放送人権委員会

放送人権委員会

2016年11月29日

フジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会

放送人権委員会は2016年11月29日、仙台市内でフジテレビ系列の北海道・東北6局との意見交換会を開催した。放送局からは報道・制作担当者を中心に29人が参加、委員会からは坂井眞委員長、市川正司委員長代行、紙谷雅子委員の3人が出席した。放送人権委員会の系列別意見交換会は2015年2月に高松市内で日本テレビ系列の四国4局を対象に開催したのが初めてで、2回目は2015年11月に金沢市内でTBSテレビ系列の北信越4局を対象に行い、今回が3回目となる。今回は、前半は「最近の委員会決定について」、後半は「各局の関心事について」を各々テーマに、3時間20分にわたって意見を交換した。概要は以下のとおりである。

◆ 「最近の委員会決定について」

初めに、「出家詐欺報道に対する申立て」に関する委員会決定を坂井委員長が説明した。坂井委員長は「NHKは必要な裏付け取材を欠いたまま、本件映像で申立人を『出家詐欺のブローカー』として断定的に放送した。そこは非常に取材として甘い。また、ナレーションの問題がとても大きい。本件映像のナレーションは、『活動拠点』にたどりついたと言っているが、これは明確な虚偽。あそこはB氏が用意したところで、A氏の活動拠点でも何でもない。全体として実際の申立人と異なる虚構を視聴者に伝えた。『放送倫理基本綱領』には『報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない』と記してある。放送倫理上重大な問題があったと言わざるを得ない。匿名にすれば、いい加減にしてもいいということではない。先ほど、三宅委員長のときに出した委員長談話、『顔なしインタビュー等についての要望』の話をしたが、テレビにおける安易な匿名化がもたらす問題性として、本件映像では、匿名化を行ったことによって、ナレーションについての真実性の吟味がおろそかになった可能性がうかがえる」と解説した。
参加者からは、「B氏との関係性で、今まで嘘をつかれたことがないという話があった。その業界に精通していて、長年の付き合いの中で信頼関係が生まれていれば信用してしまい、紹介された方と面識がなくても信用してしまうという話が分かってしまう自分がいる。もちろん、あってはならないことだが。改めて、その辺は気をつけなければならないと思った」などとの発言があった。これに対し坂井委員長は、「これまでは大丈夫だったかもしれないが、B氏がA氏にはコンタクトするなと言ったときに、職業的に危ないのではないかと思わなければ駄目だと思う。裏取りをさせてくれないというのは怖くはないか、というシンプルな話だ。アンテナを張っていないと、こういうことが起きるのではないか。記者のほうも、虚偽を含んだ、世間でヤラセと言われてしまうような事実と違うことをやってしまったのは、自分に対するチェック機能が衰えていたからではないか。気づくチャンスはあったはずだ」との意見を述べた。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行が、「匿名化していることと、現実の事件を題材としていることは別の問題であり、当事者の映像と再現映像が交互に放送されるなどしていることから、視聴者は、『イメージ』と表示された部分も含め、本件放送全体が、登場人物の関係、行為等の基本的な事実関係において現実の事件を再現したものであると受け止めると考えた。次に、委員会は、申立人の職場の関係者などにとって登場人物が申立人と同定可能であると考えた。フジテレビは、現実の事件とは異なる放送だという認識のもとで現実の事件と異なる内容を盛り込んでいたので、名誉毀損が成立してしまうという形になった」と解説した。
続いて、「ストーカー事件映像に対する申立て」に関する委員会決定について市川委員長代行は、「申立人がつきまとい行為をしたという基本的な事実関係においては間違いがないということで名誉毀損にはならないという認定をした。ただし、放送倫理上問題ありとした。放送後に申立人とA氏がフジテレビに抗議の電話をしたが、フジテレビは、『被害者』の保護を理由に、誰を対象にした番組であるともいえないと突っぱねてしまった。事件が関係者の中で、誰が当事者かということが分かってしまった後でも、フジテレビはこういう対応を続けてしまったところに非常に問題がある。最後に、真実性にも影響することとして、取材の甘さについて、多くの委員から指摘があった。これはストーカー事件と言っているが、実際は職場の同僚同士の処遇を巡る軋轢、紛争だ。そうであれば、やはり反対取材をすべきだった。加害者に接触しにくい場合もあり得ると思うが、今回は刑事事件で立件され、捜査も入っていた。そういう状態で相手方に取材をしない理由は見当たらない。以上が本件での教訓ということになると思う」と解説した。
次に、「ストーカー事件再現ドラマへの申立て」に関する委員会決定について紙谷委員が補足意見を説明した。紙谷委員は、「ジェンダーの問題があるのではないか。若くてかわいい女の子を、年配の意地悪なオバサンがいじめている。現実には、社内のどろどろした人間関係にまつわる争いを背景に、パートさんを正社員が、テレビ局、テレビ番組を使って貶めようとしたように、わたしたちには見えた。乗せられてしまった。番組制作現場は男性が多く、男性から見た論理に疑問を持つのは難しいかもしれない。でも現実の人間は、そう簡単にステレオタイプに当てはまるようにはなっていない。皆さんの仕事は『人間を描く』ことだと思う。報道であっても、バラエティーであっても、ドラマであっても、最終的には『人間を描く』ことだと思う。先入観に囚われないで、事実をしっかり見てほしいというのが補足意見のメッセージだ」と解説した。
参加者から、「抗議に対して、フジテレビがプライバシー保護を理由に具体的な回答をしないことから、苦情に真摯に向き合わなかったという判断をされた。これはこれで非常に分かるが、もう一つ、取材源の秘匿という問題があると思うが」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「取材源の秘匿を否定するつもりは全くない。この事案は、申立人に対して、あなたがモデルかどうかもお答えできないし、そうである以上、あなたからのお話は何も聞く立場にないという答え方をした。取材源を、説明の過程の中で言わないという選択はあり得る。ただ、それは実際に申立人と向き合って話をしていく中で初めて生じる選択だ。本件は、そこにすら行かなかった」という意見が出された。
また、参加者から、「今回の番組、仮にリアルなインタビューや尾行の映像が全くなくて、登場人物のシチュエーションも完全にフィクション化して、骨格だけ残す形で、すべて再現ドラマで構成した場合、これはありということになるのか。それとも、やはり名誉毀損、プライバシー侵害になる可能性もあるのか。その辺の線引き、どう考えればいいのか」という発言があった。これに対し市川委員長代行から、「実写映像が出てくれば必ず駄目だということにはならない。きちんと場面を切り替えるとか、設定を切り替えるとか、工夫をすることによって、生かせる実在の映像というのはあり得ると思う」という意見が出され、坂井委員長からは、「シンプルにアドバイスしたい。事実を下敷きにするから再現ドラマというが、再現するときに事実から離れてほしい。あくまでドラマであって実在の人とは関係ない、というのだから、それはできると思う。番組では『食品メーカーの工場』となっているが、現実も、扱っている品目は違うが、食品メーカーだ。それを、例えば自動車工場にするとか、いろいろやりようはあると思う。現実との関係を断ち切っていけば、再現ドラマという手法は取れるのではないか」との発言があった。

