見されました。

<沖縄県内向けのテレビ3社の番組について意見交換>

○池田委員
3社の番組に共通することだと思いますが、こういう記録や過去の映像を掘り起こした番組を見ていて、後世に語り継いでいくにあたって何が不可欠か、何が過去の記録から一番大事かと考えたときに、それは名前だと思います。実名なのです。(糸満市の)「平和の礎(いしじ)」を訪れたときもそうでしたし、A社の映像の中のひめゆりの塔にも氏名が全て刻まれている。それがすごく大切なことだと思っています。
戦後から80年のシリーズの中で、中学生の発掘作業で万年筆が出てきた話がありました。亡くなった軍人か住人か誰かの万年筆が壕(ごう)の中から出てきた。そこに名字と名前のイニシャルだけがあって、これは誰だろうと生徒2人が平和の礎に行ったら、「(名前を彫り込まれた)この2人のどちらかだ」とわかって、礎に刻まれた名前をすごく大事に手で触れていました。その人の子孫でもないし、関係者でもない。けれども、その名前を大事になでて、いとおしんでいる映像に私も涙が流れる思いをしました。その人の生きてきた証を後世の若者が大切に確かめ、思いを寄せているのですから。みなさんは日々、実名と匿名報道の現場で悩まれていると思いますが、ひめゆりの塔も平和の礎もそうですし、実名で記録する意味について、私は思いを確かにしました。記憶の継承という意味でも実名が大切だということです。

○佐々木委員
池田委員が、実名が大事だと言いましたが、別の言葉で言うとファクトなのだと思います。こういう名前の人が死んだ事実があるという意味です。事実を伝えていくのがメディアの役割かなと思いました。
(視聴者である青少年と)同じ年代の人がテレビに出ることの重要性というのを普段から感じています。同じ年代の子どもたちがテレビに出ていると、それを見た子どもは番組への注目度が高くなり、(平和学習には)ああいう方法もあるのだと刺激されます。だから、学校で知識を学ぶより効果があるし、知識だけでなくアクティブに学べるということです。

○山縣委員
私はC社の首里高校の番組に共感、共鳴して、すごく勉強になりました。1月から始まって、今回で46回。本当に粘り強く取材をされて番組を作ってきた。ほぼすべてに目を通しましたが、この回がとくに印象に残りました。一つは、スタジオに生徒たちで展開した場面の数分間、ここも非常に印象的でした。彼女たちが使った言葉で、「(沖縄戦で)生き残ったのは結果であり、偶然生き残ったに過ぎない」や、「生き残るための選択肢に正解はなかった」などです。本当に彼女たちを丁寧に取材して、さまざまな人たちから聞いて作ったのが放送でも伝わってきて非常によかったなと思いました。
首里高校の話は何社かが取材をしていて、6月だったか、当時は5人ぐらいのメンバーだったのが、今では20人弱になっているという記事も拝見しました。是非、地元の高校生が頑張っている姿を各社がいろいろな形で、首里高校だけではなくて、さまざまなところで頑張っている生徒がいると思いますので、応援してあげてほしいなと思います。

<パート2:沖縄県内向けのラジオ3社の番組>

○吉永委員長
次はラジオの3作品を続けて聴取します。最初はD社の番組コーナー企画です。

○D社の制作担当者
今年で6年目になる番組ですが、この企画は毎年、慰霊の日にパーソナリティーが戦争体験者に話を聞きに行ってリポートを放送しています。普段はバラエティー寄りの番組で、ニュースや政治についてコメントする番組ではなく、にぎやかに楽しく放送しています。ニュースや戦争の話題に普段触れなかったり、能動的にドキュメンタリーを見ない、見ようとしないという層の人たちにも戦争の問題を届けられるかなと思い企画しています。ラジオなのでXで聴いている人からのコメントがたくさん届くので、慰霊の日はリスナーからの感想を共有しながら、コミュニケーションを取りながら放送を進めました。

○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、E社のラジオニュース企画をお聴きください。

○E社の番組制作者
この企画は、担当する女性アナウンサーが自ら取材して放送しました。オーソドックスな作りになったかと思いますが、毎年、慰霊の日がある6月には何らかの形のものを展開しています。今年は戦後80年企画ということになり、取材したアナウンサーには多くの声を残したいという大きな思いがありました。その中の一つを、みなさんにお聴きいただきました。とくに若い人たち含めて、多くの人にこの声を聴いてもらい、そして記憶してもらい、ぜひ次につなげてほしいという、そんな思いがあったと聞いています。

○吉永委員長
ありがとうございます。続いて、F社の番組内の特集企画です。

○F社の制作担当者
この番組自体は学生をターゲットにしたもので、今回、6月23日に一番スポットが当たるのがこの平和の詩の朗読ということでしたので、大舞台に立ったこの児童をクローズアップするという意味でも取り上げました。実際の放送では、彼が話した7分間すべてノーカットで届けることになり、ラジオの特性上、しっかり音として、また、想像しながら届けることができたかなと思います。
今回、これを取り上げたのは児童・生徒たちが、自分たちに近い人、年齢的に近い人の話だとスッと入ってくるという傾向があり、私たちの番組でも「半径3メートルの話」をやってもらうことを大事に制作しています。今回は小学校6年生の言葉で、彼がおばあちゃんから受けた話、それを飲み込んで彼がアウトプットした言葉をピックアップしました。最後に私が彼にインタビューして将来の夢を聞いたのですが、戦争の話だけではなくて、この世界があなたたちの未来にもつながっていくのだという意図を込めて、将来、何になりたいかという夢を聞きました。

<沖縄県内向けのラジオ3社の番組について意見交換>

○飯田副委員長
D社のコーナー企画ですが、放送のフローの中にこの証言(戦争体験者の話)がどういうふうに埋め込まれていくのかというところに非常に興味がありました。(事前に全編を聴取したところ)冒頭、ひめゆり学徒隊の舞台の話題から始まって、(沖縄戦と関係する)短編映画の話題、それから慰霊の日のニュース、という盛りだくさんの内容でした。生徒・児童の作文と詩の紹介もあり、6月23日、さまざまなメディアを通じて、多くの人たちがいろいろな働きかけをやっていることが、この番組に集約されている感じがしました。
自由度が高いラジオバラエティーならではの内容で、情報のハブになっていることが非常によくわかりました。あの証言がバッと入ってくるのがすごくかっこいいなと思いました。これはリスナーとの信頼関係がないとできないことだと思います。にぎやかに楽しくという基本的スタイルの中にこういう重い話を入れ込んでいくのは非常に挑戦的だと思います。6年目ということで、試行錯誤というか、年を重ねていく中で何か変化や気づきのようなものがありましたら、教えてほしいと思いました。

○D社の制作担当者
やっているのは毎回同じで、体験者の話を聞くということですが、作り手からの気づきとしては、パーソナリティーには若手が20代と30代で4人いて、彼らの、自分たちがきちんと伝えないといけないという覚悟や責任が、回を重ねるごとに上がっていっていると感じます。

○佐々木委員
E社のニュース企画ですが、(体験を語った)98歳のおばあちゃん(太田康子さん)にしてはすごく滑舌がいいなという印象で、とても聴きやすかったです。普段から語り部の話の饒舌さがあるのかなと受け取ったのですが、その辺の工夫は何かあるのかというのが一点と、太田さんがその後、マラリアで苦しんだという話でしたが、戦争が終わっても苦しんでいる人いたのだということが大事だという意識、意図もあったのかというところの二点を教えてください。

○E社の制作担当者
直接取材した当事者ではないので詳しくお伝えできるかどうかわかりませんが、沖縄の場合、いわゆるおじいちゃん、おばあちゃん、おじい、おばあで、元気でしっかりと話ができる人は結構いらっしゃいます。そうした中から見つけてきて話を聞いたということかなと思います。
それから、マラリアに罹患したなどのさまざまな苦難の過去があったことも、太田さんの証言を通して、その実相を伝えたいという思いがありました。6月の放送ですから大体4回か5回のシリーズだったと思うのですが、何人かの体験者に話を聞いて、その人たちの人生を通して沖縄戦というものをあぶり出したい、今、残しておかないとこうした声は聞けなくなってしまうという思いでした。とくにラジオですのでシンプルに、夕方の情報番組でしっかりと構成をして伝えたという感じです。

○池田委員
F社のさきほどの解説の中で、学生をターゲットにした番組と聞いて腑(ふ)に落ちた点がありました。というのは、戦没者追悼式に関わった合唱団や学校名が具体的に挙げられていたからです。すばらしいと思いながら聴いていました。
これは追悼式のあったその日の夜の放送ですね。そこで、「平和の詩」の朗読をノーカットで7分間全部、流したのですね。これはすばらしい取り組みです。しかも、学生向けのポップな番組の中に平和の詩の朗読があったという、何とも言えない、これこそ沖縄だと思いました。感動しました。
質問したいのは、慰霊の日の平和の詩の朗読の放送は毎年されているのかということと、前後の選曲はどのようにされているのか、毎年変わっているのかをお聞きしたいと思います。

○F社の制作担当者
私は8年前に一度、番組を卒業して、去年また帰ってきました。昔やっていたときには平和の詩の朗読を続けていたのですが、私が離れたときに途切れて、また今年から復活しました。
選曲に関してはなるべく若い人が歌って、しかも沖縄の人が歌っているというところをピックアップしようとしています。これは私だけではなく、パーソナリティーも含めて20代の2人のアンテナにも引っかかるアーティストの中から、こういうことを次にしゃべるのでこのしゃべりだったら、この曲にしようとスタッフみなで、打ち合わせる中で選曲は決めています。

<パート3:全国向けのテレビ2社の番組>

○吉永委員長
最後に、全国向けに放送されたテレビの2番組をご覧いただきます。まずG社のニュース特集企画です。

○G社の制作担当者
この作品は、これまで沖縄戦の企画を10本ぐらい制作してきた東京本社のディレクターがまとめたものです。彼女によると、狙いは2点あって、まず(旧制)沖縄県立第一中学校(現沖縄県立首里高校)には当時、鉄血勤皇隊と通信隊があって、戦死してVTRのなかで写真が掲示された一中の少年たちのことを多くの人に知ってほしかった。校内にある(遺影や遺品が保存されている)養秀同窓会館の展示室を訪れる人があまり多くないからということでした。それをどう伝えるかというときに、遺髪や爪であるとか、遺書などを示すことで、当時の少年たち一人ひとりの個性ある姿のようなものを浮かび上がらせたいという意図がありました。
もう一つは若手キャスターの斎藤佑樹さん(元高校球児で元プロ野球選手)をリポーターにすることで、当時戦場だったことを、たとえば(遺物である)砲弾を持ったときに「ああ、重い」とか、(米軍との戦闘下、少年たちが食糧を運ばされた)ジャングルをたどりながらつぶやく言葉によって、アスリートである斎藤さんから(同じ生身の人間である)身体性とでもいうのか、そうしたものが伝わるのではないかということでした。

○吉永委員長
続いて、H社のニュース企画です。

○H社の制作担当者
私が実際に(首里城下の地下壕跡を)撮影したのは去年5月です。沖縄県も年に一度しか調査に入らない場所なので、綿密に準備をして入らせてもらいました。その映像は公共財ということで各局にも公開して、みなさんに伝える形で映像を撮らせてもらいました。
入ったときの感想としては、将来の公開を目指しているとはいうものの、やはり危なくて次に入れるかどうかわかりません。中へ入ったら息苦しいですし、湿度が100%に近いので、汗がすごく出てくる状況でした。そうした状況を伝えるためにはどうしたらいいのかと考えて、今回作らせてもらったのが全国向け番組のリポート企画です。
このリポートの中で2点だけ意識したのはローカル放送と違って全国放送だということです。正の歴史、負の歴史ということで、首里城と地下壕という、首里城なら誰もが知っているところも踏まえて、それを入口にしました。放送でVR(バーチャルリアリティー)とフォトグラメトリーという技術(複数の写真からフォトリアルな3Dモデルを生成する技術)を使って演出したのですが、番組キャスターが出てくることで少しでも視聴者に体感してもらえるのではないかという思いも込めて、このバーチャルという演出にしました。もう一つは、80年も経って当時のことを語れる人が少なくなる中で、「物や場所が語り出す」というか、想像をかき立てることができるようなきっかけになればいいなと思いリポートを制作しました。

<全国向けのテレビ2社の番組について意見交換>

○髙橋委員
G社の特集企画についてです。昨日、学校の先生たちと意見交換したとき、こういうメッセージを誰が伝えるのかがすごく大事だと話していました。つまり、同年代の子たちが伝えると同年代に伝わりやすいし、あるいは同じ話をするのでも、名前が知れていない人が解説するよりも認知度がある人が説明したほうが、伝わりやすいのではないかという意見でした。高校球児として活躍した斎藤佑樹さんというキャスター自身が、それこそ戦争に駆り出された当時の(旧制)中学生と同じ年ぐらいのときに甲子園で汗を流して活躍していました。その本人なので、その対比みたいなところも感じる番組だったなという印象でした。
この番組は全国放送ですが、G社の本社が夕方と深夜の全国ニュースで、「いまを、戦前にさせない」というキャンペーンを張っていましたね。そのキャンペーンがうまい具合に連動していたなと感じました。本社のアーカイブでこの番組を見られたり、Yahoo!ニュースでピックアップされたり、リアルタイムで放送されたときだけでなく、さまざまなところで多くの人の目に触れたという意味では、たくさんの人に知ってもらう効果はあったのかなと思います。
昨日の先生たちの話題の中で、修学旅行で来る生徒たちは沖縄のことをすごく勉強して来ますが、沖縄に住んでいる子たちは意外と事前知識がないという話がありました。それで、一点お聞きしたいのは、(旧制)沖縄県立一中のことや、養秀同窓会のことは県内での認知度はどの程度なのか確認したいです。

○G社の制作担当者
C社の特集企画で取り上げていた県立首里高校が(旧制)県立一中の後継の新制高校です。在校生は、一中の歴史をきちんと学び続けるような仕組みができているのですが、ほかの高校ではどうなのかというのはよくわかりません。それぞれやっているところとやっていないところがあるという感じなのだとは思います。

○C社の制作責任者
実は私の父が「(県立一中の)鉄血勤皇隊」で、私は今、51歳ですが、父が50歳近くなってからの子なので、(鉄血勤皇隊に動員された生徒の)子どもとしては最後の世代になると思います。少年兵で生き残った人が少ない中で、生き残った人たちも戦後の暮らしの中では体験をほとんど語ることができなかった人たちが多いのです。そういう中でも、岸本さんという男性がボランティアで長くこの養秀会館という同窓会館を守って、遺髪や遺書などを一つ一つ、個人が中心になって集めてきたということです。実は「ひめゆり学徒隊」よりもフォーカスされてこなかった資料館なのです。沖縄戦を取り上げるメディアも、毎年のように取材をしてきましたが、あまりにも伝えなければならないことが多くて、なかなかスポットが当たらないところがまだたくさん残っています。
先ほどあった、毎年のように慰霊の日にどういうことを伝えていくかという話についてですが、時が経ったからこそようやく語れるようになった、気持ちの整理がつくようになった、また、定年退職して社会的なさまざまな役割や責任から解放され、今なら自由に語れるという人たちが実はいらっしゃいます。語り部の話を撮らせてもらうことでは、先輩たちがやってきたことを繰り返すだけではなく、まだまだ私たちが見つけていない大事な話というのがたくさんあるのかなと思っています。E社のラジオニュース企画の中で、おばあさんの言葉一つに非常に重みがあって、人の声ってこんなに伝える力があるのだなということを改めて感じました。そういう意味では放送というものにまだ大きな可能性があると信じたいと改めて思いました。

○佐々木委員
H社のニュース企画についてですが、首里城の下に旧日本軍の司令部があったことはよく知りませんでした。すごく印象に残ったと同時に保存すべきだという気持ちが強く湧いてきて、ここに募金箱があったら入れたい気持ちです。それぐらい意義のある番組だなと思いました。
そこで質問ですが、映像を公共財にするのはとてもすばらしいことだと思うのですが、自由に使えるのか、どうやったら使えるのかということ、VRはどこかで試せるのかということをお聞きしたいです。

○H社の制作担当者
VRはまだ当社のシステムの中に入っていて、いろいろな場所で公開しています。今年の慰霊の日には県の平和祈念資料館の中で一般の人にも見てもらいました。首里城公園の中にある首里杜館(すいむいかん)でも、公開しています。まだ定期的にできているわけではないのが現状です。公共財としてどこまで使えるかという話ですが、県には共有していますが、それ以降どこまで共有できるのかは調整が必要かなと思っています。