◆ 「各局の関心事について」

参加者に事前にアンケートしたところ、「SNSとの向き合い方」、「匿名化と人権・プライバシーの問題」に関心が集中したため、この2点について意見を交換した。
参加者から、「ある番組で、子どもの貧困特集に登場した女子高生が、ネット上で『貧困女子高生ではない』と炎上したケースがあったが、記者がどこまで責任を負うべきなのか」との発言があった。これに対し市川委員長代行から、「未成年であり、少年の健全な育成という観点から一定の配慮をしなければならない。匿名化とかボカシとかという意味での配慮が必要な場面はある。それは一つの問題意識として持つべきだ。ただ、拡散する可能性があるから控えろという話にはしないほうが良いと思う。抑制する方向に動くのは、できるだけ避けていただきたい」との意見が出された。
また、参加者から、「雑踏の画面にボカシが入るケースが非常に多くなっている。不必要なことをやっていると思う。なぜかバラエティーでその傾向が強い。委員の皆さんはどう感じているか」との発言があった。これに対し紙谷委員は、「私の感覚から言えば、町中、雑踏というのはある程度撮られても仕方がない状況であり、ボカシを入れるのは、むしろどうしてなのかと思う。もう少し言えば、町中には防犯のためという監視カメラがたくさんあり、人の顔を写しているが、映像がどう管理されているのか、よく分からない。それにもかかわらず、写されるのは困ると考えている人々のプライバシーの感覚は、実態の伴わない期待の肥大ではないのか」と発言した。市川委員長代行は、「テレビの画像で、ある意味では一過性の画像としてそこに映り込んでしまうことまでも保護しなければいけないのかと言われると、私は正直言って違和感がある。隠すということであれば、隠す理由は何なのか。誰の利益のために隠すのかを吟味することが必要だと思う。取材対象者に隠してくれと言われたときには、必要ないと思えば、真実性を担保するためにも顔を出してインタビューさせてくださいと、取材する側が説得していくことが基本的なあり方だと思う」と発言した。

今回の意見交換会終了後、参加者からは以下のような感想が寄せられた。

  • 実際の案件について議論を進めることができたので分かりやすかった。報道だけに限らず、情報番組・バラエティーにも関わる部分で、どのセクションの人にとっても有意義なテーマだったと思う。「恋愛感情なし」ストーカーも罰せられることは重大なメッセージであり、より多角的な観点で制作しなければならないと感じた。日頃の取材活動や番組制作で疑問に感じたことに答えていただき、今後の取材活動の指針になった。

  • 事例に加えて、今、現場での疑問や悩ましいことについて意見交換し共有できたことが良かった。現場部門の若手もいたので、取材・編集等でのより具体的な事例について話せる機会があれば、なお良かったと思う。(SNSの扱い等は議題になっていたが)

  • テーマ数が多かったかもしれない。一つひとつの解説・質疑応答の時間を考えると、テーマ一つと自由討議でも良かったと思う。6社集っての意見交換なので、各社十分に意見を述べ合う余裕があったほうが良かったのではないか。

  • これまではBPOと聞くと、やや身構えてしまう部分があったが、今回、話を聞いて、我々放送局の味方であると感じた。特に放送法の部分の委員長の話は心強く感じた。再現ドラマは「事実を再現するもの」だが、「事実と離れてつくる」ことに相当気をつけなければならないと感じた。また機会があったら委員の皆さまのお話しを聞き、今後の番組制作に活用していきたいと思う。

以上