【意見交換 第2部「戦争と平和の問題を次世代へ引き継ぐ取り組みについて」】

○吉永委員長
ここからは第2部です。全局の番組を対象に戦争と平和の問題を次世代にどうやって引き継いでいくのか、その取り組みなどについて全般的な話を進めていきます。まず、飯田副委員長に視聴・聴取した番組全般の総括的な感想をお願いします。

○飯田副委員長
昨日、平和教育に取り組む小・中・高の教員のみなさんとの意見交換会では、先生たちに放送に期待することについて話してもらいました。放送番組の作り方と学校教育の現場で子どもたちにどう教えていくかに関しては共通点が非常に多いと、今日、改めて強く感じました。抱えている課題も重なるところが多いと思います。
例えば、「記憶の記録」という話がありましたが、戦争体験者の語りに頼れなくなっているのは放送も学校教育の現場も全く同じです。学校においてはこれまで蓄積してきた平和教育の伝統が通用しなくなってきていて、教えなければいけないことが変わったわけではないのですが、教え方を変えていかなければならないということで、先生たちは非常に強い危機感を持っていました。学習者主体のアクティブラーニングやワークショップ、VRを活用した取り組みなど、さまざまな試行錯誤をしている段階です。「株式会社さびら」のような、アクティブラーニングを実践している企業との連携も取り入れています。そうした傾向にスポットを当てて取材した番組も今日、拝見した中にあったと思います。
学校現場では教育と学習を区別しています。教育は、教える中身の話です。それだけではなくて学習環境をどうデザインしていくのか、その両方を考えないといけないので難易度が上がっています。
放送もおそらく同じなのではないかと思います。伝えるべきメッセージは不変性も当然あるのですが、そのメッセージを入れ込むフォルム、フォーマットと言ってもいいかもしれませんが、そういったところを考え直さなければいけない。そこで今日の話に出たような、モノや場所に語らせるという方策が現れてくるのかなと思います。
昨日の先生方の話でもう一つ衝撃的だったのは、子どもに関しては自分たち教員が頑張っていけばいろいろ教えられるのだけれども、大人がきちんとわかっているのかというと、そうではないということでした。大人の学び直しというのは非常に難しいし、とくに若い先生たちに自分たち(ベテランの教員)の問題意識をどう伝えていくのかという、いわゆる教師教育の難しさについて深刻に語ってくださいました。
その点、大人や教師への働きかけということに関して、放送の果たす役割への期待感を現場の先生たちが強く持っています。そういう意味でも今回、視聴・聴取した番組から放送の可能性を強く感じる点が多かったと受けとめています。

○沢井委員
D社のラジオ番組で、戦時中は12歳だった90代の体験者が非常に苛酷なことをボソ、ボソと話していました。人が死んでいるのもたくさん見たよと、死体を踏んづけるようにして歩いても、もう何とも思わなかった、怖くもなかったと。「怖い場面は見たくないです」ということとは対極の話で、ものすごく悲惨で苛酷な戦争の現場では、子どもたちも死体を見慣れるわけですね。見慣れてしまってもうびっくりもしない。悲しいかもしれないけれども、もう怖いという気持ちすら感じなくなる。
暴力場面をテレビで見続けるとどうなるかという研究は心理学でもメディアの研究でもたくさんあります。過去60年ぐらいの研究を全部解析したものを見ると、暴力的な映像や、人が死ぬとか、バンバン撃つなどのシーンを見慣れてしまうと「脱感作」が起きて、暴力的なものを見ても何も感じない、鈍感になってしまうということです。
本当の戦争になれば人の心は子どもであっても怖くなくなってしまう。それは大変不幸なことです。脱感作の状態になり、見慣れてしまって耐性ができてしまう。逆に言うと、トラウマとなってあとあとの人生に非常に暗い影を落としたり、フラッシュバックして不安になったりということが起きるかもしれない。怒りっぽいお父さんになってしまうかもしれないと感じさせます。そういうことを(放送の番組で)追っていくことも大事なのかなと、90代の体験者が実体験を話すのを聞いて思いました。
本当の戦争がどういうものだったのか、心にどういう影響を与えるのかを考えさせる番組は、大人も開眼させると同時に、子どもたちと一緒に学ばなくてはという気持ちにさせると思いました。

○山縣委員
私は広島出身で8月6日は(原爆投下を)必ず思い出させてくれる日です。マスコミを含めてそれが普通だと思っていました。ところが全く知りませんでしたが、大阪に行くと3月13日という大空襲の日があるのです。沖縄の6月23日という(慰霊の)日が印象付けられたのも、この10年前後のことだと思います。それ以前は(慰霊の日の式典が)あまり全国放送されていなかった印象です。今日拝見した番組もほとんどが6月23日前後の放送でしたが、そこだけでいいのだろうかということです。年間イベントのひとつになっていることを放送局はどう考えているのかなというのが一点目です。
それから二つ目は、今日の番組の中で1年間ずっと4、5分、長くて7分ぐらいだと思いますが、延々と毎週やり続けているのがありました。こういうのはきっと心に残るのではないかと、見る機会も増えるでしょうから。昨日、学校の先生たちが「6月23日で沖縄戦が終わったわけではありません。それをマスコミの人たちにしっかり伝えてほしい」と言われました。そのことも含めて二つ目の話をさせてもらいました。
三点目は、家庭でつないでいく、家族の中で、親から子へ、おじいちゃん・おばあちゃんから孫へというつなぎ方がだんだん難しくなってきました。それは語りたくないというよりも語れない人たちが出てきたということだと思います。それをカバーするのが学校と社会でしょう。
社会は意図的でなくても歪んでいくものだと私は思います。時間が経てば自分たちの印象に残っているところだけを語り継いでいって、ほかの人から見たら重要な部分も捨象してしまう。結果として、事実から少し離れたところだけが伝わっていく。こう考えたときに学校の重要性というのは非常に大切ではないかと思って沖縄を訪れましたが、昨日の先生たちの話では「もう学校で平和教育をやる時間はほとんどなくなってきています」ということで、ガクンときました。
学校だけで教育をするのが難しいのならば、現在、各社がいろいろな固有の資料や蓄積データを持っていると思いますが、一定の放送教材を「沖縄の放送局のチーム」として共有していくのは難しいでしょうか。第1部でH社の制作担当者が「代表取材という形で首里城の地下壕跡に入りました」と話したのを聞いて、そう思いました。自分たちが作った財産を大切にしたいという部分もあるでしょうが、沖縄発信として、沖縄の子どもたちにしっかりと伝え、それを日本全体に発信するために、どんな立場でも使えるものができると、大阪でもぜひ使ってみたいなという感じを持ちました。

○代表社の参加者
山縣委員が指摘されたことについて、沖縄のメディアはすごく誇りに思っています。この1年間ずっと自社と他社の放送を毎日見ていました。年間を通して、みなさん放送していますし、この1年だけでなくても3日に1回ぐらいは沖縄戦のことを取り上げていますね。6月23日だけでなく何かにつけてあるのです。例えば(1944年)10月10日の「10・10空襲(じゅうじゅうくうしゅう)」ですとか、旧日本軍が南部に撤退することを決めた日(1945年5月22日)があり、実際、撤退した日(同年5月27日)もです。
だから、カレンダージャーナリズムという言葉がありますが、一時期に集中するという意味でのカレンダージャーナリズムではなく、年間を通しての意味でのカレンダージャーナリズムをやっていけていることを仲間とともに誇りに思っています。ただ、それが全国に向けて発信できているかというと、それは長年の課題です。H社が6月23日の全戦没者追悼式を全国放送するようになってからまだ20年も経っていませんから。
山縣委員が言われたように、「家族から家族へ」というのはまさに難しくなっています。高校生から高校生へという形が5年ぐらい前から始まっていて。高校生から中学生へ、去年(2024年)には中学生から小学生へという形です。また役場の職員が学んで、それを学び直しをする一般の大人たちに伝えるということが、少しずつ始まってきました。みなさんが心配する中で少しずつ希望が持てています。このような芽を、戦後80年以降につなげていくために、私たち放送局が後押しをしなくてはいけない。放送することで後押しになるという機運につなげていかなくてはいけないと思います。
沖縄の放送局のチームの話ですが、他社の仲間とプライベートの場では20年前から「お互いのアーカイブをどうにかしたいよね」と話していますが、なかなか難しい問題です。共有すべき財産だからという感覚よりも、競争がまだ先に立っていて非常に難しいところがあります。

○吉永委員長
8月ジャーナリズムと言われて、8月になると全国一斉に戦争の報道をするということなのでしょう。一年を通して戦争を常に伝えていくのは、沖縄ならではだろうと思います。
東京でも(1945年3月10日の)大空襲で一晩に何万人も亡くなっているわけです。それで新聞はやりますが、新聞を受けても、テレビはほとんど報じません。若い人は新聞を全然読みませんからテレビを見てほしいと思っても、そのテレビで東京大空襲を伝えるのをもう何年も私は見ていません。
だから、東京がどのように無差別攻撃に遭ったのかを、東京に住む人はほとんど知らない。ある意味で、内地と沖縄との戦争というものに対する温度差がどんどん広がっている状況にもあるのかなと思いました。

○髙橋委員
私は鹿児島県出身なので、地元ではどうしても知覧の(旧陸軍航空隊の)特攻隊がメインに報道がされていました。実は鹿児島県には知覧以外でも特攻隊の基地がたくさんあるのですが、全く知られていない状況です。知覧の特攻隊の「特攻平和会館」に子どもたちが修学旅行や遠足で行くのですが、青少年が戦争に参加したことに関しては「ああ、かわいそう」という感じで終わってしまっているようです。
何が起きたのかというファクトをメディアがしっかりと伝えることは大事なので、まだまだ知られていないことを多くの人たちに知ってもらうことは大事なミッションだと思います。一方で、昨日「株式会社さびら」の安里さんが話していたのですが、継承することが目的になってしまっているのではないかと。継承し、結果としてこの平和をずっと続けていくことが目的なのだけれども、とにかく継承していくことだけがゴールになっている感じがするという懸念を語っていました。
学校だけなくマスコミと一緒に、子どもたちが、なぜ戦争が起きるのかや、どうしたらこの平和を守れるのかなど、そういうことを考えられることができたらいいのかなと思います。戦後100年になってもこの平和が守られるために、子どもたちが考えていき平和を守っていけるような番組作りができたらいいのかなと思い始めたところでした。

○参加者
生徒・学生たちに向けて番組を作っていて感じるのは、まじめに作ろうとすればするほど届かないということです。まじめに作っても「今これ、学生に届いていないな」と実感するところがあります。
その中で今日、C社の番組で紹介してくれた首里高校の生徒たちの取り組み、これが一つの答えを示してくれたのかなと思いました。自分たちの頭で疑似体験することです。私もさきほど「(番組内の生徒に)3秒で答えてください」と呼びかけられたときに、自分で真剣に考えてしまったので、「ああ、自分のこととするのが、すごく大事なのだな」と気づきました。(番組を)自分で作っていても、これをどうやって届かせるかがすごく課題になっていたものですから、こういう体験ものにするのはすごくいい方法だなと気づかせてもらいました。彼女たち(首里高校の生徒)のことはとても興味があったので、また取材させてもらいたいと思います。

○吉永委員長
真剣にまじめに取り組めば取り組むほど届かないというのはノンフィクションの作品にも言えることです。何年もかけて綿密に取材をして書いたものほど売れないことがあります。
なかなか伝わりにくい問題だけど、伝えていかなくてはいけない。そこにさまざまな葛藤や工夫などが求められるようになるのかと思います。地元で番組制作をするうえで難しい点があるのかなとは感じるところです。沖縄での取材、番組制作におけるご苦労などがあれば、聞かせてもらいたいと思います。

○代表社の参加者
取材における苦労ではないのですが、(旧制)県立一中の資料館の解説員の人と同席する機会があって、そのときの話では、平和ガイドのベテランの人でも子どもたちに沖縄戦の体験を知らせるときに「この場所でこんな悲惨なことがあったんだ。こんなむごいことがあったんだ」とこれを子どもたちに伝えないといけないのかと、少し疑問を持っているといいます。結果的に、本人が感じたいときにそれが届くことがいいのではないかという話がありました。いわゆる沖縄戦の教え方、沖縄戦のとらえ方というのも、沖縄県民としてこうあるべきだというところに沿ったものに乗ってきてしまったのかなという感覚が今、いろいろな取材をしていて確かにありました。
解説員の人が、若い人たちにまず一中学徒たちを知ってもらうときに、当時の全体の集合写真を見せて、その中には下駄を履いている男の子がいたりとか、制服が結構ラフになったり、はだけていたりなどしているのを示す。普通に見ると気づかないかもしれないのですが、実は当時もハイセンスな子たちがいたり、少しやんちゃな子たちがいるクラスがあったりとか、そういう目で見ると、非常に親近感が湧いてきます。自分たちと同じ感覚の子たちが当時もいて、生徒たちが戦争に向かう授業の準備はおかしいではないかとボイコットしたという話もあるらしい。これらは普通に沖縄戦を取材して資料を漁っている中ではなかなかたどり着けない情報です。こうして見方を変えると、沖縄戦というものに違ったアプローチがあるということを非常に感じました。沖縄戦のとらえ方ということに、私たち作り手のほうもさまざまな工夫をして、当時にどう思いをはせるかということが必要なのだと思いました。

○参加者
映像資料を活用しながら、沖縄県内の大学で、それをコンテンツとして教えています。県内で、とくに基地問題、平和、戦争を教える際に学生一人ひとりを取り巻く状況が違っていて、例えば親が基地で働いている学生もかなりいます。沖縄戦を教えることや、平和、基地問題を教えていくということは(番組制作とは)全く違うフェーズで、番組制作者が伝えたいと思っていることも、受け取る側の状況によっては丁寧に説明しないと、「自分の親が基地で働いているから悪者なのではないか。批判されているのではないか」などの偏見や差別を生み出しかねない危険性があると実感しています。そういう中で、テレビ、放送の役割というのは非常に大切で、自分たちの意見がまだ固まっていないからこそ、そういう学生たちにどのようにコンテンツを見せていくのかというのは非常に大切だなと思いました。
先ほどあった、テレビはお茶の間ではなく、個人で見るという話で、周囲の人たちと会話をしながら理解していくということではないとありましたが、実際、私もそれを感じています。一方で、イベントなどで、番組を見てもらったあとに実際に出演してもらった人にトークをしてもらう、事前にきちんと教員が教えたあとに見てもらうなど、いろいろなオプションを同時進行で行いながら、今までテレビ局が作ってきたものを活かしていくということは重要ではないかと思います。番組に出た人が自分たち(学生たち)の目の前に立って、もう1回話をしてくれるというだけで目の輝きが全然違ってくるところもありますし、そういう活用もあるのではないかなと考えています。

○池田委員
昨日の学校の先生たちとの意見交換会でも、沖縄現代史の伝え方が難しい、社会科の先生も悩んでいるという話がありました。沖縄戦のことはもちろん教えるし、それが現在の基地の問題や性暴力の問題などとつながっているのですが、そこの教え方が大変難しい。教えている生徒の中には保護者が基地で働いていたり、関係者だったり、自衛隊の関係者の人もいる中で、触れたいけれども触れ方がわからない。触れなければいけないことはわかっているがどうしていいかわからないなど、もがいているような印象受けました。
その中で映像資料の活用はとても大事だと思います。各社は、戦中の映像、戦後を振り返る映像、すなわち現代の問題につなげる映像で、多くの番組を作ってきたと思います。これだけの貴重なみなさんの英知、時間も労力もお金もかけて作った貴重な作品や映像があるのです。先ほどアーカイブ化は難しいという話もありましたが、次世代に引き継ぐ取り組みにおいては、これらの番組を使わないのはあまりにもったいないと思いました。

○参加者
私の両親は伊江島の出身です。伊江島も激しい戦闘があって、(米軍による)強制収用で土地が奪われて基地ができたという、戦後は戦後で非常に苦しい道のりを歩んだ島の一つです。そんな中、私は軍用地料で大学を出ました。私のいとこたちもみなその恩恵で大学に行かせてもらったという側面があります。
私も実はずっとそれを負い目に感じながら、アメリカ軍基地に関する自分自身の考えや平和に対する考え方は持ちつつも、それを口に出すのがすごくしのばれて、なかなか口にできない時期が、マスコミに入ってからも続きました。
だいぶ縮小したとはいえ、基地経済の恩恵を受けながら生活している人、そして、私と同じようにどうしても後ろめたさを感じてしまう子どもたちがいるのは事実だと思います。当事者の一人として、それは強く感じました。そういう意味では過去のコンテンツの出し方に関して、丁寧な説明がないため心に傷を抱えたまま大人になってしまうということがあってはいけない。私自身、そういうトラウマがあったものですから、今の話を聞いて、それを思い出しました。マスコミ人として、そういう出し方、そして青少年に与える影響の強さというのは改めて考えなければいけないなと思いました。

○吉永委員長
報道するとき、どの立場でどういうふうにやっていくのかという非常に根源的な話にもなるのかなと思います。次世代にどう伝えていくのかということでは、学校の先生はダイレクトに次世代と向かい合っているわけで、そこでの悩みは、放送がどのように若い人にも伝わるコンテンツを作ろうかというときの参考になるのかなと思います。
難しいのは、米軍(の基地)に勤めている保護者の子ども、米軍のところの子どもがいるし、自衛隊関係の子どももいるということになって、大人社会の分断は必ず子どもの社会も分断する。その分断によってその子どもたちの社会の中で、「戦争はいけない。平和を守ろう」ということに複雑さが出てくる。これはもう大変だからやめてしまおう、なるべく当たり障りのないところにしておくのが一番楽な方法かもしれません。でもそういう分断があるからこそ、その分断を乗り越えて共有できるもの、伝えるべきものを求めてコンテンツを作っていくこと、そして、分かり合う場を持つことが大事なのかなと思います。

【意見交換 第3部「子ども・青少年を対象とする取材活動などの課題について」】

○吉永委員長
ここからは第3部です。日常の番組取材活動にともなう、とくに子どもを対象にした取材についての問題提起をしていただきます。

○代表社の問題提起
「小学校のときにインタビューを受けたのですが」という電話が去年(2024年)、当社にあって、高校生になった今でもネット上に動画が残っていて、(周囲の)いろいろな人から「映っているよ」言われたり、拡散されたりするのでやめてほしいということでした。
過去に放送した子どものインタビューといっても、ほのぼのとしたいい場面で、中身としても何か意見を言うというものではなかったのですが、ネットに残っているという状況でした。子どものインタビューや映像を今後どうしていくべきなのか。撮影をするときにも気をつけないといけない状況になっているのか。保護者や学校の同意は得ていたのですが、子ども自身がどうとらえるかというのは、非常に難しい問題でした。今後はどのように取り組んでいけばよろしいでしょうか。

○吉永委員長
子どもの取材をしたことで、同じような経験をされた社があるかと思うのですが、類似のケースでそのときどう対応しようとしたか。いかがでしょうか。

○参加者
大学生の討論番組を作ったときに米軍基地問題や自衛隊問題を議論しました。その発言部分を番組の宣伝を兼ねてSNSで発信をしていました。出演した学生たちには事前に「SNSでも番宣でも使いますよ」と了承を取っていました。ただ、それでどんな反応が来るかわからないので、SNSで起こったことを処理し、かつ出演した人たちと24時間、常に連絡が取れるような担当を置いてやりました。
反応は大体予測した範囲だったので、最初は何もなかったのですが、基地問題について自衛隊の基地があることに対してわりとプラスのことを言う人の発言がSNSで、中国で拡散される状況になりました。これは想定してないことだったので、本人から取り下げてくれ、やめてもらえませんかと言われてやめました。これまで全く想定しないようなことが、番組を通じて起こることがあるので、今までの番組作りとは明らかに違う態勢を作って、対応も多様化していかなければならないと思いました。
このときの討論番組では、学生が100人ぐらい出てくれたのですが、すべての人から了承は取ったうえで、誰からでも連絡を24時間受けられる窓口を置いたのはよかったと思います。ただ、本当にいろいろ難しくなってきていると感じました。

○吉永委員長
ほかに子どもの取材に関して苦労しているとか、こんな問題が起きたという経験のある人はいらっしゃいますか。
大きな事故の現場に子どもがいたときに、その子を取材したいが、それによって何が生じるのかというような問題と、子どもだから整理しないまま発言してしまうこともある。それがまた、SNSで拡散されるということと、一度SNSに流れたものがネット上にずっと残ってしまうという、複数のリスクを抱えながらの取材ということになると思います。
また小学校入学の微笑ましいシーンってありますね。ランドセル背負って、名札つけて初めて学校に行くシーンが、今は放送しにくいことを以前の意見交換会で聞きました。これは(テレビに映ると)名前がわかってしまう、それから顔がわかってしまう、子どもが特定されることで誘拐などの犯罪被害者になるのではないかという懸念まで配慮しなければならない。では、顔も名前も隠して、ランドセルだけ背負う後ろ姿だけで小学校入学というニュースになるのだろうかという意見でした。そういう意味では子どもの意見も聞きたい、子どもだって話したいことがあるというときに、本当にやりにくくなっている現状があると思っています。

○飯田副委員長
毎年こうしたテーマが青少年委員会の意見交換会では話題になります。そのときにいつも申し上げていることですが、これは子どもに限った話でも、放送に限った話でもなくて、社会全体の変化だと思います。
大学でも全く同じです。広報活動の一環として在学生や卒業生のインタビューをネットやパンフレットに載せているのですが、ネットに関しては載せたまま放ったらかしになっていることが多く、卒業後ずいぶん経ってから、削除してほしいという依頼がずいぶん増えてきています。転職したから、就職先や内定後のインタビューを下げてほしいという依頼は以前からあったのですが。以前からいやだなと思っていた人はいたけれども、一旦取材を受けた以上は仕方ないという諦めが強かったのに対して、近年は比較的、声を上げてよいのだという雰囲気も広がってきたのかなと思います。
今世紀の初頭、インターネットが普及し始めた頃に、「プライバシー権から自己情報コントロール権へ」という議論がありました。何を隠すかということではなくて、どういう情報を開示していくかを生活者が各自コントロールしていくという考え方が大事だということです。ただ今世紀初頭では、多くの人にとってはまだひとごとでした。この四半世紀のあいだにソーシャルメディアが普及して、多くの人がそういうコントロールを自分でしていいのだと、自分自身の問題としてとらえるようになってきたという大きな変化があったのだと思います。
一方で、社会の側は、例えば学校のPTA活動もLINEグループで行われていて、保護者どうしも互いに顔も名前(本名)もわからない状態でも、チャットのやりとりで必要な作業だけは進んでいきます。顔や名前がわからなくても、必要なコミュニケーションが取れる社会になってきている。社会学では「インティメイト・ストレンジャー」と呼ばれますが(富田英典『インティメイト・ストレンジャー:「匿名性」と「親密性」をめぐる文化社会学的研究』関西大学出版部、2009年)、そういう匿名化社会が徹底されてきた状況です。それは放送が、とくにテレビが持っている(顔出し・実名という)魅力とは非常に対比的であり、放送に対しての負の影響が今後、いろいろな場面で出てくるのではないかと感じています。

○池田委員
最初の問題提起について、小学校時代のインタビューを受けた子が高校生になって、ネットに載っている映像を下ろしてほしいという要望だと理解しました。これはニュース映像ですね。当時、ニュースバリューがあると考え、公共性・公益性あると判断したうえで報道して、それをネットに載せたということでしょう。プライバシーや肖像権などの問題をすべてクリアして出されたのだと思います。そういうときの取り下げは慎重にしたほうがいいと考えます。
もし今から振り返ってその当時、プライバシーや肖像権の処理などにちょっと問題があったと感じられたり、その高校生がなぜ取り下げてほしいと言ってきているのか、どのような問題が生じているのか、その申し出がそのとおりだと考えられるなら、必要に応じて取り下げる判断をしたほうがいい場合もあると思います。
しかし、今から振り返っても、当時の映像に問題はないと考えられるし、いろいろな権利関係もきちんと処理してあるのであれば、取り下げの判断は社として慎重にしたほうがいいと思います。重要なのは取り下げてほしいと言っている高校生に生じている問題が何かを把握し、それが社会生活上の受忍限度を超えているかどうか、それが一つのポイントだと思います。そのような検討をすることなく、取り下げてほしいという要望が何件も続いて、全部、はい取り下げますという対応を取るのは、報道機関として慎重にされたほうがいいというのが私の意見です。
つぎの討論番組の場合は、本人たちに事前に説明したうえで了承を得てSNSに載せ、それで24時間連絡を受ける態勢をとった。それは非常に大事なことだと思います。そのうえで中国で拡散するという想定外の事態が起きた。番組の宣伝を兼ねており、さきほどの高校生のケースとは違う判断が求められていいし、とくにネット上の誹謗中傷は今、非常に問題です。社会生活上の受忍限度を超えている、超えるおそれがあるのであれば下げる判断をしたほうがいいと思います。

○吉永委員長
ラジオの放送というのは、声を取材して自由に放送できるというところでは、テレビより許容度が高いと判断してもいいのでしょうか。

○ラジオ局の参加者
民放連の放送基準で出演者保護ということが条文(2024年新設の第56条)に明文化されて以降、私たちも出演者の保護について考える意識や感度が高くなった部分はあります。しかし、音声コンテンツをそのままネットにアップすることが、当社の場合は、ポッドキャストであればあるのですけれども、そこに一般のリスナーですとか、あるいはインタビューした人の声が載ることがないものですから、テレビ局のような問題は当社に関しては、とくに発生していないという状況です。ただ今後、似たような案件が出てくる可能性はあるかと思います。
radikoなどもあって、放送が終わったものが今は、契約によっては30日間聴けるのですが、30日という限度がありますので、インタビューした人の音声が私たちの意図しないところで拡散されて、それが本人の受忍限度を超えるような反響につながるということは今のところありません。当社の番組制作の中では想定しにくい内容だと考えています。

○ラジオ局の参加者
(番組制作の一環で)写真を撮らせてもらって、SNSでアップすることは日常的になっていて、とくに高校生以上にもお願いして撮らせてもらうことがあります。その際には必ず、(写真に)出たくなかったら外れてとか、マスクしていいよなど、その辺はもう自由意志でお願いしています。
全体写真を撮るにしても、写りたくない人は写らないところにいてねというアナウンスをして撮影し、どことどこで何々に使いますよという説明をして使わせてもらっています。

○髙橋委員
(テレビの場合は)どういう内容を残すかというのも大事かなと思います。例えば事故に遭遇したときや災害時のインタビューは、そのときには保護者が許可したから出ていても、それがあとまでネット上に残っていて、(それが目に触れると)その事故や災害がフラッシュバックするということは起こり得えます。災害時などのケースには気をつけたほうがいいとメンタルヘルス上から考えるところです。

○代表社の参加者
池田委員に質問です。先ほど、肖像権とかプライバシーなどの処理がしっかりされていれば、削除しないほうがいいという話を聞きましたが、例えば戦争、過去の体験者のインタビュー、もう20年も30年も40年の映像があったとして、あの時代に連絡先だとか、肖像権クリアしましたよというようなやりとりをしていない映像があります。ほかの社にもあると思いますが、そういう映像を使う場合はどういう判断になるのか。今、権利主張が強い時代において、逆にそこでたじろいでしまっては本当に重要な証言が埋もれてしまうということも考えられるので、私たちメディアが被写体のみなさんになすべきこと、遺族の方にもすべきことについて何かアドバイスがあれば聞かせていただけますか。

○池田委員
権利関係の処理が今ほどきちんとされていなくても、当時の証言映像は、本人の同意があったと推定されるでしょう。その本人がカメラを向けられた状態でインタビューに答えていることで、本人の承諾はあったという推定が働いているということです。さらに心配があって、ご家族の連絡先がわかるのであれば一言、事前にお断わりするということもあるでしょう。ただ、本人の同意の推定は働いているとう前提です。

<委員長による議論の総括>

○吉永委員長
宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』に「カオナシ」というのが出てきます。顔が見えないときはものすごく居丈高で、結構、強いのですが、顔がばっと見えた瞬間にヘナヘナになってしまうというのがあって、これを見たときに日本の社会そのものだなと思いました。
今、その法的な問題をクリアできたところでも、日本にとっては法よりも上に世間というものが未だに存在しています。都会よりは地方に行ったほうがこの世間の縛りというのがきつくなってきて、この世間から守るみたいな。法的にクリアできても世間で守れないというようなこの2つのハードルがあるのかなと思います。
やはり人は名前があることで、その人の一生というものがクリアになるわけですね。そこに匿名で何人、部屋で何人亡くなりましたという総数で言うのと、個々の名前があれだけ並ぶことによって信憑性であったり、重大性であったり、残忍性というものが浮かび上がります。
これが今、この実名よりは匿名ということ、匿名にしておくほうが安心だよねということで、匿名になると、その意見はかなり過激になる。自分が匿名の中で隠れみのになって、透明人間の話であればいいやみたいな、その信憑性というものがかなり落ちてきてしまうのではないかなと思います。これは日本が実名できちんとものを言える社会から、ネットの社会という匿名でないとものが言えない社会になりつつあるのではないかと、これも危険な分かれ道に来ているのかなと思います。
その際に、社会の中でどうやってメディアは人の人生にきちんと向かい合った報道ができるのか。そのときに、その名前の問題や映像の問題は重要に関わってくるのかなと思います。結局は個というものが確立されていないと流されるのですよね。どうしても個のものが言えない人というのは、何か大きな波が来たときに一斉に流れていくといいます。
これはある種、日本の非常に特徴的な世界でネットの影響というのはアメリカでの影響と日本での影響とではかなり違うのかなと思いました。本日のテーマの戦争を伝えるということにも関わってくる問題でもあると思います。
ここに放送メディアとして、あるいは新聞もそうですけれども、自分たちの基準に従って、これは報じるべきだというところを確立していくか。確立していかないと、やらない方が楽だねというほうに流れていってしまうのではないか。それは放送の力というものを、自らの中で削いでいってしまうのではないかという危惧を思いつつ、結構、難しい問題ではないかと思って聞いていました。
本日は長時間、ありがとうございました。

【事後アンケート概要】

意見交換会終了後、放送局側の参加者全員にアンケート(全5問)の協力を依頼し、8割近い15人から回答を得ました。その概要を紹介します。

  • ▼沢井委員の基調報告とその質疑応答について

    • 若い世代に戦争の悲惨さをどう伝えるかについて初めの段階で拒絶されては意味がないので、最初はアニメなどを使えば見てもらえるという点は気付きになりました。その次の段階として関心や知る必要性を理解したうえで、より生々しい悲惨な事実を伝えるという段階を踏んでいくという道筋が見えました。
    • 「戦争に関心をもつとき」のアンケート結果から学校教育と同等以上に、放送番組の視聴が関心をもつ契機となり得ることが分かり、改めてメディアの影響力の大きさと伝えていくことの重要性を実感しました。また、恐怖を感じる映像の使用については、肯定的な声と“見たくない”という声の双方があることから、どのような形で伝えるか工夫が必要だと感じました。さらに、幼児への影響に関して提示された「10歳くらいが一つの区切りになるのではないか」というご意見は、今後の企画や番組制作時の参考になると感じました。
    • 「戦争に関心をもつとき」の質問で、「放送番組」「学校教育」という結果が出ていたのは、当社の戦後80年世論調査の結果とも重なっていて、“オールドメディア”の果たすべき役割はまだあると感じ、励みになった。また、戦争の実相への関心が高い層の「恐怖を感じる映像であっても見る」という回答の割合が想像以上に高かったのが印象に残った。「(戦争の)実相への関心が小さい」層への働きかけの重要性を示唆する結果だと思う。
    • 戦場や遺体が映った怖い映像を見たくない、見せたくないという傾向があるという中で、アニメなどの活用が提唱されますが、それでもコテコテのドキュメンタリーの素晴らしさを知ってほしいという気持ちがあります。委員の方からも出た「(みんなでテレビを観て意見を言い合っていた)お茶の間がなくなった」というお話はとても興味深く思いました。厳しい映像を見せないのではなく、見てもらえるようなお茶の間を育てる(視聴習慣を作ってもらうことや、家族で見られる番組を作る、視聴者参加型の番組を作るなどの)工夫が必要なのかと思いました。
  • ▼ 意見交換 第1部「各放送局の番組紹介」とその意見交換について

    • 各局の報道や制作担当者が集まり、意見を交わしながら情報共有できたことは、大変意義深いものでした。その中でも、高校生の事前取り組みや、スタジオ展開で実際に高校生が質問しながら進行する演出はとてもインパクトがあり、「同年代には強く惹きつけられるだろうな」と感じました。また、各局が制作する際の意図やポイントについての説明からは多くの気付きを得ることができ、大変有意義な時間となりました。
    • 各局の放送を見て、委員からの指摘や各放送局制作側の意図を直接聞く機会は非常に有意義だった。中でもラジオ番組で、「学生の学校名を必ず出す」「半径3mの話を放送する」という青少年に訴えようとする取り組みは、テレビでも応用できると感じた。
    • 同じ沖縄にいても、日ごろ意見交換を行うことがほとんどない他社の方々と番組制作について話し合うことができて、大変勉強になりました。「真面目に真面目な番組を作れば作るほど、若い人が離れてしまう」といった具体的な課題の提起、みなさんがどのように向き合っているのかがわかり、大変刺激になりました。
    • (池田委員の)実名が大事、というのは印象的でした。確かに、体験談を読むたび、見るたび、聞くたびに「死亡1人」という数ではない、一人の人間の人生があるのだと実感します。名前により、その生命の重みが実体化するというか、戦争で失われた何十万の命はその総量なのだと、改めて思いました。
  • ▼意見交換 第2部「戦争と平和の問題を次世代へ引き継ぐ取り組みなど」の意見交換について

    • 戦争体験者が身内にいる時代から、誰もいなくなる時代に突入しています。戦争を伝えるうえで映画や演劇などの役割が大きくなっています。戦争がテーマだけど、笑える場面もある。次世代へ引き継ぐ中で、これまで戦争はかくも「悲惨だ。残酷だ」というところが前面に立っていたと思います。シリアスさだけではなく戦争の教訓、沖縄を二度と戦場にしないという県民の意思をユーモアも交えながら伝えていくことがこれからの世代に興味関心を持ってもらう入り口になるのではないかと感じました。
    • 意見交換を聞いた感想です。個人的に「学校教育」という部分に引きずられて考えていましたが、実際には成人に向けた引き継ぎも必要なのだと感じました。沖縄の歴史を体系的に学ぶ機会(=特に学校)がほとんどなくなっていると思われ、その基本的な知識のないままで「戦争」だけを教えても深く理解できないのかもしれないと感じます。体験談(証言)は非常に貴重で重要な要素ですが、それだけに頼った平和教育は飽きられてしまうと思います。体験談だけでなく今回のようなさまざまな角度から戦争を捉える番組を制作し、バランスよく触れてもらうことが、戦争と平和の問題について次世代の興味を保ち、重層的な理解を助けるものになるのではないかと思います。
    • 出席者の発言から、若い世代にとっての著名人を入り口にした記憶継承の番組は、極めて有効だと感じたし、今後も増えていくだろうと思った。その場合の、戦争体験者のアーカイブの活用、史実を正確に押さえることなど、どのメディアも同じ課題を抱え問題意識を持っていることが改めてわかった。もっと議論を深めたいテーマだった。
    • 語り手が減ってきている中での証言を残すという取り組みはとても貴重なものになっていくと思います。その一方で、ネットで見かけた「被害者(敗戦国)だけが反省するのはなにかおかしな気がする」という意見があり、一理あるなとも感じ、今後こういった世代の考えにもどう向き合うか聞いてみたかったです。
  • ▼意見交換 第3部「子ども・青少年を対象とする取材活動などの課題」の意見交換について

    • 地上波に限らず放送内容をSNSなどで配信することが通常業務になりつつある現在、放送エリアを越えて子どもたちの映像が広がっていく危うさを改めて感じた。取材を受ける学校の現場もテレビで露出することに慎重になっており、この全国的な流れは止められないと感じる。慎重でありながらも委縮することなく、テレビの可能性を最大限に広げていきたい。
    • SNSがこれだけ発展していて、顔と名前を合わせて出すことに抵抗を感じたり、後から削除を求めたりするケースは、これから増えていくと思うので、社内でも議論を深めないといけないと感じました。その中で池田委員がおっしゃっていた「取材時にちゃんと説明して権利関係を処理していたら、むやみに削除する必要はない」という意見は意外でした。合わせて、取材時に放送以外にネットに残る部分に関してはより丁寧な説明が必要だと改めて思いました。
    • 子ども・青少年の取材に関して今日、社会的な合意や一般的な準則がないことが一番悩ましいところです。人により、地域により、また世代によっても感覚が異なるため、未成年の取材は一切しないのが安全だということになりかねません。この辺り、もう少し議論してもよかったかもしれません。
    • 「青少年の声をどう守りつつ伝えるか」という二重の責任が浮き彫りになったと思います。ネット時代における情報の永続性と拡散力は、報道の力を強める一方で、本人の人生に長期的な影響を及ぼすため、放送局は予防策・削除判断・実名報道の意義を常に問い直し続ける必要があると感じました。
  • ▼そのほかのご意見・ご感想、BPOや青少年委員会への要望など

    • 「戦争や平和をどのように伝えていくか」というテーマについては、沖縄だけでなく、ぜひ他の地域の制作者とも交流しながら検討していただけると、さらに意義のあるものになるのではないかと考えました。沖縄よりもすでに取り組みが弱くなった地域もあると思いますし、逆に、復活させようと頑張っている方々もいらっしゃると思います。系列や地域を超えて、また専門性のある委員の方々も交えて議論できると良いのではないかと思いました。
    • その分野の専門家の意見や見識を直接伺うことができ、参考・勉強になることが詰まった会合でした。また、吉永委員長のウィットに富んだ会合回しで場が和らぎ、発言しやすい雰囲気を作ってくださったことにも感謝いたします。有益な会合を太平洋戦争終結80年という節目に沖縄で開催してくださったことに、心から感謝申し上げます。
    • 情報ツールが多岐にわたる昨今、テレビの価値の一つは「真実を伝える情報の信頼性」にあると改めて感じました。今回の意見交換会では、「戦争と平和」をテーマとした映像や音声などの蓄積された真実を、次世代を担う青少年も含めて、どのように大切な財産として受け継いでいくか、そのヒントを学ぶことができ、大変貴重な時間となりました。今後も情報がもたらす豊かな生活の醸成のため、BPOにはメディアと視聴者の懸け橋としてご活躍いただければと思います。

以上

学校の先生方との意見交換会(沖縄)

青少年委員会 学校の先生方との意見交換会(沖縄)

◆概要◆

青少年委員会は毎年、各地で様々な形での意見交換会を開催しています。今回は2025年11月26日に那覇市で沖縄の学校の先生方と青少年委員会委員との意見交換会を開催しました。学校の先生方との意見交換会は2018年から20年まで3年連続で開催されましたが、その後は新型コロナの影響で中断していました。今回、5年ぶりに復活し、4回目の開催となりました。
BPOからは吉永みち子委員長、飯田豊副委員長、池田雅子委員、佐々木輝美委員、沢井佳子委員、髙橋聡美委員、山縣文治委員の7人全員が参加しました。先生方は沖縄の小中高校の先生方など5人と、オブザーブ参加として株式会社さびらの安里拓也(あさと たくや)氏の計6人が参加しました。

〇髙橋委員(進行役)
本日は、先生方が沖縄県内でどういった平和教育や活動を行っているか教えていただきながら、ざっくばらんなご意見を頂戴できればと思っております。
私は全国の小学校・中学校・高校で、自殺予防教育を行っています。SDGs教育の一環としてSOSの出しかた教育などを全国でやっていて、沖縄でも離島の学校を回っております。
今日のテーマの一つ目は、先生方が日頃行っておられる平和教育の内容についてです。どういったことをやっているのか、どんな点に注意しているのか、また昨今の子どもたちの様子、戦後80年という節目で普段意識している点、戦争を語り継ぐ担い手を今後どうしていくのかといった課題もあるかと思います。私は鹿児島県出身で今日も鹿児島から沖縄まで飛んで来たのですが、特攻隊の青少年たちは、この空の景色を見ながら飛び立ったのだろうなと思いました。広島や長崎など、各地で平和教育に対するバックグラウンドは違うかとは思いますが、そういうことも踏まえながら、まずは先生方のご活動をお聞きしたいと思います。
テーマの二つ目は、テレビ・ラジオにおける、終戦・戦争に関する放送です。こういう放送をもっと増やしてほしいといったご意見をいただけると、あすの放送局との意見交換会に繋げていけるのではと思っております。

<テーマ① ご自身が行っている平和教育の内容について>

○中学校A先生
私が勤務する沖縄市の嘉手納基地の隣にある中学は、実害をあまり受けていない地域なので、平和教育からちょっと離れ始めている印象を受けています。実際やるとしたら総合学習の時間など、スポット的に6月23日に向けての取り組み等はありますが、年間を通してやる機会はあまりありません。あとは8月15日に向けて、原爆の話などを少しするくらいで、全体的に触れる機会が減ってきているなと思います。以前は施設を見学したり体感したりする機会もありましたが、大規模な中学校なので、バスの手配だけでもすごい金額になってしまいます。人を呼ぶにしても、語り手が高齢化しているので呼ぶ機会も減ってきています。あとは動画を視聴して感想をまとめる学習があります。NHK for SchoolやNHKティーチャーズ・ライブラリーの教材を使い、事前学習もやりながら進めることが多いと思います。子どもたちはそれなりの反応は示すのですが、動画の視聴は画面越しなのでひとごとというか、ちょっと距離が出始めているなという印象は受けています。

○小学校B先生
私は小学校勤務ですが、年齢層が非常に幅広く、特に1年生は4月の入学時はまだ6歳です。6月に平和教育があったときは1、2年生ってまだすごく小さくて、写真展示やお話を聞くときも、戦争の怖さを出し過ぎてしまうと怖くて話を聞けないこともあるので、児童への配慮が課題にはなっています。ただそれでも、目を逸らせられない現実だったことも伝えていかなければいけません。私は教務主任として各行事や企画のアドバイザーをしていますので、低学年担任の先生方と話し合いを重ねながら調整をしています。年間を通しては、沖縄での戦争について、高学年では1年間かけて新聞やメディアから学びながらまとめていくのですが、低学年や中学年では戦争というよりは“命を繋いでいる”ということに着目して道徳の学習や国語の教材などで学ぶことが多くなっています。子どもたちのいじめ問題やケンカなどいろいろあると思いますが、最終的にそれが相手の命を奪うことに繋がるとか、戦争に繋がってしまうということを、段階的に伝えていく学習を行っています。
また私は10年少し前に普天間の小学校で勤務しておりました。当時は隣の基地問題でいろいろあったので、特に戦後の沖縄を取り上げる学習をしていました。組合からいろいろな教材を提供していただき、お話に呼んだりして、子どもたちと先生とが一緒に学ぶ活動をしていました。
沖縄の小学校の学習発表会はこれまで、5~6年生が戦後の混乱をテーマにした劇を上演するのが定番でしたが、昨今はどんどん内容が削減され、学習発表会は多くの学校で音楽に限ったものになってきています。子どもたちが学んだことを自分事として演じて実感する場は非常に減っており、今の小学校の大きな課題だと感じます。そういう場をもっともっと作っていかなければならないと、同僚とも時々話しています。

○高校C先生
私は私立高校の教師です。平和学習は大きく分けて二つありまして、一つ目が部活動です。私が沖縄に来たのは18年ぐらい前ですが、高校3年生のときに修学旅行で沖縄に来て平和学習を受けて関心を持ち、大学に進学して今、沖縄で教員をしています。沖縄県には毎年数十万人ぐらい県外からの修学旅行生が来ていますが、高校では、その修学旅行生に首里城のガイドをしたり、平和学習を一緒にしたりして交流する部活動をしています。私は県外出身ですが、沖縄の子どもたちは身近過ぎるからこそ沖縄戦のことをあまり知らないと感じます。最近では県外からの修学旅行生が事前学習をしっかりしているので、地元の子たちよりも詳しいこともあります。沖縄は地域教材の宝庫ですが、自分たちの地域で起きたことや地域の魅力を伝える機会を作りたいと思っています。発達段階に応じてどういう平和教育をしたらいいのかはそれぞれ違うと思いますが、高校生の場合はアウトプットの場を増やしたいと、地域の小学校に出前授業に行ったり、県内の高校生たちとディスカッションをしたりしています。また今日ご一緒している株式会社さびらの安里さんをお呼びして、若い人たちに戦争の記憶をどう引き継ぐのか、高校生に近い年齢の子たちがどういう問題意識持っているのかなどを聞かせようと、講演会も企画しています。
もう一つは私が担当する社会科(日本史)の授業です。うちの学校は私立の進学校で、そもそも平和学習的なものはほとんどありません。「思考を停止させないこと」をキーワードに、教えられる知識だけでなく、自分たちの思考を止めないで考えさせるような平和教育をどうしたらいいのか、実践し修正しながら取り組んでいます。

○中学校D先生
私が勤める中学校は沖縄県の中でも子どもの人口が爆発的に増えている地域にあり、令和6年(2024年)4月に新設されました。今年は「戦後80年」ということで平和学習を充実させてきました。沖縄県の教育委員会では小・中・高校に向けて「学校教育における指導の努力点」を出していますが、小・中学校の「平和教育の充実」という項目では教員の指導力の向上を図ることも目標に掲げています。私は50代ですので、小学生の頃には戦争を体験された先生がいて、父や母や祖父母からも話を聞いたりしてきましたが、今の子どもたちが家族から戦争の話を聞くことはゼロに近いようです。
沖縄県は6月に平和学習のオファーがすごく集中し、講師も捕まらない状況です。そこで中学校では今年、県内でキャリア教育を中心に手掛ける株式会社rokuyouと連携し、4月から1年間かけて探求的な平和学習を構築してきました。その一環としてお呼びしたのが、株式会社さびらの安里さんです。4月に実施したワークショップのタイトル「戦争の作り方」はインパクトがすごいと思いました。「戦争は急に始まらない。その戦争を作るためにどうしたらいいのだろう?」と子どもたちが考えたのですが、大谷翔平選手をポスターにしてバットではなく武器を持たせるとか、戦争の映画をどんどん作っていくとかのアイデアを出していて、「こういうことを昔の人たちも考えていたのだな」とさらに学びを深めることができました。
そのほか、沖縄の子どもたちは戦跡をほとんど訪ねないので、フィールドワークにも行きました。県外から訪れる修学旅行生のほうが勉強しているという状況は、県内の学校に課題があると思っています。3カ月続いた総合的な学習の時間では、歴史研究家といった外部人材もたくさん起用し、また市の教育委員会との繋がりも重視して委員会が制作したVR教材も体験しました。私の社会科の後輩のみなさんに沖縄の特徴的な日(4/28サンフランシスコ講和条約発効、5/15沖縄の本土復帰、6/23組織的戦闘の終結(慰霊の日)、9/7沖縄戦終結、10/10世界のウチナーンチュの日など)を取り上げる授業をやってもらったり、北方領土の日と平和についての授業をしたり、はがき新聞を作ったり、パラオ共和国やコロンビアといった外国の平和の取り組みから学ぶなどしながら、平和学習に取り組んでいます。

○元小学校E先生
小学校の教員を退職して10年になります。私は採用が八重山で、石垣島の小さな学校に3年間いたあとに西表島に7年間いました。最初は体育の先生だったのですが、石垣島にいた2~3年目くらいから、石垣島の戦跡や史跡をいかして平和教育をやろうと同期の先生と話し合いながら始め、また西表島では「戦争マラリア」に関連するフィールドワークをひたすらやっていました。10年間、石垣と西表で小さな学校にばかりいて、そのあと那覇に戻って来て考えたのは、沖縄県の平和教育の致命的な弱点は、6月に突然始まって6月23日に突然終わることだ、ということです。それでは良くないと思い、西表にいた頃に作った「平和カレンダー」という4月~3月までの学年度のカレンダーを教室に貼りました。6月でなくても「こんなことが書かれている、今日はこういう日なんだ」とわかり、子どもたちの意識付けには良かったかなと思います。
那覇に来て数年後に沖縄県教職員組合の那覇支部の専従になり1期2年間務め、そのあと沖教組本部で4年間専従になりました。そこには全国の教職員組合のみなさんが沖縄の平和教育に学べとやってくるので、それをきっかけに私も平和ガイドを始めました。しかし、沖縄の平和教育に学べというほど沖縄の平和教育が優れているのだろうかと、いつも考えていました。
沖教組那覇支部にいたころの話です。那覇支部には平和教材がたくさんあり、6月に入ると各小学校、中学校から「平和や戦争に関するビデオ教材を貸してくれ」という要望が殺到します。そのビデオ教材を見せて感想文を書かせる授業がこれまで長く続いているのです。ビデオ教材の持つ力というのはものすごいのがあるとは思いますが、事前の指導も何もなく、ただ教材を見せて感想文を書かせることを小学校から中学校、ときには高校まで何年も何年も続けていくとどうなるか。ある中学校の教員である私の先輩が那覇支部にやって来て、こんな話をしました。
“那覇支部から借りたビデオ教材を生徒に見せて、感想文を書いてもらった。「あれ?この子は当日休んでいたはずだけど…」と思い、その生徒を呼んで「あなたは当日ビデオを見てないんじゃないの?休んでいたんじゃないの?」と訊くと、その生徒は悪びれもせず、「毎年見せられているので、今年見てなくたって書けますよ」と言ったのだ”
この話を聞いて、これまで長年続けてきたことへの大きなしっぺ返しだろうと私は思いました。やっぱりそういうことじゃない。事前学習というのはとても大事なのです。
また小学校では沖縄戦を体験した人が講演もしますが、体験者がいろんなことを話してくれても低学年の児童は全くイメージが湧かないのです。あるとき講演会で、教育勅語とか歴代天皇の話を年配の方がしゃべったときに、低学年の児童がケラケラ笑い始めました。実はその1週間ぐらい前の学習発表会で、1年生みんなで「寿限無 寿限無 五劫のすりきれ…」ってやったところ、会場に来ていた保護者たちが大爆笑したんですね。それで講演会で、体験者の方が教育勅語や天皇の名前を唱えているときに「寿限無」と同じだと思って、ケラケラ笑いながらパラパラ拍手した。これは事前の指導が全くないから起こったことですし、また歴史認識が非常に薄いので、体験者のエピソードの断片を理解する力がまだないのだと思います。だから講演会をお願いするにしても、事前学習の大切さを、声を大にして言いたいです。

○髙橋委員
県教委や市教委がいろいろな教材を作っているということですが、県南はとりわけ活発であるとか、北部と南部とで教材の違いなどはあるのでしょうか。

○中学校D先生
私は糸満市でも15年ぐらい勤めたのですが、戦跡とかガマ(沖縄戦で住民の避難所などに使われた自然壕(ごう))が地域にたくさん残っています。地域の小学校にはカリキュラムがきちんとあって、何年生になったらガマに行くとか戦跡めぐりをするとか、小さい学校ほど熱心にやられています。ただ私は中学校勤務なのですが、平和学習では小中学校の繋がりはあまりなかったような気がします。

○髙橋委員
「戦後80年」をテーマに沖縄で意見交換会するにあたり、青少年委員会でも株式会社さびらの安里さんをリモートでお招きし、勉強会を開催しました。今日はオブザーブ参加ですが、皆さんとの繋がりなどをご紹介ください。

○安里氏
C先生とは大学生のときからの知り合いで、当時から少しずつ授業をさせてもらっています。D先生は探求の授業でフォローさせてもらいました。また中部地区校長会に呼ばれて平和学習の取り組みもやっています。
私たちが大切にしているのは、いかに能動的に学ばせるかで、受け手側の姿勢や知識をどう整えていくかが大事だと思っています。ただ伝えるだけでは入っていかないので、少しアクティブにクイズ形式にしたり、問いかけたりしながら進めています。発達に応じた平和学習のやり方があるというお話がありましたが、その通りだと思います。小学生には対話型鑑賞という手法を用いて、まず沖縄戦の体験者の絵を見て子どもたちから感想を引き出し、次に実際どうなったのか体験者の話を聞いています。一方で中学生や高校生になると構造的に理解する能力が身についてきますので、沖縄戦でなぜ住民が犠牲になったのかを話して終わらせるのではなく、どうやって戦争を作らない社会を作っていくのかというワークを段階に応じてやってもらいます。
私自身はE先生がお話したケラケラ笑う生徒だったなという反省点から今の取り組みをやっているので、その子たちにどうやってアプローチするかを考えています。また体験者がいない世の中は将来絶対来るので、体験者頼みの平和学習からの転換、それを私たち民間や行政、学校の先生方みんなで考えていく必要があると思っています。

○髙橋委員
ここで意見交換に移りたいと思いますが、補足して発言されたい方はいらっしゃいますか。

○中学校D先生
今、沖縄では中高生がすごく活躍し始めています。高校の同好会も3~4つあり、すごく発信力があって、パンフレットを作ってもらったりもしています。一方で、先生方や大人が学ぶ場はどうなっているのか気になります。沖縄県平和祈念資料館で「語り継ぎ手養成講座」を受けたのですが、大人は次の世代に繋げられるほどの平和学習をしてきていません。大人の学び直しが注目されているようです。

○佐々木委員
先生方のせっかくのいろいろな努力が、すごく断片的なものになっているように聞こえました。そういう中で、株式会社さびらではいろいろなプログラムを考えているようですが、このゴールのためにはこういうプログラムがあると提案するとか、メニューをいろいろと提示して先生方に選択してもらうなど、そういった考えはありますか。

○安里氏
学校の先生とは事前に打ち合わせをして「こういう方法がある」とカスタマイズしています。県内外問わず、基本的にどの学校とも電話あるいは直接お会いして、生徒の様子や先生がやりたいことに加えて、私どものベースにどういった視点を加えたいかを調整しています。

○佐々木委員
IT活用の教授法の考え方では、ゴールを作ってプログラム化して学びを進めますよね。何かに向かって先生方が自律的にアプローチできるようなアイデアは、ITが得意とする領域だったと思うのですが、そんなアイデアを先生方で共有できればいいのかなと思いました。

○小学校B先生
平和教育においても、何を目標とするのかを先生と子どもが先に共有すべきだと思います。戦争で起こった結果をしっかりと学んで、なぜこれが起こるのかというところを逆説的に子どもたちが考えていく。相手のことを考えない、命をしっかり考えない、小さなことでいえば隣の子に暴力的な言葉を言う、それが最終的に戦争に繋がるっていうところです。児童のみなさんの今日の行動はどうだったか、どういうふうに学級で解決していくのか、といった形で学級活動や道徳学習のプログラム作りをしています。

○山縣委員
沖縄ではあまり平和学習の時間がないというのはすごく意外でした。例えば米軍関係者のお子さんが地元の公立の小中学校に通われたりしていますか。

○中学校A先生
嘉手納基地の周辺ですと基地の外で生活している軍人や基地関係者は沢山いますし、基地で働いている方もいらっしゃるので、基地に関わる方のお子さんは各学級、各学年に必ずいると思います。

○小学校B先生
私も10数年前に普天間の小学校にいましたが、米軍や軍属の方のお子さんがいました。那覇市には米軍基地がありませんが、地域によっては自衛隊関係のお子さんもたくさんいます。そういう学校では、平和教育のときにどこまで現状や過去の戦争を含めた話をするか、非常に神経を使うところはありました。

○山縣委員
自分や友だちの保護者がそういうところで働いている状況で、過去の事実を伝えるのにどういう配慮をされていらっしゃいますか。また「大人の平和学習が必要だ」ともありましたが、大人は自らが直接そこに関わる可能性が高くなりますよね。今の平和問題、自衛隊、米軍基地、そういうものは学校ではどんな形で取り組んでおられるのか、もう少し教えていただけたらと思います。

○中学校D先生
私は南部地区で採用されて、那覇以南で子どもたちに授業をしてきました。社会科は教諭として25年ぐらい教えています。県のある研究会からの依頼で沖縄の戦後史について提案授業を行った際、沖縄市の先生から「うちの学校では難しい」と言われたこともありました。「今の基地問題に繋がりませんか」と問われましたが、私はそれをやらない方が問題だと思っています。新聞を広げれば毎日のように基地問題の記事がありますし、それに何も意見を持たないのも問題だと思います。ただ関係者のお子さんもいるので、子どもたちがすごく不安になることは避けないといけない。そこは先生方が難しいと考えているところだと思います。

○高校C先生
うちは私立高校なので、通学地域は本島、離島の両方います。いろんな関係者がいるので基地問題はやはり切り込みにくいところです。一つ紹介しておくと、修学旅行でやってきた生徒とうちの部活生が基地問題について議論したことがあったのですが、部活生からは賛成意見も反対意見もあったという新聞記事が出ました。翌日には「どういう教育をしているんだ」という意見が学校に届き、私も当時の校長先生に呼ばれて「基地賛成みたいなこと教えているのか」と訊かれました。学校が萎縮してしまうところもあるので、それ以降も基地問題を扱ってはいますがメディアに出していません。ただ、平和学習は沖縄戦で止めるのではなくて、戦後史がキーワードだと僕も思っています。
今の若者たちは沖縄戦と基地問題の間が全部抜けているんです。だから沖縄戦、武器はだめ、だから基地もだめって。そんな簡単な論理しか持っていなかったら、逆の意見が出てきたらすぐそちらに転がってしまいます。授業で基地問題を扱うときは、「賛成でも反対でもどちらでもいいから、自分がいま考えていることを話しなさい」と伝えます。戦争や基地だけではなくて、戦後史をどう学ばせるかがこれからの課題だという気はします。

○元小学校E先生
浦添市内のキャンプ・キンザーに近い小学校に勤めていたときの話です。1学期の終わり頃、お母さんはうちなんちゅでお父さんは海兵隊という、4年生の男の子が転校して来ました。そのお母さんが校長と私に「この子ハーフだからといじめられないだろうか」と言ってきたんです。実はその子の従兄が同じく海兵隊と沖縄の女性との子どもで、2年前に同じように転校してきたそうなのですが、平和月間に入って『対馬丸』のアニメを全校で見たと。アメリカの潜水艦によって対馬丸が沈没させられて、784人もの学童が命を失った映像を見た直後、掃除時間で箒を掛けていた6年生の男の子が、箒をマシンガンのように構えて「ヤンキーゴーホーム」と言ったのだそうです。従兄はその後不登校になり、1カ月も経たないうちに元のアメリカンスクールに戻っていきました。そういうこともあり、私のクラスに転校してきた子のお母さんはとても心配していました。結局これは、事前指導が何にもなかったから起きた悲劇です。沖縄の小学生たちの命を奪ったアメリカの軍隊、単にこれだけだったら善玉悪玉論で終わってしまう。だがそうじゃない。戦争は一体何なんだ、軍隊は何なんだ、そういったことをしっかり教えないといけないと思います。
私が平和ガイドをしているときにもガマの中に入って泣き出す子がいます。暗闇体験をしたり、ガマの中での話をしたりすると、ちょっと怖くなってくる。でも決してこれは怖い話ではなくて、普通の話をしているのです。その証拠に、県外から修学旅行で来る小中学生は、私がガマの中で同じ話をしても泣き出した子は一人もいません。沖縄県の方が多いのです。なぜかというと事前学習をしてないから。県外から修学旅行で沖縄に来る子どもたちは、それぞれの学校で沖縄戦について事前にものすごく学習しています。そういった一つ一つのことが大切なのかなと思います。
もう一つ。首里城近くのある小学校は、6年生が遠足で首里城周辺の「戦跡めぐり」をしていました。あるとき6年生の担任3名がやって来て「遠足の2時間で、首里城周辺の戦跡をめぐりたい」と言いました。そこで私が「遠足の当日、6年生を連れて首里城の戦跡をめぐることに、果たしてどれだけの成果があるでしょうか。なぜ首里城の地下に日本軍が司令部を置いたのか、沖縄戦はどういうものだったのか、なぜ沖縄の人たちはなかなかガマから出られなかったのか、いろんなことを含めて事前に指導してからじゃないと、成果は上がりませんよ」と言ったところ、先生方が「じゃあ1回授業をお願いします」と言われました。私の手間は2倍になってしまったのですが。でも首里城周辺の戦跡を回ったその年の6年生たちは、歩きながらの質問もすごかった。彼らは遠足が終わってからも担任の先生を誘って何回も首里城に行き、回った戦跡を追認して確認してきました。自分たちだけも行ったようです。図書館から禁帯出の大きな『首里城』という本をみんな確認もした。彼らはどんどん発達していきます。そのうちに首里城周辺でうろうろしている観光客をつかまえて「ガイドしましょう」といってみんなでガイドを始めました。子どもたちは、大人の教員が考える以上に、自分たちで興味や関心を持って学ぶ喜びを自分で体得すると、ものすごく伸びていくわけです。それをやってのけたのも事前の学習があったから、あの年の6年生は本当にちゃんと理解して伸びていってくれたのだなと思いました。ですから、何も手立てをせずに『対馬丸』というアニメをポンと見せるだけでは、別の悲劇を生んでしまうのではないかと思います。

○髙橋委員
教育するうえで十分に配慮しなければならないことです。2016年以降、与那国や宮古などいろんなところに自衛隊が配置され、現役の親御さんのお子さんたちが通っている学校も県内にたくさんあると思うので、とても大事な視点だと思います。

<テーマ② テレビ・ラジオの「終戦・戦争に関する放送」に望むこと>

○髙橋委員
それでは二つ目のテーマです。テレビ・ラジオの放送について「こういった放送は好ましくない」「〇〇を取材・伝えてほしい」といったご意見があればお願いします。

○小学校B先生
私は「島ないちゃー」で、25年前に岐阜県から沖縄に渡って来ましたが、大学受験で初めて沖縄に来ました。私の高校では修学旅行の行先が九州だったので、知覧(鹿児島県)へ行って学習はしましたが、沖縄戦については教科書以上のことは一切知りませんでしたし、基地問題についての知識もゼロでした。沖縄に来て沖縄の人たちと触れ合う中で、はじめて沖縄が置かれている立場や沖縄戦を知るようになって、大学生のときにほぼすべての戦跡をめぐって学習しました。沖縄で教員になるためには、これを知らないと教育できないと思ったからです。
それからずっと沖縄戦や戦後の沖縄などを教育する中で、一つだけ引っかかることがでてきまして。私が沖縄のことを知らなかったように、内地のことを知らない沖縄の子どもも多いのです。これは内地と沖縄の温度差にも繋がっているのではないか。例えば沖縄戦では、非常に悲惨な状態の中でたくさんの方が亡くなりました。でも沖縄から内地に戻って友人に「沖縄戦はこんなに悲惨だったんだ」という話をすると、友人からは「自分の祖父母は空襲で亡くなったが、その違いは何だ。沖縄だけが特別じゃない」という話が戻ってくる。戦後の米軍統治や現在の基地問題などについても話しましたが、沖縄だけが被害を被っているような言い方は非常に危険なところがあって。戦争に関わった全ての人がたくさん辛い思いをしているけれど、80年前の戦争も戦後も含めて、あまりにも自分たちの地元にスポットを当て過ぎると、他の地域に対しての知識が欠けてしまうこともあるのかなと思いました。
もちろん、地元沖縄の戦前・戦中・戦後の出来事はメディアには扱ってもらいたいですが、日本中で空爆があったことや出兵した家族がいたことについて子どもたちが知る機会も、6月だけではなく年間を通じて増やしてほしい。沖縄と内地、日本、もっといえば世界を繋げて考えていけば、子どもたちが本当の意味で戦争の悲惨さを知り、やってはいけないという気持ちがもっともっと芽生えてくるのではないかなと思います。
内地のみなさんは旅行や修学旅行で沖縄に来ますが、沖縄の子どもたちが内地に行く機会は結構少ないんです。内地のことを知る機会をメディアが作ってくれるとありがたいなと思います。

○中学校A先生
最近は「テレビをみんなで見る」という機会が減っているので、学校現場でないと「みんなで確認する」「みんなで見る」体験はできないと感じています。沖縄の人は施設とか史跡にあまり個人では行かないので、学校のイベントや行事で触れる機会を作らないといけないと考えています。
メディアの話については、YouTubeのショート動画が流行っている中で、短い中でどう伝えるかがポイントになるでしょう。ちなみに子どもたちは給食時間の放送はよく聞いてくれるので、その感覚で伝えることができればうまくいくのではと思います。一時期、NHKの震災関連番組に綾瀬はるかさんがよく出演されていましたが、彼女が出演しているからこそ多くの人が視聴したのではないでしょうか。大切なことを10分20分という尺で話すときに「誰が話すのか」をきちんと考えていけば、うまく伝えることができるのではないかと思います。

○高校C先生
我が家には3人子どもがいて、小学生、中学生、高校生と揃っていますが、家では誰もテレビを見ないし、子どもたちは基本的にスマホで情報を入手しています。例えば僕のスマホのSNSは僕にちゃんと配慮してくれて、僕が好きな釣りやサッカーの情報ばっかり流してくれますよね。子どもたちもこれと同じ状態だと思ったときに、ふと、私自身が歴史に興味を持ったのは、もともと歴史が好きな父が僕の見たくもない歴史番組をテレビで見ていて、結局そこに自分が歴史と関わる接点があったのだと思い出しました。そういう意味では、子どもたちが個別最適化された自分の狭い世界から社会と繋がる一つの大きな接点になり得るものがテレビなのだろうなと思います。テレビのコンテンツは良いものだと思うので、学校の授業でうまく使って生徒たちに接点を作ってあげることも大事だと思います。
一つだけ紹介すると、僕が平和学習の授業をするときには、事前に必ず『報道発 ドキュメンタリ宣言「僕の父はB級戦犯 うじきつよし戦争を語る父子の旅」』(テレビ朝日・2009年放送)を見せるようにしています。番組ではうじきつよしさんとお父さんが戦跡を一緒に旅するのですが、この父子が最初から最後までかみ合わない。うじきさんはお父さんの反省の言葉をずっと聞きたいと言い、でも職業軍人だったお父さんは時代の空気の中で自分がやるべきことをやっていたのだと、途中で大喧嘩になります。結局父子は戦争に関しては全然交わるところがないまま番組が進行していきますが、同じものを見ても世代で全然とらえ方が違うのだという感覚を、まず番組を生徒に見せて分からせてから、平和学習に入っています。
テレビには面白い教材がいっぱいあって、僕は見ている人に余白を与えてくれるような番組がすごく好きで、授業で使うようにしています。また、生徒たちが自分事としてすごく興味を持ってくれるのは、大きな歴史の話より1人のミクロな視点で描いているドキュメンタリーなので、そういう番組が増えたらいいなと思います。

○元小学校E先生
“好ましくない放送”は今年もありました。「80年前の今日、6月23日、沖縄戦の組織的な戦いが終了した日です」というナレーションです。これを聞いた子どもたちは、あるいは大人も含めて、「じゃあ沖縄戦は6月23日に終わって、翌日6月24日から突然平和が訪れたのか」としか思わないのです。今の子どもたちは「6月23日って何の日?」と聞くと「沖縄戦が終わった日」とあっさり答えます。“組織的戦闘の終了の日”と言い方を変えた所で、受け取る側は24日に突然平和が訪れたとしか思わないわけです。放送でほかの言い方は難しいかもしれませんが、「そのあともたくさんの方が犠牲になりました」という一言をつけ加えるかしないと、沖縄は6月24日から平和になったのだと思われてしまう。そうではないのだと、子どもたちに伝えていきたいのです。

○中学校D先生
子どもたちがどんな番組にハッとしたり考えたりするかというと、それは我が事として考えられる番組だと思います。同世代の視点のドキュメンタリー、子どもたちがその当時何を考えていたのかというところには注目する気がします。今年、中学2年生がひめゆり学徒の戦跡を学びに行きましたが、同世代の自分がそこにいたら従軍看護婦や看護師または学徒隊として戦争に駆り出されるのですから、同世代がどういう戦争体験してきたのかにはすごく目を向けているように感じました。知覧から飛んできた特攻隊を取り上げた授業も、いつもより注目していたと思います。
また現代と結びつけた番組も中学生ぐらいになるとリアルに考えられます。戦争は昔の話ではなくて現在もなくならない、たくさんの優秀な学者や知恵を持った人たちがいるのになぜ戦争はなくならないのかという、現代の視点ですね。国際的な紛争や現代社会の問題と自分を結びつけて、自分は何をすることができるのかという、最後は自己に戻るような番組、最終的に深く考えて行動できるような放送がよいと思います。
沖縄では被害だけではなく加害の歴史、戦争トラウマや、その後に続く貧困など、現代との結びつきも中学生ぐらいになると理解できるので、一人ひとりに絞ったドキュメンタリーや証言映像は中学生、高校生らはかなり関心を寄せると思います。

○沢井委員
先生方が実践なさっている平和教育の紹介の中で、子どもの発達段階を考えてどのように学習を進めるか調整をなさっているというお話はとても印象的でした。具体的にはどのようなことを実践されているのでしょうか。戦争の悲惨な映像は怖いから見たくないというのは、自分を防衛するために自然な反応だとも思います。それを乗り越えて理解するためにじゃあどうするか。敏感なお子さんもいるし、性格や発達段階の問題もあるかもしれないし、事前学習や知識の問題かもしれない。その辺のバランスをどう取っているのかを、簡単に教えていただきたいと思います。

○小学校B先生
私は小学生を見ていますので事前学習は非常に大事だと思っています。ただ1~2年生は事前学習をしているか否かに関係なく泣く子がいます。なぜかというと想像力がすごく豊かだからです。爆発によって人が亡くなる話に自分が入ってしまう、これはどうしようもないですし、事前学習の前の段階の話です。ただその子が高学年になっても泣くかというとそうではありません。
発達段階に応じた配慮は、担任の先生が見極めていく必要があります。6歳から12歳まで、小学校の6年間は精神的に大きな幅があります。6月に平和学習で講演をするときも、低学年と高学年で時間を分けたり話を変えて行ったりしています。

○飯田副委員長
テーマ②で「沖縄戦は6月23日で終わりではない」というご指摘と「加害の歴史も学ばなければいけない」というお話は通底すると思いました。メディア史やジャーナリズムの専門家はずっと“8月ジャーナリズム”を批判しています。8月15日を終戦の日としているのは日本だけで、国際的に見れば太平洋戦争が終わったのは9月2日です。8月を重視し過ぎるからどうしても被害の歴史が中心になってしまう。平和教育の機会も(夏休みが明ける)9月にシフトしたほうがよいと、教育現場からもメディアの専門家からも言われ続けています。8月の年中行事として定着している功罪を改めて考えさせられました。
またみなさんのお話は、メディア教育が抱えている課題ともさまざまに通底していると改めて実感しました。SNSの話が出ましたが、ネットの偽情報や誹謗中傷は人命に関わるため、学校でも教えていかなくてはいけないですが、逆に学習指導要領との関わりや教員の負担との兼ね合いで、メディアに関する事柄は学校教育の中に入れ込むのが難しい部分もあるでしょう。またアウトプットの重要性や思考を停止させないというお話がありましたが、メディアに関する教育でも座学によるクリティカル・リーディング(批判的読解)という手法が、下手をすると善玉/悪玉みたいな単純な話になってしまい、批判的思考を身につけたはずがコロッと陰謀論に騙されてしまうことが懸念されています。批判的に思考した結果、「マスコミが嘘をついていて、ネットの中に真実がある」と考えてしまうリスクに対して学校がどう向き合うのかも、いま非常に大きな問題です。これは平和学習のビデオ教材を見せて感想文を書かせることの課題とも関わっていると思います。
お話しにあったように、教師の負担感や努力の難しさに行き着きますよね。従来のメディアや戦争体験者に頼れなくなり、学校における平和教育の伝統が通用しなくなっているからこそ、アクティブラーニングやVRを活用した授業などの新しい取り組みを入れなければならないし、それに応じて平和教育の中身もしっかりアップデートしていく必要があります。NHKではVRコンテンツなども制作しているようですので、もっと密に連携して定着させることも大事になってくると思います。またそのための議論の場をどう継続していくかは重要な課題です。
教師教育や平和教育、メディアを活用した教育に関して、今後どういうふうに組織化していくのか、あるいは今その過程にあるのか、またどういう課題があるのか、お伺いできますか。

○中学校A先生
組織としては私も所属している「沖縄県マルチメディア教育研究会」があり、メディア活用や授業とICTを絡めた研究活動をやって今年で30年目になります。もともとは社会科の先生方が中心となって発足した組織なので、その素材を活用しようというプロジェクトが動いてはいます。ただ教科書会社の教材が充実していて、NHK for Schoolや他の動画コンテンツ、紙媒体の資料を使う場面は極端に減った印象です。デジタルでは“俯瞰する”ことができないので、大きな模造紙に書いて掲示することも本当は必要だとも思ったりします。
中学校の社会科では、沖縄戦の話題が見開きで載っている教科書を採用しているという話を聞いたことがありますが、いかがでしょうか。

○中学校D先生
教科書の会社はいくつかありますが、沖縄県では歴史の教科書に関してはある特定の出版社がかなりのシェアを持っています。他の出版社の教科書よりも、北海道のアイヌの話や沖縄の琉球に関するトピックをかなり多く載せている傾向があります。見開きで沖縄戦の内容が書かれていたりもします。

○飯田副委員長
そういった教科書会社が、教師教育に関わったりすることはありますか。

○中学校D先生
社会科は他の教科と違って地図帳や教科書などの紙媒体を活用するので、地図帳の活用方法といった技能的なものに関しては、教科書会社と先生方の勉強会があり、学習を進めている部分はあります。ただ採択の問題もあるので、教科書会社と密な関係を築いて研究会を置くなどはしていないと思います。

○池田委員
先ほど、家族4人がそれぞれ異なる媒体でコンテンツを見ている話がありましたが、今の日本はどこの家庭もそうですよね。そういった中で「みんなで見る」ことができるのが学校だというお話は、本当に大事なご指摘だと思います。私が学生だったのはもう30年以上前ですが、社会の授業や休講になったときなどに、みんなでテレビ番組を見ることがよくありました。先生が録画していた番組は、戦争の話もあったし、現代で起きていた問題やヒマラヤの登山の話など、いろいろなジャンルのドキュメンタリーだったことを記憶しています。先ほど「見ている人に余白を与えてくれるような番組が良い」というお話もありましたが、そのときにすぐに役立つものではなくても、さまざまな番組から得た知識、番組を見て考えたこと、喜怒哀楽の経験が自分という人間を作っていくもので、私はテレビにそのような役割が大いにあると思っています。
世の中のことや人間、世界について、時空を超えて学ぶ素材を与えてくれるのは、自分自身の経験からいっても、テレビのドキュメンタリーだと思うのです。だから今後もっと教育の中で活用していくのも良いなと。いろいろな番組を見てそれを学校教育の中で活かしていただきたいと思います。

<おわりに>

○吉永委員長
みなさま本日はありがとうございました。実は「あした沖縄に行って、平和教育についてみんなと意見を交わすんだ」という話をある人にしましたところ、何て言われたと思います?「それ、ヤバくないですか?」って言われたんです。平和を教育するのはヤバいのかと聞いたら「今は愛国教育がトレンドでしょ」とも言われました。これってものすごく今の日本の空気感を表しているなと思いました。これから先、戦後80年を過ぎた辺りから新しい局面に入って、これまでのスタンスが通用しなくなるかもしれないという危機感を、その言葉から感じました。
事前学習がすごく大事だというお話はその通りだと思います。だけれど今の若い人たちは、事前学習をする前にテレビも新聞も親の話もなくて、先にネットから情報を得てしまい、最初の感情が確定してしまっている可能性があります。こういう時代の中で、どうやってその土台を作っていくかはものすごく問われるし難しいなと思いながらお話を伺っておりました。
それと最近、日本も大変厳しい状況になっています。新聞の世論調査によると「有事に国会の承認を得て参戦することに問題ない」と考える人が50%いて、「問題がある」と考える人が25%だそうです。日本は大体、過半を占めたときに空気が一斉に変わるわけですが、今そこの境目にいるのだろうと思います。「いいんじゃないの」と言っている人が若い人ほど多いという現象を見たときに、私たち大人世代は若い人に何を伝えてきたのだろうかと、一種の虚しさみたいなものも同時に感じます。
私は、反戦に対してみんな異議は言わない、平和に対して誰も異議は言わないと思っていました。戦争は絶対悪で平和は絶対の善である、核は絶対に悪である、と思って信じてきたのですが、結局それは何を伝えたのだろう。戦争はイヤだと、戦争は大変でこんな結果になったのだとは伝えてきたと思います。でも戦争とは実際のところ何なのか、そこで何が行われて人間は何が損なわれていくのか、そのあとリカバリーするのにどれだけ大変なことがあるのか、人間を壊すことであること、いかに非人道的で人間の自由をすべて奪うものであるということを、もしかしたらしっかり伝えてこなかったのかなと、この歳になって反省してしまうのです。
手遅れなのか手遅れでないのか、ちょっとわかりません。これからおそらく子どもの世界にも分断が起きてくるのではないかと思いますが、分断が起きた中で平和をどう伝えていくかも、ちょっと見えません。大人はどうしても、伝えよう、教えよう、見せようと思ってしまいますが、それをどう受け取るのか。一方的に聞くだけでは“情報”という形で処理されてしまうのではないでしょうか。その受け取った情報に対して、同じくらいの時間をかけて「君はどう思った」「私はこう思った」という意見を出し合い、それをどう集約するかを話す機会が少なかったことも、反省点かなと思います。
北アイルランド・ベルファストではカトリックとプロテスタントがずっと戦っていて街が分断されていますが、ある小学校の校長先生が行っている授業を紹介した『ぼくたちの哲学教室』という映画があります。小学校の子どもたちがこのままの社会を反映して大人になったらまた同じ紛争が続くだろう、どうしたらこれを止められるかと考えた、哲学教室。哲学と言っても立派な話ではなくて「こういうことがあったとき、誰かがきみの頭を殴ったらどうする?」といった設問ですね。そうしたら当然「殴り返すよ」という子どもたちもいるし、でも話しているうちに「そうするとキリがないよね」という子どもたちが出てくる。対立している人間をどう平和的にまとめていくのかを、校長先生が時間をかけて根気よく対話するという映画でした。日本の教育現場には残念ながらそのような時間はないだろうと思いながら、でも大切なことがそこから見えてくるかなと感じました。今が過渡期にあるということはひしひしと感じていますし、再び同じことを繰り返さないために、平和とは何かを伝えていく必要があります。「平和」という言葉が「いわゆる平和主義ですか」と言われるようになってしまったらもう終わってしまうと思っています。そこは大人の踏ん張りどころだと思いながらお話を伺いました。本日は長い時間、ありがとうございました。

以上

第286回

第286回-2026年1月27日

視聴者からの意見について…など

2026年1月27日、第286回青少年委員会を千代田放送会館で開催し、吉永みち子委員長をはじめ7人の委員全員が出席しました。
議事では、12月後半から1月前半までの1カ月間に寄せられた視聴者意見について担当の委員から報告がありました。
1月の中高生モニター報告のテーマは「年末年始に視聴したスペシャル番組について」でした。
委員会ではこれらの視聴者意見や中高生モニター報告について議論しました。
最後に今後の予定について確認しました。

議事の詳細

日時
2026年1月27日(火)午後4時00分~午後6時00分
放送倫理・番組向上機構 (千代田放送会館)
議題
視聴者からの意見について
中高生モニター報告について
今後の予定について
出席者
吉永みち子委員長、飯田豊副委員長、池田雅子委員、佐々木輝美委員
沢井佳子委員、髙橋聡美委員、山縣文治委員

視聴者からの意見について

12月後半から1月前半までの1カ月間に寄せられた視聴者意見について担当の委員から報告がありました。
週末の報道番組の年末特集で、岩手県内のマタギのグループが山に入って、個体数が増えすぎたクマを駆除する活動をリポートしたところ、視聴者から「大木の洞にいたクマを見つけて猟銃で撃つ。私は動物が大好きで、その動物が殺される瞬間の音を聞くとは思わなかった。子どもたちも見ているのにちょっと不謹慎だと思う」などの意見がありました。
担当の委員は「冬ごもりしているクマを撃つシーンを放送する必要があったのかなと思う一方で、冬の時期にもこうした活動に取り組んでいることを報道するのも大切だ。発砲シーンの直前に『銃声が流れます』などのテロップがあってもよかっただろう」と報告しました。
バラエティー番組で、芸人の顔にローラーでインクを塗り、紙を当てて“顔形”を取ることを小学生にもやらせました。担当委員は「子どもが真似するからやめてほしいという意見がよくあるが、子どもはそんなにたやすく真似するほど“子どもっぽくない”ので、許容できるだろう」との見方を示しました。
これらの番組ついて、ほかの委員からは特段の意見はありませんでした。このほかに大きな議論になる番組はなく、「討論」に進むものはありませんでした。

中高生モニター報告について

1月のテーマは「年末年始に視聴したスペシャル番組について」で、26人から合わせて20番組の報告がありました。視聴方法は、リアルタイム視聴・聴取が23人(うち録画併用が2人)、アプリ(TVer、NHK ONEなど)やオンデマンドを利用したタイムフリー視聴が1人、録画視聴が2人でした。他の月と比較して、リアルタイムで視聴・聴取したモニターが圧倒的に多いのが特徴的でした。複数のモニターが取り上げたテレビ番組は『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)と『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)の2つです。この他、バラエティー番組や音楽番組に関する感想が多く届きました。
「自由記述」にはテーマに関する意見のほか、放送内容全般に関する要望や特定の番組に対する意見、BPOに関する意見などが複数寄せられました。
「青少年へのおすすめ番組」では『第102回箱根駅伝 往路』(日本テレビ)に7人から、『星野源と松重豊のおともだち』(NHK総合)に4人から、『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)に3人から、『カギダンススタジアム2025大晦日』と『119エマージェンシーコール 2026 YOKOHAMA BLACKOUT』(いずれもフジテレビ)にそれぞれ2人から感想が届いています。

◆モニター報告より◆

【年末年始に視聴したスペシャル番組について】

  • 『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)
    • 祖母にとっては知らないアーティストばかりだったけれど、煌びやかな衣装やダンスを楽しんでいました。僕の知らない歌手が出てくると祖母や母が当時の思い出を語ってくれて、飽きることなく最後まで楽しめました。ただ特別企画が多くてなぜその人が特別なのかよくわかりませんでした。(中学1年・男子・大分)
    • 東京の祖父母の家で、毎年見ている紅白を今年も家族で見ました。前半は今年流行した曲、後半は年上の世代向けという印象でしたが、若い世代は後半をあまり楽しめず、逆に上の世代は前半を楽しめないと思いました。交互にすると多くの人が長く楽しめて良いと思います。(中学2年・男子・群馬)
    • テレビ番組に減多に出演しない米津玄師さんの「IRIS OUT」を楽しみにしていました。1度しか放送されないのはもったいないと思っていたのですが、米津さんのYouTubeチャンネルで公開されていました。紅白の映像を気軽に見ることができるのは嬉しいです。(中学3年・男子・東京)
    • 特に印象に残ったのは大トリのMrs. GREEN APPLEのパフォーマンスで「GOOD DAY」を紅白で聞くことができて嬉しかったです。年末は紅白のような、その年のことを振り返られる番組を視聴したいと思います。(高校1年・男子・神奈川)
    • AKB48の卒業メンバーを紅白の舞台で見ることができてとても嬉しかった。保育園の発表会で踊ったので懐かしい気持ちになり、家族との会話が盛り上がった。毎回23時45分に放送が終わるが、出演者と一緒に年越しもしたいので、24時まで番組を続けてほしい。(高校1年・女子・岡山)
    • M!LKの佐野勇人さんが歌う前に「ばあちゃん見てる~?」と言ったのが印象的で、老若男女すべての世代が見る番組だと改めて感じました。今年は大御所のアーティストのバックでアイドルが踊る演出が多く、世代を超えて楽しめるし、大御所への敬意もあっていいなと思います。(高校2年・女子・東京)
    • けん玉企画やドミノチャレンジは、音楽を聴きながら視聴者も一緒に参加しているような気持ちになれてとても良いと思います。ダイアンさんの副音声は普段とは違った楽しみ方ができておもしろかったです。(高校3年・女子・広島)
  • 『輝く!日本レコード大賞』(TBSテレビ)
    放送前から「Mrs. GREEN APPLEの3連覇なるか」と注目されていて、ちょっと匂わせっぽいと思っていました。大賞はミセスの「ダーリン」が受賞しましたが、優秀作品賞にノミネートされた曲のパフォーマンスはどれもすばらしかったです。(中学2年・女子・千葉)

  • 『SASUKE』(TBSテレビ)
    毎年楽しみにしています。「テレビだからできる!」というスケールの大きさで、一般人にも夢のような機会を与えてくれていて大好きです。よくぞこんな難関な障害物を設計したものだと制作スタッフに感心するし、この障害物に挑むために日々努力し続けている選手たちに感動します。また興奮度が増す実況も最高です。日本が誇る最高のスポーツ番組だと思います。(中学3年・男子・大分)

  • 『さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろか31周年SP』(TBSテレビ)
    テレビ番組が人を幸せな気持ちにする力を改めて感じました。出演者の人生や想いまで大切に扱っているところはこの番組ならではの温かさだと思いました。また、この番組は誰も不幸にならないところも魅力だと思います。他人と比べて競わせたり誰かを傷つけたりすることがなく、みんなが前向きな気持ちになれる内容でした。(高校1年・女子・熊本)

  • 『マツコの知らない世界 新春SP』(TBSテレビ)
    年末年始のテレビはお祭り感に力を入れすぎで、正直あまり見てみたいと思わない番組が多いところ、いつもの番組として楽しめそうだったので視聴しました。「歌舞伎女方の世界」でVTRが流れる度に坂東玉三郎さんが「これは見られたくない」「自分では満足のいかない芝居だった」と言う時にマツコさんがフォローしていたのが印象的でした。(高校3年・男子・福島)

  • 『笑いの王者が大結集!ドリーム東西ネタ合戦2026』(TBSテレビ)
    さらば青春の光のネタは、「セク鉄」と称するボケ役の演技がとてもユニークで個人的には面白いと思いながら見た。後日、Xで「このネタは痴漢を笑いのネタとして軽く扱っていて不快である」と主張する女性の投稿が話題を集めていたが、あくまでこれは漫才の中での話であり、またツッコミ役の駅員は「痴漢は犯罪だ」と指摘しており、内容としても犯罪を肯定するようなものではなかったと感じた。さらに放送時間も分別のつかない小さな子どもは既に寝ているであろう時間で、フィクションと現実を区別できる大人が視聴する分には差し支えないと思った。このような批判的意見が多数寄せられれば、彼らのようなネタは地上波では見られなくなってしまうかもしれない。私個人としては、犯罪を犯罪としてはっきりと伝えることと、放送する時間帯を選ぶことが守られれば、このような多少グレーな内容の番組があってもいいと思った。また視聴した全ての人が楽しめる番組というのは現実的に不可能なので、フィクションの中でどこまでの発言や描写をテレビが許容するかは難しい問題だと感じた。(高校2年・女子・神奈川)

  • 『上田と女が吠える夜~インターナショナル第2弾~』(日本テレビ)
    海外の女性30人を招いてそれぞれの国の特徴や文化について語り合うというテーマに惹かれました。外国人はとにかくみんなノリが良くて面白くて、笑いが止まりませんでした。海外にはこんな制度がある、こんなことを日常的にやっているなど、良さも悪さもリアルに聞くことができて、海外に行きたいという気持ちがこれまでよりずっと強くなりました。この番組は私の将来の夢が大きく動くきっかけになりました。(中学2年・女子・東京)

  • 『世界の果てまでイッテQ!超豪華SP』(日本テレビ)
    「出川女子会inドバイ」の企画で、出川哲朗さんが「(鷹が)仮に自分のところに来ちゃってトマトジュース(血)が出ちゃった場合はすぐ飲むように」と言っていて、テレビで血のことを言えないからか「トマトジュース」と表現していたのがおもしろかったです。(中学1年・男子・福島)

  • 『ヒロミが解決!八王子リホーム 大晦日SP』(日本テレビ)
    台風で倒壊した相撲教室とその準備室の立て直しだったが、すごかったのはヒロミさんの配慮だ。相撲教室の丸太を丈夫なものに変え、土俵の土も大相撲で使われているものと同じにし、また再び台風で倒れないように風通しを良くするといった工夫もしていた。人のためを思って工夫を加えるのはすごく難しいと思うので、まさに「大工の鑑」だと思った。これからもヒロミさんの活躍を見たい。(中学3年・女子・山梨)

  • 『発表!今年イチバン聴いた歌~ミュージックアワード2025~』(日本テレビ)
    歌を紹介するときに画面の左側にその楽曲の説明が表示されていて、どんな曲なのか分かりやすかった。海外で聴かれた曲のランキングなどいろいろ混ざっていて、飽きずに見ることができてすばらしい工夫だと思った。ドラマやアニメ、映画など、いろいろなエンタメのランキングを発表する番組が見たい。(高校3年・女子・徳島)

  • 『第102回箱根駅伝/往路・復路』(日本テレビ)
    実況の興奮冷めやらぬ声にこちらも聞き入ってしまいます。実況は全て男性アナウンサーで、女性アナウンサーはチェックポイントに数名いましたが、やはり男性の声のほうが迫力や勢いを感じます。またなぜこれだけ盛り上がり感動を生むのかというと、選手一人ひとりの人生とドラマ、仲間を思う気持ち、そして母校の誇りと名誉をかけた戦いが画面を通して伝わってくるからだと思います。(高校2年・女子・熊本)

  • 『アメトーーク年末6時間SP』(テレビ朝日)
    運動神経悪い芸人がスポーツをする企画を楽しみにしていました。「ホントにこんな運動神経が悪い人がいるのか?」とずっと思っていましたが、とても面白かったので良しとします。けれど今日Threadを見たら「あれはヤラセだ。運動神経が悪いように見せかけていて、他の番組だと普通だった」という投稿を見て、納得した自分がいました。(高校3年・男子・神奈川)

  • 『ザワつく!大晦日SP』(テレビ朝日)
    番組の内容よりもザワつくメンバーとゲストが織りなす会話がおもしろいです。いつもSPは長いと感じますが、大晦日はどこも特別番組放送なので、大晦日だなと実感しました。テレビは家族で視聴すると楽しさが増します。誰かと笑い合えると面白さが増します。すごい発明です。(高校3年・女子・長崎)

  • 『新しいカギ年越し生放送SP!「カギダンススタジアム2025大晦日」』(フジテレビ)
    わたし自身も高校でダンス部に所属しているので、同じ年の子たちが一生懸命ダンスに向き合う姿に心打たれた。特に3回目の挑戦となった秋山寛貴(ハナコ)×三重高等学校のダンスでは、前回のリベンジに懸ける想いや本気度がひしひしと伝わってきたし、ストーリー性のある素敵なパフォーマンスにとても惹かれた。(高校2年・女子・東京)

  • 『AI実験バラエティー シンギュラ』(フジテレビ)
    元々はAIにあまり関心がありませんが、テーマが斬新で興味をひかれました。「AIを使ってこんなにテレビが面白くなるのか!」という感じで、新しさも感じつつテレビとしての面白さもきちんと成立していました。若林正恭さん(オードリー)が「最初、この番組をなめていた」と言っていましたが、私もまさにそのような感じで、こんなに大笑いするとは思いませんでした。(中学1年・女子・東京)

  • 『BABA抜き最弱王決定戦 2026新春SP』(フジテレビ)
    『VS嵐』(フジテレビ)の「BABA嵐」の頃からとても面白く、見ていると家族とババ抜きをやりたくなる。またゲストが毎年豪華で飽きないし、実力派俳優や芸人が演技しようとしてもできなくて笑ってしまう感じがとてもよく、見ている私たちも心が温まる。(高校2年・女子・埼玉)

  • 『M―1グランプリ』(朝日放送テレビ)
    私はお笑いが大好きで特に漫才が一番好きなので、インスタグラムで番組の公式アカウントをフォローして毎回戦ごとに勝ち進んだ芸人さんをチェックしていました。史上初の2連覇を果たした令和ロマンが出場しないので物足りない気がしていましたが、全然そんなことはなくて、今回のファイナリストも最高に面白かったです。(高校2年・女子・東京)

  • 『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)
    • 番組史上最高の総額102億円の八重奏の実現には、使用の交渉に3年かかった楽器もあるとのことで、朝日放送テレビはこの番組にとても力を入れていると思った。一般人も格付けチェックを体験できる施設があればぜひ行きたい。(中学2年・男子・東京)
    • 司会の浜田雅功さんの進行が秀逸で、大御所の芸能人にもどんどんツッコミを入れるのが爽快で面白いです。みんなで予想しながら視聴するので自然と家族団らんが深まり、家でゆっくりする年始にぴったりだと思います。また格付けチェックにおいてGACKTさんの存在はとても大きく、いつも感心しながら見ています。自らの資産をふんだんに使って日頃から良いものに触れているからこそ、番組内で結果を残せているのだと思います。(高校1年・女子・愛媛)
  • 『フットンダ王決定戦2026』(中京テレビ)
    生放送を感じさせないタカ&トシのスムーズな進行がとても良い。トシさんのツッコミがあって成立する解答があり面白かった。ただ生放送の裏で進行していた「ワイルドカード選考会」の同時配信について、番組本編での一瞬の告知を見逃してしまい配信を知らなかったので残念に思った。画面の隅に告知を表示し続けてほしかった。(高校1年・女子・秋田)

  • 『カーナビラジオ午後一番!「カーナビ紅白歌合戦!」』(北海道放送)
    毎週(月)~(木)の12~16時に北海道で生放送されている情報バラエティー番組で、「カーナビ紅白歌合戦」は今年で27回目の放送です。以前はスタジオ観戦者を募集し、公開放送でラジオとライブカメラで動画配信し、また深夜帯に北海道放送のテレビでも放送されるなどスペシャル感満載で盛り上がっていましたが、現在はラジオと有料配信のみになってしまいました。見せる演出が多く、司会のYASUさんも視覚を煽るトークをします。有料動画配信がメインでラジオはおまけ、そんな印象を持ちました。番組中も「動画配信登録をしてください」と何度も呼びかけていました。ラジオ番組なのに有料配信をメインにした進行は腑に落ちず、本末転倒だと思いました。(中学3年・男子・北海道)

【自由記述】

<テーマに関する意見>

  • 大晦日や正月には、特別番組ではなくていつも放送している番組のSP版が見たい。(中学1年・男子・福島)

  • 3時間も4時間もある番組はたとえゲストが豪華でも飽きてしまいます。グルメやお笑い、旅番組はありきたりで新しさを感じません。できるなら最新の映画の話題作が見たいです。(中学3年・男子・大分)

  • 年末は昭和を振り返る番組が多かったが、私たち中高生にとってはなじみがなく楽しめなかった。幅広い世代が楽しめるように工夫するといいと思った。(高校3年・女子・徳島)

  • 年末年始は番組内で紙吹雪が出ることが多いが、視聴者がリモコンなどで選んだ紙吹雪が会場で反映されると楽しいと思う。(高校1年・女子・岡山)

  • 年末年始は特にテレビを見る機会が多くて、各テレビ局のやる気を感じました。個人的には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の「笑ってはいけないシリーズ」や、STARTO ENTERTAINMENTのカウントダウンライブの放送が復活すると、年末年始らしさをより感じられて嬉しいと思います。(高校3年・女子・広島)

<放送内容全般に関する意見>

  • 音楽番組を動画サービスに対抗してつくるなら、バラエティーなどテレビ特有の要素をもっと混ぜないと人気が出ないのではないでしょうか。(中学2年・男子・群馬)

  • 最近の生放送の音楽番組は、カメラワークが少し悪いと感じる。録画してある2018~2019年あたりまでの音楽番組は安心して見ていられるが、最近では同じ人しか映らなかったりボケていたりズームしすぎていたりと、見ていて気になることが多い。(高校2年・女子・埼玉)

  • 海外で放送しているバラエティー番組に興味があるので、日本のテレビでも見られるようにしてほしいです。日本よりも過激な演出や大胆な企画が見られそうで気になります。(中学2年・女子・東京)

  • 「昭和のすごいCM」「令和じゃありえない昭和の常識」といったテーマの番組をよく視聴していたが、どれを見ても取り上げているものが同じだと感じる。ゲストも同じ芸能人になりがちで、同じ人が同じ映像で驚いている場面は大げさだと感じる。(高校1年・女子・秋田)

<特定の番組に関する意見>

  • 『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)は途中で進行が途絶えてしまって無言の時間が何度かありましたが、司会者がその時間をつなぐ様子もなかったのですごく気になりました。生放送にはトラブルがつきものだとはわかっていますが、せめて雑談などでつなごうとする姿を見せてくれたらよいのになあと思いました。(高校1年・女子・愛媛)

  • 『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)の出演者について、海外のグループの一人がSNSで「キノコ雲」を連想させるようなことを呟いたが、その参加者を辞退させないNHKは問題だと思った。MCの綾瀬はるかさんと有吉弘行さんは広島出身で、そのグループの歌唱後に何も言えなかったのは不快感の象徴であろう。日本の最後を締めくくる大事な番組なのに、日本の被害を軽視するような発言をした人は日本の番組に参加しないでほしいと思った。(中学3年・女子・山梨)

  • 将来の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)について、①多様性の面から男でも女でもない「桃組」が存在、②あらかじめ自分が聴きたい歌手を選択して聴く「セレクト紅白」、などはいかがでしょうか。(高校2年・女子・熊本)

  • 『報道の日2025』(TBSテレビ)では小さい頃に起きたニュースも取り上げられていて、詳細が分からなかったニュースの詳しい背景を知ることができました。年末の報道特別番組は1年を振り返る上でも良いと思います。(中学3年・男子・東京)

  • 『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ)での粗品(霜降り明星)の審査員コメントは、場の空気を気にせず厳しい率直な意見を言っていた点が良かったと思う。賞レース番組には、正直で的確なアドバイスをはっきり伝えられる審査員がいいと思う。(中学2年・男子・東京)

  • 『歌唱王~全日本歌唱力選手権~』(日本テレビ)で、歌い始める前に出場者の背景を紹介したのがすごく良かったです。またカラオケの機械ではなく人間が採点していたことにも好感を持ちました。ただ優勝者に曲を提供する秋元康さんが採点者にいたのには少し不満が残りました。秋元さんははじめから優勝した男の子にしか曲を作る気がないように見えたので、もし他の人が優勝したらどうするのだろうと思いました。(高校2年・女子・東京)

  • 1月13日に放送した『報道ステーション』(テレビ朝日)は、久米宏さんの訃報を受けて『ニュースステーション』(テレビ朝日・~2004年)のOPで番組を開始し、放送時間の大半を追悼特集に費やしていて素晴らしいと思いました。どれだけ偉大な方だったのかが一目で分かる構成で、いい番組を通り越していい会社(放送局)だなと思いました。(高校3年・男子・福島)

  • 『地元検証バラエティ 福岡くん。』(福岡放送)を長崎でも作ってほしいです。石原良純さんが放送に加わるとおもしろいと思います。(高校3年・女子・長崎)

<BPOに関する意見>

  • BPOに対する世間の認識が気になっている。先日Xで、BPOのウェブサイトに掲載されていた視聴者意見についてのポストが1万イイね!を超えるほど話題になっていたが、X上では「BPOが番組内容に肯定的な意見を発表するとは珍しい」「コンプライアンス上の問題を指摘されがちな特撮番組はBPOと和解したのか」といった意見が数多く見られた。つまり視聴者個人ではなくBPOという組織の意見だと認識している人が少なくないということだ。視聴者の意見を番組制作側に届ける役割も持つBPOとその仕組みについて、XをはじめとするSNS上でももう少し広まってほしい。(高校2年・女子・神奈川)

【青少年へのおすすめ番組】

  • 『星野源と松重豊のおともだち』(NHK総合)
    • こういうまったりした番組を週の中日の夜に放送すると、ゆっくりとした時間を過ごせるのでいいと思いました。(中学3年・男子・東京)
    • 2人の何気ない会話を視聴者にも理解しやすいように、下の方に補足が表示されているのは良いと思う。(高校3年・女子・徳島)
  • 『第102回箱根駅伝 往路』(日本テレビ)
    • 箱根駅伝の中継に何台のカメラが使われているのかが疑問です。バイクやヘリコプターなどいたるところで撮影してくれるので臨場感があるし、分かりやすい実況解説や選手の情報などで視聴者が飽きないように工夫してくれて、自分も疑似体験している気分になれました。(中学1年・男子・大分)
    • 芦ノ湖の往路ゴール地点で実際に観戦したことが何回かありますが、人が密集してインターネットが全く使えないので、順位の変動や駆け引きを知ることができませんでした。今回テレビで視聴して選手の表情やレース展開も楽しむことができ、また実況や解説も分かりやすく、これまで知らなかった箱根駅伝についても知ることができました。テレビで観戦する魅力に改めて気づきました。(高校1年・男子・神奈川)
    • 画面に映る文字情報が多すぎて少し分かりにくいと感じる場面がありました。(高校1年・女子・熊本)
  • 『新しいカギ年越し生放送SP!「カギダンススタジアム2025大晦日」』(フジテレビ)
    演技中に表示される画面下の動画風バーが見やすく分かりやすかった。各高校のダンスはエネルギーにあふれていて引き込まれたが、カギメンバーが主役で高校生たちが脇役のように感じたため、高校生中心で踊るパートも見たかった。また採点集計待ちの間、ゲストが感想を語っている途中で鳴るチャイム音(集計が終わった合図)に驚いてしまった。コメントを遮るようにも感じるし視聴者にとっては不要な音だと思った。(高校1年・女子・秋田)

  • 『119エマージェンシーコール 2026 YOKOHAMA BLACKOUT』(フジテレビ)
    昨年放送されたドラマを視聴していたので、今回特別番組を放送すると知って視聴しました。消防署の通信指令センターの役割や、命の危険と隣り合わせの現場について知ることができる良い機会になり、特に年末年始の時期に放送される意味を感じました。(高校3年・女子・広島)

  • 『世界の給与明細』(テレビ東京)
    藤本美貴さんの話し方は笑顔で明るくて、イントネーションも分かりやすいです。その雰囲気が他の出演者にも伝染し、にこやかに番組が進んでいくように感じます。(高校3年・女子・長崎)

  • 『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)
    • GACKTさんの個人連勝が続き、ヤラセだと感じるようになりました。最近は同じ人が正解するケースが多く、違和感があります。FRUITS ZIPPERなどの新しいアイドルが出演するのは良いと思います。(中学1年・女子・東京)
    • 出演者が間違うことを笑うところは、僕には受け入れがたいです。「一流でなければいけない」と人を優劣で判断するところも抵抗があります。正解と不正解の違いをもっと丁寧に解説して、次の機会に活かせるようにすべきだと思います。(中学3年・男子・大分)
  • 『ホクレンミライスマイルpresents となりのヒーロー』(北海道文化放送)
    主人公2人へのサプライズ演出が月並みで感動が薄かったです。北海道出身ではない2人がなぜ北海道を舞台に仕事をすることになったのかもう少し掘り下げてほしかったと、物足りなさが残りました。(中学3年・男子・北海道)

  • 『発見!みちのくウラガワ図鑑 ~それ、ただの〇〇にあらず~』(福島放送)
    青森にあるコンビニに生け簀が置いてあることにとても驚いた。わらびもちは良質なわらび粉を使っているからなのか美味しそうだった。(中学1年・男子・福島)

  • 『まいど!ジャーニィ~「2026新春スポーツ大会」』(BSフジ)
    7~8年ぶりに視聴しましたが、メンバー一人一人のポジションがはっきりしない上にかぶっている印象を持ちました。当時は天然なボケ担当や、お笑い芸人のようなツッコミ担当、成長担当がいましたが、今はボケが渋滞していてゲストの芸人さんが対応しきれないように感じました。(高校2年・女子・東京)

  • 『パンサー尾形のどんぶり旅 ~ニッポンのうまい!にサンキュー~』(BS10)
    いろいろなどんぶりのお店を探して紹介する番組かと思いましたが、実際にどんぶりの紹介時間は5分ほどで、地域の名所探訪が主でした。オープニングからずっと尾形さんが丼を持って取材していて、お話を聞く相手にも失礼なのではと思う場面もあったので、ワッペンなどでアピールするといいと思いました。どんぶりの紹介もあと1~2軒ほしかったです。(高校2年・女子・熊本)

◆委員のコメント◆

【年末年始に視聴したスペシャル番組について】

  • 『SASUKE』(TBSテレビ)を視聴した中学3年生のモニターは、テレビのスケール感がYouTubeなどと違って良いと評価しているようだ。

  • 『マツコの知らない世界 新春SP』(TBSテレビ)を見た高校3年生から「いつもの番組として楽しめそうだったので視聴した」と報告があり、また別の中学1年生のモニターの自由記述にも「特別番組ではなくて、いつも放送している番組のSP版が見たい」とあった。年末年始は時間的な余裕があり、テレビ離れしている層にテレビに回帰してもらう重要なチャンスかもしれないので、あえて通常の番組をきちんと見せるのもよいと思う。

  • 『上田と女が吠える夜~インターナショナル第2弾~』(日本テレビ)を見た中学2年生のモニターから「この番組は私の将来の夢が大きく動くきっかけになりました」という報告があったが、ここまで中学生に言わせる番組はなかなかない。すごいことだと思う。

  • 『ヒロミが解決!八王子リホーム 大晦日SP』(日本テレビ)に関する中学3年生の報告に「人のためを思って工夫を加えるのはすごく難しいと思う」とあった。利他性(自分の利益よりも他者の幸福や利益を優先し、助けようとする性質や行動)は若者や青少年にどんどん見せたいと思うので、この番組のいいところを捉えて注目してくれたのは良いと思う。

  • 『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)を視聴した中学2年生のモニターが楽器使用の交渉に3年かかったことに注目していたが、やはり“番組制作の秘話”といった情報に興味を持つのだと思った。

【自由記述について】

  • 高校3年生から「笑ってはいけないシリーズ」や(現)STARTO ENTERTAINMENTのカウントダウンライブの復活を求める報告があったが、このあたりが2010年代のテレビ/芸能界の円熟期を象徴する番組として歴史化されているのを感じる。

  • 『第76回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)について中学3年生のモニターが、NHKが海外のグループを出場させたことに対してきわめて批判的な意見を述べていたが、果たしてこの意見の前提となった情報が正しいのかは大変疑問だ。憎悪を煽るネット情報はいっぱい溢れていたが、本当に日本の被害を軽視するような発言をしたのかなど、事実が何かをきちんと確認しなければならない。例えば新聞などにはこの点はどう書いてあったのか、NHKはなぜ出場させる判断をしたのかなど、中学3年生ではあるが、そういったところにも目を向けて考えてほしいと思う。

  • 『女芸人No.1決定戦 THE W』(日本テレビ)を視聴した中学2年生から「賞レース番組には、正直で的確なアドバイスをはっきり伝えられる審査員がいい」との感想があった。過去にはバラエティー番組の辛口コメントがSNS上で炎上したこともあるが、こういった番組はそのコメント自体が見せ場であるので、「審査は辛口で言いますよ」という“お約束”が伝わっている例なのだろうと思う。

  • 高校3年生のモニターが、久米宏氏の追悼特集を放送した『報道ステーション』(テレビ朝日)について「いい番組を通り越していい会社(放送局)だと思った」と報告していた。今のSNSの反応を見ていても、番組1つで良い評価を得られることも確かにあるが、裏を返せば、番組1つで放送局全体が見限られたりすることもあるわけで、ちょっと怖さを感じる。昔からステーションイメージについての調査はあるが、従来はそれなりにたくさんの番組を見て総合的に好き嫌いを判断していたと思うが、今は(テレビ離れの影響で)少ないサンプルで放送局のイメージが左右されている可能性があると思う。

  • BPOに対する世間の認識について高校2年生の報告を読んで、BPOが番組に対していつも否定的な意見を言っているイメージがあるのだと分かった。私たち青少年委員会を若い人たちにどう知ってもらうか、そのためにどう工夫していくかについては、今後のテーマになるだろうと思う。

【青少年へのおすすめ番組について】

  • 『芸能人格付けチェック!2026お正月スペシャル』(朝日放送テレビ)について中学3年生から「正解と不正解の違いを丁寧に解説して次の機会に活かせるようにすべき」と報告があった。エンターテインメント系の番組であっても「へー」といった学びがあると視聴者は次回も見るのだろうという鋭い指摘だと思う。

今後の予定について

次回は2026年2月24日(火)に千代田放送会館で定例委員会を開催します。

以上

2026年1月に視聴者から寄せられた意見

2026年1月に視聴者から寄せられた意見

衆院選報道で各政党を「強くてこわい」と「優しくて穏やか」の2つに分類したニュースに多くの意見が寄せられました。

2026年1月にBPOに寄せられた意見の総数は、2,263件で、先月から436件増加しました。
意見のアクセス方法は、ウェブ 90.0% 電話 9.2% 郵便・FAX 0.8%
男女別は、男性 57.4% 女性 20.9% 無回答 21.6%で、世代別では10代 1.8% 20代 9.6% 30代 17.2% 40代 23.0% 50代 19.0% 60代 13.1% 70歳以上 3.1%
視聴者意見のうち個別の番組や放送局に対するものは当該局へ個別に送付します。1月の個別送付先は27局で意見数は934件でした。放送全般に対する意見は125件でその中から11件を選び会員社すべてに送りました。

意見概要

番組に関する意見

衆議院解散直前のニュース番組の中で各政党を「強くてこわい」と「優しくて穏やか」の2つに分類した解説に対して多くの意見が寄せられた。ラジオに関する意見は52件、CMについては8件でした。

青少年に関する意見

2026年1月中に青少年委員会に寄せられた意見は103件で、前月から61件増加しました。
今月は「要望・提言」が45件と最も多く、次いで「表現・演出」の38件、「報道・情報」の7件などが続きました。

意見抜粋

番組に関する意見

  • 解散総選挙を前に各党の政策を解説する中で、私たちが求める日本は「優しくて穏やかな日本」か「強くてこわいと思われる日本」かという対立軸を提示し、政党の実名を挙げて2つに分類してトークを展開していた。あまりにも大雑把で乱暴な分類ではなかっただろうか。また、「優しくて穏やか」と言われた政党はともかくとして、「強くてこわい」とレッテルを貼られた政党にとってはイメージを低下させる報道になったのではなかろうか。テレビ報道の影響力は大きいのだから公平性について十分に配慮すべきではないかと思った。

  • 解散総選挙が近づき、どの政党とどの政党が手を組むのかなどという推測と解説が盛んだが政策についてもっと詳細に報じてほしいと感じている。ネットの方が信頼できるなどと言われないように政策についての報道を尽くしてほしい。

  • 報道番組や情報番組で政党関係者を含めた討論が行われるが、発言内容が事実とは異なるのではないかという疑いがある時は速やかにファクトチェックを行って番組内で訂正を入れるべきだと思う。

  • 大家族の生活に密着取材して家事を任せられた子どもの姿をクローズアップした番組の企画。ヤングケアラーを美談にすり替えるのかなどという非難がSNS上にあふれ、番組側が釈明文をリリースする事態となった。出演者の安全を守るための議論が放送前になされたのかなどしっかりと検証をしてほしいと思う。

  • プールの高飛び込みの板にお笑いタレントを立たせ、飛び込むようにはやし立てておびえる姿を笑うバラエティー。結局お笑いタレントは飛び込まないまま時間が過ぎてゆくのだが、弱い者いじめを長い時間見せつけられているようで不快になった。

  • 漫才師やタレントがギャグの中で相手をたたく番組を時々見かける。SNSなどネット上には暴力をふるう画像が流れていると言うがテレビはネットとは違うのだから適切かどうか改めて考えてほしいと思う。

  • スポーツ選手の姿をトドのようだとたとえた発言が問題となったが、頭髪の薄い人をハゲと笑いものにするコントやトークはまだなくならない。見直すべき時期ではないか。

  • 各地で山火事が相次いでいる。多くは「火の気のないところから出火した模様」と言われるが、そうであれば放火なのか自然発火なのか、あるいは意図しない失火なのか出火原因を早く知りたいと思う。失火の危険を少しでも減らすために、想定できる可能性や対処法などをもっと詳しく教えてほしい。

  • 賃上げや育児休暇の取得を促すような報道を見るたびに思うことがある。大企業ならばそうしたことが可能かもしれないが地方の中小企業では実現は難しいのではないか。小規模の企業の現状にも目配りをした報道を望みたいと思う。

  • 生活が苦しく弁当を買うこともためらう身としては大食い番組の多さに辟易している。自分のようなものはテレビから無視されていると感じてしまう。

青少年に関する意見

【「要望・提言」】

  • 深夜のバラエティー番組に、12歳男児から「6人きょうだいの長男を代わってほしい」との依頼。両親が育児放棄していて、この依頼者はヤングケアラーで、家事全般を任され疲弊している。番組制作者は番組収録の時点で児童相談所へ通報するべきだった。

【「表現・演出」に関する意見】

  • 小学校を舞台にしたバラエティー番組で、図工の版画のように芸人の顔にローラーでインクを塗り、紙を当てて“顔形”を取った。見ていた小学生にもやらせていたが、教育への配慮がない演出だった。

  • 深夜のバラエティー番組で、10mの高飛び込み台に芸人を立たせて、そこからプールへ飛び込むよう促す企画を生放送した。結局、芸人は飛び込まなかったが、身体的・精神的に追い込む演出が不快だった。高さ10mから飛び込めば身体に衝撃が大きく、素人には非常に危険だ。

【「報道・情報」に関する意見】

  • 週末の報道番組で、マタギのグループが山に入ってクマを駆除する活動を特集した。大木の洞で冬ごもりするクマを見つけて猟銃で撃つ。私は動物が大好きで、その動物が殺される瞬間の音を聞くとは思わなかった。子どもも一緒に見ているのにあのシーンを流すのは不謹慎だと思う。

【「食べ物」に関する意見】

  • バラエティー番組で世界の激辛食べ物を特集。激辛に法的規制はないが、たばこ同様に体に悪い。激辛食品を食べて救急搬送された例も聞く。テレビは未成年者も見るので、局として激辛を肯定的に扱うのはやめるべきではないか。

【「言葉」に関する意見】

  • 高校野球の中継放送で、選手の呼び出しの際「〇〇くん」という球場アナウンスが流れる。いまでも「くん・ちゃん」は許されるのだろうか。息子が小学生のときは、男女区別になるので「さん」呼びを学校に指導されていた。